第229話 知ってしまった事実
(マ、マジかよ・・・・・・・・・・・・・・・)
この場にいる3者の正体に気がついた影人が1番最初に思ったのは、そんな事だった。ただただ単純な驚き。信じられないという気持ち。あまりにも、あまりにも奇跡的な巡り合わせだ。
(確かに、気づくべき要因はあった。俺と今一緒に暮らしているこいつは、長い白髪にアイスブルーの瞳だ。それは俺が知っている現代のレイゼロールと同じ特徴。それに黒い物質を、いや今思えば闇か。闇で物質を創る力も、レイゼロールと同じ力だ)
どうして今まで気がつかなかったのか。特徴的な「我」という一人称も気がつけるヒントだった。影人は少女が純粋な人間でない事も、レイゼロールの過去も知っていたというのに。
(いや、だが流石に思わないだろ!? 過去の世界に飛ばされたってだけでも仰天事実なのに、まさかその世界でレイゼロールと会って生活してたなんてよ! どんな偶然だよ! ありえねえだろ・・・・・!)
しかし、気づけるはずがないと影人は自身に対して内心で弁解した。無駄に勘がいい前髪も、今回ばかりはその可能性すら考えてはいなかった。
「む? おい、先ほどから何を固まっているのだお前は。どうかしたのか」
しばらく言葉を発さずに呆然としていた影人に疑問を抱いたのか、白髪の少女――いや、レイゼロールが影人にそう聞いて来た。
「い、いや別に・・・・・・それよりも、そいつらとは知り合いなんだな」
レイゼロールからそう聞かれた影人は、取り敢えずそう言葉を返した。まさか、自分が未来でレイゼロールやソレイユの事を知っているなどとは、口が裂けても言うわけにいかなかった。
「違うよ、知り合いじゃなくて幼馴染! そして友達! そこのところは間違えないでよね!」
影人の言葉に反応したのはレイゼロールではなく、桜色の髪の少女――ソレイユだった。ソレイユはビシッと右の人差し指を影人の方に向けて来ながら、そう言ってきた。
(こいつ、昔はえらい元気な奴だったんだな・・・・・・正直今とは結構違う気が・・・・いや、素の時のあいつは今もこんなもんか。あいつ、普段は猫被ってる疑惑があるし)
ソレイユの言葉を聞いた影人は、この少女がソレイユだと思うと、何か逆に安心した。過去の世界でもソレイユといつも通りのやり取りをしていたと思うと、何だか懐かしく、少し嬉しいような気さえした。
「・・・・・・・・別に友達というわけではない。お前の認識通り、ただの知り合いだ」
「もうそんな事言わないでよレール! 全く、レールは照れ屋なんだから」
「別に照れ屋というわけではない。ただ単純にお前が鬱陶し・・・・お、おい。急に抱きついてくるな! ええい、離れろソレイユ!」
「ダメ! そんな簡単には離れないんだから! 久しぶりのレールだもん。もっとレールの暖かさを感じなきゃ!」
影人が少し感慨に耽っている間に、ソレイユがレイゼロールに抱きついていた。レイゼロールは嫌そうな顔を浮かべ、ソレイユを引き剥がそうとするが、ソレイユは中々レイゼロールから離れようとはしなかった。その光景を見ていた影人は、
(こいつら、昔は本当に仲が良かったんだな・・・・・・いや、この光景を仲がいいと表すのは色々と議論はあるところだろうが。少なくとも、現代だったら絶対にあり得ない光景だぜ)
と新鮮さを感じていた。事情を知っている者が見れば、目の前の光景は色々と衝撃を感じるものだ。
「あ、あの結局レールとそこの人間の方はどういう関係なの? レールは連れだって言ったけど・・・・」
金髪の少年――ラルバがそこでレイゼロールに先ほどの言葉の意味を尋ねた。ラルバは、人間である影人とレイゼロールが行動を共にしている事に疑問を抱いているようだった。
「先ほど言っただろう。話せば長くなるとな。我の元を訪れるなと言ったのに、また来たお前たちに文句は言いたいが・・・・・・・・今は言うまい。ソレイユ、ラルバ、我について来い。お前もそこの籠を持って来い。魚は獲れているのだろう?」
「あ、ああ。一応2匹だがちゃんと獲れてる」
「ならばいい。戻るぞ。もうじきに夜だ。火の用意も済ませてある。後は魚を焼くだけだ」
レイゼロールはそう言うと、来た道を戻って行った。レイゼロールについて来るようにと言われた、ソレイユとラルバも、「ねえどこ行くのレール?」「ま、待ってよ」と言ってレイゼロールの後に続いた。影人も川の中に置いてあった籠を背負い、少し離れた位置からレイゼロールやソレイユの後に続いた。
「・・・・・こいつはとんでもない事になっちまったな・・・・・・・・・・」
そしてポツリと、影人はそう呟いた。
「へえ! じゃあ、レールとこの人はいま一緒に暮らしてるんだ。驚いたなー!」
十数分後。影人とレイゼロールの拠点である滝の場所へと戻って来た影人、レイゼロール、ソレイユ、ラルバは川の近くで火を囲んでいた。火の近くには影人が獲った魚が2匹、串に刺され焼かれている。ソレイユとラルバが急に来たため、魚は影人とレイゼロールの分しかなかったが、ソレイユとラルバは腹は減っていないと言ったので、追加の魚は獲らなかった。
「ほ、本当にね。僕も驚いた。まさか君が人間と一緒に暮らしているなんて、思ってもみなかったから・・・・・・・・」
ソレイユに続くようにラルバも驚きを露わにした。ラルバはその青色の瞳でチラリと影人の方を見てくる。その目には好奇と、恐怖とはいかないまでも、影人に対する少しの怖さ、そのような色が見てとれた。
「・・・・・ふん、別に一緒に暮らしてるというわけではない。ただこいつが我にくっついて来ただけだ。我は人間と違って温情深いからな。今はそれを許してやっているだけだ」
ソレイユとラルバの言葉を受けたレイゼロールは、面白くなさそうな顔を浮かべた。
「え、それはちょっと違うだろ。確かに俺からお前と一緒に行動を共にしたいって頼んだが、最終的にはお前も受け入れてくれて――」
「うるさい。お前は黙っていろ」
影人はレイゼロールの言葉に反射的に反論しようとしたが、無慈悲な事にその反論は許されなかった。レイゼロールは影人が最後まで言葉を述べ終わる前に、そう口を挟んできた。理不尽だ、と影人は心の底から思った。
「でもレール大丈夫なの? 前いた場所から移動したって事は、人間たちに見つかったとか何か問題が起きたんでしょ? やっぱり神界・・・・・私たちと同じ場所で暮らそうよ!」
「そ、そうだよ。地上は危ないよ。君はあの都市の人間たちから狙われている身だろ。絶対に僕たちと一緒に暮らした方が・・・・」
影人が魚の焼き具合を観察していると、ソレイユとラルバが心配したような顔でレイゼロールにそう言った。
(そうか。確か兄の神を人間に殺されたレイゼロールは、地上で1人で生活してたんだったな。人間たちからその身を狙われながら・・・・・・って事は、あの兵士たちがレイゼロールを殺そうとしてた人間たちって事か。こいつがレイゼロールだと分かった事で、色々と謎が解けて来たな)
ソレイユとラルバの言葉を聞いていた影人は、内心でそんな事を考えていた。状況的に、やはり影人がいる時代はソレイユから聞いた話と同じ、レイゼロールの兄が殺されたすぐ後の時代のようだ。
「・・・・・・・・何度も言っているだろう。我は神界に、お前たちのいる場所に行く気はない。人間たちと同様に、我は奴らを信用出来ない。兄さんを見殺しにした奴らをな」
レイゼロールは自分の分の魚を手に取りながら、そう答えを返した。奴らとはおそらく神界の神々の事だろう。これも現代のソレイユから聞いた話だ。レイゼロールは自分と同族である神々をも信用していなかった。そのため、地上に残り続けたと。
「っ、それは・・・・・・確かに、レゼルニウス様の事は残念だったよ。でも、長老たちもただ見逃したって事じゃないの。まさか、人間たちが神殺しの剣を持っているなんて思ってもみなかったから・・・・・」
レイゼロールの言葉に答えたのはソレイユだった。レゼルニウスというのは、多分レイゼロールの兄の名なのだろう。それがレイゼロールの兄の名なのかと、ソレイユの話を聞いていた影人は思った。
「・・・・・・我からしてみればその結果が全てだ。とにかく、我がお前たちと同じ場所に行く事はない。いい加減に諦めろ」
頑なな様子でレイゼロールはそう言うと、はむと魚を齧った。レイゼロールの言葉を聞いたソレイユとラルバは残念そうな顔を浮かべた。
「・・・・・お前たちの事情に介入するつもりは毛頭ないが、1つだけ疑問がある。ピンク頭のガキンチョと金髪のガキンチョは何でここにこいつがいるって分かったんだ? 俺たちがこの森にいるって事は誰も知らないはずなのによ」
影人は自身も魚を手に取りそれを齧ると、ソレイユとラルバにそう質問した。聞いていた話からするに(まあ、影人はその話を聞かなくてもある程度の事情は知っているが)、ソレイユとラルバは神界から地上に来たのだろう。レイゼロールはその身に常に気配隠蔽の力を纏っているため、その居場所は神にも捕捉できないはず。現代の知識を持っている影人はそんな事を思った。
「誰がガキンチョよ! 本当に口が悪くて不敬な人間ねあなた! おまけに前髪長すぎだし!」
「前髪の長さは関係ねえだろ」
「ふん、でもいいわ。あなたは本当に珍しくレールがちょっとは信頼してるみたいだし、特別に教えてあげてもいいわ!」
「おい、ソレイユ。我は別に一言もこの人間を信用しているとは言っていないぞ。勘違いするな。我が人間を信用などするものか」
ソレイユは勝手に1人で完結すると、なぜかドヤ顔を浮かべた。それを見た影人は、「あ、やっぱりこいつ昔からポンコツでアホだったんだな」と感じた。レイゼロールに関しては、ソレイユにそう反論したが、ソレイユはそれを無視した。
「私やラルバはレールの気配をビビッと感じる事が出来るのよ! だから、レールがどこにいても、いる場所はだいたい分かるってわけ。レールは嫌がって気配を隠したがってるけど、まだ自分の気配を隠蔽できないしね。ふふん、どう? これが私の力よ!」
ソレイユは得意げに影人にそう説明した。影人はドヤドヤとしているソレイユについては半ば無視しながら、ソレイユが今語った事を自身の中で反芻した。
(なるほど。この時代のレイゼロールはまだ気配隠蔽の力を使えないのか。だからソレイユとラルバはレイゼロールの居場所をいつでも補足出来るのか・・・・・)
「わ、私の力っていうよりかは僕たち全員が持ってる力だけどね・・・・・」
「もういらない事言わないの! 空気読んでよね! 全く、これだからラルバはさ!」
「ご、ごめん・・・・」
軽くツッコミを入れたラルバに対し、ソレイユは面白くなさそうな顔を浮かべた。ソレイユにそう言われたラルバは申し訳なさそうに謝る。その光景を見ていた影人は、ラルバを少し不憫に感じた。夫婦というわけではないが、どう見ても尻に敷かれている。その表現が1番しっくり来るなと影人は思った。
「ふん、厄介なものだ。力というやつは・・・・・・・」
ソレイユの説明に対して、ボソリとそう呟いたレイゼロールは再び魚を齧った。
「・・・・賑やかな奴らだったな。お前の友達どもは」
「・・・・友ではない。ただの知り合いだと言ったはずだぞ」
真っ暗な滝裏の洞穴内。その壁にもたれかかっていた影人とレイゼロールはそんな会話を行った。2人の距離は5メートルほど離れている。これが2人が互いに寝る距離であった。
ソレイユとラルバは1時間ほど前に既に帰った。言葉は濁していたが神界へと帰ったのだろう。帰り際、ソレイユは「また絶対に来るから!」と元気に手を振っていたが、レイゼロールは辟易としたように「2度と来るな」と言葉を返していた。だが、ソレイユはその言葉を無視していたので、絶対にまた来るだろうなと影人は思った。それから火の後始末などをした影人とレイゼロールは、特にやる事もなかったので就寝に入ったのだった。
「そうかい。なら、そういう事にしておくか」
「含むような物言いをするな。さっさと寝てその口を閉じろ」
「へいへい。分かったよ」
不機嫌そうなレイゼロールに影人はそう言葉を返すと、前髪の下の目を閉じた。レイゼロールも寝始めたのかそれ以降言葉は発さなかった。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
暗闇と滝の流れる音だけがこの場を支配する。過去の世界に来て、影人は基本的に毎日疲れているので大体すぐに眠りに落ちる。それは、こんな洞穴の中でも変わらない。いつもは1分もしない内に意識が遠のく。
(・・・・・・・・寝れねえな)
だが、今日だけは影人は眠る事が出来なかった。
(まあ、今日は衝撃が大きすぎたからな。まさか、俺が一緒に生活していたのが過去のレイゼロールだったなんてよ。しかも、過去のソレイユの奴にも会ったし・・・・)
影人は今日の出来事を思い出す。突如として現れた過去のソレイユとラルバ。それに、今まで自分と一緒にいた少女の正体。正直言って、この過去の世界に来た時よりも驚いている。
(・・・・・・・・現代でソレイユから聞いたレイゼロールの過去の話。兄を殺され絶望していたレイゼロールは、ある1人の人間と出会う。ソレイユ曰く、その人間が唯一レイゼロールが心を許していた人間・・・・)
関連して思い出されるのは、ロンドンでの戦いが終わった後にソレイユから聞かされた話。レイゼロールがいかに絶望し、現代のレイゼロールになったかという話だ。
(その人間はソレイユが言うには、俺に瓜二つだった。見た目はもちろんその言動も性格も。・・・・・・・・はっ、その筈だぜ。なんせ、その人間は俺自身だったんだからな・・・・)
まさかまさかの答えである。影人は現在、過去のレイゼロールと一緒に暮らしているが、別にレイゼロールに信頼されているとも、心を許されているなどとは全く思っていない。影人はただ、生きるためにレイゼロールと一緒に暮らしているだけだ。
(だが、その人間が俺自身って現代のソレイユは知らなかったから、俺はソレイユに未来の事や自分が何者であるのか告げないんだろうな。まあ、未来にどんな影響があるか分からないから、それを知っても言うつもりはないがな)
現代と過去との整合を考える影人。そして、影人はある事実へとその考えを巡らせた。
(・・・・・・・・確か、レイゼロールと一緒に暮らしていた人間は、最終的に人間たちに殺されるんだったよな。それに絶望したレイゼロールは、力を付け「死者復活の儀」を執り行う。そして、その儀式は失敗し、禁忌を破ったレイゼロールは力の大半と『終焉』の力を奪われる。そして、現代へと話が続いていくわけだ)
未来のレイゼロールの目的は、兄の神レゼルニウスの復活。それは1度目の「死者復活の儀」が失敗しその人間、今は生きているので変な話ではあるが、影人が生き返らなかったからだ。それが、現代のソレイユとラルバの光導姫と守護者の光サイド、レイゼロールの闇人や闇奴などの闇サイドの戦いへと繋がるキーの1つ。
(はあー、嫌だな。マジかよ。俺、殺されんのかよ・・・・・・最悪すぎんだろ・・・・)
そう。その事実を知ってしまったから、影人は眠る事が出来ないのだ。近い将来、絶対に自分は死ぬ。未来を知っている影人からすれば、それは死の宣告以外の何者でもなかった。
珍しく影人が凹み、不安や恐怖を感じていると、
「う・・・・・や、やめろ・・・・・やめてくれ・・なぜ、なぜだ・・・・・・なぜお前たちは兄さんを・・・・・・あ、ああ・・・・ああっ・・・・!」
そんな呻き声が影人の耳を打った。
「っ!?」
何事かと思い、影人はバッと岩肌から背を離す。声はレイゼロールの寝ている方から聞こえて来た。
「兄さん・・・・・ああ、なんで・・・なんで・・・・・・うう・・・・・怖いよ・・・・寂しいよ・・・・・苦しいよ・・・・兄さん・・・・・・」
影人が静かにレイゼロールの方に近づいてみると、レイゼロールは目を閉じながらそんな言葉を漏らしていた。
(っ、これは・・・・・・うなされているのか、悪夢に・・・・兄が死んだ時の光景を思い出して・・・・・・)
状況を悟った影人は、なんともいえない顔を浮かべた。これは、影人が初めて見るレイゼロールの弱さだ。もしかしたら影人が知らないだけで、影人が寝ていた間、レイゼロールはずっと呻き声を漏らしていたのかもしれない。そう思うと、影人はどうしようもない気持ちになった。
「嫌だよ・・・・・嫌だよ、兄さん・・・・・逝かないで・・・・1人にしないで・・・・・・ううっ・・・・・」
レイゼロールはなおもうなされ、閉じている目から涙を流した。それを見た影人は反射的に、レイゼロールの左手を自身の両手で包んだ。
「・・・・・・大丈夫だ。大丈夫だから・・・・落ち着け。俺がいるから。いつか別れは来るが・・・・それまでは、俺がお前を1人にはさせないから」
小さな声で落ち着かせるように、影人はそう囁いた。効果などあるわけがない。そもそも自分はこんな事を言う柄ではない。そんな事を思いながらも、影人は気がつけばそう言葉を呟いていた。
「ああ・・・・・なんだ・・・・そこに、いたの・・・・・・兄さん・・・・・・心配・・・・したん・・・・だよ・・・・」
だが、影人の言葉と行動は少しは効果があったようで、レイゼロールは少しだけ安らかな顔になると、無意識的にギュッと影人の手を握ってきた。
「ったく・・・・何だよ。これじゃあ変わらねえじゃねえか。神なんかじゃない。ただのガキと何にもよ・・・・・・」
しばらくの間、レイゼロールの手を握り続けていた影人は、どこか憐れむような声でそう呟いた。
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