第228話 お転婆女神と気弱な男神

「エイト、洞穴から縄を取って来い。これを縛る」

「それは別に了承したが・・・・・・・・お前縄創れるだろ。自分で創れよ」

「物質の創造は多少疲れるのだ。だからわざわざ創った物を残している。いいから早く取って来い」

「自分が使う時は面倒くさがって創るくせに・・・・はあー、理不尽だぜ」

「うるさいぞ。早く行け」

「へいへい」

 少女と他愛のない問答を交わしていた影人は、軽くため息を吐くと、現在いる川の近くの場所から滝裏の洞穴へと移動した。そして、その中に置いてあった黒縄を持つと再び少女の元へと戻った。

「ほらよ。縄だぜ」

「ふん」

 影人から縄を受け取った少女は、その縄で少し大きめの木々を縛った。この木は森の木の一本を伐採したものだ。雨などで外に出れない時用の燃料にするのが主な目的で、これは洞穴の中に貯蓄していく。洞穴内で火を起こすのは、密閉された空間なのであまりしたくはないが、滝の近くでなら煙も外へと流れていく。普段は川の近くで焚き火をするが、雨の時などは影人たちはそうしていた。

「さて、余った木は何に使う? 贅沢を言えばこれで何か柔らかい寝床でも作れりゃ最高だが、まあこれでそんなもんは作れないしな」

「分かっているなら一々言うな。雨風を凌げる寝床があるだけ贅沢なものだ。・・・・・まあ、我も不満がないといえば嘘にはなるがな」

「だよなぁ。せめて藁があればな・・・・・・・・」

 残った切られた木々を見つめながら、影人と少女は寝床の話について、同じような微妙な顔を浮かべていた。少女と影人がこの森で共に暮らし始めて、既に15日ほど。つまり2週間が経過した。時間の経過というものは色々と変化を起こすもので、少女と影人は以前よりは確実に距離が縮まっていた。それが言葉の端々には表れている。

 だが、距離が縮まった事と今の生活への不満とは当然別物で、2人は寝床について不満を持っていた。影人と少女は洞穴の壁にもたれかかるようにして寝ているのだが、洞穴の壁は岩肌で当然普通に硬い。寝れる事は寝れるが眠りは浅く、疲れもあまり取れない。そのような事情があって、影人はこの木で何とかマシな寝床が作れないものかと呟いたのだが、何の知識もない影人には木から柔らかな寝床を作る方法は全く分からなかった。そして、今の発言から考えるに、どうやら少女にもその方法は全く分からないようだ。

「まあ、寝床は無理にしても頑張ってクラフトすりゃ何かにはなるだろ。椅子でも作るか? まあ、俺椅子の作り方も知らねえけど」

「それは結局、全部我任せという事だろう。不愉快だ。端的に言って死ね」 

「うぐ・・・・・・バ、バレたか・・・・」

「お前の考えている事くらいは分かる。不本意だが、既に15日ほどは行動を共にしているからな。お前がどんな人間かは大体理解したつもりだ」

 少女は少し気まずそうな顔の影人にそう言うと、木々を見ながらこう言葉を続けた。

「我はしばらくこれをどうするか考える。お前は魚や木の実を取って来い」

「それってただのサボりじゃ・・・・・・」

「何か言ったか?」

「いえ、ナンデモナイデス」

 ギロリと少女に睨まれた影人は片言でそう言葉を返すと、滝裏の洞穴から籠と先端が尖った木を持ち川の下流へと向かった。影人は基本的に川の上流か下流で魚を獲る。大体2日ほどの間隔で獲る場所を変えるのだが、今日は下流の日だ。おおよそ15分くらいかけて、影人は川の下流に到着した。

「さて、今日も2匹お命を頂くか」

 今から狩るべき命に感謝するように影人は川の中に入る前に両手を合わせた。今から影人は魚たちの命を奪う。これはその事に対する影人なりの、気持ちの整理の仕方だ。

「出来れば1時間くらいで2匹獲りたいな。夕方には戻りたいし」

 チラリと前髪の下から空に輝く太陽を見上げながら、影人はそう呟いた。現在の時間は大体午後の3時くらいといったところだ。なぜ時計もないのにそんな事が分かるかというと、太陽の位置で現在の時間がどれくらいか分かる方法を、少女に教えてもらったからだ。

 最初時間の確認の仕方が分からないといった影人に、少女は本当に呆れていた。「お前のいた場所では、どうやって時間を確認していたんだ」と聞かれたが、影人は便利な物があってそれに頼り切りだったと釈明した。まさか未来から来て、時計という便利な道具があったなどバカ正直に言うわけにもいかない。ゆえに、少し言葉を濁したのだ。少女は影人の言い訳を少し訝しんでいたが、影人にその方法を教えてくれたのだった。

「――よし、2匹獲れた。へへっ、最近ようやっと安定してきたな。時間もちょうどいい感じだし・・・・・やっぱ、人間は慣れの生き物だよなー」

 約1時間後。影人は籠の中にいる、自分が仕留めた2匹の魚を見ながらそう呟いていた。1週間前に初めて魚を2匹獲ったが、あの時よりも確実に獲るのが早くなった。その事が、影人は少し嬉しかった。

「取り敢えず、後は適当に木の実とか回収するか。魚は完全に息の根は止まったし、しばらく籠倒して川の中に晒しとけば大丈夫だろ」

 影人は籠を倒しそれを川に浸けた。籠の中に水が浸水し魚をひたす。木の実を回収している間に魚はどんどん鮮度が落ちていく。だがこうしておけば、しばらく鮮度は落ちないはず。バカの前髪はそんな事を考えた。この川は流れが緩やかで流される事はないだろうし、魚も既に死んでいるので逃げる事はない。それに現在この森に自分たち以外の人間はいない(正確には少女は人間ではないのだろうが、人型という意味で)。なら、たぶん大丈夫だ。影人はそう考え、魚と籠を川の中に放置すると木の実を探しに森を探索した。

「うーむ、よく考えたら籠を川に置いてきたら、木の実両手分しか回収できねえよな。これは盲点だったぜ・・・・・・・」

 十数分後。両手いっぱいに木の実を抱えた影人は唸るようにそう言葉を漏らした。普通に考えれば、よく考えずとも分かる事だが、この前髪は基本的にアホなので、どうやらその事を失念していたようだ。こんなアホが主人公で大丈夫だろうか。いや大丈夫ではない。

 そんなアホの前髪は、魚と籠を置いている川へと戻っている途中だった。主に下流の近くの森を探索していたので、距離はそれほど離れていない。あと少しすれば辿り着く。そして、川が見え始めてきた時、


「ん? 何だろこれ。籠かな? 中には・・・・わっ、魚! ねえねえ見てよラルバ! 魚が2匹入ってる!」


 何者かの声が、影人の耳を打った。

「ッ!?」

 精神的な衝撃が影人を襲う。影人は思わず両手に抱えていた木の実を地面に落としてしまった。だが、木の実自体は軽かったため音が響くような事はなかった。

(何だ? 誰かいる。声からして多分女だ。それもかなり若い。少女みたいな声。だが、分かるのはそれくらいだな。言葉の内容はほとんど聞こえなかった)

 声のした方向は正面。おそらく川からだ。影人はすぐさま意識を緊張させると、慎重に歩きながら声のする方向へと近づいていった。

「だ、だめだよソレイユ・・・・いやソレジェーヌ。地上で僕の本当の名前を呼んじゃ・・・・・・・・長老に言われただろ?」

 影人が慎重に川の方に近づいていると、小さくはあるがそんな声が聞こえてきた。

(っ、もう1人いたのか・・・・!)

 今度は男。これも若い。おそらく少年の声だ。言葉の内容は近づいているためか、所々は聞こえたが詳しい内容は影人には分からなかった。

「えー、大丈夫だって。だってここ近くに私たち以外に誰もいないじゃん。いちいち気にしすぎなのよね、ラルちゃんは」

「そ、その呼び方はやめてよ。ぼ、僕は男だよ。ちゃんなんて呼ばないで・・・・!」

「なに? 私に文句あるの? ふーん、別にいいんだよ。拳で分からせても。腕っ節は私の方が強いんだし」

「ひっ・・・・! や、やめてよ。暴力はダメだよ。絶対にダメ・・・・・・・・!」

「なら私に文句なんて言わないで。次言ったら・・・・分かってるよね?」

「う、うう・・・・横暴だ・・・・・・・・」

 少女と少年らしき声が言葉を交わしている。影人は川の近くの木の陰に隠れると、そこから川の様子を窺った。

 川の中、影人が置いた籠の近くにいたのは少女だった。肩口くらいまでの長さの桜色の髪が特徴的だ。顔はかなり整っていて、将来はおそらく高レベルの美人になりそうだ。服装はこの時代にしては豪華と言えそうな、白地に金の装飾が施された半袖と短めのスカートらしきものを履いている。足元は水中にあるので見えない。全体的に活発という言葉がピッタリな感じの少女だ。

 もう1人は川の近くにいた。少し長めの金髪が特徴の少年だ。青い空のように美しい瞳をしていて、こちらも顔がかなり整っている。一見すると少女にも見えるが、声からして少年だ。少年も少女と同じような服を着ていたが、下は白色の半ズボンを履いていた。足元は影人同様にサンダルのようなものを履いているが、明らかに生地がしっかりとしていた。

(やっぱりガキか。見た感じあいつと同年代っぽいな。まあでも、あいつ純粋な人間じゃないから歳が見た目通りかは分からねえが。問題は、あいつらが何をしにこの森に来たかって事だ)

 遊びに来ただけなのか。はたまた、何か目的があってこの森に来たのか。普通に考えれば前者だが、もしかしたらという場合もある。それに、あの少女と少年があの都市の人間の子供で、もし少女と自分の姿を見たならば大人に言うかもしれない。そうなれば最悪だ。どうするべきか。影人は2人を陰から観察しながらそんな事を考えた。

「それよりも、この籠レールの力で創られた籠だよね。だったら、やっぱり近くにレールがいるんだよ。どこにいるのかな? この森にいるって事は分かるんだけどな。ここでしばらく待ってたら、レール戻ってくるかな?」

「わ、分からないよ。確かにこの籠からはレールの力を感じるけど・・・・・・・・」

「うーん。ならしばらくここで待って、戻って来なかったらこの森を探しましょ。多分それが1番いいわ!」

「う、うん。そうだね」

 川から上がった少女はそう言うと少年の横の地面に座った。少年も少女に倣うように三角座りで地面に腰を下ろした。

(ちっ、しばらくここに居座る気かよ。正直、獲った魚を回収したいが、ここは一旦あいつにこの事を伝えた方がいいな。あいつらは俺に気付いてないし、そっと走ればバレないはずだ)

 まずは影人と一緒にこの森で生活しているあの白髪の少女に連絡する。影人はそう決めると、そろりそろりと木から離れ、木々の間を縫って小走りしようとした。

 逃げれる。影人がそう思った時だった。不幸な事にというべきか、ある意味お約束というべきか、


 パキッと、落ちていた小枝を影人は踏んでしまった。


「っ!? ヤベッ・・・・・!」

 焦ったように影人は小声でそう呟いた。そして、更に不幸な事にその音は桜色の髪の少女と金髪の少年に聞こえていたようで、

「なに、今の音?」

「ひっ! わ、分からないよ!」

 少女と少年はそれぞれの反応を示し、影人のいる森の方に顔を向けてきた。

「あっ! もしかして! ふふん、私分かっちゃった!」

 少女は突然何かに思い至ったような顔を浮かべると、ニヤニヤとした顔になり影人のいる方へと駆けて来た。少女にしてはかなり速いその速度でこっちに向かって来る。逃げられないと思った影人は、仕方なく森から川の方へと出た。

「ふぇ!? お、男・・・・・? に、人間・・・・?」

 その結果、先に影人を見つけたのは川の近くに止まっていた少年の方だった。少年は影人の姿を見ると、驚いたような、それでいてどこか怖がっているような顔を浮かべた。

「なになにどうしたの!? って、わっ!? 誰あなた!? もしかして人間? 嘘、私てっきりレー・・・・・あの子だと思ったのに!」

 そして、少女の方もひょいと森から出てきて影人の姿を確認すると、驚いたような顔を浮かべた。この段階で、影人は奇妙な事実に気がついた。

(っ、どういう事だ。言葉が分かる。あいつと同じだ。意味が分からねえ。何なんだ、こいつらは・・・・・・・・・・?)

 先ほど聞き耳を立てていた時は、声が聞こえにくかったので気がつかなかった。だが、この距離ならばしっかりと少年と少女の声が聞こえる。2人の言葉の意味が正確に影人には分かる。日本語以外分からないはずの影人にだ。影人はそこに疑問を抱いた。

「おかしい。あの子がいるこの森に人間がいるなんて。あ、分かった! あなたあの子をどうにかしようと考えてる人間ね! あの子を苛めるなんて私が絶対に許さないんだから!」

「は、はあ? いったい何の事だよ。っていうか、言葉は伝わるよな・・・・? とにかく、1回落ち着けガキンチョ!」

 何か勝手に、1人でに納得し急に怒り始めた少女に、影人は困惑した。何だこの少女は。情緒が不安定すぎる。まるでどこぞのうるさい女神のようだ。

「誰がガキンチョよ! この変な見た目の人間め! あの子は私が守ってみせるんだから!」

 少女は影人の言葉を聞かずに(一部は聞いていたようだが、なぜそこだけなのか)、更に怒ると影人の方へと近づいて来て、左足で影人を蹴ろうとしてきた。

「うおっ!? てめえ正気かよ!?」

 反射的にその蹴りを避けた影人は、ついそう言葉を漏らした。

「正気も正気よ! この、このッ!」

 少女はそのまま影人に対して連続で蹴りを放って来た。中々に鋭い蹴りである。影人はその蹴りを何とか避け続けた。こちらの世界に来て感覚が色々と鋭敏になっているからか、モヤシの通常状態でも回避する事が出来た。

「わわっ・・・・・・!」

 その光景を見ていた少年は慌てふためていていた。オロオロとした表情で少女と影人を交互に見つめている。

「いい加減に当たりなさいよッ!」

「ふざけるな! 無茶言うんじゃねえよクソガキ!」

「誰がクソガキよ!? この前髪! 不敬よあんた!」

 蹴りを避け続ける影人に業を煮やす少女。そんな少女に影人は苛立ったように言葉を返す。そして、そんな影人の言葉に更にキレる少女。もう無茶苦茶である。いったいこの状況はどのようにして収まるのだろうか。

「――いったい何をしているのだ、お前たちは」

 だが、その状況はある少女の呆れたような声で収まる事となった。影人の後方から現れたのは、現在影人と共に暮らしている白髪の少女だった。

「っ、お前・・・・・」

「レ、レール・・・・・・・・」

 影人と少女は動きを止め、白髪の少女の方へと顔を向けた。その際、桜色の少女が気になる、とても気になる言葉を呟いた気がしたが、今は白髪の少女の言葉を待つ方が先だった。

「帰りが遅いから何事だと思い来てみれば・・・・・・・・まさかこのような状況になっていたとはな。まあ、我はお前たちを両者とも知っている身だ。大体の予想はつくが。仕掛けたのはどうせ貴様からだろう。ソレイユ」

「だ、だってレールのいる場所に人間がいたんだもん・・・・・レールに危害を加えると思って・・・・」

「・・・・話せば長くなるがその心配はない。そいつは我の連れだ。それはそれとして、お前もしっかりとソレイユを止めろ。ラルバ。気弱でも、それをするのがお前の役目だろう」

 白髪の少女は視線を金髪の少年に向けた。金髪の少年はビクッとした顔で白髪の少女にこう言葉を返した。

「そ、そんな役目はないよ。き、君も知ってるだろ。ソレイユは1回決断すると中々止まらないんだよ・・・・・」

「だから、それを貴様が止めろと言っているのだ」

 金髪の少年の言葉を聞いた白髪の少女は、少しだけ苛立ったように言葉を述べた。そんな少女を見た金髪の少年はまたビクッと体を震わせた。白髪の少女の態度を見る限り、少女はこの桜色の髪の少女と金髪の少年と知り合いであるらしかった。

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おい、嘘だろ)

 だが、影人はそれどころの話ではなかった。白髪の少女が現れてからの一連の会話。それを聞いていた影人は、全身から汗が吹き出し、無意識的に体が震えた。

 最初、桜色の髪の少女は白髪の少女を見てこう呟いた。「レール」と。それはおそらく白髪の少女の名、いや愛称だろう。影人はその愛称を知っていた。

 次に、白髪の少女は桜色の髪の少女をこう呼んだ。「ソレイユ」と。そして、金髪の少年についてはこう呼んだ。「ラルバ」と。それも影人が知っている名だ。特に前者の少女の名は、影人はよく、よく知っている。

(・・・・・・・・・・つまり、こいつらは・・・・・・・・・)

 影人は改めてこの場にいる3者を見た。白髪の少女、レール。桜色の髪の少女、ソレイユ。金髪の髪の少年、ラルバ。ラルバについては、影人は直接会った事はないので分からないが、レールとソレイユについては、よく見てみれば影人が思い浮かべている2人の面影があった。

(・・・・・・・・過去のレイゼロール、ソレイユ、ラルバだっていうのかよ・・・・・・・・)


 影人は愕然としながら、その事実に気がついた。

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