第226話 逃亡者2人
「・・・・・・・・・・まさか、あいつがあんな事してくれるなんてな・・・・・」
夜の草原を駆けながら、ポツリと影人はそう呟いた。影人の前方を走っていた白髪の少女は、呟いた影人の方を振り返らずにこう言葉を放った。
「・・・・・ふん。奇人の知り合いは奇人だったというわけだ。せいぜい、運が良かった事を噛み締めろ」
「・・・・命を賭けてまでくれた善意を、運が良かったと片付けられるほど俺は冷めちゃいない。あいつには感謝しないといけない」
少女の言葉に影人はそう言うと、少女に質問をぶつけた。
「それより、俺たちはどこに向かってるんだ? 目的地はあるのか?」
「闇雲に走るほど我はバカではない。奴らに見つかった時の事を考え、次の隠れ場所は南の小森と決めていた。あそこは色々と条件がいい場所だからな。それはそうと・・・・・・・・・・」
少女はチラリと後方の影人に視線を向けると、少し眉間に皺を寄せながらこう言葉を続けた。
「お前、どこまでついてくる気だ? 森からは脱出できた。それに、ここまで来れば一応は安全だろう。お前は既に、どこへでも逃げられるはずだ」
「あー、その事なんだが・・・・・・・・」
影人はどこか気まずそうな顔を浮かべると、意を決したように少女にこんなお願いをした。
「出来れば、しばらく一緒に行動できないか? ほら、生活するのに1人よりも2人の方が絶対に便利だろ? 俺は見てくれはひ弱だが労働力にはなるぜ。だから、ど、どうだ・・・・?」
「っ!? は、はぁ・・・・・・・・・・!? お、お前何を言っている!? ふざけるな! 我は拒否するぞ! 一緒に森から逃げ出してやったからといって調子に乗るな!」
影人の願いを聞いた少女は、思わず立ち止まり影人の方を向いた。先ほど影人から一緒に逃げてほしいと言われた時も驚いたが、今回はそれ以上だ。少女は狼狽したように影人を拒絶した。
「図々しいってのは百も承知だ! でも、頼むッ! 正直、逃げても俺1人じゃ何にも出来ねえんだ。生きるために必要な事・・・・食料を調達したり、水や寝床を確保したり、火を起こす事すらも、多分俺は出来ない。俺のいた場所はここよりも豊かだったから、俺はその環境に甘えてたんだ。自己責任って言われればそれまでなんだが・・・・・・・・・・」
「ならばはっきりと言ってやる。それはお前の自己責任だ。それに、お前のような役立たずを連れて行く理由はない。そもそも、人としばらく行動を共にするなど虫唾が走る。諦めろ」
影人の頼みを、少女は今度は拒否した。冷たく、完璧に。少女から拒絶された影人は、やはりといった感じの顔を浮かべた。
「っ・・・・・・まあ、そうだよな。きっと、俺があんたの側ならそう言うぜ。生きるってのは、本当に難しい事だもんな。こっちに来て、俺は本当にその事を分からされた。そりゃ、そうだよな」
諦めたように笑った影人はそんな言葉を述べた。少女の言葉は至極当然のものだ。いくらなんでも、影人のこの願いは虫が良すぎる。少女の言葉はどこまでも正しかった。
「すまない。不愉快な思いをさせた。お前の言う通り、ここまで来ればもうどこへとも逃げられる。俺はここで適当に別れる。一緒に逃げれてくれて、本当にありがとう。じゃあな」
影人は少女に謝罪の言葉と感謝の言葉を述べると、自分の右方向に広がる草原に向かって歩き始めた。正直、自分の向かう先に何があるのは全く分からないが、行くしかない。影人は、ここからこの過去の世界で1人で生きなければならないのだ。影人は覚悟を決めて、少女に背を向け歩き始めた。
「ふん・・・・・・・・」
影人の背中を見た少女はつまらなさそうに鼻を鳴らすと、自分も目的地に向けて再び足を動かそうとした。急がなければ、ここから南の森まではまだ相当な距離がある。立ち止まっている時間は、少女にはないのだ。
「っ・・・・・・・・」
だというのに、なぜ自分の足はこれほど重い。先ほどまで普通に走っていたはずなのに。なぜ、自分の目はあの男の背を追ったままなのだ。
(よせ。いったい何を考えている。奴は人間だ。兄さんを殺した悪意ある種族だ。たとえ2度助けられたといっても、それは変わらない。瀕死の傷も治し、森からも逃した。借りは完全に返した)
そう。2度の借りは少女も2度あの人間を助けた事によって完済した。今、少女とあの人間の間には何もない。完全な対等だ。だから、少女も何の負い目もなくここから去れるはずなのだ。しかし、少女はまだこの場を去る事は出来ない。それはなぜか。
(・・・・・・・・・・情を抱いているというのか。我があの人間に対して。求めているというのか、孤独を癒やす温もりを。っ、ふざけるな・・・・! 我が人間に対して抱いているのは、憎悪の感情だけだ!)
少女はふと自分が思った事を否定するように、首を左右に揺らした。そんな感情は自分にはない。兄が死んだ時から、永遠の孤独を約束させられた少女にあるのは、憎しみの想いだけだ。
少女が葛藤してる間にも、影人はどんどん少女から距離を離していく。もうあと少しすれば、少女と影人は別れ、もう2度と会う事もないだろう。それは正しい。それが正しい結果だ。
「ああ、クソッ・・・・・! 思ってもいなかったぞ。我がここまで愚かだったとは・・・・!」
少女はギリッと歯を噛み締め自分を詰ると、影人に向かってこう叫んだ。
「おいお前ッ! これは大きな、大きな貸しだぞッ! いつか必ず返してもらう! 特別に許可してやる。お前が我と行動を共にする事を!」
「え・・・・・・?」
少女の言葉が耳に響いた影人は、歩みを止め少女の方へと振り返った。
「い、いいのか・・・・・・・・? 本当に・・・・?」
「2度も言わせるな・・・・!」
呆然とした顔でそう聞き返した影人に、少女は恥ずかしそうな怒ったような顔で影人を見つめた。少女の言葉が本気であると理解した影人は、一転して嬉しそうな顔を浮かべた。
「マジか・・・・・! いや、ありがとう。本当にありがとう・・・・・・! 恩に着るよ。この借りは、いつか絶対に返す!」
影人は少女に心からの感謝の言葉を述べた。そして、急いで少女の方へと戻って行った。
「でも、急にどうしたんだ。何か俺を利用できる事でも思いついたのか?」
少女の元に戻った影人は、少女が心変わりした理由が気になった。影人の問いを受けた少女は、不機嫌そうな顔になる。
「思い上がるな。お前のような役立たずの利用方法など、まだ思いついていない。言ったはずだ。これは大きな貸しだとな」
「そ、そうか・・・・・分かった。いざという時には、また囮になってでも返す。絶対に」
影人は再び少女に借りを返すと確約した。
「当たり前だ。せいぜい、役立たずなりに役に立ってみせろ」
少女はそう言うと、影人に背を向け再び走り始めた。影人はその背に感謝の気持ちを抱きながら、自身も走り始めた。
こうして、白髪の少女と影人は、しばらく行動を共にする事になった。
「っ、朝日が・・・・・・・・」
たまに休息を挟みつつ、少女と南の小森を目指し走り続けていた影人は、昇ってくる太陽に前髪の下の目を細めた。もうそんなに時間が経っていたのか。
「今ごろ奴らは西の森に突入したところだろうな。奴らはしばらく、誰もいない森を捜索する事になる。滑稽なものだ」
朝日を見た少女はそう呟くと、走るのをやめた。そして少し離れた先にある小さな森を指差した。
「見えたぞ。あれが南の小森だ」
「やっとか・・・・・・・・正直、疲れも腹の減りも喉の渇きも全部限界だぜ・・・・」
目的地がようやく視界に移った安堵感から、影人はそんな言葉を呟いた。昼間の騒動からずっとここまで気を休めたり、補給をする時間はなかった。ようやく一安心できるかと思うと、色々と体が不調を訴えてきた。
「まだやる事はあるぞ。それまでは休むな。とにかく、あの森の中に入るぞ」
影人にそんな言葉を与えた少女は森へと歩き始めた。影人も少女の横を歩く。そして、2人は南の小森へと到達した。
「で、何でここを潜伏場所に選んだんだ?」
「色々と条件がいいと言っただろう。ここは我も何度か訪れた事があり、土地勘がある。それに森の深部には小さな滝が流れている。飲み水の確保が比較的に容易だ。それと・・・・もう1つはその滝についてから話す」
朝焼けの森の中を歩きながら、影人と少女は言葉を交わす。木々には小さなリスのような動物がいたり、森には鳥の鳴き声が響いていたりするが、そちらに意識を向けている余裕は2人にはなかった。
「・・・・・・ここだ」
そして、森の中を進み少し開けた場所。具体的には小さな滝と川がある場所に出ると、少女はそう言葉を呟いた。
「もう1つ条件がいいと言った理由を教えてやる。着いて来い」
少女は続けてそう言うと、滝の方へと歩いて行った。着いて来いと言われた影人は素直に少女の後ろを歩く。滝の近くまで接近した少女と影人。近くで見てみると、小さい割には勢いがけっこう激しい。影人がそんな事を思っていると、
「ふん」
少女は何の躊躇もなく滝の中へと入っていった。
「は? お、おい何やってんだよ!?」
その光景を見た影人は驚いたような表情を浮かべた。何だ水浴びでもしようというのか。
「何をしている。着いて来いと言っただろう。さっさとしろ」
影人が驚いていると、滝の中から少女の声が響いてきた。少し反響している。その事を奇妙に思いながらも、影人は取り敢えず言われた通り滝の中へと足を進めた。
「っ、これは・・・・・・・・」
水の冷たさに心地よさを感じつつ滝の中に入ると、そこには洞穴があった。奥行きは見た感じけっこうある。長さは大体10メートルくらいだろうか。洞穴なので細長いが、横幅も5メートルくらいはある。縦幅2メートルはあり、影人も充分に立っている事が出来る。充分なスペースといえるだろう。滝の裏には洞穴があったのだ。
「天然の隠れ家だ。この場所を、おそらく人間どもは知らん。しばらくの間、ここを拠点とする」
先に滝裏の洞穴に入っていた少女はそう宣言した。確かに、ここは隠れ家として最良の場所だろう。近くにいつでも水もあるし、まさか滝の裏にこのような場所があるなどと普通は考えない。
「小説とかゲームとかでは定番っちゃ定番だが、まさか現実にあるとはな・・・・・・・・お前、よくこんな場所知ってたな」
どこか感動したように洞穴を見渡しながら、影人は少女にそう言った。
「・・・・昔、この森には色々とよく来ていたからな。つまらない話はいい。取り敢えず、まずは夜までに炎と食料を確保する。休息はその後だ。分かったな」
「いま夜が明けたとこだぜ? ・・・・・・・と言いたいが、分かった。お前の言葉に従う」
体が色々と限界ですぐにでも休みたかったが、影人は少女の言葉に頷いた。この時代で、自分よりもおそらく1人で生きてきたであろう少女の言葉だ。ならば、その言葉は正しいのだろう。影人はそう考えた。
「よし、ならまずは喉を潤してから取り掛かる」
少女はそう言うと、外に出るべく滝の方に向かって歩き始めた。
「つ、疲れた・・・・・マジでもう限界だ・・・・」
それから数時間後。影人は滝のある小川の側の地面に座り込み、そう言葉を漏らした。
「ふん、この程度で情けない。惰弱な奴め」
影人の正面に座っていた少女は、そんな影人を見て呆れたような顔を浮かべていた。影人よりも動いていたというのに、少女は疲労した様子を見せない。純粋な人間ではないとはいえ、疲れはあるだろうに。タフな奴だと影人は思った。
「まあ俺が惰弱なのは置いといて、焚き木はけっこう集まったし、木の実とかの食料も少しは確保できたな」
影人は自分の前にある小枝の集まりと小さな木の実の集まりを見た。これが影人と少女が数時間森を捜索した成果だ。正直、今のところ食料が木の実だけというのは物足りないが、贅沢は言ってられない。この木の実は食べられる木の実だと少女が言っていたので、安心して食べられる貴重な食料なのだから。
「満足する成果ではないがな。この程度で腹は膨れん。おい、お前。お前は適当に小石を拾って来て、火を起こせ。役立たずでも、それくらいは出来るだろう。我は適当に狩りをしてくる」
「あー、すまん。俺、火の起こし方分からねえんだ。奴隷の時、だいたい火を起こしてたのはあの茶髪だったからさ・・・・・木をグリグリするやつなら、何とか知ってるけど、たぶん一生つかない気がするし・・・・」
「は? はあ、全くどこまで役立たずなのだ貴様は・・・・・ちっ、仕方がない。ならお前はその川で魚を獲れ。道具は・・・・・これでいいか」
影人に呆れ果てた少女はため息を吐くと、影人にそう言った。そして、左手で集めて来た小枝の中から少し太めの枝を取ると、少女は右手に闇色のナイフを創造し、そのナイフで枝を切り、いや研ぎ始めた。枝は見る見るうちに先端が槍のように鋭く尖っていった。
「これで魚を突け。どうせ手で捕獲する事は出来んのだろうしな、お前は。最低2匹は確保しろ。確保出来たのなら休んでもいい。分かったな?」
「分かった。それくらいなら何とか出来るはずだしな。やってみる」
少女から木の槍のような物を受け取った影人は、真剣な表情で頷いた。これだけは絶対にやらねば。影人はそう思った。
「・・・・・・・・ふん。当たり前だ」
少女はそう言って立ち上がると、ナイフを持ったまま再び森へと向かって行った。さっき言っていた狩りに行ったのだろう。
「よし・・・・いっちょやるか」
少女が森の中に入って行ったの確認した影人は、疲れ切っている体に何とか鞭打ち立ち上がると、川の中へと足を踏み入れた。
「おっ、早速いたな」
影人は早速魚を見つけた。大きさはそれほどでもないが、空腹の影人からしてみれば充分に美味そうだった。
「悪いが、生きるためにお前の命を頂くぜ。覚悟!」
狙いを定め、影人は右手の木を振り下ろした。イケる。確信からの一撃だ。
だが、前髪の確信など「ばあちゃんオレオレ、タカシだよ」みたいなレベルで信用がない。影人が振り下ろした一撃を、魚はいとも容易く回避した。
「なっ!? や、やるじゃねえか・・・・だが2度目はないぜ。次こそは・・・・!」
狼狽えたアホの前髪は、再び木を魚に向かって振り下ろした。だが、魚はまたもスルリと避けてしまった。
「っ!? てめえ、逃げるなよ!」
ムキになった影人は連続で木を振り下ろすが、魚はその全てを華麗に回避した。
「ちくしょう虚仮にしやがって!」
更にムキになった影人は、そのまま何度も魚に向かって木を振り下ろしたのだった。
「ふむ、こんなものか・・・・」
更に数時間後。太陽もすっかり頂点に輝いている頃、狩りを終えた少女は獲物である兎を1頭持ちながらそう呟いた。血抜きは既に済ませてある。大きさはそれほどではないが、今日の食事としては充分だろう。
(問題は奴が魚を獲っているかだな。まあ、けっこう時間は経過している。いくらなんでも1匹くらいは獲っているだろうとは思うが・・・・・・・・)
滝の場所へと戻りながら少女はそんな事を考えた。あの前髪が異様に長い人間は、少女が思っているよりも数倍は役立たずだったが、今回は流石にと思いたい。
そして、少女が滝の場所へと戻って来ると、
「ふざけやがれ! てめえいつまで避ける気だ! そろそろへばれよ!」
影人はまだ川の中で魚相手に格闘していた。
「・・・・・・・・お前、まさかまだ1匹も獲れていないのか?」
「げっ、もう戻って来たのかお前・・・・ま、まあ待てよ。あと、もうちょっとで獲れるはずだからよ」
少女の言葉で少女が戻って来た事を確認した影人は、焦ったようにそう言った。
「・・・・はあー、もういい。それよりも、1度川から出ろ。その様子から見るにずっと川の中に入っていたのだろう。体調を崩すぞ。人間は脆弱なのだからな」
「い、いやでも・・・・」
「木を貸せ。あと、これを持っていろ」
ため息を吐きながらこちらに向かって来る少女に、影人は食い下がろうとした。しかし、少女は有無を言わせない口調でそう言って影人に兎を押し付けた。
「わ、分かった。すまん」
「いいか。魚を獲る時は、集中して落ち着く事だ。凪のような静かな心で、一点を・・・・貫く」
影人から木を受け取った少女は、川の中に入り魚を静かに見下ろした。そして、スッと自然に魚目がけて木を振り下ろした。
すると、魚は木に貫かれ、それを証明するかのように川の中に赤い血が広がった。魚は暴れているが、少女はすぐに魚を陸に上げる。すると、魚はしばらくして絶命した。
「すげえ、1発かよ・・・・・・・・」
その光景を見ていた影人は唖然とした顔でそう言葉を漏らした。自分がずっと出来なかった事を少女は1回で成功させたのだ。
「こうする。お前は小石を集めて来い。早くしろ。我はもう1匹魚を獲る」
「あ、ああ・・・・分かった。ありがとう」
少女にそう言われた影人は、急いで森へと走った。情けない気持ちを抱きながら。
「ふん・・・・・どこまでも世話のかかる」
少女はポツリとそう呟くと次の魚を探し始めた。
「う、美味え・・・・・・・・」
それからまた数時間後。太陽が徐々に傾き始めた頃、影人と少女は川の近くで火を囲みながら、少女が獲った魚を食べていた。腸抜きなども少女がしてくれ、影人は何もしてないが、少女は別に何も言わずに影人に魚を渡してくれた。影人は感謝して魚を受け取り頬張り、心の底からそんな言葉を漏らした。
「魚がこんなに美味いと思ったのは初めてだ。ありがとう。本当にありがとうな」
木に刺した魚を夢中で頬張り、影人は何度も少女に感謝の言葉を述べた。
「そう言うのならば、いくつか仕事を覚えろ。結局、火を起こしたのも我だ。全く・・・・・」
影人と同じように魚を食べながら、少女は影人にそう言った。
「ああ、分かってる。というか、お前ナイフ以外の物も創造出来たんだな。俺はてっきりナイフだけだと思ってたが」
影人は先ほど少女が火を起こした時の事を思い出しながら、少女にそう語りかけた。少女は火を起こす際に、黒い縄を創造し、それと小枝や木屑などを使って摩擦で火を起こした。
「一部の物質だけだがな。今の我に出来るのは物質の創造くらいだ」
少女はつまらなさそうにそう答えると、喉が渇いたからか川に顔を近づけ水を飲んだ。そして、戻って来るとこう言葉を続けた。
「今日の夕食はこの兎だ。寝床はあの滝裏の洞穴。他に何か質問はあるか?」
「あー、その辺りに関しちゃ何も質問はないんだが・・・・・・・一応、別方面の質問を1つ。お前、名前はあるのか? いや、いつまでもお前じゃちょっと言い難いかなって感じだ。何なら偽名でもいいから、何かこう呼べって言い方ないか?」
影人は少し気まずさそうに少女にそんな質問をした。実際、これはこれから行動を共にする上で重要な問題だ。少なくとも、影人はそう考えている。
「名か・・・・・・・・無論、我にはあるがお前に教えるつもりはない。いつか気が向けば教えてやらん事もないが・・・・・そういうお前はどうなのだ? 名はあるのか?」
「ああ、一応ある。俺の名前は・・・・・・・影人だ」
自分の名字は告げずに、自分の名前だけを影人は少女に教えた。それは、この時代に名字はあるのかといった事を一応考慮した上での事だ。バカなりに考えた結果である。
「エイトか・・・・・・・・では、お前の事はこれからそう呼ぶとしよう。お前はこれまで通り、我の事は適当に呼べ」
「・・・・・・・・・・分かった。なら、俺はせいぜい一定以上あんたに信用されるように努めるよ」
影人はふっと笑うと、魚を全て綺麗に平らげた。
「この後やる事はあるのか?」
「今日は特にない。強いて言えば火を維持する事くらいだ」
「そうか。なら、ようやく少しはゆっくり出来そうだな」
「ふん。お前が言う事ではないな」
「そりゃごもっともだ」
しばらくの間、火を囲みながら影人と少女はそんな言葉を交わし合った。
――少女と影人の奇妙な逃亡生活はこうして始まった。
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