第225話 白髪少女と前髪と
「っ・・・・・・・・・やっぱりてめえはクソガキだぜ。いきなり人に刃物突きつけて、脅すなんてよ」
自分の喉元に突きつけられたナイフを見た影人は、少し緊張したようにそう言葉を漏らした。
「黙れ。我が貴様に聞いているのは、お前が我を助けた魂胆だ。それ以外の言葉を喋るな。次にそのような言葉を発したのならば・・・・・このナイフが突き刺さるぞ」
影人の言葉を聞いた少女は、底冷えのするような声でそう言った。ああ、これは本気だなと、今まで無駄に結構な修羅場を潜って来てしまった影人は理解した。
「・・・・・・・・・・別に魂胆はねえよ。昼間も言っただろ。お前を助けたのは、俺が自分の心に従ったからだ。自分の欲望のままに、意志のままにな。それ以上に理由なんてねえよ」
影人は素直に少女に向かってそう答えた。この状況で自分が出来る事と言えば、素直に少女の問いに答えるという事だけだ。だが、少女は影人の答えに納得しなかったのか、なおも厳しい視線とナイフを影人に向けた。
「ふん、そんな答えが信じられるものか。そんなバカはこの世に存在しない。本当の答えを言え」
「悪かったなこの世に存在しないレベルのバカで・・・・・・・だが嘘じゃねえよ。この状況で嘘言えるほど肝も座ってないしな。お前は何でか知らないが人間を憎んでるみたいだから、人間の俺がお前を助けたって事が納得できないんだろう」
影人は静かに少女への理解を示しながらも言葉を述べた。少女はまだ少し混乱しているのだろう。だから、影人は少女を落ち着かせるようにゆっくりと言葉を続けた。
「俺は異邦人だ。だから、俺はこの辺りの事や事情なんか全く知らない。言葉も分からないしな。俺は適当に道で休んでたら、男たちに町に連れて行かれて奴隷にさせられただけの男だからな」
影人はまず少女に自分が何者であるのかを伝えた。これは少女の質問の内の1つに対する答えだ。影人の言葉を聞いた少女は、影人が異邦人と分かっていたのかは知らないが、特段驚いた様子もなかった。
「・・・・今回この森に来たのだって、奴隷としての仕事だ。俺はあいつらの言葉がわからないから森の外で馬とか荷物の見張りをしてた。でも、馬が森の中からの大声に驚いちまってな。俺は馬を追って森の中まで来たんだが、途中で見失っちまった。ほら、昼間俺が叫んで馬が兵士ども蹴散らしてくれただろ。あの馬だ。そんで、そんな時にお前と出会った」
影人は自分がここに来た理由を少女に話すと、前髪の下の両目を少女に向け、最後にこう言った。
「その後はお前も知ってる通りの流れだ。言っとくが、俺はお前を助けた事で飯も寝床も失った。あいつらの所に戻ってもたぶん殺されるだろう。まあ、やっちまったもんはしょうがねえし後悔はないがな。だから、客観的に考えてみろよ。俺はお前を助けた事で色々失ったが、助けた事で得たものなんて何1つないんだよ」
影人の答えを聞いた少女は、少しの間影人を見つめていた。影人の答えを見極めるように。そして、少女は影人の喉元に突きつけていたナイフを下げた。
「・・・・・・・・・・ふん、どうやらお前は真正のバカのようだ。バカすぎて裏も見えん。お前のいた場所は、皆お前のようにバカが多いのか?」
「さあな。だが、あんたみたいな見た目子供が殺されるかもって場合は、助ける奴が多いんじゃないか? 道徳観的にな。だがまあ、俺があんたを助けたのは俺の心のためだがな。俺は善人じゃないし」
呆れたような顔でそんな事を聞いて来た少女に、影人は軽く首を傾げながらそう答えた。影人のいた現代ならば、世界の道徳観的に少女を助けようとした者はそれなりにいるだろう。
「・・・・・・・・変わった奴だ。まあいい。お前の答えは聞けた。あまりにも程度の低い答えだったが、嘘ではあるまい。納得は出来ないが、理解はした」
少女は息を吐くと、ナイフを虚空に消した。スプリガンの時の自分と同じような力が、少女が純粋な人間ではない事を示している。少女は自分のボロいサンダルのような靴の紐を調整すると、影人にこう告げた。
「お前は我を助けた。だが、我もお前の傷を治してやった。貸し借りはもうない。お前と我の関係はこれで終わりだ。・・・・ではさらばだ。バカな人間よ」
「ちょっと待てよ。さらばってお前、どこに行く気だ? 今は夜だろ。明かりもなく移動するのは危険だぜ」
影人に背を向けどこかに向かおうとしている少女に、影人はついそう質問した。
「お前はやはりバカだな。この暗闇がある内に移動しなければならないのだ。奴らは我を殺す事を諦めたわけではない。今頃は森の周囲を見張り、朝日が昇ると同時に再び森へと入って来る。奴らから逃げるには、今この瞬間しかない」
「っ、そういう事か。夜なら逃げられる可能性が高いって事だな」
少女の言っている事の意味を理解した影人は、なるほどと頷いた。確かに影人がいた現代とは違い、これだけ夜の闇が支配するこの時代ならば、兵士たちが周囲を見張っていても逃げられる可能性は高い。少女の言うように、逃げるなら今しかないだろう。
「理解したならばこれまでだ。お前も今や奴らから追われる身。せいぜい適当に――」
少女が影人に言葉を述べようとすると、影人が少女の言葉に割り込むようにこんな言葉を放って来た。
「なら頼む。俺も連れて行ってくれ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
影人から頭を下げられそう言われた少女は、ポカンとした顔を浮かべた。
「お、お前何を言っているのだ!?」
「シー! そんな大声出すなって! 響くだろ!」
影人は驚いている少女に対し、自分の右の人差し指を立て、静かにのジェスチャーをすると、小さな声でこう言葉を続けた。
「俺、全くあいつらから逃げられる自信ないんだよ。1人でなんか絶対逃げられない。捕まってすぐ殺されるのがオチだ。その点、お前はあいつらから逃げられる自信があるんだろ? だったら、お前と一緒に逃げた方が俺の生存確率は上がる。な、だから頼む。厚かましいのは重々承知だ。でも、俺は生きるという行為をまだ諦めたくはない」
影人は真摯に少女にそう言うと、地面に正座をして体を折り曲げ額を地面につけた。
「だからお願いだ。どうか、俺を連れて行ってほしい。もちろん、邪魔になったらその場で切ってくれても構わないから」
「っ・・・・・・・・・」
影人から土下座をされた少女は、この状況に混乱しその顔を歪めた。少女は土下座というものを知らなかったが、影人が本気で、心の底から少女にそう嘆願しているのだという事は理解した。
「・・・・・本当に意味がわからない奴だなお前は。そこまで生きたいのに、我を助け死にかけたというのだから。行動がいちいちチグハグだ」
「・・・・・・・・人間なんてそんなもんだ。矛盾だらけなんだよ、
少女の呟きに、影人は地に額を擦り付けたままそう答えを返した。
「・・・・・・・・だから嫌いなのだお前たち人間は・・・・」
影人の言葉を聞いた少女はボソリとそう呟くと、土下座している影人に背を向けた。
「・・・・いつまで地に伏せているつもりだ。そんな事をしていても、夜が明けるだけだぞ」
そして、少女は影人に対してそう言葉を述べたのだった。
「っ! それって・・・・・・・・・・いや、そうだな。これだけは言わせてくれ・・・・・ありがとう」
「人間からの礼の言葉などいらん。不愉快なだけだ。あと1つ言っておくぞ。お前が邪魔だと判断すればすぐに切り捨てるか身代わりにする。そこは了承しておけ」
「ああ、それで十分だ」
顔を上げた影人は、少女に感謝の言葉を述べ立ち上がった。少女は不機嫌そうな声で影人にそう言ってきたが、影人は当然だと言わんばかりに首を縦に振った。
「ならば行くぞ。出来るだけ物音は立てるなよ」
少女はそう言うと、小走りで闇の中を進んで行った。影人も必死に少女の後ろに着いていく。
こうして、白髪の少女と前髪の長い男の奇妙な2人組の逃走劇が始まった。
「ふぁ〜あ・・・・・眠い。ったく、まさか徹夜で見張りしろとはな。全く、ツイてないぜ」
満点の星空と半月の光が照らす夜の下、あくびをしてそう呟いたのは茶髪の奴隷である少年だった。少年は正面の暗い闇が濃い森の見張りを、兵士たちから命じられていた。
(しっかし、まさかあの前髪が闇の女神を庇ったとはな。兵士どもから聞いた話じゃ、致命傷の傷を与えたから既に死んでいるはずだって話だが・・・・・結局、よく分かんない奴だったな、あいつ)
少年は、昼間森から逃げるように戻って来た兵士たちの話を思い出した。闇の女神をあと1歩のところまで追い詰めたが、少年の後輩奴隷である前髪の長い異邦人が邪魔をし、最終的には闇の女神が『終焉』の闇の力を暴走させた事。そのため、兵士や少年を含む奴隷たちは、森の周囲で様子を窺う事になった。
そうこうしている内に夜になったため、闇の女神をこの森から逃がさないためにも、兵士や奴隷たちはこの森をぐるりと囲むように監視をしているのだ。夜明けと同時にまた森の中に入り、闇の女神を見つけ今度こそ殺す。それが、この闇の女神捜索隊を率いるエンポルオスの判断であった。それが、いま少年が森を見張っている理由だ。
「まあ、元はと言えば俺が馬を追わせた事が原因なんだろうが・・・・・・・恨まないでくれよ。闇の女神を助ける行動をしたのはお前なんだからな」
少年は死んだという自分の後輩奴隷である、あの前髪の長い異邦人の顔を思い浮かべながら、少しだけ罪悪感から顔を歪めそう呟いた。別に少年はあの前髪に大した感情はない。ただの後輩の奴隷。それだけだ。少年が思うのは、都市に戻ればまた自分の仕事が増えるだろうし嫌だな、という事くらいだ。それでも、気がつけば少年は無意識にそんな言葉を呟いていた。
「サボって寝るか・・・・・? 正直、人は増えたが寝てもバレないだろうしな・・・・」
5分後。茶髪の少年はあまりの眠たさにそんな事を考えた。昼間に森から出てきたエンポルオスは、伝令をアテナイに送り20人ほど応援を得た。現在は奴隷を含めた約60人ほどでこの森を囲んでいる。
だが、少年たちが囲むこの西の森はかなり広大で、本来ならばとても60人ほどで囲む事の出来る森ではない。しかし、囲まなければ闇の女神はどこから逃げるか分からない。そのため、エンポルオスはかなり等間隔は広くなるが、無理やり60人でこの森を囲む判断をした。ゆえに、少年の周囲にはほとんど隣にいる人物たちの姿は見えない。だから、サボってもバレはしないだろうと少年は思ったのだった。
「あーダメだ。限界だ・・・・・・・・・」
普段ならとっくに寝ている時間だ。少年を激しい睡魔が襲う。コクリ、コクリ、と少年が船を漕ぎ始め、意識を暗闇に手放そうとしたちょうどその時、少年は何者かが走っているような音を聞いた。
「っ!?」
その音を聞いた少年の眠気が急に飛んだ。少年は音が聞こえる方向――自分の左方向に顔を向けた。少年から数メートルほど離れた先、そこには闇に紛れるように小走りをしている2人組がいた。よく目を凝らして見てみると、それは白髪の少女と、前髪に顔の上半分を支配されている男だった。少年は既に陽が落ちてからけっこうな時間見張りをしている。ゆえに、夜目がきいていた。
「なっ、前髪・・・・!? 嘘だろ、死んだはずじゃ・・・・!」
「「っ・・・・・!?」」
まさか影人が生きているとは思っていなかった茶髪の少年は、ついそんな声を出してしまった。そして、その声は数メートル先を横切ろうとしていた影人たちの耳にも聞こえた。少女と影人は驚いたように、声がした方向を向き、そこに驚いたような顔をしている少年の姿を確認した。
「っ、お前・・・・・くそっ、マズったな。居眠りしてるから行けると思ったが・・・・・・・・・・」
「お前の走る音が大きかったからだぞ人間・・・・! ちっ、こうなれば・・・・・・・・!」
声を聞くまで見張りをしていた人物が、先輩奴隷である茶髪の少年と気がつかなかった影人は、驚いたような顔を浮かべながらも、最悪の状況に冷や汗を流した。少女はただ見張りに自分たちの逃走がバレてしまった事に焦り、右手に闇のナイフを創造した。目撃者である少年を殺そうと、少女は考えていた。
「そうか、生きてたのか・・・・・・・・・・ははっ、マジで闇の女神の味方になったんだな。ある意味、凄え奴だったんだな、お前・・・・・」
茶髪の少年は影人と影人と一緒にいる少女を見ながら、そんな言葉を呟いた。その表情に驚きはまだあるものの、少年は笑っていた。少年のまさかの反応に、影人と少女は「「っ?」」と顔を疑問の色に染めた。
「はっ、本当なら今すぐにでも大声出して、兵士・・・・市民の奴らに教えなきゃならないんだがよ。俺、奴隷であいつらのこと嫌いだし・・・・・・・・仕方ねえからここは見逃してやるよ。同じ奴隷のよしみだ。同じ飯食って寝て、働いたお前の方が全然好きだしな。ほら、さっさと逃げろよ。せいぜい、あいつらに見つからないように楽しく生きろ」
茶髪の少年はフッと笑うと、左手を森とは反対方向、つまり影人と少女が逃げようとしていた方へと向けた。
「・・・・こいつは何て言ったんだ?」
「・・・・・・・・さっさと逃げろ、と言っている。奴らよりも、同じく奴隷であった貴様の方がまだ好感があるとの事だ」
少年の言葉の意味を影人は少女に聞いた。少女は仕方なく少年が何と言ったのかを影人に伝えた。
「っ、マジかよ・・・・・・・・」
少年の言葉の意味を理解した影人は、どこか唖然とした顔で少年を見つめた。影人と少年はまだ1週間ばかりの関係性だ。ただの同じ人物に買われた奴隷。それだけの関係だ。そうだというのに、少年は影人たちを見逃してくれると言ったのだ。バレれば、最悪殺されるかもしれないのに。
「早く逃げろ。いつ気づかれるか分からないんだ。気づかれたら、お互いに死ぬほど困る事になる」
未だに逃げない影人たちを急かすように、少年は周囲に視線を配りながらそう言葉を続けた。雰囲気的に急かされていると感じた影人は、少女にこう言った。
「ガキンチョ。すまないが最後にこれだけこいつに伝えてくれないか。――って。頼む」
「おい、ふざけるなよ。なぜ我がそんな事を――」
「お願いだ。どうしても、これだけは伝えたいんだ」
「・・・・・・・・・・ちっ! 面倒な。やはりお前の動向を許したのは失敗だったようだな・・・・」
少女は舌打ちをすると、少年に向かってこう言った。
「・・・・・・・・ありがとう。この人間が、貴様にそう伝えろと言っている。勘違いはするなよ、これは決して我の言葉ではないのだからな」
「っ・・・・」
少女は少年にそう言葉を告げると駆け始めた。影人も、最後に少年に軽く頭を下げると少女の跡を追った。少女から影人の想いを聞かされた少年は、しばらく衝撃を受けたような顔を浮かべていたが、
「・・・・お前からそう言われたのは初めてだな。はっ・・・・・・・・・・どういたしましてだぜ、前髪」
気がつけば、どこか嬉しそうに、満足したように笑っていたのだった。
こうして茶髪の少年の助けもあり、少女と影人は森から逃げ出す事に成功した。
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