第224話 奴隷の反逆

「・・・・・・・・貴様、自分がいったい何をしているのか理解しているのか?」

 突然ゲルネオスに体当たりをし、少女の前に立ち塞がった影人にエンポルオスは、いっそのこと静かにそう言葉を放った。

「けっ、相変わらず何言ってるかは分からねえが、本気かって事を聞いてるって感じか? まあ、てめえらも俺の言葉は分からねえだろうが、一応答えてやるよ。本気も本気だぜ。俺はバカなんでな」

 影人はエンポルオスに向かってやけくそに笑いながらそう言葉を返した。

「お前何を・・・・・・・・・何を、している・・・・?」

 そこでようやくと言うべきか、倒れている少女が影人に向かってそう言葉を掛けてきた。少女は呆然と、意味が分からないといったような顔を浮かべていた。

「見て分かんねえかよクソガキ。単純に俺の自己満だ。それと、いつまでも這いつくばってるんじゃねえ。死ぬか生きるかの瀬戸際なんだ。無理やりにでも立てよ」

 そんな少女に向かって、影人は一瞬少女の方に顔を向けそう言った。なぜかは分からないが、この少女の言葉は影人には分かるし、影人の言葉も少女に通じる。ならば、影人が何を言っているのかは理解できるだろう。

「なっ・・・・・」

 影人からそう言われた少女はそのアイスブルーの瞳を大きく見開いた。どういった感情からそういう反応をしたのかは分からないが、やはり影人のいう言葉は理解しているようだ。

「奴隷、貴様!」

「我らに反抗する気か!?」

「闇の女神を助けるなど・・・・・!」 

「反逆者だ! 殺せ!」

 影人の行動を見た周囲の兵士たちは、影人に対し怒号を飛ばした。影人が邪魔をしたので、兵士たちは今にも影人に襲い掛からんとする勢いだ。

「っ、貴様よくも・・・・・!」

 影人が体当たりをして転ばせた兵士、ゲルネオスも怒りに満ちた目を影人に向けて来た。ゲルネオスは怒りに震えている手で剣を握り締めながら、影人の方に向かって来ようとした。来るかと、影人が決死の覚悟を固めていると、

「待てゲルネオス! お前たちも1度落ち着け。この探索隊の責任者は私だ。今は私の言葉に従ってもらう」

 だが、そこで待ったをかけた人物がいた。エンポルオスだ。エンポルオスの言葉を受けたゲルネオスや兵士たちは、驚いたような顔を浮かべながらも、エンポルオスの言葉に従った。

「っ?」

 急にゲルネオスや周囲の兵士たちが静かになったので、影人はその顔を疑問の色に染めた。

「・・・・・・・・・・どうやら、正気のようだな。異邦人の奴隷よ。確かに貴様はつい7日前ほどに我が都市に来た者だ。我らの言葉も事情も、その者が何者であるのか理解してはいないのだろう。ゆえに、正義のために行動した。そんなところか」

 エンポルオスは真正面から影人を見据え、そう言葉を呟く。そしてこう言葉を続けた。

「貴様のその行動は、貴様が奴隷であっても本来は賞賛されるものだ。命を懸けて幼子を救う。それは紛れもない正義。私は貴様に敬意を抱く。・・・・・ただし、貴様の助けるそれが、本当に子供であった場合だがな」

 エンポルオスはそこで言葉を区切ると、厳しい視線を影人に向けた。

「名もなき異邦人の奴隷よ。貴様の事情を考慮し、行動に敬意を抱いた上で貴様に1つチャンスをやろう。私の前から今すぐに退けば、貴様の行いは不問とする。ただし退かないならば・・・・・私が貴様を殺す」

 エンポルオスは影人にそう宣言すると、影人の後ろにいる白髪の少女にその視線の先を変えた。

「闇の女神、どうやら貴様の言葉はその異邦人に伝わるようだ。今の私の言葉をその異邦人に伝えろ。貴様に拒否権はない」

「っ・・・・・・? 我がだと?」

「そうだ。早くしろ」

「ちっ・・・・・!」

 エンポルオスの言う通り、エンポルオスの指示次第でいつでも殺される状況にいる少女は、エンポルオスの言葉に従うしかなかった。

「おい、人間。貴様の目の前にいる男からの言葉だ。今すぐ退けば見逃す。だが、退かない場合は殺すとの事だ。お前、奴の言葉が分からないのか?」

「残念な事にサッパリだ。けっ、しかし、見た目と時代に合わずにけっこう理性的というか優しい奴だな。っと、こう言っちまうと差別的になるか。人に時代も見た目もねえか。いい奴も悪い奴も、いつの時代だって結局いるんだろうしな」

 少女の言葉を聞いた影人は、少女の問いに答えながらも思わずそう呟いた。

「おいクソガキ。今から言う俺の答えをあいつに伝えろ」

「誰がクソガキだ。貴様不敬だぞ。それに、私は伝書鳩ではない」 

「知るかよ。この場で俺の答えを伝えられるのは、てめえだけなんだ。だから、しっかりと伝えてもらうぜ。それが、あいつに対する最低限の礼儀ってもんだからな」

 ムッとした顔の少女を無視しながら、影人はエンポルオスを見つめる。おそらく、今から影人はこの男と生死を賭けた戦いを行うだろうが、しっかりと忠告してくれた礼だ。影人もちゃんと答えを返したいと思った。

「俺の答えは・・・・・・・・退かないだ。1回出てきちまったんだ。今から引っ込むなんてダセェ真似できるかよ」

「っ・・・・・・! 貴様はいったい・・・・・・・・ふん、狂っているのか、何か邪悪な考えがあるかは知らないが、いずれにせよ奇特な奴だ」

 影人の答えを聞いた少女はまたも驚いたように目を見開いた。そして、ぶっきらぼうな顔でエンポルオスに影人の答えを伝えた。

「・・・・・・・・そうか。それが貴様の答えか。ならば、貴様の覚悟を讃え・・・・貴様を殺そう」

 エンポルオスの顔から一切の感情が消えた。いよいよ本気でヤバい。影人はその事を察した。

(さあ、ここからどうやって生き延びて逃げる帰城影人。こっちは武器なし、あっちは武器あり。しかも明らかに鍛えてる兵士だ。それに加えて今は手を出してきてないが、周囲には数十人の兵士たち。今のところ本気で詰んでる。考えろ、考え尽くせ)

 影人は必死に周囲の光景を見渡した。何か使える物はないか。周囲は360度兵士たちが囲んでいるが、何かこの窮地を打開する術は――

(っ、あれは・・・・・)

 そんな時、影人はエンポルオスの斜め後ろの空間の先に、ある動物を見つけた。それは馬だった。おそらく、元々影人が追っていた馬だろう。今は落ち着いているのか、どこかのんびりとしていた。

(あの馬、確か大声に驚いて逃げたんだったよな。もしかしたら使えるかもしれねえ。だが、正直この方法はあまりに運ゲーが過ぎる)

 ふと、ある考えが影人の頭に浮かんだ。しかし、それはあまりに不確実なものだ。成功する確率は、極めて低い。

「覚悟しろ・・・・・・・・!」

「っ!」

 剣を握ったエンポルオスが遂に影人の方に向かって来た。やるしかない。そう考えた影人は思い切り息を吸い込み、そして大声を上げた。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

「なっ・・・・・!?」

「っ!?」

 有らん限りの、自分が出せるだけの大声。その大声にエンポルオスは驚愕したような顔を浮かべ、影人の1番近くにいた少女はその余りの騒音に、反射的に両耳を両手で閉じた。周囲の兵士たちも反射的に耳を閉じたり、顔を顰めていた。しかし、その程度で影人たちを囲む陣形が崩れはしなかった。だが、影人の狙いはそれではない。影人の本当の狙いは――

「ヒヒンッ!?」

 影人の大声を聞いたのは人間だけではない。突然の大声に、近くにいた馬は驚き混乱した。そして、混乱した馬は脇目も振らずに真っ直ぐに、即ち影人たちの方へと走って来た。

「なっ!?」

「なぜ馬が!? あぐっ!」

 馬は影人たちを囲んでいた兵士たちを蹴散らしながらなおも走り続ける。そして、馬は影人たちの隣を過ぎ去ると、そのまま影人たちの後方の兵士たちも蹴散らした。

(よしっ! 上手くいった!)

 その光景を見た影人は思わず内心でガッツポーズした。あの馬は臆病なのか興奮しやすいのか、大きな音に驚いていた。その事を知っていた影人は、もしかすればと思い大声を上げたのだ。別の方向に逃げる可能性も十分にあったが、そこは影人の運が良かったのだろう。狙い通り真っ直ぐこちらに走って来てくれた。

「おい逃げるぞクソガキ! さっさと立ちやがれ!」

「っ! ふん、礼は言わんぞ・・・・!」

 影人は未だに立ち上がれずにいる少女に向かってそう言葉を掛けた。影人にそう言われた少女は驚きながらも何とか立ち上がった。足の痛みや腹部の痛みがある程度マシになった結果か、と影人は適当に考えた。

 影人と少女は馬が生じさせた混乱を利用し、エンポルオスがいる方向とは逆の包囲が崩れた場所に向かって全速力で駆けた。兵士たちはまだ混乱していたため、影人と少女はその崩れた場所を通り抜ける事が出来た。

「っ!? お前たち何を混乱している! 闇の女神と奴隷が逃げたぞ! 追え!」

「あ、ああ・・・・!」

 影人たち同様、馬の直線上にいなかったエンポルオスは無傷であり冷静であった。エンポルオスは混乱している兵士たちを一喝すると、影人たちを追うように指示した。エンポルオスの言葉に正気を取り戻した兵士たちは、慌てたように影人と少女を追い始めた。

「ちっ、もう追って来やがったか・・・・! 存外に早いなおい!」

 チラリと後方を見た影人はついそう言葉を漏らした。影人と少女、追って来る兵士たちの距離は現在30メートルほど離れている。しかし、いつ追い付かれてもおかしくはない距離だ。

「ふん・・・・!」

 影人同様に後ろに視線を向けた少女は、両手に闇色のナイフを4つほど創造した。ちなみに、影人は色々と余裕がないのでその事に気がついてはいない。先ほどのエンポルオスとの戦いで少女がナイフを虚空から創造した事も、戦いを観察していた角度的に影人には見えなかった。ゆえに、影人は未だに少女のその特別な力を知らない。

「シッ!」

「うおっ!?」

 ナイフを創造した少女は後方に適当にそれらを投げた。ナイフを投げられた兵士たちは、驚いたような顔を浮かべ集団の先頭にいた者たちは足を止めた。

「っ!? おい、なに急に止まって――」

「うああっ!?」

 そのせいで、後ろから走って来る者たちは足を止めた者たちにぶつかり、まるで玉突き事故のような体裁になっていた。

「はっ、やるじゃねえかクソガキ!」

「我はガキではない! 無礼だぞ人間!」

 その光景を見た影人は、笑いながら少女にそう言った。影人から褒められた少女は、不愉快そうな顔を浮かべながらそう言葉を返した。

(よし、この調子なら何とか逃げ切れそうだぜ・・・・・・・!)

 兵士たちはまだ体勢を立て直せていない。更に、今や影人たちと兵士たちの距離は約70メートルほど離れている。この状況ならば、影人たちの逃亡が成立する確率は極めて高い。

「くっ・・・・・・・・!」

 エンポルオスも、徐々に離れて行く影人と少女を見ながら焦ったような顔を浮かべていた。このままでは逃げられる。エンポルオスがそう思った時、

「絶対に逃しはしないぞ、貴様らッ!」

 ゲルネオスがそう声を上げた。鎧と兜を脱ぎ、剣だけを装備したゲルネオスは、その屈強な見た目からは想像もできない素早さで、倒れている兵士たちを避けながら駆け始めた。ゲルネオスはその凄まじい駿足で、ぐんぐんと影人たちとの距離を詰めていった。

「っ!? あいつ何てスピードだよ・・・・!」

 ゲルネオスの余りの速さに影人は焦った。影人は全力で走っているが、このままのペースでは追い付かれるかもしれない。

「おい、クソガキ! もっと速く走れ! 限界越えなきゃヤバいぞ!」

「うるさいぞ! くっ、足が完全に癒えてさえいれば問題はないというのに・・・・・!」

 少女は影人の声に不愉快そうに言葉を返すと、自身の足に視線を向けた。先ほど挫いた足の痛みは既にほとんどは引いている。普通に考えれば驚異的な回復力だ。それは少女が、一種の特別な存在であるという事だった。

 しかし、そんな特別な少女と言えども、まだ足が完全に本調子には戻っていなかった。だから、少女の駆けるスピードは先ほど兵士や影人たちに追われていた時よりも明確に落ちていた。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 そして、ゲルネオスは闘志を燃やしているためか、更に速度を上げて来る。お前本当に人間かよと突っ込みたくなるほどだ。

 ゲルネオスは30、20、10メートルと信じられない速さで影人たちとの距離を詰め、

 そして、

「貴様だけは絶対に逃がさんぞッ! 闇の女神!」

 ゲルネオスは思い切り地を踏み、少女に向かって全力で剣を振りかぶった。

「ッ・・・・・!?」

 後方を振り返っていた少女は驚いたような顔を浮かべた。ダメだ。避けられない。少女は本心からそう思った。

 だが、

「チッ! どこまでもよッ!」

 少女の隣にいた影人が少女を庇うように、少女とゲルネオスの間の空間に体を滑り込ませた。その結果――

「がっ・・・・・・・・!?」

 影人はゲルネオスの剣に体を斬り裂かれた。右袈裟にバッサリと。影人の体から大量の鮮血が噴き出た。それは、それだけその傷が深いという事を示していた。

「っ!? お、お前なんで・・・・・・・・」

「なっ!? 貴様・・・・」

 至近距離でその光景を見ていた少女とゲルネオスがそれぞれ反応を示す。どちらも心の底から驚愕していた。2人とも、まさか身を挺してまで影人が少女を庇うとは思っていなかったのだ。

「っ、たく・・・・世話の・・・・か、かる・・・・奴・・・・だな・・・・・・・・」

 影人は淡い笑みを浮かべながら、そう言葉を漏らした。そして、痛みとショックから影人はドサリと地面に倒れた。

「あ・・・・・・・・」

 少女を庇って倒れた影人。既に地面は赤く染まり始めていた。その光景を見た少女の頭に思い出されるのは、つい30日ほど前の記憶。同じように自分を庇って倒れ、そして死んだ兄の記憶。それは、全く今の光景と同じで――

「ふん、愚かな事を・・・・・・まあいい。闇の女神に加担したこいつはいずれ殺される運命だった。またもや邪魔が入ったが、次こそは貴様だ闇の女神。我が剣を――」

 一方、影人を斬ったゲルネオスはつまらなさそうに倒れた影人を見下ろした。そしてもう興味がないとばかりに少女の方に再び剣を構えた。

「あ、ああ・・・・・あああああああああッ!」

 だが、影人が倒れた光景と兄が殺された時の記憶をリンクさせてしまった少女には、ある変化が訪れていた。いつの間にか、少女の両のアイスブルーの瞳が真っ黒な漆黒に色を変えていたのだ。そして、震えながら倒れた影人を見つめ続ける少女は声を上げ、その全身から漆黒の闇を立ち昇らせた。

「っ!? あれは・・・・・! マズイ、ゲルネオス! 今すぐに闇の女神から離れろ! 『終焉』の闇が来るぞッ!」

 その光景を後方から見ていたエンポルオスは、危機感からゲルネオスに向かってそう叫んだ。エンポルオスの言葉を聞いたゲルネオスは、その目を見開いた。

「っ! だがしかし、エンポルオス! やっとここまで追い詰めたというのにッ!」

 ゲルネオスはそれでもと食い下がった。そしてそうこうしている内に、少女から立ち上がった闇は更に激しさを増していく。

「あああああああああああああああああッ!」

 少女の叫び声に連動するかのように、立ち上がった闇は周囲に広がっていく。その闇が触れた箇所、例えば木々や地面に生える草などは急激に枯れ始め、やがては枯れた木や草すらも消し炭のように虚空に散っていった。その闇はなおも広がり続ける。

「ゲルネオス!」

「っ・・・・・分かった!」

 エンポルオスの声に、ゲルネオスは頷いた。ゲルネオスは全力でエンポルオスたちの方へと戻って来た。

「全軍撤退! 全力でこの森から逃げろ!」

 ゲルネオスが戻って来た事を確認したエンポルオスは兵士や奴隷たちにそう指示した。兵士と奴隷たちは一目散に少女たちと逆方向に逃げ出した。エンポルオスとゲルネオスもその後に続く。

「今日はこれまでだが・・・・いつか必ず貴様を殺してみせるぞ、闇の女神・・・・・・・・!」

 少女を見て最後にそう言葉を述べたエンポルオスは、正面を向くと森の外を目指し全力で駆けた。

「ああああああああッ!」

 少女は変わらず叫び続けた。既に少女の周囲は生命ない不毛な地へと変化している。このまま行けば、森全体もいずれそうなるだろう。

 しかし、結果を言うならばそうはならなかった。

「・・・・うっ・・・・・・・・」

「っ!?」

 なぜならば、倒れている影人の呻き声を聞いた事によって、少女が正気を取り戻したからだ。正気になった少女は瞳の色が漆黒からアイスブルーに戻り、体から噴き出ていた闇も徐々に収まりを見せ始めた。

「まだ・・・・生きているのか・・・・・・・・」

 血の池に沈んでいる影人を見つめながら少女はポツリとそう呟く。そして少女の頭にはある事が浮かんだ。

「っ、こいつは人間だぞ・・・・兄さんを殺した醜悪なる存在だ・・・・・・!」

 何を考えているか分からない。自分を助けたのだって、何か魂胆があるはずだ。

「ぐっ・・・・」

 だが、この人間は2度も自分を助けた。それは紛れもない事実。こうまでして、死の淵に落ちてまで自分を助けた理由、その魂胆を少女は知りたいと思ってしまった。

「・・・・・・・・ちっ! 温情をかけるのは1度切りだぞ、人間!」

 少女は苛立ったようにそう言葉を吐き捨てると、しゃがんで影人を仰向けに動かし、影人の傷口に自身の両手を触れさせた。















「・・・・・・・・・・・・・ん?」

 何か温かさを感じた影人は、パチリとその前髪の下の両目を開けた。

「っ、俺は・・・・・・」

 仰向けに寝転ばされていた影人はゆっくりと体を起こした。周囲の風景は暗い。どうやら今は夜のようだ。そして、影人のすぐ近くには焚き火があった。これが影人が温かさを感じた理由だろう。

「・・・・・・・・・・・ふん、やっと起きたか」

 影人が体を起こすと、焚き火を囲んだ影人とは反対の方向に座っていた、白髪の少女がそう言葉を掛けてきた。気難しそうな警戒したような顔を浮かべながら。

「お前は・・・・・っていうか、何がどうなったんだ? 俺は確かあいつに斬られたはずだろ? だって言うのに、斬られた傷は全くないし・・・・・・それに、あいつらはどうしたんだよ?」

 何が何だか分からない影人は少女にそう質問した。正直影人は死を覚悟していた。受けた傷はそれほど重傷だったからだ。だが、斬られたはずの影人の体に傷はない。傷跡も、痛みもだ。少女がどうやって、兵士たちから影人を連れて逃げれたのかも謎だったが、影人が1番気になったのはやはり傷の事だった。

「同時に質問するな人間。・・・・だが一応答えてやる。まずお前の傷だが我が治した。回復の力はまだ使えないから、我の生命力を一部与える形でな。お前の傷が完治しているのはそれが理由だ。・・・・・・まあ、我の生命力を与えたせいで、お前の本質はだろうが、それは些細な問題だ。とにかく、せいぜい我に感謝する事だな」

 少女は影人の傷についての答えを述べると、次に兵士たちの事についての答えを述べた。

「奴らは逃げた。我の力に恐れをなしてな。今日のところはもう仕掛けては来ないだろう。森の周囲で見張ってはいるだろうがな」

「お前は・・・・・・・・・・人間じゃないのか?」

 少女の答えを聞いた影人は、どこか慎重にそう聞き返した。少女の答えが本当だとするならば、影人の前にいるこの少女は間違いなく人間ではないのだ。

「ふん、何を今更・・・・・・だが、そうか。貴様は確か異邦人だったのだな。なら、我の事を知らないのも道理といえば道理か」

 少女は影人の質問に鼻を鳴らしたが、昼間のエンポルオスの言葉を思い出した。そして影人の質問の意味を理解した。

「・・・・・・我が何者であるかなど貴様に答える義理はない。それよりも貴様の質問の時間は終わりだ。今度は貴様が我の質問に答えろ」

 少女は目を細めると、右手に闇色のナイフを創造しバッと影人の方に近づくと、そのナイフを影人の喉元に当てた。

「っ・・・・!?」

「お前はいったい何者だ? なぜ、2度も我を助けた? その魂胆は何だ? 答えなければ・・・・・・貴様を殺す」

 驚く影人に、少女は冷たい声でそう言って来た。

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