第218話 カケラ争奪戦 イタリア(4)

 突如としてゼノの全身から吹き出した濃密な闇。ファレルナの光の手がその闇に触れた瞬間、全ての光の手は粉々に砕け散った。

「っ、これは・・・・・・・・・!」

 その光景を見たファレルナは驚いたように声を漏らした。驚いているのはファレルナだけではない。エリアも、凄まじい闇の力を感じた影人も、何事だと不審がった壮司も、そして後方でカケラの気配を探っていたレイゼロールすらも、ゼノへとその意識を向けていた。

「・・・・・はまだ完全に扱えないんだ。だから、あまり使いたくはなかった。もしかしたら、レールを巻き込んじゃうかもしれないから」

 戦場にいる全ての者たちの視線をその身に浴びながら、ゼノはそう呟いた。ゼノの全身から噴き出す闇は徐々にその量を、激しさを増していく。依然ファレルナの光は輝いているのにだ。

 ゼノの付近の地面にピシリとヒビが入り始める。ヒビば徐々に細かくなり、一部は塵芥へと変わり風に流されていく。それはゼノの漏れ出した『破壊』の力の影響だった。

 更にゼノに変化が訪れる。激しく出血していた失われた右腕の傷口は黒い靄のようなものが掛かり、出血は止まった。それはゼノの『破壊』の力の応用のようなものであった。出血しているという現象を『破壊』する。概念的なものにまで自身の力を及ばせる超高度な『破壊』の力の使い方。それは、ゼノがそれ程までに自身の力の解釈を広げているという、1つの証拠でもあった。

 だが、それは些細な変化であった。ゼノに訪れた最も大きな変化は、ゼノの髪に現れた。ゼノの髪の色は黄に近い金髪に、前髪の一部分が黒色といったようなものだ。しかし、その髪色が徐々に変わっていったのだ。

 すなわち、黒髪へと。ゼノの右半分の髪色は、黒色に侵食されるように変化した。

「っ、ゼノ・・・・・・」

「レール。悪いけど、少し離れて。ここからの俺はきっと色々と加減が効かない。レールを巻き込みたくはないから」

 変化したゼノの姿を見たレイゼロールがゼノの名を呟く。そんなレイゼロールにゼノは振り返り、ぼんやりと笑いながらそう言った。

「・・・・・・色々と驚かされたが、貴様が瀕死な事に変わりはないぞ闇人。片腕を失い、弱りに弱っている貴様がここから逆転するのはほとんど不可能だ」

 言葉を発したのはエリアだった。エリアはゼノに油断なく銃を向けながら、ゼノの状態をゼノ自身に再認識させた。

「それを決めるのはお前じゃない。俺の限界を決めるのは俺なんだよ」

 エリアの言葉にゼノはただそう言葉を返す。そして、その視線を自身の失われた右腕に向けた。

「でもまあ、確かに腕がないのは不便だね。なら、代わりを拵えようか」

 ゼノは自身の右腕があった空間に意識を集中させた。すると、ゼノから噴き出していた闇がその空間に集まり始めた。集まった闇は徐々に形を変えていく。そして、闇は右腕の形へと変化した。右腕を失う前のゼノの右腕は、高密度の『破壊』の力を纏っていた事によって黒腕と化していた。ゆえに、闇で固められた黒色の偽物の右腕は、輪郭が少しぼやけているだけで、視覚的な違和感のようなものはほとんど感じられなかった。更に言うならば、この腕はゼノから噴き出した『破壊』の闇であるので、効力も失う前の黒腕と何ら変わるものではなかった。

「うん。とりあえずはこれでいいや。あんまり自由には動かないなけど」

 ゼノは自身が創った闇のかいなを見つめた。神経が繋がっているわけではなく、あくまで自身の闇の力とのリンクで繋がっているだけなので、本物の腕と反応などが全て一緒とはいかない。だがないよりは遥かにマシだ。

「スプリガン、君も出来るだけ俺から離れたほうがいい。それだけ言っておくよ」

 ゼノは最後に影人にそう告げると、ファレルナとエリアの方へと歩み始めた。吹き荒ぶ闇の嵐を纏いながら進むその姿は、一種の災厄のようにも見えた。

「まだそれ程の闇を・・・・・・・・ですが、きっとあなたの闇を全て晴らしてみせます。光よ、強く、強く輝いて」

 向かって来るゼノに対抗しようと、ファレルナが自身の背後の光の輝きを強めた。その輝きはこれまでで最も強い輝きだった。

「無駄だよ」

 だがゼノは何でもなさそうにそう呟くと、自身の右の偽腕ぎわんを正面にかざした。すると、その偽腕に触れられた光は黒く染まり、ゼノの偽腕へと吸い込まれ始めた。

「っ!?」

の俺の闇は全てを喰らう。全てを無作為に破壊する」

 自身の光がゼノに吸収され、驚くような顔を浮かべるファレルナに、ゼノはそう言った。そして、続けるようにこんな事をファレルナに言った。

「気づいている? 周囲の物が、闇になって俺に集まり始めてる事に。全部勝手に壊れ始めて、俺の力へと変換されているんだ」

「っ、まさか・・・・!?」

 ファレルナが周囲に視線を向けた。すると、ゼノの言っているように、建造物や舗装された地面がヒビ割れ闇の粒子となって崩壊し始めていた。その闇の粒子は、ゼノの吹き荒ぶ闇に吸収されていた。

「これは何かたまたま手に入れた力で、意識的に使うのはこれがまだ2回目なんだ。だから、制御は効かないし、これからどうなるかは俺にも分からない。もしかしたら、人すらも勝手に崩れて壊れるかもしれない。本当に、何が起きるか予測がつかないんだよ」

 ゼノがわざわざそう説明しているのは、レイゼロールやスプリガンのためだった。別に優しさから敵にそんな事を教えているわけではない。先ほどゼノはレイゼロールとスプリガンに、出来るなら離れていてほしいというような事を言った。これは、2人に対してのその事に対する理由の説明だった。

「ならば、余計にあなたを一刻も早く浄化しなければなりません。あなたは危険です。私の全ての力を使って、あなたを止めます!」

 ファレルナは少女らしからぬ厳かな声を発し、真剣な眼差しをゼノに向けた。

「光よ、厳かに、慈愛を以て輝いて。私の全ての力を吸って! 主よ。畏れ多くも主のお言葉をお借りいたします。すなわち――光あれ」

 ファレルナはそう言葉を放ち、自身の最大浄化技を発動させた。

 ファレルナの背後の光が太陽のような凄まじい輝きを放つ。直視する事は能わず。そのレベルだ。真っ白なその一片の曇りもない光は、夜を昼かと錯覚させるかのようなその輝きは、まさしく闇を祓う破邪の光であった。

「ぐっ、この光は・・・・・・流石にマズ過ぎる・・・・!」

「っ・・・・・・!」

「くっ・・・・・・・!」

 それ程までに凄まじい光だ。当然その影響は戦場全体に及ぶ。影人は闇の力を扱う者ゆえに、凄まじい虚脱感を覚え弱体化し、壮司はその輝きに目を細め、レイゼロールも少し苦しげな声を漏らした。ちなみに、影人の中には『ぎゃああああああああああああああああああああああああああッ! ふざけんなふざけんなァ!』というイヴの絶叫が響いていた。

「っ、凄いな・・・・こんな浄化の力を浴びたのは初めてだ。さっきまでの俺なら浄化されてたかもしれないな・・・・・・」

 今までで最大の浄化の光を浴びたゼノはそんな声を漏らした。その最大の光に、ゼノが纏う尋常ならざる闇の嵐もその勢いが弱まっていく。

「・・・・でも、この光すらも今の俺は喰らうよ」

 ゼノが右の偽腕を正面に向ける。ゼノに発現した全てを喰らい破壊する力。その力をゼノは再び行使した。

 ゼノに触れた光が、黒く染まり始め偽腕に吸収され始める。しかし、今回の光はファレルナの最大浄化技の光だ。先ほどのように簡単には吸収されなかった。

 輝き続ける圧倒的な浄化の光。それを黒く染め上げ吸収し続けるゼノ。光は間違いなくゼノを弱体化させているが、ゼノは光を闇へと変換し自身の力へと換えている。更に周囲の物を破壊し、闇として吸収する速度も先ほどよりも速くなっている。既に、近くの建造物は半分ほど崩壊していた。

 だが、ファレルナの光が最大浄化技で、最大出力であるという事に対して、ゼノの喰らう力が無際限であるという性質が決定的な差となった。最大出力をずっと維持する事など、誰にも出来はしない。それは規格外の力を持つ『聖女』とて同じ事だ。ファレルナの光は徐々にその出力を落とし始めた。

「くっ・・・・!?」

「どうしたの? 光が弱くなってきたよ」

 苦しげな顔になるファレルナ。そんなファレルナとは裏腹に、ゼノはぼんやりと笑う。そして、その拮抗はしばらく続き――


 ――やがてファレルナの最大浄化技の光は、その輝きを落とした。


「あ・・・・・」

「終わり、かな。君のおかげでだいぶ力が戻ったよ。光も弱まった今なら、また多少は好きに出来る」

 そんな声を漏らしたファレルナにゼノはそう言葉を述べると、自身の左の黒腕をファレルナに向けた。すると次の瞬間、ゼノはエリアとファレルナに急接近した。先ほどもファレルナに近づいたこの方法は、自身とファレルナの間の空間を壊す、という無茶苦茶に過ぎる方法だ。間の空間が壊されから、距離はなくなる。それは世界の一部を改変するゼノの力の一端を示していた。

「っ、またか! 『せ――!」

「どけよ」

 今度は近くにいたエリアがファレルナの前に立ち塞がる。そして銃をゼノに向けようとするが、それよりもゼノが速かった。ゼノは右足で乱雑にエリアの腹部を蹴り、そのままエリアを蹴り飛ばした。

「がはっ!?」

 メキメキと嫌な音を聞きながら、エリアは10メートルほど蹴り飛ばされた。ゼノの右足にも『破壊』の力は纏われていたが、ファレルナの光の近くにいたからか、すぐにエリアの全身がバラバラになる事はなかった。だが、ゼノの『破壊』の力がファレルナの光や周囲の物を吸収して強くなっていたのもまた事実。蹴られたエリアの腹部には黒いヒビがパキリと入っていた。

「『銃撃屋』さん!?」

 ファレルナが蹴り飛ばされたエリアに心配するような声を上げる。そんなファレルナの首を、ゼノは右の偽腕で掴んだ。

「あぐっ・・・・・!?」

「今度こそ終わりだよ」

 偽腕に首を締め上げられるファレルナが苦しみ悶える。ゼノの偽腕は『破壊』の力の結晶体のようなもの。浄化の力を持つ光導姫といえども、今のゼノのその力に抗えるものではない。掴まれたファレルナの首から、黒いヒビが徐々に広がり始める。

(っ、ありゃマズイ! 『銃撃屋』の奴も蹴飛ばされやがったし、今度はいよいよだぜ・・・・! どうする? 助けに行くべきか? いや、だがそれはスプリガンが許さないだろうし、どうする、どうする・・・・・!?)

 壮司は内心でそんな事を考えた。この場合どうするべきか。このまま放っておけば、ファレルナは今度こそ殺される。先ほどファレルナを助けてしまったという事もあり、壮司の心は揺れていた。

(っ、さっきは迷っちまったが・・・・・・どうする、ソレイユ?)

 一方の影人は今度は冷静に念話でソレイユにそう尋ねた。影人のこの冷酷にも見えるかのような冷静さは、あと数十秒はファレルナが死なないだろうと仮定してのものだ。その間くらいならば、ソレイユの決定意見を聞く事が出来る。

(聖女サマを助けるか、酷な言い方になるが見殺すか。決めろ、ソレイユ。俺はお前の決定に従う。・・・・辛いとは思うが、これは俺1人で決めきれる事じゃない)

 影人は既に覚悟を決めていた。ファレルナを助ける覚悟も、見捨てる覚悟も。きっと、物語の主人公ならばここは迷わずにファレルナを助けに行くだろう。しかし、帰城影人という少年はそうではない。こういった場面でこう聞けるだけの冷静さ、いやいっそ冷徹と言ってもいい冷たさを持っている人間だ。ただ、その冷静さの裏にあるのは、ここに至るまでのソレイユの思いを理解しているという背景がある。見方によれば、影人は何千年単位でのソレイユの思いを尊重しているとも言えた。

『っ、わ、私は・・・・・・・・』

 影人からそう聞かれたソレイユの声は震えていた。まあ無理もないだろう。ソレイユは今、光導姫の命と自身の目的を天秤に掛けているのだから。

「かはっ、げほっ・・・・あ・・・・・・」

 そんな間にも、ファレルナは首を絞められ死へと向かっている。黒いヒビも、今や握られた首を基点に、顔や胴体にまで広がっている。もう時間は残されてはいない。

(時間がない。決めろ、ソレイユ!)

『今まで私の勝手な目的のために、何人もの光導姫が戦いに散っていきました。それでも私はレールを救いたかった。ここでファレルナを助ければ、その目的から遠のいてしまう。・・・・・・・・でも、それでも、例え偽善であってでも! 救える命があるのなら、私は見捨てたくはない!』

 ソレイユは自分の思いを迸らせた。そして、ソレイユは影人にこう言った。

『影人、ファレルナを助けてください! それが私の決断です!』

(あいよ。分かったぜ・・・・!)

 ソレイユのその言葉に影人は少しだけ口角を上げた。それがソレイユの判断ならば、影人はそれに従う。

 既に残された時間は少ない。早くファレルナを助けなければならない。影人はファレルナを救うべく詠唱を始めようとした。ファレルナの光が弱まっているといっても、闇の力はまだ弱体化しているからだ。

「『破壊』の闇よ――」

 ボソリと影人が言葉を紡ごうとする。これから影人はレイゼロールサイドに反逆する。協力してくれたシェルディアには本当に申し訳ないが、それがソレイユの判断だ。

 影人は静かに反逆の狼煙を上げようとしたが、しかし結果を言うのならば、その狼煙は上がらなかった。

「こ・・・・こんな・・・・・わ、私・・・でも・・・・ま・・・・まだ・・・・死ね・・・・ない・・・ん・・・です・・・・!」

 ファレルナがそんな声を絞り出した。その赤みがかった茶色の瞳には、死への恐怖でなく生への渇望、生きる事への覚悟があった。それは生きることを諦めないという正の感情。そして、その感情の強さは凄まじいものであった。

 その正の感情を糧として、ファレルナの背後の光は強く強く輝いた。先ほどの最大浄化技並みか、それすら超えるような輝きを、光は放っていた。

「っ、まだこれだけの輝きを・・・・・」

 至近距離からその光を浴びたゼノが苦しげにそう声を漏らす。その尋常ではない光は、ゼノの偽腕の喰らう力の許容量を超え、一時的にだが偽腕を構成する闇を霧散させた。

 その結果、ファレルナは偽腕から解放され、地面へと崩れ落ちた。

「けほっ、けほっ、けほっ! はあ、はあ・・・・!」

「ちっ・・・・・・」

 絞首の苦しみから解放されたファレルナが空気を求め喘ぐ。全てを喰らう闇の偽腕が一時的に形を失う程の浄化の光を浴びたゼノは、反射的にファレルナから距離を取った。

(マジか。あの状況から自分の力だけで・・・・・1位は伊達じゃないな・・・・)

 ファレルナを助けようとしていた影人は、詠唱をキャンセルし内心でそう呟いた。ファレルナの底力のおかげで、影人はまだレイゼロールサイドに留まる事が出来た。

「っ、流石だな・・・・・」

(ほっ、取り敢えずはよかったぜ)

 エリアと壮司もそれぞれ反応を示した。2人とも、ファレルナの無事に安心していた。

「・・・・・まいったな。2度も殺し損なった。不甲斐ないな・・・・・・・」

 ファレルナから距離を取ったゼノはため息を吐いた。偽腕は既に形を取り戻している。形が崩れ霧散したのはあくまで一時的なものだった。

「神よ、私がいま生きている事に感謝いたします・・・・・」

 息が整ったファレルナは、立ち上がるとまず最初にそんな言葉を口にした。ファレルナが感謝した相手はソレイユではなく、ファレルナの信仰上の神だ。その信仰心こそが、ファレルナの根幹の1つであった。

「・・・・どうやら、私にはまだ覚悟が足りなかったようです。あなたを必ず浄化するという覚悟が。だから、私は死の淵に沈みかけたのでしょう。そんな私に神は手を差し伸べてくださった。今度こそ、私は覚悟を決めてみせます!」

 ファレルナがそう叫ぶと、ファレルナに透き通るような純白のオーラのようなものが纏われた。そのオーラが纏われると同時に、ファレルナの周囲の空間に厳かな光が発せられ煌めいた。

(っ、まさか・・・・・・やる気か・・・・!?)

 その前兆を影人は知っていた。いや、影人だけではない。ここにいる者は全て、守護者であるエリアも壮司も、長年光導姫と戦って来たレイゼロールやゼノもそれを知っていた。

「出すかい、それを」

 ファレルナと対峙しているゼノがボソリとそう呟く。その次の瞬間、ファレルナはこう言葉を唱えた。

「私は光を臨みます。力の全てを解放し、闇を浄化する力を」

 そして、


「光臨」


 最強の光導姫はその言葉を世界に放った。

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