第217話 カケラ争奪戦 イタリア(3)
「っ!? マズイ、避けろ『聖女』!」
ファレルナの光が再度破られた。しかも、今度は真っ直ぐにエリアとファレルナの方に超速の闇の槍が向かって来る。その事に危機感を抱いたエリアはそう叫んだが、しかし時は既に遅かった。影人の放った槍は
「ぐっ・・・・・・・!?」
脇腹を槍に掠られたエリアは苦悶の声を漏らした。掠ったとは言っても、弾丸と同レベルかそれ以上に速い槍だ。それが掠ったとなると、それなりの傷にはなる。具体的には、エリアの右の脇腹の肉は数ミリほど抉れ、出血していた。
「『銃撃屋』さん!?」
エリアの負傷を見たファレルナは驚いたようにエリアの守護者としての名前を呼んだ。ファレルナの光が一瞬弱まる。それはファレルナに生じた明確な隙だった。
「やっとマシになった。これなら・・・・使える」
その瞬間、ゼノはそう呟きゾッとするような笑みを浮かべた。そしてゼノは右の黒腕をファレルナへと向けた。
「壊れろ、空間」
ゼノがそう呟き右手を握る。すると次の瞬間、パリンと何かが割れるような音が響いた。
音が響いた後に起こった現象は実に、実に驚くべきものだった。
いつの間にか、ゼノはファレルナにほとんどゼロ距離レベルにまで接近していたのだ。
「なっ・・・・!?」
何が起きたのか意味が分からなかった影人は驚きから目を見開いた。一瞬だ。一瞬にしてゼノはまるで瞬間移動でもしたかのように、ファレルナに近づいた。
「え?」
ポカンとした表情でそう声を漏らしたのはファレルナだった。ファレルナはその赤みがかった茶色の瞳を大きく開き、至近距離に移動してきたゼノを見つめた。
「一瞬の油断で人は死ぬ。バイバイ、君も今から死ぬ」
ゼノはそう言いながら右の黒腕を振るい、ファレルナの心臓に向かって右手を穿つように突き出そうとした。ファレルナの光は、今のエリアの負傷の動揺からか弱まっている。このゼノの高密度の『破壊』の力を宿した手は易々とファレルナの心臓を穿つだろう。そうなれば、おそらくファレルナは死ぬ。そして、ゼノの手がファレルナに触れるまで後2秒ほど。ファレルナの死はほとんど唐突的に確定したようなものだった。
「ッ、『聖女』――!」
エリアがファレルナの光導姫名を呼ぶ。銃をゼノに向けようとするが、エリアは内心では間に合わないという事を半ば悟っていた。
(っ、これはヤバいか? だが、ここで聖女サマを助けるわけには・・・・・・・・!)
ファレルナが死ぬかもしれない。その可能性が急に影人の頭を過ぎった。光導姫ランキング1位という、レイゼロールを最も浄化できる可能性がある光導姫をここで失うのはマズイ。だが、この場面でファレルナを助ければ、計画が頓挫する。影人はどちらを取るべきか、不覚にも一瞬迷ってしまった。
そして、その一瞬の迷いがファレルナを助けるという選択肢を消してしまった。
ゼノの右手が後1センチほどでファレルナに触れる。最強の光導姫が死ぬ。そう思われたその時、
「ん・・・・・・?」
ゼノの右手首に燻んだ銀色の鎖が巻きついた。そのため、ゼノがファレルナに触れる事はなかった。
だが、ゼノの右手首には『破壊』の力が宿っている。鎖がゼノの動きを封じていたのはほんの一瞬で、鎖は粉微塵と化した。
「ッ!? 『聖女』! 下がって光を放て!」
しかし、その一瞬のおかげで状況はまた変化した。エリアはファレルナにそう指示し、銃弾を1発放った。
「はいッ! 光よ、輝いて!」
エリアの言葉に素直に頷いたファレルナは、思いっきり地面を蹴って後ろに飛びそう言葉を放った。ファレルナの光が再び輝きを増す。
「ちっ」
弾丸を左手で払い破壊したゼノは、ファレルナの光に目を細め一歩引いた。
「誰? 邪魔をしたのは」
ゼノが鎖が飛んできた方向に顔を向ける。あの鎖に一瞬動きが止められなければ、ゼノはファレルナを殺せていた。ゼノは睨むように自分の邪魔をした者を見つめた。その方向を見つめたのはゼノだけではない。エリアやファレルナ、そして影人もそちらに顔を向けた。ただ、ゼノを縛った鎖に見覚えがあった影人は、鎖を放ったのが何者なのか半ば分かっていた。
「・・・・・・・・・」
4者の視線の先にいたのは黒いローブを身に纏い、黒いフードを被った者だった。右手には大鎌を持ち、左手には黒いガントレットを装着している。そのガントレットに巻き付いている鎖は何かに壊されたように、短くなっていた。
(やはりこいつか黒フード。だがなぜだ? なぜ聖女サマを助けた?)
予想通りの人物に影人は内心そう呟いた。黒フードの人物の登場に対する驚きはない。だが、なぜ黒フードの人物が光導姫を助けたのかに対する疑問と驚きはあった。黒フードの人物の行動はまるで――
(・・・・・やっべー、ついやっちまった。いや、『聖女』はこっち側の重要な戦力の1つだし、助けるのは理由っちゃ理由になるんだが・・・・・・・・いや、やっぱ詭弁だよな。俺の仕事はレイゼロールとその障害になるスプリガンを殺す事だし。別に『聖女』が死んでも問題はなかった。ははっ、これじゃいつかのスプリガンみてえじゃねえか・・・・)
一方、黒フードの人物こと案山子野壮司は内心でそんな事を思っていた。どのタイミングでレイゼロールに奇襲をかけるか戦いを観察していたはずなのに、気がつけば手を出していた。これではまるで、自分がまだ多少は善人のようではないか。既に人を3人も殺している自分が。壮司は自分のその行動に自虐の念を覚えた。
そして、壮司は自分の行動が、謎の怪人が光導姫を助けたという事が、目の前にいるもう1人の怪人と似たような行動である事を自覚していた。
(だがやっちまったもんは仕方ねえ。俺もこっから戦いに参加するとするか)
壮司はしかしすぐに気持ちを切り替えると、殺意と闘志を燃やし『フェルフィズの大鎌』を構えた。
「っ、何者だ・・・・・?」
「あなたが何者なのか存じませんが、危ないところを助けていただき、ありがとうございます」
エリアは壮司に対して疑問の言葉を漏らし、ファレルナはこんな状況だというのに、バカ正直に壮司にお礼の言葉を述べてきた。ファレルナの言葉に対し、壮司は内心で「マジかよ」と少し呆れていた。
「現れたか・・・・・・・・」
レイゼロールは少しだけ目を開き壮司の事を見てそう呟いた。
「お前? 邪魔をしたのは。誰なの、お前」
ゼノは不機嫌そうに壮司にそう声を飛ばした。ゼノにそう言われた壮司は、「怖っ・・・・」と内心で軽く身震いした。
「・・・・・・・・あいつは『フェルフィズの大鎌』を持つ者だ。目的ははっきりとは分からないが、俺やレイゼロールを狙って攻撃してくる。あの鎌からダメージを受ければその瞬間にどんな奴だろうと死ぬ。・・・・・・レイゼロールの奴から聞いてないのか?」
ゼノに説明の言葉を投げたのは影人だった。今の口調からするにゼノは黒フードの事を知らないようだった。流石に黒フードの事は説明しなければ死に直結するので、影人はそう言ったのだった。
「さあ? 聞いたかもしれないけど忘れちゃったよ。それよりレールを狙ってるって事は、あいつ敵でいいんだよね。なら、あいつも殺すか」
ゼノはボソリとそう呟いた。今にもこっちに襲い掛かってきそうだなと壮司は思った。壮司が少し緊張していると、スプリガンがゼノにこう言った。
「待て、そいつの相手は俺がする。お前の力を信用しないわけじゃないが、そいつとは何度か戦っている。だから、対処法やそいつの能力を俺は知っている。俺が相手をする方が都合がいい」
「そう? ・・・・・・・なら、そいつは君に任せるよ。俺は変わらずこっちの光導姫と守護者の相手をする。レールのことは――」
「・・・・・安心しろ。変わらず俺が守ってやる。それくらいの事は出来るつもりだ。信用しろとまでは言わないがな」
ゼノの続くであろう言葉を予想し、影人はそう言葉を割り込ませた。影人の答えを聞いたゼノは、ぼんやりと小さく笑った。
「うん。ならそうしてよ。レールの事も変わらず君に任せた」
「・・・・・・・ふん。なら、任せられてやるよ」
影人はゼノのどこか奇妙な信頼を受けながら、そう言葉を返した。影人はきっと気づいていないだろうが、少しだけ、ほんの少しだけ口角を上げていた。
「って事だ。お前の相手は俺がしてやる黒フード。いい加減にお前との戦いも飽きてきたが、怪人同士仲良くしてやるよ」
(俺は別に仲良くはごめんです・・・・・・・はあー、こいつとは何回も戦ってるけど、マジで正面から戦って勝てるイメージ湧かないわ・・・・・)
影人にそう言われた壮司は、内心でげんなりとした。今の壮司も大概に反則気味の強さのはずなのだが、目の前の怪人はそんな壮司を上回る反則レベルの力の持ち主だ。壮司はその事をよく理解していた。
「さて、じゃあこっちも再開かな」
ゼノは再びファレルナとエリアの方に顔を向けた。エリアは壮司の乱入のどさくさに、ファレルナの近くに移動していた。しかし、傷が痛むのか少し険しい顔を浮かべていた。
「『銃撃屋』さん。下がってください! 傷が深い。私は治癒の力を扱えません。ですから・・・・!」
「それは聞けない相談だな『聖女』。1流は1度受けた仕事は完遂する。守護者として、俺はお前を守る義務がある」
ファレルナの願いをエリアは拒絶した。エリアは右手の銃をゼノに向けた。
「それよりもお前はあの闇人を浄化するのに集中しろ。レイゼロールは今のところ手出しをしてくる様子はない。先にこの闇人を浄化すれば戦況は好転する」
「っ・・・・・・分かりました。それが『銃撃屋』さんの覚悟であるというなら、私もその覚悟に応えます」
ファレルナはエリアの言葉を受け、真剣な表情を浮かべ頷いた。そしてゼノの方を見つめ、何かを受け入れるように両手を大きく広げた。
「光よ、慈愛の御手となり彼の者を包んで」
ファレルナがそう唱えると、ファレルナの背後の光が幾条かに分岐した。そして幾条かに分岐した光は、手の形になりゼノへと襲い掛かった。
「面倒くさそうだな・・・・・・」
その光の手を見たゼノは目を細めそう呟いた。ファレルナの背後の光は依然輝きを放っている。それはゼノがまだ弱体化しているという事だ。むろん、それは壮司と対峙している影人も、カケラの気配を探っているレイゼロールもだが。
ゼノは自分に向かって来る光の手を何とか避ける。弱体化しているので身体能力も落ちている。そのため、避けるのはけっこうギリギリだ。そしてそんなゼノを狙い、エリアは銃の引き金を何度か引いた。負傷しているのにもかかわらず、エリアの放った弾丸は正確な軌道を描き、ゼノへと向かっていった。
「ちっ・・・・」
弱体化している身で光の手を避けているゼノにとって、弾丸すらも避けるのは難しかった。エリアの放った弾丸の内、4発ほどはゼノの胴体や腕部、脚部に吸い込まれた。だが、先ほどと同様に傷自体は浅かった。
一瞬、ゼノの動きが鈍る。そのせいで、光の手の1つがゼノに今にも触れようとしていた。ここから回避行動に移る事は不可能。その事を悟ったゼノは、『破壊』の闇に染まった自身の右手で光の手に触れた。
強い浄化の力を宿した光の手と、高密度の『破壊』の力を宿した手の衝突。光と闇、相反する力は互いに排除し合おうとする。それは斥力場となる。それは先ほどから何度となく再現されてきた光景。しかし、今度は先程とは違った事がある。それは、止めるべきものが1つではないという事だ。ゼノが光の手の1つを止めている間に、残りの光の手がゼノの体に触れた。
「ッ・・・・・・!? ぐっ・・・・・」
ゼノが現在高密度の『破壊』の力を纏わせているのは両腕だけ。その箇所に光の手が触れる分には斥力のようなものは発生する。しかし、それ以外は普通の『破壊』の力を纏わせているだけだ。そして、その『破壊』の鎧とでも言うべきものも弱まっている。そこにファレルナの尋常ではない浄化の力を宿した攻撃を受ければ、闇人にとって相当なダメージになる。ゼノは苦しげな表情を浮かべた。
「っ・・・・! ゼノ・・・・・・・・!」
ゼノの窮地に気づいた影人はそう声を漏らした。別に本当は光サイドである影人からしてみれば、ゼノの窮地は本来は喜ぶべき事だ。しかし、あからさまにゼノを見捨ててしまえば、レイゼロールに不審に思われるかもしれない。弱体化していても、影人にはゼノを助けるだけの力があるからだ。ゆえに、影人はゼノを援護しようと行動を起こそうとした。
(やらせるかよ!)
スプリガンが何をしようとしているか予想した壮司は、左手のガントレットの力を発動させた。
「ぐっ、邪魔を・・・・・!」
影人は立っていられないほどの凄まじい重さを感じた。影人が膝をつく。影人が膝をついた同時に壮司は影人に向かって駆け出した。
(ちっ、『破壊』の力で・・・・・っ、そうか。無詠唱での力の行使は弱まってる。この重さを完全に破壊する事は出来ない)
癖で『破壊』の力を無詠唱で右手に纏わせた影人だったが、重さから解放されはしなかった。ましにはなった程度だ。ゆえに、影人はこう言葉を放つ。
「『破壊』の闇よ、我が右手に宿れ!」
既に壮司は影人に接近し大鎌を振るっていた。ギリギリのところで詠唱は間に合い、影人は重さから完全に解放される。影人は振るわれた大鎌を紙一重で回避し、低姿勢から蹴りを放った。
(っと!)
だが、壮司は影人の蹴りをギリギリで避けた。そして切り上げるように大鎌を振るった。
「闇よ、我が肉体に纏え。即ち、闇纏体化」
影人はその一撃を避けながら自身の身体能力を強化した。久しぶりに詠唱して分かった事は、やはり詠唱は面倒だなという事だ。格好はいいのだが。
(この状況で黒フードから目を離すのは無理だな。ゼノを助けなくてもいい大義名分が出来た・・・・と考えるべきか。そうだ。あいつを必死こいてまで助ける理由はない。それが正しい)
黒フードの怒涛の攻撃を回避しながら、影人はそんな事を考える。自分が黒フードから一瞬でも目を離せば、黒フードはレイゼロールに危害を加えるかもしれない。それは、ゼノを助けられない理由にはなる。
(・・・・・・・・そうだって言うのに、何で俺はこんなに気分がザラついているんだ・・・・?)
まるで仲間意識でも持っているかのように、同情でもしているかのように。影人は自分の心が分からなかった。
「光よ、そのまま闇人を包み続けて」
ゼノに取り付いた光の手にファレルナはそう指示した。ゼノは複数の光の手に包まれ苦悶の顔を浮かべていた。
「っ・・・・・・」
闇人が浄化の力を浴び続けるという事は、人間が毒を浴び続けるのと同義だ。そして、ファレルナの浄化の力は凄まじい。闇人からしてみれば、それは猛毒だった。
急激に弱体化するゼノ。その結果、ゼノが右手で押し止めていた光の手との均衡も崩れ、ゼノの右手に光の腕が絡みついた。ゼノの右腕の『破壊』の力もかなり弱っている。ゆえに、斥力は発生しなかった。
「く・・・・そ・・・・」
掠れた声を漏らすゼノ。ファレルナはここを好機と捉え、ゼノを更に弱らせるべく次の指示を光の手に与えた。
「全ての光の御手よ、闇人の右腕を包み浄化させて」
「っ〜!」
ファレルナの指示に従うように、ゼノの全身に取り付いていた光の手がゼノの右腕に集中する。ゼノは右腕に灼けつくような激しい痛みを覚えた。
一箇所に集中された凄まじい浄化の力。その結果、
ゼノの右腕は、光の粒子となって溶けるように虚空へと消失した。次の瞬間、消失した右腕の部分から凄まじい量の黒い血が流れ出た。
「ははっ、痛った・・・・」
乾いたように笑うゼノ。それは死を悟ったゆえの笑いか。ファレルナはそんなゼノに対して、こう宣言した。
「主よ、彼の者に光の安息を与えたまえ。これで終わりです。光の御手よ、その者の闇を全て包んで」
ファレルナが厳かにそう言うと、光の手が再びゼノの全身を包まんとした。今この手に包まれれば、ゼノは間違いなく浄化されるだろう。
ファレルナの勝利か、そう思われたその時――
「・・・・・・・あんまり使いたくはなかったけど・・・・仕方ないか」
ゼノはボソリと意味の分からない言葉を呟いた。
そして、ゼノがそう呟くとゼノの全身から凄まじい闇が噴き出した。
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