第216話 カケラ争奪戦 イタリア(2)

「先手はもらおう」

 1番最初に動いたのは、エリアだった。エリアは乱雑に、それでいて的確にゼノや影人に向かって拳銃を連続的に発砲した。

「はっ、豆鉄砲を・・・・・・」

 影人は自分とゼノ、そして影人の後ろにいるレイゼロールを守るように闇の障壁を創造しようとした。

「っ・・・・・・・・!?」

 だが、影人は何か違和感のようなものを感じた。力がざわつくというか、上手く練れないというか、とにかくそのような感覚だ。だが結果として、影人の力はいつものように発現した。

 闇色の障壁が影人やゼノの前面に展開される。障壁はエリアの無数の弾丸を受け止める。しかし、いつもなら銃弾程度なら難なく弾く闇の障壁は、弾丸を弾かずに徐々にヒビが入り始めていた。

「なっ・・・・・」

『影人! 俺の力はあの鬱陶しい光のせいでいま弱体化してる。そのせいで障壁がいつもより脆くなっちまってるんだよ! このまま撃ち続けられたらすぐに砕かれるぞ!』

 いつもではあり得ない光景につい目を見開いた影人に、イヴがそんな忠告を飛ばして来た。先ほどソレイユに言われた事が、このような形で表れるとは思っていなかった影人は、内心で舌打ちをした。

「闇人、あと少しで障壁が破壊される。あの光のせいでな。援護はしてやるから、突っ込みたいなら突っ込め」

「別にゼノでいいよ。じゃあ、障壁が崩れたら俺行くから援護お願い。俺もあの光で弱体化してるから、援護くれるなら欲しいし。崩れるの何秒後?」

「大体3秒後だ」

「分かった。なら、3、2、1 ・・・・・・」

 影人の大体の目安に頷いたゼノはカウントダウンを始めた。エリアはまだ弾丸を撃ってきている。エリアの拳銃は守護者としての武器なので、弾切れというものがないのだ。

 そしてヒビは障壁全体に広がっていき、ゼノがカウントしたちょうど3秒後、障壁は完全に砕け散った。それと同時に、ゼノはエリアとファレルナに向かって駆け出した。

(イヴの力が弱体化してるって事は、俺の力も全体的に弱体化されてるって事だ。なら――)

 その事を念頭に入れながら、影人はこう言葉を呟いた。

「闇の鎖よ、虚空より出でて我が敵を穿て」

 影人の言葉を受け、虚空から闇の鎖が複数本出現する。わざわざ言葉に出したのは、威力強化のためだ。いつもの無詠唱での力の使用が弱体化しているのなら、力の消費が上がり詠唱しなければならないが、威力を強化してやれば、いつもと同じレベルの力が行使できるという事になるはず。具体的にどれくらい自分が弱体化しているかは分からないが、浅はかに影人はそう考えた。

 ゼノと共に複数の鋲付きの鎖がエリアとファレルナを襲う。だが、

「光よ、私たちを守って」

 ファレルナが祈るように両手を合わせそう呟くと、ファレルナの背後の光が一際強く発光した。すると、エリアとファレルナを襲おうとしていた闇の鎖は2人の一定以上の距離に近づけず、光に溶かされるように消え去った。

「ッ!?」

 その現象を目の当たりにした影人は、再び光に目を細めつつも驚いた。まさか鎖が消え去るとは思っていなかったのだ。

「ッ、本当に厄介な光だ・・・・」

 その光のあまりの輝きに、ゼノはどこか苦しげにそう呟く。ゼノも虚空に消え去った鎖と同様に、ファレルナの一定以上の距離に近づく事は出来なかった。

「隙ありだ」

 ゼノを狙いエリアが3回発砲した。エリアの放った銃弾はゼノの肉体を正確に穿った。

「っ、痛いな。こう感じたのなんていつ以来だろ・・・・・・・」

 弾丸をその身に受けたゼノは軽くそう呻いた。だが、弾丸を受けた傷は比較的浅めだ。そして不思議な事に、ゼノの肉体を貫いた弾丸は徐々にだがヒビ割れていき、やがては粉微塵のように風に散っていった。そのため、弾丸の後はいずれも貫通せずに、皮膚から1センチくらいの場所までしか穿たれてはいなかった。

(っ、どういう事だ? ゼノは全身に『破壊』の力を纏う事が出来る。だから、あいつに触れた全てのモノは一瞬にして破壊される。だっていうのに弾丸程度でダメージを・・・・・)

 思い出されるのは冥とゼノが戦った時の事。あの時ゼノの肉体に触れた冥の腕は一瞬にしてバラバラになった。その後に、冥は言っていた。ゼノが全身に『破壊』の力を纏える事は知っていたが云々と。ゆえに、影人はそのような疑問を持ったのだ。

 ゼノがダメージを受けた事に一瞬疑問を持った影人だが、しかしすぐにある答えが浮かんだ。

(そうか。ゼノも今は弱体化してる。だから、全身に『破壊』の力を纏っていたとしても、すぐにその物質を破壊できない。『破壊』の力の弱体化の影響は時間に現れるのか)

 影人は正確にゼノの傷口を見たわけではない。しかし、撃たれたにしてはゼノの出血量が少ない事に気づき、後は謎の持ち前の勘の良さからそう予想した。

 そして、影人のその予想は当たっていた。ゼノは戦いが始まった時から全身に『破壊』の力を纏っていた。銃弾を受けても傷が浅かったり、弾丸が塵となって消えたのはそれが理由だ。

(ちっ、弱体化してる身でこれはあんまり使いたくなかったが・・・・・仕方ねえ・・・・!)

 出来るだけ後方のレイゼロールを守るという都合上、影人は容易にこの場所を離れる事ができない。ならばアメリカの時のように、レイゼロールに違う場所で探知を続けてもらえばいいかと言えばそうもいかない。 

 なぜならば、黒フードの人物の存在があるからだ。前回レイゼロールが1人の時に黒フードの人物はレイゼロールを襲った。前回レイゼロールは黒フードの人物を撃退したが、黒フードの人物が『フェルフィズの大鎌』を持っている以上、もしもの事態は常に起こり得る。その前回の例がある以上、影人はレイゼロールが自身の近く、反応できる場所にいてくれる方がいいと考えていた。

 だが、ゼノは少量ではあるが血を流す負傷をしている。闇人にとって血を流すという事は弱体化を意味する。ゼノは『破壊』の力を扱う闇人。自身の傷を治す事は出来ない。そして、これ以上弱体化するという事は状況的にかなりマズイ。ただでさえ、影人やゼノはファレルナの光で弱体化しているのだから。ゆえに、早急にゼノの出血を止める必要があると影人は考えた。影人なら、ゼノの傷を治せるからだ。

 しかし、影人が安易にこの場所を動くわけにはいかない。そこで影人が考えた方法は――

「我が写し身よ、顕現し『破壊』の闇人の傷を癒せ」

「・・・・・・・・・・・・」

 影人がそう唱えると、影人の横に影人とまるっきり同じ姿の人物が出現した。前髪野郎が2人。正直に言ってしまえば、悍ましすぎる光景だ。そして、影人の隣に現れたもう1人の影人は、無言で真っ直ぐにゼノの方へと向かって行った。

「っ、分身した?」

 エリアが驚きからかそう言葉を漏らす。だが、時は既に遅い。ゼノに近づいたもう1人の影人は、ゼノに右手をかざし、ゼノに暖かな闇の光を流し込んだ。

 するとゼノの傷はたちまちに癒え、ゼノの出血は止まった。ゼノの傷が治った事を確認したもう1人の影人は、闇となってその場で溶けるように消えた。

「へえ・・・・・器用だね。ありがとう、スプリガン。礼を言うよ」

「ふん・・・・そう思うなら、それだけの働きを見せてみろよ」

 ゼノがチラリと影人の方を見てそう言ってきた。影人はその言葉にそんな答えを返した。

「分かった。なら、頑張るよ」

 ゼノはぼんやりと笑いそう言うと、その視線をファレルナとエリアの方に向け直した。

「そういうわけだから、ちょっと気合を入れ直す。現代最強の光導姫、君のその目障りな光、俺が壊してあげるよ」

「ならば私はあなたを光を以て浄化しましょう。人の身に戻る時です、闇人」

 ゼノとファレルナが、最強の闇人と最強の光導姫が互いにそう言葉を交わし合う。見えない火花が散りあう。そして、ゼノはこう言葉を放った。

「悪いけど、まだ死ねないんだ。レールが目的を果たすまではね。だから・・・・・・・・お前が死ね」

 スゥとゼノの琥珀色の瞳、その瞳孔が開く。ゼノは再びファレルナやエリアの方に向かって歩を進めた。

「ふん、もう1度穴を開けてやろう」

「光よ、彼の闇人に浄化の安息を」

 当然の事ながら、エリアとファレルナはそんなゼノに対して再び攻撃を行ってきた。エリアは5発ほどゼノに向かって発砲し、ファレルナの光も先ほどのように強い輝きを放った。

「ちっ・・・・・・!」

 影人はゼノを援護しようと、何か言葉を紡ごうとしたが、その前にゼノが動いた。

「うざったい」

 ゼノの右腕が一瞬にして半ばまで黒く染まる。ゼノはその黒く染まった右手を自身の正面にかざした。

 すると不思議な事に、

 エリアが放った5発の弾丸は吸い込まれるようにゼノ右の掌に着弾した。そして、ゼノの黒い手に触れられた弾丸は一瞬にして粉微塵と化した。

「っ・・・・!?」

 その光景を見たエリアは驚いたように息を呑んだ。

(高密度の『破壊』の力か! だが、あの吸い寄せはいったい何なんだ・・・・・・・・?)

 驚いたのはゼノを援護しようとしていた影人もだ。ゼノの右手が黒く変化した事と銃弾が粉微塵にまで破壊された事から、ゼノがその右腕に高密度の『破壊』の力を纏った事は影人にも分かった。影人もシェルディア戦や、ダークレイを助ける時に使用した事がある。弱体化しているというのに、一瞬にして対象物を塵レベルまで破壊した事も驚くべき事だが、影人はそれよりもなぜ銃弾がゼノの右手に吸い寄せられたのかが気になった。『破壊』の力にそのような性質はないはずだ。

(イヴ、何でか分かるか?)

『知らねえよ。あの光のせいで気分が悪いんだ。あんまり話しかけんな。ただ、あのゼノとかいう闇人は何かよく分からねえんだよ。とんでもなく高レベルな『破壊』の力を扱う闇人ってのは、気配から分かるんだが、それだけじゃない。何か得体の知れないって感じが・・・・・・・・』

(は? なんだそれ? いったいどういう――)

 影人の質問にイヴは歯切れ悪くそう答えた。その答えを聞いた影人は更なる疑問を抱いたが、それ以上イヴと話す時間はなかった。

 次にゼノに襲いかかったのは、ファレルナの強烈な浄化の光だ。ファレルナの光と高密度の『破壊』の力を宿したゼノの右手が激しくせめぎ合う。ファレルナの光はゼノを攻撃する「攻撃の光」であり、ゼノから自身を守る「防御の光」であり、ゼノや影人の力を落とす「弱体化の光」だ。影人やゼノからしてみれば、ファレルナの放つ光は理不尽な光でしかない。

「いい加減に・・・・・壊れろよ」

 だが、ゼノが更に自分の右手に『破壊』の力を込め、何かを握り潰すかのように手を閉じていくと、何かが壊れるような、砕けるような音が響き、ファレルナの放っていた光は『破壊』された。

「まあ・・・・・・・・」

「・・・・何とも恐ろしい光景だな。まさか『聖女』の光を突き破るとは・・・・」

「・・・・・・・・やりやがったか」

 その光景を見たファレルナは口を開き驚いた顔を浮かべ、エリアはその視線を厳しくし、影人はポツリとそう呟いた。

「ああ、やっと近づけるや。次は君自身を壊すよ」

 ゼノは軽く息を吐くと、一歩を踏み込みエリアとファレルナの方へと更に近づいていった。

「『聖女』、下がれ。これ以上近づかれるのはよくない」

 エリアはファレルナにそう言って、接近してくるゼノからファレルナを守るように立ち塞がった。エリアは守護者。普段は闇奴や闇人にダメージを与え、弱体化させる「攻めの守護」を主な戦法としているが、今回はその戦法よりも、オーソドックスな守護者の戦法を取った方がいいと判断した。その理由は、ファレルナの光を突き破ってこちらに近づいて来るゼノに底知れない何かを感じたからだ。

「驚きました。まさか私の光を超えて来るなんて。あなたの闇は、この程度の光では晴れないようですね」

 エリアにそう言われた当のファレルナは、まるで焦ったような様子もなくただそう言葉を漏らした。

「分かりました。ならばもっと、もっと強い光を輝かせましょう。あなたの闇をどこまでも晴らせるように」

 ファレルナは全てを許すような、そんな慈愛に溢れた笑顔を浮かべると、瞳を閉じ再び両手を祈りの形にした。

「光よ、私のこのささやかな祈りを捧げます。だから輝いて。もっと強く、もっと暖かに。光よ、闇を照らして」

 ファレルナのその言葉は、どこまでも暖かさと慈愛に満ちていた。ファレルナがそう言葉を紡ぐと、ファレルナの全身がうっすらと輝いた。そして、その背後の光も、先程とは比べ物にならないほどに強く輝いた。

「っ・・・・・!? まだ強くなるのか・・・・!」

 その光を浴びた影人は呻くようにそう呟いた。凄まじい浄化の力を宿した光。その光を浴びた影人は、何か虚脱感のようなものに襲われた。おそらく、更に弱体化したのだろう。

「・・・・あー、嫌だな。本当に嫌な光だ・・・・・」

 そして、影人がそのように感じたという事は、闇人であるゼノは尚のことだろう。ゼノは再びファレルナの発する光のせいで、近づく事が出来なくなった。ゼノが先ほど破壊した光は、光の本体ではない。いわば光の端のようなもの。ゆえに、ゼノがファレルナに近づくには、またこの光を壊して進むしかないのだ。しかも、この光は先程よりも強力になっている。壊すには先程以上の『破壊』の力が必要だ。当然、ゼノはさっきの光を浴びた時よりも弱体化しているので、力の出力をあげる事は難しくなっていた。

 それは、今のゼノからしてみればかなり厳しい状況でだった。さながら、それは太陽に近づいていくイカロス、とでも表現すればいいだろうか。とにかく、そのレベルでの厳しさだった。

(流石にこの光を1人で壊すのはゼノの奴でも厳しいだろうな・・・・・・・俺も援護をしたいが・・・・この光を突き進む攻撃となると、かなりの力を消費しないとさっきの鎖みたいに消えちまうだろうな)

 弱体化しているのはゼノだけではない。闇の力を扱う影人もだ。そのため、影人もゼノ同様に力の出力を上げる事が難しくなっている。

(だが、今はやるしかねえ。なに、金髪の時と同じだ。要は、聖女サマが死ななきゃ問題ない。この界隈、多少のケガはどうとでもなるしな)

 主にソレイユの顔を思い浮かべながら、影人は一旦後方にいるレイゼロールを確認した。レイゼロールは最低限の注意力は残しているのだろうが、未だに集中するように目を細めていた。

「・・・・・・お前は弱体化の影響を受けてはいないのか?」

「・・・・・・・・・・我も闇の力を扱う身だ。当然影響は受けている。実際、今までよりもカケラの気配を探るのが難しい。時間はまだまだ掛かりそうだ」

 影人はレイゼロールにそう質問した。影人に話しかけられたレイゼロールはそう答えると、再び口をつぐんだ。影人もその事を確認したかっただけなので、それ以上は語りかけなかった。影人は再び正面を向いた。

「『破壊』の闇よ、全てを穿つ槍と化せ。目障りな光を砕き壊せ。合わせて顕現しろ、『影速の門』」

 影人が右手を光へと向ける。すると、影人の右手の先に真っ黒な闇の槍が顕現した。その槍は高密度の『破壊』の力の塊だ。そして、槍の先には黒いひし形のゲートのようなものが出現した。

「行け」

 影人は照準をファレルナとエリアからすこしズラし、闇の槍を発射した。闇の槍は発射と同時に「影速の門」を潜ると、超加速しファレルナの光へと向かい激突した。

「っ、スプリガンさん・・・・・・」

 自身の光を突き破らんとする闇の槍を見たファレルナが、どこか悲しげな表情になる。しかし、そんな事は影人からしてみればどうでもよかった。

(っ、これでも貫けないか。流石にランキング1位の名は伊達じゃないな)

 ファレルナの光に実体はない。ゆえに、正確に言えばせめぎ合っているのは、光の浄化の力と闇の槍だ。その2つが斥力場のようなものを発生させ、せめぎ合っているように見えるのだ。先ほどのゼノの時も、起こっていたのはこの現象だった。

 だが、ファレルナの浄化の力の強さは影人が想像していた以上だった。このままでは、光を破壊する事は難しい。そう判断した影人は、ゼノに向かってこう叫んだ。

「ゼノ! お前も合わせろ! お前なら出来るだろッ!」

 ゼノとは少し距離があるので叫んだような形になってしまったが、その甲斐もあってか影人の言葉はゼノに届いた。

「そうだね。俺なら出来る。分かったよ、スプリガン」

 影人に名を呼ばれた事が原因かは分からないが、ゼノは影人の言葉を聞いて小さく笑みを浮かべた。そして、ゼノは自身の左腕も『破壊』の闇で半ばまで黒く染めると、黒く染まった両手を光へと突き出した。

「俺に出来るのは何かを壊す事だけ。だから・・・・俺はただ破壊する。この光も、何度だって」

 ゼノが突き出した両手を、光を引き裂くような形に変えた。ゼノが両手に力を込める。影人の放った闇の槍と、ゼノの『破壊』の力。怪人と最強の闇人の合同攻撃。その結果、


 ファレルナの光はゼノに引き裂かれ、影人の闇の槍に貫かれた。

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