第215話 カケラ争奪戦 イタリア(1)
「へえ・・・・・・そんなに強いんだ、そいつ」
レイゼロールの話を聞いてそんな感想を呟いたのはゼノだった。ゼノはどこか面白そうな顔を浮かべていた。
「でも、わざわざ俺を連れて行く意味はあるの? スプリガンはシェルディアと同等の力を持っていて、『世界』も顕現できるんでしょ? いくらその光導姫が強いっていっても、『世界』の顕現に人間が為す術なんてないんじゃないの?」
ゼノは続けて不思議そうに首を傾げながらそんな事を言った。ゼノの言う事は尤もだ。どれだけ『聖女』が強力な存在であろうと、シェルディアを追い詰めたという『世界』の前では無力に等しいのだから。それは一種の
「・・・・・俺の『世界』の顕現は現在はまだ使えない。シェルディアとの戦いで無茶な形で顕現させた弊害みたいなもんだ。いつその弊害が取り除かれるかは正直わからん」
ゼノの質問に答えたのは影人だった。これは真実だ。ゼノと同じような質問は、実は既にレイゼロールから受けていた。中国戦での戦いに疑問を持ったのだとレイゼロールは言っていた。いつかはその事がバレるだろうと予想していた影人は、正直にレイゼロールに真実を伝えた。
レイゼロールサイドに潜入できたのならば、影人はこの真実を述べても構わないと思っていた。むろん、そこにはちゃんとした理由がある。
まず、影人は既にレイゼロールの命を助けたり、仕事をしっかりこなしたりと一定の信用は勝ち取っていた。つまり、『世界』を使わなくとも影人の有用性はある程度示された形になったわけだ。
次に、『世界』が現在使えないというのは、レイゼロールにとっては都合がいい事でもあるからだ。むろん、確実に光導姫や守護者を殺せないというデメリットはある。だが、現在『世界』が使えないという事は、スプリガンが裏切れない絶対の抑止力が機能するという事だ。シェルディアという存在の。シェルディアは気まぐれだが、スプリガンが裏切ったとなれば、レイゼロールの命令を受けスプリガンを殺すだろう。それはレイゼロールがシェルディアに既に確認している事だ。まあ、実際は影人とシェルディアの関係は協力者なので、そうはならないのだが。
つまり、レイゼロールはスプリガンが『世界』が使えないという事で、裏切ってもいつでも始末できるという手綱を握ったという事だ。それに加えて、元々のスプリガンの戦力としての有用性。スプリガンは『世界』を使わずとも、現在のレイゼロール並みの強者だ。利用できる内は利用したいというのが本音。要は全てひっくるめて、現在のスプリガンの状態は、レイゼロールにとって都合がいいのだ。
それに、シェルディアという絶対の証言があるため、スプリガンが『世界』を顕現したという事実は消えない。1度『世界』を顕現させた。それだけで、スプリガンの価値は跳ね上がる。ゆえに、レイゼロールは現在スプリガンが『世界』を顕現させられないという事実を知っていても、スプリガンを自身の陣営から排除していなかった。
「そうなんだ。色々と大変だね。まあ、事情はわかったよ。どっちにしても、レールのお願いを断る気はないしね」
「・・・・・・・・俺も了解した。何処とへと好きに連れて行け」
「・・・・なら決まりだな。今からローマに向かうぞ」
ゼノと影人、2人の了承を受けたレイゼロールはソファーから立ち上がるとそう宣言した。
それは約束された戦い。戦うは最強の光導姫。それとぶつかるのは、最強の闇人と妖精の名を持つ怪人。激烈必死の戦い。そしてまさか――
この戦いの結果、誰か1人この世界から消える事になるとは、今は誰も知らなかった。
「・・・・・・レイゼロールが現れた。現れた場所はイタリアのローマ。俺は既にエリア、ソレイユは光導姫ランキング1位『聖女』を派遣した。戦いの火蓋はまだ切られていないが時間の問題だろう」
神界。その自身のプライベートスペースで、ラルバは自分の目の前にいる少年に向かってそう言葉を切り出した。
「お前にはいつも通りレイゼロールの殺害を狙ってほしい。壮司」
「了解っす〜。ですが今回はローマっすか。出来ればのんびり観光で行きたかった場所ですね」
ラルバからそう言われたその少年、案山子野壮司は軽薄な顔で頷いた。そしてそんな感想を漏らした。
「悪いがそれはプライベートでまた行ってきてくれ。難しい事は理解してるが、今回こそはレイゼロールを殺してくれ。頼んだぜ」
「頑張りますよ。精一杯ね。ほいじゃ、まあ・・・・・・変り身っと」
壮司は肩をすくめると、右手の銀の指輪を意識しながら、守護者に姿を変えるためのキーワードを呟いた。すると、壮司の銀の指輪が眩い輝きを放った。少し暗い鈍いような銀の輝きを。
次の瞬間、壮司の姿は変わっていた。変身する前はどこにでもいそうな10代の若者のような格好をしていたが、今は黒いローブに身を包み、左腕には黒い凶々しい形の、鎖が巻きついたガントレットが装着されていた。そして、右手には刃までも黒い大鎌を持っていた。
「じゃ、転移頼みますよラルバ様」
「ああ」
左手でフードを目深に被った壮司はラルバにそう告げた。ラルバは壮司の言葉に頷き、転移を開始した。
十数秒後、謎の死神と化した壮司は神界から姿を消し、ローマへと転移した。
「ローマも昔と比べて本当によく変わったよね。まあ、コロッセオはまだあるみたいだけど」
夜更けのローマの街を見つめながらゼノがそう言葉を述べた。
(ここがあのローマか・・・・・・・・・・別に西洋かぶれとかそんなんじゃないが、やっぱりヨーロッパの街並みは綺麗だな・・・・)
一方ゼノとは違いそんな感想を抱いていたのは影人だった。影人は初めてローマを訪れたが、やはり日本にはない街並みを見て、純粋に美しいなと思った。
「・・・・我の気配隠蔽は解除された。じきに『聖女』と守護者が来るだろう。それはそれとして・・・・・・スプリガン、なぜ貴様の気配隠蔽は解除されていない?」
影人の気配がまだ隠蔽されている事に気がついたのだろう。レイゼロールはそんな疑問をぶつけてきた。
「・・・・俺の気配隠蔽の力はこの装束に編み込まれてる力だからだ。だから、俺の気配がこの街の空気に暴かれる事はない」
レイゼロールの疑問に、影人は素直にそう答えた。別にここで嘘をつく必要はないからだ。
「そうか・・・・・・・その装束も神器レベルの代物というわけか。貴様にその力を与えた何者かは、よほどの力を持っていたようだな」
「ふん。思い出したくもねえ」
レイゼロールは納得したようにそう呟いた。その呟きに、影人は不機嫌さを演出しながら帽子の鍔を押さえた。
「スプリガン、ゼノ。我は今からこの地のどこにカケラが眠っているのか探知する。探知の間、我は戦闘には参加できない。ゆえに、その間の光導姫と守護者の相手は頼むぞ。・・・・・・・・それと、スプリガン。貴様は分かっているだろうが、今回もあの『フェルフィズの大鎌』を持つ者が現れる可能性が高い。我も警戒はするが、お前らもその事は注意しておけ」
「・・・・・・・ああ」
「ん、分かった」
レイゼロールの話に影人とゼノは頷いた。影人も、レイゼロールと同じように今回もあの黒フードの人物が現れると踏んでいた。
「よし、ならばここからは任せたぞ」
レイゼロールは最後にそう言うと、集中するようにそのアイスブルーの瞳を細めた。影人とゼノはレイゼロールの前方に立ちながら、周囲を警戒した。
「・・・・・・・・まばらにだが人がいるって事は、まだ光導姫が来てないって事だな」
「そうみたいだね。でも、多分あと1分もすれば来ると思うよ。あいつら反応が早いから」
影人たちが今いるのはローマの市街地の端のような場所だ。遠くにはほとんど影のようだが、コロッセオも見える。影人たちの近くには酔っ払いか、中年くらいの男が千鳥足で道を歩いていた。男は酔っているためか、影人たちには気がついていない。その男以外に人の姿は後2、3人ほど確認できる。その者たちは影人たちには気がついているようだったが、特段気にもせずに道を進んでいた。
それから30秒ほどした時だろうか。影人とゼノの正面から2人の人物がこちらへと向かって来た。
「ふむ、標的がいたな。では、仕事を始めるとするか」
1人は黒に近い茶髪の髪をした男性だった。歳の頃は18くらいか。ダークスーツを身に纏い、胸元には黄色のネクタイを飾っている。そして、頭には赤い線の入った黒の帽子を被っている。その格好のせいか、その男はスプリガンとどこかよく似ていた。その男の名はエリア・マリーノ。守護者ランキング7位、『銃撃屋』の名を持つ守護者だ。
そして、もう1人は――
「・・・・・・・・悲しいですね。こうなってしまって・・・・出来ることならば、あなたとはこのような形で再会したくはなかった。スプリガンさん・・・・・・」
ちょうど影人の隣にいるゼノと同じくらいの年代に見える少女だった。正確に言えばゼノは闇人なので、少女と同年代という事はあり得ないが、あくまで見た目の話だ。大体15歳かそれくらいの少女。その少女はプラチナ色の長髪に、赤みがかかった茶色の瞳が特徴で、本来は愛嬌に満ちたその顔は今は少女の言葉通り悲しみの色を帯びている。装束は穢れのない白色を基調とし、華美すぎない装飾が施されたドレス。胸元にはロザリオが飾られていた。
「スプリガンさん。私は以前あなたに会った時にこう言いました。『もし、やむを得ずあなたと戦う事があり、あなたが真の闇に沈んだのならば、その時は私が勝ちます』と。・・・・・私はまだあなたが真の闇に沈んだのか、正直なところは分かりません。だから、それを確かめるためにも、私はあなたと、あなた達と戦いましょう。そして、あの時の言葉通り、私は勝ちます」
決意に満ちた顔でその少女、光導姫ランキング1位『聖女』のファレルナ・マリア・ミュルセールはそう宣言した。
「・・・・・・・・はっ、言ってくれるな『聖女』。俺の闇の深さを見通せなかった奴に、そう言われる道理はないぜ」
ファレルナのその宣言に、影人は不敵な笑みを浮かべそう答えを返した。
「なんだ、君あの子と面識あるの?」
「1度ランキング1位がどんな奴か確認しに行った時にな。それだけの面識関係だ」
ゼノの質問に影人は何でもないといったような感じで言葉を述べる。スプリガンと『聖女』の関係はそれ以上には現在のところ存在しない。
「ふーん、そう」
影人の言葉を聞いたゼノは納得したのか、ただそう言った。
「じゃあ、まあ適当にやろうか。スプリガン、俺は好きにやるから、君は出来るだけレールを守ってあげて。俺には壊す力はあっても、守る力はないからさ」
ゼノは軽く首を1回回し1歩前に出た。ゼノからそう言われた影人はこう返事をした。
「・・・・・・それは請け負ったが、俺も俺の好きに動くぜ。あんたが好きにやるなら、俺も好きにやらせてもらう」
「別にレールを守ってさえくれるならどうしてもいいよ。ただ、レールに何かあったら・・・・俺は怒るよ」
「っ・・・・・・そうかよ」
最後の言葉の部分で、ゼノは一瞬だけ目を大きく開き影人を見つめた。影人はゼノが一瞬だけ発した凄まじい圧に息を詰まらせるも、そう言葉を呟いた。
「戦闘を開始する」
エリアがそう言葉を放つと、エリアの変身媒体である帽子が輝きを放った。すると次の瞬間、エリアの姿が変化した。帽子が消え、ダークスーツは影人と同じような黒の外套に、黄色のネクタイは黒のネクタイに、そして右手には黒い拳銃が握られていた。
「ああ、主よ。これから戦いという罪を犯す私をどうかお許しください。十字架よ、姿を変えてください、私を戦いの装束へと」
ファレルナが両手を合わせ祈るようにそう言うと、ファレルナのロザリオが輝きを放った。光がファレルナの全身を包む。すると、ファレルナの姿が変化した。白を基調とした修道服のような衣装へと。その姿こそが最強の光導姫、『聖女』としてのファレルナの姿だった。
だが、ファレルナが変身し、訪れた最も大きな変化はそれではなかった。
(っ、何つう光だよ・・・・・・!)
影人は反射的にその目を細めた。その原因はファレルナの背後から漏れ出る光、後光や光背と呼ばれるであろう光だ。ファレルナが変身した直後、その凄まじい光が放たれたのだ。しかも、これはただの光ではない。影人は自分の内にいるイヴの悲鳴のような声を聞いた。
『ああああああックソが! 何つう浄化の光出しやがる! 気持ち悪りぃ!』
イヴだけではない。影人の1歩前に出ていたゼノも、少しその顔を歪めこう呻いた。
「これは、ちょっとキツいな・・・・・・これだけ強い浄化の光を無造作に垂れ流し続けるか。闇奴くらいならこの光を浴びただけで浄化されるね。レールが危険だって言うわけだ・・・・・・・・・」
どうやら2人の言葉から考えるに、ファレルナが背後から発しているあの光は浄化の力を宿した光のようだ。闇の力本体そのものであるイヴ、闇人であるゼノからしてみれば、その光は不愉快なものでしかなかった。
『影人、あの光こそがファレルナが最強の光導姫である理由の1つです。高すぎる浄化の力が生み出す聖なる光。浄化の力を宿した光は、闇人を弱体化・浄化させるだけでなく、闇の力を扱う者全てに有効です。あなたも普段通りのパフォーマンスは出来ないと考えた方がいいでしょう』
(はっ、マジかよ・・・・・・・・・・)
影人の内に響いて来たのはソレイユの声。ソレイユの説明を受けた影人は、少しヤケクソ気味に内心でそう呟いた。
――最も苛烈なるカケラを巡る戦い。第8のカケラ争奪戦が、遂に始まった。
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