第214話 8つ目のカケラ

「いや、まさかこの場所で君に会う事になるとは思わなかったよ、ソニアくん。全く意外という言葉に尽きる」

「あはは、私も影くんからロゼが東京にいるって聞かされた時は驚いたよ。本当にすごい偶然だよね♪」

 10月25日木曜日、午後7時過ぎ。喫茶店「しえら」店内。テーブル席で向かい会いながらロゼとソニアはそう言葉を交わした。ロゼは普段の格好のまま。ソニアは変装した姿だ。

「それも意外だったよ。まさか君と帰城くんが知り合いだったとは。帰城くんから君が会いたがっていると言われた時は驚いたものだ」

 ロゼは注文したホットのコーヒーを一口啜ると、ソニアにそう言った。2日ほど前にロゼがいつものように風洛高校に入り浸っていると、珍しい事に影人から声を掛けられた。そして、ソニアが連絡を取りたがっていると、ソニアのアドレスを教えて来たのだ。ロゼとソニアは連絡を取り合い、お互いに都合がいい日にちと時間を確認し合いながら、今日この時間に顔を合わせたのだ。ちなみに、この喫茶店はいい場所だと、ロゼは陽華や明夜に教えられていたのでここで話をしようと思い、顔合わせはこの場所になった。

「それなら私だって同じだよ。ロゼと知り合いって影くんから聞かされた時はびっくりしたんだから。まあ、影くんはロゼの知り合いって言われて嫌な顔してたけど」

「ははっ、まあ彼には色々と手伝ってもらったからね。無理もないよ」

 影人の事を話題にしながら、ソニアとロゼは楽しそうに笑った。あの前髪でも人を笑顔にさせられるのである。何という事だろうか。これは世紀の大発見である。あの前髪も、多少は人の役に立つようだ。まあ、本人はきっとというかほぼ間違いなく、「俺は道化とは違う。笑われるのは好きじゃない」と嫌そうな顔で言うだろうが。贅沢言ってんじゃねえ。

「それでロゼは何で東京にいるの? 私はもう発表したけど、活動拠点をここに移したからだけど。もちろん、言いたくなかったら言わなくて大丈夫だよ」

 ホットのアップルティーを飲みながら、ソニアはロゼにそう質問した。ソニアはちょうど昨日にその事をメディアを通して全世界に伝えた。世界の歌姫、ソニア・テレフレアの急なその発表に、ファンやマスコミなどは大いにざわついた。

「ああ、それなら答えようか。君は光導姫だから、言っても問題はないしね。私が東京に滞在している理由は、スプリガンに会うためだよ」

「っ! スプリガンに・・・・・・・・・?」

 ロゼが東京にいる理由。それを聞いたソニアは、1週間ほど前にスプリガンと戦った記憶を思い出した。そして、衝撃と訝しさが混じり合ったような表情を浮かべながら、そう言葉を漏らした。

「・・・・・・何でスプリガンに会いたいの?」

「なに、単純と言えば単純な動機さ。私が彼の本質に興味を抱いたからだよ。彼とはパリでたまたま遭遇してね。彼の中には真っ暗な闇が広がっている。それこそ深淵のような。私は、彼の本質が知りたいんだよ。闇を超えた先にある彼の本質を描きたい。そう。私は描きたいんだ。私は表現者の端くれだ。その本能をどうしても抑える事が出来ない。だから、だからだよ。私はその思いに従っているのさ」

 ロゼはどこか興奮したような、陶酔したような声音でソニアの問いにそう答えた。そしてこう話を続ける。

「私がスプリガンと会いたい理由は以上の通りだよ。東京にいるのは、この地が最もスプリガンが多く出没した場所だからだ。今のところ、彼に会える可能性が1番高いのはこの場所だからね」

「そうなんだ・・・・・なんかロゼらしい理由だね」

 ロゼの話を聞いたソニアは具体的に何と言葉を返したらいいか分からなかったので、自分が抱いた素直な感想を言葉にした。

「私も1週間くらい前に、ワシントンで彼と会ったよ。そして戦った。・・・・・・・・私が彼に抱いた印象は、ただ強いって印象。私は『光臨』しても、彼に全く歯が立たなかった」

 続けてソニアはロゼに自分がスプリガンと邂逅し戦ったという事を伝えた。

「そうか。君も彼に会ったのか。羨ましい限り、と言いたいところだが、『光臨』した君が歯が立たないという情報は素直に恐ろしいものだね。『光臨』した君はほとんど無敵の存在だというのに」

 神妙な顔のソニアに、ロゼは変わらない様子でそんな感想を述べる。ちょうどスプリガンの話題になったので、ソニアはロゼにこんな事を聞いてみた。

「ねえ、ロゼはスプリガンの事をどう思ってる? スプリガンがフェイを攻撃した事で、スプリガンは私たちの敵になった。ううん、認定されたって言った方がいいね。私も敵として彼と戦った。でも・・・・・・私はスプリガンが単純な敵じゃないと思うんだ。確かに私は彼に攻撃された。傷も受けた。でも改めて思い返してみると・・・・・スプリガンは何度も私を殺すチャンスがあったはずなのに、私を殺さなかった。本当に純粋な敵になったなら、敵である私を殺すと思う。だけど、私は生きて今ここにいる。それが、どうしても気になるんだ」

 ソニアは、スプリガンと戦ったあの日から胸に秘めていた自身の心の内を吐露した。スプリガンが敵であるという事はソレイユとラルバが決めた事だ。それは即ち光導姫と守護者が従うべき絶対のルール。だから、ソニアも当然それには従う。だが、ソニアはそこに人としての、微妙な、とても微妙な心を有していた。なまじ、スプリガンと戦ってしまったからだ。

「ふむ。私の意見か。そうだな・・・・・・・・・・先ほど述べたように私はスプリガンという存在自体に興味がある。むろん、彼が何者なのか知りたいという気持ちはあるが、彼が敵かどうかは正直どうでもいいね。まあ、自分で言うのもなんだが、私は少々特殊な考えだと思うよ」

 ソニアの正直な胸の内を聞いたロゼは、自身も素直な気持ちでそう言葉を述べた。

「私がよく行っている学校がある。帰城くんや真夏くんがいる学校だ。まあ、これは既に君も知っている情報だ。帰城くんについては彼から、真夏くんに関しては先ほど私が教えたからね。と、いけないな。話が無駄に長くなってしまう。とにかく、その学校には2人の光導姫がいるんだ」

 ロゼはそこで1度言葉を切り、またコーヒーを啜ると話の続き言葉に出した。

「もう10月の初めの事だ。私がいつものようにふとその学校に行ってみると、どこか浮かない顔の彼女たちがいた。彼女たちとは顔見知りだったから、少し話を聞いてみたんだ。すると、彼女たちは話してくれた。自分たちが浮かない顔をしている理由をね」

「・・・・・・その理由がどうかしたの?」

「まあ、そういう事だよ。彼女たちは色々とスプリガンと関わりがあるらしくてね、今まで何度かスプリガンに助けてもらったと言っていた。だから、彼女たちはスプリガンを信じていたらしい。きっとスプリガンは自分たちの味方だとね」

「っ・・・・・・・・!?」

 ロゼの話を聞いていたソニアの顔が驚きと、そしてどこか悲しさのようなものが混じった顔になる。ロゼはそんなソニアの表情に気づきながらも、話を続ける。

「だから彼女たちはショックを受けていたんだ。スプリガンが明確に敵になったという事に。今までも何度かスプリガンに対する自分たちの思いが揺らいだ事はあったが、その度に改めて信じ続けて来た。だが、今回は事が事だけにショックが大き過ぎた。そのような事を言っていたよ」

「・・・・・・・・・・それは辛いだろうね」

 ソニアはポツリとそう感想を漏らした。それはソニアの心からの言葉だった。自分がその2人の立場なら、絶対に同じようなショックを受ける。ソニアにはそのような確信があった。

 正確に言えば、陽華と明夜がショックを受けたのはそれだけが原因ではない。自分たちの目の前でスプリガンがダークレイを助けた事。それも2人がショックを受けた大きな原因だった。視覚的なショックは心に残りやすい。

「・・・・・しかしだよ。現在彼女たちは大方いつも通りの様子だよ。表にはそういう感情を出していないだけかもしれないが。彼女たちは、元気に毎日を生きている。もちろん、光導姫としての仕事をこなしながら」

「そうなんだ・・・・ねえ、ロゼ。彼女たちは何でまた立ち直れたの? 深く傷ついたはずなのに。何が理由で・・・・・・・・」

 単純にソニアはその2人がどうやって立ち直ったのかが気になった。ロゼは少し温くなったコーヒーを飲むと、ソニアの問いかけにこう答えた。

「特別な理由はないさ。ただ、彼女たちはまた、それでもスプリガンを信じようと思っただけだよ。何回でも何度でも。少しの時間があれば、人は立ち直る事が出来る。何とも素晴らしいじゃないか。私は彼女たちのその心に感動したよ」

 ロゼは自身のその薄い青色の瞳でしっかりとソニアの瞳を見つめると、笑みを浮かべた。

「だから、君も君の思いを大切にするといい。君の思いは君だけのものだ。君がスプリガンを単純な敵とは思えないのならそう思えばいい。・・・・・まあ、私が伝えたかったのはそういう事さ」

「っ・・・・・・・そっか、そうだよね。ありがとうロゼ。おかげでかなりスッキリした。まさか、ロゼにアドバイスしてもらえるなんて思ってなかったよ♪」

 ロゼの伝えたかった事を聞かされたソニアは、明るい笑みを浮かべそう言った。その言葉通り、ソニアのスプリガンに対する気持ちは、かなり晴れたものになった。

「おいおい、いったいそれはどういう意味だい? 全く君といい帰城くんといい、もう少し礼節を弁えてもらいたいものだね」

「あはは、ごめんごめん♪」

 ため息を吐くロゼにソニアは笑いながら軽い謝罪の言葉を述べた。するとちょうどそのタイミングで、

「・・・・・お待たせ。アップルパイ出来た」

 この喫茶店の店主であるしえらが手作りのアップルパイをソニアとロゼのテーブルに運んで来てくれた。これは予め2人が注文していたものだ。時間がかかるという事だったので、飲み物と一緒にとはいかなかったが。

「わぁー! 美味しそう♪」

「うん、食欲を誘うとても香ばしい匂いだ。これは聞いていた通り絶品とみたよ。ああ、すまない店主。ホットのコーヒーのおかわりも頼むよ」

 運ばれて来たアップルパイにソニアは目を輝かせる。ロゼもどこか幸せそうな顔になると、残っていたコーヒーを飲み干し、しえらにそう告げた。しえらは「分かった」と頷くと、コーヒーのカップを持ってキッチンへと戻って行った。

「ふふん、切り分けは私に任せてくれソニア君。美しく分けてみせようじゃないか」

 ロゼがアップルパイに付属していたナイフとフォークを手に取る。ソニアは少し茶化すようにこんな言葉を放った。

「そう言って自分の分ちょっとでも大きくしたら許さないからね、ロゼ」

「ギクッ・・・・・・ま、まさかこの私がそんな事をするはずないじゃないかソニア君。はははっ・・・・」

「え? なにその反応。怪しくない? ちょっと不安になってきちゃった。ナイフとフォーク貸してロゼ! 私が切るから!」

「待ちたまえソニア君! 私は公正に切り分けると言っている。ここは私に任せたまえ!」

 平和な争いを繰り広げるソニアとロゼ。2人はしばらく普通の女子のようにそんな攻防を行なっていた。

 それは、なんとも和やかな光景だった。














「・・・・・・・・で、今日は何の用なんだ。わざわざ俺をここに連れてきてよ」

 同日午後10時過ぎ。この世界のどこかにあるレイゼロールの拠点地。篝火に照らされた廊下を歩いていたスプリガン、もとい影人は前を歩くレイゼロールにそう言葉を投げかけた。

「・・・・・・すぐに分かる。我は説明は1度で済ませたいのだ。だから、もう少しだけ黙って我に着いてこい」

 影人からそう聞かれたレイゼロールは、振り返らずにそう答えた。これは聞いても無駄だと悟った影人はそれ以上は無理には聞かなかった。

(マジで何の用なんだ? 新しいカケラが見つかったなら今まで通り現地に連れてかれるはずだよな。まさか、俺がスパイだってバレたか? いや、流石にそれはまだないと信じたいが・・・・)

 影人がいつものように、シェルディア経由でレイゼロールに呼ばれたのはつい先ほどだ。待ち合わせ場所はすっかり定番と化したあの公園。またカケラが見つかり、護衛兼足止め係として呼ばれたと思っていた影人は、しかしこの場所へと連れてこられた。予想が外れ、いつもとは違う展開になった事に、影人は内心で緊張していた。

「・・・・ここだ」

 レイゼロールに連れて来られたのはある部屋の前だった。位置的には1階の端だ。この部屋を訪れた事のない影人は、中に何があるのか分からない。ゆえに、影人は更に自身の緊張が高まったのを感じた。

 レイゼロールは無造作に扉を開けた。するとそこには――

「あ、もう戻って来たんだ。おかえり、レール」

 ゼノがいた。ゼノは少し古めのソファーに座りながら、何かの本を読んでいた。

「ああ、スプリガンを迎えに行っていただけだからな。お前もこちらに来いスプリガン。話はゼノも交えて行う」

「っ・・・・・・分かった」

 室内に進んで行ったレイゼロールは、未だに入口に立っている影人にそう言って来た。影人はレイゼロールに言われるがままに室内へと足を踏み入れる。一応、警戒はしながら。

 室内は10畳ほどの広さの簡素な部屋だった。部屋の中央には向かい合わせにソファーが2つ。その間にはテーブル。右奥にはベッド。そして左奥には本棚が1つ。家具はそれだけだ。部屋の光源はテーブルの上に置かれているランタンの光だけなので、部屋は全体的に暗かった。まあそれを言うなら、この拠点はほとんどの場所が暗めなのだが。

「で、俺に何の用レール? レールにはここでしばらく待っていてほしいって言われたから、ここにいたけど」

 ゼノはバタンと読んでいた本を閉じると、不思議そうにレイゼロールにその琥珀色の瞳を向けた。

「それは今から説明する。そのために、スプリガンとお前を呼んだのだ」

 レイゼロールはゼノの対面のソファーに腰掛けた。影人はレイゼロールの横に座るのが嫌だったので、闇の力でイスを1つ創造すると、それに自身も腰を落とした。

「端的に言おう。1時間ほど前、我は8つ目のカケラの場所がどこか察知した。だが、問題はその場所でな。我が察知したその場所。そこが示すのはイタリアのローマ。この世界に数ある破魔の都市の1つだ。ローマに入った瞬間、我の気配隠蔽は強制的に解除される。つまり、光導姫と守護者との戦闘は確実だ。そして、ここでもう1つ問題がある」

「・・・・・・・・何だよそのもう1つの問題って?」

 レイゼロールの説明に言葉を挟んだのは影人だった。影人のその問いかけに、レイゼロールはこう言葉を述べた。

「イタリアで戦闘があるという事は、が出てくるという事だ。現代の『光導十姫』、その頂点。奴ほどの光と聖の力を持つ光導姫は過去にはいなかった。そういう意味では、過去も含めて奴は最強の光導姫だろう」

「ッ・・・・・・・・・・!」

 レイゼロールの言葉を聞いた影人は、レイゼロールがいったい誰の事を言っているのか分かった。イタリアにいる世界最強の光導姫。それが示すのは、光導姫ランキング1位――

「・・・・・・奴の名は『聖女』。現在、我が最も危険視している、脅威となり得る光導姫だ。スプリガン、ゼノ。お前たちには我と一緒にローマに行ってもらう。頼みたいのは『聖女』の足止めだ」

 そして、レイゼロールはその名を、世界最強の光導姫の名を呟いたのだった。

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