第212話 カケラ争奪戦 アメリカ(5)
(ッ、レイゼロールの奴、5分はまだ経っていないが気配を特定できたのか?)
空に羽ばたいたレイゼロールの姿を見た影人はそう推測した。空を羽ばたくレイゼロールの姿を見たのは当然影人だけではない。ソニアもショットも黒フードの人物も、レイゼロールも影人同様にレイゼロールを見上げていた。しかし、当のレイゼロールは見上げる者たちは眼中にないように、真っ直ぐにどこかへと向かっていった。
「レイゼロール、いったいどこに・・・・・・・・あ、まさか・・・・ごめんなさい『狙撃手』! 私はレイゼロールを追うね! 『風よ、私に空を駆ける自由を』!」
レイゼロールがどこかへと向かっているのを見たソニアは、ここに来る前にソレイユから言われた事を思い出しながら、自身も空を飛んだ。レイゼロールはここ最近何かを探している様子がある。レイゼロールが何を探しているのかまだ正確には分からないが、きっと自分たちにとって良くない物である可能性が高い。ゆえに、出来るならばレイゼロールが探している物をどうにか入手して欲しい。ソニアはソレイユにそう言われたのだ。
「え、マジ? 取り敢えず分かったけど、1キロ以上先だと俺援護は出来ないぜ?」
急にそんな事を言われたショットは、ソニアの言葉を了承しながらも通信装置にそう言葉を吹き込んだ。ショットは狙撃を主とする少し特殊な守護者だ。そのため、ソニアと共に移動するのは難しい。ソニアも当然その事は理解している。「分かってる、ありがと!」とソニアは返事をした。
「・・・・・・・・ふん」
レイゼロールの後を追ったソニアを影人は見逃した。当然、ソニアがカケラを回収するという期待を込めてだ。光臨を延長したソニアならば、その可能性は大いにある。しかし、これは表向きの理由ではない。
「・・・・・さて、どうする黒フード。狙撃手がどう動くかどうかは分からないが、この場にいるのは一応俺とお前だけになったぜ」
表向きの影人がでっち上げた理由は黒フードがまだいたからだった。流石にソニアだけと戦っていたのならば、影人も追わなければレイゼロールから疑いの目を向けられてしまう。しかし、この場には危険度の高い黒フードの人物がいる。『フェルフィズの大鎌』を持つこの人物を足止めしていたという理由ならば、まあ疑いの目を向けられる事はないはずだと影人は考えていた。
(黒フードがまた現れたり、金髪が光臨を延長したり、イレギュラーがあったが何だかんだ都合がいい状況になった。ラッキーだな)
影人がそんな事を考えていると、影人の視線の先にいた黒フードに動きがあった。
「・・・・・・・・・・」
黒フードの人物はゆっくりと左手を影人に向けた。
「・・・・またそれか。確かに最初は多少驚いたが、もう飽きた。お前のその力は俺には通じない。馬鹿の一つ覚えは滑稽だぜ」
黒フードに左手を向けられた影人はどこか呆れたようにそう呟いた。確かに黒フードが手に入れた力は強力だ。しかしその力は影人や、影人と同じく『破壊』の力を扱えるレイゼロールなどといった者たちには通じない。
「・・・・・!」
黒フードの左手のガントレットに闇色のオーラのようなものが纏われる。重力がまた来る。影人がそう思い『破壊』の力を左手に付与させようと思った時、黒フードの人物は唐突に左手を下ろし、その裾から何かを取り出した。
そして、黒フードはその何かを地面に叩きつけた。次の瞬間、辺りに猛烈な白い煙が広がった。
(っ、煙幕? ・・・・・・逃げる気か!)
黒フードが煙幕を張った訳を悟った影人は、煙に向かって闇の風を起こした。闇の風はその風圧で煙を晴らしていく。
だが、既に黒フードの姿はなかった。
「ちっ、逃したか・・・・・・・・」
いい機会だから、そろそろあの黒フードが何者なのか確かめたかったのだが。影人は舌打ちをしながらそう呟いた。
(まあいい。今回の仕事は果たせたからな。さて、なら俺もレイゼロールと金髪を追うか。闇の力が世界に奔っていないって事は、まだレイゼロールがカケラを吸収してないって事だが・・・・・・せいぜい頑張ってくれよ、金髪)
影人は上空へと浮遊した。そして、レイゼロールとソニアが向かっていった方向へと空を駆ける。
(ソレイユ、悪いが金髪とレイゼロールのいる位置を教えてくれ。お前なら金髪の位置が分かるだろ?)
影人は念話でソレイユにそう言った。ロンドンの時とは違い、現在レイゼロールの気配は隠蔽されている。ゆえに影人には現在レイゼロールが正確にどこにいるか分からなかった。
『分かりました。と言っても距離はそれほど離れていません。ソニアとレイゼロールは空中で戦いを繰り広げています。そこから北東1キロほど離れた場所です』
(分かった。サンキュー)
ソレイユから2人がいる場所を教えられた影人は、礼の言葉を述べるとその位置目掛けて夜空を進んでいった。
「『音の流星群よ、レイゼロールに向かって降って』!」
一方、影人が追っているソニアとレイゼロールはというと、ソレイユが言うように空中で戦っていた。ソニアはマイクにそう言葉を飛ばす。すると目には見えない、浄化の力を宿した音の流星たちが、一斉にレイゼロールを襲った。
「無駄だ」
だが、レイゼロールは自分を完全に覆うように闇色の障壁を展開した。ソニアの音の流星は全てその障壁に阻まれた。
「・・・・邪魔をするな光導姫。いま貴様に構っている暇はない」
音の流星群が止んだ事を確認したレイゼロールは、虚空から闇色の腕を複数呼び出し、それをソニアへと向かわせた。ソニアは自分に向かって来る腕に対抗すべく、新たにマイクに言葉を吹き込む。
「『闇の
ソニアがそう言うと、ソニアを襲わんとしていた闇の腕は全て溶けるように虚空に消え去った。
「言葉を述べるだけで現象を現すか・・・・・厄介だな」
「そう言う割には厄介そうな表情には見えないけど。レイゼロール、あなたはいったいこの場所で何を手に入れようとしているの?」
互いに空中で浮かびながら対峙するレイゼロールとソニア。ソニアの言葉を受けたレイゼロールは、こう言葉を呟いた。
「・・・・・なるほど。ソレイユから中途半端に吹き込まれたか。闇奴の反応がなく我が現れた事でそう予測したか・・・・・・・」
レイゼロールは続けてソニアの言葉に対する答えを返した。
「お前に答える義理はない。我の邪魔をするというならば・・・・・消すだけだ」
「ッ!」
レイゼロールから発せられる氷のような殺気を浴びたソニアがその顔を厳しいものにする。いつでも対処できるようにソニアが一際強くマイクを握りしめた時だった。空中であるにもかかわらず、何者かがこの場へと乱入してきた。
「・・・・・具合はどうだ、レイゼロール」
「スプリガン・・・・・・・・」
空中の戦場に乱入してきたのは、先ほどまでソニアが戦っていた怪人であった。
「・・・・我らを追って来たという事は、あの『フェルフィズの大鎌』を持つ者は去ったか」
「そういう事だ。・・・・で、この状況だとまだカケラは手に入れてないみたいだな」
影人の事情を察したレイゼロールがそう言葉を述べる。ソニアを足止めしなかった説明を省けた影人は軽く頷くと、ソニアに視線を向けた。
「くっ・・・・・・・・」
ソニアは冷や汗を流しながらより厳しい顔を浮かべた。スプリガンとレイゼロール。1人だけでも信じられない程の強さを持つ者たちであるのに、今はそれが2人。正直に言って、この2人と2対1をして勝つのは絶望的だ。
「ちょうどいい。その光導姫の相手はまた貴様に任せる。我はカケラを回収しなければならないのでな」
レイゼロールは影人にそう言うと、翼をはためかせどこかへと飛び去っていった。
「っ、待っ――!」
ソニアが反射的にレイゼロールを追おうとする。だが、ソニアの行手を阻むようにスプリガンが立ち塞がった。
「そういうわけだ。悪いがまた俺が相手をしてやる」
「スプリガン、そこを退いて!」
立ち塞がった影人にソニアが焦ったように声を荒げる。だが、影人はここを退くわけにはいかない。いや、いかなくなってしまった。
(いや、俺も出来るなら退いてやりてえよ。でも、今ここで俺が金髪を通したら絶対にレイゼロールに疑われるしな。ちくしょう、タイミングが悪かったな)
影人はまだレイゼロールサイドを裏切るわけにはいかない。ゆえに、ここでソニアを通すわけにはいかない。実力的に、影人はソニアを通さない実力があるからだ。影人は今ジレンマのようなものを感じていた。仕方ないが、今回もまたレイゼロールがカケラを吸収する事になるだろう。
「さて、どうする『歌姫』。お前は既に俺の速さを知っている。何かマイクに向かって言葉を発するなら、その前にお前かお前のマイクを切り裂く」
「っ・・・・・」
影人は脅すようにソニアにそう宣言した。スプリガンの言葉を受けたソニアは、スプリガンをただ睨みつける事しか出来なかった。
ソニアが何も行動出来ずただスプリガンと対峙して1、2分ほど時間が経つ。そして、
世界に凄まじい闇の力の波動が奔った。
「・・・・・・・・吸収したか。なら、仕事はここで終わりだな」
少しだけ残念そうにため息を吐いた影人は、闇の波動の正確な中心地の場所がどこか感知すると、その方向に向かって空を蹴り、前方に「影速の門」を創造しそれを潜り超速の速度でどこかへと消えた。
「え、あ・・・・え?」
一瞬にして自分の前から姿を消したスプリガンの意図が分からずに、ソニアはただそう声を漏らす事しか出来なかった。
「・・・・・・・これで7つ目か。残りは3つ。いよいよ近づいてきたか・・・・」
近くにある白亜の巨塔――ワシントン記念塔のすぐ近くの地面を抉り、そこに埋まっていた拳1つぶん程の黒いカケラを砕き自身に還元させたレイゼロールは、どこか感慨深げにそう言葉を漏らした。この場所は光導姫から遠く離れているため、人避けの結界の範囲外であるが、夜も更けているためか周囲に人の姿はなかった。
レイゼロールがそう呟いて10秒ほどした時、夜空から何者かがこの場に飛来した。
「どうやらカケラは吸収できたみたいだな」
「ああ。おかげさまでと言っておくべきか」
レイゼロールの近くに降り立ったスプリガンの言葉にレイゼロールが頷く。レイゼロールはそのアイスブルーの瞳を金眼の怪人に向け、こう言葉を続ける。
「今回も光導姫や『フェルフィズの大鎌』を持つ者の介入というイレギュラーはあったが、よくやってくれた。もうここに用はない。戻るぞ」
レイゼロールは前方に闇色の、転移用のゲートを開いた。
「行き先は?」
「いつもの公園に設定しておいた。それとも我と一緒に拠点に戻るか?」
「いや、それでいい」
影人は軽く頷いてそう言った。現状、影人は長距離間の転移はソレイユの転移でしか出来ない。そのための確認だ。
レイゼロールと影人がゲートを潜ろうとした時、空から声が降って来た。
「待ちなさい! 逃がさないんだからッ! 『レイゼロールとスプリガンは――!』」
その声の主はソニアだった。ソニアはレイゼロールと影人を睨みながらこちらへと向かって来る。
「ふん。もう遅い。全てがな」
レイゼロールはソニアの姿を一瞬確認すると、興味なさげにそう呟きゲートを潜った。影人も最後に心の内でソニアにこう言ってゲートを潜った。
(あばよ、金髪。もし、次にまたお前に会う事があるとすれば・・・・・・それはきっと今日と同じ、スプリガンとしての俺だろう)
ソニアが何か言葉を発する前に、レイゼロールと影人は完全に闇の中へと姿を消した。そして、闇色のゲートは虚空へと収束し消えた。
「っ・・・・!」
地上に降りたソニアは悔しげな表情を浮かべた。それはソレイユの指示を守れずに、レイゼロールやスプリガンを逃してしまった事に対する悔しさからだけではなかった。
(スプリガン・・・・・・光臨しても、全然歯が立たなかった。私も、もっと強くならなきゃ・・・・!)
ソニアはスプリガンに実質的に負けた事も悔しかった。
――アメリカ・カケラ争奪戦。レイゼロールが7つ目のカケラを吸収した事により終了。
「・・・・・・・・・レイゼロールがまたカケラを吸収したか」
神界。暖かな青い光が満ちる自身のプライベートスペースで、そう呟いた1柱の神がいた。守護者の神、ラルバだ。ラルバは険しい顔でため息を吐いた。
(マズイな。カケラはレイゼロールの力の結晶体。吸収していくごとにレイゼロールは力を増していく。その度に、レイゼロールをどうこうする事は難しくなる。それにスプリガン。奴が明確にレイゼロールサイドに属した事も厄介だ。あいつのせいで・・・・・・・・・)
ラルバは状況が悪くなっていく事に憤りを、焦りを感じていた。レイゼロールが全てのカケラを吸収し、『終焉』の力を取り戻せばそこで詰みだ。あの力を持ったレイゼロールは『フェルフィズの大鎌』の力と同様に全てを一瞬にして殺せる。ほとんど無敵の存在だ。そうなれば、どのような存在だろうと手出しは出来ない。
(ただ、まだチャンスはある。俺には感知出来なかったが、なぜかソレイユは今日も中国の時もレイゼロールの気配を察知できた。レイゼロールは気配を隠蔽しているはずなのに。ソレイユは自分の感知の力が成長したからだと思うって言ってたが、正直何か怪しい。だがいま重要なのは、レイゼロールの位置を知れるという事。それは即ち、チャンスがあるという事だ。・・・・・・・・・・・レイゼロールを殺すための)
ラルバはそこまで考え、自分の斜め後ろに佇む1人の人物にこう言葉を掛けた。
「悪いね、君にばかり迷惑をかけて。やっぱり、レイゼロールとスプリガンを殺すのは難しいな」
「・・・・・・・・・・」
ラルバが視線を向けた先にいたのは、黒いローブを纏い黒いフードを目深に被った人物だった。左腕には鎖が巻きついた黒いガントレットを、右手には刃までも黒い大鎌を持っていた。その人物は、先ほどまでレイゼロールやスプリガンと戦っていた者だった。
「だけど、契約は果たしてもらうぜ。君は既に俺と契約を・・・・・暗い契約を交わしたんだから。なあ、
「・・・・・分かってますよ。今更ケツなんかまくりゃしません。流石の俺も、それくらいの覚悟は決めてるんすよ」
ラルバにそう言われた黒フードの人物は、どこか軽薄な口調で言葉を返した。そして、左手でそのフードを外した。
「まあ、面倒くせえとは思いますがね」
その少年はヘラリとした笑みを浮かべていた。軽薄という言葉が似合うその少年は、黒髪の少し長い髪の少年だった。
――少年の名は
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