第210話 カケラ争奪戦 アメリカ(3)

「っ・・・・・・・!」

 ソニアから発せられる輝きに目を細める影人。こんな時だというのに影人は内心で、「何で光導姫といい、シェルディアが召喚した竜たちといい、変身したりパワーアップする奴は光るんだ」と半ばキレ気味に思っていた。影人も変身する時は黒い輝きを放つが、これほど眩しくはない。いつか失明したらどうしてくれるんだと前髪は思った。

 そんなどこかメタ的な事を思っている間にも、光は収まっていく。そして、その中心にいたソニアは――

「――お待たせ♪ 衣装チェンジ完了だよ♪」

 明るい笑顔を浮かべながら、影人にそう言ってきた。

 ソニアの衣装は本人が衣装チェンジと言うだけあって、光臨前とはかなり変わっていた。光臨前のソニアの衣装は日本のどこかアイドル然としていた衣装で、学生服を可愛らしく改造したような感じだった。だが光臨後は白いドレスを基調とし、所々にオレンジ色の刺繍が入った、まさしくプリンセスのような衣装になっていた。

「・・・・・・・はっ、衣装が変わっただけなら意味はないぜ。そこに強さが伴わないとな」

 ソニアの言葉を皮肉るように影人はそんな言葉を掛けた。もちろん光臨して衣装が変わっただけという事はあり得ない。ソニアの光導姫としての能力も強化されているはずだ。影人のこの言葉は皮肉る以外の目的は何もなかった。

「じゃ、しっかり見せてあげないとね。私っていう存在を。さあ、ライブを始めるよ! 来て、私のマイク!」

 ソニアは負傷している左腕から右手を離すと、右腕を平行に伸ばした。すると、ソニアの右手の先に光が生まれ、その光が徐々に先端が丸く細長い棒のようなものへと変わっていった。そして、光はやがてメタリックオレンジのマイクへと姿を変えた。

「まずは・・・・・『私の体を癒やして』♪」

 ソニアがマイクを右手で握り、マイクに向かってそう言葉を発した。すると不思議な事に次の瞬間、ソニアの負傷した左腕に暖かな光が宿り、銃弾で血塗れになっていたソニアの左腕は完全に治癒され、元通りになった。

「っ・・・・!? 治癒能力の会得か・・・・・・・・!」

 その現象を目の当たりにした影人は、ソニアの光臨後の強化された力が回復の力だと予想した。確かに回復されるというのは厄介だなと、影人は素直に思った。

『いいえ、それだけではありませんよ。「光臨」した「歌姫」の力はこんなものではありません』

 だが、影人の予想を否定するように影人の中にソレイユの声が響いた。影人はそれがどういう意味かソレイユに聞きたかったが、その前にソニアは続けてマイクにこう言葉を与えた。

「次は、『スプリガンは動けない』♪」

 ソニアがそう言った瞬間、

「っ・・・・・・・!?」

 影人の体はまるで金縛りにあったかのように、突然動かなくなった。

(なんだ何が起きた!? 金髪が俺が動けないと言った瞬間、体が動かなくなりやがった! いや、今は原因を考えてる場合じゃない。この状況を早く何とかしないと・・・・・!)

 急に体が動かなくなった事に、さすがの影人も混乱した。戦場で動けないというのはマズイどころの話ではない。それに今は――

「おっ、『歌姫』が光臨したか。なら、チャンスだな」

 狙撃ポイントを移動していたショットは、スコープを通して影人とソニアのいる戦場の状況を把握した。ソニアが光臨した事を察したショットは、スコープの中にスプリガンを捉え引き金を引いた。

 ショットが引き金を引いたのは、スプリガンが金縛りにあっているからと、知っているわけからではなかった。ソニアの光臨した力を知っているショットは、単純にこの機会に再び攻勢を掛けようと思い、引き金を引いた。

『おい影人、お前から見て斜め上左方向から銃弾だ。眼を強化してるから時間はまだあるが、早めに対応しろよ』

(っ! やっぱり撃ってくるかよ・・・・! イヴ、悪いが俺の体に黒騎士を纏わせてくれ。後、俺の体の一部分に『破壊』の力を頼む。俺は今、何かの力を受けて身動きが取れない)

『ああ? なんだよそれ。ったく、世話のかかる奴だな』

 イヴからの忠告を再度受けた影人は、ついでにイヴにそう頼んだ。別に金縛りを受けているといっても、影人は力を内面で扱うから力が使えないという事はない。この頼みは本当についでの頼みだった。

 イヴが渋々了承した直後、影人の全身に凶々しい闇色の甲冑のようなものが纏われた。いつぞやのゼルザディルム、ロドルレイニ戦で使用した黒騎士形態だ。正式名称は『黒騎士、闇の衣』だが、正直そんな情報はどうでもいい。

 影人に闇の甲冑が纏われた瞬間、影人の胸部中央付近に弾丸が着弾した。弾丸はガキンッと派手な金属音を響かせながら、地面へと落ちる。

(っ、よし動くぜ。やっぱり、黒フードの重力攻撃と破り方は一緒か)

 弾丸が弾かれた後、右手に『破壊』の力が宿る感覚がした。すると、それまでの金縛りが嘘かのように、影人の体は自由に動かせるようになった。

「奇妙な技を掛けてくれたな・・・・!」

 体が元通りに動くようになった影人は、左手に剣を創造すると、ソニアに向かって駆け出した。

「わっ、動けないようにしたのにもう動けるなんて・・・・・・・流石だね。じゃあ・・・・・・・」

 金縛りを破った影人に一瞬驚きを露わにしたソニアだったが、すぐに驚きから立ち直ると、マイクにこう言葉を吹き込んだ。

「スプリガン、『堅苦しい鎧なんか脱ぎ去って』、『七色の音の流星をその身に浴びよう』♪」

 ソニアの言葉が響いた直後、またも不思議な事が影人を襲った。解除していないのになぜか黒騎士形態が解除されたのだ。

(今度は黒騎士形態の強制解除だと? 本当に意味が――)

 影人がソニアの能力にまた疑問を抱いていると、突如として影人の体を7つの衝撃が襲った。

「がっ・・・・・!?」

 まるで見えない何かに激突されたような感触と鈍痛が影人を打つ。骨が軋み、あるいは砕けるような音が聞こえて来る。見えない何かに同時に7回激突された影人は宙を舞い、後方へと吹き飛んだ。

「げほっ! がはっ・・・・・・・!」

 地面に激突した影人は、片足を地につけながら血を吐いた。あれ程の衝撃だ。どうやら内臓までダメージが届いていたようだ。

(ちくしょうが・・・・・・・・中々どうして、やるじゃねえか金髪・・・・・・・)

 影人は自身が今受けた不可視の衝撃によるダメージを即座に回復させると、口元の血を拭い立ち上がりソニアを睨みつけた。

(そして、分かったぜ。光臨した金髪の能力が。あまりに強すぎる能力なんで、まだ信じられはしないがな・・・・)

 初め、ソニアはマイクに向かって自身の体を癒やしてと言った。すると、ソニアの左腕の傷はたちまちに癒えた。

 次に、ソニアはマイクにスプリガンは動けないと言った。すると、影人は金縛りあったかのように動けなくなった。

 そして今、ソニアは影人にこう言った。堅苦しい鎧なんか脱ぎ去って、七色の音の流星をその身に浴びようと。堅苦しい鎧とは黒騎士形態の事だろう。七色の音の流星は見えなかったので確証はないが、影人の体を襲った7つの不可視の衝撃だと考える。そこから見えて来るソニアの能力、それは――

「マイクに吹き込んだ言葉を、・・・・・・・・それが光臨したお前の能力か、『歌姫』」

「あはは、まあここまでしたら流石にバレちゃうか」

 影人が述べたその事実を、ソニアは肯定するかのように笑みを浮かべた。

『そうです影人。それこそがソニアの真の力。いくつかの制限は無論ありますが、言葉をマイクに吹き込むだけで、その事象を引き起こす。その破格の力ゆえに、ソニアはランキング2位なのです』

 ソレイユも影人の言葉を肯定した。確かに光臨後の能力とはいえ、それ程までの能力ならば、『提督』よりも上という事は納得だと影人は思った。

「・・・・・はっ、だが俺に死ねとか戦闘能力を無効にするとか言わなかった事を考えると、お前の能力には制限があるようだな。それが叶うのならば、お前は最初にそういった類の、自分の勝ちが確定するような事を言っているはずだ」

 ソレイユの言葉を参考にしながら影人はソニアにそう言葉を掛けた。そう、一見無敵の能力に見えるソニアの能力には何かしらの制限かルールがある。影人のおよそ万能な力にも出来ない事はある。それはソニアも同じはずだと、影人は考えていた。

「すごいね、スプリガン。この一瞬でそこまで見抜いちゃうんだ。君に詳しくは言わないけど、確かに私の能力にはいくつかの制限やルールがある。・・・・・・でも、それを抜きにしても私の能力はかなり強いよ」

「ふん。それが自惚れじゃないのは分かるが・・・・舐めるなよ『歌姫』。お前はまだ俺の、俺の力の深淵を知らない。どっちの能力が強いか試してみようじゃねえか」

 強気な笑みを浮かべながらそんな事を言って来たソニアに、影人も不敵に笑いながらそう言葉を返した。確かにソニアの能力には驚かされたが、スプリガンの力ならばソニアの能力に対応する事は可能だ。その証拠に、先ほどソニアの能力による金縛りを影人は自身の能力で破る事が出来た。

(それに今のこの適当な問答で少し時間が稼げた。金髪、光臨したお前にとって1分1秒は値千金のはずなのに、ありがとな。俺と問答してくれて。おかげで、多少有利になった)

 影人は内心でニヤリと笑う。光臨は強力な力だが、10分という制限時間がある。制限時間になると変身が強制解除され、光導姫は無力な存在となる。ゆえに、光臨した光導姫に対する対処法として1番有効なのは時間を稼ぐ事だ。

(どちらにしろ、俺の仕事はレイゼロールがカケラの気配を探るまでの時間稼ぎ。なら、ゆっくりと戦わせてもらうぜ金髪)

 影人は自分の周囲の空間から、異形の怪物や闇の騎士といった、闇のモノたちを呼び出した。ざっと70体ほど。闇のモノたちはソニアの姿を確認すると、全員ソニアに向かって突撃を開始した。

「っ、こんな事も出来るんだ・・・・でも、『誰も私に触れる事は出来ない』♪」

 ソニアがマイクにそう声を入れる。するとソニアを囲むように、ドーム状の光の障壁が展開された。闇のモノたちはその障壁を破ろうと爪や剣で攻撃するが、障壁はビクともしなかった。

「『私を襲う怪物たちは、全て光に包まれ消え去る』♪」

 能力により、ソニアの言葉が現実の事象に変化する。影人が召喚した約70体の闇のモノたちは、突如白い光に包まれ始めこの世界から消え去った。それは、あまりに一瞬の出来事だった。

(この程度の奴らなら問答無用で消すか。なら次は・・・・・・・)

 影人は再び透明化を使用した。今の影人の目的は時間稼ぎ。積極的に攻撃する必要はない。透明化は先ほど破られたが、影人はある事を試したかった。

「あらまた消えちゃったか。案外恥ずかしがり屋さんなんだね。でもそれは意味ないよ。『スプリガンはその姿を私の前に現す』♪」

 消えた影人に対してソニアはそう言葉を放った。するとその次の瞬間に、影人の透明化は解除されてしまった。

(っ、やっぱり透明化は黒騎士と同様に解除されるか。簡単に言うと、敵のバフを消せるって事か)

 透明化が解除された影人はソニアの能力について取り敢えず1つそう理解した。

「後はついでに、『私とショットの声を繋ぐ』、『ショットにこの戦場を俯瞰する光景を見せる』♪」

 ソニアは離れた位置にいる守護者をバックアップするべく能力を使用した。すると、ソニアの右耳にインカムのような装置が装着された。そして、それは離れた場所にいるショットの右耳にも同時に装着された。

「ハロー、『狙撃手』。聞こえてる?」

「ああ、バッチリな。後、モニターもありがとさん。あんたの事だから、バックアップはしてくれると思ってたが助かったよ『歌姫』」

 ソニアの言葉にショットは右耳の通信機に向かってそう言葉を返した。急に右耳に何かが装着されて、自分の斜め前の空間に投影された戦場の映像が出てきた事には多少驚いたが、ソニアの言葉でショットはそれがソニアの援護だと気がついた。

「あんたのおかげで格段に狙いやすくなった。後は好きに動きな『歌姫』。俺が今まで以上に援護するからさ」

「うん、ありがと♪ よーし、ここからが私のライブの本番だ。『来て、私の楽団』♪」

 ソニアがそう言うと、ソニアの周囲の空間からぼんやりとした白い人影が複数人、いや何十人と現れた。その人影はそれぞれ楽器を携えていた。ギターやドラム、ピアノ、それにバイオリンやチェロ、シンバルなどといった、多種多様な様々な楽器だ。いったい何が始まると影人は身構えた。

「さあ、奏でてみんな。『攻撃の歌ストライクソング全演奏オーケストラ』♪」

 ソニアがそう言葉を述べると、

「〜♪ 〜♬ 〜🎶」

 白い人影たちが一斉に楽器を演奏し始めた。

「っ・・・・・!」

 その演奏は一言で言えば激しかった。本来ならば、楽器の種類の多さで不協和音になるはずのその演奏は不思議となぜか纏まっていた。

 だが、問題はそんな事ではない。白い人影の楽団が演奏した直後、周囲の空間が突如として弾け始め、幾重もの衝撃が影人の体を襲ったのだ。

「がっ・・・・・・・!?」

 先ほどの7つの衝撃よりは1つ1つの衝撃は弱い。だが、何重にも重なる事によってその衝撃は先ほどの衝撃よりも強力になっていた。

 更に不幸な事に、

「そらよっと」

 同時にショットも2発ほどスプリガンに向けって銃弾を放っていた。2発の銃弾は正確に影人の体に向かって飛んでいく。

「くそがッ・・・・・・・・!」

 衝撃から逃れられない影人は幻影化を使用した。影人の肉体が陽炎のように揺らめき、霧のようにその場から流れていく。幻影化は力の燃費が最悪だが、そのぶん絶対にどんな攻撃だろうと回避できる。影人はその力を使った。

 流石に幻影化だけはソニアにもどうにも出来まい。影人はそう考えていた。

 しかし、影人はその考えが甘いという事を思い知らされる事になる。

「また不思議な力使ってるね。でも、逃げてほしくはないな♪ 『スプリガンの体は実体化する』♪」

 ソニアがそう言葉を放つ。すると、霧のように変化していた影人の体はその場で実体化した。

「なっ・・・・!?」

 これには影人も思わずそう声を漏らした。まさか幻影化までも阻害されるとは思っていなかったのだ。

「ぐっ・・・・!?」

 そして実体化したという事は、再び影人の体に不可視の衝撃が襲いかかるという事。影人は全身にまた何重もの衝撃を感じながら後方へと吹き飛ばされる。銃弾は幸いにも幻影化で少しは移動していたので、当たる事はなかった。

(ち、ちくしょうが・・・・・・・・軽いミンチにされた気分だぜ・・・・・・)

 全身をボロボロにされた影人は、また回復の力を使い自身の肉体を治癒した。演奏は未だに続いているが、有効距離があるのか不可視の衝撃は今は影人の肉体を打ってはこなかった。

(まさか幻影化まで破られるとはな。本当、信じられない気分だぜ。別に舐めてはいなかったが、光臨した金髪が予想の100倍強い。正直、光導姫にここまで苦戦させられるのは初めてだ)

 影人は警戒しながらソニアへと目を向ける。光導姫ランキング2位『歌姫』のソニア・テレフレア。その実力は本物だ。

『ふふん、どうです影人。ソニアは凄いでしょう』

(何を呑気にドヤってやがんだクソ女神。ムカつくからやめろ。っていうかお前よく俺にそんな事言えんな。頭沸いてんのか?)

 急にそんな事を言って来たソレイユにそう言葉を返しながら、影人は現在の状況を改めて思考する。

(大体金髪が光臨して6分くらいってとこか。なら、あと4分耐えるか金髪が光臨を解除すれば、実質的に俺の勝ちだ。光臨前の金髪の能力は大した事はなかったからな。なら、なんとか後4分耐えるか)

 影人がそんな事を考えている間、ソレイユが『このクソ前髪! 誰の頭が沸いていると言いましたか!』と言って来たがそんなものは無視だ。バカな女神に構っているほど、いまの影人に余裕はない。

(そういえばレイゼロールの奴はまだか? まだカケラの気配を探るのに時間が掛かってるのか。それとも・・・・・・)

 レイゼロールがまだ姿を現さない事に、影人は少し疑問を抱いた。思い出されるのは中国戦。あの時、途中から黒フードの人物が現れた。もしかしたら、レイゼロールはどこかで黒フードの人物と戦っているのかもしれない。影人がふとそんな事を思った時――

「っ・・・・・!」

 影人の後方から何者かが派手に転がって来た。その人物は影人がいま思い浮かべていた、大鎌を持ち黒いフードとローブを纏った人物だった。

 そして黒フードが転がって来た場所から現れたのは、

「・・・・・・・・ふん。やはり、貴様ではまだ我を殺せそうにはないな」

 睥睨するかのように黒フードの人物を見つめるレイゼロールだった。

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