第209話 カケラ争奪戦 アメリカ(2)
「・・・・・・・・・・残念か。それはお前の勝手な言い分に過ぎないな、光導姫」
内心でソニアとの再会について少し思いを巡らせていた影人だったが、そんな事は表には出さず、あくまでスプリガンとしてソニアにそう言葉を返した。
「あはは、まあ確かにこれは私の勝手な押し付けだけどさ・・・・・でも、それでも私は君に期待してたんだよ。君が私たちと一緒に戦ってくれるかもしれないって」
スプリガンにそう言われたソニアは苦笑いを浮かべる。ソニアの衣装は釜臥山で見た時と同じ、日本のアイドルと似た服装だ。制服を改造したような可愛らしい感じの衣装とでも言えばいいか。
「・・・・・だから、それが勝手な言い分だと言っている。お前のくだらない理想を俺に押し付けるな」
影人はソニアに向ける視線を少し厳しくした。苛ついている雰囲気を出すために。もちろん本気で苛ついてはいない。あくまでこれは演技だ。それらしい感じにするための。やはり、スプリガン時でもこいつはどこまで行っても前髪なのだなと感じさせられる。終わりである。
「レイゼロール、下がれ。出来ればしばらくどこかに身を隠せ。そして、そこで気配を探れ。この場は俺が引き受けた」
影人はレイゼロールに小さな声でそう言った。光導姫が現れてしまったからだ。まあ、影人は絶対に現れると知ってはいたが、一応表向きこの事態はまた予想外の事態でもある。ならば、先程レイゼロールにも言われた通り、影人の役目は光導姫たちを足止めして、レイゼロールがカケラの場所を特定する時間を稼ぐ事。中国の時と同じだ。身を隠せと言う言葉は、近くに狙撃手がいるからという単純な理由だ。
「・・・・ならば任せた。我は少し身を隠す。・・・・・・・・頼んだぞ」
レイゼロールは影人の言葉に頷くと、透明化で姿を消し、ドーム状の障壁を解除してどこかへと移動した。
(透明化か。確かに狙撃手相手にはかなり有効だな。俺も後で使うか)
影人は狙撃手相手への対抗策を考えながらも、ソニアを見つめこう宣言した。
「来いよ『歌姫』。俺がお前たちには計れない深淵だって事を教えてやる」
「じゃあ、私はあなたを計れるように理解するよ。この戦いを通して、ね♪」
不敵に笑みを浮かべるスプリガン。それに対してソニアは明るい笑みを浮かべた。
始まるはアメリカでのカケラ争奪戦。相対し今から戦いを繰り広げるは、影人とソニア。それは一種の運命か、はたまた皮肉か。
それはとにかくとして、
スプリガン対『歌姫』の戦いの幕は上がった。
「んー? レイゼロールの姿が消えちゃったか? おいおいマジかよ。これじゃあ、レイゼロールは撃てねえじゃん」
影人とソニアが相対している市街地の道路から約1キロほど離れた、とある建物の屋上。そこでライフルのスコープを覗いていた1人の男――守護者ランキング8位『狙撃手』のショット・アンバレルは、スコープから一瞬顔を上げるとそうボヤいた。
「というかせっかく夜間の中ヘッドショット決めたってのに、意味なかったの最悪すぎる。いやまあ、死なないってのは知ってたけどさ・・・・・・」
軽くため息を吐くショット。この呟きからも分かる通り、先程レイゼロールの頭部を狙撃したのはショットだ。ショットからしてみれば、狙撃が難しい夜間で1キロも離れた目標の頭部を撃ち抜けたのは、かなり自信がついた事だったのだが、数秒後に何事もないように対策されてしまったので、自信が一瞬で砕かれた。全く以て、狙撃手泣かせの標的だ。
「ま、切り替えていくか。幸いまだ狙える標的はいるし。何か対策しても、きっと『歌姫』が何とかしてくれるしな」
ショットは明るくそう言うと、黒の迷彩マント(どちらかと言うとポンチョだが)をはためかせ、再び自身の守護者としての武器である黒いライフルのスコープを覗きこんだ。
「しっかり狙い撃ってやるよ、黒い妖精さん」
そして、スコープの中に映るスプリガンを見つめながらニヤリと笑った。
(さて、まずは時間稼ぎだな。ソレイユ、金髪・・・・『歌姫』には今回の事情は説明してあるのか?)
『――はい。ソニアにはあなた達の元に送る前に1度神界に呼んで今回の状況を説明しました。レイゼロールは何かを探しているかもしれない。そのため、レイゼロールが何かを見つけた時、またその
影人の内心での言葉にソレイユはそう答えた。その言葉を聞いた影人は了解の念話を返す。
(分かった。ならその事を考えて適当にやるか)
影人はまず自身の体を透明化させた。そして障壁を解除する。ここまではレイゼロールと同様の行動だ。ただ、影人はレイゼロールとは違いここから攻撃を仕掛けるが。
「ッ! ワーオ、スプリガンも消えるんだね・・・・」
「げっ、嘘だろあいつも消えんのかよ!」
姿を消したスプリガンに、ソニアと離れた場所にいたショットがそう声を漏らす。特に、狙撃手であるショットは絶望したような声だった。
(金髪の能力は確か歌を媒介にした能力だったな。その能力の全貌を知ってるわけじゃないが・・・・・・・・姿が見えない敵相手にお前はどう対応する、『歌姫』サマよ)
釜臥山で影人は少しだけソニアの能力を見た事がある。影人があの時見た感じでは、ソニアは近接型というよりも中から遠距離型だった。ならば、近距離まで近づけばソニアは不利になるはず。影人はそんな事を考えた。
足音と気配を消し、影人は徐々にソニアに接近していった。ソニアへの距離残り20メートル、15メートル、そして10メートル――
「どこから来るからは分からないけど・・・・・それなら、全方位を攻撃すればいいだけだよ♪」
姿を消して敵が近づいてくるという状況。それは普通ならば緊張し、恐怖する状況だ。しかし、ソニアは変わらずに明るい笑みを浮かべると、大きく息を吸い込んだ。
「
ソニアが歌を歌い始める。情熱的でどこか荒々しさを感じる激しい歌だ。その歌声が響くと同時にソニアの周囲の空間が、無作為に弾け始めた。
(っ・・・・・・・!? 無差別攻撃か・・・・!)
影人はソニアの意図を理解した。無作為の全方位への攻撃。無茶苦茶ではあるが、確かにこの方法は透明化への1つの対抗策だ。
(どこが弾けるか分からないから、速さは意味を成さない。予測が出来ないからな。ちっ、仕方ねえ)
今はまだ運良く影人に攻撃が当たっていないが、透明化をしたまま攻撃を受けても、虚空を叩く音と影人の体を叩く音の違いから影人の位置が特定されてしまう。もちろん、当たらずにソニアに近づければそれが1番いいが、それは不確定だ。ならば、結局は透明化を解除するしかない。影人はソニアの背後に移動し透明化を解除すると同時に、右手に闇色の拳銃を創造した。
(悪いな金髪。片腕のどっちかはもらうぜ)
影人はその拳銃をソニアの左腕に向け、早撃ち気味に何の躊躇もなく発砲した。
現在の影人は表向きはレイゼロールの仲間。光導姫と敵対しなければならない。ゆえにポーズは必要なのだ。スプリガンはちゃんと光導姫と戦い傷を負わす人物であると。
だが、影人が本当に属しているのは光導姫や守護者と同じいわゆる光サイド。光導姫や守護者を殺す事は出来ない。ゆえに、負傷を負わせる事が影人の限界だ。
しかし、ソニアにはあわよくばレイゼロールのカケラを回収してもらいたい。そのためには移動手段である足を傷つけるわけにはいかない。胴体は重要な臓器が集中しているため狙うわけにはいかない。ならば、場所は腕に限られる。腕ならば撃たれてもすぐには死なないだろうし、動く事も可能だ。それに、負傷は最悪ソレイユが治癒してくれる。ゆえに、影人はソニアの左腕に発砲した。
影人は気がついてはいなかった。決して殺しはしないという事と、ソレイユの治癒という安心材料があるからといって、昔からの顔馴染みを躊躇なく撃てるという事が、全く普通ではないと。それは、いつしか影人がゼノに抱いた「死なないからといって、よくもまあ仲間を躊躇なく壊せる」という思いと同質のものだ。あの時影人はゼノに異常性を感じていたが、影人も他人から見れば、きっと異常だと思われるはずだ。
まあ、それに自分自身で気づいていないという事が、やはり帰城影人という少年は既に精神面が一部壊れているという一種の証明なのだが。
「っ!?
背後からの発砲音に気がついたソニアが、歌を自身の身を守るものに切り替えようとした。しかし、弾丸の速度には間に合わずに――
「〜ッ!?」
ソニアの左腕は弾丸に貫かれた。ソニアは弾丸に腕を撃ち抜かれた激痛に顔を顰め、右手で左腕を掴んだ。腕からは赤い血が流れ出る。
「ッ、『歌姫』!? 野郎、ウチの国が誇る歌姫に・・・・・・・・!」
スコープに負傷したソニアを捉えたショットは、ソニアに弾丸が飛んできた位置からスプリガンの場所を捕捉すると、ライフルをスプリガンに向けた。そして、スコープ内にスプリガンの姿を確認すると、ショットはその引き金を引いた。
発砲音と共にマズルフラッシュが煌めく。放たれた弾丸は約1キロ先のスプリガンの頭部を狙い、真っ直ぐに飛んだ。
『影人、お前から見て左方向から真っ直ぐに弾が飛んで来る。頭を狙ってな』
(分かった。サンキュー)
影人の中にイヴの忠告が響くと同時に、影人は自身の眼を闇で強化した。瞬間、世界がスローに映る。反応速度を爆発的に上げる事による、疑似的な体感時間の延長効果だ。
(避ける必要は・・・・・ねえな。少しやってみたかった事でもするか)
影人は顔を左に向け自分に向かって来る弾丸を視認すると、左手に『硬化』の力を施した。そして、左手を伸ばし、左手でライフルの弾を掴んだ。
(っ! 熱っつ!? ちくしょう熱の事忘れてたぜ・・・・・・・)
回転する弾は『硬化』された影人の手の中で完全に勢いを失い静止した。しかし、弾丸はそれ自体が熱を持っており、影人は左手を火傷した。だが、それは態度には出さない。スプリガンが「熱ッ!?」とか言って弾丸をすぐ捨てたら、それはダサい。スプリガンのイメージにはそぐわないからだ。だから影人は死ぬ気で熱さを我慢した。こんな時だけ根性を見せる前髪である。
「ふん・・・・・・・・・」
影人は弾が放たれてきた方向に見せつけるように、掴んだ弾丸を地面に落とした。カランと弾丸がコンクリートに落ちる音が響く。
(よし、やったぜ。人生で1回はやってみたかったんだよな、銃弾を掴むやつ。ふっ、決まったな)
内心でドヤ顔をしながら、別の意味で精神が壊れているアホの前髪不審者妖精野郎はそんな事を思っていた。本当にこいつは頭がどうかしている。しかも、ちゃっかり左手の火傷は治癒させていた。ダサい奴である。火傷くらい我慢しろバカ野郎。
まあ本当にヤバいのは、こいつが昔馴染みの女子の左腕撃っといて即座にこんな気分になれるというところなのだが。精神構造が人として終わっている。
「ジーザス・・・・・! ふざけてんのかよ・・・・!」
弾丸を素手で受け止めるという、普通ならば有り得ない光景をスコープ内から見たショットは、そう言葉を吐き捨てた。
「・・・・・・近距離が得意でもないのに1人で俺と戦おうとするからそうなる。援護があるといっても、俺と1対1で戦うなら『提督』クラスの戦闘力がいるぜ、『歌姫』」
影人は狙撃に依然警戒しながらも、右手の銃をソニアに向けつつそう言葉を放った。これは別に格好つけの言葉ではない。影人の本心の言葉だ。
確かにソニアは強いのだろうと影人は思う。ランキング2位、『提督』より上という事はそういう事だ。いつしかソレイユが言っていたが、ランキングは浄化の力の強さ、戦闘能力、闇奴や闇人を浄化した数、つまり総合的な実力で決まるとの事だ。
しかし、『提督』ほどの強さは感じない。ソニアはきっと『提督』などとは違い1対1などはあまり向いていないタイプの光導姫なのだろうなと、影人は思った。
『――影人、それは違いますよ』
だが、ソニアに言った影人の言葉に反応したのか、ソレイユがそう念話してきた。
(あ・・・・・? どういう意味だよソレイユ)
『あなたはソニアの実力を見誤っている。規格外の光導姫である「聖女」に1番近い位置に存在し、あの「提督」の上にいるという意味を、あなたは理解していない。あなたにこんな事を言うのは少し変ですが・・・・・・・・「歌姫」を舐めないでください』
ソレイユは影人にそんな言葉を与えた。ソレイユの言葉が影人の中に響いた直後、ソニアは苦笑いを浮かべた。
「あはは・・・・まあ、君の言う通りだよ。通常形態の私は1対1の戦いにはあまり向かない。でも、私はこれでも一応ランキング2位なんだ。少しは矜持がある。舐められっぱなしじゃ・・・・・・・いられないよね♪」
ソニアは腕を撃たれた痛みがあるはずなのに、明るく笑った。その笑顔は明るい笑顔であるはずなのに、影人はなぜかゾクリと一瞬寒気を覚えた。
「私の全力、君に見せるよ」
ソニアは不敵に笑うと、こう言葉を続けた。
「我は光を臨む。力の全てを解放し、闇を浄化する力を」
「っ!?」
その言葉を聞いた影人の顔色が変わる。その言葉を直近で聞いたのは、影人が観察に徹していたダークレイ戦。そこで影人はその言葉を聞いた。陽華と明夜の口から。
ソニアに七色の、虹のような色のオーラが纏われた。そして、ソニアはその言葉を放った。
「――光臨」
その言葉が放たれた瞬間、ソニアを中心に圧倒的な光が放たれ、夜を照らした。
「っ・・・・・この光は・・・・」
影人とソニアが戦っている場所から少し離れた場所に移動していたレイゼロールは、突如として発生した眩い光に軽く目を細めた。
(『光臨』の光・・・・・・・・どうやら、あちらは少し厄介な事になっているようだな)
レイゼロールはその光が何の光なのか知っていた。それは一部の光導姫が放つ、力の全てを解放する輝きだ。
(だが、光導姫の相手はスプリガンに任せてある。奴ならば、『光臨』した光導姫に遅れをとる事はあるまい。そして、今はそれよりも・・・・・・)
レイゼロールはその視線をある場所に向けた。レイゼロールが今いる場所は、影人とソニアがいる戦場から40メートルほど離れた民家の裏庭だ。狙撃ポイントからは出来るだけ外れた場所を選んだつもりだ。
「・・・・・・・・・出てこい。いるのだろう?」
レイゼロールは現在透明化を解除している。力を使いながらカケラの気配を探るのは難しいからだ。ゆえに声を出しても問題はなかった。
レイゼロールが視線を向け言葉を放ったのは、街路樹の1つ。レイゼロールは気配を探る途中から気がついていた。その場所に何者かがいる事を。前回の中国戦の時に、スプリガンに最低限の注意力は残せと言われた為、レイゼロールはその事に気がついたのだった。
「・・・・・・・・・・・」
レイゼロールの言葉で隠れていても無駄だと悟ったのだろう。木の陰から1人の人物が現れた。どこぞの怪人と同じく黒が特徴の、闇に紛れるような黒いフードを被り、黒いローブを着た人物だ。左手には黒いガントレットを装着し、右手はガントレットを装備していない。素手だ。だがしかし、その人物は右手で刃までもが黒い大鎌を持っていた。
「やはり貴様か・・・・・よくよく我の前に現れる。それ程までに我を殺したいか」
予想通りの人物の登場に、レイゼロールはそう言葉を漏らす。もう何度目だろうか。この死神のような黒に染まった者が自分の前に姿を現すのは。
「・・・・・・」
黒フードの人物はレイゼロールの言葉には何も答えずに、大鎌を構えた。黒フードの人物はいつも通り言葉を発さない。ただ殺意をその大鎌に乗せ、戦いという行動を取るのみ。さながら殺戮人形かのように。
「・・・・・・・・いいだろう。少しだけ貴様の相手をしてやる。新たな力を得たという貴様の力がどれほどのものか・・・・試してやろう」
レイゼロールはそのアイスブルーの瞳を細めた。スプリガンが言っていた、黒フードの人物の新たなる力。その力をレイゼロールは体験しておくべきだと考えた。
暗闇が、夜が、闇が踊る。ぶつかるは闇の女神と、命を全て殺す力を持つ生命の冒涜者であり簒奪者。
――黒と黒が絡み合う。
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