第201話 カケラ争奪戦 中国(1)

「・・・・・・・・・・ようやくか」

 乾いた冷たい風を感じながら、夜空の下でレイゼロールはそんな言葉を呟いた。

 レイゼロールが今いるのはカナダのトロントという都市だ。人間を闇奴に変えた後、トロントの郊外の木の天辺付近に立ちながら、レイゼロールは月を見上げた。あの月の輝きだけは昔から変わらない。

「・・・・・・感覚の示す先はここから遥か先・・・・・なるほど、あの国か」

 レイゼロールはある闇の気配を特定した。ロンドンで5つ目のカケラを吸収して以降、レイゼロールの知覚はある気配を感じるようになった。それは恐らく、残されたカケラの気配だ。

 今までは漠然と感じていたその気配が、日を追うごとに馴染んできたのか、この瞬間にカケラの気配、その1つの発信源がどこか特定できた。

(ふむ・・・・・・・・恐らく気配隠蔽を解除するような場所ではないと思うが、万が一もある。光導姫や守護者に邪魔をされても面倒だからな。誰か1人連れて行くか)

 レイゼロールはそう考えたがすぐにある事を思い出した。闇人は気配を隠す事が出来ない。確実にソレイユやラルバにバレてしまう。やはり、自分1人で現地に向かうべきか。

「いや・・・・・そう言えば1人がいたな。気配を我同様に隠蔽し、足止めに必要な力を充分以上に持つ者が。丁度いい。試すためにも、奴を連れて行くか」

 行動を起こすのは明日。レイゼロールはそう決めた。そして、つい最近自分の陣営に入ったある男の事を思い出しながら、レイゼロールは肉声でそう呟いた。











 ピーンポーン。

「ん? チャイム・・・・? こんな時間にいったい誰だ?」

 10月4日木曜日、午後9時過ぎ。自分の部屋で動画を見ていた影人は、家のチャイムが鳴る音を聞いた。この時間に家のチャイムが鳴る事はほとんどない。

 気になった影人は部屋を出た。影人の部屋は玄関の1番近くにある。ゆえに、誰がきたのかすぐに確認できる。影人は玄関の覗き穴から外を見た。

 するとそこには隣人である吸血鬼、シェルディアの姿があった。

「嬢ちゃん・・・・・・・・?」

 シェルディアの姿を見た影人は、不思議そうにそう言葉を漏らした。シェルディアが何の用だろうか。影人はその事を疑問に思いつつも、玄関のドアを開けた。

「どうしたんだ嬢ちゃん? 茶でも飲みに来たか?」

「こんばんは影人。私もそうしたい所なのだけれど、残念ながら今夜は違う用事で来たの。ここだと少し話しにくい事だから、外で話してもいいかしら?」

「っ、分かった。なら、外で話そうか」

 影人の姿を見たシェルディアは、にこやかに笑いながらそう言ってきた。シェルディアの言葉から事情を理解した影人は、シェルディアにそう言うと、部屋に戻りパーカーと靴下を装着すると、母親に来訪者が誰であったかを伝え、外に出てくると伝えた。

「それで嬢ちゃん。話っていうのは? わざわざ外に出たって事は・・・・・スプリガンとしての俺に話があるって事だろ?」

 シェルディアと歩いてマンションの近くの小さな公園(シェルディアと出会ったり仲直りした公園とは違う)にやって来た影人は、そこにあったベンチに座りながら、シェルディアにそう言葉を投げかけた。

「ええ、そうよ。影人、ついさっきレイゼロールから私にメッセージが来たわ。レイゼロールがあなたを呼んでいる」

「ッ、マジか・・・・・・!」

 シェルディアの言葉を聞いた影人は、驚いたような顔を浮かべた。

「本当よ。今のところ、レイゼロールとあなたを繋ぐ窓口は私の役目になっているから」

 驚く影人を見たシェルディアはその首を縦に振った。数日前にシェルディアはレイゼロールに、特殊な白紙の便箋を何通か手渡した。それは数世紀ほど前にシェルディアが手に入れた魔術的な物。いわゆるマジックアイテムのようなものだ。特定の人物がその便箋に何かを記し、それを、その便箋に特定の情報を与えた者の元に届く。タイムラグはない。便箋が完全に燃え尽きた瞬間に、その便箋は燃える前の状態で届く。

 この場合なら、レイゼロールがシェルディアに伝えるべき事を記し、レイゼロールがそれを燃やす。便箋に自身の血を一滴だけ染み込ませていたという情報から、便箋はシェルディアの元に届くといった感じだ。元々、束縛を嫌うシェルディアはレイゼロールに自身への連絡方法を何も与えていなかったが、に、シェルディアはレイゼロールに連絡方法を与えていた。

「で、レイゼロールはどこに俺を呼んでいるんだ?」

 真剣な顔で影人はシェルディアにそう聞いた。シェルディアは影人のその問いかけにこう答えた。

「目的の場所は別みたいだけど、まずはあなたと落ち合いたいみたいよ。レイゼロールは、あなたと初めて会った場所であなたを待つと私に伝えてきたわ」

「俺とあいつが初めて会った場所・・・・・・・・あそこか」

 少し思案しながらも、影人はその場所がどこか思い出した。自分が初めてスプリガンとして現れた場所を。

「分かった。ありがとう嬢ちゃん。それとごめんな。成り行きぽかったとはいえ、レイゼロールとの連絡係なんかやってくれて」

「ふふっ、気にしないで。少し面倒だけど、あなたの為だもの。それに今の状況は面白いし」

「ふっ、嬢ちゃんは相変わらずだな。さて周りにカメラは・・・・・ないな」

 シェルディアの性質に少し笑みを浮かべながら、影人は周囲を確認した。そして監視カメラがない事を確認すると(スプリガンの姿はカメラには映らないが、変身する瞬間を撮られるのはマズイため)、パーカーのポケットの中から黒い宝石のついたペンデュラムを取り出した。

「――変身チェンジ

 影人がそう呟くと、その呟きに呼応するかのように黒い宝石が黒い光を放った。すると次の瞬間、影人の姿が変化した。金色の月のような瞳に夜の闇に紛れるような黒い外套を纏った怪人――スプリガンへと。

「・・・・・・・・あなたが変身する所を見るのは初めてね。分かってはいるけど、やはりあなたはスプリガンなのよね、影人」

「・・・・ああ。俺は怪人だよ。妖精の名を持つな。それじゃ、俺は行くよ。今日はさよならだ、嬢ちゃん」

 どこか感慨深げに影人を見つめるシェルディアに、影人はスプリガン時にはあまり見せない気取った笑みを浮かべると、地を蹴り空を駆けていった。夜の闇に紛れるように。

「頑張ってね、影人。ふふっ、それにしても・・・・・・最近は本当に退屈しないわ」

 夜空に紛れ空を駆ける影人を見つめながら、シェルディアは楽しそうにそう呟いた。












「・・・・・・・・・・」

 午後9時20分。東京郊外のとある公園に、西洋風の黒い喪服を纏った女性がいた。長髪の白髪に氷のようなアイスブルーの瞳。ゾッとするようなその美しいおもては無感情だ。その女性――レイゼロールはつい10分ほど前から、ここである人物を待っていた。この場所で、レイゼロールはその人物と初めて出会った。

「・・・・・・来たか」

 ボソリとレイゼロールがそう呟くと、公園の暗闇から1人の男が現れた。鍔の長い黒い帽子(キャップではなくハット)に、黒い外套を纏い、胸元には深紅のネクタイが飾られている。紺色のズボンに黒の編み上げブーツを履いたその男は、一言で言うなら怪人であった。

 そして、その顔。顔は全体的にかなり整っており、少し長めの前髪の下には月のような金色の瞳がある。ゆえに、見方によっては不吉な黒猫を思わせない事もない。そんな怪しい男は、レイゼロールの姿を確認すると、こう言葉を掛けてきた。

「・・・・・よう。待たせたな」

「・・・・・それほど待ってはいない。我からしてみれば存外に早かったぞ」

 黒衣の男――スプリガンに、レイゼロールはそう言葉を返した。この言葉は本当だ。レイゼロールは、スプリガンがこれ程に早くここにやって来るとは思っていなかった。

「連絡係をシェルディアに頼んだが、お前とシェルディアの仲は我が思っていた以上に良いようだな。その辺りを無理に詮索はせんが」

「・・・・本気で殺し合ったら色々と気があってな。だがまあ、そんな事は今はどうでもいいだろ。レイゼロール、俺にいったい何の用だ?」

 レイゼロールの鋭い指摘に内心少しドキリとしながらも、話題逸らしの意味も兼ねて、影人はレイゼロールにそう質問した。

「・・・・・・・・・・お前に仕事を頼みたい。新たな我のカケラがどこにあるのか分かった。今から我はそれを回収しに行く。お前には万が一のための足止め係をしてほしい」

「ッ! そうか、見つかったのか・・・・・・分かった。手伝ってやるよ。・・・・の意味も兼ねてるんだろ」

 レイゼロールの答えを聞いた影人は、少し驚きながらもレイゼロールの頼みを了承した。その頼みに含まれている意味もしっかりと理解しながら。

「・・・・・察しがいいな。しかし、まあそういう事だ。場合によっては、これはお前への信頼を試す事にもなり得るからな。・・・・それと1つ聞いておく。貴様、長距離間の転移は出来るか? ロンドンやパリに現れたという事は出来ると思うが」

「出来るのは出来るが・・・・・・・・制約はある。短距離間・・・・目に移る範囲ならどこでも出来るが、長距離間となると、多少準備がいる」

 レイゼロールの質問に、影人は一応はそう答えた。短距離間の転移に関しては真実だが、長距離間の転移の答えは嘘だ。影人は長距離間の転移だけはまだ出来ない。それだけは現在もソレイユに頼っている感じだ。

(咄嗟に嘘ついちまったが、ちょっとヤバいか? 流石にソレイユの転移をレイゼロールの目の前ではやれないし・・・・・・・・)

 影人は自分の回答に少しマズさを感じたが、レイゼロールは納得したようにこう言葉を返して来た。

「そうか。ならば、今回は我の転移で目的地まで移動するぞ。時間が掛かるのは好かんからな」

 しかし、レイゼロールはそこに深く立ち入らずに影人の言葉を信じると、右手を虚空へと向けた。すると、そこに人が何人か通れるような大きさの闇の穴のようなものが出現した。レイゼロールがロンドンで使った複数人用の転移手段だ。

「目的地まで繋いだ。行くぞ。ついて来い」

「それは分かったが・・・・・結局、どこに行くんだよ?」

 レイゼロールにそう促された影人は、自分たちが向かう場所がどこであるのかを聞いた。

「・・・・・・・・そんなに遠くはない。我らが今から向かうのはこの国の近国・・・・中国だ」

 そして、レイゼロールはそう言ったのだった。











「ここは・・・・・谷か?」

 レイゼロールの闇の穴を潜って出た先に広がっていたのは、まるでアニメや絵画に出てくるような美しい光景だった。自然豊かな緑に、そこら中に長くそびえ立つ岩石。一言で言うなら秘境のような場所だ。

「さあな。詳しい地名は知らん。だが、この場所のどこかにカケラがある」

 影人の隣にいたレイゼロールは目の前の雄大な自然に全く興味がないようだった。ただ、ジッと何かを探るように周囲の光景を見つめていた。

「・・・・・・どこかだと? お前、カケラの場所が分かったと言ってただろ」

「今、我の視界に映るどこかにあるという事は分かっている。もっと正確に場所を絞り込むためには、もう少し集中する時間がいる」

 疑問を抱いた影人の言葉に、レイゼロールは言葉通り集中するように目を細め言葉を吐いた。

「そういうものか・・・・・・・だが、時間を使い過ぎると光導姫や守護者が来るだろ。そうなれば、多少は面倒だぜ」

「・・・・その可能性はほとんどない。こちらに移動して来て我の気配隠蔽の力が解除された兆しはない。それはお前も同様のはずだ」

「・・・・・まあ、そうだな」

 影人は片手で帽子を押さえながら、レイゼロールの答えに頷いた。正直、影人の気配隠蔽の力はこのスプリガン時の装束に勝手に組み込まれているので、影人はその辺りの事は全く分からないのだが、ここでその事を言う必要もない。ゆえに、影人は適当に頷いたのだった。

 ソレイユとラルバはレイゼロールの気配も、闇の力を扱うスプリガンの気配も察知する事は出来ない。それは、光導姫と守護者が現れないという事だ。

 だから、レイゼロールはほとんど妨害を受けないという気持ちで、静かに集中を続けた。影人はレイゼロールの横で、静かに滅多に見る事の出来ない自然を観察していた。2人とも言葉を発していないので、聞こえるのは自然の奏でる音色のみだ。静寂。その一言に尽きる。

 ――しかし、その静寂は突如として破られる事となった。

「げっ、マジでいやがるじゃねえか。本当にクソダルいぜ。レイゼロールの相手なんかするのはよ。割に合わねえ」

「・・・・・ふっ、久しぶりに楽しめそうだ」

 それから3分ほど時間が経った頃、正面からそんな声が響いて来たからだ。声の主は2人。女と男だ。

「っ・・・・・・・・!?」

「・・・・・どうやら、ほとんどない可能性が来たみたいだな」

 その声を聞いたレイゼロールは驚いたように細めていた目を見開いた。影人は少し驚いた風にそう言葉を漏らした。

「ああ? レイゼロールの隣にいる奴は・・・・・・・・噂のスプリガンって奴か・・・・? おいおい、どうなってやがるんだ。雇い主様からの情報にはなかったぞ。何でスプリガンとレイゼロールが一緒に・・・・・・・・・」

 影人とレイゼロールから30メートルほど離れた先。月明かりしか光源はないが、スプリガンの目は夜目も効くのでその人物たちの姿をはっきりと確認する事が出来た。

 まず女の方。口振りからすると光導姫だろう。今の影人と同様の少し長めの前髪。全体的な髪の長さは肩に掛かるか否かといったくらいで、髪の色は黒。眼鏡を掛けた奥の瞳も色は黒。今は顔が疑問からか歪んでいるが、普通に美人といわれる顔の類だろう。

 格好は白い着物のようなゆったりとした服に赤い羽織りを纏っている。しかし、下半身はアンバランスに硬さを感じさせる黄色のジーンズのようなズボンを履いている。足元は草履だ。そして、その女は右手に黒い短めの鞭のような物を持っていた。 

 男の方はおそらく守護者だろう。短めの黒髪に仏頂面。格好はとてもシンプルだ。紺色の道服に、足元は隣の光導姫同様に草履。右手には長さ180センチほどの黒い棍を持っている。男はかなり長身で185センチほどはあるので、それとほとんど同じくらいの長さだ。

「・・・・・隣の男を知っているのか、『軍師』」

「てめえは相変わらずのバカだな『天虎てんこ』。お前んところの会議でも議題に上がってたはずだ。あいつはスプリガン。特徴から見れば多分間違いはねえ」

 『天虎』と呼ばれた男の言葉に、『軍師』と呼ばれた少女はそう言葉を返した。2つ名持ち。この場に現れたという事から予想は出来ていたが、やはりどちらも最上位ランカーだ。

「バカな。なぜ光導姫と守護者が・・・・・・・・」

 光導姫と守護者の出現に、レイゼロールは思わずそう言葉を漏らした。自分とスプリガンの気配隠蔽の力は解けていない。だというのに、なぜ自分の居場所が分かったというのか。レイゼロールは疑問を抱いた。

(まさかスプリガンが何かをしたか? いや、奴は我の前に現れて以来何も怪しい事はしていない。ここにやって来てからも)

 レイゼロールは一瞬スプリガンがソレイユやラルバと繋がっているのではと疑ったが、すぐにそれはないと考え直した。レイゼロールはここに来てカケラの気配を詳細に探るのに集中しながらも、一応スプリガンが何かしないか警戒していた。しかし、スプリガンは物理的にも、力も使用してはいない。何もしていなかったのだ。

「・・・・・レイゼロール。俺にもよく分からんが、こうなっちまった以上は仕方がないってやつだ。カケラがどこにあるのか、まだ分かりそうにはないか?」

「ッ、ああ。少なくとも、あと十数分はかかりそうだ」

「そうか・・・・・・・・ならお前はそっちに集中してろ。あいつらの相手は、。元々、俺を連れてきたのは、こういう場合になった時のためだろ」

 影人はレイゼロールにそう言うと、1、2歩ほど前に出た。

「っ・・・・・・・・そうだな。せっかくだ。貴様が本当に信用に足るかどうか・・・・・見極める機会としよう」

「ふん、勝手にしろよ」

 改めたようなレイゼロールの言葉に影人はそう言うと、光導姫『軍師』と守護者『天虎』に向かってこう言葉を投げかけた。

「・・・・・・・来いよ、光導姫と守護者。この俺が、お前たちの相手をしてやる」

 月下、スプリガンは冷たい声音で2人にそう宣言した。

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