第202話 カケラ争奪戦 中国(2)

「あ・・・・・・・・・?」

「・・・・・どうやら喧嘩を売られているようだな」

 影人の宣言を受けた光導姫ランキング9位『軍師』こと、フゥーフェイはその顔を疑問に染め、守護者ランキング6位『天虎』こと、レン葬武ヅァンウーはそう言葉を漏らした。

「あー、待てよこの状況・・・・・・スプリガンはレイゼロールについたって事か? ちっ、だとしたら余計面倒な事になるな・・・・・・・・・」

 何かを悟ったように、菲はガリガリと左手で頭を掻いた。それとは対照的に、葬武はその身に闘志を纏わせる。

「どうでもいい。売られた喧嘩は買うだけだ。奴が強者かどうか・・・・・試してやる」

 葬武はジッとスプリガンを見つめ、腰を落とし、左手を正面に、右手の棍を後ろで持った。それは葬武の戦いの構えの1つだった。

「おい待て『天虎』。こっちから手を出すな。それは私たちには許されてない」

 だが、今にもスプリガンに向かって行きそうな葬武に、菲は待ったを掛けた。

「・・・・・・・何を言っている『軍師』。奴の言葉を聞いていなかったのか? 奴は俺たちの敵だ」

 菲にそう言われた葬武は、意味がわからないといった感じの顔を浮かべた。その顔を見た菲は、ああこいつやっぱり分かってねえな、と呆れたような表情を浮かべた。

「いいか、前の会議の結果で、『スプリガンが攻撃して来ない限り、光導姫と守護者はスプリガンに攻撃してはならない』と決まった。向こうが攻撃して来ない限り、私たちは奴を敵と認定できない。だから待てと言ったんだ。ったく、会議の結果くらいちゃんと覚えてろってんだ」

「そんな事を覚える暇も興味もない。しかし、そんな事はやはり関係がないだろう。奴は俺たちの相手をすると言った。言質は取れている」

 菲からそう説明された葬武は、菲にそう言葉を返した。だが、菲は何故かイライラとした感じの顔を浮かべた。

「だからよぉ・・・・・こういうのは体裁が大事なんだ! 私もクソ面倒と思うが、そう決まっちまってんだよ! 本当、バカはこれだから嫌なんだ・・・・・・・!」

 不機嫌な声でそう言った菲。菲は続けてこう言った。

「だから、あいつが攻撃して来るまでこっちから手を出すなよ。絶対にだぞ。その代わり、あいつが攻撃してきたら好きに暴れろ」

「・・・・・面倒な。やはりそういう理屈付けは好かんな」

 菲の言葉にため息を吐きながらも、葬武は渋々といった感じで構えを解いた。

(・・・・・・・・・あの『軍師』とか言う奴。雰囲気の割に真面目な奴だな。さてどうするか。俺がこのままあいつらに攻撃しなければ、あいつらは俺を攻撃して来ない。だが、その代わりレイゼロールに攻撃を仕掛けるだろうな。なら、俺の行動はやはり変わらない)

 影人は内心でそんな事を一瞬考えると、右手に闇色の拳銃を創造した。そして、その拳銃を菲の方に向けると、躊躇なく引き金を引いた。

「っ!?」

 菲が発砲に驚いた顔を浮かべている瞬間にも、放たれた闇色の弾丸は菲の肉体に肉薄していた。

「シッ!」

 だが、弾丸が菲の肉体を貫く事はなかった。その前に菲の隣にいた葬武が、凄まじい反応速度を以て、弾丸を棍で弾いたからだ。

「っ、悪い油断してた・・・・・助かったぜ」

「気にするな。だが、奴は攻撃して来たな。ならば、ここからは好きにさせてもらうぞ」

 危ない所を助けてもらった菲は、葬武に素直に感謝の言葉を述べたが、葬武は本当にどうでもよさそうに首を横に振ると、菲にそう言葉を放った。

「ああ・・・・・・・・好きにしろ。スプリガンの奴は私を攻撃して来やがった。何の迷いもなくな。この瞬間、奴は明確に私らの敵になった。今日からスプリガンは光導姫と守護者の敵だ」

 菲はスプリガンを睨みつけながらそう宣言した。そう。いま菲が言ったように、この瞬間スプリガンは光導姫と守護者の敵になった。それがソレイユとラルバが決めた事だ。

 おそらく、この事は今この瞬間も菲と葬武の視覚や聴覚を通して、この光景を見聞きしているソレイユとラルバが、明日にも世界中の光導姫や守護者たちに知らせるだろう。スプリガンは光導姫を攻撃し、自分たちの敵になったと。

「しかも、今の銃撃は普通に私を殺そうとしてやがったし。許せねえ。私を殺そうとしたツケは払ってもらうぜ」

 菲は自分を問答無用で攻撃して来たスプリガンに怒りを抱いた。そして、菲は右手に持っていた短い黒い鞭を虚空に振るった。

「来い。私の兵隊ども。仕事の時間だぜ」

 菲がどこか好戦的に見える笑みを浮かべそう呟くと、地面から5体の人形のようなものが生えて来た。人形は白色の人形が2体。黒い人形が2体。そして、白と黒が混じった人形が1体といった感じだ。

(何だ、あの奇妙な人形どもは・・・・・・?)

 菲が召喚した人形を見た影人はそんな感想を抱いた。人形は一言で言うとデッサン人形のようなものであった。顔がなく関節のパーツが剥き出しの。白色の人形の1体は大きな鋼の盾を持っており、もう1体の白い人形は弓を携えている。黒い人形の1体は青龍刀を持っており、もう1体の黒い人形は偃月刀えんげつとうを装備していた。

 そして黒と白が混じった最後の1体。この1体は他の人形たちと明らかに雰囲気が違った。まず体の大きさが明らかに他の4体よりも大きい。右手には大型の青龍刀を持っており、左手には大きな鋼の盾を装備している。更に背には2つの剣を背負っていた。

「いつもの陣形につけ。白兵バイピン1、白兵2。黒兵ヘイピン1、黒兵2。そして、頭兵トォゥピン

 菲がニヤリと笑いながら人形たちにそう指示する。すると、盾を持った白い人形が菲の近くに移動し、弓を装備した白い人形が菲の前に移動した。青龍刀を持った黒い人形と偃月刀を持った黒い人形は、弓を持った白い人形の右斜め前方と左斜め前方に移動した。最後に白と黒が混じった人形が弓を持った白い人形の前に移動した。

 フォーメーションで表すならば、前衛が3、中衛が1、後衛が2(菲を含め)といった感じだ。

「おい『天虎』。しっかり暴れろよ。あのクソッタレの怪人野郎をぶっ倒せ」

「ふん。言われなくとも・・・・・そうするつもりだッ・・・・・・・・!」

 葬武は菲の言葉にそう返すと、凄まじい踏み込みを行い影人の方へと向かって行った。その駆ける姿は葬武の2つ名である虎のようだった。

「・・・・来いよ守護者」

 影人は冷たい笑みを浮かべると、右手の銃をナイフに変化させ自身も葬武に向かって駆けた。

「フッ!」

「シッ!」

 葬武が短く息を吐き、棍を叩き付けるように振るった。影人も葬武同様に短く息を吐き、その棍をナイフで受け止めた。

「頭兵、黒兵1、黒兵2、動け。頭兵はスプリガンに、黒兵1、2はレイゼロールに向かえ。白兵2、レイゼロールに矢を放て」

 葬武とスプリガンが激突した段階で、菲は自分の兵士である人形たちにそう指示を飛ばした。菲の指示を受けた頭兵(白と黒が混じった人形)と、黒兵1(青龍刀を持った人形)、黒兵2(偃月刀を持った人形)は影人たちの方向に走って向かい始め、白兵2(弓を持った人形)は、背に背負っていた矢筒から矢を取り、レイゼロールに照準を定め弓を引いた。矢は20メートルほど離れているレイゼロールに向かって真っ直ぐに飛んで行った。

「ちっ・・・・!」

 影人は軽く舌打ちをすると、1度バックステップで葬武から引き、闇の鋲付きの鎖を1本呼び出し、それでレイゼロールに向かう矢を撃退した。この戦場での足止めと時間稼ぎの仕事を受けた以上、レイゼロールに手出しはさせない。

「逃がさん」

 当然、葬武はバックステップをしたスプリガンに食らいつく。葬武は左手の掌底を影人の胸部へと放った。

「・・・・・・・・別に逃げちゃいないぜ」

 影人はその掌底を華麗に避けると、意識を一瞬だけこちらに向かって来る3体の人形へと向けた。黒と白の混じった人形は真っ直ぐに自分の方に向かって来るが、黒い2体の人形は影人を回り込むようにこちらに向かって来ている。おそらく黒い人形たちはレイゼロールを攻撃するつもりだろう。

(面倒くせえ。戦場の全体に意識を向けなきゃならねえな、こりゃ。・・・・だがまあ、やってやるよ)

 影人は黒い2体の人形をレイゼロールに向かわせないようにするために、周囲の空間から幾本かの闇色の鎖を呼び出した。その鎖は二手に分かれると、2体の黒い人形へと向かっていった。

「ちっ、黒兵1、2鎖に対応しろ」

 鎖が黒兵たちに向かう光景を見た菲は、指示を変更した。黒兵たちは自身に襲い掛かって来る鎖を回避し、あるいはその武器で切り払おうとしていた。

「・・・・・!」

「随分と余裕を見せてくれる・・・・・・・・!」

 一方、影人の方は黒と白の混じった人形が葬武に合流した事によって、人形と葬武から猛攻を受けていた。人形は右手の大型の青龍刀をまるで達人のように鋭く振るい、葬武は棍と体術を駆使した攻撃を影人に放ってくる。

(普通にヤバいくらい激しい攻撃だなおい! 流石にこれを身体能力の強化なしに捌くのは無理だな。・・・・・仕方ない、使うか)

 影人は現在スプリガンの身体能力だけを以て、人形と葬武の攻撃を回避し凌いでいる。正直かなりギリギリだ。ゆえに、影人は身体能力の常態的強化の力を使用する事にした。ちなみに今まで使っていなかったのは、単にタイミングをアホの前髪が見失っていたというしょうもない理由しかない。どこまでも内心では締まらない奴である。

「ふん・・・・・・・」

 影人が余裕ぶって鼻を鳴らすと、影人の肉体に闇色のオーラのようなものが纏われた。いつもは大体、この身体能力の常態的強化の力の名前(闇纏体化)を気に入っているという理由だけで呟くのだが、流石に今それを呟く余裕はない。鼻を鳴らすだけで限界だった。

「さて、お前らはここからの俺について来れるか?」

 影人はニヤリと口角を少し上げると、先程までとは比べ物にならない速度で右手のナイフを頭兵の頭部に突き刺した。そして、その場で地面を蹴ると跳躍しそのナイフの柄を思い切り靴の底で蹴り飛ばした。その結果、頭兵と菲に呼ばれていた人形の頭部は、ナイフを基点にヒビが入り、やがてはバラバラに砕け散った。頭部を破壊された頭兵は、影人に蹴られた衝撃で後ろに倒れた。

「なっ!? 頭兵を一瞬でやっただと・・・・・!?」

 その光景を見た菲は信じられないといった顔を浮かべた。頭兵はその名の通り、菲の持ち駒の中で最も強い個体だ。その個体が一瞬で無力化された。菲は頭兵が無力化された事で、スプリガンの力の一端を思い知った。

「『軍師』のその人形を容易く捻るか。面白い。どうやら、貴様は思っていた以上の強者のようだ」

 菲とは裏腹に、葬武は高揚したようにそう言うと、滞空している影人に向かって棍による突きを放って来た。

「・・・・たかが人形を1体潰しただけで大げさな奴だ」

 影人はその突きを宙を蹴って避けた。そして、地面に着地する。

「『軍師』のその人形の強さを知っていれば、そうも言う!」

 葬武は着地した影人に一息で距離を詰めると、棍で真横の右薙を放った。影人はその攻撃を避け、反撃しようとしたが、葬武はまるで動作を途切れさせる事なく、棍による乱撃を影人に打ち込んできた。

(一撃一撃がとんでもなく鋭い。剣じゃないのにそう感じるって事は本当によっぽどだ。まだ少ししか戦ってないが、近接戦の動きが洗練されてやがる。冥と同じ武人タイプだな)

 回避に回らざるを得なくなった影人は、葬武の攻撃を観察した。影人は現実の武術の事にあまり詳しくはないが、葬武が武術の達人であるという事を理解した。

「黒兵1、2、目標変更だ。レイゼロールじゃなくスプリガンを攻撃しろ。頭兵、もう1回起きろ」

 鎖を全て迎撃し終えた黒兵たちに、菲はそう指示した。菲は先ほどのスプリガンの行動から、スプリガンがレイゼロールに手出しをさせないと考えている事を既に理解していた。幸いにもレイゼロールは、スプリガンの後方でジッと立っているだけだ。攻撃はして来ていない。ならば、先にスプリガンを潰した方が都合がいい。菲はそう考えた。

「・・・・・・・・!」

 更に菲は自身の光導姫としての力を一定消費し、スプリガンに倒された白と黒の混じった人形、頭兵を再び地面から召喚した。それに伴い、スプリガンに破壊された頭兵は光の粒子となって消滅した。頭兵も黒兵同様に影人へと再び向かった。

(っ、あの人形何度も召喚できるのか。今のところ分かってる特性に1つ追加だな。そして、『軍師』ってだけあって賢いな。切り替えが早い)

 この戦場の状況を観察した上での影人に対する集中攻撃への指示。もちろん、レイゼロールに攻撃し続ける事で、影人の集中力を分散させるという考えもあるという事は、あの『軍師』も分かっているだろう。しかし、それよりも先に自分を潰した方が都合がいいと考え、集中攻撃の選択を取ったのだ。

(普通ならその判断は妥当で正しい。実質的に4対1をやらされるんだからな。数の力は偉大だ。最上位闇人の奴らでも多少は苦労するだろう)

 黒兵が2体と、再度召喚された頭兵が影人に近づき、その得物を振るう。葬武も人形たちのその攻撃に乗じて、棍で強烈な突きを放つ。一般的に言えばピンチというやつだ。

(だが1つ見誤ったな『軍師』。俺は――)

 だが、そんなピンチの状況でも影人は一瞬だけ強気に笑うと、自身に眼の強化と『加速』の力を施した。

「・・・・・規格外スプリガンだぜ」

 影人の瞳が映す世界がスローモーションに見える。影人は『加速』した肉体で一瞬で葬武と人形たちの攻撃を全て余裕で回避すると、青龍刀を持っている黒い人形の胴部を左拳で破壊した。そして次に、偃月刀を持っている黒い人形の首の部分を右手の手刀で破壊する。3番目に黒と白の混じった人形の股間部を右足で蹴り砕く。これで影人を攻撃してきた人形たちは全て無力化された。この間、現在の影人の体感で2秒ほどだ。

 人形を全て破壊した影人は葬武に意識を向ける。そして葬武に近づくと、影人は葬武の顔面を右手で鷲掴みにし、そのまま若干叩き付けるように菲のいる方向へと投げ飛ばした。葬武を投げ飛ばし終えた影人の体感時間は、これで約3秒ほどだ。たぶん、現実時間としては0.05秒ほどしか経っていないだろう。

「っ!?」

 反応できない速度で影人に投げ飛ばされた葬武はその事に驚きながらも、何とか地面に叩きつけられた時に受身を取る事に成功した。それでも衝撃は完全に殺しきれず、葬武は全身に鈍い痛みが駆け抜けたのを感じた。

「は・・・・・?」

 一方、菲は呆けたようにそう言葉を漏らしていた。気がつけばスプリガンを攻撃していた3体の菲の人形は破壊されていた。影人の速さを知覚出来なかった菲にしてみれば、その反応はある意味当然だった。

「・・・・・・・・・・手緩いな。こんなものか? 最上位の光導姫と守護者の力は。だとしたら・・・・・・・拍子抜けもいいところだ」

 ため息を吐きながら、影人はそんな言葉を述べた。つまらなさそうに。失望したように。そんな声音で。

「・・・・・せっかくだ。もう少し教えてやるよ。俺とお前たちの力の差ってやつをな」

 ほんの一瞬で状況を逆転させた圧倒的な力を持った怪人は、冷めたような口調でそう言葉を続けると、その金の瞳に黒い闘志を宿した。

 ――影から光導姫と守護者を助けていた怪人は、今この瞬間、間違いなく光導姫と守護者の敵になっていた。

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