第199話 交渉(2)

「・・・・・・・・・・・あ?」

 レイゼロールの再びの拒絶の言葉を受けた影人は、不可解そうにそう声を漏らした。

「再度拒否すると言ったのだ。スプリガン、もし貴様が我に信用されたいのであれば、貴様が何者なのか、何が目的なのかを嘘をつかずに話せ。そうすれば、今一度考えてやらん事もない」

 毅然とした態度で、レイゼロールはそう言った。レイゼロールにそう言われた影人は、内心で少し焦りつつもこう言葉を返した。

「・・・・・・信用だ? そんなものはいらねえんだよ。お前が信用するのは俺の力だけでいい筈だ。俺はただお前らに力を貸す。お前はその力だけを当てにする。それだけの関係性になるだけだ。そこに信頼関係的なものはいらない」

「詭弁だな。信頼できない者を陣営に引き込む者などいない。でなければ、何をされるか分かったものではないからな」

 レイゼロールはスプリガンのその言葉を一蹴した。そして、レイゼロールの氷の色をした瞳には、はっきりと疑いの色が表れていた。

「そもそも、お前はなぜ急にそんな事を言ってきた? 今まで光導姫を気まぐれに助け、我らと敵対していたお前がなぜダークレイを助けた? お前の一連の行動にはどんな真意がある?」

「・・・・別に俺はお前らだけを攻撃しちゃいない。光導姫や守護者にも攻撃はしている。俺の行動は全て俺の目的を達成するための行動だ」

「だからその目的が何なのかを聞いているのだ。その目的を明かせ。それがお前を最低限信頼できるかどうかの判断材料になる」

 言葉をボカして何とか言い逃れしようと思っていた影人だったが、レイゼロールはそれ程甘い相手ではなかった。

(ちっ、やっぱり一筋縄じゃいかねえか。まあ、大体こうなる事は予想してたがよ・・・・・)

 影人は内心で舌打ちをした。シェルディアの言葉でもう少し楽に事が運ぶかと期待していたが、流石はレイゼロールだ。しっかりと完璧に自分を疑っている。

(まあ元々は嬢ちゃんなしのプランで考えてたから、最低限のそれっぽい設定は考えてはある。だが、全てに答えるわけにもいかねえな。それは俺がこの言葉の戦いに負けたって事になるからな。スプリガンの怪人性は瓦解させない)

 影人は自身の心をスゥと落ち着かせた。そう。これは戦いだ。見えない戦い。今から影人はこの戦いに勝利しなければならない。

「・・・・・・・・いいだろう。お前に言うのは癪だが、俺の目的を教えてやる。俺の目的、それは・・・・・・・だ」

「ッ!? 何だと・・・・・・・・」

 影人が言葉に放ったスプリガンの目的。それを聞いたレイゼロールは、今日何度目かになる驚愕から、その目を見開いた。

「神々への復讐・・・・・・? え、それがスプリガンの目的・・・・・?」

「っ・・・・・・」

「へえ・・・・・」

 遂に明かされたスプリガンの目的(まあ、影人が適当に考えた嘘の目的なのだが)、それをレイゼロール同様に聞いていたキベリア、ダークレイ、シェルディアもそれぞれ反応を示した。

「・・・・・これで満足したか。俺がお前や闇奴、闇人と戦ったのはそれだ。何せ、お前は神だからなレイゼロール。お前の邪魔をするのは、お前が神だったからだ。まあ、復讐の一環だな。光導姫や守護者に攻撃したのもそうだ。あいつらの上には光の女神ソレイユと男神ラルバがいるからな」

 影人は少し暗めの声を意識しながらそう言葉を述べた。

 影人がスプリガンの偽の目的として設定したのは、いま影人が述べたように神々への復讐だ。これならば、一応スプリガンの今までの行動に適当な理由をつけられるからだ。

「っ、理由は、理由は何だ? お前が神々に復讐する理由は。それに、なぜ貴様は我が神だと知っている。我を神だと知る者は、一部の、ほんのごく僅かな者たちしか知らない。お前は、お前は本当にいったい何者なのだ・・・・・・・・・・?」

 どこか動揺したように、レイゼロールはスプリガンにそんな質問を投げかけた。スプリガンは一部の者しか知らないような情報を知っている。そんな情報を持ち、神々に復讐しようとしているスプリガンとはいったい何者であるのか。レイゼロールの疑問は、当然の如くそこに向かった。

「・・・・・・それだけは明かせない。俺もお前を信用してはいないからな。レイゼロール。お前は他の神々より特殊とはいえ、神である事に変わりはない。憎き神である事にはな。だから、俺がいったい何者なのか、それはお前の推量に任せる」

 だが、影人その質問に今度は答えなかった。これだけは答えてはならない質問だ。いかなる偽の正体を話しても、それをすればスプリガンの怪人性は瓦解する。何者なのかという正体を与えてしまうからだ。

「っ・・・・・そうか。・・・・・・・・・まあいい。どれだけ詰めても、貴様は我に自分の正体を言わないだろう。貴様が憎んでいる神には決してな」

 レイゼロールは渋々といった感じではあるが、影人のその回答を受け入れた。正確に言えば、受け入れざるを得なかったという方が正しいが、とにかくスプリガンが何者であるのかは、今まで通り謎のままという事になった。

「ならば、次の質問だ。お前のその力は・・・・我と同等レベルの闇の力はいったいどのようにして得た? それとも生来のものか?」

「・・・・・・・・・一言で言えば呪いみたいものだ。俺はこの力をある者から押し付けられた。これ以上詳しく言うつもりはない」

 その質問に影人は少しだけ思案してそう答えた。この言葉は嘘ではない。真実だ。影人にとって日常を破壊されたスプリガンの力は実際に呪いみたいなものだし、ソレイユから押し付けられたと言える。バレにくい嘘は時折真実を混ぜるもの。何かの漫画か小説を読んだ時にそう書いてあった気がする。

「呪いだと? ・・・・・では、お前の力はそのある者から与えられたわけか。それ程の力を、『世界』顕現を可能にまでするような力を・・・・・・・・」

 レイゼロールは取り敢えずはスプリガンのその言葉を信じた。まあ、レイゼロールはスプリガンの言葉が嘘かどうか確認する術がないので、スプリガンの全ての回答を信じざるを得ない(もしくは全て嘘かと考えるか。ただしその場合は泥沼に嵌る)のだが、とにかくその言葉を一応真実と考えた。

(スプリガンが誰かから闇の力を押し付けられた。おそらく、この誰かを問い詰めてもスプリガンは答えないだろう。・・・・・スプリガンに力を与えた者とはいったい何者だ? 普通に考えれば神だ。スプリガンの目的は神々への復讐。自分に呪いを与えた神々に復讐する。それが1番筋が通っている。しかし、それにはいくつかの疑問がある事もまた事実だ)

 レイゼロールはスプリガンに力を与えた者が誰であるか推察しようとした。一応の推察は出来たが、しかし、レイゼロールには引っ掛かりがあった。

 まず、スプリガンに力を与えたものが神である場合、スプリガンの振るっている力は神力という事になる。神力ならば、スプリガンの力の強さには納得がいく。『世界』顕現も神力ならばその力の資格がある。

 だが、神力の譲渡は禁忌だ。神界にいる頭の固い神々どもが禁忌を破るはずがない。神界の神々の事を知っているレイゼロールだからこそ、その疑問が抱けた。

 次の引っ掛かりはスプリガンの力の属性だ。神界の神々の属性は色々とあるが、基本的には光。闇を司る神はレイゼロールと、亡くなったレイゼロールの兄。それと遥か昔に葬られた忌むべき神しかいなかったはずだ。神力を譲渡されたと仮定する場合、属性も渡された神々の属性になるはず。レイゼロールはそう考えていた。

 ゆえに、結局レイゼロールはスプリガンに力を与えた存在が何者なのかよく分からなかった。

 実際はレイゼロールの推察は当たっていたが、神々の性格を知っていた事が逆にその推察に疑問を持たせ、更に神力の譲渡がその者の本質の属性に惹かれるという事を知らなかったために、影人にとってはプラスに働いた。まあ影人の本質が闇というのが、そもそもおかしいのだが。

「・・・・・・本当はまだ色々と聞きたい事はあるが、これが最後の質問だ。お前は我の目的を知っているのか? そしてなぜ、神である我の味方になる? ソレイユやラルバなどではなく、なぜ我なのだ?」

「・・・・・実質2つじゃねえか、それ。・・・・・・まあ、いい。面倒だが答えてやるよ」

 影人は演技で少し面倒くさそうに息を吐きつつ、レイゼロールの最後の質問に回答を始めた。

「まずお前の目的はつい最近知った。そこにいる吸血鬼から聞いた。お前は自分の兄貴を蘇らせたいんだよな。そのために、失った自分の力の結晶体である黒いカケラを集めてる」

「・・・・・シェルディア、お前がスプリガンに教えたというのは事実か?」

「ええ、事実よ。戦いの時に少し盛り上がっちゃってね。あなたの目的を彼に教えてしまったわ」

「・・・・・・そうか」

 まさか、スプリガンとシェルディアが繋がっているとは思っていないレイゼロールは、シェルディアのその証言を信じた。

「次になぜ神であるお前に味方するかだったな。それはまあ、お前の目的を手伝う事が1番神々に対しての復讐になるからだ。俺が今まで光導姫どもを助けたりしたのは、お前に対する当て付けだ。それは俺の目的を聞いた今なら分かるだろ。俺は神々の思惑が絡む戦場を、ただ感情のままに適当に引っ掻き回していただけだった」

 考えていた嘘の設定を、影人はそれらしく話した。レイゼロールならば、先程スプリガンの目的を聞いた時に、今までのスプリガンの行動がどのような理由から行われていたか推察しているだろうが、影人は一応ここでしっかりとした答えを与えた。

「お前の目的は失敗すれば、この世界が滅びる。別に成功すりゃそれはそれでいい。その時はまた新しい復讐の方法を考えるだけだ。だが、失敗すりゃ・・・・・そいつは何よりもあの神々どもに対する復讐になる。地上世界の安定があのクソ神々どもの役割だからな」

 影人はそこで今までスプリガンが見せた事のない昏い、昏い笑みを浮かべた。

「全部滅びりゃいいんだよ。全部ぶっ壊れちまえばいい。全部全部、俺の命も含めてな」

 既に壊れているかのように、狂っているかのように、狂気を演出しながら影人はそう言った。

「っ・・・・・」

「く、狂ってる・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「ふふっ、なるほどなるほど。あなたは今までその狂気を内に秘めていたのね。面白いわ」

 スプリガンが見せた狂気の一端。それを見たレイゼロール、キベリア、ダークレイ、シェルディア。そして、最後の質問に答えたスプリガンに、レイゼロールはこう言葉を掛けた。

「・・・・・・・どうやら、我はお前の事を誤解していたようだ。全てが謎の冷淡なる怪人と思っていたが、狂気の炎に灼かれていた復讐者だったとはな」

「ふん。お前の俺に対するイメージなんざどうでもいい。・・・・・・さてレイゼロール、俺はお前の質問にある程度誠実に答えてやった。再三、お前の返事を聞かせてもらおうか」

 演出していた狂気を引っ込め、いつも通りのスプリガンの雰囲気に戻った影人は、レイゼロールに返事を促した。

(頼むからこれで通ってくれよ。正直、これで通らなかったら後は嬢ちゃんにゴリ押ししてもらうくらいしかないからな・・・・・)

 内心で影人はそう祈った。ここがある種の運命の分かれ道だ。レイゼロールがどのような形であれ、スプリガンを陣営に入れる事を認めれば最良。最終手段である、シェルディアがスプリガンを陣営に入れるゴリ押しが通れば良。それ以外は最悪だ。

「ふふっ、さあどうなるかしら。私としてはスプリガンがこちらの陣営に入れば、とても面白いと思うけど・・・・・ねえ、レイゼロール」

 影人のレイゼロールサイド加入を歓迎するかのように、シェルディアがそう言った。さりげなく、レイゼロールをスプリガン加入に後押しするようなその援護の言葉に、影人は内心で感謝した。

「ゴクッ・・・・・・・・」

「・・・・・・・・どうするのよ、レイゼロール」

 キベリアは緊張からか生唾を飲み込んでレイゼロールを見つめ、ダークレイはレイゼロールにそう言葉を放った。

「・・・・・・お前という者を少し知れた上で、再三答えを返そうスプリガン。我はお前を――」

 スプリガン、シェルディア、キベリア、ダークレイ。この『世界』に現在いる全ての者たちの注目を集めながら、レイゼロールはその答えを――














「・・・・・・全く、本当に暑いですね」

 空に輝く太陽を見上げながら、その男はポツリとそう言葉を漏らした。髪を綺麗に撫でつけた怜悧な顔の男だ。片目には特徴的な単眼鏡モノクルが掛けられていた。

「しかし、レイゼロール様からゼノを捜すように命じられて、早3ヶ月と半月ほど・・・・・・・長かったですね・・・・・」

 その男――『十闇』第2の闇、『万能』のフェリートはため息を吐きながらそう呟いた。いや、全く手掛かりがない状態で、この広大に過ぎる世界から特定の1人を捜し出す事が出来たにしては、かなり早い時間である事はフェリートも分かっているが、今までの苦労を考えると、どうしても長く感じてしまう。本当に、この旅は色々とあり苦労した。まあ、この旅は主人であるレイゼロールの命令にフェリートが背いた罰であるから、苦労しなければ意味がないと言えばそうなのだが。

(・・・・・・・・ですが、この旅もようやく終わりが見えてきました。いま私の前に広がるこの広大な森・・・・この森のどこかにゼノがいるはずです)

 フェリートは自身の目の前に広がる樹々生い茂る豊かな森を見つめた。フェリートが今いるのは、アフリカ大陸のとある場所だ。そして、フェリートが見つめるこの森のどこかにゼノがいる。フェリートはゼノを捜す旅の果てにここに辿り着いた。

「・・・・・では、行きますか」

 様々な感慨を胸に秘めながら、旅装束に身を包んだ闇人は、深い森の中へと足を踏み入れた。


 ――光と闇の戦いは、再び大きく動き始めようとしていた。

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