第198話 交渉(1)

「え・・・・・・・・・・?」

「スプリガンたちが消えた・・・・・・・・・?」

 突然自分たちの前から姿を消したスプリガンたち。その意味不明な事態に、陽華と明夜は驚いたようにそう呟いた。

「っ、あ、朝宮さん、月下さん・・・・・」

 2人が驚いた顔をしてるいると、地に伏せていた光司が渾身の力を込めて立ち上がった。ダークレイからダメージを受けた左腕と腹部は未だに激しく痛む。だが、しばらく動かないで(実際には動けなかったが)いたためか、何とかギリギリ立ち上がれるくらいは出来るようになった。それでも、今にも意識を失いそうだが。

「あっ、こ、香乃宮くん!? ダメだよ動いちゃ!」

「そ、そうよ! 早く治療しないと・・・・・!」

 光司が立ち上がったのを見た陽華と明夜は、とりあえず意識をそちらに向けた。

「そ、それを言うなら君たちもだよ・・・・・い、今はアドレナリンが出ているから、痛みはある程度しか感じないかもしれないけど・・・・・・・君たちも、相当な負傷のはずだ」

「あ・・・・・・・・」

「た、確かに・・・・・・・っ、何かそう思ったら急に痛みが・・・・」

 光司から逆にそう指摘された陽華と明夜は、自分たちもかなりの負傷を負っている事を思い出した。陽華は左肩辺りに、ダークレイの片翼が変化した闇の光を受け左腕が上がらないし、格闘戦でもダメージを受けた。明夜は右肩辺りの骨が砕かれ右腕が上がらないし、左腕に光線が掠った傷も負っていた。光司の指摘通り、あと少しすれば再び凄まじい痛みが2人を襲うだろう。2人とも、普通に重症である。

「どういった状況か、正確には僕も理解は出来ない。・・・・けど、あの闇人やレイゼロール、それにスプリガンは姿を消した。とにかく、僕たちは連華寺さんを連れて、早くこの場から退却するんだ」

 多少は呼吸が楽になってきたのか、光司は言葉を詰まらせずにそう言った。

 すると、光司がそう言った直後、陽華や明夜、光司や気を失っている風音の体が、突如として光に包まれ始めた。 

「ッ!? 転移の光・・・・・?」

 その光の意味をよく知っている光司が、どういう事だといった感じの表情を浮かべた。というのも、戦闘前にダークレイが行ったある行動と言葉を光司はしっかりと覚えていたからだ。

 ダークレイは陽華と明夜を呼び寄せると、小瓶のようなものを地面に叩きつけた。そしてダークレイは転移を封じたと言った。

 しかし、この光が現れたという事は、光司たちは転移されるという事だ。行き先はおそらく神界だろう。光導姫である陽華と明夜、それに風音はソレイユの元へ。守護者である光司はラルバの元へ。傷を癒すために。

 ゆえに、光司は疑問を覚えたのだ。真っ先に考えたのは、ダークレイの言葉が嘘であったのではという事だ。しかし、実際にソレイユは戦闘中に陽華と明夜を転移させて逃がさなかった。ダークレイの言葉が嘘であったのならば、ソレイユは陽華と明夜を転移させ逃したはずだ。陽華と明夜は奇跡的に逆境の中『光臨』を会得し、ダークレイをあと一歩という所まで追い詰めたが、本来2人はまだ最上位闇人と戦うレベルには達していなかったからだ。

 実際は単に転移を阻害する力の効果が、制限時間である30分を超えて切れただけなのだが、当然光司はその事を知らない。その事を知っていたのはダークレイだけだ。ソレイユとラルバは転移を阻害する力が消えたのを察知したため、転移を開始したのだった。

「え、ええと・・・・とりあえず、またね香乃宮くん!」

「ま、また明日学校で」

 光が徐々に輝きを増していく。あと数秒で転移が始まるだろう。その事を光司同様に知っている陽華と明夜は、とりあえず光司にそう言葉を送った。しかし、2人もこの唐突な転移には少し戸惑っているようだった。

「う、うん・・・・・・またね朝宮さん、月下さん・・・・・・・」

 2人からそう言われた光司も、少しぎこちない感じでそう返答した。色々とあった後にこの急な転移だ。3人の態度や雰囲気がこうなるのは仕方がないだろう。

 そうして、やがて陽華、明夜、風音、光司は完全に光に包まれこの世界から姿を消した。

 ――最後は色々とあり、形容し難い雰囲気になってしまったが、こうして光導姫対闇導姫の戦いは終わったのだった。












「貴様が我の味方になるだと・・・・・・・・・・・・・?」

 一方、現実世界とは少しだけズレた空間にあるシェルディアの『世界』。そこでスプリガンから衝撃的な事を言われたレイゼロールは、意味が分からないといった感じの表情を浮かべ、鸚鵡返しにそう呟いた。

「ああ、そう言ったんだ。これからは、俺もお前の目的を達成するのを手伝ってやるってな」

 影人はレイゼロールの言葉を首肯した。レイゼロールの顔を見た影人は、たぶん自分もシェルディアにこの計画に協力してもいいと言われた時には、同じような顔になっていたんだろうなと、どうでもいい事を考えた。

「え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?」

 影人の発言を聞いて1番驚いたのは、キベリアだった。キベリアはほとんど絶叫するような声を上げていた。ちなみにではあるが、シェルディアの『世界』顕現があまりに突然過ぎたので、キベリアの姿は本来の姿のままだった。しかし、スプリガンのその発言のあまりの驚きのせいで、キベリアはその事に気がついていない。

 だが、影人がキベリア本来の姿を見て驚いていない事からも分かる通り、影人は既にキベリアがシェルディアと一緒に暮らしているキルベリアだと知っている。シェルディアと仲直りした時に、教えてもらったのだ。その事を聞いた時は影人もかなり驚いたものだが、その時に驚いていたおかげでいま驚かずに済んでいるので、よかったと言うべきだろう。

「ちょっとうるさいわよキベリア。少し黙ってちょうだい」

「え、あ、すいません・・・・・で、でも仕方ないじゃないですか! 流石に今の発言は驚きますって!」

 そんなキベリアの反応に、シェルディアがムッとした顔になりながらそう言った。シェルディアからそう言われてしまったキベリアは、謝罪の言葉を述べながらも、軽くそう反論した。

「味方になる・・・・? あんた、何言ってるのよ・・・・・・」

 当然驚いたのはキベリアだけではない。影人に助けられたダークレイも、キベリア程ではないが驚いていた。ダークレイはレイゼロールからスプリガンがどのような人物であるか聞かされている。そのため、ダークレイも今の言葉に驚けるだけの理解はあった。

「・・・・・・・・別に闇人どもの反応が欲しいわけじゃないんだがな」

 キベリアとダークレイの反応を見た影人は、帽子を片手で押さえながらそう呟いた。格好をつけていかにもそれらしい事を言っているが、特に意味はない。強いて言えば、スプリガンらしさを演出するための言動だ。こんな時でも厨二である前髪はそういう事を忘れない。見方によれば一種のプロ意識だが、普通に考えれば色々と残念極まりないバカである。そしてどう考えても、前髪は後者である。

「ふふっ、でもこの状況はやはり驚くべきものね。それでいて、とても面白い。スプリガンはこう言ってるけど、どうする? レイゼロール」

 シェルディアはこの状況を楽しみながら、レイゼロールにそう質問した。ちなみに、シェルディアがこの状況を楽しんでいるというのは演技ではない。もちろん言葉からわかるように演技はしているが、楽しんでいるのはシェルディアの気質によるものだ。

「・・・・・・・・・貴様がどういった意図でそう言ったのかは知らん。だが、信じると思うか? お前のその言葉を」

 シェルディアからそう聞かれたからではないが、レイゼロールはスプリガンにそう言葉を返した。

「そもそも、我は例えお前が本当に味方になるとしても、お前を我の陣営に入れるつもりは全くない。お前は全てが謎の怪人だ。そして、今までのお前の行動・・・・・・・・お前を信用する事など出来るはずがない」

 続けられたレイゼロールの言葉は、スプリガンをはっきりと拒絶するものだった。

「・・・・・・ふん。やはり、そう言うかよ。まあ、お前のその考えはよく分かる。この状況なら普通、誰だって俺の言葉を疑うからな。だが・・・・・・・・・お前のその判断は、正直に言ってバカだぜ」

 レイゼロールに拒絶された影人は、レイゼロールの心情に理解を示しながらも、しかしはっきりとそう言葉を述べた。

「・・・・・・・・・・何だと?」

「もっとはっきり言ってやろうか? お前の判断は間違いだと言ったんだよ。この際、俺の言葉が嘘か真かは一旦置いとく。お前は、ただ首を縦に振れば、俺という戦力が手に入るんだぜ? お前やそこにいるシェルディアと対等に戦った、俺という戦力がな」

 嘲りの色を含んだ声で、影人は少しだけ口角を上げそう言った。さあ、ここからが正念場だ。口に出した言葉とは裏腹に、影人は内心で気を一層に引き締めた。

「っ、待て。我ばかりでなく、貴様とシェルディアが対等だと・・・・・・・・・?」

 その言葉を受け、レイゼロールの表情が変わった。スプリガンがシェルディアと対等だというその言葉を、にわかには信じられなかったからだ。

「ああ、その言葉は本当よレイゼロール。あなたには言ってなかったけど、私はこの前あなたに会いにいった日、結局スプリガンと戦った。その結果は、いま彼が言ったみたいに互角。引き分けよ」

 スプリガンの言葉が真である事を証明するように(まあ実際は先ほども指摘したように嘘なのだが)、シェルディアがレイゼロールにそう伝えた。シェルディアは今日この瞬間まで、レイゼロールにスプリガンと戦ったという事と、その戦いの結果を伝えていなかった。その理由は、単純にシェルディアがレイゼロールにその事を伝えるのを面倒くさがったのもあるが、まあ色々とその方が都合が良かったからだ。

「っ、どういう事だシェルディア。貴様、スプリガンとの戦いで『世界』は使わなかったのか・・・・・・・・!?」

 シェルディアの言葉が信じられないといった風に、レイゼロールはシェルディアにそう聞き返した。レイゼロールはシェルディアの強さを昔から知っている。シェルディアは神であるレイゼロールを超えるほどの力を持つ化け物だ。むろん、今のレイゼロールの力は完全ではない。しかし、シェルディアの強さは完全であった時のレイゼロールと比べても、ほとんど遜色ない強さだ。

 ゆえに、レイゼロールは未だにその言葉が信じられなかったのだ。なまじ昔からシェルディアの強さをよく知っているがために。

「もちろん使ったわ。死者使役も星落としの力もね。でも、彼はそれでも生き残り、その果てには・・・・・・『世界』を顕現させたわ」

「なっ・・・・・・・・」

 その返答を聞いたレイゼロールは絶句した。シェルディアから、スプリガンが『世界』を顕現させたという事は伝えられていなかったキベリアも、「え、嘘・・・・・・・・」と呆然としていた。

「『世界』の顕現だと・・・・・・・? バカな、ありえん! あれはただ力が有れば使えるというものではない! 例えスプリガンに力の資格があろうとも、そんな簡単に使えるはずなど!」

「あなたの気持ちは分かるわ。『世界』を顕現させる事がどれ程に難しいか、あなたはよく知っているものね。でも、これは事実よレイゼロール。彼の『世界』に取り込まれ、私も危うく死にかけた。不死であるこの私がね」

「ッ!?」

 真剣な顔を浮かべながらそう言ったシェルディア。これは嘘ではなく事実だ。そして、その事実を聞かされたレイゼロールは、再び信じられないといった表情を浮かべた。

「だから、安易にスプリガンの話を蹴るのは少しどうかと思うわ。それは即ち、『世界』を顕現できる者を明確に敵に回すという事だから」

 そして、シェルディアはレイゼロールにそう提言した。

(ありがとよ嬢ちゃん。そして、あの時はマジで本当に悪かった・・・・・・)

 その言葉を聞いていた影人は、内心でシェルディアに感謝と謝罪の言葉を述べた。シェルディアは、要はスプリガンがどれだけ底知れないかという事を説いてくれているのだ。これは本当に複雑な気持ちになるが、今となってはシェルディアと戦って良かったと影人は考えていた。でなければ、今のこの状況にはならなかったからだ。

「・・・・・・・・・・お前はこういう時に嘘をつく者ではない。ならば、お前のその言葉はやはり事実なのだろう。スプリガンが『世界』を顕現し、お前を追い詰めたというのは」

 ゆっくりと息を吐き、レイゼロールは冷静さを取り戻した。そして、シェルディアの言葉をしっかりと受け止めた。

「・・・・・スプリガン。お前は本当に我の想像の上をいく底知れぬ者だな。まさか、そこまでの力を持っていたとは思わなかった」

「・・・・・・・・・・ふん。まあただ出来るってだけだ。大した事じゃない。・・・・・さて、今のそこの吸血鬼の話を聞いて、お前の判断がやはり愚かだという事は証明されたわけだが・・・・気は変わったか、レイゼロール」

 スプリガン時特有のクールな態度で影人はレイゼロールにそんな言葉を放った。あくまでシェルディアと同等レベルの強者ぶっているが、影人は今のところ再び『世界』を顕現する事は出来ない。あれはあくまで裏技だ。その事は実は影人の精神世界の禁域に住む影にも言われた事だ。『世界』の顕現は1度きり。影人が再び『世界』を顕現させるには、それなりの修練を積まなければならない。

 つまり、これはブラフを交えた交渉。一種の戦いだ。影人はどうしても、レイゼロールサイドに入りたい。それが、今後の光と闇の戦いの結果を左右する事に繋がるからだ。

 ゆえに、シェルディアに協力してもらい、影人はレイゼロールに自分の最も強い有用性である、強さをいま伝えたのだ。

「・・・・・確かに『世界』を顕現できる程の強さを持った貴様が我の陣営に入れば、我の戦力は大きく跳ね上がる。貴様は一騎当千の力を持つ者だからな。・・・・・・・正直に言ってしまえば、我はお前の力が欲しい」

 影人の言葉を聞いたレイゼロールは、スプリガンの有用性を認めた。そして、スプリガンが欲しいとはっきり言った。

「・・・・・なら、話は決まりだ。まあ、色々あったがこれからは――」

 内心でホッと息を吐きながら、影人がそう言おうとすると、レイゼロールがこう言葉を割り込ませてきた。

「だが、我はやはりお前を信用できない。スプリガン、お前を我の陣営に入れろというその要求、我は再度それを拒絶する」

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