第197話 闇を助く影

 レイゼロールよりも速く、ダークレイの元に奔った黒い影。その影は白い光の奔流に呑み込まれようとしているダークレイの前に立ち、ダークレイを左手で後方へと押した。

「え・・・・・・?」

「全てを砕け、我が拳。光を喰らえ」

 意味がわからないといった感じでダークレイが呆けたような顔を浮かべる。ダークレイの前に立った黒い影――鍔の長い帽子(いわゆるハット状の)を被り、黒衣の外套をはためかせながら、真っ黒な闇に染まった拳を、白い光へと放った。真っ黒に染まった拳は、高密度の『破壊』の力を宿している事を示していた。

 言葉により一撃の威力を強化された黒い拳が、浄化の力を宿した光の奔流と激突する。凄まじい力の白の光の奔流を拳1つでどうにかしようとする。本来ならば、そんな事は不可能だろう。

 だがその謎の影は、不可能を嘲笑うかのように自身の拳を押し込み続け、やがては白い光の奔流を『破壊』したのだった。

「「えっ・・・・・」」

 自分たちの最大浄化技である光の奔流が無効化されたという事実に、陽華と明夜は呆然とした。

「なっ・・・・」

「え、ええ・・・・・!?」

「っ・・・・!?」

「ふふ、面白くなってきたわね」

 呆然としたのはダークレイや2人だけではない。レイゼロールも、キベリアも、光司も呆然としたような顔になっていた。唯一、シェルディアだけは楽しそうに笑っていた。

「あ、あんたは・・・・・・・・」

 突如として自分を助けた影――いや、正確には黒衣の男の背を見つめながら、ダークレイはその目を見開いた。

「・・・・・・よう、この前ぶりだな。失礼女」

 男は少し首を動かしながら、チラリとその金の瞳をダークレイに向けた。その瞳の色、その声をダークレイは知っていた。いや、ダークレイだけではない。その男の事は、この場に存在する全ての者が知っていた。

「な、何で・・・・・・何で、あなたが・・・・・」

「いったい・・・・・どうして・・・・・・・・・」

 陽華と明夜が信じられないといった顔で、そう言葉を漏らす。そう2人には目の前の光景が信じられない。

 なぜならば、2人の最大の浄化技を無効化し、ダークレイを助けたその人物は、今までに何度も自分たちを助けてくれた人物だったからだ。

「「スプリガン・・・・・・・・」」

 陽華と明夜は、ダークレイを守るように自分たちの前に現れた黒衣の男の名を呟いた。











(・・・・・ありがとよ朝宮、月下。お前らのおかげでを演出できた。そして・・・・・・悪いな、色々と。心の内だけになっちまうが、謝罪をしておくぜ)

 陽華と明夜の渾身の攻撃を拳1つで無力化したスプリガン、もとい影人は2人を見つめながら内心そう呟いた。

 影人の目的。それはこの状況を演出する事だった。レイゼロールサイドの最高戦力である最上位闇人を窮地から救い出す事。要は、いつもの仕事と逆の事だ。

 なぜ、そんな事をする必要があるのか。スプリガンとは影から光導姫や守護者を助ける存在ではなかったのか。もし万が一、スプリガンの正体を知る者がいれば、そう思うかもしれない。なぜ、敵を助けたのかと。

 更に言うならば、影人が介入しなければ陽華と明夜の攻撃はダークレイに通っていたかもしれない。そうなれば、ダークレイはほとんど間違いなく浄化されていた。最上位闇人というレイゼロールサイドの重要な戦力を削れるチャンスを、影人は不意にしたのだ。

 それはどうしても必要だったからだ。レイゼロールサイドに、いやレイゼロールに貸しを作る事が。その理由を知っているのは、影人とソレイユとシェルディアだけだ。

「いったい、何のつもりだ。スプリガン・・・・・・!」

 透明化を解除したレイゼロールは、スプリガンの斜め後方に出現した。その顔にいつもの氷のような無感情さは見られない。驚きと不審さ、そのような色がレイゼロールの顔には広がっていた。

「っ、レイゼロール・・・・・!?」

「ど、どうしてここに・・・・・・!?」

「ば、ばかな・・・・レイゼロール、だと・・・・・!?」

 レイゼロールが姿を現した事に、陽華と明夜、光司が驚愕した。レイゼロールに名を呼ばれた影人は、体を半分だけレイゼロールの方に向けた。

「・・・・・やっぱりいやがったか、レイゼロール。お前もロンドン以来だな」

 そんなレイゼロールに、影人はいつも通りクールな怪人を演じながらそう言葉を返した。やはり、自分の考えは間違ってはいなかった。

「そんな事はどうでもいい。我がお前に聞いているのは、どういう意図でダークレイを助けたのかという事だ。我の質問に答えろ、スプリガン!」

 珍しく声を荒げながらレイゼロールが再びスプリガンを問い詰める。今まで自分や部下の最上位闇人たちと何度も戦い、邪魔をしてきた謎の男スプリガン。正体不明・目的不明であり、闇の力を有し、凄まじい戦闘能力を持つ怪人。今まで光導姫や守護者を助けた事はあっても、闇人を助けるなどという事はなかった。

「・・・・・・・多少状況が変わっただけだ。俺の目的を達成するためのな。そして、それについてお前と少し話がしたい。・・・・闇の女神、レイゼロール」

「ッ・・・・!? 貴様、我の正体を・・・・・・本当に、いったいお前は何者なのだ・・・・!」

 影人にそう呼ばれたレイゼロールは衝撃を受けたように一瞬息を呑んだ。スプリガンはレイゼロールの事を「闇の女神」と呼んだ。それが示すのは、スプリガンは知っているという事だ。レイゼロールが神であるという事を。

「っ、あんた・・・・・」

「知っている・・・・・? スプリガンは、レイゼロール様の正体を・・・・・・・」

「あらあら、これはまた・・・・・」

 闇の女神という単語を聞いて、レイゼロール同様に驚いたのはダークレイとキベリアだけだった。2人はレイゼロールサイドだ。レイゼロールが何者であるのかは知っている。一応、シェルディアも驚いた風の表情を浮かべてはいるが、シェルディアのそれは演技だ。ゆえに真に驚いているとはいえない。

「「「っ・・・・・・・・?」」」

 陽華、明夜、光司の3人はレイゼロールの正体を知らないので、その単語を聞いてもピンとはこなかった。

「話だと・・・・・・・・・? ふざけるなよ、我らの邪魔ばかりして来たお前が・・・・・! いったい、何の冗談だ・・・・!」

「・・・・・お前の言いたい事は理解できるぜ。だがな、言っただろ。状況が、事情が変わったんだ。だから、俺が言っている事は冗談なんかじゃない」

 スプリガンの言葉を全く以て信じられないといった感じで、レイゼロールがそのアイスブルーの瞳で影人を睨みつける。レイゼロールに対し、影人はあくまで真剣にそう返答した。 

「・・・・・・何のつもりよ。私を助けたつもり? 不審者男」

 ポツリとそう声を漏らしたのは、ダークレイだった。ダークレイはまるで一周回って普通の態度に戻ったかのような抑揚のない声でそう言った。

「・・・・・まあ、そうなるな。だが、お前を助けたのは俺のためだ。だから、お前は別に俺にを抱く必要はない」

 いらない気持ち。それは窮地を救った事に対する、感謝の気持ちなどといったものの事だ。かなり回りくどい言い回しだが、端的に、それでいて多少は格好をつけた言い方にするには、これがベストだとアホの前髪は考えた。どう考えても理解が難しいし、言葉が足りないのにだ。

「・・・・・・ふん。あんたに言われなくても、感謝なんてしてやらないわ。むしろ、余計な事をしてくれたせいで、ますますあんたが嫌いになったわ」

 しかし、ダークレイはよほど理解力が高かったのか、正確に影人の言葉の意味を理解していた。ダークレイは言葉通り嫌悪の視線を影人へと向けた。

「スプリガン・・・・・・・何で、何でなの? あなたは私たちを何度も助けてくれた。だから私は、私たちは、あなたはきっと味方だって、仲間になれるって・・・・・」

「あなたはなぜその闇人を助けたの・・・・・? 分からない、分からないわ。あなたはいったい何がしたいの? あなたの目的は・・・・・・・・」

 未だに呆然とした表情を浮かべている陽華と明夜は、まるで独り言を言うかのように影人にそう言ってきた。そして同時に『光臨』の限界時間が来たのだろう。2人の変身は強制的に解除され、陽華と明夜の背に生えていた光翼の片翼も、光の粒子となって散っていった。

「・・・・・お前たちの質問に答えるつもりも、義理もない。俺はただ俺の目的のために動いてるだけだ。何度かお前ら光導姫を助けた事があるのも、それが理由だ。・・・・・・・・勝手に俺をお前らの味方にするな」

 陽華と明夜からそう言われた影人は、どこか冷めたような口調でそんな言葉を述べた。もちろん嘘に塗れた演技だ。本当は影人は陽華や明夜たちの味方だし、その主な目的、というよりも仕事は2人を助ける事。しかし、その事を陽華と明夜は知らない。

(ひでえ顔してやがるぜ・・・・・・・・まあ、その原因は間違いなく俺だがよ。その様子だと、やっぱりお前らはまだ俺の事を信じてたみたいだな)

 影人は内心でそんな事を考えていた。表の態度におくびにも出さずに。ソレイユから何度か聞いていたが、陽華と明夜は影人の事を、スプリガンの事を信用していた。今まで何度も信じられない機会はあっただろうに。それでも、2人はスプリガンの事を信じ続けていたのだ。

 だが、影人は再びその信用をドブに捨てるようなそんな行為をした。光導姫の敵である闇人を助けるという。今回のこの行為は、また2人のスプリガンに対する信用にヒビを入れるものになるだろう。それも、大きな。

(だが、それでいい。いいんだ。逆にここでこの状況を演出できたのは最高だ。なぜなら、朝宮と月下は覚醒した。覚醒する前に俺がこの状況を作り、この後の展開が成功すると仮定して、それを朝宮や月下が知れば、朝宮と月下はまた多少は落ち込んだはずだ。自惚れでなく、今までの事実から考えるとな)

 覚醒。ここで言う覚醒とは『光臨』の事だが、2人は強い正の気持ちを抱く事でその段階に至った。それは影人の雇い主であるソレイユからすれば、願ったり叶ったりといった感じだ。ソレイユは、光導姫として凄まじい資質を秘めている陽華と明夜に期待しているからだ。もしかすれば、2人がレイゼロールを浄化してくれるかもしれないと。

 影人がなぜこのタイミングで闇人を助けるという状況を演出できた事を最高と考えたのか。それは、影人が思考したように、再び陽華と明夜の信頼にヒビを入れる行動をする前に2人が『光臨』を会得したからだ。

 ソレイユからの受け売りにはなるが、『光臨』を会得するのに必要なのは、その者の限界を超えた強い正の想い。その前に、2人が信じていたスプリガンがこのような行為をしたと聞けば(結果的には陽華と明夜の前でこの行為をしてしまったが)、お人好しな陽華と明夜は少しは暗い気持ちを抱いただろう。そうなれば、2人は『光臨』を会得するのはもう少し遅れていたはずだ。『光臨』の会得には心の状態が大きく作用するからだ。

 以上のような事を踏まえ、影人はここでこの状況を演出できたのは最高だと考えたのだった。

「え、ええっと・・・・・ど、どうしますかシェルディア様。何か、予想外の事態になっちゃいましたけど・・・・・・・」

 一連の光景を、閉ざされた『世界』の中からシェルディアと一緒に見ていたキベリアは、困惑したような表情で隣のシェルディアにそう聞いた。

「ふふっ、そうね・・・・・・・・面白そうじゃない。スプリガンがレイゼロールと話がしたいなんて。結局、彼とはこの前に戦って引き分けみたいになってしまってそれ以来だけど・・・・・・・・ここは私が一肌脱いであげましょうかね」

 キベリアの言葉を受けたシェルディアは、アンティーク調の椅子に座りながら笑みを浮かべた。むろん、シェルディアのこの態度は演技であり、その言葉も嘘だ。シェルディアは影人の協力者。この流れは、既にここに来る前に影人と打合せしてある。

 ちなみに、シェルディアと影人の戦いの事はキベリアには今シェルディアが言ったように伝えてある。その事を聞いたキベリアは「え? シェルディア様と引き分け・・・・・? え、何かもう色々感情処理しきれなくて、ただただドン引きなんですが・・・・・」と言葉通りドン引きしていた。

 まあ、実際は影人が敗北したわけだが、あの戦いの結果を知る者はソレイユと影人とシェルディア以外にはいない。ゆえに、そちらの方が色々都合がよかったので、キベリアには嘘の事実をシェルディアは伝えたわけである。

「『世界』顕現、『星舞う真紅の夜』」

 シェルディアが右手の指をパチリと鳴らした。すると一瞬にしてシェルディアを中心に世界がその姿を変えた。空に無数の星が煌めき、真紅の満月が夜空に坐し、無限とも思える荒凉たる大地が広がる『世界』へと。

「ッ!? この『世界』は・・・・・・・貴様か、シェルディア・・・・!」

 突如として変わった世界にレイゼロールは一瞬驚いたが、この『世界』をよく知っていたレイゼロールは、シェルディアの姿を見つけるとそう言葉を放った。『世界』を顕現した際に、シェルディアは自身の『世界』の応用による認識阻害を解除していた。ゆえに、レイゼロールはシェルディアとその隣にいるキベリアの姿を視認できた。

「何日かぶりねレイゼロール。観察していたら、何だか面白そうな展開になったから、私が気を利かせてあげたわ」

 シェルディアは変わらず椅子に座りながら、レイゼロールに向かってパタパタと軽く手を振った。シェルディアの隣にいたキベリアは、レイゼロールに向かって苦笑いを浮かべていた。どう反応していいか分からなかったからだ。

「余計なことを・・・・・・」

 シェルディアの言葉を聞いたレイゼロールは、どこか苛立ったようにそう言葉を呟いた。シェルディアが自分と同じように戦いを観察していた事に対する驚きはない。なぜならば、シェルディアだからだ。シェルディアと長い付き合いのレイゼロールは、それだけの理由で納得できた。

「あら、気を利かせたのに失礼しちゃうわね。ちゃんと邪魔者であろう光導姫や守護者は、この『世界』に入れないようにまでしてあげたのに」

 どこかわざとらしいようにシェルディアはそう言葉を続けた。シェルディアの言葉通り、今シェルディアの『世界』にいるのは、シェルディア、キベリア、ダークレイ、レイゼロール、そしてスプリガンの5人だけだ。陽華と明夜、それに光司は現実世界に存在している。シェルディアが3人(風音も当然いない)を『世界』に入れる事を許可しなかったからだ。3人からすれば、ダークレイやレイゼロール、スプリガンは突如として消えたように見えただろう。

「さて、どうやらレイゼロールは機嫌が悪いようだし、後はあなたにお任せするわスプリガン。あなた、レイゼロールに話があるんでしょう? ここならゆっくりとその話が出来ると思うのだけれど」

「ふん。怪物の気まぐれか・・・・・・・・だが、今回だけはその気まぐれ、利用させてもらうぜ」

 シェルディアは話をする相手を、レイゼロールから黒衣の怪人へと変え、そんな言葉を述べた。シェルディアの言葉を受けた影人は、ぶっきらぼうにそう返事をした。

(ありがとよ嬢ちゃん。ここまでは計画通りだ。だが、問題はこの後なんだよな・・・・)

 影人は内心でシェルディアに感謝した。レイゼロールと話をする場を整えてくれた事に。同時に、これからの事が上手くいくか、一抹の不安を覚えながら。

「・・・・・・・レイゼロール、まどろっこしい事はなしだ。単刀直入に言うぜ。――。この俺が、

 そして、影人はレイゼロールに対して、唐突にそんな言葉を放ったのだった。

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