第192話 危機到来

「ッ!? 風音さん!?」

「嘘でしょ、風音さんが負けた・・・・・・・・・?」

 ダークレイの一撃を腹部に受け、気を失い地面に伏した風音。その光景を見ていた陽華と明夜は、信じられないといった感じの表情を浮かべた。

「・・・・・・あんたは強かったけど、常にあの2人の事を気にしていた。それが、私に負けた原因よ」

 気を失い変身が解けている風音に、ダークレイはポツリとそんな言葉を送った。この光導姫は本当はこの程度の攻防で倒れるような者ではなかったはずだ。だが、この光導姫は完全に自分との戦いに集中できていなかった。

『殺せ』

「っ・・・・・!」

 ダークレイが風音を見下ろしていると、そんな思念がダークレイの内側に響いた。この一方的な思念の伝播は近くでこの戦いを観察しているレイゼロールのものだ。レイゼロールは、闇人と自分の見えない経路のようなものを通して一方通行的に思念を送る事が出来るのだ。

『その女はおそらく現代の光導十姫の1人だ。殺せばソレイユ側の戦力を大きく削る事が出来る。だから、殺せ』

 急かすようにまたレイゼロールの思念がダークレイの内側に流れ込んでくる。ダークレイはその思念を不快に思い、倒れている風音を抱き起こした。

「あんたら、しっかり受け止めなさいよ」

 そして、ダークレイは風音を陽華と明夜の方に向かって投げた。ダークレイの身体能力とパワーは人間を遥かに超えている。風音は宙を舞った。

「え!? ちょ、まっ!」

「よ、陽華! 風音さん受け止めて! 絶対よ!?」

「わ、分かった!」

 意味の分からない事態に戸惑いながらも、陽華と明夜はそう言葉を交わし合い、陽華が落下してくる風音を何とか受け止めた。光導姫形態だったので、風音を落とす事はなかった。

(ッ・・・・・ダークレイ、やはり素直に扱う事は難しいか・・・・)

 その光景を見ていたレイゼロールは、内心でそんな事を思った。ダークレイは、あの2人を殺すという命令には戦力としての問題と溜まっていた鬱屈から了承したが、あの光導姫を殺さなかったのは、自分からの追加の命令に苛立ったからだろう。つまり、この行為はレイゼロールに対する意趣返しだ。そんな命令にまで従う義理はないと。

「な、何のつもりなの!?」

「別に・・・・・ただ、あいつの声が癪に障っただけよ」

 その事を知らない陽華がダークレイにそう疑問の声を飛ばした。ダークレイは陽華の疑問にそう答えただけだった。

「それより、次はあんたらの番よ。私の目的はあなた達2人。これで、あんた達を守ってくれる光導姫は無力化された。・・・・・・・・悪いけど、あんた達には死んでもらうわ後輩」

 続けて、ダークレイは酷薄な目を陽華と明夜に向けた。この命令は戦力として自分の役割として自身が了承した事だ。ゆえに、ダークレイがこの世で1番嫌っているレイゼロールの命令だとしても、この命令は果たす。他の者がこの事を知れば、矛盾しているかのように思うだろうが、それが既に闇に堕ちて壊れているダークレイの考えだ。

「「っ・・・・・・・!」」

 ダークレイから改めて今の自分たちの状況を突きつけられた2人は、焦ったような表情になる。ダークレイの指摘通り、風音が倒れた今、陽華と明夜は限りなくピンチだ。風音が負けた相手に、自分たちが勝てると思うほど、陽華と明夜は自惚れてはいない。

「ごめんいま戻った! 彼女は安全な場所にしっかり送ったよ! ッ、連華寺さん!? いったいこれは・・・・・!?」

 だが、不幸中の幸いと言うべきか、光司が戦場に戻って来た。光司は陽華が抱え気を失っている風音を見て驚いたような表情を浮かべた。

「香乃宮くん! その風音さんは・・・・・・・」

「あの闇人の拳を受けて意識を失ったの。だから、風音さんはもう戦いには参加できない」

「っ! 負けたというのか、『巫女』が・・・・」

 明夜が光司にその事実を伝える。明夜からその事実を伝えられた光司は、ショックを隠せないような声でそう言葉を漏らした。

「・・・・朝宮さん、月下さん。連華寺さんを連れて逃げるんだ。『巫女』が敗れた今、正直僕が戻って来たとはいえ、僕たちが勝てる見込みは限りなくゼロだ。君たちは逃げられないと言ったけど、時間は僕が何とか稼いでみせるから・・・・・・・・!」

 状況を理解した光司は、覚悟を感じさせる声で陽華と明夜にそう言った。光司は剣を構えて、2人を守るように前に出た。

「そんなのダメだよ香乃宮くん! だって、そんな事したら香乃宮くんが・・・・・!」

「下手をすれば殺されるわ。風音さんがあの闇人に殺されなかった理由は、正直に言えば分からないけど、それは気まぐれかもしれない。香乃宮くんが殺される可能性は十二分に存在する。同級生が殺されるかもしれないっていうのに、おめおめと逃げるなんて私たちには出来ない」

 光司からそう言われた2人は、光司の提言を拒絶した。光司が強いのは2人も知っている。しかし、光司は守護者だ。光導姫と違って、守護者に能力はない。そんな守護者が、『巫女』を破った最上位闇人と1対1で戦うなど自殺行為に等しい。研修を得て色々と知識をつけている2人はその事を理解していた。

「それなら私たちも戦う! 香乃宮くんを見捨て逃げるなんて私たちには出来ない!」

「そうよ。それだけは出来ないわ。死人なんて出させない。絶対にみんなで生き残るのよ!」

 そして、その事を許容できる陽華と明夜ではなかった。陽華は気を失っている風音を戦場から離れている場所にそっと横たわらせた。

「っ・・・・・・・・・・・分かった。なら連華寺さんに代わって、絶対に僕が君たちを守ってみせる!」

 2人の答えを聞いた光司は様々な葛藤の末、その首を縦に振った。こうなったら、光司が何を言っても陽華と明夜は絶対に退かないだろう。その事が分かっている光司は、先ほどとは違う種類の覚悟を決めそう宣言した。陽華と明夜も、真剣な表情で再びガントレットと杖を構えた。

「・・・・・・・ふん。どっちにしても、宣言した通りあなた達を逃すつもりはなかったけど・・・・・その勇気、いや蛮勇だけは認めてあげるわ」

 3人のやり取りを黙って見ていたダークレイは、どこまでも闇に沈んだ冷酷な瞳で3人を見つめた。

 陽華と明夜にとって、今までで最大に危険な戦いが始まろうとしていた。











(・・・・・・・マズイな、こりゃ)

 その光景を姿と気配を消し見守っていたスプリガン、もとい影人は心の内でそう呟いた。『巫女』が倒れ、光司が戻って来たと言っても、陽華と明夜が直接的に最上位闇人と対峙するこの状況は、相当に危険な状況だ。

(今のところチャンスとは真逆の状況だぜ。まだ何とか助けに入らずに状況を窺えてる感じだが・・・・・・ここからは、いつ俺が助けに入らないといけない状況になるか分かったもんじゃない)

 出来ればその状況は避けたい。今日影人がこの場にいるのは、光導姫や守護者を助ける事が本目的ではないからだ。いや、ソレイユが最初に影人をこの場に派遣しようとした理由はそれだが、シェルディアの提言を聞いて、それは本目的ではなくなった。むろん、どうしようも無い危機が陽華や明夜に訪れれば、影人はその本目的よりもいつもの仕事を優先する。

 だが、またいつ最上位闇人が光導姫や守護者と戦う状況が訪れないか分からない今、ここで本目的を遂行したいと影人は、いや影人とソレイユは考えていた。なぜならば、影人たちの目的には時間が関係しているからだ。

『影人、この状況は極めて危険です。なので、私はここに「提督」を追加で派遣しようと思っています。陽華や明夜、それにあの守護者を信頼していないわけではありませんが・・・・・・最上位闇人であるシオンと直接戦えば、高確率で敗北します』

 影人がそんな事を考えていると、同じ事を考えていたソレイユがそんな事を言ってきた。ソレイユはダークレイが施した転移禁止の力の効果が、一方向のみを阻害するものだという事を感覚で理解していた。つまり、既にこの場にいる陽華や明夜、風音はここから違う場所に転移させる事は出来ないが、違う場所からこの場に他の人物を転移させる事は可能だという事だ。

 普通ならば正しい判断だ。しかし、影人はソレイユの言葉にこう言葉を返した。

(たぶんそれは意味がないと思うぜソレイユ。この戦いを観察してるのは俺たちだけじゃない。嬢ちゃんとのキベリア。それと・・・・・レイゼロールもいるはずだ)

『ッ、レールがですか?』

(ああ。たぶん俺みたいに気配と姿を消してな。嬢ちゃんみたいに『世界』の応用で認識を阻害してはいないと思うがな)

 影人がなぜそう思っているのか疑問に思っているだろうソレイユに、影人は自分がそう考える理由を伝えた。

(まず、この場や他の場所に最上位の闇人が出現していない事。これが1つの根拠だ。レイゼロールはバカじゃない。光と闇が激突する戦場には、スプリガンが出現する可能性をちゃんと分かっているはずだ。そして、俺が現れれば朝宮と月下は高確率で殺せない。今のところ、俺は闇人を攻撃してる回数の方が多いからな)

 スプリガンは正体不明・目的不明の怪人。光導姫や守護者を攻撃した事はあるとはいえ、その矛はレイゼロールサイドに向けられている事が多い。その事はレイゼロールも分かっているはずだ。

(そのレイゼロールが、俺が現れた時のケアを全くしていない、なんていうのは俺には考えられない。なら残る可能性は、俺が現れた時のそのケア役をレイゼロール自身がしてるって事だ。レイゼロールなら、確実に俺を止められる。その間に、ダークレイが朝宮と月下を殺す。それがケアとしてのプランだろうぜ)

 だから、影人はレイゼロールが自分と同じようにこの戦いを近くで観察していると考えるのだ。それならば、影人が乱入してもレイゼロール自身が対処できるから。

(で、当然レイゼロールのそのケアは他の光導姫や守護者が来ても効くわけだ。レイゼロールがそいつらの相手をする。で、そこに俺が現れたらレイゼロールが俺の相手をして、追加された光導姫や守護者には大量の造兵をぶつけて時間稼ぎをする。俺からすりゃ大した事はないが、あの造兵どもは普通に強いからな。時間稼ぎには充分利用できるだろ。その間ダークレイは・・・・ま、さっき言った通りの展開だな)

『なるほど・・・・・・・・・確かにあなたのその推測には説得力がありますね。あなたの言う通り、例え「提督」を派遣しても状況が改善しない可能性がある』

 影人の説明を聞いたソレイユは、その推測に納得した様子だった。

『ですが、ならどうすればいいというのですか? このままではあの子達は・・・・・』

 しかし、それはソレイユからしてみれば最悪な推測であった。

(・・・・・・・・・・見守るしかねえな。あいつらが奇跡を起こす事を願って。今はそれしか出来ねえ・・・・)

 そしてソレイユの言葉に、影人はそう言葉を返した。











「朝宮さんは僕と一緒に前衛を! 月下さんは後衛で援護を頼む! 行くよ朝宮さん!」

「うん!」

「分かった。死ぬ気で援護するわ!」

 3人の中で1番実戦慣れしている光司が、陽華と明夜にそう指示した。陽華と明夜は光司の言葉に了解の言葉を返した。

「朝宮さん! 僕が君の動きに合わせるから、君は自由に動いて!」

「ッ! 分かった! はぁぁぁぁぁッ!」

 光司の追加の指示に頷いた陽華は、ダークレイに向かって突撃した。陽華は近距離型の光導姫だ。どちらにせよ距離を詰めない事には始まらない。陽華はガントレットを装着した燃える拳を、ダークレイに向かって突き出した。

「闇技発動、ダークアンチェイン」

 向かって来た陽華に対応するべく、ダークレイは自分の身体強化の技をバランス型にした。そして陽華の燃える右拳を華麗に避けた。

「浄化の炎を宿した拳・・・・・・面倒ね。でも、まだまだ体捌きが甘いわ」

「っ!?」

 ダークレイは陽華の拳を避けると、自身の左足で陽華の右足を払った。急な足元への攻撃に陽華は反応できず、体をよろけさせた。その隙に、ダークレイは闇纏う拳を陽華の頭部に放とうとした。

「やらせない!」

 だが、陽華と一緒に突撃していた光司がダークレイの攻撃を阻止すべく剣を振るった。ダークレイはその攻撃を回避するため、陽華への攻撃を中止した。

「ちっ・・・・・」

 ダークレイから思わず舌打ちが漏れる。ダークレイは自身の傷を回復する技を有していない。ゆえに血を流す恐れのある斬撃は出来るだけ回避しなければならない。闇人が血を流すという事は、それが弱体化に直接繋がるからだ。

「氷の蔓よ、伸びろ!」

 明夜が杖を振るい、虚空から氷の蔓を複数本呼び出す。氷の蔓はダークレイを捉えるべく、ダークレイの方に向かっていった。

「私の体捌きが甘くてもッ! 私たちには連携がある!」

 体勢を整えた陽華はダークレイに拳打と蹴りを混じらせた連撃を放った。陽華の連撃に合わせるように、光司も剣をダークレイに振るうが、その斬撃は陽華の攻撃の邪魔にならないタイミングで行われていた。流石は守護者ランキング10位の実力者といったところか。

「ふん、圧倒的実力差の前ではそんなものは無意味よ。それを私が証明してあげるわ、後輩」

 しかし、身体を強化しているダークレイはまだ余裕があるように、陽華の連撃と光司の斬撃を紙一重のところで回避し続けた。2人分の攻撃でも回避に徹すれば当たらないとダークレイは当然の事のように考えていた。

「形態変化、杖。闇技発動、ダークブレイザー」

 ダークレイは右足を踏み込んで後ろに飛び退きながら、グローブの形態を変化させた。黒い杖を右手で握ったダークレイは杖を無造作に振るった。すると、闇の光が10条ほど虚空から出現し、その闇の光は明夜が放った氷の蔓を蒸発させた。そして闇の光はそのまま明夜たちを襲う。

「あっぶないわね・・・・・!」

「っ・・・・・!」

「くっ・・・・・・・!」

 遠距離型で身体能力が陽華ほどではない明夜は本当にギリギリで、陽華と光司は少し余裕を持ってその闇の光の攻撃を回避した。

「闇の光よ我が敵を討て」

 ダークレイは続けて1条の闇の光を光線として放った。狙いは反応が前衛の2人より遅かった明夜だ。必死に先の闇の光を避けていた明夜は、追加で放たれた闇の光を完全に避け切る事は出来ずに、左腕に闇の光を掠らせてしまった。

「ッ〜!?」

 明夜が声にならない悲鳴をあげる。闇の光が掠った明夜の左腕は、コスチュームが一部焼き切れ、その下に見える皮膚も火傷のようになっており、肉がほんの少しだけ抉れていた。

「ッ!? 明夜!?」

 明夜がダメージを受けた事に驚いた陽華が一瞬意識を明夜の方へと向けた。陽華の気持ちは普通ならば分かる。幼馴染であり親友がダメージを受けたのだ。数ヶ月前までただの少女であった陽華からしてみれば、その反応は仕方のないものであった。

「形態変化、拳。闇技発動、ダークアンチェイン・スピードモード」

「ッ!? ダメだ朝宮さん! 意識をそっちに向けてはッ!」

 しかし、その反応がダークレイに絶大なチャンスを与えてしまった。その事に気がついた光司が陽華にそう声を飛ばしたが、時は既に遅かった。ダークレイは自分の形態を切り替えると、風音を倒した時と同様にスピード特化の状態で陽華に一瞬で距離を詰めた。

「あ・・・・・」

「・・・・バカね、あんた。私たちがやってるのは戦いよ。油断と隙は、そのまま死に繋がる。それが現実ってものよ。闇技発動、ダークシュート」

 呆けたような声を出す陽華に、ダークレイはまるで今から訪れる現実のように冷めた声でそう言うと、闇を纏わせた右足で陽華の左側頭部を蹴り砕こうとした。

(ッ! こいつはいよいよマズイか・・・・・!)

 戦いを観察していた影人が介入しようと動こうとした。あの蹴りを喰らうのはダメだ。アレをマトモにもらえば陽華は即死するだろう。風音の時はダークレイが風音を殺そうとしなかったので結局は介入しなかったが、あれは確実に陽華を殺そうとしている攻撃だ。

 だが、結果的に影人が介入する事にはならなかった。

「やらせるものかッ!」

 なぜならば、それよりも速く光司が陽華を守るようにダークレイの蹴りを左腕で受け止めたからだ。

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