第191話 闇導姫の実力

「第1式札から第5式札、寄りて光の女神に捧ぐ奉納刀と化す! 第6式札から第10式札、光の矢と化す!」

 風音は向かって来るダークレイを迎撃するため、第1式札から第5式札を刀へと変え、第6式札から第10式札を光線へと変えダークレイに向かわせた。

「ふん・・・・・・!」

 自分に向かって来る5条の光線。しかし、ダークレイに全く焦った様子はない。ダークレイはその光線に物怖じせずに、風音たちの方に向かって変わらず走り続けてきた。

(っ、止まらない・・・・・!?)

 光線が攻撃してくるというのに、ダークレイは止まる様子がない。攻撃した本人である風音はその事に疑問を覚える。だが、風音の疑問は次の瞬間すぐに氷解する事になる。

「ぬるいのよ・・・・・・・!」

 ダークレイはグローブを纏った右拳で光線を弾いたのだ。続けて左拳で2条目の光線を、1条目の光線を弾いた右拳で3条目の光線を弾き、残り2条の光線はそのまま回避した。

「光線を殴った・・・・・!?」

「無茶苦茶ね・・・・・!」

 その光景を見た陽華と明夜は驚いたような表情を浮かべた。当然だろう。光線を殴り弾くなんて光景は普通は荒唐無稽なものだ。

「明夜ちゃん! 支援をお願い! 陽華ちゃんはもしもの場合に備えて明夜ちゃんを守って!」

「了解です!」

「分かりました!」

 風音は2人にそう指示を飛ばすと、刀を携えてダークレイの方へと自ら接近していった。風音から指示を受けた2人は素直にその言葉に頷いた。

「はぁッ!」

「・・・・バカね、この形態モードの私に近接戦を仕掛けて来るなんて」

 ダークレイに接近した風音が気迫を込めた掛け声と同時に刀を右袈裟に振るう。ダークレイはそんな風音の判断がまるで間違いであるかのようにそう呟くと、右手のグローブの甲で斬撃を受け止めた。

(ッ!? 斬れない? 感触は普通のグローブと同じなのに・・・・・)

 ただのグローブではない。風音がそう考えていると、ダークレイは左拳を風音の腹部目掛けて放ってきた。風音は刀を引きその左拳を回避する。

「水の龍よ! 行けッ!」

 風音が回避したタイミングで、後方に控えていた明夜が夏の研修で強化された力を振るう。明夜が杖を振るうと光導姫としての魔法が発動し、虚空から水で出来た龍が現れた。水の龍は真っ直ぐにダークレイの方へと襲いかかる。

「第6式札から第9式札、光の矢と化す! 第10式札、我を護る光の羽衣と化す!」

 明夜の攻撃のタイミングに合わせ、回避した風音も再び4条の光線をダークレイへと放った。残り1つの式札だけは、1度だけどのような攻撃からも身を守る形態へと変化させ、光の羽衣として自身に纏わせた。

「面倒ね・・・・・・・」

 明夜の水の龍、風音の4条の光線、それらが全てダークレイに襲いかかって来る。更に言うならば、風音はダークレイが迎撃か回避の行動を取った直後に、再び自分で攻撃してくるはずだ。ダークレイはそこまで見越して面倒だと言葉を呟いた。

 ダークレイはバックステップで距離を取り、まずは光線を2条弾いて、残りの2条は回避した。次に襲い来るのは水の龍。そして水の龍がダークレイに向かって顎を開くと同時に、風音もダークレイに再接近した。

「――闇技あんぎ発動」

 ダークレイがポツリとそう呟くと、ダークレイの両手のグローブの甲に刻まれた紫の紋様のようなものが発光した。するとその次の瞬間に、ダークレイの両手に闇色の光が纏わりついた。

「ダークブレット・・・・・・!」

 ダークレイは技の名前を言葉に出しながら、左拳を水の龍に放った。闇纏う拳に触れた水の龍は一瞬にしてその水の体を弾けさせた。ただの水が重力に引かれて地面へと落ちていく。

「なっ・・・・・」

 自分の強化された魔法を拳だけで無効化された明夜が、遠くから驚いたような表情を浮かべた。

「次はあんたよ」

「ッ! やれるものなら・・・・・・・・・!」

 ダークレイはそのままの勢いで、今度は風音に闇纏う右拳を放った。明らかに強化された一撃。だが、風音は恐れずに刀を突きの形でダークレイの腹部に放った。

(私は今1度限りなら、どんな攻撃も受けない。だから、この闇人の一撃は私には入らずに、私の刺突だけがこの闇人に入る・・・・・!)

 ダークレイは風音の今の状態を詳細には知らない。だから、この作戦は上手くいくはず。風音はそんな風に考えていた。

 だが、

「・・・・・あんた何か怪しいわね。動きに迷いがなさ過ぎる」

 ダークレイは直感で風音に疑問を抱き、自分の体を右横に倒した。そして、ダークレイは風音の胴体に放っていた右の拳を途中で無理やり軌道変更させ、風音の左腕に拳打を叩き込んだ。

「っ・・・・・・・・!?」

 まさかダークレイがそんな行動に出るとは思っていなかった風音。結果的に、風音の刺突は外れ、風音を守っていた光の羽衣は、ダークレイの思わぬ一撃で霧散し、式札へと戻ってしまった。

「へえ、そういうカラクリ・・・・・あんたの能力は便利そうね、後輩」

 風音の光の羽衣の性質を悟ったダークレイは、その人間を超越した身体能力を活かして、地面に倒れ込みそうになる体を左足で地面を蹴って直立の姿勢に戻した。そしてその流れのまま、ダークレイは風音に右足で薙ぐような蹴りを放った。

「あなたのような闇人ひとに後輩と呼ばれる筋合いはないわ!」

 風音はダークレイの蹴りを避け、刀を真一文字に振るった。今度はダークレイがその斬撃を回避する。

「正論ね。でも、事実は事実よ」

氷柱つららよ! 彼の者に向かって飛べ!」

 ダークレイが闇纏う両の拳を風音に連続で放とうとすると、明夜が今度は風音の後方から4つの氷柱をダークレイの方に飛ばしてきた。

「ちっ・・・・・」

 攻撃のタイミングを潰されたダークレイは両手と両足を使って氷柱を砕かざるを得なかった。

「第6式札から第10式札、光の矢と化す!」

 風音は何度目かになる光線を5条またダークレイに放った。氷柱を砕いたダークレイは、またもその光線を弾いては回避しなければならなかった。

(ちっ、面倒な。あの青い光導姫、的確なタイミングで私に妨害をしてくる。レイゼロールの話では新人って話だけど、普通の光導姫と遜色ない)

 ダークレイはチラリと一瞬だけその黒の瞳を後方にいる明夜に向けた。中々どうして嫌なタイミングで邪魔をして来る。

(この光導姫が強いのは分かってる。立ち回りと能力的にたぶん『光導十姫』クラス。さっきから無理に攻めてきてないのは、あの守護者が戻って来るまでの時間稼ぎってところね。そうした方がリスクも少なくて戦術的には正しいから)

 そして意識を風音に向き直し、ダークレイはそんな分析を行った。自分もかつては光導姫だった。なので、光導姫の実力や考え方は他の闇人たちよりは分かっているつもりだ。

(だからって言って、別にこいつらに負けるとは全く思わないけど。・・・・・・・・だけどまあ、守護者が戻って来たら面倒にはなる。なら・・・・)

「・・・・・・速攻で潰す」

 ダークレイはその言葉だけ肉声で呟くと、更なる闇技を発動させた。

「闇技発動、ダークアンチェイン」

 ダークレイがそう言うと、ダークレイの全身に紫と黒が混じり合ったようなオーラが纏われた。

 そして、ダークレイは先程までとは考えられないような超スピードで風音へと接近し、同時発動しているダークブレッドの破壊力を纏った右拳を風音に突き出した。ダークアンチェインは、一定時間自分の身体能力を上げる技だ。

「なっ!? ぐっ・・・・・!?」

 ダークレイが急速に速くなり自分に急接近してきた事に驚く風音。しかし、風音もダークレイが分析したように歴戦の光導姫にして、『光導十姫』の1人。ダークレイのその急襲にギリギリで反応し、ダークレイの拳を左腕でガードした。

 だが、ダークレイのその拳は闇技によって強化された拳だ。その拳をガードしたとはいえ、まともに腕で受け止めた風音は、自分の骨が砕ける音を聞いた。

「よく反応したわね。だけど、あんたの左腕は死んだ。終わりよ・・・・・!」

 ダークレイは風音の左腕を使用不可にさせた事を感じると、そのまま風音を倒そうと左拳を打とうとした。

「やらせないッ!」

 しかし、ダークレイが風音に連撃を放とうとした時、そんな声が聞こえた。その声の主――後方で待機していた陽華は、いつの間にかダークレイに接近し、炎を纏った拳でダークレイに殴り掛かった。

「っ・・・・・」

 陽華の乱入に一瞬気を取られたダークレイは、拳を風音に放つの止め、バックステップで後ろに回避した。

「陽華ちゃん・・・・・!?」

「大丈夫ですか風音さん!? ピンチそうだったんで、ごめんですけど乱入しました!」

 驚いたように陽華の名を呼んだ風音に、陽華はそう言葉を返した。

「風音さん! 一瞬だけ何とか時間を稼ぎますからその間に負傷した左腕を回復してください!」

「ッ・・・・・分かったわ。ありがとう!」

 続けてそう言った陽華の言葉に風音は頷いた。研修を受ける以前の陽華であれば、いくら陽華のその判断が正しいと分かっていても了承しなかっただろう。それが一瞬でもだ。

 しかし、今の陽華ならその一瞬程度なら任せられる。夏の研修で陽華は能力を開眼し、戦闘の判断なども以前よりつくようになっている。2人を死なせないためにも、風音はすぐにこの左腕を治す必要がある。ゆえに、風音は陽華にダークレイを任せた。

「・・・・・・あんた達が自分から向かって来るなら、話は早いわ・・・・!」

 陽華を確認したダークレイは、陽華に狙いを変え接近して来た。

「っ、明夜! 援護お願い!」

「分かってる! 水の龍よ!」

 陽華は後方に控える明夜にそれだけ言うと、接近してきたダークレイと格闘戦を始めた。その間に、明夜は再び水の龍の魔法を行使し、ダークレイへと向かわせた。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

「舐めるな・・・・!」

 陽華が炎を宿した両手を振るうが、ダークレイは軽々と陽華の拳を回避する。ダークレイは左足の中段の横蹴りを放ったが、陽華は何とかその蹴りを右腕でガードした。

「くっ・・・・・・・」

「隙だらけよ」

 蹴りをガードしたことによって、陽華の動きに一瞬の硬直が発生する。ダークレイはその硬直を見逃さずに、右拳を陽華の顔面に向かって放とうとしたが、そのタイミングで明夜が放った水の龍が再びダークレイに接近しその顎を開いた。

「本当に嫌らしいタイミングで・・・・・・!」

 苛立ったようにそう声を漏らしながら、ダークレイは左拳で水の龍を再び殴って弾けさせた。

「はぁッ!」

「チッ!」

 そしてダークレイが水の龍に対応している隙に、陽華が右の蹴りを放ち、ダークレイはその蹴りを左腕でガードし後方へと飛んだ。

「ありがとう陽華ちゃん。おかげで、左腕を回復する事が出来たわ。後はまた任せて」

 陽華と明夜の連携によって稼げた時間で、自分の腕を治癒する事の出来た風音は、陽華に感謝の言葉を述べた。風音の式札はどんな状況にもおよそ対応する事の出来る能力だ。風音は式札を使って自分の負傷を完全に近い状態で治していた。

「分かりました! なら、私はまた明夜の所に戻ります!」

 風音の指示に素直に従い、陽華は警戒しながら明夜のいる場所まで下がった。でなければ、風音の邪魔になるからだ。

「・・・・・・・・回復も出来るのね。本当に便利な能力だこと」

「便利な能力でもそれを使えなければ意味がない。私はいま2人に助けられてその能力を使う事が出来た。確かに2人はまだ未熟だけど・・・・・それでも、私には仲間がいる」

「・・・・・・・・・・何が言いたいの、あんた」

 唐突にそんな事を言ってきた風音の真意がわからずに、ダークレイは目を細めながらそう聞き返した。ダークレイにそう言われた風音は信念を感じさせる目でこう言った。

「私があなたには負けないという理由よ。自ら仲間を捨て闇に堕ちたあなたに、私は絶対に負けない。第1式札から第5式札形態解除。全式札、寄り集いて龍神となる!」

「っ・・・・・」

 風音は全ての式札が1つに集まり眩い光を放つ。ダークレイはその眩い光から目を背けるように手を自分の顔にかざした。

「ガァァァァァァァァァァァァァァッ!」

 光が収まると、そこには荒ぶる龍神が風音の背後に存在していた。この龍神は風音の全ての式札を使用して顕現する、風音の最強の攻守形態と言えるものだ。龍神は雄叫びを世界に轟かせた。

「龍神の息吹よ! 彼の者に浄化の光を放てッ!」

 風音は龍神に命じて龍神に超高密度の光線を放たせようとした。時間はけっこう稼げた。あと少しすれば光司も戻って来るだろう。そういった事も忘れずに、風音はダークレイに攻勢を仕掛けたのだった。

 龍神が口を大きく開き、そこに光が集まる。あと少しで龍神は超高密度の光線をダークレイに向かって放つだろう。ダークレイは近接戦特化の闇人。遠距離攻撃はない。風音は今までの戦闘でその事を確認していた。

(あなたはこの攻撃を避けるしかない。だから、避けるのなら避けなさい!)

 とにかくダークレイの戦闘距離が分かった今、ここからは光司が来るまでは出来るだけ遠距離で対応する。ゆえに風音は、それを目的として龍神の光線を放とうとした。

「ガァァァァッ!」

 そして、遂に龍神が光線を放った。対象の闇を祓う浄化のレーザーがダークレイへと襲いかかった。

「・・・・・・自ら仲間を捨てて、ですって・・・・? 何も、何も知らないくせに・・・・・・!」

 しかし、ダークレイはレーザーを避けようとはしなかった。ダークレイはギリッと奥歯を噛みながら、自分の負の感情を高めると、こう言葉を呟いた。

形態変化モードチェンジワンド

 ダークレイがそう呟くと、ダークレイの両手に装着されていた黒の指貫グローブが闇の光に変わり、その闇の光は黒い杖へと形態を変えた。

「闇技発動、フルパワーダークイレイザー・・・・!」

 ダークレイはその杖を自分に向かって来るレーザーに両手で構えると、闇技を発動させた。すると、杖の先端から龍神のレーザーと同じ太さの闇色のレーザーが放たれた。

 龍神の放ったレーザーとダークレイが放ったレーザーは互いに衝突しあい、やがては相殺された。

「なっ・・・・・!?」

 そのまさかの事態に風音は驚愕した。一瞬だけ風音に隙が生じる。

「形態変化、ナックル。闇技発動、ダークアンチェイン・スピードモード」

 ダークレイはその隙を見逃さず、杖を再び指貫グローブに形態を変化させると、スピード特化の闇技を発動し、一瞬で風音へと急接近した。先ほどのダークアンチェイン時はいわば満遍に身体能力を上げる技。対してこのダークアンチェインは、スピードのみにリソースを割いてスピードに特化する技だ。スピードは先ほどのダークレイよりも更に素速い。

 結果、風音はダークレイの接近を許してしまった。

「ッ!? 龍神よ!」

 接近を許したが何とか反応した風音は龍神に撃退を命じた。龍神は右手で接近してきたダークレイを切り裂こうとした。

「闇技発動、ダークアンチェイン・パワーモード。ダークブレット」

 しかし、ダークレイは自身の身体能力強化の闇技を今度はパワー特化に切り替え、再び両の拳に闇を纏わせると、龍神の爪撃を回避し、両の拳を龍神に胴体に同時に叩きつけた。

「ダブルダークストライク・・・・・!」

 パワー特化形態のダークレイの強化された両の拳をまともに受けた龍神は、そのダメージに耐えきれずに式札へと戻ってしまった。

「っ!?」

「風音さん!? 水の――」

 龍神が式札に戻ってしまった事で一瞬無防備になった風音。そんな風音を助けようと、明夜は魔法を行使しようとしたが、

「遅い・・・・!」

 その前に、ダークレイが風音の腹部に右の拳を叩き込んだ。

「がっ・・・・・・・・」

 そして、ダークレイの一撃をまともに受けてしまった風音は、一瞬にしてその意識を失ってしまった。意識を失った風音の体が少し光ったかと思うと、風音の変身は解除された。


 ――日本最強の光導姫は、闇導姫の前に敗れた。

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