第190話 光導姫VS闇導姫

「――ソレイユはまだ私が言った光導姫を出さない気かしら?」

 住宅街から少し離れた場所にある、開けた空き地のような場所。そんな場所で、不機嫌な女性の声が暮れゆく空の下に響く。その声の主――『十闇』第3の闇、『闇導姫』のダークレイは自分の目の前にいる光導姫『巫女』こと、連華寺風音に対してそう質問を飛ばした。そして、続けて自分が左手で肩を掴んでいる女児に視線を落とした。

「早くしないと、この子供を殺すわよ。私も別に殺人鬼じゃないのよ。無駄な殺しとかはあんまりしたくはないわ」

 冷めた口調で殺害予告するダークレイ。ダークレイに人質に取られている女児はまだ3、4歳といったところで、いまいち状況を把握していないのだろう。不思議そうにダークレイを見上げながら、「おねーさん、ころすってなーにー?」と声を上げていた。

「くっ・・・・・もう少しだけ待ってください。ソレイユ様は必ず光導姫レッドシャインとブルーシャインをこの場に呼び出します。ですが、なぜあなたは彼女たちを呼び出すんですか? そんな、卑劣極まりない手を使ってまで・・・・・」

 ダークレイの言葉を受けた風音は、神妙な面持ちで目の前の闇人にそう言った。風音からしてみれば、なぜ最上位闇人が新人の光導姫である陽華と明夜をわざわざ名指しして呼び出したいのか、それが全く分からない。この闇人の目的が、風音には予想も出来なかった。

「それをあんた達が知る必要はないわ。あんた達は黙って動かなければいいのよ」

 だが、ダークレイはそう言って風音の質問を一蹴した。その傲岸な態度に、守護者『騎士』こと香乃宮光司は苛立ったような表情を浮かべた。

「ッ、卑劣な闇人め・・・・・・! その子に傷の1つでもつけてみろ。絶対に、僕はお前を許さないからな・・・・!」

 右手の剣を握り締めながら、ダークレイに対して怒りを向ける光司。そんな光司に、ダークレイはつまらないものを見るような目を向けた。

「ふん、ご立派な正義感ね。本当、お手本のようにつまらない正義感・・・・」

 ダークレイがそう呟き、そのまま緊張感のある時間が2分を過ぎた時、風音と光司の背後に何者かの気配が生じた。

「――風音さん! 香乃宮くん! 子供は大丈夫!?」

「ここに来る前に、ソレイユ様から話は聞きました。私たちが闇人に名指しされたって」

 焦ったような声と真剣な声で風音たちに声を掛けてきたのは、ダークレイが名指しした人物である陽華と明夜だった。2人は一旦神界に呼び出され、ソレイユに事情を聞かされ、ここに転移してきたのだった。2人は既に光導姫に変身していた。

「ッ、陽華ちゃん、明夜ちゃん! 大丈夫、人質は無事よ!」

「朝宮さん、月下さん。すまない、本来なら新人の君たちをこの場に呼ぶ訳にはいかなかったけど・・・・・どうしても、ソレイユ様に君たちを呼んでもらわないといけなくなってしまった」

 こちらに駆け寄って来た陽華と明夜に、風音と光司もそれぞれそんな言葉を返した。

「ふーん、あれがレイゼロールの奴が目障りになると考えてる光導姫たち・・・・・・・・何か普通ね」

 一方、レイゼロールから聞かされただけで初めて陽華と明夜の姿を見たダークレイはそんな感想を漏らした。

「何であなたが私たちを呼んだのかは分からないけど、私たちは来たよ! だから今すぐにその子を解放して!」

 陽華がダークレイに向かって毅然とした態度でそう言葉を放った。ソレイユから聞いたダークレイの要求は、陽華と明夜をこの場に呼び出す事。そうすれば人質を解放するとダークレイは言っていると、ソレイユは言っていた。

「・・・・・・分かってるわ。約束通り、この子供は解放してあげる。でも、その前に・・・・・」

 ダークレイはベルトに挟んでいた小さな闇色の瓶のようなものを地面に叩き付けた。パリンとした音が響き、瓶が割れる。するとその場所を基点としたように一瞬黒い方陣のようなものが広がった。だが、方陣は2秒ほどすると自然に消えていった。

「ッ!? いったい何をした!?」

「別に大した事はしてないわ。ただ、転移を封じただけよ。ソレイユの奴がまた転移をして、その光導姫たちを遠くに逃がさないようにね」

 ダークレイの突然の奇妙な行動に、光司が警戒したような顔で声を荒げた。そんな光司とは対照的に、ダークレイは冷めた口調でそう説明をした。

 ダークレイがいま地面に投げつけたのは、レイゼロールが空間転移を阻害する力を込めた瓶だ。瓶が割れれば、半径およそ100メートル内で転移などをする事は不可能になる。効果時間は、およそ30分だ。

「ほら、あんたはもう用無しだから解放してあげるわ。あっちに行きなさい。・・・・・悪かったわね」

 ダークレイはそう言うと、左手で肩を掴んでいた子供から手を離し、4人の方へと軽く押してやった。最後の言葉は小さな声で子供だけに聞こえるように呟いた。

「? わかったー。ばいばい、おねーさん」

 ダークレイにそう言われた女児は相変わらず不思議そうな顔を浮かべながら、てくてくと陽華や明夜たちの方に向かってきた。

「大丈夫!? もう怖くないからね!」

「早くお母さんのところに帰してあげるから」

 こちらにやって来た女児を保護した陽華と明夜が明るい声で女児にそう語りかける。女児は気安い陽華と明夜に懐いたのか、「ありがとうーおねーさんたち!」と笑いながらそう言った。

「香乃宮くん! ごめんだけど、この子を安全な所までお願い!」

「もう周囲に人はいないし、1人だとこの子が不安がる。だからお願いしたいわ」

「っ!? ま、待ってくれ! それなら君たちがこの子を安全な所まで連れていくべきだ! いくら夏の研修を経たからといって、あの闇人を君たちが相手をするのは早すぎる!」

 自分にそんな事を頼んできた陽華と明夜に、光司は反論した。風音がいるといっても、相手は最上位闇人だ。この前の2体の最上位闇人戦(冥・殺花戦の事)の時に陽華と明夜が生き残ったのは、一言で言ってしまえば運がよかったからだ。そして、その幸運が今回も続くとは思えない。いや幸運が続かない可能性の方が高い。光司はそう考えていた。

「それは分かってる。でも、私たちはこの闇人ひとと戦わないといけない。わざわざ私たちを呼び出して、ソレイユ様の転移まで封じたのに、素直に私と明夜を逃してくれるとは思えないから」 

「っ・・・・・・・・・!?」

 だが、その事は陽華も自覚していたらしい。しかし、それでも陽華は自分たちがこの場から逃げる事は出来ないと考えていた。陽華の言葉を聞いた光司は、その可能性にようやく気がつき息を呑んだ。

「へえ、ちゃんと冷静なのね。ま、あんたの言う通りよ。私はあんた達を逃しはしないわ。絶対にね」

 陽華の言葉を聞いたダークレイは、陽華の推察を肯定した。

「そういう事らしいわ香乃宮くん。だから、私たちは逃げれないというわけ。なら、この場合は香乃宮くんにお願いする選択がベストだと私は思うわ」

「だ、だが・・・・・!」

 明夜の言葉に、光司は難しげな表情を浮かべる。明夜の言う事は分かる。陽華と明夜はこの場から逃げる事が難しい。この場で1番の戦力である風音が子供を安全な場所まで連れて行くというのは現実的ではない。ならば、消去法で自由に動けるのは光司だけとなる。しかし、その事が分かっていても、光司は心配から完全に納得する事は出来なかった。

「・・・・・・光司くん、私からもお願い。その子を一刻も早く安全な場所に。陽華ちゃんと明夜ちゃんは、私が絶対に死なせないから」

「ッ・・・・・・・・・・・分かったよ。君がそこまで言うのなら・・・・・・」

 風音からもそう言われてしまった光司は、仕方なく首を縦に振った。光司も分かってはいた。自分がその役目をするしかないと。ただ、感情がその判断を下すのを躊躇させていただけだ。

「すぐに戻って来る! だから、それまで何とか持ち堪えて・・・・・・!」

 光司は3人にそう告げると女児を抱えた。女児は光司が悪人でない事を悟ったのか暴れなかった。いや、逆に「だっこだっこ!」と喜んでいた。

「ええ!」

「うん!」

「もちろん!」

 そして光司のその言葉に、風音、陽華、明夜は気力に満ちた声音でそう返事をした。3人の返事を聞いた光司は、頷くと女児を抱えてこの場から離脱した。

「・・・・・・・茶番は終わった? よかったわよ、感動的で。友情とか信頼とかそういうくだらないものを感じたわ」

 その様子を見ていたダークレイは、つまらなさそうにそんな言葉を3人の光導姫に放った。

「・・・・・随分と捻くれた闇人みたいね、あなたは。あなたがこの2人を狙う理由は私には分からないけど、私がいる限りこの子たちをどうこうはさせないわ・・・・・・・・!」

「ふん、ご立派な意思ね。・・・・ご立派すぎて、吐き気がするわ・・・・・!」

 風音の決意の言葉に不快感を示したダークレイは、そう言うと右手を虚空に突き出した。何かの攻撃動作かと警戒した3人は、いつでも攻撃に対応出来るように構えた。だが、結果的にダークレイから攻撃は飛んでこなかった。

「闇よ。かつての我が姿を、光に染まっていた我が姿を、闇に染まりし光の姿へと再現せよ」

 代わりに、ダークレイは何かの言葉を詠唱した。そして、ダークレイは感情の込もっていない声でこう言った。

「――変身へんしん

 すると次の瞬間、ダークレイの右手の先に闇の光が発生し、ダークレイはその闇の光を右手で掴んだ。そして、ダークレイが闇の光を掴んだ瞬間、闇の光が数秒世界を照らした。

「「「ッ!?」」」

 その闇の光に、風音たち3人は目を細める。やがて闇の光が収まると、そこには先ほどとは姿が変わったダークレイの姿があった。

「・・・・・ふん。この姿になるのは久しぶりね。まあ、全く気分が良くない姿だけど」

 ダークレイは変わった自分の姿、というか衣装にチラリと目を落とすと不機嫌な声でそう呟いた。

 元々、ダークレイの格好はロンドンで影人とぶつかった時とほとんど変わらない格好だった。影人とぶつかった時、ダークレイは黒のシャツに紫のスカート。それを黒のベルトで巻いた、標準的な十代の少女の格好をしていた。今日は黒のシャツが紺色のシャツに変わっていただけだった。

 だが、今のダークレイの格好はそれとは全く違う。今のダークレイは黒と紫を基調とした衣装にその身を包んでいる。上半身は所々に小さなフリルがついた、見ようによっては可愛らしい半袖の服。両手には黒の指貫グローブが装着されている。下半身は黒色のスカートに2本の紫のベルトが巻かれている。1本は横に、もう1本は斜めにだ。

「ッ!? その姿は・・・・・・・・・・」 

 姿が変わったダークレイを見た風音が何かに気がついたようにその目を見開く。風音の呟きに、ダークレイは自身の紫紺の髪を揺らしながら、その黒い瞳を風音に向けた。

「似ている、とでも思った? 自分たち光導姫に。まあその認識は間違ってはいないわよ。この姿はかつての私の姿だから。・・・・・・光導姫だったころの私のね」

「「え・・・・・・?」」

 ダークレイのその言葉を聞いた陽華と明夜は思わずそんな声を漏らした。2人は目の前の闇人の言葉が信じられなかったのだ。

「・・・・・なるほど。だからあなたは光導姫の視聴覚をソレイユ様が共有できる事を知っていたのね。あなたは、私たちを通してソレイユ様に語りかけていた。その疑問はいま解消できたわ」

 一方、陽華と明夜同様にダークレイが光導姫だったという事を初めて知り驚いていた風音だったが、そこは歴戦の光導姫。風音は驚きを表に出さずにダークレイに向かってそう言葉を述べた。

「何にせよ、かつて光導姫だったのだとしても、今は闇人に堕ちたあなたを私は浄化します。あなたが闇に堕ちた理由は知りませんが・・・・・それが光導姫としての私の仕事です」

「ご立派。でも私はあなたに用はないのよ。私が用があるのはその2人。だから、あんたはすぐに倒してやるわ。・・・・・・・・それと、覚えておきなさい光導姫たち。今の私の名は――」

 覚悟と揺るぎない強さを感じさせる風音に、ダークレイは無感情にそう言葉を放つ。そして、ダークレイは右腕を横に平行に伸ばし、指貫グローブが装着された右手を握った。すると、グローブの甲の部分に、紫の紋様のようなものが浮かんだ。その紋様のようなものは、左手のグローブにも同時に浮かぶ。

「堕ちた光導姫、『闇導姫』ダークレイよ・・・・!」

 ダークレイは最後に今の自身の名を風音、陽華、明夜に向かって告げると、3人の方に向かって凄まじいスピードで駆け出した。

「ッ! 陽華ちゃん、明夜ちゃん来るよ! 気を引き締めてッ!」

「は、はい!」

「了解です!」

 風音が式札を展開しながら2人にそう声を飛ばす。陽華と明夜は風音の声に頷き、自分たちも迎撃体勢に移った。

 こうして、光導姫対闇導姫の戦いは始まった。










「・・・・・・・」

 そして、その戦いを観察する者たちがいた。1人は姿と気配を消して少し離れた民家の屋根に立っている女性。西洋風の黒の喪服を纏い、長い美しい白髪を風に揺らす女――闇の女神、レイゼロール。

「ダークレイの戦闘を見るのは久しぶりね。あの子の闇の性質を考えると・・・・・・・・ふふっ、実質的にこれは光導姫同士の戦いね」

「別に私はダークレイなんてどうでもいいです、生意気だから。何なら、この戦いで浄化されないかなあいつ」

 2人目、いや正確には2人と3人目は、『世界』の応用で小規模な認識阻害の結界内にいる、『十闇』第4の闇、『真祖』のシェルディアと第8の闇『魔女』のキベリアだ。シェルディアとキベリアは戦場から20メートルほど離れた位置にいた。

「・・・・・・・・・・・」

 そして4人目は、黒衣に身を包む金眼の怪人スプリガン。スプリガンもレイゼロール同様、気配と姿を消しながら、戦いを観察していた。


 ――戦う者たち以外の思惑が、この戦いには絡み合っていた。

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