第189話 闇導姫、襲撃

「――ねえ、いつまで私はここでジッとしてればいいのよ。レイゼロール」

 この世界のどこか。辺りが暗闇に包まれた場所。石の玉座に座る闇の女神に、闇に堕ちた光導姫はそんな言葉を飛ばした。

「・・・・・・・・突然どうした。積極的には我の仕事を手伝いたがらないお前が。気でも変わったか?」

 レイゼロールは自分を睨みながらそう言ってきたダークレイに首を軽く傾げてそう聞き返した。

「ふざけないでちょうだい。私が言いたいのは、呼び戻されてずっとここにいるだけというこの状況が苛立つという事よ。あんたが私を呼び戻した理由は、あのスプリガンとかいう奴を排除するためなんでしょ」

 どこかわざとらしいレイゼロールの反応に、ダークレイは口調を厳しくそう言葉を放つ。ダークレイは既に闇人としての封印を解いている。ゆえに、また力を封印しない限りは勝手に外に出る事は許されない。出れば、闇人としての気配をソレイユやラルバに察知されてしまうからだ。

「それについては言ったはずだ。ゼノが帰ってくるまでは、こちらからスプリガンに仕掛けないとな。スプリガンの事に関しては数日前にシェルディアが仕掛けたようだが・・・・・まあ奴から何の連絡もないという事は、スプリガンは始末しなかったという事だろう」

「それはどうかしらね。もしかしたら、そのスプリガンが逆にあの化け物を殺したかもしれないわよ。連絡がないのはそのせいだったりしてね」

「それはありえん。いくらスプリガンが規格外の戦闘力を有していても、シェルディアには敵わん。絶対にな。シェルディアとはそういう存在だ」

 レイゼロールはダークレイの推測をすぐさま否定した。シェルディアの強さをここで1番知っているのはレイゼロールだ。レイゼロールはシェルディアがどれ程までに強いか知っている。『世界』の顕現に、不老不死。そして圧倒的な戦闘能力。あれは一種の異次元の存在だ。レイゼロールはシェルディアが負ける、ましてや殺される事など想像も出来なかった。

「・・・・・・・・ふん。まああの化け物の事はもういいわ。あんたの予想が当たっていると仮定して、スプリガンはまだ生きているという事にしましょう。なら、私があの不審者を殺して来てあげるわ。ここにいるよりはまだそっちの方がマシよ。確か、あいつはよく日本の東京に現れるのよね?」

「・・・・やめておけ。我がスプリガンに今は仕掛けないと決めている理由は奴の戦闘力が規格外だからだ。それは奴と何度も戦っている我がよく知っている。奴の前ではフェリートも、冥も、キベリアも敗れた。ゆえに、奴に勝てるとすれば、最強の闇人であるゼノか、異次元の化け物であるシェルディアくらいだ。・・・・・・・・それか、更にカケラを吸収して力を取り戻した我かな」

 苛立ちながら突然そんな事を言ってきたダークレイ。しかし、レイゼロールはダークレイのその行動を止めようとした。

「は、何よ? 私がフェリートや他の闇人どもより弱いって言いたいの、あんたは? だとしたら、随分と舐められたもんだわ・・・・・・!」

 レイゼロールのその言葉を聞いたダークレイが怒ったようにその視線を更に厳しくした。

「・・・・・別にそうは言っていない。お前の位階はフェリートより1つ下だが、お前の強さはフェリートともほとんど遜色がない。いや、もしかしたらがある分、お前はフェリートよりも強いかもしれん。位階を飾りと言い切るつもりもないが、それは事実だ」

 レイゼロールは怒るダークレイを宥めるようにその事実を口にした。それは嘘ではない。客観的な事実だ。

「・・・・・・・・だが奴は、スプリガンはその上をいく規格外だ。お前ですら、奴には敗北する可能性が高い。今まではそうなっていないが、スプリガンに負け、弱ったお前が戦場にいる光導姫に浄化される可能性もあるのだ。我はまだお前を失うわけにはいかない。だから、お前がスプリガンに仕掛ける事を我は許可しない」

 その事実を認めた上で、レイゼロールは再びダークレイにそんな言葉を与えた。

「チッ、つまらない事を・・・・!」

 その決定が不服であるかのように、ダークレイは舌打ちをした。

「・・・・・そう憤るな。確かにゼノがいつ戻ってくるか分からない以上、お前という戦力を放っておくのは少々もったいないと我も感じていた。だから、お前にはもう1つの目的の方を遂行してもらおう。こちらもそろそろ本格的に手を打っておきたい。まあ、問題はいくつかあるがそれは我がどうにかしよう」

「は? もう1つの目的ですって? 何よそれは?」

 レイゼロールが言葉に出したもう1つの目的。それがいったい何なのか分からないダークレイは、そう聞き返した。

「忘れたか? お前たちを呼び戻した目的はスプリガンだけではない。お前たちを呼び戻したもう1つの理由、それは・・・・・・・・目障りな光導姫を2人始末する事だ」

 レイゼロールは冷たい口調でダークレイに改めてそのもう1つの目的を伝えた。













「ほれ、嬢ちゃん。何かお菓子入れな。100円までなら奢ってやるぜ」

「あのねえ、影人。私、子供じゃないのよ?」

 10月1日月曜日、午後5時過ぎ。暦が10月を刻み始め、ようやく秋を感じるようになり始めた頃、賑わった通りの裏路地にある駄菓子屋。そこにいた制服姿の影人とシェルディアはそんな言葉を交わしていた。

「全くあなたくらいよ。私が何者かを知ってなお、そんな事を言ってくるのは」

「別に子供扱いしてるつもりはないんだけどな。俺はただ、今まで通り普通に嬢ちゃんに接してるだけさ。でも、不快だったのなら謝るよ」

 少し呆れたような顔を浮かべているシェルディアに、影人はそう言葉を述べた。その言葉に嘘はない。シェルディアの正体を知って子供扱い出来る者などこの世にはいない気がする。というか出来ないだろう。

「ふふっ、ごめんなさい。別に不快とかではないの。ただ、少し言ってみたかっただけよ。あなたの今の言葉が子供扱いではなくて、優しだというのはちゃんと分かっているから」

 呆れたような顔を浮かべていたシェルディアは、影人の言葉を聞くと悪戯っぽい笑みを浮かべた。どうやら、影人少しからかわれたようだ。

「ったく、嬢ちゃんそういうとこあるよな・・・・・悪戯ぐせというか魔性の女というか。まあ、嬢ちゃんは別の意味で魔性の女だけどさ」

「あら、それは上手いけど少し失礼じゃないかしら?」

「別に貶すような意味合いは何もないよ。ほら、嬢ちゃんも早く選びな。俺はもう大体決めたからさ。もう1度言うけど、俺の奢りは100円までだから、その範囲で決めるんだぜ」

 影人は小さなカゴにヤ◯グドーナツを入れながら、シェルディアにそう促した。これで影人は粗方買いたいものはカゴに入れ終わった。後はレジ横にあるき◯こ棒を買えば終了だ。

「少し待ってちょうだい。私、駄菓子というのを買うのは初めてだから、どれを選んでいいのか分からないのよ」

「ああ、そういえばここ入る前にそんな事言ってたな。分かった、なら俺も選ぶの手伝うよ」

 珍しく困った顔を浮かべたシェルディアに、影人はそう言いながらどれがどういった駄菓子かという事を教えていった。

「全部で320円だよ。また来ておくれねぇ」

「はい、また来ますよ」

 10分後、レジで会計を済ませた影人は、店主である80歳くらいのお婆ちゃんにそう言うと駄菓子屋を出た。そして、自分とは違った分の駄菓子が入った袋をシェルディアに手渡した。

「ほいよ、嬢ちゃんの分だ。合計金額98円はかなり頑張った方だぜ」

「ありがとう。何だか制限を受けて買い物をしたのは随分と久しぶりな気がするわ。それでも楽しかったけど」

「そういや嬢ちゃん普通に金持ちっぽいよな。結局、家賃も1人で払ってるって事だし。・・・・・・後学のために聞きたいんだけど、どうやってそんなにお金稼いだんだ? あと、ぶっちゃけ総資産いくらくらい?」

 駄菓子屋からの帰り道を歩きながら、ゲスな心を出した前髪はシェルディアについそんな事を聞いた。実はこれはシェルディアが吸血鬼だと分かってから密かにずっと気になっていた事だった。

「別に大した事じゃないわ。私はもう何千年とこっちの世界にいるから、色々昔の物や宝石とか土地とか、そういったものをコレクションとして持っていたの。それを売ったり賭け事なんかをしてたら、気づけば結構な金額を持っていたわ。後はそれを元手に適当に資産運用してたらまた増えたというだけよ。総資産はそうねえ・・・・・・・・はっきり言って、詳しい額は覚えてないけど、日本円で言うなら1000億くらいかしら? まあ、管理は面倒だからその分野の信用できる人間たちに任せているけど」

「ぶっ・・・・・! せ、1000億!? マ、マジで言ってんのか嬢ちゃん!?」

 その数字を聞いた影人は吹き出し、信じられない者を見るような目でシェルディアを見た。その数字は影人のちっぽけな予想を遥かに超えていた。

「ええ、多分それくらいだと思うわ。そんなに驚く事かしら?」

「いや驚く驚く! スケールが違いすぎるぜ!? しかし、マジか。嬢ちゃん、普通に世界トップレベルの金持ちじゃねえか・・・・・・しかも不老不死でありえん強いしその容姿だし・・・・・やっぱ、嬢ちゃんてチートだわ・・・・・」

 なんか額が額だけに、逆に現実感がなくなった影人は思っていた以上に早く冷静になった。なんだろう。もはやシェルディアは完璧な存在の気がする。あと、金を稼いだ方法については全く参考にならなかった。その方法で金を稼げたのは、シェルディアが不老不死の吸血鬼だからだ。

「ふふっ、まあお金なんて私からすれば大したものではないわ。ある分に越した事はないとは思うけど。それより、どこかに座る場所はないかしら? 私、早く駄菓子を食べてみたいわ」

「ああ、それならこの近くに小さな公園があるから、そのベンチで――」

 地元をチャリで巡るという、中々若者らしくない趣味を持った影人が頭の中で地図を広げながらそんな言葉を述べようとした時、唐突に自分の内にソレイユの声が響いた。

『影人!』

(っ・・・・・? 何だソレイユ?)

 真剣なソレイユの声。それを聞いた影人は、何か嫌な予感がしながらも内心でそう言葉を返した。

「あら、この気配は・・・・・・・・・」

 一方、影人がソレイユに話しかけられた頃、シェルディアも何かを感じたかのようにそんな声を漏らした。

『闇人が東京に現れました! 先に現地に行ってもらった「巫女」の視界を見たところ、現れたのはシオン・・・・・・ダークレイです・・・・!』

「ッ、あいつか・・・・・・・・」

 ロンドンでの記憶を思い出しながら、影人はつい肉声に出してそう言葉を呟いた。ダークレイ。闇導姫を名乗る、元光導姫の少女にして現在は最上位闇人という特殊な経歴を持つ者。その闇人が東京に出現したらしい。

「目的は? 最近あいつらは東京に出現しなかった。それが何で急にまた現れた?」

 隣にはシェルディアがいるが、影人は肉声でソレイユにそう質問した。シェルディアは既に影人がスプリガンである事を知っているし、影人とソレイユが繋がっている事を知っている。ゆえに、その事はいま隠さなくていい。シェルディアもチラリと影人の方を見てくるだけで、何も言ってはこない。

『それなんですが・・・・・おそらく、目的は陽華と明夜です』

「は? 朝宮と月下・・・・・・・? 何でそうだって分かるんだよ?」

 影人は意味が分からないといった感じの顔を浮かべた。ダークレイの目的が陽華と明夜という事も意味が分からないが、なぜソレイユがそう言ったのか根拠となるものが分からなかったからだ。

『それはダークレイが「巫女」を通して私にこう言って来ているからです。光導姫レッドシャインとブルーシャインを自分の目の前に連れて来いと』

「何だそのくそダサい名前・・・・・って、ああ朝宮と月下の光導姫名か。確かにダークレイは何でか朝宮と月下を目的にしてるみたいだな。でも、そんな要求をわざわざ聞いてやる義務なんざ、こっちにはないはず――」

 一種あまりのダサさに何の名前だと本気で思った影人だったが、それが陽華と明夜の光導姫名だと思い出す。何だか前にも同じような事を言っていた気がする。だがそれはどうでもいい。とにかく、そんな要求は無視すればいいだけだ。だが、ソレイユは影人がその事を言う前に、こんな言葉を挟んできた。

『それがそういう訳にもいかないのです、影人。なぜならば――』

 ソレイユはどこかひっ迫しているような声で、こう言った。

『ダークレイが、子供を人質にしているんです。陽華と明夜を呼ばなければ、その子供を殺すと』

「・・・・・・・・・は?」

 その余りの理解を超えた言葉に、影人は唖然としたようにそんな声を漏らした。

『たぶん光導姫が結界を展開する前に、現地にいた子供を人質にしたのだと思います。とにかく、そういう事情なので、私は陽華と明夜をダークレイのいる場所に派遣せざるを得ません。ですからあなたも、が起きないように現場に向かってください』

「そいつは分かったが・・・・・クソッ、何か面倒な事になりやがったな・・・・・・・・」

 ダークレイの要求を無視できない理由を理解した影人は、ソレイユの命令を了承しながらも、ついそんな愚痴を漏らす。影人の役目は、新人でありながら光導姫としての才能を秘めているという陽華と明夜を影から助ける事。それが主な仕事だ。ゆえに、2人がダークレイに殺されないように、影人も現場に向かう必要がある。

「ねえ、影人。今ソレイユと話していたのよね? ならあなたもダークレイが近くにいる事は知っていると思うけど・・・・・・それ以外に何かあったの?」

「何かってわけじゃないんだが、実は・・・・・」

 ダークレイの気配をソレイユ同様に察知していたシェルディアが、影人の様子を見てからそんな事を言ってきた。影人は今は一部的に自分たちの協力者になってくれているシェルディアに、今ソレイユから聞いた事を全て話した。

「ふーん、それは確かに陽華と明夜が目的ね。多分、レイゼロールはあの子たちが将来厄介な存在になると思って消したがっているのね」

「多分って・・・・・一応、嬢ちゃんはレイゼロールサイドだろ。その辺りのこと聞いてないのかよ?」

「私、興味ない事以外は聞かないから。それより、これはチャンスかもしれないわよ影人」

「チャンス・・・・・・? 何の?」

 シェルディアが面白くなって来たという感じでそんな事を言ってきたので、意味が理解できなかった影人はそう聞き返した。

「もちろん、私があなた達に協力すると言った、のよ。上手くいけば、あなたはこの戦いで、をレイゼロールに作れるかもしれない。そうすれば・・・・・・・・あなた達の計画の第一歩を踏む事が出来るわ」

 影人の疑問に、協力者となった吸血鬼は笑みを浮かべながらそう言葉を述べた。

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