第187話 文化祭と前髪野郎
次回の予告と違うのはご愛嬌である。
「・・・・・・・・・・文化祭も今日で終わりか。もうと言うべきか、ようやくと言うべきか・・・・」
9月26日水曜日、午前10時過ぎ、文化祭最終日。今日は前半に休憩時間をもらっていた影人は、校舎の壁にもたれ掛かりながら外に立っていた。今日の気温はちょうどいい感じで、暑すぎず寒すぎずでもない。ようやく秋といった感じの気温である。
「今日の予定はキャンプファイアー前のエアバンドくらいか。後は別にクラスの仕事以外はないし・・・・ふぁ〜・・・・・まあ、暇だな」
心地いい空気に軽くあくびをする。こういうのんびりとした時間は好きだ。だから全く苦ではないが、暇という感情は拭う事が出来ない。こうなったら学校を出て周囲をふらつくか。
「む? そこにいるのは帰城くんじゃないか。ははっ、偶然だね」
影人がそんな事を考えていると、影人に声を掛けてきた人物がいた。影人が前髪の下の目を声のして来た方向に向けると、そこには特徴的な水色と白色の髪色をした女性、ロゼがいた。格好はラフな水色のシャツにジーンズ。いつもの格好だ。
「げっ、ピュルセさん・・・・」
「女性にというか、人に対してその感嘆詞は失礼じゃないかい? まあ、私は気にしないがね」
つい正直に嫌な顔を浮かべた影人に、ロゼは笑いながらそんな事を言ってきた。そして、ロゼは影人の隣に来て同じように校舎の壁にもたれ掛かった。
「何か俺に用ですか? 手伝いとかなら、流石に断らせてもらいますよ。準備期間ならいざ知らず、今は文化祭なんですから。俺にも楽しんだりする権利があります」
「その割には楽しんでいなさそうだが、まあ君の言う通りだ。なに、君に声を掛けたのにそんな打算的な理由はないよ。ただ顔見知りがいたから声を掛けただけだ。だが、どうやら私は随分と君に嫌われてしまったようだね」
「別に嫌ってはいませんが・・・・・・・そんな事より、ピュルセさんは文化祭楽しんでるんですか? 元々、あなたがウチの高校に来たのは文化祭絡みの事でしょう」
影人はロゼのズバッとした言葉を表面上やんわりと否定しながら、ロゼにそんな質問を飛ばした。決して話題逸らしとかではない。
「ああもちろん、充分に楽しんでいるとも。日本の祭りの食の文化にも触れられたし、美術部諸君の完成した絵にも触れられた。もちろん各学年、各クラスの出し物も粗方見たよ。文化祭というのはいいね、帰城くん。凄く、凄く楽しいよ」
影人のその言葉に、ロゼは嬉しそうに、楽しそうに、そして満足そうな顔でそんな感想を漏らした。その表情に嘘偽りは見受けられない。
「・・・・・・そうですか。なら、よかったですね。その調子で終わりまで文化祭を楽しんでください。では、俺はこれで失礼します」
ロゼの感想を聞いた影人は適当にそう言葉を返すと、この場から去ろうとした。ロゼと一緒にいるのは正直に言って面倒だ。
「おいおい、待ってくれよ。見たところ、君は暇そうじゃないか。なら、少しの間私と一緒に文化祭を回らないかい?」
だが、ガシリとロゼが影人の右手を握り影人を逃さなかった。そして、ニコニコとした顔でそんな提案を持ちかけて来た。
「え・・・・? ちょ、ちょっと待ってください! 何で俺があなたと一緒に文化祭を回らなきゃならないんですか!? 俺は嫌ですよ!」
唐突にロゼにそう言われた影人は、はっきりと自分の本音を口にした。普段、影人はあまり親しくない人物に本音を吐露しないが、このタイプの人間は、はっきりと言わないと分からないタイプだ。影人はロゼに振り回されていた期間の間にその事を学んだ。だから、影人ははっきりとロゼの誘いを断った。
「ははははっ! そこまではっきりと誘いを断られたのは初めてだよ!」
影人にはっきりと断られたロゼは何故か面白そうに笑った。ロゼはこれでも有名人だ。更にロゼの見た目も相まって、ロゼは異性からの人気が高い。平たく言えばモテる。
だから、様々な国の様々な人物たちからデートやお茶に誘われる事がよくある。ロゼはそういう事に興味はないので、誘いはほとんど全て断って来た。しかし、そんな自分が影人に誘いを断られた。しかも嫌だとはっきりと。その事が可笑しくて、ロゼは笑ったのだった。
「ふーむ、困ったね。私は君に礼の一環として、一緒に回らないかと誘ったのだが。もちろん、費用は全て私持ちでね」
「ッ・・・・・礼って何の礼ですか? まさか、文化祭準備期間中の手伝いの?」
費用は全てロゼ持ちという所でピクリと反応した最低前髪野郎は、礼の部分が分からなかったのでロゼにそう質問した。
「もちろんそうだとも。いや、それだけではないな。君にはこの学校を案内してもらった恩もある。とにかく、そういった事で私は君にとても感謝しているんだよ、帰城くん。だから、君に礼をするのは当然というわけだ」
その薄い青色の瞳に暖かさを乗せながら、ロゼは真摯な表情を影人に向ける。まさかこの変人に感謝されているとは全く思っていなかった影人は、少し照れたように顔を背けた。孤独好きの前髪は正面から感謝の念をぶつけられるのは、あまり慣れていないのだ。
「あなたに感謝の気持ちがあった事には驚きですけど・・・・・俺は別に仕事でやっただけですよ。まあ無茶で急で面倒極まりないブラックな仕事でしたが。だから、礼なんていりません。あなたの感謝の気持ちだけ受け取っておきます」
「君が私の事をどう思っているか大変気になるところだが・・・・・・・・私はそんな君だから礼がしたいんだよ、帰城くん。人間として美しい性格をしている君だからこそね」
「は? 俺の性格が美しい・・・・・・? あなた、感性は大丈夫ですか?」
真面目な顔でそんな事を言ったロゼに、影人は「こいつ頭おかしいんじゃない」的な目を向けた。いくら前髪野郎でも、自分の性格を美しいと思った事はない。人より、ちょっとは面倒くさい性格だとは自覚している。
「私の感性は正常だとも。まあ、君は自分の事はあまり触れられたくはないというか、その辺りは照れ屋だからこれ以上詳しく言うつもりはないがね」
ロゼは軽く肩をすくめた。ロゼの指摘を受けた影人は少しだけ顔を歪めた。その指摘は合っていたからだ。流石、世界に名高い芸術家というべきか。よく見ている。
「・・・・・・日本人はけっこうそういうタイプが多いんですよ。・・・・じゃ、行きますよピュルセさん。俺も午後からはまたクラスの仕事に戻らないとですから」
「ん? 行くとはどこにだい?」
「・・・・・・・・・タダ飯奢ってくれるんでしょ。正直、礼なんていらないと思ってましたが、タダ飯の誘惑には勝てませんでした。だから、奢ってくださいよ」
キョトンしているロゼから恥ずかしそうに顔を背けながら、影人はそんな言葉を放った。まさかのツンデレムーブである。しかし、何度も言っているが、前髪のツンデレなどいったい誰に需要があるだろうか。いやない。断じてない。絶対にない。
「ほう! 全く、君は素直じゃないね帰城くん。なるほど、これがいわゆるツンデレというやつかな? 任せたまえ。このロゼ・ピュルセ、嫌味に聞こえるかもしれないが、金なら余裕があるからね。存分に食べるといい! では行こうか帰城くん。時は金なり、だよ!」
「本当、博識ですね・・・・・・って、ちょっと! 手を離してくださいよ!?」
そんなこんなで、影人はロゼに手を引かれながら屋台の方へと向かい始めた。
「ははっ、いやー楽しいね! 私は1人でも物事を充分に楽しめる部類の人間だが、やはり人といると余計に楽しいと思えるよ。君はどうかな、帰城くん?」
「うぷっ、食い過ぎた・・・・・そうっすね。楽しいと思いますよ・・・・」
約1時間後、タダ飯の誘惑に負けロゼと文化祭を一緒に回っていた影人は、許容量を超えた満腹感を覚えながらロゼの言葉にそう返事をした。しかし、顔と言葉が全く一致していない。
「その割には表情が違うね。まあ、君は欲張ってけっこう食べていたからね。察しはつくが。気持ち悪かったら早めに言うんだよ?」
「ガキじゃないんだから分かってます・・・・・・・・とりあえず、ありがとうございました。食いたいものは全部食えました。普段だったら躊躇して食わない物も食えましたし・・・・ピュルセさんのお礼は確かに受けとりました」
満腹感が少しはマシになった影人は、ロゼに感謝の言葉を述べた。容赦なく食べたので、金銭価格で言えばおそらく2000円は超えたはずだ。金に弱い小市民の前髪は、本当にロゼに感謝していた。
「
「へえ、そうなんですか。何か意外ですね。ピュルセさんならいくらでもモテそうですが・・・・・まあ、俺も恋ってやつを知らないんで、ピュルセさんと同じですけど」
ロゼが漏らした悩みというか意外な事実に、影人はそう言葉を返した。もちろんお世辞である。影人からしてみれば、こんな変人に恋人なんてそれは出来ないだろうという感じだ(お前が言うな)。
「ほう、君も恋を知らないのか。なら、どうだい帰城くん。私と恋人同士になってみないかい?」
「は、はぁ!? いきなり何を言い出すんですかあんたは!?」
突然そんな事を言ってきたロゼに、影人は素っ頓狂な声を上げそう聞き返した。全く以て意味不明である。
「ははっ、君のそんな驚いた表情は初めてだね。別にちょっとした提案だよ、そこから始まる恋もあるかもと思ってね。君は嫌かい?」
「嫌かいって・・・・・・・・あのですね、ピュルセさん。お節介かもしれませんが、自分の身はもう少し大切にした方がいいと思いますよ。いつか痛い目を見ないためにもね」
楽しげな表情を浮かべるロゼに、影人はため息を吐きながらそう忠告した。影人は普段、人に忠告などをするキャラではないが、流石にこれにはそう言わざるを得なかった。
「忠告ありがとう。やはり、君は優しいね。君の忠告を受けたからではないが、1つだけ言わせてもらうと、誰でもいいというわけでは決してないんだよ? というか、こんな事を言ったのは君が初めてだからね。君だからこそ、言ってみたんだ。ははっ、実はけっこう緊張したんだぜ?」
「っ・・・・・・・」
笑顔でそんな事を言ったロゼに、影人は不覚にも心臓がドキリとした。
(クソッ、いきなり何なんだよ・・・・・・・・変なこと言いやがって。俺は孤独で孤高の帰城影人だ。異性にときめくなんてのはねえんだよ。そんなもの、俺には・・・・・・・)
色々と胸中でそんな事を思いながら、影人は今の感覚を何かの勘違いだと否定した。そう言った事は自分には関係のない話だ。
「・・・・・悪いですが、その提案は拒絶させてもらいます。俺は生涯恋人なんていらないし、恋に興味もありませんから」
だから、影人は当然のようにそう返答した。
「残念、フラれてしまったね。だがまあ、気分が変わったらいつでも言ってくれ。私は当分は日本にいるからね」
「俺の気分が変わる事はないので大丈夫ですよ。・・・・・じゃ、俺はここらで失礼します。そろそろ休憩時間も終わりなので」
「そうか。では一旦さよならだね。また会おう、帰城くん」
「俺は出来れば会いたくはないですがね・・・・・・・・今日はありがとうございました」
影人は最後にそう言うと、ロゼにヒラリと手を振りながら校舎の方へと歩いて行った。
「全く、面白い男だよ君は・・・・・」
影人の後ろ姿を見つめながら、ロゼはポツリとそう言葉を呟いた。
「諸君、約束の時は来た。今こそ世界に俺たちの魂を示す時だ」
夕方、時刻にすれば午後5時過ぎ。風洛高校2棟校舎裏で眼鏡をかけた男子生徒、通称Bはメガネを軽く押し上げそう宣言した。
「遂に来たか、この時がよ・・・・・・」
「刻むぜ、俺たちの勇姿ってやつを!」
「俺の箒捌き、お披露目してやるぜ!」
「へっ、俺のモップ捌きもな!」
「やってやろうぜ!」
Bの宣言を受けて周囲に集まっていたA、C、D、E、Fの5人もやる気に満ち溢れた顔になる。5人はそれぞれ、学校のロッカーから借りた古い箒やモップを持っていた。
「・・・・・幕は上がったって事だな。上等だぜ」
「ふっ、頼もしい言葉だ。帰城くん・・・・いや、ミスターG」
5人に続き、そんな言葉を漏らした前髪の長い男に向かって、Bは男の名を呼んだ。昨日メンバーに加わる事になった男、通称前髪や・・・・・Gである。Gも5人と同じように古びた箒を持っていた。
「よせよ、俺は頼もしくなんかないぜ。ただ、お前が俺の事を頼もしく見えているとしたら、それは俺がお前たちに全幅の信頼を寄せているからだ。俺たちは魂で繋がった者たちだからな」
完全に雰囲気に酔っているのか、厨二全開の頭がどうかしているアホ前髪はそんな言葉を恥ずかしげもなく述べた。
「「「「「「G ・・・・・」」」」」」
普通ならそんな言葉を聞けば、間違いなくドン引きされるか可哀想なものを見るような目を向けられる。だが、ここにいる野郎どもはこいつと同レベルのアホである。アホどもは感動したような熱い目をアホに向けた。
「ああ、俺たちならいける! 魂で繋がった俺たちなら! なら行こうぜお前たち! 場所は中庭のど真ん中! そこでライブを始めるぞ!」
「「「「「「おうよ!」」」」」」
テンションが昂ったBが右手を天に掲げながらそう言うと、A、C、D、E、F、Gの6人もそれに応えた。計7人のアホどもは、ライブ会場へと向かうべく歩みを始めた。
「俺の天使の歌声で、俺たちのファーストシングル、『セブンス・バック・ヴァレット』をこの学園の全員に届けてやるぜ」
マイクとスピーカーは軽音楽部の友人に頼んで、密かに中庭に既に設置している。後は魂を解き放つだけだ。Bは不敵に笑いながら、メンバーを引き連れた。
さあ、ショータイムだ。
「このアホども! 何を勝手に騒音を撒き散らしてるの! 普通に迷惑なの! 分かる!?」
「「「「「「「すいません・・・・・・」」」」」」」
だが、結果としてショータイムは来なかった。7人のアホどもは地べたで正座をしながら、怒り狂う真夏に謝罪の言葉を述べていた。
「そもそもあんた達バンドの申請してないでしょ! いくらウチの文化祭が自由といっても限度があるわ! 申請くらいしなさい! しかもボーカルの歌尋常じゃなく下手くそだったのが余計に腹立つわ!」
しかし、それでも真夏の怒りは鎮まらない。当然である。生徒会長の真夏からしてみれば、これから最後のキャンプファイヤーの準備で忙しいというのに、こんなどうでもいい事に時間を割かれているのだ。真夏は激怒していた。
「ガ、ガーン・・・・・・」
「そんな会長! Bは必死に歌っていて――!」
「必死であれならセンスがないわ! ボーカル変えなさい!」
真夏の容赦ない言葉にショックを受けるB。そんなBを擁護するかのように、Eが擁護しようとするが、真夏は聞く耳を持たなかった。
「というか1番謎なのは、このメンバーの中にあなたがいる事よ帰城くん! 他のバカたちならいざ知らず、あなたこんな事するキャラじゃないでしょう!?」
そして、そのまま真夏の怒りの矛先は顔見知りである影人の方へと向かった。
「・・・・・会長。男には引けない時があるんです。意地があるんです、男の子には・・・・」
真夏からそう言われた影人は、悲しそうなしかし信念があるかのような声音でそう返事をした。
「意味が分からないわ! 全く・・・・・・・とりあえず、私も忙しいから今日はこの辺りにしといてあげるわよ。その代わり、明日の文化祭の片付けの時、自分のクラス以外にも生徒会の管轄の場所手伝いなさいよあんた達! はい、じゃあ解散!」
影人の言葉をそれはもうバッサリと切った真夏は、まだ怒った様子ではあったがそう言ってこの場から去っていった。
「怖ぇ・・・・・流石ウチの会長だぜ・・・・・・・・」
「マジで怖かったな・・・・・・」
「ううっ・・・・俺だって頑張って練習したのに・・・・・・・・」
「元気だせよB、お前の歌は確かに俺たちの心には響いてたぜ・・・・・」
「そうだ、イカしてた」
「でも申請忘れてたのはアホだったよな、俺たち・・・・・」
真夏が去り正座を崩し立ち上がったA、C、B、D、E、Fの6人。6人はそれぞれそんな言葉を交わし合った。
「・・・・・あんまり落ち込むなよお前ら。まだ1回ライブが中止になっただけだ。俺たちが諦めない限り、チャンスはまだまだあるはずだ」
そんな6人を慰めるかのようにGことバカ前髪がそんな事を言った。影人の言葉を聞いた6人はハッとしたように影人を見つめた。
「俺たちが再びライブメンバーとして集うのはその時だ。体育祭に修学旅行、チャンスはまだまだある。だから、落ち込む暇なんかないぜ」
格好をつけた笑みを浮かべながら、影人は6人にそう言葉を続けた。
「そうだよな、お前の言う通りだ!」
「ああ、俺たちはこんなところじゃ終わらない!」
「こんなんじゃ満足できねえぜ!」
「俺たちはやるしかねえんだ!」
「そうさ! それがが男ってもんだ!」
「次は会長をギャフンと言わせてやろうぜ!」
バカ前髪の言葉に影響されたバカどもは熱い口調でそう言って、それぞれ拳を握りしめた。心に再び火が灯ったバカどもを見たバカ前髪は、満足気な表情になる。
「なら、今日のところは気分を切り替えて楽しもうぜ。今から例年のキャンプファイヤーだ。お前ら、準備はいいな?」
「「「「「「ああ!」」」」」」
「だったら走るぜ! 運動場に向かって!」
テンションがいつもより数段おかしい前髪はそう叫ぶと走り始めた。前髪に影響されたバカ6人も影人にならうように走り始める。影人を含めた7人の顔はなぜか煌めいていた。
だが、その煌めきはきたねえ花火みたいだった。
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