第186話 弾けろ文化祭
「ったく、世話の焼けるお化けだな・・・・・・・・」
後ろを気にしながら走っていた影人は、自分の方に倒れて来たお化けの格好をした生徒を咄嗟に抱き止める事に成功した。
「わっ、あ、ありがとうございます・・・・・!」
影人に抱き止められたお化け役の生徒は、少し恥ずかしそうになりながらもお礼の言葉を述べた。
「だ、大丈夫かい!?」
「ほっ、良かったわ・・・・」
「ふふっ、お転婆なお化けだこと」
その突然のアクシデントに、暁理も落ち着きを取り戻し影人たちの方に向かって来た。カボチャ頭の生徒は胸を撫で下ろし、シェルディアは軽い笑みを浮かべていた。
「脅かしてテンション上がってるんだろうが、ちゃんと気をつけろよ。あんたも文化祭初日でケガは嫌だろ?」
「う、うん・・・・・」
「ならいい。ついでだから言わせてもらうが、ここ楽しかったぜ。じゃあな」
影人はお化けの扮装をした生徒にそう告げると、自分の体をお化けの生徒から離した。そして、影人はスタスタと歩いて出口のドアを開けて出て行った。
「あ、ちょっと待ってよ影人! バイバイお化けさんたち! 僕も楽しかったよ!」
影人が脱出したのを見た暁理は、カボチャ頭とお化け役の生徒たちに手を振ると自分も急いだように出口に向かった。
「では私も出ましょうか。ふふっ、ありがとう。楽しかったわよ、陽華、明夜。また会いましょう」
残っていたシェルディアもそう告げると、出口へと向かって行った。
「何だシェルディアちゃんは気づいてたのね。というか、あの前髪くんとシェルディアちゃんが知り合いだとは思わなかったわ」
影人たちが全員出て行ったタイミングで、カボチャ頭の格好をした生徒――明夜がそんな言葉を呟いた。
「まあ、あの様子じゃ前髪くんは私たちの事に気がついてはいなかったみたいだけど・・・・・・・・って、陽華? ぼーっとしてどうしたのよ?」
明夜は自分の隣のお化けの格好をした生徒――陽華にそう声を掛けた。明夜の幼馴染みにして親友は、先ほどから黙ったまま出口のドアを見つめたままだった。
「ふぇ・・・・・? い、いや別に何でもないよ! 帰城くん、ちゃんと来てくれたんだなーと思っただけ! ほら明夜! 早く定位置戻らないと次のお客さん来ちゃうよ! 早く早く!」
「それはそうだけど・・・・何か変な陽華」
「別に変じゃないし! というか明夜には言われたくないし!」
「ちょっと、それどういう意味よ!」
陽華と明夜はそんなやり取りをしながら自分たちの定位置へと戻り始めた。
(ま、まだドキドキしてる・・・・・男の子に抱き止められたの初めてだったからかな・・・・? それにしても、帰城くん普段はあんな感じなんだ。すっごい優しかったな・・・・・・・・)
自分の心臓の鼓動が速くなっている事を自覚する陽華。危ない所を男子に助けてもらった事、同年代の男子に抱き止められた事、そして普段は陽華の事を嫌っている影人が見せた初めての普通の態度(影人は抱き止めたのが陽華だとは気づいていないだろうが)、これらの要素が重なったのが、陽華がドキドキとしている理由だろう。
しかし、そうだと分かっていても、それからしばらくの間、陽華の心臓は早鐘を打ったままだった。
「最後のアクシデントを抜きにすりゃ、まあまあ楽しめたな。全くビビりはしなかったが」
「嘘つけよ。君、ビビりまくりだったじゃないか。まあ僕は大人だから、あれくらいじゃ驚きはしなかったけど」
「死ぬ程ビビり散らかしてたのはどこのどいつだよ。お前こそ平然と嘘をつくな」
5組のお化け屋敷を出た影人と暁理はお互いにそんな感想、もとい友人どうしの軽い言い合いをしていた。結論から言えば、間違いなくどちらもビビっていたが、それを擦り付け合うのが友人同士の軽口というものである。
「ふふっ、私からすればどちらも怖がっていたように見えたけどね」
「「うぐ・・・・・」」
そんな影人と暁理の様子をシェルディアは楽しげに見ながら、バッサリと事実を告げた。唯一全く驚いたり怖がっていなかったシェルディアの言葉だけに、2人は気まずそうな顔になった。
「ん・・・・? あー、悪い嬢ちゃん。俺、そろそろ戻るよ。時間が来ちまった。悪いけど、今日はここまでな。後は嬢ちゃんの好きにしてくれ」
制服のズボンの右ポケットに入れていたスマホがバイブレーションしたのを感じた影人は、スマホを見た。それは休憩時間が残り10分を示す通知だった。そういえば、着替えの時に予め設定していたのだった。着替えにも時間が掛かるので、影人はもう空き教室で着替えをしなくてはならない。影人はシェルディアにそう言葉を述べた。
「あら、もうそんな時間? 楽しい時間が過ぎるのは一瞬ね。分かったわ、なら私はお客としてあなたのクラスに行きましょう。影人、仮装するんでしょ? 楽しみだわ。元はと言えば、私はそれが目当てで来たのだから」
「あー、確かにそういう話だったな・・・・・・分かったよ、なら10分後にウチの2年7組に来てくれ。俺は連絡係だけど、手くらいは振るよ。じゃ、そういう事で」
影人は苦笑しながら仕方なくそう言うと、シェルディアに手を振って小走りでどこかへと消えて行った。
「さて、そういう事だけどあなたはどうする暁理。私と一緒に影人のクラスに行く?」
「そうだね。僕も休憩時間は後20分しかないけど、影人をちょっと冷やかせるくらいは出来そうだし、シェルディアちゃんさえよければ、僕も一緒に行きたいかな」
シェルディアの誘いを暁理は笑顔で了承した。シェルディアと会ったのはこれで2回目だが、シェルディアとはけっこう仲が良くなれたような気がした。
(何か不思議な子だよな。絶対に僕より年下なんだけど、どこか自分より大人っぽいというか。でも、外見はとんでもなく可愛くて綺麗だし。影人の奴も、このギャップにやられたのかな・・・・?)
シェルディアを見つめながら、暁理はそんな事を思った。最初はシェルディアに少し嫉妬していた暁理だが、今ではその嫉妬心も全くない。シェルディアの魅力というのだろうか。暁理は今はそれを明確に理解していた。こんな子ならば、あの偏屈な前髪が心を許していても不思議ではない。
(ま、まあだからといって、シェルディアちゃんに影人は渡さないけど・・・・・・!)
「どうしたの暁理? 私をジッと見つめて。私の顔に何かついてるかしら?」
「え? い、いや何でもないよ! シェルディアちゃん本当に可愛くて綺麗だから見惚れちゃってただけ! じゃ、影人のクラスの前まで行っておこうかシェルディアちゃん」
シェルディアにそう言われた暁理は、誤魔化すように笑みを浮かべた。
「嬉しい事を言ってくれるわね、ありがとう。そうね、なら行きましょうか」
「う、うん」
シェルディアは暁理の言葉に嬉しそうに笑うと暁理と共に2年7組の前へと移動した。
そして十数分後、暁理とシェルディアはコスプレ喫茶に入り影人のコスプレ姿を見るのだが、暁理は爆笑し、シェルディアも面白そうに笑うのだった。
こうして、文化祭1日目は和やかに終わっていった。
「――へい、そこのイカしたジ◯ン軍人。少し俺たちとお話しないか?」
「え・・・・・・?」
9月25日火曜日、午前12時過ぎ、文化祭2日目。連絡係としてお客の注文を家庭科室の厨房係に伝えるため、教室を出た影人は突然背後からそんな声を掛けられた。
「ッ!? あんた達は・・・・・・」
振り返り自分に声を掛けて来た人物を見た影人は、驚いたような表情を浮かべた。そこには6人の男子生徒がいたのだが、影人はその6人に見覚えがあった。
「初めましてではないが、こうして言葉を交わすのは初めてだね。俺たちの中で、唯一偉業を成し遂げた勇者よ」
その中の1人、眼鏡を掛けた男子生徒――通称Bが続けてそんな言葉を述べた。
「・・・・・・よしてくれ。俺は勇者じゃない、俺はただ運が良かっただけのラッキー野郎さ。本当の勇者ってのは、あんた達みたいな奴らだと俺は思ってる」
影人はBを含めた6人に向かってそう言葉を返した。この6人は5月の中間テストの時、図書室で出会った6人だ。あの時、影人同様にカンニングの方法を模索していた、話した事はなかったが魂で分かり合えていた者たちである。
「ふっ、よしてくれよ。俺たちはただの敗者さ」
「そうさ。君に比べれば俺たちなんてな」
「君のコスプレは目立ってるから、君があの時の勇者だって分かったのさ」
「君に話しかけるのは多少は勇気がいったけど、せっかくの文化祭って事で声を掛けさせてもらったってわけだ」
「ちなみに君に話しかけるのは多少は勇気がいったから、ジャンケンして負けたこいつが君に話しかけたぜ」
影人の言葉を聞いた6人の内5人、通称A、C、D、E、Fの5人は全員無駄に格好をつけた笑みを浮かべながら、そんな事をそれぞれ述べた。聞いてもいないのに勝手に色々と説明し始めたのは、端的に言って意味が分からない奴らだが、まあこいつらの頭を理解するのは不可能なので気にするだけ無駄である。影人同様にこいつらはバカなのだから。
「事情は理解できたが・・・・悪いがいま俺は仕事中なんだ。あんた達と話をしたいのは山々なんだが、今はどうにもな・・・・・・・・だから、話は俺が休憩時間に入ってからでいいか? あと1時間くらいは掛かっちまうが・・・・」
実は珍しく声を掛けられて嬉しがっていた、偏屈で捻くれていて孤独好きの救いようの無い前髪野郎。しかし、前髪は今はどうしても6人の話に応じる事が出来なかった。
「ああ、それで構わない。お仕事中に邪魔して悪かった。では1時間後、2棟校舎裏で待っているよ。じゃ、また後で」
「「「「「また!」」」」」
影人の事情を理解した通称B、又の名を天才(笑)は影人の言葉に頷いた。そして影人に向かって6人は軽く手を振りながら、影人とは進行方向が逆の廊下の方を歩いて行った。
「ふっ、どうやら今年の文化祭はちょっとは楽しめるようだな。熱いぜ・・・・・・・」
何が全く熱いのかカケラも理解できないが、やはり頭がどうかしている前髪は6人の後ろ姿を見ながら気色の悪い笑みを浮かべそう呟いた。
「2棟の校舎裏、確かここだったよな・・・・・・」
1時間後、休憩時間に入った影人は先ほどのBの言葉通り2棟の校舎裏にやって来ていた。文化祭で表や校舎の中が賑わっているので、校舎裏は静かなものだった。
「やあ、よく来てくれた。待っていたよ」
影人が校舎裏にやって来ると、Bが手を振りながら影人にそう声を掛けて来た。周囲にいた5人も影人に手を振ってくれている。影人は自身も軽く手を振りながらBたちのいる場所へと近づいた。
「悪い、待たせたな。それで、早速なんだが俺に話ってのは?」
影人は気安い口調でBにそう聞いた。普段なら影人は親しくない者にはそれなりに丁寧に話す。しかし、ここにいる者たちは魂が繋がり合っている者たち、いわばソウルメイトだ。そこに他人行儀さや丁寧さはいらないと影人は考えていた。
「ああ、話というのはシンプルなものさ。我らが魂の盟友よ――俺たちとエアバンドをしてみないか?」
もちろんと言っては変だが、Bを含めたここにいる6人も
「エアバンド・・・・・だと?」
Bの予想外の答えに、影人は驚いた表情を浮かべた。
「ああ。曲は俺たちが考えたオリジナル曲でやる予定だ。ボーカルは俺。こいつらは箒やモップなんかを楽器代わりに賑やかしをする予定だ。だが、俺たちだけでは完全とは言い難い。そう、なぜなら俺たちのピースには、魂の盟友がまだ1人足りない。あの時、図書室で繋がりあった全員が揃わなければ、俺たちは真の力を発揮する事は出来ないからだ。だから、君を誘いに来た」
Bはグッと右手を握りながら熱弁した。そして、Bは影人を熱い目で見つめながら、右手を開き影人の方へと差し出して来た。
「我が風洛高校が誇る孤高の異端児、帰城影人くん。影なる勇者である君の力が必要だ。どうか、俺たちと一緒にエアバンドをやってくれないか。青春の時間は一瞬。いわゆる世間一般でリア充と呼ばれる異性や恋人と過ごす時間だけが青春ではない。熱い仲間たちとバカをするのも青春だと俺は思う。俺たちは、君とその時間を刻みたい!」
影人の名を呼びながら、Bはそう言葉を締めた。Bの周りの者たちも熱い、熱い視線を影人に向けて来る。その視線は期待と熱意と信頼。そんなものが混じった視線だった。
「・・・・・・・・・・2つだけ聞かせてくれ。俺が入るとしたら、ポジションはどこになる? あと、いつ
「バックでこいつらと一緒に演奏を頼みたい。演るのは明日の夕方、例年のキャンプファイヤーの前だ。もちろん、君がやりたいならボーカルを譲ってもいいさ。ボーカルはジャン負けで決まったからな。正直、変わってくれたら死ぬほど嬉しい」
影人の質問にBはクイと眼鏡を触りながらそう答えた。最後の方に本音が漏れていて何とも情けない感じであるが、影人はそれを流した。
「そうか・・・・・・なら、バックで頼む。時間も大丈夫だしな。あんたらの熱意、確かに伝わったぜ。あんたらと共に凡人には聞こえない音楽を刻むのは楽しそうだ。短い時間だが、よろしく頼む。ええっと、あんたの名前は・・・・・」
「
影人とBこと才は固く握手を交わした。その様子を見ていた残りの5人は嬉しそうに拍手をした。
「やったなB! あ、俺は
「俺は
「俺は
「俺、
「
「ああ、よろしく」
5人はそれぞれ影人に自己紹介した。影人は軽い笑みを浮かべながら5人にもそう言った。
こうして、奇妙というか遂にというべきか、風洛高校が誇るバカども(本当は恥なので誇るというべきではないのだろうが)たちは、なぜか明日エアバンドをする事になった。
――次回、「バカたちの共演の饗宴」。ぜってえ見てくれよな(見なくていい)!
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