第183話 文化祭は賑やかに

「確かに来るとは言ってやがったが・・・・・ったく、面倒な予感だぜ・・・・・・・・」

 影人はため息を吐きながらそう呟いた。全く、どこまでも面倒な男である。

(だがまあ、今の俺は顔を隠した赤い◯星。香乃宮の奴も流石に俺の事は分からんだろう)

 しかし、影人は自分の格好を思い出すとすぐにそう考えを改めた。目元は仮面で隠れているし、前髪も今はヘルメットの中。自分が帰城影人だと光司にバレる理由はない。

「焼きそば持ってきましたー」

 影人は光司の座っている丸テーブルを横切って、給仕係に焼きそばを乗せた盆を手渡した。給仕係の女子生徒は「あ、どうもです!」と影人に礼を述べると、それを注文した生徒に届けた。

(ふっ、香乃宮光司敗れたり・・・・・)

 影人は再び光司のテーブルを横切って教室の端に行こうとした。その際、アホバカカスのパチモン野郎は内心でそんな事を呟いた。こいつは本当にどこまでいってもアホである。

「あ、帰城くん。約束通り、来させてもらったよ」

 だが、敗れたのは実は前髪の方だった。光司は通り過ぎようとする影人にニコリと笑みを浮かべながらそう言った。

「ッ!? な、何の事だ・・・・・? 私はシ◯ア・アズ◯ブル。しがないジ◯ンのパイロットに過ぎない人間だ。帰城などという者ではないよ」

 光司にそう言われた影人はギクリとしながらも、少し震えた声でそう言葉を返した。影人あくまでシラを切り通そうとした。

「? 僕が帰城くんを見間違えるはずはないんだけど・・・・・・・ああ、なるほど。そういう設定なんだね。帰城くんの本気さに僕は感動するよ」

 その言葉を聞いた光司は一瞬わけがわからないといった感じで首を傾げたが、勝手にそう納得すると、なぜか影人に尊敬の眼差しを向けて来た。

(え、こいつ頭は大丈夫か・・・・・・?)

 影人は光司の正気を疑った。意味がわからない。なぜそこまでプラスに考え、自分を尊敬すると言えるのか。あと聞き間違いでなければ、とてつもなく恐ろしい言葉も聞いた気がした。

「え? 香乃宮くんとあの前が・・・・・シ◯アって知り合いなの・・・・?」

「う、嘘・・・・似合わな過ぎてヤバい・・・・」

「しかも何か香乃宮くんのシ◯アに対する好感度が無駄に高い気がする・・・・」

 光司と影人のやり取りを見ていた2年7組の女子たちがヒソヒソとそんな事を呟いている。影人はこれ以上目立つのはマズイと直感した。

「と、とにかく人違いのようだから私はこれで失礼させてもらう! 勝利の栄光を君に!」

 影人は光司に一方的にそう告げると、教室の隅へと走り注文用紙を持っている女子生徒に突撃し、「もらいますね!」と言って注文用紙を強奪した。

「え、ちょ・・・・・・・!」

「あ、待って帰城くん! 出来れば明日一緒に文化祭を回ら――」

 影人に注文用紙を引ったくられた女子生徒と、光司が何かを影人に告げようとしていたが、影人はそんなものは無視して教室から逃げ出した。









「あ、危なかったぜ・・・・・」

 教室から逃走したパチモンの彗星は階段を降りながらホッと息を吐いた。あのまま光司と話を続けていれば、間違いなく面倒な事になっていた。

(と言っても、このまま家庭科室行って教室に戻ったらまだ香乃宮の奴いるよな。ここでバックれたら確実にクラスの奴らのヘイト買うし・・・・・・・・はてさて、どうするか・・・・)

 影人は悩んだ。別に、影人はクラスメイトから嫌われようがどうでもいいと思っている。だが、無駄に嫌われる必要もないと思っている。嫌われるというのは目立つという事だ。影人は目立つのが嫌いだ。ゆえに、影人はクラスメイトたちからは「影の薄い奴」くらいに思われたいと考えている。

 まあ、実際はその真逆で「前髪のヤバい奴」という認識を影人は受けているのだが、影人はその事を知らない。

 そんなこんなで悩んでいると、影人は今日何度目、いや何十回目になる家庭科室にたどり着いた。影人はまた注文用紙を厨房係に渡し、食べ物や飲み物を教室に届けなければならない。

「・・・・・・悩んでても仕方ないし、とりあえず入るか」

 影人は自分の状況が結局どうしようもない事に気がつくと、家庭科室のドアを開けようした。だがその瞬間、

「わっ! ウチの学校にシ◯アがいるじゃない! すごいすごい!」

 影人は背後からそんな声を聞いた。その声は聞き覚えのある声だった。

「っ、会長・・・・」

 振り返ると、そこにいたのはこの学校の生徒会長である真夏だった。

「ん? その声もしかして帰城くん!? あははははっ! まさかシ◯アがあなただったなんてね! まあでも、あなた普段も目元隠れてるからあんまり変わらないかも!」

 真夏は声からシ◯アが影人だと察すると爆笑した。たぶん、シ◯アが影人だと分かって爆笑するのは真夏くらいだろう。暁理などは多分笑うよりも呆れる。

「そうっすかね・・・・・・・・でも、会長は何でこんな所に居るんですか? 生徒会の仕事とかは大丈夫なんですか」

「せっかくの最後の文化祭の時にそんなくそつまらない事を聞かないでちょうだいよ帰城くん。仕事なら大丈夫よ。先生方やPTAの皆さんが気を利かせてくれたから。だから、私は思う存分に文化祭を楽しみまくっているというわけよ!」

 影人からそう聞かれた真夏は、最初こそつまらなさそうな顔を浮かべていたが、途中からはいつも通りの元気さで影人にそう返答した。

「そういう帰城くんはそんな格好で何やってるの? シ◯アが家庭科室の前にいるのは普通に意味が分からないんだけど」

「俺のクラス『コスプレ喫茶』やってて、俺は厨房係と給仕係の連絡係してるんですよ」

「何それ面白そうじゃない! 後で行ってみよっと」

 不思議な顔を浮かべている真夏に、影人は自分のクラスの出し物について説明した。影人の説明を受けた真夏は、パァーッと顔を輝かせた。

(ん、待てよ? もしかしたら、この状況は利用できるんじゃないか・・・・・・?)

 影人はビビッと自分に電流のようなものが流れたのを感じた。やはり自分は天才かもしれない(そんなわけねえだろ)。

「会長、ウチのクラス今行ってみたらどうですか? 今なら香乃宮いますよ。お1人なら、香乃宮と一緒に文化祭を回ってみては? 香乃宮もちょうど1人でしたし」

 影人は真夏にそんな提案をした。影人が閃いた事、それは真夏に光司を押し付けようというものだった。とんだカス野郎である。一応主人公であるはずなのにカス過ぎて救いがない。やはり死んだ方がいいのかもしれない。

「へえ今は副会長がいるの。いい事聞いたわ! それじゃあ私も今行ってみよっと! 副会長お化け屋敷に連れて行って反応もみたいし。帰城くん、教えてくれてありがとね!」

「いえいえ、きっと香乃宮も喜ぶと思いますよ」

 カス前髪の思惑を知らない真夏はまんまと影人に乗せられ、笑顔で影人に礼を述べてきた。光司を真夏に押し付ける事に成功した影人は、笑みを浮かべながらそう言った。

「じゃ早速お姉ちゃんのクラス目掛けてレッツゴー! っとその前に忘れてたわ! 帰城くん、一緒に写真を1枚撮ってもいい? シ◯アと一緒に写真撮る機会なんてそうそうないから!」

「あー・・・・・まあ、会長ならいいですよ」

 去り際に真夏からそんな事を言われた影人は、渋々といった感じでそのお願いを聞き入れた。女子と2人で一緒に写真を撮るなどという行為は、普段なら影人が蛇蝎の如く拒否する事だ。そんな陽キャラのような真似、自分は絶対にしたくない。

(会長にとってみりゃ、今年の文化祭が最後だからな。多少は面白いと思って、写真に残してくれるなら、仕方がないってやつだぜ)

 影人が真夏のお願いを聞き入れた理由はそのようなものだった。要は後輩としての格好つけだ。影人は特段真夏に思うところはないが、それくらいの事ならやってもいいと思っていた。

「ありがと! なら隣失礼するわね。はい、チーズっと!」

「は、はい」

 許可を取った真夏が影人の隣に移動する。普段女子にこれ程までに接近されない影人は、変な気まずさを感じたが何とか我慢した。真夏はスマホを内カメラのモードにすると、左手をピースの形にした。影人も申し訳なさそうに右手をピースの形にする。その1秒後、カシャとスマホのシャッター音が響いた。

「いい写真が撮れたわ! ありがとう帰城くん! また今度何か奢るわ!」

 真夏は撮った写真を見て満足げに頷くと、そのまま走って階段を登って行った。

「あざっーす・・・・・相変わらず嵐みたいな人だな。ま、香乃宮どうにかできたしありがたいが」

 突然現れ突然去っていった真夏についてそう言葉を漏らし、影人は家庭科室に入った。












「・・・・すいません、じゃあ休憩もらいますね」

「りょ、了解〜! じゃ、また2時間後にお願いね帰城くん」

 午後12時半過ぎ。影人は給仕係の女子生徒にそんな言葉を告げた。同情すべき事に影人からそう話しかけられた女子生徒は、少し引いたような顔を浮かべていた。

 ちなみに、影人が真夏をけしかけた事によって、光司はすぐに真夏に連行されていったらしい。去り際に「ま、待ってください会長! 僕はまだ帰城くんと――!」的な事を叫んでいたと給仕係から聞いたが、ざまあないと影人は感じた。自分の孤独を愛する心は伊達ではない。

「さて、嬢ちゃんはもう来てるのか? 来てないとしたら、校門で待っておいた方がいいな」

 10分後、空き教室で一旦制服に着替え直した影人は、サイフやスマホといった必要な物だけをズボンのポケットに突っ込みながら校舎内を歩いていた。文化祭初日という事もあって、校舎内は尋常ではなく賑やかだ。いや賑やかというかアホみたいにうるさい。

「まあ、このアホ騒ぎは若者の特権みたいな所はあるからな・・・・・・・・それに今日は騒いでもいい日だ。存分に楽しめよ若人どもよ」

 フッといつも通りのキショイ笑みを浮かべながら何か意味不明な事を呟く前髪。何視点で何様なのか。お前も一応同年代である。その言葉を言うには歳が死ぬほど合ってねえ。老けてから言えと地団駄を踏みながら言いたい。

(そういや、『芸術家』はどうしてるんだろうな。まあ案内した時に文化祭を見て回るって言ってたから、今頃楽しんでるか。文化祭が終わればあいつも風洛から出て行くし、ようやく少しは気が楽になるぜ)

 昇降口で上履きから自分の靴に履き替えながら、影人は適当にそんな事を考えた。しばらく自分の近くにいたロゼだが、何とか正体はバレなかった。願う事ならさっさとフランスに帰ってほしいが、ロゼの目的は自分なので、まだしばらくは日本にいるつもりだろう。

「おっ、出店けっこうあるな。昼飯まだだしまた後で何か食うか」

 外に出た影人は生徒たちが有志でやっている食べ物の屋台を軽く見渡した。フランクルトもある。あれだけは絶対に食べよう。

「さて、嬢ちゃんは・・・・・・まだかな」

 校門前に辿り着いた影人は周囲を見た。しかし、シェルディアの姿は見えない。シェルディアの外見は目立っているのでいればすぐに分かる。

 それから10分ほど、影人は校門の近くで待っていた。すると、見知った少女が校門に現れた。

「あら影人。私を待っていてくれたの? だとしたら、とても嬉しいわ」

「よう嬢ちゃん。ああ一応そうだが・・・・・・・・嬢ちゃん、今日雰囲気がちょっと違うな」

 現れたのはシェルディアで、影人は軽く右手を上げながら挨拶をしたが、シェルディアが普段と違う格好をしている事に気がついた。

 まず、髪型が違う。シェルディアはいつも自分の髪を緩いツインテールに結っているが、今日は右側だけの緩めのサイドテールだ。影人がシェルディアの髪型がツインテール以外になったのを見たのはこれで3度目だった(1度目は初めに出会った時に影人の家の風呂に入った後のストレートヘアー。2度目は影人の母親の料理を手伝っていた時の、ポニーテール)。

 そして、服装もいつもの豪奢なゴシック服とは違った。シェルディアは普段黒を基調としたゴシック服を着ている。しかし、今日は黒いワンピースを着ていた。スカートの裾には白いフリルがあしらわれている。何だかいつもより大人っぽい格好だ。

「ええ、少しおめかししてみたの。どうかしら?」

 影人からそう指摘されたシェルディアが、クルリとその場で回った。その際にフワリといい匂いが広がる。香水も少しつけているようだ。

「どうもこうも・・・・・・似合ってると思うぜ。周りの奴らも嬢ちゃんに目を奪われてるしな」

 影人はシェルディアにそんな感想を述べた。実際、周囲の生徒たちも「え、何あの子可愛すぎるんだけど・・・・」「美しすぎる・・・・」「ズキュンバキュンと来たぜ・・・・・・」とシェルディアに注目していた。

「周りの感想はどうでもいいの。私が聞きたいのはあなたの感想よ」

 影人の言葉を聞いたシェルディアは少しムスッとした表情になった。マズったと直感した影人は、慌ててこう言葉を付け加えた。

「さ、さっきも言っただろ似合ってるって! あ、そ、その綺麗だよ・・・・・!」

 普段女性に対してそんな事を言わない前髪は、少し恥ずかしそうにそう言った。シェルディアは自分とは凄まじく歳が離れているという事はもう分かっているので、おばあちゃんに言う感覚に似ているだろうし恥ずかしいという事はないはずなのに。しかし、やはりシェルディアの外見がそうさせるのか、影人は普通に照れていた。

「ふふっ、そう? ありがとう、あなたにそう言ってもらえて嬉しいわ」

 影人からそう言われたシェルディアは嬉しそうに笑った。年相応の少女のようなその笑みに、影人も釣られたように口元が緩んだ。

(ったく、あんだけ最強で恐っそろしいのによくそんな笑み浮かべられるぜ。まあ、その2面性がきっと嬢ちゃんの魅力なんだろうが)

 数日前にシェルディアと本気の殺し合いをした影人だからこそ、その笑みにそんな感想を抱ける。死ぬ気で本気だったあの戦いも、数日経てばそんな感じに思えるなら、まあ今がいい現実だという事だろう。

「じゃあ、案内してくれるかしら影人? いや、この場合はエスコートね」

 シェルディアが期待したような目を影人に向けてくる。影人は苦笑しながら答えを返した。

「エスコートできる度量は、悪いけど俺にはないぜ嬢ちゃん・・・・・・・・・だがまあ、約束は約束だ。出来る限り嬢ちゃんが楽しめるように努力するよ。じゃ、行こうか」

 影人は案内のためにシェルディアの先を歩こうと足を動かした。だが、それを良しとしないようにパシリと影人の右手に少し冷たいシェルディアの左手が触れた。

「え?」

「何を驚いているのよ影人。こういう時は、しっかり淑女の手を引くものよ」

 驚いている影人にシェルディアは悪戯っぽい顔になりながらそう言葉を呟いた。そのアクションのせいか、周囲でシェルディアの様子を窺っていた生徒たちがまた注目した。中には影人に殺意を飛ばす視線もある。

「い、いや悪い嬢ちゃん。手繋ぎは勘弁してくれないか? 流石にこれ以上注目を集めたくは――」

「ダメよ。拒否するなら、陽華と明夜にあなたがスプリガンだってバラすわ」

「お、鬼だな嬢ちゃんは・・・・・・それ言われたら従うしかねえじゃん・・・・」

 いや実際に吸血鬼なのだから鬼といえば鬼か。そんなしょうもない事を心の片隅で思いながら、影人は仕方なくこう言った。

「・・・・・・・・・・・分かったよ。ったく、嬢ちゃんに弱み握られたのは厄介だぜ」

「あら、私だからこれくらいで済んでいるとは思わない?」

「はっ、物は言いようだな」

 影人はシェルディアの手を握り返した。目立つのは嫌だが今日だけは仕方がない。なぜなら、自分は優しい吸血鬼に可愛くおどされているのだから。

 そんなやり取りをしながら、影人とシェルディアは手を繋ぎながら歩き始めた。


「――あ、あの偏屈前髪・・・・・・僕にずっと謝らないだけでも気が済まないっていうのに、あの子と文化祭デートだって・・・・・!? ゆ、許せない・・・・・!」

 そして、その光景を密かに暁理は見ていた。

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