第182話 文化祭、開幕
ラブってコメってジャンケンポン。飲めや騒げや、文字通りお祭り回である。
「・・・・・・・めんどくせえ。遂にこの日がやって来やがったか」
9月24日月曜日、朝8時過ぎ。影人はいつもより少し早めに家を出て学校を目指していた。手に紙袋をぶら下げながら。
(仲直りした嬢ちゃんも今日は楽しみにしてたから、結局サボりはしなかったが・・・・ったく、適当にやってさっさとズラかろう)
影人は大きくため息を吐いた。昨日シェルディアと仲直りし1日中遊び倒した影人は、シェルディアとの別れ際に明日を楽しみにしていると笑顔で言われた。ならばやはり、影人は今日学校に行かなくてはならない。
「・・・・・だが、何だかんだ頑張ったっていうか、頑張らされたんだ。多少は楽しんでやるか。じゃなきゃ、損ってもんだぜ」
前髪野郎はそんな事を呟くと、フッと笑みを浮かべた。その笑みは相変わらず気持ちの悪い笑みであった。
「――風洛高校全生徒たち! いよいよ今日から第45回風洛高校文化祭の開始よ! 代表してこの私! 榊原真夏がその開催の宣言をするわ! みんな、思う存分楽しみなさい!」
バンッと卓上を叩きながら、元気いっぱいの声で風洛高校生徒会長である榊原真夏がそんな宣言を行った。
「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」」」」」
すると、体育館に集合している風洛高校の生徒たちが歓声を上げた。男子も女子も、教職員たちもほとんどの者たちは明るい表情を浮かべていた。
「うるせえ・・・・・元気だなおい・・・・・・・」
そんな喧騒の中、影人は軽くため息を吐きながらそう呟く。全く、高校生という生物は元気に過ぎる。
文化祭初日、風洛高校においてその始まりは体育館の開会式にて始まる。なお、真夏の開催の宣言の前には前フリの余興がいくつかあった。吹奏楽部や軽音楽部が演奏したり、有志の者たちが軽いコントをしたりと、いかにも文化祭らしいものだ。捻くれ者の前髪野郎はただ長いと感じていたが、生徒たちは大いに盛り上がっていた。
「さて、今年の開催の宣言は私からだけではないわ! 今日まであなたたちや私にアドバイスを与えてくれたこの人にも、開催の言葉を述べてもらいましょう! 特別アドバイザー、ロゼ・ピュルセ氏。こちらへ!」
影人がポケーっとしながら長椅子に座っていると、真夏が続けてそんな言葉を放った。
「では、ご指名を賜ろうか」
すると舞台袖に立っていたロゼが、真夏のいる舞台中央まで歩き始めた。そして、真夏は卓上のマイクをロゼに譲った。
「ご機嫌よう、諸君。一応、この文化祭の特別アドバイザーを務めさせてもらった、ロゼ・ピュルセだ。僭越ながら、私からもという事だから、私なりの言葉を述べさせてもらおうと思う」
真夏からマイクを譲られたロゼは、流暢な日本語でそう言葉を切り出した。
「まず、こういった機会に巡り会えた事に感謝を。君たちの活動を身近で見るのは、素晴らしかった。まるで色とりどりの美しい宝石を見ているような気分だったよ。それ程までに君たちは輝いていた」
ロゼは笑みを浮かべると、自分の右手で胸部に軽く触れながらペコリと頭を下げた。
「本来ならば、私はこの特別アドバイザーという仕事を受けるつもりはなかった。それは私の信条に関係しての事だ。しかし、私はこの仕事を受けた。それは、ここにいる真夏くんの熱意を受け取ったからだ。それ程までに、彼女の熱意は真摯だった。そして、それは君たちも同様だ」
グルリと体育館に集まる生徒たちを見回しながら、ロゼは最後にこう言葉を締めくくった。
「君たちのこの祭典は間違いなく成功するだろう。君たちの活動を見ていた私が断言しよう。文化の祭典、ここに開幕だ。諸君、素晴らしい3日間を過ごしてくれたまえ!」
途端、パチパチと喝采の嵐が巻き起こる。影人も仕方なしに軽く拍手をする。ロゼに振り回された影人には分かるが(残念極まりない事に)、ロゼの言葉は世辞や嘘ではなく本心からのものだ。全く、よくもまああんな言葉を本心から言えると影人は思った。
「ありがとう『芸術家』! さあ、もう言葉はいらないわ! 各クラス、順番に体育館から出なさい! 祭りよ祭り!」
最後に真夏がそう言うと、開会式は終わった。後は全員各自のクラスに戻って、それぞれ出し物をしたり遊んだりするだけである。
「うはははっ! 今日という日を楽しみにしてたぜ! ゲロ吐くまでこの3日間遊びまくってやる!」
「くくくっ! 俺はやるぜ! この浮かれた期間を利用して、女子に告白してやる! 俺が目指すのは甘ったるい青春よ!」
「ねえねえ、この後暇? 暇なら一緒に見てまわろうよ!」
「私は彼氏と文化祭デートするんだー! もう楽しみ過ぎて昨日から全然寝れてない(笑)」
開会式が終わると、そこらじゅうからそんな声が聞こえて来た。まだ自分のクラスが体育館を出る誘導を受けていない影人は、長椅子に座りながら適当に考えを巡らせた。
(えーと、確か嬢ちゃんは昼過ぎくらいに来るって言ってたな。ヤベェ、明確な時間は聞くの忘れてた・・・・・・だがまあ、嬢ちゃんは一応1回ここ来てるし大丈夫か)
そんな事を考えている影人。そして、そんな影人を前からジッと見つめている人物がいた。
(あー、結局気まずいまま文化祭になっちゃったじゃないか・・・・・・・・・! こんな事になるなら、もっと早くに僕が謝って・・・・・いや、僕は悪くないんだから、やっぱり謝ってこない影人が悪いんだ!)
影人を見つめて、いや軽く睨んでいたのは影人の所属する2年7組の1つ前のクラス、2年6組に所属している早川暁理だった。暁理は影人を睨みながら内心でそんな事を考えていた。
「どうしたの早川さん? 何か顔怖いよ?」
「え? そ、そうかな。ごめんごめん、ちょっと色々と考えててさ」
すると、暁理の横に座っていた同じクラスの女子生徒が心配そうにそう話しかけて来た。女子生徒にそう指摘を受けた暁理は、ギクリとしたように苦笑いを浮かべながらそう弁明した。
(ああもう! これも全部影人のせいだ! 泣いて謝っても、文化祭デートしてやらないんだからな!)
暁理が内心かなりキレている事も知らずに、当の本人である影人は、
「ふぁ〜あ・・・・・・眠い」
のんびりとあくびをしていた。
「じゃ、男子はこっち半分で着替えて、女子はこっちで着替えてね。あ、男子は覗いたら袋叩きにして窓から捨てるから。そのつもりでよろしくー」
体育館から戻って来た影人は自分のクラスである2年7組に戻って来ていた。影人たちはコスプレ喫茶なので着替えをしなくてはならない。ゆえに、今からクラスメイト全員お着替えタイムというわけだ。
「怖ぇ・・・・・」
「あの顔マジだぜ・・・・・・・・」
「ウチのクラスの女子は恐ろしいな・・・・」
シャッと教室の真ん中のカーテンをしきった女子生徒の声を聞いた2年7組の男子生徒は、震えたように或いは恐怖したようにそんな声を漏らした。
「ま、いいや。さっさと着替えようぜ。お前何の衣装持って来た?」
「ドラゴ◯ボールの道着。俺がスーパーサ◯ヤ人だぜ」
「それはワクワクすんな。ちなみに俺は鬼◯の刃の隊服だ」
男子生徒たちはそんな会話を交わしながらさっさと制服を脱いで各自が持って来た衣装に着替えている。影人も制服を脱ぎ、紙袋に入れていたある衣装を取り出した。
(何だかんだ結構高かったよなこれ・・・・・・水錫さんが値引きしてくれて本当よかったぜ。また今度プラモ買いに行かねえとな)
影人はその衣装を見ながら、仕入れから値引きまでしてくれた水錫に感謝すると持って来た衣装に着替え始めた。
「男子全員着替えたー? 女子は全員着替え終わったけど」
「おー大丈夫だ。こっちも全員着替え終わってる」
15分後。カーテンの向こうから確認を取る声が聞こえた。その声に、1人の男子生徒が周囲を軽く見回し代表するかのように女子たちにそう返事をした。
「よーし、ならお互いお披露目!」
先ほどカーテンを閉めた女子生徒がシャッと今度はカーテンを開ける。すると、そこには様々なアニメや漫画、メイドやアイドルなどの衣装に身を包んだ女子生徒たちの姿があった。
「へえ、こいつは中々・・・・・」
「だな。馬子にも衣装・・・・・って痛え!?」
「失礼な事言うからよニセ悟◯。全く、これだからウチのクラスの男子は・・・・・・・」
ドラゴ◯ボールの道着を来た男子生徒が、婦警の格好をした女子生徒から偽物の手錠を投げつけられる。見ようによっては何とも平和な光景であるし、何とも痛そうな光景であった。
「ま、男子は大方予想通りというかテンプレの・・・・・・・・・って、え・・・・・?」
メイドの格好をした女子生徒が衣装に着替えた男子生徒たちを見回す。そこには女子同様様々なアニメや漫画の衣装に身を包んだ男子生徒たちがいた。だが、その女子生徒はとあるコスプレをした人物に目を奪われた。
「・・・・・・・・・・」
その男子生徒は口を真一文字に結んでいた。顔の上半分は見えない。なぜなら顔の上半分は仮面に覆われているからだ。頭には角がついたようなヘルメットを被っている。
上半身は前掛けのような小さなマントを羽織っており、胸部には何かの紋章が金色で印刷されている。それ以外は黒色だが、マントの内側は緑だ。マントの下の服の色は赤。両手には白い手袋を嵌めている。
下半身は腰に白いベルトを巻いており、右腰に長く白い筒のようなものが装着されていた。見る人が見ればそれが何か分かるのだが、女子生徒はそれが銃だとは知らなかった。ズボンの色も赤で、足元は白いブーツを着用していた。
その格好を一言で言うのならば、要は赤い◯星であった。
「え? 誰あれ・・・・・?」
「何かウチのクラスにシ◯アいるんだけど・・・・・」
「ってか、不審者にしか見えないんだけど・・・・」
ザワザワと女子生徒たちがざわめき始めた。それに感化されたように、男子生徒もシ◯アのコスプレをしている男子生徒を見つめる。
「おおう、勇者がいやがるぜ・・・・・」
「すげえ・・・・・・・・・流石にコスプレならなんでもありといえど、俺あの格好は無理だわ」
「てかあれ誰だ・・・・・?」
女子生徒が不審な目をシ◯アに向けているのに対し、男子生徒たちはどこか尊敬に近いような視線をシ◯アに向けていた。
「おー、お前ら着替え終わったか? 終わったんだったらさっさと準備しろよ。一応、10時半から開けるからな」
2年7組の生徒たちが謎のシ◯アに注目している中、ガラガラと教室のドアを開けながら担任である榊原紫織がそう言って入室してきた。
「うおっ、シ◯アいるじゃん。え、お前誰だ?」
紫織はクラスの視線が1箇所に集まっているのを察してそちらの方に自身も視線を向けた。そして、そこにいたシ◯ア、もといそのコスプレをしている男子生徒にそんな質問を投げかけた。
「? 帰城ですが・・・・・・」
「「「「「「「「え!?」」」」」」」」
紫織にそう聞かれた男子生徒、帰城影人は一応そう答えを返した。シ◯アのコスプレが影人だと分かったクラスメイトたちは、全員驚いたようにそう声を漏らした。
「何だお前帰城か。その格好着て文化祭やるとか中々イカれてんな。つーか前髪なかったから気がつかなかったわ」
「前髪はヘルメットの中に入れてるんで。というか、イカれてるとかはやめてくださいよ・・・・・・」
紫織の漏らした感想に、影人は嫌そうな声でそう言葉を返した。失礼極まりない担任だ。コスプレの衣装は自由だから影人はこれを着ているに過ぎないというのに。
(え、あれあの前髪かよ!? ヤバすぎんだろ!)
(よく何の躊躇もなくそれ着たな!? ていうか、普段とのギャップの差が激しすぎるだろ!? ナイアガラの滝かよ!)
(やっぱりヤバい奴だ・・・・!)
シ◯アの正体が影人だと発覚し、クラスメイトたちは内心そんな事を思っていた。一言で言うとクラスメイトたちは、影人にドン引きしていた。
「ま、何でもアリのコスプレ喫茶だから問題はないか。ほらお前ら、さっさと開店の準備しろー」
紫織は影人の格好を最終的にそう結論づけると、クラスメイトたちにそう指示を飛ばす。クラスメイトたちはハッとしたように影人から視線を外し、急いで動き始めた。
「・・・・・古いキャラになるから、逆に目立ったか?」
クラスメイトたちから視線を集めた影人は、軽く首を傾げながらそう呟いた。
まあそんなこんなで、影人も含めた2年7組のクラスメイトたちは、出し物である「コスプレ喫茶」の準備を始め出したのだった。
「ごめんこれお願い!」
「あ、ごめん! 私も!」
午前11半時過ぎ。2年7組のクラスは活気と喧騒に満ちていた。10時半から始まった「コスプレ喫茶」だが、始まると同時に風洛の生徒たちや保護者たちが殺到し、2年7組の給仕係と厨房係はかなり忙しくしていた。
「分かりました。じゃあ、家庭科室に届けて来ます」
給仕係が取ってきた注文の書かれた紙を預かった影人は、了解の言葉を返すと教室を出た。厨房は1階の家庭科室の一部を間借りしているので、教室と家庭科室の連絡係である影人はこのオーダーを厨房係に届けなくてはならないのだ。
「すげえ、シ◯アがいるぞ」
「はえー、気合い入ってるな」
今の影人はかなり目立つ格好をしているので、廊下を歩いているだけでも生徒や保護者に注目されてしまう。当然だ。学校に赤い◯星がいれば誰だって注目する。影人も注目を受けていたのは分かっていたが、まあコスプレをしているから仕方がないだろうと今日は割り切っていた。
「すいません、注文持って来ました」
「あ、ありがとう帰城くん。あとついでで悪いんだけど、これ教室に持って行ってもらえないかな?」
家庭科室の一角の簡易キッチンに立っていた厨房係の1人に向かって、影人は紙を手渡した。某漫画の蹴り技が主体のコックのコスプレをした厨房係の男子生徒は、少しぎこちないように影人にそう返事をした。
「分かりました」
影人はお盆に乗っているオムライスとミックスサンドイッチを持ちながら家庭科室を出た。廊下を慎重に歩いていると、その途中で自分のクラスの別の連絡係とすれ違う。影人のクラスは給仕係と厨房係、連絡係がいるが、教室と家庭科室を往復しなければならないという関係上、連絡係が多めにいる。だから、すれ違いはよくある事だ。
「オムライスとミックスサンドイッチお持ちしました」
「あ、ありがと! 後またで悪いんだけどこれもお願い出来るかな?」
影人は持って来た食べ物を給仕係の1人である女子生徒に手渡した。女子生徒もその態度はどこかぎこちなかったが、影人からしてみればそんな事はどうでもよかった。
(クソ疲れる・・・・・思っていた以上に肉体労働だぜ・・・・・・・・)
それから20分ほど教室と家庭科室を往復し続けていた影人は、かなり疲れながらそんな事を思っていた。スプリガン形態でない影人はモヤシである。人並みの体力なんて、このパチモンのシ◯アには存在しない。
「すいません、焼きそば持ってきま――」
何往復目かとっくに忘れた影人が、教室に焼きそばを乗せたお盆を持っていくと、教室がザワついていた。ザワついていたのは主に女子だった。
「ヤバい、あれはヤバいわ・・・・・・」
「マジで格好よすぎ・・・・・」
「本物の王子様みたい・・・・・」
(・・・・・・・・・・・・何か嫌な予感がするぜ)
影人は丸テーブルを遠くから見つめている女子たちの反応を見ながらそう感じた。女子たちにこんな反応をされるのは、影人が知る限りこの学校では1人しかいない。
影人は丸テーブルに1人腰掛けている男子生徒に目を移した。
「・・・・・・・ああ、やっぱりてめえかよ・・・・・」
影人はうんざりとしたようにそう言葉を漏らす。なぜなら、案の定そこにいたのは演劇か何かの衣装を身に纏った香乃宮光司だったからだ。
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