第180話 協力者、シェルディア
シェルディアが放った予想外に過ぎる言葉。それを聞いた影人とソレイユは、その余りの驚きからしばらく固まっていた。
「・・・・・・・・・・・どういう事だ?」
先に声に出したのは影人だった。影人はシェルディアの意図を探るように、前髪の下の両目を人の姿をした怪物に向ける。
「別にそのままの意味よ? 私はあなたたちから聞いた話を誰にも、レイゼロールに言うとも言っていない。今のところ、私はこの事を自分の胸に仕舞っておくつもりよ」
「ッ!? その意図はなんだって聞いているんだ・・・・・・!」
自分の理解を超えた言葉に、影人は苛立ったように少し声を荒げた。そんな感情的な影人に、シェルディアは珍しいもの見るように笑みを浮かべた。
「ふふっ、あなたもそんな顔をするのね。まあ、昨日のあなたはそれよりももっと激しかったけれど。意図はそうね・・・・・・・・・・その方が面白そうだから、かしら」
その答えはふざけたように感じられるものだったが、シェルディアを知っている者からすれば、それはどこまでもシェルディアらしい理由だった。
「面白そう・・・・・・? そんな理由でか・・・・・?」
だが、シェルディアのそういった性質をあまり知らない影人からしてみれば、その答えは未だに理解を超えているものだった。影人は呆然とした表情を浮かべた。
「・・・・・あなたらしい理由ですね。確かに、あなたはレイゼロールの部下ではなく、彼女と対等な関係にあります。だから、話すも話さないもあなたの自由ではありますが・・・・・・・・・」
一方、シェルディアのそういった面を知っているソレイユは一応は納得した。しかし、やはり今回ばかりは全面的に信用する事が出来ず、その顔には訝しげな色が見て取れる。
「・・・・・・対等は対等でも、あんたがレイゼロールサイドに属している事に変わりはないだろ。あんたがこの事をレイゼロールに話せば、スプリガンという怪人は瓦解するんだぞ? それだけじゃない、俺たちの考えていた計画も事前に防げる。あんたの考えは、貴重な物をドブに捨てるのと同じ行為だ」
前髪の下の目を細めながら、影人はシェルディアの圧倒的なアドバンテージ性を説いた。影人には、やはりシェルディアの考えが理解できない。何せ、自分たちは敵同士のはずだ。
「そういったところはまだ青いわね、影人。世の中には、損か得かというだけで理由になり得ない事もあるのよ。それとも、あなたは私がレイゼロールにこの事を話す事を望んでいるの? あなたの今の言葉からは、そう聞こえるけど」
「っ、別にそうは言ってない。俺たちからしてみれば、あんたの言葉はうますぎると思っただけだ」
逆にシェルディアにそう言われてしまった影人は、顔を少し背けてそう言った。シェルディアからまだ青いと言われた事が、前髪の心にチクリと刺さった。
「なんならあなたたちが考えている計画、私も協力してあげてもいいわ。私が協力してあげれば、計画は格段にその成功率を上げるでしょうし」
「「ッ!?」」
再び悪戯っぽい笑みを浮かべたシェルディアが放った言葉の爆弾。それを聞いた影人とソレイユは、再びその表情を驚愕に染めた。
「ほ、本気で言ってんのかよ・・・・・・・・・・?」
いったい今日何度目になる驚きか、影人は信じられないといった感じでそう呟いた。もはや驚きすぎて引いている。そんな感じだ。
「本気も本気よ。あなたたちが私を信じてくれるならね。この私が、あなた達の協力者になってあげるわ。きっと、そちらの方が面白いでしょうしね」
悠然とした態度をどこまでも崩す事なく、シェルディアはそう提案する。それは禁忌の果実のように、影人とソレイユにとって甘過ぎる話であった。
「・・・・・・・・・・・・・・あなたを信じれば、あなたは私たちの協力者となってくれるんですね?」
まるでその果実に誘われるように、ソレイユはシェルディアにそう聞き返した。
「おいソレイユ! 信じる気かよ!? こんな俺たちに都合が良過ぎる話を、展開を!?」
シェルディアの言葉を信用し切れない影人は、まるで諌めるかのようにソレイユにそう言葉を放った。先ほど青いと言われたが、やはりどうしても影人にはシェルディアが何かを企んでいるように思えてしまう。
「見返りは、見返りは何だ・・・・・・!」
「そんなものは求めていないわ。私は、私がそうしたいと思っているからそう言っているだけだもの」
シェルディアは首を横に振って、影人の言葉を否定する。つまりシェルディアは何の見返りもなく、いわばタダで自分たちに協力すると言っているのだ。やはりそんな都合の良すぎる話はあり得ない。影人はその考えに基づき、いやいっそ支配されているとも言えるように、言葉を吐き出そうとしたが、ソレイユがその前に影人に言葉を投げかける。
「影人、どちらにせよ私たちにはシェルディアの提案を受け入れる以外に道はありません。ならば、ここは受け入れましょう。毒を食らわば皿まで。これはあなたの国の言葉でしょう」
「あらあら、毒とはひどく言われてしまったものね」
どこか諭すような口調のソレイユ。そして、ソレイユに毒呼ばわりされたシェルディアはそう言葉を述べつつも、その顔は笑みを浮かべたままだった。どうやら、機嫌は損ねていないらしい。
「確かにそう言われちまえばそうだがよ・・・・・・・」
反論の言葉は何も出て来なかった。これは影人の感情の問題であり、本来ならばにべもなく受け入れるべき提案なのだから。
「なら話は決まりです。シェルディア、あなたさえよければ――これからよろしくお願いします」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・俺からもよろしく頼む」
ソレイユはシェルディアに軽く頭を下げてそう言った。ソレイユがそう言ってしまったので、影人も頭を下げて追従するようにそう言葉を述べる。その声からは、やはりまだどこか納得し切れていない事が窺えた。
「ええ、これからよろしく。ソレイユ、影人」
こうして、シェルディアは陰から影人たちに協力する事になったのだった。
「――では、細かい調整の話なんかはまた後日としましょうか。そろそろ疲れてきちゃったし」
それから軽く計画の概要について話が一区切りしたところで、シェルディアがそんな言葉を放った。
「そうですね。まだ時間はあります。あなたの言う通り、今日はここまでにしましょうか」
「・・・・・ああ、分かった」
ソレイユと影人もその言葉に頷いた。話が一区切りした事もあるが、シェルディアの言う通り今日はもう疲れてしまった。主に精神的にだが。
「では、あなたと影人を地上に送ります。少しだけ待って――」
ソレイユがイスから立ち上がり、そう言葉を紡ごうとすると、
「私はいいわ。話は終わったとは言ったけど、最後にあなたに1つだけ聞きたい事があるし。先に影人だけ帰してあげて」
シェルディアがそんな言葉を割り込ませて来た。その言葉を受けたソレイユは、一瞬キョトンとした顔を浮かべた。
「私に聞きたい事ですか? ・・・・わかりました。あなたにはもうほとんどの事は話しましたが、そう言うのであれば。では、影人。先にあなただけを戻しますね」
「待てよ。そう言う事なら俺も残――」
まだシェルディアに不信感を持っている影人は、シェルディアとソレイユを2人きりにするのはあまり良くないと思いそう言おうとしたが、ソレイユの時と同じように、シェルディアがこう言葉を割り込ませてきた。
「大丈夫よ、影人。ソレイユには何もしないから。それに、この聞きたい事は少しプライベートな事なの。だから、お願い。2人にさせてちょうだいな」
「っ・・・・・・・わ、分かった」
そう言われてしまえば飲み込むしかない。不承不承ではあるが、影人はその言葉を了解した。
「心配ありがとうございます。ですが、シェルディアの言うように大丈夫ですよ。さっきも言いましたが、彼女の性格は一応知っていますから」
「べ、別に心配じゃねえよ。勘違いするな。チッ、ならもう何も言わねえ。さっさと送ってくれ」
どこか照れ隠しをするかのように影人は顔を背けた。どうでもいいが、男の、特に前髪野郎のツンデレなど需要がなさすぎる。需要供給の法則が崩壊するレベルでない。ダストシュート一直線である。
「じゃあさようなら、影人」
「また会いましょう影人。では転移を始めます」
シェルディアはパタパタと軽く手を振り、ソレイユも影人に別れの言葉を口にする。そして、ソレイユは影人に左手を向けた。
すると、影人の体が光の粒子に包まれ始め、やがては影人も光の粒子となりこの場から影人は姿を消したのだった。
「さて、これで2人きりですね。シェルディア、私に聞きたい事とはいったい何ですか?」
影人を地上に送ったソレイユは、シェルディアに質問を促した。
「ええ、別に大した事じゃないの。ちょっとした確認をしたいだけ」
シェルディアはそう前置きすると、その質問を口にした。
「ねえ、ソレイユ。影人の、スプリガンの力は・・・・・・・あなたの神力そのものではないの? 昨日、影人と戦って私はそう思ったわ」
「ッ・・・・・・・・・!?」
普通の者ならば、シェルディアのその言葉の意味は理解できないかもしれない。だが、その言葉の意味が分かるソレイユは、驚いた顔になった。
「・・・・・・・・・・・全く、あなたの鋭さには驚かされます。1度影人と戦っただけで、よくそこまで分かりましたね」
「そう思ったのは、今日あなたに直接会った事も要因よ。あなた上手くカモフラージュしているけど、力が著しく衰えているわ。まるで、誰かに
どこか清々しいような顔になりながらそう呟いたソレイユに、シェルディアはそう言葉を付け加えた。
「それもバレていましたか。なら、他の神に会うときはもっと気をつけなければなりませんね。・・・・・・・・・・あなたの指摘通りですよ、シェルディア。スプリガンの力は、私の神力そのものです。私は、影人にスプリガンの力として、私の神としての力の約6割を与えました」
ソレイユはシェルディアを見つめながら、自分が隠していたもう1つの秘密を打ち明けた。
「・・・・・・やっぱりね。どうりでスプリガンが強すぎるはずだわ。ほとんど万能な力といい、私すらも欺く認識阻害力。力が余りに強すぎる。そして、レイゼロールと同じような力もそれで納得がいくわ。レイゼロールも振るっている力は神としての力だから」
その答えを聞いたシェルディアは軽く息を吐きながらそう呟いた。これで、シェルディアのスプリガンに対する疑問は2つを除いて全て氷解した。
「スプリガンはレイゼロールと同じ、今のところこの世でただ2者の、地上で神力を振るえる者・・・・・・という事ね。だから光導姫や守護者、例え最上位の闇人たちも、影人に勝つ事が極めて難しい」
シェルディアが言っている事は、神の力や光導姫や守護者の力の仕組みを知っていなければ、あまりピンと来ない言葉であろう。
そもそも、光導姫や守護者の力は、ソレイユとラルバから与えられるものではあるが、直接ソレイユやラルバから与えられるものではない。
ソレイユやラルバは、光導姫や守護者をあくまで神の権能として、自身の眷属と規定しているに過ぎない。ソレイユならば、その眷族の状態が光導姫。ラルバならば、守護者だ。そこに、神力の譲渡は発生しない。光導姫や守護者に実力差が発生するのは、個人のポテンシャルの問題だ。
神力に関して言えば、文字通りそれは神の力だ。普通は神界でしか神はその力を振るう事が出来ない。それ程までに神力は強力だからだ。その唯一の例外は、レイゼロールと今は亡きその兄だけだと思われていたが、実は影人もその例外の1人であったというわけだ。だから、影人は男でありながら能力を使用できる。
だがそれは、その事実は――
「・・・・・・あなたはもちろん承知の上でしょうけど、人間への神力の譲渡は禁忌よ。この事がバレれば、あなたは他の神々から罰を受ける」
「ええ、そうなるでしょうね。最悪、私は神界を追放される。ですが、レールを救えるならば悔いはありません。私はこの時代で全てを終わらせるつもりです。影人と陽華や明夜・・・・・・・・彼・彼女たちの力を信じて」
ソレイユは強い意志を宿した目をシェルディアに向けてそう言った。
「そう・・・・・ごめんなさい。別に責めるとかそういった意図で聞いたのではないの。ただ、確認をしたかっただけだから。あなたの決断に、私はとやかく言うつもりはないわ」
「分かっていますよ。それくらいの事は」
「あなたに分かられるというのは、それはそれで何だか変な気持ちだけど・・・・・・・・・もう2つだけ聞かせてちょうだい。1つ目、あなたはなぜ影人に神力を託したの? それも分からない事よ」
シェルディアは続けてソレイユにそう質問した。神力を渡す前は、影人は何の力もなかった人間のはずだ。ただのとは言わない。影人は何か普通ではない秘密を隠している。昨日の戦いでシェルディアはそれを感じた。
だが、それを抜きにしても影人は一般人とほとんど変わらなかったはずだ。それなのに、なぜソレイユは禁忌を破ってまで影人に自身の力を託したのか。シェルディアにはそれが分からなかった。
「・・・・・・理由は単純といえば単純で、浅はかといえば浅はかです。影人に私が自分の力を託した理由、それは・・・・・・・・・影人の姿が、レールが唯一心を許した人間の姿に瓜二つだったからです。最初はただそれだけの理由でした」
「っ!? へえ・・・・・そうなの。それは知らなかったわ。当時は私の耳にもその人間の情報は入っていたけど、外見に関する情報はほとんど入ってこなかったから」
シェルディアは純粋に驚いた表情を浮かべた。影人とレイゼロールが過去に唯一心を許した人間の姿がほとんど同じというのは初めて知ったからだ。
「手前勝手な理由ですが、私はそれを運命だと感じました。レールを救うために、長い時を経て彼に似た人物が現れたのだと。だから、私は影人を選んだんです。もちろん、今ではその事を抜きにしても、影人にスプリガンになってもらってよかったと思っていますが」
何かを懐かしむような顔になりながら、ソレイユはそう語った。こうして思い返してみると、影人と出会ってまだ約5ヶ月ほどしか経っていない。何だかそれ以上の時間を過ごしているような気がするのに。それだけ、影人と過ごす時間が濃密だったという事か。
「そうね。影人は見た目からは想像できないほどにその精神力が強い。何より、どんな時でも諦めない。その精神力と諦めの悪さが、スプリガンをスプリガンたらしめている最大の要因と言えるわ」
シェルディアはスプリガンの力というよりも、それを扱う影人の精神力に高い評価を下していた。影人の戦闘時における判断・思考能力。不屈の精神。それらがなければ、例え神力を振るっていても、スプリガンという存在はあれ程までに強くはなかっただろう。
「ありがとう。これで分からない事は後1つだけよ。それは即ち・・・・・・・・なぜ影人が『世界』を顕現出来たのか。ソレイユ、あなた影人に力を譲渡する前は『世界』顕現に至る領域に入っていたの?」
「いいえ。そもそも、神でも『世界』顕現に至っているのは長老と他1柱くらいしかいません。私なんかとてもじゃないですが無理でしたよ。私だって、昨日影人が『世界』を顕現させた時には呆然としたんですから」
ソレイユは首を横に振りながら、シェルディアの言葉を否定した。『世界』顕現は一種の究極の業。本来ならば、果てしなく自己の精神を研磨して、それでやっと使えるかどうかという業だ。しかも、力の資格が一定の領域に至っていないと絶対に扱えない。ソレイユは曲がりなりにも神なので、力の資格自体はあるが、圧倒的に自己の精神の研鑽が足りていなかった。
だから、昨日影人の視聴覚を共有してシェルディアと影人の戦いを観察していたソレイユは、影人が『世界』を顕現させた事に驚いた。それは説明のつかない現象だったからだ。
「力の資格自体は影人にはあるから、『世界』を顕現させる事は理論上不可能ではないけれど・・・・・・それでも、人間が『世界』を顕現させる事は過去に例がないと思うわ。たかだか十数年しか生きていない人間が、たまたま戦いの中で覚醒したなんて話とは訳が違う。そういう次元の話では決してない」
シェルディアは真剣な表情で考え込むようにそう呟くと、こう言葉を続けた。
「しかも、あなたの話では影人の本質は、私やレイゼロールと同じく闇なのでしょう? それも分からないわ。神界の神々の庇護下から外されている人間なんて普通じゃない。・・・・・・・・本当に、何者かしらね影人って」
結局のところ、帰城影人という少年は何者であるのか。それが最大の謎だ。
(何かが関わっているとしたら、影人が過去に私と同じような存在に出会っている、という事でしょうけど・・・・・・・・・それは影人本人しか知らない事。あの子が語らない限り、結局は誰にもわからない)
もちろん無理矢理に聞く方法もあるにはあるが、それは絶対にしない。影人にとってその記憶は、同じような存在である自分を見ただけで殺意が噴き出すような、忌々しい記憶のはずだ。そんな事を、無理矢理に聞き出すなどいう事はシェルディアには出来ない。
「・・・・・・・・・・まあ、こればかりは考えてもすぐに答えが出る問題でもないわね。ありがとう、ソレイユ。満足したわ。悪いけど、私も地上に送ってくれるかしら?」
シェルディアはそう言葉を呟くと、イスから立ち上がった。聞きたい事は全て聞けた。ならば、もう自分が
「分かりました。それにしても・・・・・・・・まさかこんな事になるとは思いませんでしたよ。あなたに協力してもらうなんて。影人も今日は複雑そうにしていましたが、きっとあなたの事を頼りに思いますよ」
ソレイユがどこか感慨深げにそう呟く。そんなソレイユの言葉を聞いたシェルディアは、少し悲しそうに笑いながら、
「・・・・・どうかしらね。人外だとバレてしまった私の事を、あの子は余り良くは思っていないでしょうけど・・・・・・」
小さな声でそう言ったのだった。
「ごめんなさい。少し感傷的になってしまったわ。じゃあお願い、ソレイユ」
「わ、分かりました」
初めてみるシェルディアの表情に少し戸惑いながらも、ソレイユはシェルディアを地上へと送った。
「シェルディア、あなたは・・・・・・・・・・・」
1人になったソレイユは、今シェルディアが見せた表情がどうしても気になり、気づけばそう声を漏らしていた。
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