第177話 世界顕現

「あなたの『世界』ですって・・・・・・・・・・・・?」

 影人の言葉を聞いたシェルディアは、訝しげに影を見つめながらそう言葉を漏らした。その呟きに、影人は「ああ」と言って頷きこう言葉を返した。

「そう言ったんだよ。俺の『世界』・・・・・そいつをこれから拝ませてやるってな」

 影人はどこか不敵な笑みを浮かべた。その笑みに嘘やハッタリの色はない。つまり、スプリガンは本気で『世界』を顕現させようというのだ。シェルディアにはその事が分かった。

「・・・・・・・あなたが本気でそう言っているという事はわかったわ。しかし、あなたに『世界』の顕現が出来るとはどうしても思えない。あなたは確かに強いけど、『世界』を顕現するにはそれだけでは絶対的に足りない。『世界』とはごく少数の強者が多大な時間をかけても辿り着けるか辿りつけないか、それ程までに至難たる業。初めて『世界』を見たあなたが、見よう見まねで出来るものでは決してないのよ」

 シェルディアは真剣な眼差しでスプリガンを見つめた。スプリガンが何を思って『世界』を顕現させると言ったのかは分からないが、『世界』顕現はそれほど軽くはない。シェルディアとて、『世界』を顕現できるまでには400年の時間を要した。しかも、これでもかなり早い方だ。

 だからこそ、シェルディアは『世界』顕現の重さをよく知っている。今の言葉はその重さを知っているがゆえの言葉だ。

「・・・・・ああ、そいつはお前に言われなくとも分かってるぜ。『世界』顕現がどれ程に究極の業かは、アレの説明を聞いて理解したつもりだからな。・・・・・・・・・だがまあ、それでも出来るんだよ。にはな」

 影人はそう呟いて自分の右手に視線を落とした。先ほどあの禁域で、仮初の肉体であの影の手に触れた事によって、影人の中には実感としての『世界』顕現に必要な知識がある。後は1番初めに『世界』を顕現させるために必要な言葉と、残り全ての力を使えばいいだけだ。

(唐突に知った俺の本質、その本質が覆う『世界』。俺の『世界』なら、不死のシェルディアを殺す事は可能だ。問題は、これが1発勝負だという事。俺はこの1度しか、『世界』を顕現できない)

 『世界』顕現を行う為に必ず必要な工程の1つ、自身の本質を知る事。ここで言う本質とは、光や闇といった属性ではなく、その者が持つ性質に近い。もちろん、光や闇といった本質も多少は関係していて、『世界』とは正確にはその本質と性質が複合された上に顕現するものなのだが、『世界』を顕現させる事が出来る者は当然そんな事は知っているので、それらを纏めて「本質」と呼んでいるらしい。これは影から得た知識の1つだ。だから、影人もここではそれに倣っている。

 とにかくそのような工程のために、影人は自身の本質を正確に理解した。そして、自分が顕現させる『世界』がどのようなものになるのかを。そして、その『世界』を顕現させる事が1度きりという事も。

(正直、俺のこのやり方は裏技だ。だから無茶は1度しか出来ない。それに残ってる力の残量的に、顕現できる時間はかなり短い。60秒も持つかどうかも分からない・・・・・でも、それでも・・・・)

 影人はグッと右手を握ると、決意を秘めたその金の瞳をシェルディアに向け直した。条件付きの『世界』顕現ではあるが、それでも勝利への光明が見えたのだ。ならば、やるだけ。

「よく見とけ、シェルディア。こいつが俺の『世界』だ・・・・・・・・・・!」

「ッ・・・・・!?」

 驚く顔を浮かべるシェルディア。そして、影人はこう言葉を紡ぎ始めた。

「――全ての者はこの城へと帰城きじょうする」

 始まりの言葉、それは奇しくも影人の名前の一部が含まれていた。

「現世絶界。幽界かくりょ絶界。天界絶界。地の獄絶界。煉獄絶界。三千世界、合わせて万世絶界。総じて全界ぜんかい絶界」

 続く言葉は全ての世界から自身の『世界』を切り離す言葉。

「全ての者がいずれ辿り着く魂の終着点。何処いずこの世界より絶たれた影と闇の城よ。我が本質を以て顕現せよ」

 3節目、その言葉は『世界』を定義する言葉。この次が最後の言葉。『世界』をこの世に現す決定の言葉だ。


「『世界』顕現、『影闇かげやみの城』」


 影人がその言葉を呟いたその瞬間、影人の背後から、シェルディアの『世界』を全てを塗り潰すような闇が『世界』を侵食した。 

 周囲の空間は全て闇に塗り潰される。その闇と同化するようにスプリガンの姿も闇の中に消えていく。シェルディアは1人、完全なる闇の中にその身を晒す事になった。

「これは・・・・・・・」

 完全なる闇の中、シェルディアの声だけが無常に響く。そしてしばらくすると、薄明かりと炎が灯り始めた。

 天井にぼんやりと輝く明かりと規則的に並ぶ炎(色は赤ではなく青。いわゆる蒼炎だ)の固定された松明たいまつが、暗闇を照らし、ここがどのような場所かを露わにする。天井は高い。そしてとても広い空間だ。大広間のような場所と言った方が適当だろう。闇色の柱があったり、闇色の美しい装飾があちらこちらに見て取れる。そして、この大広間を取り囲むように周囲には2階がある。その光景はまるで、西洋のどこかの城内のようであった。

『キシ、キシシ!』

『ニキョ? ニキ、キシシ!』

『キシシシシ、キシ!』

「っ・・・・・・!?」

 シェルディアが周囲を観察していると、何かの笑い声が聞こえて来た。シェルディアが声のする方、2階の方に目を向ける。するとそこには不思議なモノたちがいた。数は3。大きさはそれ程ではない。人間の5歳児くらいの大きさだ。体型も小さな人間に似ており、体の色は闇色だ。しかし奇妙なのはその顔だ。顔に当たる箇所には両目と口の部分に白い穴があり、そのモノたちはその白い穴を歪ませ、シェルディアを指差しながら笑っていた。

「――アイツらをあまり気にする必要はないぜ。アイツらこの城に住むただの無害な魂だ。今はただお前を面白がってるだけだ」

 シェルディアが2階のモノたちに意識を向けていると、正面からそんな声が聞こえて来た。シェルディアは今度はそちらの方に視線を移した。

 正面に映るのは、闇色の玉座。その玉座に1人の男が片足を座っているイスに上げながら、乱雑に座っていた。まるで、自分こそがこの世界の主だとでも言うように。

「さて・・・・・どうだ、俺の『世界』を見た感想は? なあ、不死身の吸血鬼さんよ」

 その男――スプリガンは睥睨するかのように金の瞳でシェルディアを見つめると、そう言葉を発した。

「スプリガン・・・・・・・・これが、この城内のような場所が、あなたの『世界』だというの・・・・?」

 その問いかけに、シェルディアは緊張したような面差しでそう言葉を述べた。その表情に、もはや余裕はなかった。

「そうだ。これが俺の『世界』、『影闇の城』。いずれ全ての者が辿り着く、全ての世界から隔絶された終着点。この城の中では、どんな者だろうが須く平等となる。・・・・・この城の城主たる俺だけは例外だがな」

 影人はそう答えながら、乱雑に座っていた玉座から立ち上がった。そして、ゆっくりとシェルディアの方に歩を進める。

「・・・・・あなたが本当に『世界』を顕現できた事には驚いたわ。心の底からね・・・・・・・・・でも、関係ないわ。私がもう1度『世界』を顕現すれば、空間は再び私の『世界』に塗り変わる。そして、あなたはもう『世界』を顕現できる力は残っていないはずよ。この戦い、やはり勝つのは私という事になるわ」

 シェルディアは自分に近づいてくるスプリガンに向かって毅然とした態度でそう言った。そう。『世界』には驚いたが、シェルディアがもう1度『世界』を顕現すればそれで全て元通りだ。ゆえに、シェルディアの勝利は揺るがない。

「くくっ、吸血鬼お前俺の話を聞いてたか? 言ったはずだぜ。ここは全てから隔絶された『世界』だってな。まあ、いい。試してみろよ、ご自慢の『世界』をもう1度顕現させる事が出来るかな」

 しかし、影人は立ち止まると笑いながらシェルディアにそう促した。やれるものならやってみろ。まるでそう言っているかのようだ。

「言われなくとも、やるつもりよ」

 そんなスプリガンの態度を不快に思いつつも、シェルディアは再び『世界』を顕現させようとした。

 だが、

「っ・・・・・・?」

 シェルディアはなぜか『世界』を顕現させる事が出来なかった。

「出来ないだろ。あんたは案外鈍感みたいだからもう1回言うか。この『影闇の城』は全てから隔絶された『世界』だ。だから、例えお前が『世界』を顕現させようとしても無理なんだよ。俺がこの『世界』を解除しない限り、この『世界』にいる者は、辿。それがこの『影闇の城』の第1の特性だ。その特性は、この城以外の『世界』さえも認めない」

 影人は戸惑っているシェルディアを嘲笑うかのようにそんな説明を行った。

「・・・・・・・・・そう。それは規格外ね。自分の『世界』以外を認めない。そこに、私はあなたの傲慢さが表れていると思うけど。・・・・・でもね、スプリガン。あなたにはまだ私を斃す上での問題があるわ。それは私を――」

「不死性だろ? 悪いがそいつももう解決済みでな。『影闇の城』第2の特性――。それを決めるのは、この城の城主たる俺だからだ」

 シェルディアの言葉を引き継ぐように、影人はそれを指摘する。だがフッと笑うと、影人はこの城の次なる説明を始めた。

「こいつもさっきから言ってるように、この城はいずれ全ての者が辿り着く魂の終着点だ。つまり、どんな世界よりも魂ってやつが表層に現れる。その状態は、まさに生と死の狭間。生きていて死んでいる。そして、その魂は全てまっさらになっている。・・・・・・分かるか? 今のお前は生と死の狭間にいる不安定な者なんだよ。そして、魂もまっさらに漂白されている。例えお前の魂に不死性が刻まれていたとしても、それは現在無効化されている。もはやお前は不死じゃない」

「・・・・・・・・嘘、ではなさそうね」

 影人からこの『世界』に関する第2の説明を聞かされたシェルディアが、そんな声を漏らす。変わらず緊張した面持ちで。スプリガンの言葉が嘘ではない事を理解したからだ。シェルディアはチラリと自分の胸部に目を落とした。するといつの間にか、ボゥと自分の胸に白い炎のようなものが灯っていた。シェルディアも可視化して見るのは初めてだが、これがまっさらに浄化された自分の魂というものなのだろう。

「嘘なんかこの場面でつくかよ。さて、いよいよ終局だぜ吸血鬼。後は、俺が不安定なあんたに決定を下してやるだけだ。――死という決定をな」

 スプリガンはそう言って再び歩みを始めた。ゆっくりとだが確実に。そして、再び歩みを始めたスプリガンにある変化が訪れた。

 徐々に、徐々にスプリガンの体がぼんやりとした闇に覆われ始めたのだ。それは足から覆い始め、やがては胴体に、両手に。そしてスプリガンの顔に到達し、スプリガンは影のようになった。唯一、両目と口に当たる位置に白い穴が空き、そこが顔だという事を認識させる。

 その姿は、もし知っている者がいれば、否応にも影人の中にいる影を想起させるようなものであった。

『この姿だけはどうにもアイツを思い出して受け付けねえが仕方ねえか。魂に触れるには必要な姿だしな』

 人ならざる影に変身したスプリガンは、少しエコーの掛かった事でそんな事を呟くと、その白い虚無の穴をシェルディアに向けた。

「ッ、あなたの『世界』に引きずられようと、何も抵抗しない私ではないわ・・・・・・!」

 シェルディアは悠然と自分に向かって来るスプリガンに向かって、右手の爪を伸ばしそれに自身の影を纏わせ振るった。およそ全ての物を引き裂くその爪撃。それが真っ直ぐに影と化した影人に飛んで行く。先ほど影人がその身に受けた5条の爪撃。それが再び影人を襲おうとした。

 だが、

『ああ、それ無意味だぜ』

 スプリガンはその白い口を三日月状に歪めながらそう言うと、回避もせず爪撃をその身に受けた。そして、爪撃はユラリと影人の体を貫通して虚空に収束した。影と化した影人の体は、無傷だった。

「ッ・・・・・!?」

『この生も死も確定していない城の中において、城主たる俺は一種の不死身。今のあんたとはちょうど逆の立場だな。こいつも皮肉ってやつか』

 驚くシェルディアにそう言葉を返す影人。その歩みは止まらない。影人のその姿を見たシェルディアはゾクリと今までほとんど感じなかったある感情を――恐怖を抱いた。

「あなたは、本当にいったい・・・・・・・・」

 恐怖からシェルディアがそう言葉を漏らす。反射的にシェルディアが後ずさろうとした時、城内の影闇から複数の鎖が出現し、シェルディアの全身を縛って来た。

「くっ・・・・・・・」

『例えお前でも簡単には引きちぎれないぜ。そいつは俺が今まで使ってた鎖とは違うからな』

 身を捩るシェルディアに更に近づく影人。ぼんやりとした影と化した影人とシェルディアの距離は、残り約10メートルくらいといったところか。

『何年生きたか知らないが、もう十分に生きただろ。もう潔く諦めて死を受けいれろよ』

 残り距離が8メートルを切った。人の形をした死がシェルディアのすぐそこまで近づいて来ている。死、それを生きていて初めて実感したシェルディアは内心でこんな事を思った。

(死が私に迫って来ている。私が長年ずっと望んでいた死が・・・・・不思議ね。私は今その事に恐怖している。昔の私なら、やっと死ねると考えるに違いない。この長すぎる生からやっと解放されると。・・・・・・・・でも今は、今は違うのよ。今の私は死を望んでいない。私はまだ死ねない。私はもっと、あの子と何気ない平和で暖かな日常を、過ごしていたい・・・・・!)

 シェルディアの頭に浮かぶのは、隣人たる少年の姿。前髪が長くて、シェルディアもその目を見た事が未だにない少年の姿だ。その少年と過ごす日々が、今の自分の生きる楽しみであり、宝物なのだ。

「そうね。あなたの言う通り、私は長く生きすぎた。本来なら、潔く死ぬべきなのでしょう。・・・・・・・でも、悪いわね。往生際は悪くさせてもらうわ。私は・・・・・・・・生きてみせるわ!」

 シェルディアが強い決意を秘めた目でそう言葉を放つと、シェルディアにある変化が訪れた。シェルディアの瞳が真紅に変わり、ブロンドの髪が銀色に変わり始めたのだ。そして、シェルディアはその身にその瞳と同じ真紅のオーラを纏うと、自分の体を拘束していた鎖を引きちぎった。

『ッ、マジかよ・・・・・・・』

 これには影と化した影人も驚いたようだった。鎖から解き放たれたシェルディアは、真っ直ぐにその赤に変化した瞳をスプリガンに向ける。

「まさか『真祖化しんそか』を使わされる事になるとは思わなかったわ。私のこの姿を見たのは、本当に片手の指で数えられる程の者しかいない。つまり、あなたはそれ程までに私を追い詰めた」

 銀の髪と真紅のオーラを揺らしながら、シェルディアはそう言葉を述べた。この姿は、シェルディアの本来の姿だ。絶対最強たる真祖としてのシェルディアの姿。力が強すぎるので普段は封印している。

『・・・・・けっ、確かに鎖を引きちぎって多少変身した事には驚いたが、お前が絶対的に窮地であるという事実に変わりはないぜ。そうら、今度はさっきよりも固く、キツく縛ってやるよ』

 影と化した自身の体を揺らめかしながら、影人は先ほどよりも多い鎖を周囲の影闇から呼び出し、それをシェルディアに向かわせた。

「無駄よ。真祖化した私の身体能力は、さっきまでの私を全て凌駕する」

 だが、シェルディアはそれよりも速く動きながら自身に向かってくる全ての鎖を両手の爪で引き裂いた。そして、シェルディアはある言葉を唱える。

「我はみつなる真祖が一柱。死の軛の外にいる夜統べるあるじ。生は永遠なる我が栄光。死は永遠なる我が仮想の友。その名において、その力において命ずる。我が手に宿れ。全ての生命を奪う死の御手みてよ」

 シェルディアがそう唱えると、シェルディアの右手に黒い文字のようなものが纏わりついた。何語かは全く分からない。ただ、それは文字のような文様としか形容できないものであった。

「これは真祖にしか使用できない禁呪よ。この手に触れた者全てを強制的に死へ誘う。今のあなたは不死だと言うけれど、果たしてこれを受けても死なずにいられるかしら?」

 禁呪を纏った右手をスプリガンに向けながら、シェルディアは強気に笑った。その不屈なる姿と相まって、シェルディアの胸に灯る白い魂は、希望の光のようにも見える。

『さあな。だが関係はないぜ。それより速く俺がお前の魂に触れてそいつを砕いてやればいいだけだからな』

 対抗するかのように、影人も自身の右手をシェルディアに向けた。影人はこの手でシェルディアの魂に触れ、シェルディアに死の決定を下す。それで影人はシェルディアを殺し、この戦いに勝利する。

「では――」

『ああ――』

 お互いに必殺の手を向け合いながら、怪物と影と化した人間が見つめ合う。そして、両者は同時にこう言葉を奔らせた。

「終わりにしましょう」

『終わりにするか』

 そして、両者は真っ直ぐに互いに向かって駆け出し、互いに右手を相手に伸ばした。

 シェルディアと影人の距離が互いに限りなくゼロになり、必殺の手がお互いの胸部に触れ合うとしたその瞬間、ある異変が起きた。

『ぐっ・・・・・・・・!?』

 影と化したスプリガンが突如左手で自身を掴み、後方によろけたのだ。そして、次にスプリガンを覆っていた影が剥がれ始めた。

「っ・・・・?」

 その突然の事態に、シェルディアもその動きを止めた。何が起こっているのかよく分からなかったからだ。

「ちくしょう・・・・・・・時間切れか・・・・・・・・」

 影が全て剥がれ落ち、元の姿に戻ったスプリガンはガクリと膝を落としそう呟いた。これはいま影人が呟いたように単純なる時間切れだ。影人はこの『世界』を顕現するために残り全ての力を使った。そして、その『世界』のタイムリミットが来てしまったのだ。

 その証拠とばかりに、影人の『世界』にヒビが入っていく。ヒビは際限なく広がっていき、所々から『世界』が崩れていく。

「これは、『世界』が崩壊しているの・・・・・?」

 シェルディアは周囲を見渡しながらそんな言葉を漏らした。シェルディアもこのような光景を見るのは初めてだ。

「ちっ・・・・・もうちょっと・・・・だったのにな・・・・・・喜べよ、お前の勝ち・・・・・だ。後は、煮るなり焼くなり・・・・・好きにしやが・・・・・れ・・・・」

 影人は最後にシェルディアにそう言うと、自身の意識を失い仰向けに倒れた。もうイヴとの入れ替わりも出来ない。なぜなら、スプリガンの力自体がもう完全に枯渇してしまったからだ。そして、影人はこの一連の戦闘の多大なる疲労もあり、意識を失ってしまったのだ。

 その結果、もたらされるのは――

 『世界』が完全に砕け、元の世界に戻る。現実世界へと。それと同時にスプリガンから黒い粒子が浮かび上がり、それは虚空へと溶けていった。

「これは粒子・・・・スプリガンの姿が変わっていく・・・・・・・?」

 シェルディアが怪訝そうな目でスプリガンに注力していると、黒い粒子が全て吐き出されたかのように出なくなった。

 そして、その代わりにある1人の少年の姿がそこにはあった。服装は半袖に短パンで特徴的なところは何もない。だが、その少年の顔は特徴的だった。前髪が長すぎて、顔の上半分を完全に覆っているからだ。

「え・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」

 その少年の姿を確認したシェルディアは、呆けたような顔でそう声を漏らした。それはきっと、シェルディアが初めて浮かべた表情だ。

 なぜなら、シェルディアはその少年の事をよく知っていたからだ。つい先ほどもその姿を思い浮かべた。生への執着として。それ程までに、シェルディアにとってその、いやこの少年は――

「なん・・・・・・で・・・・どうして、あなたが・・・・・・・」

 シェルディアは両手で口を覆いながら、限界までその両目を見開いた。理解が追いつかない。意味がわからない。ただただこの光景を、現実を、シェルディアは受け入れられなかった。

 シェルディアの目の前の少年は、いやスプリガンであった少年は、シェルディアの隣人たる少年。

 帰城影人であった。


 ――この日、この瞬間。スプリガンの正体は、ある1人の吸血鬼に開示されてしまった。

 シェルディアは、影人がスプリガンである事を知った。

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