第174話 星が降る

「・・・・・・そう。それがあなたの答えなのね。残念だわ。あなたはやはり、大バカ者の愚者だったようね」

 影人のスプリガンとしての答えを再度聞いたシェルディアは、落胆したように息を吐いた。そしてどこか冷めたような目を向けながら、こう言葉を続けた。

「私は2度あなたにチャンスを与えた。でも、あなたはその2度のチャンスを不意にした。ならば、もう仕方がないわよね。どうしようもない程に、仕方がない。今の答えで、あなたへの興味よりもあなたへの不快さが勝ったわ」

「そいつはありがたい事だな。お前みたいな化け物に興味を抱かれるのはもう沢山なんだ。どうぞ俺を嫌ってくれ。俺もお前が大嫌いだからな」

 不機嫌になったシェルディアに、影人は笑みを浮かべながらそんな言葉を送った。その言葉は強がりであり、影人の本音だった。

「・・・・俺はお前を殺す。何度でも言ってやるぜ」

「出来ない事を繰り返し言うのは、正直に言って愚かだし、恥ずかしくて見てられないわ。見苦しいわよ、あなた」

 影人の何度目かになるその宣言に、シェルディアはつまらなさそうに鼻を鳴らした。そして興味の光を失った目は明確に冷淡さを灯した目になり、笑みは嘲笑へと変わる。

「そもそも、ここからどうやってあなたは私を殺すというの? 不死のこの私を。更に言うならば、あなたは既に極限まで疲弊しているはずよ。ゼルザディルムとロドルレイニとの戦いでね。その上で、まだ私と戦い生きているのは、まあ凄い事だけど。ねえ教えて頂戴よ、スプリガン。あなたはそんな状態でどうやって私に勝つの? 奇跡が起きても、そんな事にはならないというのに」

 わざとらしく首を傾げながら、吸血鬼は嗤う。それは挑発の言葉でもあるが、どこまでも事実である言葉であった。まだ闘志を失っていないというのは、まあ立派と言っておこう。だが、それだけだ。言うは易し行うは難し。いや、この場合は行うは不可能といった方が正しいか。

「・・・・・てめえのうざったい言葉は事実だ。それは認めてやるよ。俺はかなり疲弊している。正直、まだ倒れてないのが自分でも不思議なくらいだぜ。そんな俺が、こっから俺がお前に勝つ方法を、お前を殺す方法は正直いくら考えても見えない。そいつも素直に白状してやろう」

 嘲りを含んだその問いかけに、影人はいっそ清々しい程の気持ちで自身の本音を口にした。多分だが、自分が敵に対してこれほどまでに自身の内情を素直に吐露したのは初めてだろう。

「・・・・? 分からないわね。私を殺すと言っておきながら、そんな事を素直に言うなんて。やはりあなたのさっきの言葉は虚勢だったのかしら? それとも、急に気分でも変わったとでも言うの?」

 素直に過ぎる影人の心情の吐露を聞いたシェルディアは、訝しげな目を影人に向けた。単純に意味が分からなかったからだ。スプリガンがそう言った意味が、シェルディアには理解できなかった。

「別にそうじゃない。ただ事実として認めただけだ。いま言っただろ。そして認めたからこそ、決めるべき覚悟ってやつも出来るわけだ」

 影人はそう言葉を述べると、自身の右手に意識を集中させた。影人が決めた覚悟。それを実行するためだ。

(憎悪を燃やせ。殺意を燃やせ。怒りを燃やせ。いま俺が抱けるだけのありったけの負の感情を全力で燃やせ。それが俺の力になる・・・・・・・・!)

 影人は自身の禁域の鎖が緩むのを明確に自身で感じながら、自身の負の感情を全開で全力で燃やした。影人が纏う身体強化の闇のオーラのようなものの揺らめきが、その激しさを増す。だが、まだだ。まだこんなものでは足りない。、もっと負の感情を燃やしていたはずだ。

「黒い炎よッ! この身を焦がし切るほどに燃えろ! 天を灼くほどに! 化け物を殺すために! 燃えやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 影人は叫んだ。恥も外聞もないほどの大声で、魂の底から叫びを上げた。それはきっと、スプリガンがこれまでで1番大きく叫んだ声であった。

 影人の魂の叫び。その効果によってかは分からないが、影人の纏う闇はより一層その激しさを増す。負の感情を爆発させた事により、闇の力が強化・増幅されたのだ。影人の力の残量は、この負の感情の爆発により3割強までに回復していた。

 そして、影人は力の1割を使用して意識を集中させていた自身の右手に『破壊』の力を纏わせた。1割の力を自身の右手にのみ集約させた超高密度の『破壊』の力を。その事によって、影人の右手に変化が訪れた。

 まず、影人の右手首を基点に小さな闇色のゲートのようなものが展開された。そして、そのゲートから闇が出現し影人の右手を覆っていく。その事により、ゲートから先の影人の右手は真っ黒の闇色に染まった。

「・・・・・こいつでお前の全身をバラバラに破壊してやるよ。それが唯一、俺がお前を殺せると思ってる方法だからな」

 影人は『破壊』の闇に染まった自身の右手を拳の形にして、シェルディアに向けるとそう宣言した。

「ふーん、なるほどね。超高密度の『破壊』の力・・・・・・・確かにそれ程の『破壊』の力を宿した拳を受ければ、私の全身は瞬時に細かな破片となって砕け散るでしょうね。でも、それには問題が、クリアすべき条件が1つあるわ」

 影人から黒い拳を向けられたシェルディアは、右の人差し指を立てながらこう言った。

「その拳を、あなたはどうやって私に当てるつもりなのかしら? 当然だけど、私に当てなければ意味はないわよ」

 それは当然と言えば当然の問題だった。わざわざ敵から必殺の一撃で当てると言われれば、当然受ける側はそれに最大限の警戒をする。それはシェルディアといえど同じだ。そんな一撃を、スプリガンはいったいどのようにして自分に喰らわせるというのか。

「まあ、そいつは。絶対にな」

 影人は不敵に笑うと、自身の右足と右手を引いた。スプリガンのその体勢を見たシェルディアは、スプリガンがいったい自分にどのように攻撃を当てようとしているのか分かってしまった。

「あなたまさか・・・・・・・・つもりなの? 最短距離で、自身の全開のスピードで・・・・・だとしたら、愚かという他ないわ。それはただの自殺行為よ。それくらい、あなたにも分かっているはずでしょう?」

 影人の策――いや、策とも呼べない愚直な考えを看破したシェルディアは、意味が分からないといった感じの顔を浮かべた。今シェルディアが述べたように、影人のその考えは勝負を焦ったゆえの自殺行為と言う他ない。

「・・・・・当たり前だ。そんなもん、俺が理解してないはずないだろ。お前が暗に言ってるように、俺は勝負を焦ってるのさ。お前が勝負を焦って勝てる相手じゃないってのは最初から分かってる。お前レベルの敵は、詳細に観察して、綿密に入念に策を練って、限界を超えた力を合わせてやっと一筋の細い勝機が見える相手だ。・・・・・・・・多分、この攻めは通らない。そして、俺は負けるだろうぜ。腹立たしい事にな」

 シェルディアの指摘の全てを認めた上で、影人はそう呟いた。その呟きは実質的な敗北宣言だ。影人のその呟きはどこまでも客観的な事実だった。

「そこまで分かっていてどうして・・・・・・・・・」

「決まってる。勝機が少しは、1ミリ以下ならあるからだ。俺が今からやるのは無謀を通り越した愚かに過ぎる賭け。負ける確率は99.9パーセント。勝つ状況は0.01パーセントあるかないか。だが、あるにはある。奇跡を通り越した、大奇跡。俺はそいつに全てを賭ける」

 未だに理解不能といった顔のシェルディアに、影人は笑う。その笑みは、全てを諦めた者の笑みではない。逆に、まだ諦めていない者の笑みであった。

(イヴ、悪いがこの賭け付き合ってもらうぜ。俺たちが勝って生き残るっていう結果を掴み取るためにな)

『けっ、てめえがさっきの提案をまた蹴った時からこうなる事は予想してたぜ。なんせ、お前は頭がイカれてるからな』

 影人が最後にイヴにそう言葉を掛けると、イヴはそう言葉を返して来た。そして、声のトーンをどこか挑戦的なものに変え、影人をこう激励した。

『やっちまえよ影人。俺はお前の思いから生まれた力の意志。俺とお前は悲しい事だが一蓮托生だ。だから、やっちまえ。勝つのは俺たちだ!』

(ああ、お前ならそう言ってくれると思ってたぜ)

 イヴの激励に影人は軽く笑った。自分はいま確かに勇気をもらった。

(俺の最速、試してやる。眼の強化はもう必要ない。その分の力を、速さに回せ・・・・・!)

 最後の突撃をかける自分に、もう眼の強化は必要なかった。影人はその分の力を、まだ試した事がない力に使った。

「――展開。『影速えいそくの門』」

 影速は自分の正面に左手を翳した。すると、影人の正面に人が1人通れるくらいの闇色のゲートが出現した。影人の右手首に展開している小型のゲートの大型版とでも言えばいいだろうか。転移の渦とは違い、ゲートの先には闇ではなくシェルディアの姿、つまり普通の光景が確認できる。これで準備は全て整った。

『・・・・影人』

(・・・・・・・・悪いが、何を言われようがもう止まる気はないぞ、ソレイユ)

 影人がいよいよシェルディアに最後の攻撃を仕掛けようとすると、ソレイユの声が再び響いて来た。影人は予めそう答え、ソレイユの言葉に反応した。

『分かっています。あなたはそういう人だと思い出しましたからね。あなたの決断について、私はもう何も言いません。だから1つだけ、伝えるべき言葉を。あなたには何度か言ってきましたが――帰ってきてくださいね。今回も、必ず。それだけです』

(ああ・・・・・そのつもりだぜ)

『ならもう何も。影人、ご武運を』

 ソレイユは最後にそう言って、念話を終えた。影人はソレイユの思いを、確かにその身に刻んだ。

「・・・・・・・・さあ、待たせたな化け物。最後の攻防を始めようぜ」

「・・・・・分かったわ。あなたが本当に来るというなら、私もそれに応えましょう」

 怪人のその言葉に、シェルディアは仕方がないといった風に返事をした。シェルディアの目が真剣な色に変わる。

「そうかい。じゃあ・・・・・・・・行くぜッ!」

 影人はいま自分が出せる全速のスピードでスタートダッシュを切った。全身を闇で強化し『加速』の力を施している影人のスピードはまさに神速。そしてその神速の速度のまま、影人は自身が展開した闇色のゲートを潜った。

 その瞬間、影人の速度は神速を超えた超神速へと至った。このゲートは潜った者の速度を爆発的に上げる、いわば加速装置のようなものであった。

「っ・・・・・・」

 影人の突然の加速にシェルディアが驚いたような顔を浮かべる。だが既に、その時には影人はもうシェルディアに接近して、右の拳を振るわんとしていた。

(真っ直ぐに、知覚すらぶち抜いて攻撃する。これが俺の最後の攻撃、そのやり方だッ・・・・・!)

 そして、影人はシェルディアの胸部に向かって黒く染まったその拳を、シェルディアの知覚すら振り切って――

「砕け散りやがれッ!」


 ――シェルディアの胸部を殴り貫いた。


「・・・・・・・・・・」

 シェルディアは言葉を発する暇もなく胸を影人の拳に貫かれ、胸部を起点に黒いヒビは一瞬に広がっていき、やがてヒビはシェルディアの全身に回り、シェルディアは1秒後に粉々にその肉体を砕け散らせた。

 そして、一瞬の静寂が訪れる。

「・・・・・・・・・・・・・・・やったぜ。賭けは、俺の・・・・・勝ちだ・・・・・・・・!」

 影人はグッと拳を握る。勝った、勝ったのだ。自分はシェルディアに勝った。奇跡を超えた大奇跡は、今ここに起きた。

 だが、影人の興奮の余韻も冷めやらぬうちに、無情な現実が影人を襲った。

「ッ!?」

 一瞬だった。影人が砕いたシェルディアだったものカケラたちは、1人でに少し離れた場所に一箇所へと集まっていく。それらはやがて人の形へと戻っていき――

「――さて、満足したかしら?」

 完全に元通りになり、シェルディアは超然とした笑みを浮かべながら、影人にそう聞いて来た。

「はっ・・・・・・・・・・・やっぱり受けたのは、だったか」

 復活したシェルディアの言葉を聞いた影人は、その言葉が示した意味を理解し、そう呟いた。

「あら、今の言葉だけで理解したのね。ええ、あなたの言うように、あなたの攻撃を受けたのはワザとよ。と思ったから。でも、その様子だとショックは受けていても絶望まではいっていないようね」

 その呟きを聞いたシェルディアが少し意外そうな顔を浮かべた。そしてシェルディアは自分が影人の一撃をワザと受けた理由を述べると、少し首を傾げて影人を見つめた。

「・・・・・生きている限り、俺は戦い続けるだけだ。絶望する暇はないんでな」

 光を失っていない目で、影人はそう言葉を紡ぐ。自分の渾身最大の一撃を受けて、シェルディアは何事もなく復活した。この時点で、影人の負けは確定したようなものだ。だが、だからといって絶望して何もしないという選択肢は影人にはなかった。

「そう、どこまでも精神の強い男ね。では、分かっているでしょうけど、容赦なくやらせてもらうわ。――星よ、1条の光となって降れ」

 その言葉と同時に星空の星が1つ輝き、

「は・・・・・・・・?」

 影人の体に降った。それは影人には知覚の出来ない速度だった。光となった星は、影人の右肩付近に大きな穴を空けた。

「ッ・・・・・!?」

 途端、襲って来るは信じられない激痛。それだけではない。影人は自分の意識が、精神が凄まじく疲弊したのを感じた。どう言えばいいのだろうか。精神に多大なダメージを受けたような感じとでも言えばいいか。とにかく、この攻撃は少し奇妙さを感じるものだった。

「この星による攻撃は、肉体だけでなく精神をも削るもの。ゆえに、この攻撃を受け続けた者は最終的に精神が耐えられなくなり気を失うわ。まあ、ほとんどの者はその前に肉体によるダメージで死ぬのだけれどね。さて、スプリガン。あなたはどこまで耐えられるかしら。ちなみに言っておくと、この星の攻撃が出来る量は、よ。じゃあ、頑張ってね」

 シェルディアはサラリとゾッとするような事を言うと、肉体による激痛と精神が削られた為に意識が朦朧とし始めた影人に向かって、パチリと右手を鳴らした。

「星よ、幾条もの群れとなって降れ」

 星舞う夜空、その中の幾つかの星たちがキラリと輝く。それは、影人からしてみれば死の光以外の何者でもなかった。

(イ、イヴ・・・・・悪い、これで伝わってくれ・・・・・・・・・・・後は、頼ん――)

『は? おい影人いったい何の――!』

 影人の意味不明な伝言に、イヴが声を上げる。しかし、時間はもう残されてはいなかった。 

「がっ・・・・・」

 幾条かの星が光となって影人の体を貫く。それは肉体に複数の穴を空けるだけではなく、影人の疲弊していた精神を容赦なく削っていった。

「っ・・・・・・・・・・」

 そしてその攻撃によって、影人は自身の意識を暗闇に明け渡した。

 影人が気を失う前に最後に見たのは、どこまでも超然と存在する絶対的なシェルディアの姿だった。

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