第173話 絶対的強者

「がっ・・・・・!?」

 意趣返しとばかりにシェルディアに胸を刺された影人は、胸部に突如奔った灼熱が生じたかのような痛みにうめいた。1度心臓をフェリートに貫かれた影人には感覚的に分かるが、ナイフは心臓を貫通してはいない。心臓の端をギリギリ掠めただけだ。正直、まだ運が良かった。

(だがマズイ状況に変わりはない・・・・・・・! このレベルの傷はすぐに回復しないとヤバい・・・・! 俺は別に不死身じゃないんだからな・・・・・・・!)

 影人は痛みに朦朧としてくる意識の中、自分の状況の事を考えると、渾身の力を以て右足でシェルディアを蹴った。その隙に胸に刺さっているナイフを左手で引き抜く。「ぐっ・・・・・!?」と呻き声が漏れる。再び激痛と胸部から激しく血が吹き出すが、構っている時間はない。影人はすぐに胸部の傷と、シェルディアに握り潰された左手首を回復させた。

「ふふっ、あなたも即死しない限りは、力が尽きない限りは死なないのよね。一種の擬似的不死とも言える。厄介といえば厄介ね」

 影人に蹴られたシェルディアが自身の影を操作する。影は10本ほどに分裂し先が尖った形状に変化すると、影人に向かって伸びてきた。ちなみに、シェルディアの胸の傷はゼルザディルムとロドルレイニの超再生と同じように、既に回復していた。

「ふっ・・・・・!」

 同じように、傷を回復し痛みから解放された影人は、シェルディアと同じように虚空から10本の鋲付きの鎖を呼び出した。

 影人が呼び出した鎖と、シェルディアの10に分かれた影が激突し合う。そんな事はお構いなしに、シェルディアは一息で影人に近づき直すと、左の蹴りを放って来た。シェルディアの攻撃をまともに受ければどうなるか既に知っている影人は、その蹴りを回避する事しか出来ない。

「避けてばかりじゃどうにもならないわよ?」

 影人が避ける事を今度は予想していたシェルディアは、途中で蹴りの軌道を変え地面へと戻した。そして、残っていた自身の影を棘のように変化させ、左足を貫かせた。

(ッ! 自傷行為・・・・・・! マズい、血の槍が来る!)

 シェルディアの行為の意図をこれも既に知っている影人は、次に何が自分を襲って来るのか分かった。シェルディアの左足から多量の血が流れ出る。その飛び散った血は空中で1つの場所に集合し固まっていくと、1振りの真っ赤な剣へとその姿を変えた。そしてシェルディアはその剣を右手で握った。

「ッ!?」

 今までの事から、てっきりシェルディアが血の武器として作る事が出来るのは血の槍だけだと、影人は勝手に思っていた。ゆえに、血の剣を見た影人は驚いたような表情を浮かべた。

「剣を握るのも随分と久しぶりね。腕は・・・・・かなり落ちていると思うけど」

 自身が生み出した血の剣を握ったシェルディアは、その尋常ではない身体能力を生かして剣を乱雑に振るった。乱雑、と言っても本当に乱雑なわけではない。シェルディアの剣閃は一見乱雑に見えるだけで、その実は鋭く優雅なものであった。

「くっ・・・・・・!」

 影人はその剣撃の嵐を何とか見極めながら、自身も両手に剣を創造した。いわゆる双剣形態だ。影人は双剣でシェルディアの剣撃を受け止めた。

「剣対決ね。いいわ、なら少しこれで戯れましょうか」

「・・・・・いいぜ。乗ってやるよ」

 シェルディアは影人が双剣を創造したのを見て、クスリと笑った。別にわざわざその言葉に乗る必要は影人にはなかったが、影人は流れとシェルディアの剣の腕がどの程度のものか観察するためにも、その言葉に乗る事にした。

「シッ・・・・・・!」

 影人はシェルディアの赤い剣を闇色の双剣で弾くと、双剣の手数の多さを利用して凄まじい剣の連撃を放った。影人の身体能力は、闇で強化され『加速』している。その連撃の速さはさっきのシェルディアの剣撃と同等のレベルだった。

「速さは流石。でも、あなたはあまり剣という物を扱った事がないようね。あなたの剣はただ振るっているだけ。そこに洗練さは感じられないわ」

 シェルディアは影人の剣撃を時には避け、時には剣で受け止めながらそんな評価を下してきた。シェルディアのその評価は至極正しい。影人は剣術などを修めている人間ではない。ズブの剣の素人だ。シェルディアが指摘したように、影人はただスプリガンの身体能力と能力で剣を速く振るっているに過ぎない。

「・・・・・悪いが、化け物を殺すのに洗練さが必要とは俺は思わん」

 しかし、影人にとってシェルディアの指摘などどうでも良かった。そもそも、影人は剣士などではないし剣でシェルディアを殺そうとも思っていない。どうせ適当なところでこのは終わる。影人はそう思っていた。

「ふふっ、確かに言われてみればそうね。物語なんかで人間が化け物を殺すのは、洗練された剣よりも本能と感情赴くままに振るわれる獣の剣。その方がしっくり来るわ」

 影人の答えを聞いたシェルディアは笑みを浮かべながらそんな言葉を述べた。そして、シェルディアは変わらずに影人の剣撃を捌き続けると、こう言葉を続けた。

「あなたの剣は正にそれね。私を殺すという、ただその目的の為だけに振るわれている。でも、それだけではやはり私には届かない」

「ごちゃごちゃと、お前は黙って殺し合いができないのかよ・・・・!」

 双剣を振るいながらシェルディアの言葉に少し苛立った影人は、ついそんな言葉を漏らす。剣を捌き続けられるのはいいが、こうも余裕な態度を取られるとやはり苛立ちは募ってくる。

「ええ、出来ないわ。だってそんなもの、味気ないでしょ?」

 双剣を捌き続けていたシェルディアの剣がその動きを変え、時折り影人に反撃してくるようになった。その剣にはやはり、自分にはない鋭さというものが乗っていた。

「はっ、戦いに何を求めてやがる。俺たちがやっているのは、味気のない殺し合いのはずだ・・・・・・!」

 影人はシェルディアの剣撃を片手の剣で受け止めると、1度後方に飛びながら双剣をブーメランのようにシェルディアへと投擲した。

「そうかしら? 私は少なくとも、今はゼルザディルムとロドルレイニを斃したあなたに敬意を持って戦っているわ。戦いであろうと、殺し合いであろうとそこには思いがあるのが普通よ。本当に味気がない戦いなんて、私は少ないと思うけど」

 シェルディアは投擲された双剣を剣で弾くと、自身も血の剣を影人に向かって投擲してきた。影人は右手に『破壊』の力を纏わせると、その剣を掴み粉々に砕いた。

「あなたも、今はゼルザディルムとロドルレイニに対して何らかの思いを、敬意に似た思いを抱いているはずよ、スプリガン。敵であった彼らに対して。それは、戦いを通して生まれた思い。私は途中からあなたたちの戦いを観察できはしなかったけど、そんな戦いが味気のなかった戦いであるはずがないわ」

「っ、何を根拠に・・・・・!」

 シェルディアはそう言って、自身の右手の爪を伸ばした。爪による攻撃が来る。何度かその現象を見た影人はそう察する。シェルディアがすぐにその爪を振るい、空間を切り裂く一撃を放って来る。影人は身構えたが、しかし今度の攻撃は少しだけ違っていた。

 その違いとは、シェルディアの影だった。影はその一部分がシェルディアの右手に纏わりつくと、シェルディアの右手を黒く染めた。

「あなたはさっき、ゼルザディルムとロドルレイニの名を呼んだ。最初のようにトカゲと貶すわけでもなくね。変化とは言葉にも表れるもの。だから分かったのよ。それが根拠よ」

 シェルディアはそう答えると、影を纏った爪撃を放った。影を纏ったその一撃は、5条の可視できる黒撃こくげきとなり、影人を襲った。

「ッ・・・・・・・・!?」

 影人が驚いたのはシェルディアのその言葉か、シェルディアが振るった黒い爪撃か。果たしてそのどちらともか。それは影人自身にも分からない。ただ、このままでは影人は全身を切り裂かれる。それだけは避けなければならない。

「くそがッ・・・・・!」

 この距離では、シェルディアの爪撃が速すぎて回避する事が出来ない。ならば、影人に出来る事は防御する事のみ。幻影化は力を食い過ぎるので、やはり使えない。

 影人は仕方なく自分の前に障壁を展開した。1つでは心許なかったので2つ。二重の障壁だ。これならば何とかなるはず。影人はそう思った。

 しかし実際は、

「ぐっ・・・・・・!?」

 影を纏った爪撃は、二重の障壁を紙のように切り裂き、影人の体を深く傷つけた。もし、障壁がなかったら影人の体はバラバラになっていただろう。影人は攻撃を受けた後に咄嗟にそう思った。

「いい判断だわ。何かしなければあなたは即死していた」

 シェルディアは影人の体に刻まれた5条の爪撃の後を見ながらそう呟いた。影人は全身に切り裂かれた痛みを感じながら、何とか回復の力を行使し、今受けた傷を即座に回復した。だが、回復もそれなりの力は使う。闇の力の残量は、体感でもう2割5分ほどになったと影人は感じた。

(っ、イカれてやがる・・・・本当にイカれた強さだぜ。強いなんて言葉じゃ効かねえ。こいつの、シェルディアの強さは絶対的だ・・・・・・・・!)

 力の残量の事もそうだが、シェルディアと戦えば戦うほど分かる。その強さが。その規格外さが。シェルディアが強いなどという事は、とっくに分かっていたはずなのに、それでもなお、シェルディアは影人の想像の上を行く。

(どうする? どうやってこいつに勝つ? まだ観察が足りないか? いや、もうそこまで悠長な事は言ってられねえ。速攻でこいつに勝つビジョンを描かねえと・・・・・!)

 影人は冷や汗を流しながら、シェルディアを見つめた。いくら負の感情を燃やし続ける事で、力の残量を多少は誤魔化せると言っても、残量が3割を切っていてはいつまでも継戦する事は出来ない。つまり、影人は勝負を急がなくてはならないのだ。

 だが、シェルディアは勝負を焦って勝てる相手では決してない。影人はそのジレンマのようなものに陥っていた。

「あら、そんなに情熱的に見つめられては照れてしまうわ。まあ、私をいったいどうすれば斃せるのか必死に考えているのでしょうけど」

 冗談っぽく笑いながらシェルディアは影人にそう言ってきた。攻撃はしてこない。その意図がいったい何であるのか、詳細には影人には分からない。しかし、影人からすればその言葉はあまり気分が良くなるような言葉ではなかった。

「っ、余裕ってか・・・・? はっ、流石は化け物サマだな・・・・・どこまでも、俺を苛つかせやがる・・・・!」

 影人は苛立ちを込めた低い声でそう言いながら、シェルディアを睨んだ。圧倒的な力の差を感じさせられ、勝利のビジョンが未だ見えずに焦っているというこの状況。その中でのシェルディアの相変わらずの見透かすような言葉。それが苛立ちへと繋がる。

「別にそこまで余裕ではないのだけれどね。『世界』の顕現は私を以てしても多量の力を割き続ける。その上で、私はあなた程の力を持つ者の相手をしなければならない。だから、私が余裕という事は間違いと言えば間違いよ。でもまあ、それでもあなたは私には勝てないでしょうけれどね」

「ッ・・・・・・」

 影人の苛立ちの言葉に対し、シェルディアは淡く微笑みながら言葉を放つ。その言葉に、影人はギリッと奥歯を噛み締める事しか出来なかった。それはシェルディアの言っている事が嘘ではなく、客観的な事実に基づいている言葉であると理解したからだ。傲慢でも何でもなく、シェルディアはただ事実としてそう言ったという事を。

「そこでまた提案なのだけど、今からでも戦いをやめて話し合いをしない? あなたの戦いは十分に楽しめた。久しぶりに強者と戦えて、私は満足したわ。そもそも、私はあなたと話がしたいだけ。どうかしら? 話し合いに応じてくれるなら、私は絶対にあなたにもうこれ以上危害を加えないし、あなたを殺さないと誓うわ」

 このタイミングが最後と考えたのだろうか。シェルディアは影人に対して、1番初めに影人が拒否した事を再び問いかけてきた。

「・・・・・はっ、俺じゃお前に勝てないだろうからもう1度チャンスをやるってか?」

「まあ、あなたからすればそう聞こえなくもないかもしれないわね」

 影人が変わらずにシェルディアを睨みつけながらそう言葉を漏らすと、シェルディアはフッと軽く笑みを浮かべた。その笑みは間違いなく影人よりも自分の方が強者であるという事実から出る笑みであった。

(舐めやがって・・・・・と心の底から苛立つが、正直こいつの提案は、普通は今の俺からすれば魅力的だ。何せ、こいつに勝つビジョンが俺にはまだ見えないんだからな)

 影人が唯一シェルディアを殺せるかもしれないと思っている方法は、『破壊』の力を使ってシェルディアの全身を粉々に砕くか、シェルディアの身体上に弱点を見つけ、ゼルザディルムとロドルレイニのようにそこに一点して『破壊』の力を注ぎ込むか、という実質1つの方法しかない。それ以外に、不死であるシェルディアを殺せると思える方法は、未だ考えつかない。

 そして、それ以上に問題なのはシェルディアにその膨大な『破壊』の力を叩き込む隙がないという事。よしんば弱点を見つけても、影人がそこに『破壊』の力を注ぎ込める確率はかなり低い。ゼルザディルムとロドルレイニを斃した方法は、シェルディアには通じないだろう。なぜなら、シェルディアはあの2竜よりも影人の力を見ているからだ。透明化や足音を消せる事など。

 シェルディアの全てを含めた力は、力の自由度というものを除けば影人よりも全てが上だろう。それは客観的事実として認めなければならない。しかも、まだシェルディアは余力を残して、つまり真に本気を出していない。シェルディアの態度からはその事がよくわかる。

 以上のような事に加え、力の残量の事などもあり、影人はシェルディアに対して未だに勝利のビジョンが描けない。そんな影人の状況に対して、シェルディアのこの再びの問いかけだ。影人の立場からすれば、やはり魅力的と言う他ない。

『――影人、ここはシェルディアの言葉を受け入れるべきです』

 影人の内側に声が響いた。イヴではない。ソレイユだ。影人が最初にソレイユの言葉を拒絶してから、ソレイユが影人に語りかけて来たのはこれが初めてだ。

(・・・・・・・・アホか。こいつは俺の事を知りたがってんだぞ。話し合いに応じれば、こいつは俺についての全てを知ろうとするだろう。シェルディアはレイゼロールサイドの奴なんだろ。なら、その時点で俺の怪人というベールは剥がされる。それは、が実行できないって事を意味してるんだぞ)

 そんなソレイユの言葉に影人は内心でそう言葉を返した。もしここでシェルディアの提案を受け入れれば、それはスプリガンという謎の怪人が瓦解する事に繋がる。シェルディアに嘘の話が通じるとは、影人にはあまり思えない。

『・・・・・・はい。それは分かっています。しかし、ここであなたが死ぬよりかはまだマシです。あなたの力といえども、シェルディアには勝てる未来はない。残念ながら、それが現実です。だから影人、ここは・・・・・・・・・・』

 ソレイユがやむを得ないといった感じでそう言って来る。ソレイユにしても、その決断は断腸の思いだろう。ソレイユのレイゼロールへの思いと、先の思惑を既に知っている影人には、その事が分かる。

(・・・・・・・そうだな。賢い奴ならここらが落とし所と理解して、こいつの言葉を受け入れるだろう。・・・・・・・・・・だがな、ソレイユ。俺は。俺はどうしようも無い程にバカで、どこまでも愚者で、諦めが悪い、そういう奴なんだよ)

『ッ、影人・・・・・!?』

 影人の内なる言葉を聞いたソレイユの声が震える。その言葉が何を意味するか、影人がシェルディアに対してどう答えを返すか、ソレイユには分かったからだ。

『けっ・・・・・・・本当、てめえは救えねえくらいの大バカ野郎だぜ』

 影人の言葉を、影人の内から聞いていたイヴも呆れ切ったようにそう言葉を呟いた。しかし、そのイヴの声音はどこか笑っているようにも影人には感じられた。

(ああ、俺はそういう所はバカなのさ。諦めの悪すぎる愚者、賢者よりも俺はそっちの方が性に合ってるし充分だ)

 影人はイヴに対してそう言うと、決意を固め――本当は最初から固まっているが改めて――シェルディアに対してこう返答した。

「・・・・・・・・・お前の提案だが、もう1度言ってやる。答えはノーだ。俺はお前と話さない。なぜなら・・・・・・・・俺が必ずお前を殺すからだ」

 謎の怪人は、不敵に笑った。

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