第170話 竜の弱点を探せ(2)

「おい、白竜の。今度は貴様の方に来たぞ。丁度いい、我も頭に受けたからお前も受けろ」

「ふざけた事を抜かすな。先ほどの攻撃はお前が鈍重だから受けたのだ。私は貴様のように鈍重ではない」

 影人が狙撃銃の引き金を引き、ロドルレイニに闇色の弾丸が向かう。その事を確認したゼルザディルムはロドルレイニに冗談半分でそんな言葉を掛けた。だが、ロドルレイニはゼルザディルムの言葉に顔を顰めた。

「ふん。こんなもの、見えていれば避ける事など雑作もない」

 ロドルレイニは顔をスッと横に傾けて、銃弾を躱した。ロドルレイニからすれば、音速を超えた速さなどは大した速さではない。銃弾はロドルレイニの美しい白銀の髪を擦り、そのまま直進していった。

「行くぞ、ゼルザディルム。奴に再び接近する」

「おう。次で捕まえて我々の勝利と決めるか」

 2竜はそう言葉を交わし合うと、影人の方に向かって神速の速度で駆けてきた。ゼルザディルムとロドルレイニの人竜形態でのトップスピード。普通の者ならば、その影すら捉える事は出来ない。

「・・・・・・行け、お前ら」

 しかし、2竜が相対している男は普通の者ではない。凡そ全ての闇の力を扱い、自身の眼を特別な眼へと変える事の出来る異常者であり怪人だ。影人はゼルザディルムとロドルレイニの駆けている姿をしっかりとその目で捉えると、自分の前方に創造した闇の騎士2体にそう命令した。

「「・・・・・・・・!」」

 影人の命令を受けた騎士たちが、剣と盾を構え前方――ゼルザディルムとロドルレイニの真正面に走り始める。そして2竜と2体の闇の騎士たちは、影人から200メートルほど離れた場所で激突し合った。

「どけ。魂なき操り人形と遊んでいる暇はない・・・・・!」

「まあ、その通りよな・・・・・!」

 ロドルレイニとゼルザディルムは、自身の両手に凍気と炎を再び纏わせ拳を振るった。どちらも右拳だ。その拳は真っ直ぐに闇の騎士たちの胸部へと向かう。

「「・・・・・・・・!」」

 闇色の騎士たちは、しかしゼルザディルムとロドルレイニの攻撃に反応し左手に持っていた盾を、自分たちの前へと構えた。2体の竜の王の燃える拳と凍気渦巻く拳を受けたその盾は、たった一撃で砕け散った。

(盾は割れたか。まあ、それはどうでもいい。よく反応した方だ)

 2体の闇の騎士の後方からその光景を観察していた影人は素直にそう思った。当然といえば当然の結果だ。いくら影人があの2体の騎士たちを創造する際に、力をかなり注いで強く設定したといってもやはり限度というものがある。盾の強度も普通の造兵の騎士の強度の何倍もあるといっても、やはり相手は竜。その攻撃力はこの戦いを通して影人もよく知っている。

 そしていま述べたように、今回影人が創造した2体の闇の騎士がかなり強めになっているといっても、相手が規格外の敵である竜ならば限界がある。より簡潔に言えば、2体の闇の騎士はゼルザディルムとロドルレイニには

 まあ、これも当然と言えば当然で、ゼルザディルムとロドルレイニはその1体1体が、現在のレイゼロールと同等かそれ以上の力を持った存在だ。そんな2竜に、造兵程度が勝てるはずがない。数十秒は耐えるだろうが、良くてそれだけの結果に終わる可能性が極めて高い。

(せめて20秒くらいは耐えて欲しいとこだな。後、あの剣で死ぬ気で擦り傷の1つでもつけてもらえりゃ御の字。あいつらでも自分たちにダメージを与えられると知れば、をやる時の警戒度が上がるしな・・・・さて、そのためには俺も援護してやるか)

 影人はいま自分がいた位置から大体50メートルほど後ろに下がって距離を取ると、狙撃銃を構えた。影人に追尾するようについて来た『破壊』の力を宿した5本の剣も、影人の傍に再び留まった。この剣は迎撃と攻撃用だ。

「『破壊』の力、今度は込めねえが・・・・・今度はその分、面白いもん見せてやるよ」

 影人は次に放つ弾丸にあるイメージを込めると、狙撃銃のトリガーを引いた。更に、自分の周囲に停滞させていた5本の剣の内、3本もゼルザディルムとロドルレイニの方へと向かわせた。さすがに距離が離れすぎているので、いま放った3本の方は自動攻撃の方に切り替えざるを得なかったが、それでも多少は役立つはずだ。ちなみに、この剣を影人が自由自在に動かせる限界射程距離は20メートルくらいだ。

「「ッ!」」

 影人が後方から放った攻撃に、ゼルザディルムとロドルレイニが気がつく。2竜は闇の騎士たちからバックステップで少し距離を取ると、影人が放った攻撃に対応しようとした。

 まずは3射目となる闇の弾丸。しかし、ゼルザディルムとロドルレイニはそれは無視した。なぜなら、弾丸はゼルザディルムとロドルレイニの丁度中央の空間を進んでいったからだ。影人が狙いを定めた時、ゼルザディルムとロドルレイニは闇の騎士たちと軸が合っていた。ゆえに、影人はどちらも狙撃をする事は出来なかったのだ(まあ、闇色の騎士ごと撃ち抜けばいいと言われればそれまでだが、今回はそれはしたくなかった)。

 ならば、なぜ影人は引き金を引いたのか。その理由はすぐに分かる事になる。

「ふっ・・・・!」

「はっ・・・・!」

 ゼルザディルムとロドルレイニは、自分たちに突撃して来た3本の剣に意識を向けた。2竜は燃える右手と凍気渦巻く右手を振るう。すると方陣のようなものが出現し、そこから炎と凍気の奔流のようなものを放った。

 3本の剣が炎に焼かれ、氷に凍らされる。ゼルザディルムを狙った1本は炎に溶かされ焼失したが、ロドルレイニを狙った2本の剣は氷を砕き破壊すると、そのままロドルレイニに向かった。炎とは違い、凍気の奔流は1度物質を凍らせるという状態に移行させる。つまり剣は氷に包まれる。そして氷は物質なので『破壊』の力で破壊する事は可能だ。竜形態の時のロドルレイニのブレスの時と同じだ。

「全く、厄介な・・・・・・・!」

 ロドルレイニは向かって来る2本の剣を回避した。だが、ロドルレイニが回避したと同時に闇の騎士はその剣を振るっていた。当然、ロドルレイニはその攻撃に反応できる。ロドルレイニは騎士が振るって来た剣を無造作に左手で掴んだ。

「っ・・・・・・!?」

 途端、ロドルレイニの左手から真っ赤な血が流れ出す。ロドルレイニの人竜形態の皮膚は竜の鱗が変質したもの。ゆえに、たかが造兵の剣如きで傷は受けないと思っていた。

(なるほど。この造兵の剣にも、我らの鱗を貫通させる力を付与させているのですか・・・・)

 ロドルレイニは自身の白い肌によく映える血を左手から流しながらその事を理解した。造兵でも自分たちにダメージを与えられる。なるほど。この事は留意しておかなければならないだろう。

「しかし、超再生がある私たちにはやはり無駄です」

 ロドルレイニはそう呟き、掴んだ剣を起点として闇の騎士を投げ飛ばした。そのため剣はより深く肌に食い込み出血も増加したが構うものではない。その証拠に、剣を離した瞬間にロドルレイニの左手はすぐに傷が修復され始め、2秒後には完治していた。

(という事は、この2本の剣もおそらく同様ですね。傷は受けますが、直接掴んで握りつぶしますか)

 ロドルレイニは再び自分を突き刺そうと狙って来ている2本の剣にそう予想し、両手でその剣を掴もうとした。確実に掴める。ロドルレイニは自分が息をしている事のように当然と考えていた。

 だが、

「はっ、に注意だぜ。白トカゲ」

 影人が遠く離れた位置でそう呟くと、

「ッ!?」

 ロドルレイニは自分の背中にガンッと何かが当たった感覚に襲われた。背後からの何かの衝撃。その事に驚いたロドルレイニは、掴めるはずの剣たちを掴めずに、両腕の付け根当たりに剣が突き刺さってしまった。

「ぐっ・・・・・!?」

 思わず苦悶の声を挙げるロドルレイニ。超再生があるといっても竜にも痛覚はある。大きなダメージを受ければ当然それ相応の痛みが襲ってくる。

「そこだ・・・・!」

 ロドルレイニに剣が突き刺さったその瞬間、影人は引き金を引いた。今度は『破壊』の力を込めて。影人が放った弾丸は、真っ直ぐにロドルレイニのある箇所――胸部の中央辺り、人間でいえば心臓がある位置に飛んでいった。

 ほとんど確定のタイミング。今のロドルレイニにこの銃弾をどうにか出来る方法はないはず。しかし、その銃弾はゼルザディルムに阻まれた。

「ふっ・・・・・・・!」

 自分の相手をしていた闇色の騎士を半壊させ蹴り飛ばしたゼルザディルムは、刹那のタイミングを見極め飛来する銃弾を燃え盛る爪で切り裂いた。切り裂かれた弾丸は燃えながら地面へと落下した。

「チッ、余計なことしてくれるぜ・・・・・・」

 その光景を見た影人は思わずそう言葉を漏らす。今の一撃が通っていれば、もしかすればそのまま殺せたかもしれないし、そうでなくとも弱点の候補がまた1つ削れたかもしれないというのに。

「ゼルザディルム、余計な事を・・・・・!」

「そう睨むな白竜の。一応、助けてやったのだからな」

「それが余計だと・・・・・・・言っているのです!」

 ロドルレイニは自分の体に突き刺さった2本の剣を両手で掴むと、それを引き抜き刀身を握り砕いた。バキッと派手な音を立てて、2本の剣は地面に落ち、やがて虚空へと溶けていった。剣が刺さった箇所と両手の傷は、すぐさま修復される。

(先ほど背中に何かが当たった。あれはいったい・・・・・)

 ロドルレイニは後ろを振り返り周囲を見渡した。先ほど背中に感じたあの感覚。あれのせいで自分は余計なダメージを受けてしまった。

「ッ、これは・・・・・」

 そして、ロドルレイニはその正体を知る。地面を見てみると、闇色の弾丸が1つ落ちていた。先ほどスプリガンが放った弾丸は切り裂かれて前方に落ちているので、その弾丸ではない。となると、答えはその1つ前、3射目に放たれた弾丸という事になる。自分とゼルザディルムの間を素通りしていったあの弾丸だ。

(私の背中に当たったのはこれという事ですか? しかし、なぜ真っ直ぐに進んでいったこれが私の背に・・・・・・・考えられるとすれば、彼が意図的にこれを曲げたという事くらいですか・・・・・)

 ロドルレイニのその予測は当たっていた。影人は3射目の弾丸に弾道軌道を変える力を付与していた。これは過去に2度目のフェリート戦で使用した「弾丸の自動追跡」の応用だ。今回は分裂は必要なかったので使わなかった。

(だが、なぜこの弾は私に弾かれたのか。その理由は分かりませんね。この弾だけ、私たちの鱗を貫通させる力を付与していなかった理由が分からない)

 ロドルレイニの疑問はもっともな疑問だった。そしてその答えは簡単なもので、弾道の軌道を変える力と『破壊』の力を銃弾に付与する事は出来なかったからだ。基本的に『破壊』の力は物質に付与する事は可能だ。しかし、その他の概念的力とは両立できないという特性があるのだ(ただし、自分の肉体だけは例外)。なぜなら、『破壊』の力はそのもう1つの概念(この場合なら、「弾道軌道を変える力」)を破壊してしまうからだ。だから影人は3射目の弾丸に『破壊』の力を付与せず、あくまで隙作りを目的として、4射目の心臓を狙う一撃を本命にしていた。

 ちなみに、ならばなぜ最初のゼルザディルムの狙撃の時にイヴが弾道を固定できたのかという疑問が浮かぶだろう。あの時の弾丸は『破壊』の力を付与されていた。であるのに、なぜロドルレイニの狙撃の時は『破壊』の力を付与出来なかったのか。それは、力の付与先に関係している。

 弾道を固定する場合は、その力の付与先が弾丸でも銃本体でも構わない。弾は真っ直ぐにしか飛ばないからだ。だから、影人は力の付与先をこの時は狙撃銃本体にした。

 だが、弾道を変える場合は、その力の付与先が弾丸でなくてはならない。なぜなら、その場合動くのは弾だけだからだ。ゆえに、銃本体に力は付与できないのだ。

 以上のような理由と『破壊』の力の性質によって、影人は3射目の狙撃の時に『破壊』の力を付与出来なかったというわけである。

「・・・・・分からぬ事を考えても意味はないですね。私がいま考えるべき事は、それではない」

 ロドルレイニは前方を振り返る。そこには自分が投げ飛ばし、ゼルザディルムが半壊させた2体の闇の騎士たちがいる。闇の騎士たちは、距離を計るように剣を構え自分たちの様子を窺っている。

「しかし、奴は策士だな。先ほどから我らに隙を作り、それを上手い具合に突いてくる。我らが竜族でなかったら、何回かは既に死んでいるな」

 ゼルザディルムが軽く息を吐きながらそう呟く。その呟きに、ロドルレイニは鼻を鳴らす。

「そんな事は既に分かりきっている。無駄口を叩いている暇があるならば、この造兵たちを蹴散らすぞ」

「貴様は相変わらずの堅物さだな。竜族でもお前ほどの堅物はそうはいなかった事を思い出す」

 ゼルザディルムがどこか呆れたようにそう言葉を返す。2竜がそんな言葉を交わしていると、その事をチャンスと捉えたのか騎士たちが意を決したように突撃してきた。ゼルザディルムとロドルレイニは意識を騎士たちに向け、騎士たちが振るって来た剣を避けると、それぞれ騎士たちに反撃した。

「貴様たちの動きは既に見切った・・・・!」

 ロドルレイニは凍気を纏わせた左手を貫手の形にすると、それを騎士の胸部に突き刺した。そして、そこを基点として騎士の全身は瞬時に凍りついた。唯一、剣だけは依然凍らなかったが。

「人形遊びは悪いが飽いている」

 ゼルザディルムは半壊している騎士の頭部を完全に蹴り砕いた。ゼルザディルムに頭部を蹴り砕かれた騎士はその動きを急に止め、完全にその場で静止した。

 2体の闇色の騎士は、完全に無力化された。

「・・・・・はっ、ご苦労さん。ありがとよ」

 だが、その光景を見ていた影人は焦るでもなく、逆に不敵な笑みを浮かべると、左手で小さく指を鳴らした。

 そして、それを合図とするかのように、

 騎士たちの体が徐々に膨らむように肥大した。

「「ッ!?」

 凍った騎士と頭部が消え半壊した騎士。無力化したはずの2体が膨らんだのを見たゼルザディルムとロドルレイニは、何事だと表情を変える。

 そして、2体の騎士たちは限界まで膨張し、やがて2竜の至近距離で爆発した。ゼルザディルムとロドルレイニは、その咄嗟の出来事に防御姿勢を取った。無論、ただの爆発では2竜は傷1つつかない。しかし、闇色の騎士たちの剣が自分たちにダメージを与えるものだと知っていた2竜は、この爆発も自分たちにダメージを与えられるものではないかと思い、咄嗟に防御したのだった。

 爆発は中規模程度のものだった。しかし、爆心地にいた2竜にとってみればそれは大規模な爆発と変わらない。2竜は爆風で後方へと飛ばされる。

(・・・・・・・どうだイヴ。弱点は分かったか?)

 その光景をしっかりと見ていた影人は、心の中でイヴにそう問いかける。影人のもう1つの本命は、今の爆発だった。

『ああ、大体わかったぜ。あいつらの弱点があると思われる場所がな。ま、確証はねえけどな』

(充分。あんがとよ。出来たら最悪ぜ。よし、なら仕掛けるか。あいつらにどうやって直接『破壊』の力をぶち込むかのプランはもう考えてあるしな。イヴ、あいつらを殺し切るための高密度の『破壊』の力を練っといてくれ。そんだけお願いするぜ)

『仕方ねえ。やっといてやるよ』

 イヴがやれやれといった口調で影人の頼みを了承する。その言葉を聞いた影人は感謝の意味をかねてコクリと頷くと、ボソリとこう言葉を呟いた。

「さて・・・・・終幕といくか」

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