第169話 竜の弱点を探せ(1)

(せっかく距離が取れたんだ。その事は、多いに利用させてもらうぜ。また近接戦は今はゴメンだからな・・・・・・・!)

 影人は向かって来るゼルザディルムとロドルレイニから逃れるようにバックステップで後方に下がりながら、周囲の空間に呼び出していた200のナイフを2竜に放った。ナイフはまだかなり離れた距離にいるゼルザディルムとロドルレイニに素早く向かっていく。

「む? また何かを飛ばしてきたな。見たところ小さな刃物の群れのようだが・・・・・」

「面倒だ。このまま全て蹴散らしてくれる」

 ゼルザディルムとロドルレイニが影人が放ったナイフの群れに気がつく。そしてそのナイフの群れを見たロドルレイニは、駆けながら右手を大きく後ろに引きその手を鉤爪状にした。その右手には凍気が渦巻いていた。

「ふんッ・・・・・!」

 ロドルレイニが凍気纏う右手で思い切り前方の空間を裂いた。ナイフの群れとロドルレイニたちの距離はまだまだ離れている。よってロドルレイニの右手が裂いたのは正確には虚空だ。しかし、それは古の竜の王たるロドルレイニの攻撃だ。それだけで終わるはずはなかった。

 ロドルレイニが振るった鉤爪状の右手の軌跡から、5条の白く巨大な斬撃のようなものが発生した。その5条の斬撃――いや爪撃そうげきとでもいうべきものは、真っ直ぐに空間を進んでいき、やがてナイフの群れへと激突した。

 爪撃に触れた闇色のナイフたちは、触れた瞬間に凍り切り裂かれていく。5条の爪撃は影人が放った200のナイフの内、およそ150本を凍らし切り裂いていき、それでもその勢いは衰えず、爪撃はナイフの群れを超えその直線距離上にいた影人の方へと向かってきた。

(ッ・・・・・・・相変わらず規格外だなおい・・・・・!)

 影人は自身をも襲わんとする5条の爪撃を右のサイドステップで回避した。爪撃はそのまま真っ直ぐに虚空を進み続け、やがてフッと溶けるように霧散した。

(だが、まだ50本くらいは残ってる。せいぜい役立ってくれよ、お前ら)

 影人は視線をゼルザディルムとロドルレイニの方へと戻す。ロドルレイニの規格外な攻撃によってナイフはかなり数を減らしたが、まだ数十本は残っている。影人はナイフによる攻撃で、ゼルザディルムとロドルレイニが弱点を庇うような対応をしないか、しっかりと見つめた。

「チャチな刃物よな。こんなものは、等しく我らの前では無意味よ」 

「それは当然そうだが、先ほどの鎖のようにどれか数本だけ我らの肉体に届き得る物が紛れているかもしれない。私たちには超再生があるとはいえ、気は抜かない事だ」

 残った50本ほどのナイフが、ゼルザディルムとロドルレイニに殺到する。2竜はそんな会話をしながら1度足を止め、ナイフを自分たちの肉体で叩き落とし始めた。

「・・・・・・・・・・・」

 影人はその光景を離れた場所からジッと見つめ続ける。それは観察のためだ。しかし、ただ見つめ続けているだけではない。影人は次にこの距離間を維持しながら、どうやってゼルザディルムとロドルレイニを攻撃し続けその反応を観察できるか、そのプランのようなものを考えていた。

『おい影人。さっさともっと距離を取れよ』

(分かってるよ)

 イヴの注意の言葉に影人は内心で即座にそう返事をした。その注意は、ゼルザディルムとロドルレイニがナイフを全て撃退し、再び影人の方へと向かってきているためだった。2竜は猛烈なスピードで影人との距離を更に詰めて来る。

「さて、場所は・・・・・あそこでいいな」

 だが、影人に焦っているような姿勢は見られなかった。ゼルザディルムとロドルレイニが影人の元に来るまで、最低でもあと3秒ほどは時間がある。そして、それだけ時間があればが使えるからだ。

 影人は自分の左斜め前方を見つめる。そこにあるのは、およそ無限に広がっていると思われる地平線。いや、正確に言えば無限に広がっていると思われる地平線は左斜め前方だけではない。影人を基点とした全方位に、果てしない地面が広がり続けている。この『世界』の地上には草木1本もないので、果てしない地続きがよく見えるのだ。

(この無限に広がるように感じられる『世界』に終わりがあるのかどうかは分からないが・・・・・・・・今はそれが好都合だぜ)

 地には荒涼たる地面。天には星舞い、真紅の満月戴く赤暗い夜空。地も天もおよそ無限に広がっているのではないかと思えるようなこの『世界』。影人はシェルディアによって構築されたこの『世界』の、無限のような距離感に自身の利点を見出した。

「もう逃がさんぞ!」

「知りなさい、竜の牙からは逃げられないと!」

 3秒後、ゼルザディルムとロドルレイニが影人まであと10メートルほどといった距離にまでやって来た。ゼルザディルムはそこまで近づくと、自身の両手に燃え盛る炎を宿した。ロドルレイニも、自身の両手に凍気を宿す。どうやら、今度はあの両手で自分に攻撃しようという事らしい。

「ふん。別に逃げたつもりはないぜ。さっきのは予期せぬ出来事だったしな。俺が逃げるのは・・・・・・今からだ」

 ゼルザディルムとロドルレイニが影人に向かって燃える拳と凍てつく拳を放って来る。しかし、影人はニヤリとした笑みを浮かべると、1番最初の竜形態のブレス攻撃を捌いた時と同様、2竜からは見えにくい背後に転移用の闇の渦のようなものを出現させると、2竜の拳が自身の体を捉える前にその渦に身を投げた。影人の姿は渦の中へと消えた。

「「ッ!?」」

 影人が渦の中に消えた瞬間、渦は虚空へと収束し、影人を攻撃しようとしていたゼルザディルムとロドルレイニの拳は宙を空振った。

「これは・・・・・・」

「姿を消したな。どこかに逃れたか・・・・・・?」

 ロドルレイニとゼルザディルムは訝しげな表情を浮かべた。いま2竜に分かっている事は、影人が自分たちの攻撃を回避しどこかに消えたという事だけだ。

 消えたスプリガン。いったい、影人はどこへ消えたのか。しかし、その答えはゼルザディルムの斜め背後から飛来した物によってわかる事になる。

「む・・・・・・!?」

 何かが凄まじい速度で空気を裂く音。ゼルザディルムがその音のする方向に振り返る。すると次の瞬間、

 闇色の弾丸が、振り返ったゼルザディルムの額を貫いた。闇色の弾丸は、そのままゼルザディルムの頭を貫通した。頭部に赤い花が咲く。

「ッ・・・・・・!」

 ゼルザディルムと共に振り返ったロドルレイニは、ゼルザディルムの額が弾丸に貫かれた光景を真横から見て少し驚いたような表情を浮かべた。そして、ロドルレイニはその弾丸が飛来して来た先――振り返ったゼルザディルムとロドルレイニから見た左斜め前方――に、その赤いまなこを向けた。

「・・・・・よし、とりあえず目標の額に着弾したぜ」

 ゼルザディルムとロドルレイニから遥かに離れたその先には、右手に闇色の狙撃銃を構えた黒衣の男の姿があった。スプリガン、もとい影人である。

『くくっ、てめえにしてはナイスショットだな。まあ、俺の力で軌道は固定したからてめえは「破壊」の力を付与した弾丸を、そのスコープから覗いてぶっ放すだけの簡単さだったわけだが』

(ああ、人生初の狙撃はお前のおかげで大成功だぜイヴ。狙撃初心者の俺がこんだけ離れた位置から狙撃に成功する事が出来たのは、間違いなくお前のおかげだ)

 影人は創造した狙撃銃を下ろすと、そう語りかけてきたイヴに内心そんな言葉を返した。ここから影人が元いた場所、現在ゼルザディルムとロドルレイニがいる場所までは、ゆうに1キロはあるはずだ。

(でもまあ、あいつが振り向くとは思わなかったけどな。発砲音はちゃんとお前の力で消したのに、空気の揺らぎを感じて振り向きやがった。ま、頭ぶち抜いた事に変わりはないからいいけどよ)

 影人がゼルザディルムとロドルレイニのいる場所からこの場所に一瞬にして移動出来たのは、影人が姿を消す前に吸い込まれた闇の渦のようなものからも分かる通り、転移による力だ。影人はゼルザディルムとロドルレイニが向かって来る前に、自身の左前方、つまり今いるこの場所を視界に収めた。影人の転移は視界に映る場所ならば、どこにでも転移できる。ゆえに影人は、あの時ゼルザディルムとロドルレイニの背後に位置していたこの場所に転移したのだ。もちろん距離も出来る限り取れるように、かなり離れた位置に設定していた。

 ゼルザディルムとロドルレイニは影人の転移を直接は見ていない。そのため、2竜にとって転移は実質的に初見の技だ。いきなり影人が姿を消せば、そこに若干の戸惑いが生じる。しかも、影人が死角に転移したのならば、その戸惑いは尚更のものになる。

 影人はその戸惑いによって生み出される僅かな時間を見逃さなかった。この転移から狙撃のプランは先ほど観察していた時に考えていた。だから影人は転移してすぐに狙撃銃を創造し、そこから発射する弾丸に『破壊』の力を付与し、弾道軌道を固定し、発砲音を消し、すぐさまゼルザディルムを狙撃する事に成功したのだ。

 ちなみに、影人がゼルザディルムの頭部を狙ったのは短絡的に考えてそこが弱点ではないかと思ったからだ。およそ生物というものは、一部の例外を除いて頭部は弱点に換算される。それはそこに多くの場合、脳があるからだ。頭蓋骨という強固な骨に守られているその部位は、生物にとってのまごう事なき弱点。ゆえに影人は、竜の弱点があるならば頭部ではないかと考えた。

 さらに付け加えておくと、ゼルザディルムの方を狙った理由に深い意味はない。別に影人はロドルレイニの方を狙ってもよかった。ロドルレイニも竜という種族に変わりはない。ならば弱点は2竜とも共通しているはずだ。影人がゼルザディルムを狙った理由は、スコープを覗いた時にゼルザディルムの方が先に視界に入ったからという、単調極まる理由に過ぎない。

『さーて、頭部をぶち抜いた結果はと言いてえところだが・・・・・・・もう結果は見えてんのと同じだな』

「ああ・・・・・なんせ頭を撃ち抜いていてやったってのに、あいつはからな。答えは分かってるようなもんだぜ」

 影人とイヴは先ほどからゼルザディルムの方を見続けている。普通、頭部が弱点ならばそこを撃ち抜かれた段階でゼルザディルムは倒れ絶命しているはずだ。しかし、ゼルザディルムは頭を仰け反らせてはいるものの、その体を地につけてはいない。その事が示すのはただ1つ。

「――ふむ、やはりやる。油断しているつもりはなかったのだがな」

 すなわち、ゼルザディルムは死んでいないという事だ。ゼルザディルムは仰け反らせていた頭を元の位置に戻すと、唸るようにそう呟いた。穴が空き黒いヒビが広がりかけていた傷口は、次の瞬間にはすっかり元通りに修復される。

「・・・・・やっぱ頭部は弱点じゃないみたいだな。ったく、つくづく化け物だな竜ってやつは」

 何事もなかったかのように傷を修復したゼルザディルム。その姿を見た影人は軽くため息を吐く。頭部が弱点でない生物とはいったい何だ。そう思わずにはいられない。

(まあ、予想は出来てた事だがな。とりあえず、これで頭部が弱点っていう線は消えたな。なら次に可能性があるのは胴体のどこか。流石に手足が弱点って事はないだろうしな)

 ならば短絡的に考えて、胴体で次に自分が狙うべき場所は胸部。そこにあるかもしれない重要な臓器である心臓だ。

(・・・・・・・ただ、人間形態だからって臓器の位置が俺らみたいな普通の人間と一緒だとは限らないんだよな。血液がある都合上、心臓はあるにはあるんだろうが・・・・・)

 なにせ姿は人間と同じになっているとはいえ、影人が戦っているのはゲームや神話、伝説やお伽話などでしか存在しないドラゴンだ。当然、人間とは体の構造が違うと考えるのが普通だ。

「どうやら、彼は一瞬で長距離を移動する事が出来るようですね。私たちが1番最初に放った炎と氷も今と同じ方法で回避したのでしょう」

「そうだろうな。次からはソレにも気を配る。だが、あの技を使用するには若干の時間を要すると見た。近距離で息をつかせぬ暇も攻撃すれば問題はあるまいよ。先ほどのようにな」

(・・・・・さて、こっからはもう気軽に転移は使えねえな。あいつらは俺が転移を使える事を知った。つまり次からは転移を意識して攻撃してくる。まあ、近づかれなきゃいい話ではあるが・・・・・・・)

 ゼルザディルムとロドルレイニが言葉を交わしているのを見た影人は、2竜の言葉すら聞こえなかったものの、自分の転移の事について協議しているという事を予想した。次はもう同じ手法を取って狙撃をしても弾は当たらないだろう。

『だが頭部が弱点じゃないって分かったのは、デカイぜ。後は胴体狙うだけだからな。ところで影人。お前、集中力と精神の疲労の方は大丈夫なのかよ? この戦いが始まってから、ずっと強化しっぱなしだがよ』

(正直に言うと、かなりキテる。軽い頭痛みたいなやつも起きてるレベルでな。だが、これを一瞬でも解除するわけにはいかねえよ。今の俺が何とか戦えてるのはこの要因が1番大きいしな。だから、強化は継続させる。大丈夫、何とか持たせるさ)

 イヴの質問に影人は内心でそう答えた。眼の強化はそのメリットも大きい反面、デメリットも存在する。それが集中力の多大なリソースの割かれ方、そこから来る精神の疲労だ。今の影人は、実はかなり精神面を疲労させていた。まあ、無理もない。シェルディアの造血武器の大群を捌いた時の事など、影人は極限の集中をし、今に続いているのだから。

(イヴ、次の攻防であいつらの弱点を特定するぜ。残りの力の事はこの際ちょい無視だ。『破壊』の力をある程度使いまくる。・・・・・・そろそろ、竜退治は終わりにしねえとな。なんせ、俺の本来の目的は吸血鬼退治だ。トカゲ2体にいつまでも構ってられねえぜ)

 影人は周囲に5本の闇の剣を創造した。ただの剣ではなく、この5本全てに『破壊』の力を付与させている。そしてこの5本は当然、影人の思うように動かせる。更に影人は自分の前方に2体の闇色の甲冑纏う騎士を創造した。騎士は2体とも右手に剣、左手に盾を持っている。その剣には、『破壊』の力を付与させている。2体に絞った事からも分かるように、騎士の強さはかなりのものに設定してもいる。後、も施しておいた。

『くくっ、中々面白いこと考えるじゃねえか』

 イヴが軽い笑い声をあげる。イヴはスプリガンの力の意志そのもの。影人の仕掛けがどのようなものか理解していた。

(だろ? ま、役には立つはずだ。きっとな)

 影人は内心でイヴにそう返事をすると、狙撃銃を再び構えた。ゼルザディルムとロドルレイニは再び自分に近づいて来るはずだ。あの2竜にも遠距離攻撃はあるが、自分を確実に倒すためには近距離に近づくしかない。そう考えているはずだ。だから、影人は迎撃の体勢を取る。弱点を暴き出すために。

「・・・・・また来いよ。この攻防で、必ずお前らの喉元を狙える死神の鎌を見つけてやるぜ」

 影人はスコープの中に今度はロドルレイニの姿を捉えると、薄ら笑いを浮かべながら銃の引き金を引いた。影人は殺意という負の感情をその引き金に込めた。

 バンッと派手な発砲音が響く。今度は奇襲用というわけではないので音は消さなかった。

 殺意を乗せた闇色の弾丸が、白い竜に向かっていった。

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