第168話 人竜との死闘

「クソッタレが・・・・・・・!」

 自分に向かって降り注ぐ赤と白の破滅。影人はすぐに闇の力で全身のダメージを回復させると、フルスピードでその場から逃げ出した。間に合うかどうか正直分からなかったが逃げなければ死ぬ。影人は半ば無我夢中に足を動かした。

 すると影人が駆け出した直後、影人の後方から全てを焦がすような炎と全てを凍てつかせる氷の圧が大気を揺らした。影人は後方から襲い来る地獄に振り返らずに駆け続け、やがて安全圏に出ると荒く息を吐いて後方を振り返った。

 そこには影人が予想していた通りの光景が広がっていた。最初のブレスによる攻撃の時と同じだ。地上に広がるは氷と炎の地獄。まともにこの攻撃を受けていれば、今ごろ影人は回復する暇もなく即死していただろう。

(危ねえ、まさか人間形態でもブレス攻撃が出来るとはな。完全に誤算だったぜ・・・・・・・・どうやら、俺の最初の見当は大いに外れてたみたいだな)

 影人は人間形態に姿を変えたゼルザディルムとロドルレイニの強さを見誤っていた。竜形態の時の攻撃力と迎撃力が低下したなんてとんでもない。2竜のそれらの力は竜形態の時とほとんど変わっていない。

(それでいてスピードが爆上がりして小回りも効くと来てやがる。耐久力だけは下がってるのは間違いないだろうが・・・・・・・これなら竜形態の時の方が圧倒的にマシだぜ・・・・・)

 今更ながら、影人は人間形態の竜の強さを理解した。デメリットだらけだと思っていたがそんな事はなく、むしろスピードというメリットを獲得した事で厄介さと強さは竜形態の時を上回っているように感じられる。

「ほう、やはり生きていたか。全身の骨を粉微塵に砕いてやったというのに、打たれ強い奴よ。いや、我らと同じように即座に肉体を修復できるのか? ふっ、貴様も大概化け物よな」

「夜の主の敵たり得る者が化け物以外のはずはない。考えれば、最初から分かる事でしたね」

 影人が思考を巡らせていると、前方上空からそんな声が降ってきた。影人が声のした方向を見上げると、そこには案の定ゼルザディルムとロドルレイニがいた。

「・・・・・・よくもまあ、俺の全身を綺麗にくまなくボコってくれやがったな。てめえらのせいで体が1回紙みたいにペラペラになっちまったじゃねえか」

 影人は2竜をその金の瞳で睨め付けながら恨み言を飛ばした。これは互いの命を賭けた戦いである事はもちろん影人も理解しているが、さすがにあれだけエグい目にあえば筋違いといえど恨み言の1つも言いたくなる。

「ふっ、そんな軽口を取れるならばまだまだ元気よの。それでこそ張り合いがあるというものよ」

 ゼルザディルムが超然たる笑みを浮かべる。ゼルザディルムは右手を天に向かって掲げた。

「その減らず口、いつまで続くか見物ですね」

 ロドルレイニも微笑を浮かべ、左手を天に掲げた。何か攻撃が来る。影人は2竜の動きを見て身構えた。

「慟哭し哭け、天よ。炎の雨を降らせろ」

「軋み穿て、天よ。氷のいかずちを降らせろ」

 2竜がそう言葉を唱えると、2竜の遥か上空に空を覆うような巨大な方陣が2つ重なり合い展開した。

 すると、空から赤い燃えた雨が、氷の雷が無作為に降り注いできた。

(ッ!? これはヤバい。すぐにどうにかしねえと・・・・・!)

 影人は必死でこの無作為な全方位攻撃を避ける方法を考えた。先ほどのゼルザディルムの炎の石の大群とは違い、今にも地を舐めようとしている炎の雨はその破壊力は炎の石の大群には及ばないが、密度が圧倒的に濃い。

 更に今回はそこにロドルレイニの全方位攻撃も加わっている。ロドルレイニが降らした氷の雷は、落雷と同じ速さで今も地面に引っ切りなしに落ちている。氷の雷が落ちた地面は一瞬にして凍っている。つまりあの氷の雷に触れれば、影人は即座に凍ってしまうという事だ。

(だがどうする帰城影人!? この密度の炎の雨とランダム性のある氷の雷を完全に避けきる事は不可能だ! 幻影化をしようにも、この攻撃がどれだけの時間続くのか分からない。幻影化は解除した瞬間、一瞬無防備になる。この場合、幻影化は悪手。なら俺が取るべき行動は――防御!)

 迫る攻撃に思考を無理やり高速させられた影人はその結論に辿り着く。だが、同時に影人は理解していた。ただの防御ではダメだと。少なくとも闇の障壁を全方位に展開させて、その場で動きを止めるような防御方法は絶対にしてはいけない。それをすれば、以前影人がレイゼロールにしたように動きを固定する事により障壁を解いた後のゼルザディルムとロドルレイニの攻撃がほぼ確定してしまうからだ。

(なら、答えは1つ。。それを実現する方法はッ――!)

 闇で強化された影人の眼。そのスローモーションに映る視界の中、炎の雨は今や影人の頭上10センチ程の場所まで落ちてきている。現実時間で後1秒もしない内に、炎の雨は影人の全身に降り注ぐだろう。だが、影人の体感時間では雨が自分の体に触れるまで、まだ5秒ほどは猶予がある。その残された時間の間に、影人はあるイメージを脳内で想像し、創造の力を行使した。

 すると、影人の顔を基点として闇が広がっていった。闇はそのまま影人の目元のみを避け頭部を覆っていく。もちろん影人が被っている帽子に関しても、闇に覆われていく。

 闇はそのまま影人の上半身を服の上から覆っていき、その次に下半身へと流れていく。そして一瞬にして、影人の全身は闇に覆われていった。全身を覆った闇はその姿を流動させ、やがて凶々しい騎士の甲冑のように変化した。

 影人が闇の甲冑を纏った瞬間、炎の雨が闇の甲冑に包まれた影人の全身を打った。

 だがその甲冑を纏った事により、影人が炎の雨からダメージを受ける事はなかった。炎の雨は甲冑を流れ落ちていく。もちろん熱を感じる事もない。

(よし、急だったが何とかなったぜ。闇の障壁を全身に流動させて鎧のように纏う。名付けるなら『黒騎士、闇のころも』ってところか。障壁は熱も遮断するから鎧の中が蒸し焼きになる事もない)

 影人は炎の雨に打たれながら、闇の鎧に覆われた自分の右手に視線を落とす。炎の雨程度のダメージならば、この闇の鎧を纏い続ける限りダメージを受ける事はないだろう。氷の雷にはまだ奇跡的に打たれていないが、1度や2度程度なら耐えるはずだ。

(ただ問題は強度と力の食い方だな。鎧状にしてるからどうしても強度は普通の闇の障壁より落ちる。多分、あいつらの拳や蹴りを受けりゃ速攻に砕ける。1度創造して終わりじゃないから、纏い続ける限り力は消費され続ける・・・・・・・ま、当然っちゃ当然のデメリットだ)

 しかし、それでも余りあるメリットがある。影人はその目を自分の右手からゼルザディルムとロドルレイニに向け直した。

「鎧か。貴様の力というのは器用だな。先ほどから見ている限り、どうやら闇そのものを扱っているようだが・・・・・」

「その力、興味深いですね。しかし、今は戦いの中。私たちがすべき事は、ただ力を振るう事のみです」

 ゼルザディルムとロドルレイニは『黒騎士、闇の衣』(クソダサい)形態の影人を見てそう呟くと、掲げていた手を下げた。

「氷よ、疾れ」

 ロドルレイニが左手を無造作に振るうと、ロドルレイニの周囲の地面から氷が出現し、その氷は複数の竜の頭部に変化しながら影人に襲い掛かってきた。

「炎よ、疾れ」

 ロドルレイニに合わせるように、ゼルザディルムも自身の右手を振るった。するとゼルザディルムの周囲の地面から炎が吹き出し、その炎はロドルレイニのものと同じく、複数の竜の頭部に変化した。炎の竜たちも、当然影人に向かってその灼熱の顎を開きながら襲い掛かって来る。

(ちっ、残りの力の残量はだいたい6割。あいつらを斃す時に確定で1割は持っていかれるから、あんまり無駄に力は使いたくねえが、仕方ねえか)

 襲い掛かって来る炎と氷の竜たちを迎撃するため、影人も自分の周囲から黒炎の竜と黒氷の竜の頭部を複数呼び出した。依然、炎の雨と氷の雷は降り続けているので、鎧はまだ解除しない。

 ゼルザディルムの炎の竜とロドルレイニの氷の竜に、影人の黒炎と黒氷の竜が向かっていく。炎の竜には黒氷の竜が、氷の竜には黒炎の竜が向かい、それらの竜たちは2竜と影人の間の空間で激突し、やがては相殺し合い、爆発的な風を周囲に撒き散らした。

「ッ・・・・・!」

 その風の爆発とでも言うものを受けた影人は、踏ん張り切る事も出来ず後方へと吹き飛ばされる。吹き飛ばさている最中、運悪く氷の雷が影人の体を打ったが、『黒騎士、闇の衣』(やっぱりクソダサい)がその攻撃から影人の体を守ってくれた。

(・・・・・・・・粗方人間形態のあいつらの事は分かってきたな。正直、普通にクソ強い。というか、あいつら1体でもドン引きするくらい最強なのに何で2体同時に相手しなきゃならねえんだよ! 正々堂々戦うなら2対1で俺に群がってくるんじゃねえ!)

 吹き飛ばされ地面の土を抉りながら着地した影人はそんな事を思った。影人は人間形態のゼルザディルムとロドルレイニの攻撃やスピードをその身で体感し、2竜の事を観察していた。そこから分かった事は、人間形態のゼルザディルムとロドルレイニが今まで出会った事のないレベルでの圧倒的強者という事だ。1体でもレイゼロールと同等かそれ以上だというのに、そんな敵が2対同時に襲って来る。もしかしなくとも、影人は過去1番で最も危機に瀕しているかもしれない。

(クソッ、俺はシェルディアの奴とまた戦わなきゃならないってのにこの戦い、勝つイメージが全く湧いてこねえ・・・・・・)

 影人が心の中で考えている戦いとは、このゼルザディルムとロドルレイニの戦いだけではない。その後のシェルディアとの戦いを含めた、一連の戦いの事だ。別に弱気になったとかそういうわけでもない。ただ現在の状況とこれからの状況を考えた時、どうすれば自分はこの2竜を殺し、シェルディアを殺せるか、冷静に考えてその状況をどう演出できるか想像できないだけだ。

(だが、それでもやるしかねえんだ。いつだって、どんな時だって結局はやるしかねえ。諦めるもんかよ、逃げるもんかよ。絶対に、俺はあの化け物を殺す。、化け物どもは気まぐれだ。気まぐれで大切なものを壊していきやがる。もう2度と、化け物どもの気まぐれで・・・・・!)

 炎の雨が降りしきり、氷の雷が地を打ち、星舞い真紅の満月が浮かぶ荒唐無稽たる『世界』の中で、決意を、怒りを、殺意を、再び漆黒の鋼を超えたる意志を抱いた影人。負の感情、必ず殺すという殺意が、影人に力を与えていく。図らずも、これで影人の力の強さは上がり、力の残量も多少は戻っていった。

 ただ、影人はまだ気づいていなかった。シェルディアを人外の化け物と確認するたびに、殺意を燃やすたびに無意識にあの禁域の記憶の鎖が緩んでいくのを。まあそれも無理はない。なぜなら、影人の禁域の記憶の中にいると、シェルディアは本質的に同義だからだ。

 すなわち、純粋なる人外であり化け物であるという本質。その同義たる本質が、無意識に影人の記憶の鎖を再び緩ませる。その緩みが、後々色々と影人にを与えるのであるが、その事を今の影人は知らないし、そんな事は考えてすらいなかった。

「・・・・・あの竜どもを殺しきるプランだけはもう決まってんだ。後はそれを実践する状況を作り上げるだけ。それをどうにか死ぬ気でやる。その考えは戦いながら考えてやるさ」

 ゼルザディルムとロドルレイニから距離が離れたという事もあり、影人は闇色の兜の内側で肉声でそう呟いた。そう。ゼルザディルムとロドルレイニを殺しきる手段だけはもう決まっている。ゼルザディルムとロドルレイニを一撃で殺し切れる程の『破壊』の力を宿した攻撃を叩き込む、それだけだ。

(今までは、人間形態のあいつらの猛攻を受けて反撃する暇もこっちから攻撃する暇もなかったが、こんだけ距離が離れてれば別だ。一旦仕切り直せる。次あいつらが俺の目の前に現れれば、こっちからもまた攻撃してやるぜ)

 風の爆発は凄まじい風圧だったので、影人の目を以てしても、ゼルザディルムとロドルレイニの姿は確認できない。おそらく、影人と同じようにあの2竜も影人と反対方向に吹き飛んだのだろう。だが、あの2竜は後ほんの少しでもすれば、再び影人の方に距離を詰めて来るだろう。何せ距離はかなり開けたといえども、影人と2竜の位置は直線上になっているはずだからだ。

『おい、影人。話せる時間が多少は出来たから話しかけるぜ。1つ疑問というか、提言がある』

 影人がそんな事を考えていると、内側から声が響いてきた。イヴだ。イヴはどこか真剣な口調で影人にそう語りかけてきた。

(っ、何だイヴ?)

 イヴの提言があるという言葉が気になった影人は思わずそう聞き返した。

『お前のプラン自体は俺もいいとは思うぜ。あいつらを殺し切れる一撃にそれ相応の「破壊」の力を付与する。確かに、あのゼルザディルムとロドルレイニとかいうあのドラゴンどもを殺しきるにはそれしかねえと俺も思うぜ。あの超再生を突破して殺そうとするならな。だが、それをするには問題も多い。それはお前も分かってんだろ』

(・・・・・まあ、それはな)

 イヴが言う問題はもちろん影人も自覚するところだった。それはその一撃を繰り出す隙の大きさだったり、力の消費具合だったり、実際にその一撃を決めるタイミングといったものだ。2竜が人間形態になった事で、一撃の規模と力の消費具合は竜形態の時よりは確かにマシになった。しかし、人間形態になりゼルザディルムとロドルレイニのスピードが劇的に上昇した事により、一撃を繰り出す隙の大きさと一撃を決めるタイミングはより難しくなった。イヴが言っているのは多分そのような事だろう。

『実際問題、方法はそれしかないとしてもそれを決め切れる確率はかなり低い。なんなら、ほぼ0パーセントだ。そこで提言に繋がるわけだが・・・・・・・・なあ、影人。あいつらドラゴンにも、弱点があるとは思わねえか?』

(ドラゴンの弱点・・・・・・・?)

 イヴのその話を聞いていた影人は、兜の下の顔を疑問の色に染めた。

『ああ、あいつはあのシェルディアとかいうのとほとんど同レベルの化け物で、イカれた超生物だ。だがな、完璧な生物なんざこの世に存在しねえ。必ず1個くらいは弱点があるはずだ。人間で言えば、脳幹や重要な臓器――例えば心臓だったりな』

 そして、イヴは影人にこう提言した。

『そこで提案するぜ影人。人間形態のあのドラゴンたちの肉体から弱点を探し出せ。弱点を見つけられれば、その弱点に一点集中した「破壊」の力を流し込める。そうすりゃ、問題点は多少はマシになるし、あいつらを殺せる。・・・・・まあ、弱点がなかったら正直詰みだが・・・・・・・どうするよ?』

「・・・・・・なるほどな」

 イヴの提言の内容、ゼルザディルムとロドルレイニの弱点を探し出す。その事を聞いた影人は、納得したようにそう言葉を漏らした。

「はっ・・・・・・ありがとな、イヴ。お前の提言、確かに聞き届けたぜ。で、お前の提案だが・・・・・・・・俺は乗るぜ。まずはあいつらの弱点を炙り出す。あいつらに勝つためには、たぶんそれが1番いい方法だ」

『くくっ、てめえならそう言うと思ってたぜ影人。お前は普通にイカれてるからな』

 イヴの案を了承した影人。そんな影人に、イヴは笑いながらそう言葉を返してきた。イヴにイカれているといわれた影人は、少しムッとしたようにこう言葉を返した。

「別に普通だろ。この賭け通さなきゃ、どっちみちヤバいんだ。なら、通す方に賭けるのが普通だ」

『それがイカれてるって言ってんだよ。――そうら、来たぜ影人。人間に擬態してやがるトカゲ野朗どもが2体、爆速でよ。炎の雨も氷の雷も丁度タイミングよく止みやがったぜ』

 イヴが言ったように、影人の遥か先の視界にこちらに向かって凄まじい速度で駆けてくる、ゼルザディルムとロドルレイニの姿が映った。そして、炎の雨と氷の雷もようやく止んだ。その事を確認した影人は、『黒騎士、闇の衣』(どこまでもクソダサい)を解除した。

『さあ、こっから奇跡の逆転劇といこうじゃねえか。安心しろよ、観察の方は俺がやってやる。だからてめえは、死なないように注意しながらあいつらを攻撃しまくりやがれ』

「ったく、どこまでも頼りなる奴だよお前は。ああ、んじゃ・・・・・行くぜッ!」

 影人は自然と強気な笑みを浮かべながら、周囲の空間に闇色のナイフを創造した。その数はおよそ200本だ。影人はこれから竜の弱点を探さねばならない。そして、その観測はイヴが行うのだ。

 竜と人間の戦い。その第2幕が上がった。

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