第166話 竜との戦い

『行くぞ、スプリガンとやら。かつての黒竜の王の力、存分にその身で味わえ!』

 ゼルザディルムが羽ばたいた。その羽ばたきだけで周囲には暴風が吹き荒れる。影人は帽子を押さえながら何とかその風に耐える。

『燃える岩石よ、空より落ちろ!』

 ゼルザディルムがそう唱えると、ゼルザディルムの周囲の空に赤い方陣のようなものが複数出現し、そこから溶岩弾のような燃えた岩が出てきた。大きさは端的に言ってかなりデカい。軽く500キログラムを超えているだろう。その溶岩弾の大群が空から降り注ぐ光景は、まるで流星群のようだ。

(無茶苦茶な攻撃しやがるなおいッ・・・・・・・・! 流石ドラゴン。スケールがデカいぜ・・・・!)

 灼熱の流星群。これを避け切るのはおそらく至難の技だろう。地上で避けようと思えば、溶岩弾が着弾した余波が重なり合う。ゆえに地上で避けるのは、あまり得策とは言えない。

「はっ、なら俺から向かって行ってやるよ」

 影人は唇の端を軽く上げながらそう呟くと、地を蹴り再び空へと駆け上がった。降って来る溶岩弾に自ら突っ込んでいく形は、先ほどのシェルディアの血の槍の大群の事を思い出させるが、今回は無理に破壊する必要はない。なぜなら、溶岩弾は現状影人が浮いているというのに、追尾してこないからだ。追尾して来ないなら、破壊する必要はない。まあ、その代わり地上では溶岩弾が次々に着弾し、この世の終わりのような光景を展開しているが。

(本当ならもう少しこいつらの手札を見てみたかったが、こいつらはあくまであの化け物の攻撃手段の1つだ。俺が真に斃すべき敵はシェルディア。こいつらに時間をかけ過ぎるわけにもいかねえ。だから、そろそろ本格的に攻撃するぜ)

 影人は溶岩弾を縫うように回避し、宙に浮かぶゼルザディルムへと向かっていった。まだ竜たちがどのような攻撃・迎撃手段を持っているかわからないが、影人はゼルザディルムとロドルレイニを倒すべく攻めなければならない。そのため、竜たちが小回りが効かないであろう近距離で戦おうと、影人は考えていた。

『ほう、向かってくるか。この燃える岩石を掻い潜って。見かけによらず肝が据わっているな』

 ゼルザディルムは自分に向かって来る影人を見て、どこか面白そうにそう言った。その態度に、影人が近づいて来る事への焦りや恐れといったものは感じられない。舐めてくれる、と影人は少しだけ苛立った。

「その余裕、俺が崩してやるよ・・・・・!」

 影人はそう呟きながら、自分の周囲に凍気とうきを纏った20の闇色の剣を創造した。そして、影人はその20の剣をゼルザディルムへと放った。20の氷の力を纏った剣がゼルザディルムへと近づき、360度それぞれの方向から黒竜に襲い掛かった。

 だが、

『ふっ、無駄だ。竜族の鱗はおよそ全ての攻撃を通さん。その程度の攻撃では、我には傷1つつかんぞ?』

 20の剣がゼルザディルムを貫く事はなく、剣は全て硬すぎる金属に当たったように、ガキンッ! と音を立て弾かれてしまった。

(チッ、めんどくせえな。あの攻撃が通らないとなると、他の大体の攻撃も通らねえな。しゃあねえ、こいつらも『破壊』の力でその存在を壊すか・・・・・)

 ゼルザディルムの言葉を聞いた影人は、普通の攻撃ではダメージを与えられないと考え、再び『破壊』の力を使う事を決意した。『破壊』の力は壊すという概念的な力だ。硬さは『破壊』の力の前では意味をなさない。

 一応、『破壊』の力を使わないで済むのならば、それに越した事はなかった。『破壊』の力はどうしても通常の攻撃手段よりもその力を消費する。影人が先ほど『破壊』の力を付与した槍を投擲したのは、それで仕留め切れると思っていたからだ。ゆえに影人は、今の攻撃には『破壊』の力を使ってはいなかった。

 しかし、そう悠長な事も言ってられないらしい。影人は20の剣を消し、右手に闇色の片手剣を創造すると、その剣に『破壊』の力を付与させた。

『――私もいる事を忘れてはもらうな、スプリガンなる者よ』

「・・・・・・・・別に忘れたわけじゃねえよ」

 影人が剣を創造すると、地上にいたロドルレイニがゼルザディルムの横まで昇って来た。白竜の言葉が脳内に響いた影人は、そちらの方にチラリと視線を向けそう言葉を返した。影人がロドルレイニを少しの間無視していたのは、ロドルレイニが何もして来なかったからであって、常に警戒はしていた。

『そうですか。それならば・・・・・よしとしましょうッ!』

 ロドルレイニはそう言うと、翼をはためかせ風を吹かせた。その風自体が人の身をバラバラにするような凄まじい暴風だが、その風はただの風ではなかった。雹や小さな氷が混じった凍てつく風であった。

「ッ!」

 影人は左手を正面にかざし、自分1人を守れるくらいの闇の障壁を前面に展開した。この凍てつく風をまともに受け続ければ、影人は一瞬にして凍ってしまうだろう。

『ふむ、この程度ならば耐えますか。ではその障壁を私が砕いてあげましょう』

 ロドルレイニは影人の方に1度の羽ばたきで距離を詰めて来ると、その巨体を捻って尻尾を障壁に叩きつけた。その余りの衝撃と破壊力に、影人を守っていた障壁は粉々に砕けた。

『ふんッ!』

 障壁を砕いたロドルレイニが今度はその右前足で影人を切り裂こうとしてくる。影人はその攻撃を回避すると、剣を白竜の顔面に突き刺そうとその顔面に肉薄した。

(まずは片目を貰うぜッ!)

 影人はロドルレイニの左の目に狙いを定める。まずは視界を半分奪う。それだけで戦いはかなりやり易くなるはずだ。

『目を狙って来ますか。いい判断です。ですが、この目はやれませんね』

 しかし、影人の剣が白竜の左目を穿つ事はなかった。ロドルレイニが全身から凄まじい凍気を放ち、影人が接近しようとするのを拒んだからだ。

「チッ・・・・・・! なら・・・・・!」

 全身が凍りつきそうになった影人は、それ以上ロドルレイニに近づく事は出来なかった。だが、ここまで近づいてタダでは引き下がれない。影人は右手の『破壊』の力を宿した剣をロドルレイニの首めがけて投擲した。

『ぐっ・・・・・!?』

 剣はロドルレイニの鱗に突き刺さり、ダメージを受けたロドルレイニが苦悶の声を漏らす。白い美しい鱗に赤い血が映えた。どうやら、竜の血の色も赤いようだ。更に、剣が突き刺さった箇所から黒いヒビのようなものも広がっていく。『破壊』の力がロドルレイニに効いている証拠だ。

(よし、しっかり効いてやがるな。と言っても、あの巨体だ。『破壊』の力が全身に回ってあいつの体が砕け散るのは、かなり先だろうが・・・・・・・)

 後方の空中に飛び退いた影人は、ロドルレイニの首に刺さっている剣を見て軽い笑みを浮かべる。影人は『破壊』の力ならば、竜を殺せるという確信を得た。

『まさか、私の鱗を貫き血を流させるとは・・・・・・・・この剣に付与されている妙な力のせいですか』

『おい白竜の。その剣を早く引き抜け。お前はまだ気がついてないかもしれないが、その剣を基点として妙なヒビが広がっている。何か嫌な感じだ』

 驚くロドルレイニに、隣にいたゼルザディルムがそう忠告の言葉を与えた。その言葉を聞いていた影人は思わず内心で舌打ちした。余計な事を言ってくれる。

(だが『破壊』の力はその力の動きを止めるか、受けたダメージを回復しない限り、どうこうする事は出来ない。俺の力は言っちゃ何だがほぼ万能に近い力だから、フェリートの奴から『破壊』の力を宿したダメージを受けても何とかなったが・・・・・・・てめえらはどうだい、竜さんたちよ?)

 しかし、『破壊』の力の厄介さを知っている影人はそれでも内面で余裕がある態度を取り続けた。ちょっと格好つけているのが本当に腹立たしいが、そんなところがこの前髪の特徴なので、こいつはこれで平常運転である。

『分かっている。忠告は無用だ、ゼルザディルム』

 ロドルレイニは黒竜の忠告に鼻を鳴らすようにそう述べると、左前足で器用に首に刺さっていた剣を引き抜いた。ロドルレイニの体の大きさからすれば少量の血が流れ出る。 

 しかし不思議な事にそれから3秒ほどすると、唐突に血は流れ出る事を止め、傷もまるで存在しなかったように綺麗に塞がった。当然、広がり始めていた黒いヒビもなくなっていった。

「なっ・・・・・!?」

 その現象を目の当たりにした影人は先ほどの余裕もどこへやら、驚いた声を漏らす。ざまあない。余裕綽々をぶっこいているからである。

『竜族の超再生。見るのは初めてのようですね。竜族は基本的にその鱗の硬さからダメージを受ける事はほとんどありません。ですが、ダメージを受けてしまった場合はすぐにその傷が再生する・・・・・・つまり、あなたが私とゼルザディルムを斃すためには、超再生が追いつかない程の攻撃をしなければならないという事です』

 影人のその声を聞いたロドルレイニは、影人に説明するようにそう思念の言葉を発した。

(クソ、そんなんもあるのかよ。流石、伝説と神話に聞こえし最強生物ドラゴンさまだな。普通にチートだろ・・・・・)

 攻撃手段、迎撃手段、その巨大で強靭な肉体、およそほとんどの攻撃を全て通さない硬さを誇る鱗、更には超再生なる力。その全てが反則級の力だ。しかし、影人には分からない事が1つだけあった。

「・・・・・・・・何でわざわざ俺にそんな情報を教える? 本来ならそんな情報は開示しなくていいはずだ」

 影人が疑問に感じたのはそれだった。ロドルレイニの言葉は、影人に自分たちを唯一殺せる方法を教えているようなものだ。確かに、戦いにおいて自分の力の情報を開示することはある。だが、それは情報を開示する事によって、相手の行動を縛るためなどの理由からだ。しかし、ロドルレイニの言葉からはそういった意図は感じられなかった。

『戦いには正々堂々と。それが竜族の掟だからです。竜族は誇りある種族。あなたが私たちを斃し得る方法を知らなければ、それは正々堂々とは言いません。それが私があなたに情報を与えた理由です』

『もちろん貴様はそんな事をしなくともいい。搦手も好きに使え。貴様の全てを使って我らに挑んで来こい。我らはそれを正面からただ力で叩きのめすのみ。それこそが、竜族の戦いよ』

 ロドルレイニが影人の疑問に答えた。それに続くように、ゼルザディルムも影人にそんな言葉を投げかけてくる。2体の竜の言葉を受けた影人はその理由に納得した。

(なるほどな。戦いに対する意識の問題か。俺らとはその価値観が違う。・・・・・・・バカだとか、その考えを否定はしないぜ。誇りや礼儀を持つのは結構。その誇りが力の源となる事もあるだろうからな)

 影人自身は、戦いに対する誇りや礼儀などというものは微塵も持ち合わせていない。影人は自分にそんなものは必要ないと考えているからだ。おそらく、それは自分にとって枷にしかならない。

「・・・・・あんたらの答えはわかった。言われなくても、元々俺はどんな手を使おうがあんたらに勝つつもりだ。その先にいるあいつ・・・・・・あの化け物を殺すためにもな」

 影人はその視線を遥か下の地上――こちらを見上げているシェルディアに目を落としながら、2体の竜たちにそう言った。シェルディアは悠々とした様子で、この戦いを観察している。手を出して来る様子は未だにない。おそらく、影人がこの2体の竜たちと戦っている間は手を出してこないだろう。手を出して来るならば、とっくに出して来ていなければおかしい。

「・・・・・だから、悪いがあんたらはその通過点だ。もちろん油断はしないがな。大人しく、俺の踏み台になってもらうぜ」

 再び顔を上げ、影人はゼルザディルムとロドルレイニにそう言葉を続けた。影人のその言葉を聞いた2体の竜はそれぞれの反応を示した。

『ふっ、やはり面白いな貴様。不老不死にして絶対強者たるあの夜の主を殺すときたか。彼の存在を殺し切った者など未だ存在しないというのに。しかも敢えて我らを踏み台と言い切るその啖呵。気に入った、それでこそ男よ』

『夢を見るのはどのような者であっても自由です。例えそれが決して叶わぬ夢であっても。・・・・・ですがもし、叶わぬ夢を叶えるというならば、その言葉通り、私たちを踏み抜いてみせなさい。それが、絶対なる第1の道です』

「・・・・・・・・はっ、上等だ」

 帽子を押さえながら、影人は強気に笑う。帽子を押さえたのは正直ただの格好つけだが、笑みは自然と浮かべていたものだった。敵に倒してみろと言われると、どうしても倒してみたいと思うのが人心というもの。影人は自分の中の闘志が少し燃え上がるのを感じた。

『しかし、こうも素速いとこの体ではやりにくいな。我らの攻撃を悉く回避される。更に、こやつは我らの鱗をも貫通させる攻撃も持っていると来た。その事実がある限り、我らが一撃で斃される可能性は万が一にも存在する』 

『この戦い、攻撃力と耐久力よりも速さが重要。攻撃を当てぬ事には彼を倒す事は能わない。・・・・・・・・仕方ありませんね。姿は余り好きではないのですが・・・・・』

『どうやらお前も我と同じ考えに至ったようだな、白竜の。ふっ、変化へんげをするのはいつ振りか』

(ッ・・・・・「変化」? 何だ、こいつらいったい何をする気だ・・・・・・・?)

 ゼルザディルムとロドルレイニの話を聞いていた影人はそんな疑問を抱いた。変化といえば、一般的に言えばその姿を変える事。しかし、ゼルザディルムとロドルレイニが仮にその姿を変えられるとして、いったい何に姿を変えるというのか。

『竜の変化』

『しかとその目に焼き付けなさい』

 ゼルザディルムとロドルレイニの周囲に、それぞれ光と大きな方陣のようなものが現れる。ゼルザディルムの方は赤い炎のような光と方陣で、ロドルレイニの方は白色の氷のような光と方陣だ。

 そしてその光と方陣が2竜に触れると、2竜は赤と白それぞれの輝きに包まれた。その眩しさに、影人は思わずその顔を背ける。

「ッ・・・・・・!?」

 5秒後、輝きが収まると影人は背けていた顔を再び正面に向けた。するとそこには――

「――これで、体躯は同じ。スピードも互角だな」

「――美しき竜の姿を変えるのは、やはりあまり気分がいいものではないですが、しばしの我慢としましょう」

 姿ゼルザディルムとロドルレイニがいた。

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