第165話 2体のドラゴン

「本物の竜を見るのは初めてかしら、スプリガン?」

 黒と白、2体のドラゴンの中心にただずむシェルディアが驚愕している影人にそう言葉を投げかけてくる。

「この2体の竜は、過去に私と戦い、そしてモノたちよ。だから、この竜たちは正確には死んでいるのだけれど・・・・・・・・私に、すなわち吸血鬼に殺されたモノはその魂が呪われ縛られる。ゆえに、この『世界』に於いては、私は自分が殺して来たモノたちを蘇らせる事が出来るの」

 シェルディアは2体の竜たちに少し懐かしそうな視線を向けながら、影人に対し説明を続けた。

「この2体の竜、黒竜の王ゼルザディルム、白竜の王ロドルレイニは、元いた世界で私が戦い殺した最上位クラスの実力者たちよ。ふふっ、懐かしいわね。あの時の私はいま思うと、けっこう荒れていたわ」

 シェルディアが蘇らせた黒竜の王ゼルザディルムと白竜の王ロドルレイニ。その2体の圧倒的存在に睥睨されている影人は、それを従えるシェルディアに対して一種の恐怖を覚えた。

(イ、イカレてやがる・・・・・いったい目の前のこいつは、どこまで化け物なんだよ・・・・!? この2体のドラゴンをあの少女みたいな見た目の奴が殺しただと? しかも、自分が殺した全てのモノをこの『世界』限定的とはいえ、蘇らせる事が出来るだ・・・・? チートもいいところだぜ・・・・・・・・!)

 今更ながらに自分の目の前にいるのが化け物だと自覚せざるには得られない。自分はこんな存在と関わってきたのか。その事にゾッとする。

『――フム。我らを呼び出したか、夜の主よ。貴様が我らを呼び出すのは随分と久しいな』

 影人が冷や汗を流しながら警戒していると、影人の頭の中にソレイユともイヴとも違う声が突如として響いて来た。

(な、何だこの声は!? 声が低い? 男の声か? だがこの場に男なんざ俺以外には・・・・・)

『そこの黒竜と私を呼び出すとは、私たちに見下ろされているこのモノがよほどの強敵というわけですか。正直に言って、ただの矮小なる存在にしか見えませんが・・・・・・・・・』

 その声に影人が驚いていると、今度は声が高い、女性のような声が影人の頭の中に響いて来た。その声も、ソレイユやイヴとは違う声だ。

「ええ、久しぶりねゼルザディルム、ロドルレイニ。あなたたちとこうして言葉を交わすのも、何千年かぶりね。もう少しあなたたちともお話したいけど、今は戦いの最中なの。ほら、あなたの前にいるその人物。スプリガンと言うのだけれど、その人物が戦いの相手よ」

 シェルディアがどこか親しげに2体の竜にそう言葉を返す。それで分かった。影人の頭の中に響いた声の正体が。

(この声はドラゴンの声か・・・・・・! 要は一方的な念話。それがドラゴンの言語機能って感じか・・・・・・つーか、ドラゴンって話せるんだな・・・・・)

 目の前にいる黒竜と白竜。それが影人の頭の中に響いて来た声の主の正体だ。ただ、影人が予想している通り、この念話は一方的なものだろう。そうでなければ、竜たちは影人の心の声に何らかの反応をしているはずだ。更に言うならば、シェルディアも竜たちに肉声で言葉を返している。つまり、影人の予想は間違ってはいない。

「・・・・・はっ、でかいトカゲが2匹か。何を出すかと思えば、随分とチンケじゃねえか」

 その試しと言ってはおかしいかもしれないが、影人はドラゴンたちに向かってそんな挑発の言葉を放った。もちろんフカシだ。明らかに目の前のドラゴンたちは自分より強いように思える。というか、普通に怖い。それほどまでのプレッシャーをドラゴンたちは放っている。

 だが、その言葉を言わずにはいられなかった。もちろんその理由は、自分の予想が合っているか確かめるためだ。影人が挑発の言葉を投げかければ、ドラゴンたちは何らかの反応を示すはず。しかし、心の奥底では影人はこんな事を思っていた。

(い、言ってやったぜ。人生で1回は、ドラゴンをトカゲ呼ばわりしたかったんだよな。まさかマジで言える日が来るとは・・・・・・・・ふっ、もう悔いはねえ)

 頭がとっくにどうかしている厨二クソ前髪野朗は、こんな時だというのにアホみたいな考えをしていた。何が人生で1回はドラゴンをトカゲ呼ばわりしてみたかったか。普通そんな「人生で1回は」は存在しない。このイカレバカ前髪は自分の状況を分かっているのだろうか。いや多分、絶対にわかっていない。

『ほう、随分と活きがいい餌っころだ。我らを蜥蜴族リザードと嘲るか。そんな挑発を受けたのは、生きていた時にも数える程しかなかったな。どうやら、中々に面白そうな奴と見た』

 恐らく黒竜の方だろう。低い男のような声が再び影人の頭の中に響く。その声は影人の挑発に怒っているというよりかは面白がっているような、そんな声だった。

『矮小な、取るに足らないような生物如きが、この誇りある白竜の王を侮辱するか。許される事では決してないな。その傲慢さ、死んでから後悔しても遅いぞ』

 一方、高い女性のような声の白竜は影人の挑発に怒っているようだった。それが如実にわかるように、白竜の放つプレッシャーがより一段と重くなり、怒気がビリビリと大気を震わすのを感じる。

「ふふっ、やっぱりあなた面白いわねスプリガン。彼の古の竜王たち相手にそんな言葉を吐くなんて。ロドルレイニがこんなに怒っているのを見るのは、私も初めてかもしれないわ」

 シェルディアが笑いながらそんな感想を漏らす。そして、2体のドラゴンを従える怪物はドラゴンたちにこう命令を下した。

「ではゼルザディルム、ロドルレイニ。あなたたちに命令を下すわ。スプリガンを戦闘不能にしなさい。手加減はいらないわ。出来れば殺してほしくはないけど、まあその辺りは任せるわ」

『よかろう、夜の主よ。このゼルザディルム、その命令を承った。できる限り、殺さないように努力しよう』

『今の私はあなたのじゅう。命令を拒否は出来ません。このロドルレイニ、戦いの風をこの場に吹かせましょう。ただ、殺さないようにというのはほとんど不可能に近いですが』

 シェルディアの命令を受けたゼルザディルムとロドルレイニがその命令を受諾する。影人は今更ながらに、自分が今からこのドラゴンたちと戦わなければならないという事を思い知る。先ほどの血の槍の大群を撃退した疲れはまだ体と精神に深く残っている。自分はその状態で、このドラゴンたちを撃破しなければならないのだ。

(はっ、これがドラゴン◯エストってか。ドラゴンの攻撃方法はゲームなんかでは、炎のブレスや爪や尻尾での攻撃が定番だが・・・・・実際のドラゴンはどういう攻撃をして来やがる?)

 しょうもない事を内心で呟きつつも、影人は黒と白のドラゴンの出方を待つ。先手を無理に取る必要はない。自分はまだ体力を消費しているのもあるが、やはり相手がどのような攻撃を行うのか知りたいからだ。

『さて、まずはご挨拶。合わせろよ、白竜の』

『なぜ私が貴様に合わせなければならない。だが、仕方がない。今だけは合わせてやる』

 ゼルザディルムが口を大きく開ける。同じようにロドルレイニもその顎を開く。黒竜の方、ゼルザディルムの口には炎が渦巻いていき、白竜の方、ロドルレイニの方には氷が渦巻いている。それを見た影人は嫌な予感がしたので、自分の後ろに闇の渦のようなものを事前に創造していた。

 次の瞬間、全てを燃やし尽くす灼熱の炎の吐息ブレスと、全てを凍りつかせる極寒の氷の吐息がゼルザディルムとロドルレイニの口から放たれた。その攻撃を事前に予想していた影人は、自分の背後の闇の渦に倒れ込むように入るとその姿を消した。だが、ゼルザディルムとロドルレイニは自分が放った炎と氷の吐息のせいで、影人が消えた事を確認出来なかった。

 数瞬まで影人がいた位置を、炎と氷が蹂躙する。影人がいた場所を中心に、直径50メートルほどの距離は一種の氷炎地獄と化していた。

『ん? 我の炎で骨も残らずに燃え散ったか? だとしたら、他愛のない事この上ないが・・・・・・』

『所詮は矮小なる存在。この程度でしょう。まあ、結果としてはやはり殺してしまいましたが、許してもらいますよシェルディア』

 ゼルザディルムとロドルレイニは影人が死んだと思っているのか、そんな言葉を思念で発した。2体のドラゴンの言葉を聞いたシェルディアは、首を横に振りながら2体にこう言葉を返した。

「残念だけど、この程度で彼が死んだとは思えないわ。彼は私の3000本の造血武器を全てその身1つで破壊した人物よ」

『! 何と。夜の主の血によって作られた武器を破壊したというのか。しかもそれ程の数を。あれには我も苦しめられ、遂には破壊できなかったというのに・・・・・』

『にわかには信じられないですね・・・・・・・ですが、我らの攻撃によってこの世界から消えたのでないとすると、あの矮小なる存在はいったいどこへ・・・・・』

 ゼルザディルムとロドルレイニはそれぞれそんな反応を示した。2体はどちらもシェルディアと戦った事がある。その戦いの結果、2体の竜はシェルディアに敗北し殺され、今シェルディアの『世界』の能力によってこの場に存在しているのだ。

 だから、2体の竜はシェルディアの造血武器がどれ程の脅威か知っている。決して壊れず、目標に食らいつくまで追尾をやめる事はない恐怖の武器。その大群をあのスプリガンなる者は全て破壊したという。ゼルザディルムとロドルレイニはその事実に驚愕していた。

「そうね、見える範囲にいない。後ろに気配も感じないとなるならば、予想できる場所は・・・・・・・・・遥か上空かしら?」

『『ッ・・・・』』

 シェルディアが上空を見上げる。その仕草に釣られるように、ゼルザディルムとロドルレイニも満点の星輝く夜空を見上げる。するとそこには――

「・・・・・チッ、気付きやがったか」

 真紅の満月のぼんやりとした光に照らされる影人が浮いていた。そして影人は自分の両隣に、ドラゴンたちを貫けるような巨大な2本の槍を創造していた。

「しゃあねえ。気づかない内にあのドラゴンどもにこいつをぶち込んでやるつもりだったが・・・・・・・行けよ!」

 影人は巨大な2本の槍をゼルザディルムとロドルレイニ目掛けて投下した。2本の槍はまるで隕石のように2体のドラゴン目掛けて降っていく。

『ムゥ、こいつは避けないとちとまずいな』

『ふん、黒竜の王である者が随分と弱気だな、ゼルザディルム。あの程度の槍、この私が凍てつかせ砕いてあげましょう・・・・・・・・!』

 避けようとするゼルザディルムとは違って、ロドルレイニは影人が降らした槍を撃破しようと再び口に氷を渦巻かせた。全てを凍てつかせ砕く極寒のブレス。ロドルレイニはそれを収束させ、線状にすると氷のブレスならぬ、氷のレーザーを上空に放った。

 影人が投下した2本の巨大な槍の内の1本がロドルレイニの氷のレーザーと激突した。

 氷のレーザーをその切っ先に受けた槍が凍っていく。一瞬にして槍は氷に包まれた。後は勝手に氷と共に槍も砕ける。ロドルレイニはそう確信していた。

 しかし槍が氷と共に砕ける事はなく、実際に砕けたのは氷だけだった。

『何だと・・・・・・!?』

 ロドルレイニが驚愕したような声を上げる。その声を上空から聞きながら口角を少し上げた。

(はっ、『破壊』の力ってやつはつくづく便利だな。一応はあの竜どもの体を壊すために付与しといたんだが・・・・・・・まさか氷まで勝手に破壊するとはな。いい誤算だぜ。てめえのデカい図体じゃ、今から回避は出来ない。くたばりやがれよ白いトカゲ野朗)

 影人は予め2本の槍に『破壊』の力を付与していた。別に『破壊』の力を付与できるのは自身の肉体だけではない。自分以外の物質にも、『破壊』の力を付与できる。それは自分と戦ったフェリートから影人が盗んだ知識だ。フェリートも2回目の戦いの時に、自分が生み出したナイフに『破壊』の力を付与していた。

 いや、今思い出せばフェリートも『提督』によって凍らされていた自身の体の一部を『破壊』の力で砕いていたので、影人が放った槍が氷を砕いた事は別に誤算ではなかったか。影人はふとそんな事を思った。

 ちなみに物質に『破壊』の力が付与できるのに、影人が先程シェルディアの造血武器の大群を自身の身1つで破壊するのに拘ったのは、単純に時間と力のロスの問題だ。その理由としてはさっきイヴが言っていた理由が全てなのだが、あの時の残り時間では、イヴが言っていたように『破壊』の力を付与できるのは2つまでという限界があった。ゆえに影人は1番自由と融通が効く自分の両足を指定し、両手と両足だけであの血の槍の大群を破壊した。

 もう1つの力のロスの問題は、例えば影人がよく使う虚空から出現する複数の鎖があるとする。その鎖全てに『破壊』の力を付与すれば、影人はかなりの力を消耗する。この尋常ではない戦いにおいて、力を消費しすぎる事は避けねばならない。確かに必要な時に力を惜しみなく使う事も大事だが、基本の前提はそれだ。そのような事も考え、影人は自分の肉体だけであの血の槍の大群を破壊する事を決めたのだった。まあ、これに関しては時間の問題が先に来るので、ほとんど後付けのような理由でもあるのだが。

『こりゃまずいな。我らの図体では今からアレを完全に避ける事は難しい。飛ぶ時間もない。仕方ない、少し気合いを・・・・・入れるかァ!』

 ゼルザディルムが四つ足に力を入れるようにして、息を大きく吸い込む。そして黒竜は、口を大きく開き大きな鳴き声を上げた。

「ギャオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!」

 聞くものを本能的に萎縮させるような鳴き声。あまりにもうるさいその鳴き声に、遥か上空にいる影人もその顔を顰める。相変わらずとてつもなくうるさい。

 大気が震え、世界が慟哭する。ゼルザディルムが鳴き声を上げると、まるでゼルザディルムを中心とするように見えない斥力が発生したかのように、竜たちに降り注ごうとしていた2本の槍が、突如空中で何かに阻まれた。

(ッ、何だそりゃ! 竜ってのは雄叫びで斥力場でも発生させられるのかよ・・・・・!?)

 影人がゼルザディルムの予想外の防御手段に驚いていると、ゼルザディルムがロドルレイニにこう呼びかけた。

『何してる白竜の! 貴様も早くやれ! 我だけでは恐らく止めきれんぞ!』

『ッ、分かっている!』

 ゼルザディルムにそう言われたロドルレイニは、腹立たしげにそう言葉を返すと、自身も雄叫びを上げた。ロドルレイニの雄叫びも見えない斥力を発生させ、それがゼルザディルムと斥力と重なる。二重となった斥力は、影人が降らした2本の槍を弾き返し、槍はそのまま地上へと落ちていった。巨大な2本の槍が落ちた衝撃で地面が震えるが、目標に刺さらなかった槍はしばらくすると溶けるように虚空に消えていった。

「チッ・・・・・・・」

 攻撃が失敗に終わった影人は舌打ちをしながら、地上へと降りた。今の攻撃でドラゴンたちを倒せていればかなり御の字だったのだが、現実はそう上手くはいかないらしい。

『やれやれ、確かにこいつは強敵と見た。まさか白竜の「王の息吹いぶき」を突っ切るほど強力な攻撃をしてくるとはな。更に我らの「竜の滅波めつは」でも弾くだけが限界とは・・・・・・・夜の主、貴様が我らを呼び出した理由を身をもって実感したぞ』

『・・・・・認めたくはありませんが、確かには私たちの敵たり得る存在のようですね』

「ふふっ、あなたたちをしてそう言わしめるなんて、いよいよ彼は本物ね」

 ゼルザディルムとロドルレイニの言葉を聞いたシェルディアがそんな感想を漏らした。ロドルレイニのスプリガンに対する呼び方が「矮小なる存在」から「彼」に変わっている。それは、ロドルレイニのスプリガンに対する意識が変わった事を示している。

「では、彼の実力をあなたたちが実感したみたいだからもう1度言っておくわ。存分に暴れなさいゼルザディルム、ロドルレイニ。ここは私の『世界』。あなたたちが何をしようが、この『世界』が壊れる事は決してないわ」

 シェルディアが改めて黒と白の竜にそんな言葉をかけた。シェルディアの言葉を受けた2体の竜は、その身に闘志を宿らせこう返事をした。

『ああ、そうさせてもらおう。ふっ、死して囚われた身ではあるが、久しぶりに血がたぎってくる。なあ、白竜の』

『貴様と一緒にするな黒竜の・・・・・・と言いたいところだが、それは事実。今、私は喜んでいる。全力で力を出し、戦える事に。戦いこそ、竜族の誉れ。このような機会を与えてくれた事、感謝しますよシェルディア』

 ゼルザディルムとロドルレイニの纏う雰囲気が変わり、2竜の影人を見つめる視線が変わる。それは影人を敵と認定する視線。自分たちが戦うに相応しい存在であると、2竜が認めたという事だ。

(クソ、侮ってもらっておいた方が俺的には楽だったんだがな・・・・・・2体の竜とのガチの戦いか。こいつはまた苦労しそうだぜ・・・・・・・)

 影人はまた死闘になる事を予感する。間違いなく、この黒と白の竜は強い。だが、影人はこの2体の竜を倒さなければならない。そうしなければ、影人の殺意はシェルディアには届かない。影人は改めて、自身の意識を研ぎ澄ませた。


 竜と人間。果たして勝つのはどちらか――

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