第163話 化け物と怪人の戦い

(出し惜しみはなしだ。初っ端から全力でいくぜ、イヴ・・・・・・! 覚悟決めろよ!)

『クソッ、マジかよ・・・・・・・・! ああもうッ! 分かったよやってやるよ! 本当に、本当にてめえは大バカ野朗だなおいッ!』

 影人が内心でイヴにそう告げると、イヴはもうヤケクソだと言わんばかりにそう言葉を返してきた。影人には分かった。イヴのその言葉は心の底からの本心だ。

(はっ、そうだ。俺はバカだぜ。バカで充分、バカで結構だ!)

『開き直るんじゃねえよバカ! 死ね!』

 そんなやり取りをしつつも、影人は自身にいま自分が出来る全ての強化を行った。身体能力の常態的強化に、全身に『加速』と『硬化』を施す。更に金の瞳に闇を揺らめかせ――眼の強化も行った。いま現在スプリガンとして影人が出来るフルスペック。そのぶん力の消費は激しいが、たぶんそんな事は考えている暇はないだろう。

(目の前のこいつが今のレイゼロールよりも遥かに強いって言うなら、全力で行かなきゃ死ぬ!)

 影人は自身の周囲に闇色の杭を複数本を出現させ、右手に闇色のナイフを創造した。闇色のオーラを纏い臨戦態勢を整えた影人を見たシェルディアは、小さく笑いこう言った。

「ふふっ、杭ね。伝承や伝説なんかでは確かに吸血鬼の弱点とされているけど・・・・・・・さっきも言ったはずよ? 私にはそのような弱点はないと。それとも、あなたは存外にバカなのかしら?」

「・・・・・・てめえみたいな化け物の言葉を素直に信用する方がバカだろ。お前が嘘をついていないという確証はない。だからまずは試しにてめえの心臓にこいつを1本ぶち込んでやるよ」

 首を傾げるシェルディアに、影人は苛立ったようにナイフを構えた。ああ、うざったい。化け物風情が偉そうに喋るな。

「なるほど、確かに。そう言われると、あなたは賢いかもしれないわね。まあ、別の言い方をすると、疑り深くて臆病とも言えるけれど。いや、そもそも私に戦いを挑んでくる時点で、賢いという事はないか。やっぱり、あなたは愚かなのかもしれないわね」

 シェルディアが嗤う。明らかに自分を下に見ている笑みだ。

(けっ、。アレと同じ笑み。ああ、そうかい。やっぱりてめえら化け物はそうやって嗤うのか。それが、お前らの本性か)

 殺意が、怒りが、負の感情が、増幅していくのを感じる。力が湧き、研ぎ澄まされる。今の影人は過去最高に力が漲るっている事を感じていた。

(殺す・・・・・)

 殺意を更に研いだ影人が、シェルディアに向かって突撃を掛けようしたその時、ソレイユの声が影人の中に響いた。

『影人ダメです! シェルディアとだけは戦ってはダメです! 死にますよあなた!? もう1度だけよく考えて――』

 それは必死の最後の忠告だった。ソレイユは本気で影人の身を案じてくれているのだ。

「・・・・・・うるせえよ」

 しかし、影人はソレイユにただ一言そう言葉を返すと、神速の速度で地を蹴った。

「シッ・・・・・・・!」

 影人は一瞬でシェルディアに近づくと右手のナイフを振るった。その影人の動きに追従するかのように、影人の周囲に浮かんでいた複数本の杭もシェルディアを攻撃した。

「大した速さね。でも・・・・・・ね?」

「ッ・・・・・!?」

 だが、シェルディアは左手でナイフを掴み、自分の影を操作して杭を全て防いだ。影人の攻撃がシェルディアに通る事はなかった。

「その程度で私を殺せるはずないでしょう?」

 シェルディアはそのまま影人のナイフを指の力だけでへし折ると、右足で軽く影人を蹴飛ばした。

「がっ・・・・・!?」

 それは軽い少女のような蹴りのはずだった。だがその蹴りを左脇腹に受けた影人は、尋常ではない衝撃と痛みを感じ30メートルほど先に飛ばされてしまった。

「ゲホッゲホッ・・・・・! く、くそが・・・・・・・」

 地面に伏した影人は激しく咳き込んだ。蹴られた左脇腹の骨は全て砕かれている。信じられない激痛がその事を如実に示している。

(ちくしょうが。見えなかった。反応出来なかった。しかも『硬化』してるのに、こんなダメージまで・・・・・・・はっ、確かにこいつはレイゼロールよりも強いみたいだぜ)

 影人は受けたダメージを即座に回復し、肉体を元通りし立ち上がった。シェルディアのあの蹴りは、ただの蹴りであるはずなのに、影人の強化した眼で見ることも出来ず、強化した肉体で反応する事も出来なかった。そしてシェルディアの蹴りは破壊力も抜群で、影人の硬化した肉体すらも関係なしに蹴り抜いた。

「へえ、すぐに立てるのね。ちゃんと蹴ったから骨は砕いたはずだけど・・・・・・ああ、回復したのね。ふふっ、つくづくレイゼロールと同じで色々な事が出来るのね。面白いわ」

 立ち上がった影人を見たシェルディアは、少しだけ驚いたような顔を浮かべた。その顔が、また影人の殺意と怒りを増幅させる。だが、気持ちだけを抱いていても戦いには勝てない。影人はシェルディアを睨みつけながら、一瞬思考した。

(ただの蹴りであれとなると、近接戦は仕掛けない方がいいか? いや、どっちにしても1対1。いずれは近接戦になる。だが、まだだ。まずは奴の手札全てを確認しなきゃならねえ。いま見えた奴の手札は影。おそらく、ある程度自由に形を変え操作できると考えた方がいい)

 シェルディアの持ち得る攻撃と防御の手札を出来るだけ引き摺り出す。影人はそれを最初の目的に決めた。

「蜂の巣にしてやるぜ・・・・・!」

 影人は両手に闇色の拳銃を2丁、自分の周囲の空間からおよそ200ほどの銃身を出現させた。そして、両手の銃と周囲の銃身の照準を全てシェルディアに合わせる。

「ご大層ね」

 影人が出した銃の群れを見たシェルディアがそんな感想を漏らす。その表情はどこまでも余裕だった。

「黒線の流星群よ、その黒き光で我が敵を討て」

 影人は次の一撃を強化する言葉を自分の両手の銃と、周囲の銃身全てに施した。力が激しく消費されていく感覚を覚えたが、そんなものはどうでもよかった。

一斉射撃フルバースト

 そして影人は両手の銃の引き金を引いた。両手の2丁の銃からシェルディア目掛けて黒い光線が放たれる。それに連動するかのように、周囲に浮かんでいた銃身も、黒い光線を発射した。 

 およそ200ほどの黒い光線が、一斉にシェルディアを襲う。普通の敵が相手ならば明らかにオーバキル。そうでなくとも、この攻撃を全てどうこうするのは不可能に近いだろう。それほどまでの攻撃の物量だからだ。

(さあ、どうでやがる化け物)

 目に映る少女の姿をしたモノを、この攻撃でどうこう出来るとは思っていない。この攻撃の目的はシェルディアの対応、その観察にある。影人はシェルディアの対応を見逃さないように、その目を細めた。

「はあ、少し面倒だけど・・・・・」

 シェルディアはため息を吐きながら、右手を平行に伸ばした。すると、右手の爪が少しだけ伸び――

 次の瞬間、シェルディアがその右手を振るうと、全ての黒線は切り裂かれていた。

(ッ!? マジかよ・・・・・・・・・・!)

 たった一撃。爪を無造作に振るっただけ。たったそれだけの事で、影人の攻撃は無に帰した。

「さて、2度ほど受け身の姿勢を取ってあげた事だから、次は私が攻めましょうかね」

(来るか・・・・・!)

 シェルディアがどこか嗜虐的に笑う。その笑みを見た影人は背中にゾワリとしたものを感じながらも、全力で身構えた。

「これを使うのもかなり久しぶりね」

 シェルディアは伸びた右手の爪を自身の左手に近づけた。そして何を思ったのか、シェルディアは右手の爪で自身の左の手首を切り裂いた。

「っ、何を・・・・・・・」

 影人が顔を疑問の色に染めながら言葉を漏らす。唐突な自傷行為。それほどまでに、シェルディアの行為は理解し難いものだった。シェルディアの手首からは鮮血が吹き出し、地面に流れ落ちている。

「行きなさい、私の血よ」

 シェルディアが笑みを浮かべながらそう呟くと、手首から流れた真っ赤な血が空中に浮かび流動し、影人の方に槍のように伸びてきた。

(なるほど、自分の血を操れるのか・・・・・・!)

 自分の方に凄まじい速度で伸びてくる血の槍。影人は思い切り地面を蹴って横方向へと飛んだ。血の操作。新たに分かったシェルディアの手札はそれだった。

「ふふっ、ダメよ逃げちゃ。どこまでも追ってくるから」

「ッ! チッ、追尾式か・・・・・!」

 その言葉通り、血の槍は再び影人の方へと向かって来た。どうやら迎撃しなければならないタイプのようだ。

 影人は虚空に獣のあぎとのようなものを召喚し、血の槍を噛み砕かせようとした。血の槍は液体というよりかは、固形化しているので砕けるはずだという考えに基づいての迎撃方法だ。

 影人が召喚した顎に血の槍が突っ込んでくる。タイミングを見計らい、影人は顎を血の槍に落とした。これで血の槍は噛み砕けるはずだ。

 ガキィィィィィィィィィィィィン! と顎が固形化した血の槍を挟む音が辺りに響いた。その音はまるで金属をハンマーで叩いたような、そんな音だった。

(よし、これであの血の槍は無力化できたな)

 影人はそう考え、次なる攻撃の手段を一瞬思考しようとした。近接、中距離、遠距離、まだまだシェルディアはいずれかの範囲で機能する手札を持っているかもしれない。

 次はどの距離からどんな攻撃をするか。影人がシェルディアに油断なく視線を向けていると、

「ああ、言ってなかったかもしれないけど、じゃ私の固まった血はどうにか出来ないわよ?」

 シェルディアが澄ました顔でそんな言葉を述べた。

 その言葉と同時に、影人の側面で何かが突き破ったような音が聞こえてきた。

 それは、血の槍が顎を貫いた音だった。

「なっ・・・・・・・!?」

 顎を貫いた血の槍が、真っ直ぐに影人に直行する。このままでは、血の槍は影人すらも貫くだろう。

「クソッ・・・・・・・!」

 血の槍を壊す事が出来なかった影人は、毒づきながら全速力で駆けた。あの血の槍の強度は思っていた以上のものだった。今の自分の攻撃で壊れないとなると、血の槍を迎撃するためには今の顎以上の攻撃が必要だ。

 だが、どの程度の攻撃で迎撃できるのか詳しくはまだ分からない。いや、そもそも影人の攻撃であの槍を壊せるかどうかも。ゆえに影人は、距離と考える時間を少しでも確保するために駆けた。

「ふふっ、無様な舞踏ダンスね。そうら、もっと踊りなさいな」

 縦横無尽に逃げ回る影人を滑稽そうに見つめながら、シェルディアは治癒していた左手首を再び右手の爪で切り裂いた。再び噴き出す血。そして、その血は新たな血の槍となり影人へと向かう。これで影人を追う血の槍は計2本となった。

(ふざけやがって・・・・・!)

 影人は増えた血の槍をどうにかしようと、虚空から複数の鎖を召喚した。鎖は影人を追って来る血の槍たちを縛りその場に止めようとする。

 鎖は血の槍たちを5秒ほどその場に止めたが、それらを完全にその場に縛り付ける事は出来ず、2本の血の槍は鎖を引きちぎって変わらず影人を狙って来る。

(やっぱ無理か・・・・・! この血の槍をどうにかしない限り、俺はどうもこうも出来ない。何か、何かあの血の槍をどうにか出来る方法はないか・・・・!? 考えろ、考えろよ帰城影人! でなきゃ死ぬぜ!)

 影人は血の槍から逃げ回りながら必死に、極限に集中し思考した。あるはずだ。この状況を切り抜ける事が出来る力が。その方法が。自分がソレイユから与えられたこの力ならばきっと。

(ッ! そうか、ならもしかするかもしれねえ・・・・・・・!)

 死が迫る極限下の思考。その思考の結果、影人の中にある方法が浮かんできた。

『おい影人! あの力なら――!』

(分かってるイヴ! 俺もいま思いついた所だ!)

 影人と同じ事を考えてくれていたのだろう。イヴが影人に語りかけてきた。イヴの言葉を聞いた影人は、イヴが自分と同じ結論に至った事を理解し、内心でそう言葉を返す。

『そうかい! なら準備してやる。!?』

(ああ、それでいい!)

 イヴの確認に影人が内心で頷くと、影人の両手にある力が宿った感覚がした。影人がこの力を使うのは、1度目の冥戦の時以来のはずだ。

(なら後はタイミングだけ・・・・・!)

 影人は滑るようにして立ち止まり、体を血の槍の方向に向けた。突然立ち止まった影人を見たシェルディアは、「あら、もう諦めたの?」と首を傾げていたが、違う。影人は諦めて立ち止まったわけでは決してない。

(ぶっちゃけ賭けは賭けだ。失敗すりゃ、即死する可能性もある。だが、やらなきゃどっちみち死ぬかもなんだ。なら、やるしかねえだろッ! 今回も伸るか反るか、やってやる!)

 影人は全ての神経を集中させ、自分に向かって来る2本の血の槍を見た。このまま何もしなければ、2秒後には影人は血の槍に貫かれるだろう。

 極限に集中した中、目に映る光景がスローモーションに映る。眼を闇で強化した結果の光景だ。影人はその視界の中、体を少しのけぞらせた。すると2本の血の槍が影人の側をギリギリで通った。

(ここだ・・・・・!)

 影人はその瞬間をチャンスと捉え、腕を交差させて槍を掴んだ。一応手も硬化させているので、槍を掴んでも負傷しはしない。影人は槍のスピードで思い切り後ろに倒れそうになる体をなんとか堪えさせ、槍を掴み続けた。

 その結果、2本の血の槍は黒いヒビが入り砕け散った。

「あら・・・・・・」

 その光景を見たシェルディアは、少し驚いたような顔を浮かべた。

(・・・・・へっ、何とかなったな。取り敢えず、賭けには勝って生き残れたぜ・・・・・・・・・)

 2本の血の槍を砕き壊した影人は少しだけ息を吐いた。どうやら、自分の選択肢は正しかったようだ。

「なるほど、『破壊』の力ね。そういえば、あなたはそれも使えるんだったわね。確かに、その力なら強度に関係なく全てを壊せる。私の固まった血の武器すらも。うん、いいわ。土壇場でのその判断。それをやってのける度胸。やはりあなたは強い。その力もだけど、真に強いのはその精神力ね」

 シェルディアが影人の使った力を看破する。確かに影人は両手に『破壊』の力を宿し、槍を破壊した。シェルディアの観察眼は確かだった。

「・・・・・てめえの俺に対する評価なんざどうでもいい。その上から目線に澄ました顔。俺がこの力で壊してやるよ」

 シェルディアを睨みながら、影人は右手に再び『破壊』の力を宿しシェルディアにその指を突きつけた。いける。『破壊』の力はシェルディアに通用する。

「強気ね。いいと思うわ。そういう強気な態度は好きよ。戦いとは、全ての力のぶつかり合い。そこには当然、意志の力も含まれる。強気な態度は意志の表れ。戦う者は今のあなたのように強気であるべきだと私は思うわ」

 シェルディアは影人に自分の考えを述べると、こう言葉を続けた。

「ふふっ、あなたレベルなら、私も久しぶりに戦いを楽しめそう。だから、少しだけ本気になってみましょう。スプリガン、願わくばあなたがすぐに戦闘不能にならない事を祈るわ」

 シェルディアがになったその瞬間、影人はシェルディアから凄まじい何かを感じた。

(ッ!? 何てプレッシャーだ・・・・・・! あいつから闘気のようなものが立ち上ったのを感じる。分かってはいたがこいつは格上だ。俺が今まで戦ったどんな奴よりも、ぶっちぎりで最強の存在だ・・・・!)

 影人は反射的に身構えてしまった。背中から冷や汗が流れ出るのを感じた。影人の本能が警告しているのだろう。シェルディアと戦うのはマズイと。

 だが、関係はない。本能を上回る意志と精神力が今の影人には満ちている。この闘志は絶対に折れない。帰城影人という自分自身に誓って、影人は闘志と殺意や怒りといった負の感情を更に高めた。


 ――真の死闘は、真の絶望は、真の地獄は、これよりその花を咲かせる。その事を、この時の影人はまだ知らない。

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