第162話 シェルディアとスプリガン
(ッ・・・・・! 今の凄まじい力の気配は・・・・・・・)
箒に乗って移動していたキベリアは、凄まじい力の揺らぎを感じた。尋常ではないその力の気配を、キベリアは知っている。これは、シェルディアの究極無比たる
(という事は、シェルディア様は目的を果たしたみたいね。なら、私の仕事はもう終わりか・・・・・)
キベリアは軽く息を吐いた。どうやら、やっとこの面倒な役割を終える事が出来るようだ。
(後は適当に撤退して、また腕輪をつけて力を封印すれば・・・・・・)
「このっ・・・・・! 急に逃げ出すなよ、オバさん!」
キベリアがそんな事を考えていると、後方から苛立つような声が聞こえてきた。エメラルドグリーンのフードを被った光導姫――暁理だ。暁理は箒に乗ったキベリアをかなりの速度で追っていた。
「ふん、私がどんな行動をしようと勝手なのよ。3の雷、雷鳴の矢と化す」
キベリアはチラリと後方を向くと、自分の周囲の空間から5本の雷の矢を放った。
「ッ!? チッ・・・・!」
暁理は軽く舌打ちをすると、その5本の矢を全て回避した。暁理が回避した事によって、必然雷の矢は更に後方へと流れていく。
「悪い『騎士』、『芸術家』! 攻撃流れたよ!」
暁理が自分の後ろを走る光司、光司の後ろを走るロゼに忠告した。暁理から忠告を受けた光司は、了解したといった感じで首を縦に振る。
「『芸術家』、回避できますか!?」
「はあ、はあ、はあ・・・・・・わ、悪い。少し難しいかな・・・・・・・・!」
光司の言葉に、ロゼは息切れしながらそう答えた。光導姫形態なのに、息切れをする光導姫とはかなり珍しいが、ロゼは光導姫としてかなり特殊だ。ロゼの光導姫としての力は、殆ど全てその特殊な能力に力のリソースを割いている。ゆえに、ロゼの身体能力や体力は、正直常人より少し高い程度のもので、キベリアの攻撃を避ける事はかなり難しいのだ。
「分かりました。では、少しだけ失礼します!」
「おっと」
光司はそう言葉を放つと、自分の後ろにいたロゼの所まで走り、左手でロゼの腰を抱き上げた。右手は剣を持っているので片手でしかロゼを持ち上げる事は出来なかったが、守護者形態である光司には片手だけでも持ち上げるのに充分だった。
「ふっ・・・・・・!」
ロゼを左手に抱き上げた光司は、ロゼに雷の矢が決して当たらないように攻撃を全て回避した。
「ありがとう、ムッシュ。正直、私だけでは避けられなかったと確信しているよ」
「いえ。回避のためとはいえ、急にあなたの体に触れてしまった事を謝罪します『芸術家』。それよりと言っては失礼かもしれませんが、絵の進捗はどうですか?」
ロゼを抱えたまま走る光司は、ロゼからの感謝の言葉に逆に謝罪するとそんな質問をした。光司からそう質問を受けたロゼは、自分が左手に持っていたキャンバスを見つめながらこう返答した。
「悪いがまだ2、3割といったところだよ。最上位闇人を視るのは初めてだが、中々本質が込み入っている。スプリガン・・・・・彼よりかは幾分ましだが、本質が視にくい」
ロゼのキャンバスには、何冊かの分厚い本が描かれている。この分厚い本はおそらくキベリアの知識欲を表しているのだろうが、今のロゼに描けたのはまだこれだけだった。
「そうですか・・・・・・・あなたの絵さえ完成すれば、こちらの勝ちは確定しますが、相手は最上位闇人、やはり一筋縄ではいきませんね」
「申し訳ない。時間さえもらえれば必ず仕上げてみせるが、まだかなり時間は掛かると思う。更に言うなら、絵を描いている間の私は守ってもらって戦えもしない、光導姫とは名ばかりの一般人に等しいからね。本当に迷惑をかけるよ」
「迷惑だなんて思ってもいませんよ『芸術家』。あなたは、そのあなた以外には決して扱えない能力を以て、光導姫ランキング7位まで駆け上がった人物です。僕はそんなあなたを信頼しています。それはおそらく、光導姫アカツキもですよ」
「そう言ってもらえるとありがたいよ。では、私も期待に応えなくてはね」
ロゼと光司がそんな言葉を交わしてる間にも、光司たちの前を走る暁理とキベリアは攻防を掛け合っていた。キベリアがナイフを創造して暁理に放つが、暁理は今度は出来るだけ光司たちの方に流れないように、そのナイフを剣で弾いていた。
「お返しだ、これでも喰らいなよオバさん!」
暁理は地面に転がっていた少し大きめの石を、サッカーボールを蹴るかのように思い切り蹴飛ばした。今の暁理は光導姫形態。蹴りの威力はプロのサッカー選手をはるかに凌駕する。そんな暁理が蹴飛ばした石は、まるで弾丸のようにキベリアへと飛来した。
「アホ。私の箒捌き舐めない事ね。そんな石ころ当たるもんですか」
だが、キベリアはひょいと箒を動かしてその攻撃を避けてみせた。その程度の攻撃に反応できない自分ではない。
「へえ、そう。なら、これも避けてみなよ! 風の
暁理がニヤリと笑ってそう呟くと、暁理の周囲と剣に風が集まり始めた。暁理は剣に風が集まったのを確かめると、その剣を振るった。
キベリアと暁理の距離はまだ10メートルほど離れていた。普通に考えれば、剣が届くはずはない。しかし、暁理のこの技は風に乗せて斬撃を飛ばす。ゆえに、その一撃は飛ぶ斬撃となってキベリアを襲った。
「ッ!? 生意気なッ・・・・・!」
キベリアは背後から飛ぶ斬撃が迫って来たのを確認すると、回避のために箒を動かそうとした。だが完全には避けきれず、箒の穂先の一部分が斬撃によって切り飛ばされた。その事によって、箒のコントロールを失ったキベリアは空中にその身を投げ出される。
「ちっ・・・・・!」
「隙ありだ・・・・・・!」
チャンスと捉えた暁理が、風の旅人状態の凄まじい速度のままキベリアに向かって肉薄した。暁理はそのまま空中で身動きが取れないはずのキベリアに剣を振るった。
「1の炎!」
「ッ!?」
しかし、キベリアは左手を振るい暁理に向かって炎を放った。暁理は仕方なく攻撃のモーションを途中でキャンセルし、バックステップした。キベリアはその間に箒を呼び戻し、右手で箒を掴んだ。
(さてと、だいたい元いた場所から1、2キロは離れたわね。なら、もう大丈夫でしょ)
右手で箒を掴み、地上に降りたキベリアは元いた場所から充分に離れた事を確認すると、こちらを睨んでくる暁理、更に暁理に追いついて来た光司と、光司の手から降ろされたロゼに視線を向けた。
「何でいきなり逃げ出したのか知らないけど、もう逃がさないよ」
地上に降り立ち止まっているキベリアに向かって、暁理が剣を向けて来る。光司もロゼを守るようにキベリアに剣を向ける。そのロゼは、キベリアをジッと見つめては、キャンバスに筆で何かを描いていた。
「・・・・・・残念だけど、それは無理よ。10の空間、我を定まった座標へと跳ばせ。じゃあね」
結局、キベリアはロゼがいったい何をしているのか分からなかったが、今回はその疑問の解決は放棄した。そして、キベリアは空間転移の魔法を行使する。キベリアを中心として空間が歪み、キベリアはその場から姿を消した。
「は・・・・・? え、逃げた・・・・・!?」
「っ・・・・・・・? いったいなぜ・・・・・」
「ふむ、これは不可解だ。いったい彼女は、何のために出現し急に撤退したのだろうね」
後に残された暁理は、肩透かしをくらったような表情を浮かべ、光司も疑問が残るようにそう呟く。唯一、ロゼだけが興味深そうに何かを考えているようだったが、その答えは恐らく出ないだろう。
3人は、その場でしばらくキベリアが突如として撤退した謎について考えさせられた。
『影人今すぐ逃げろ!』
『影人今すぐ逃げてください!』
影人が呆けたようにその思考を一時的に破棄していると、イヴとソレイユ、2人の言葉が影人の内側に響いて来た。
『影人こいつはヤバい。ヤバすぎる! まさかてめえの隣人がこんな怪物だとは想像もしなかったぜ! ありゃ人じゃねえ。人の姿をした化け物だ! クソッ、「世界」の顕現だと・・・・・? 冗談キツイぜ・・・・・・・・!』
『あなたの目の前にいるのは人の理を外れたモノです! 「真祖」たる吸血鬼、シェルディア。彼女の力は現在のレイゼロールを遥かに凌ぎます! 「世界」は一種の異界空間、私も転移の手出しは出来ません。影人、何とか、何とかそこから逃げてください! 絶対に、彼女と戦ってはいけません!』
イヴとソレイユは続けて影人に必死に警告の言葉を発した。両者の声は今まで聞いた事もないほどひっ迫していた。
「・・・・・・・・・・」
だが、そんなイヴとソレイユの全力の警告を受けても、影人は目の前にシェルディアが現れた事に対する驚きから立ち直れなかった。
「? そんなに驚いた顔をしてどうしたのかしら。私はあなたを見ていた事はあるけど、さっきも言ったように、直接あなたと会うのは初めてなのだけれど・・・・・・ああ、それともこの『世界』に驚いているのかしら。まあ、確かにこれを出来るのは私を含めて数えるくらいしか出来ないでしょうし、驚いても仕方ないわね」
シェルディアは影人が、スプリガンが驚いてる理由について勝手にそう納得した。そして、シェルディアは丁寧に、語りかけるように『世界』についての説明を始めた。
「これは『世界』と呼ばれる
シェルディアの説明は、はっきり言えば難解であった。しかし、そんな説明は影人にとってはどうでもよかった。確かにこの『世界』は驚くべきものだが、問題はシェルディアが何者であるのかという事だ。
「・・・・・・・・・・あんたは・・・・・・・いったい何者なんだ?」
ようやく少しは放棄していた思考が戻った影人が、シェルディアにそう問いかける。掠れたような声で。呼び方も、「嬢ちゃん」とは呼ばずに「あんた」と他人行儀に、どこか無礼にそう呼んだ。
「私? そうね、先ほどの言葉だけじゃ分かりにくかったかしら。そして、私にそう聞くという事は、あなたは私と同じ存在ではないのね」
まさか、目の前にいる謎の怪人の正体が隣人たる少年とは微塵も思っていないシェルディアは、その問いかけに1つ答えを得たように首を縦に振った。
「まず勢力で言えば、私はレイゼロールの所に属している事になるわ。『十闇』とは、最上位闇人たちの事を基本的に指すのだけれど、私はその中において唯一の例外よ。闇人たちはレイゼロールによって人ならざる者になった存在だけれど、私は違うわ。私は元から人ではないモノ・・・・・・・純粋なる人外とでも言えばいいかしら?」
「ッ・・・・・・!?」
シェルディアからその事を聞いた影人は、再びその顔を驚きに歪めた。だが、今度はその驚きの中に絶望の色が含まれていた。
「【あちら側の者】、そう呼ばれる事もあるわ。或いは吸血鬼とも。でもまあ、こちらの世界の伝承や話にあるような弱点は殆どないわ。太陽は少しだけ苦手だけど。あと補足しておくとするなら、不老不死という事くらいかしら」
続くシェルディアの言葉は、影人に更なる衝撃と絶望を与えるものだった。吸血鬼。伝説や怪奇小説などに出てくる化け物が、影人と、影人の家族が今まで接していた少女の正体なのだという。本心ではそれを否定したい影人だったが、このような馬鹿げた光景を展開しているシェルディアをただの人間と擁護する事は、もう不可能であった。
(ははっ・・・・・・・何だよ、これ。何だよそれ。嬢ちゃんがレイゼロールの味方で、吸血鬼? こいつは悪い夢か? 俺がたまたま出会って、仲良くなって、今は隣に住んでる嬢ちゃんが、そんな存在だったなんてのはよ・・・・・・・・ああ、何て滑稽でクソみてえな現実だ・・・・・・)
まるで時が止まったかのような感覚に陥りながら、影人は内心で壊れたように嗤った。シェルディアと出会い、今まで自分の中にあったシェルディアとの思い出が壊れていく。彼女と今スプリガンとして対峙している現実だけが、ただ純然とそこにある。この対比が、影人の心に更なるダメージを与える。
『おい影人! 馬鹿みたいに突っ立ってる場合かよ!? 今は逃げる方法だけを考えろ! 何か、何かあるはずだ! この「世界」から抜け出す方法がよッ!』
『影人、行動を起こす時は慎重に、慎重にです! シェルディアは気まぐれな怪物。上手くあなたが立ち回れば無傷で帰れる可能性も充分にあります! ただ先ほども言いましたが、彼女と戦うという選択肢だけは絶対に避けてください! でないと、でないとあなたは・・・・・!』
未だに何の行動も起こさない影人に対し、イヴは苛立ったように余計に焦ったように叫びを上げる。一方、シェルディアの事を多少知っている様子のソレイユは影人に対しそうアドバイスをしてきた。
「・・・・・・・・・そんなあんたが、俺にいったい何のようだ? レイゼロールに言われて俺を殺しにでも来たか・・・・・?」
影人はイヴとソレイユの言葉を無視しながら、シェルディアにそう問いかけた。
「いいえ、決してそうではないわ。私があなたに会いたいと思ったのは、私があなたに興味を抱いているから。そこにレイゼロールは関係ないわ。まあ、レイゼロールにはあなたを殺せと言われたけど、私があの子の命令に従う義理はないしね。私とレイゼロールは対等なのよ」
シェルディアは影人の問いかけに首を横に振ると、笑みを浮かべてこう言葉を続けた。
「だから、私とお話してくれないスプリガン。光と闇の戦いに突如として現れた謎の怪人。私はあなたの事が知りたいの。あなたの目的は? あなたの正体は? あなたの力は? あなたに対する疑問は尽きないわ。でももし、あなたがどうしても答えたくないというのなら――」
シェルディアがその場合について言葉を紡ごうとすると、シェルディアの左頬を黒いナイフが掠めた。
その結果、シェルディアの左頬からスゥと一筋の血が流れ出た。
「あら・・・・・・これは、何のつもりかしら?」
シェルディアは左手で今できた傷に触れ自分の血を見つめると、少しだけ冷たい声で、自分にナイフを投擲してきたスプリガンにそう聞いた。
「・・・・・・・・・何のつもりもない。失せろよ化け物が。お前らみたいな人外と話す事なんて何もないんだよ」
右手でナイフを投げるモーションを取っていた影人は、底冷えのするような暗い声でそう吐き捨てた。声だけではない。その金色の瞳も、凍えるように冷たかった。
『バカてめえ正気か影人!?』
『影人いったい何をしているんですか!?』
影人がシェルディアを攻撃した事に、イヴとソレイユは信じられないといった声を上げる。しかし、そんな声はどうでもいい。
(はっ、まただ。また俺は化け物に・・・・・・・・ああ、どうしてこうなんだろうな。いつだって、世界ってやつは、どこまでも残酷に出来てやがるんだ)
影人は自分の記憶の奥底――自分の精神世界の奥にあった、あの禁域の鎖が緩むのを感じた。シェルディアの存在は、どうしてもアレとアレにまつわる記憶が想起される。
(嬢ちゃんが、いや・・・・・・こいつがアレと同じ化け物だってんなら・・・・・・・・)
シェルディアの事をこいつ呼ばわりした影人に、もう情は残っていなかった。既に影人の中のシェルディアと過ごした記憶は壊れている。今の影人にとって、シェルディアは明確な、排除すべき敵だ。
「・・・・・・消えろ、2度と俺の前に現れるな。もし、消えないっていうんなら・・・・・・」
影人はシェルディアを睨みながら、殺意を乗せこう言葉を放った。
「・・・・・・・・・俺がお前を殺す」
それは本気の言葉だった。いま影人は、シェルディアに純粋なる殺意を最大限まで抱いていた。でなければ、守れないかもしれないから。あの人としたあの約束を。自分があの時に絶対に守っていくと誓った自分の大切な家族を。影人の頭に光導姫や守護者のためなどという言葉はない。影人はただ私情で、シェルディアに殺意を抱いていた。
物語の優しい普通の主人公ならば、例えこういう状況でも戸惑うだけで歩み寄ろうとするかもしれない。そこに思い出があるのなら尚更、仲が良いのならば更に尚更。対話の精神が存在するかもしれない。
だが、帰城影人という少年は確かに普通の少年ではあるが、そういった箇所はもう既に壊れていた。だから帰城影人は、こういう状況で思い出などを全て捨て去り殺意を抱けるのだ。でなければ、大切なものを守れないかも知れないと知っているから。
「・・・・・・・随分と嫌われてしまったものね。でも、まあいいわ。あなたがその気だというのなら・・・・・・・・・あなたを負かした後で色々と聞いてみましょう。来なさい、スプリガン。あなたと戦ってあげるわ。この私を殺してみなさい。出来るものならば」
スプリガンから殺しの宣言を受けたシェルディアは、酷薄な笑みを浮かべ両手を広げた。どうやら、退却はしないようだ。
「・・・・・ああ、やってやるよ。必ずてめえを殺すぜ。クソガキ」
「思っていたよりも口が悪いのね。あまり調子に乗らない事ね。でないと、うっかり殺しちゃうかもしれないから」
スプリガンとシェルディアは互いに闘気と殺気を高めながら、そう言葉をぶつけ合う。
シェルディアとスプリガンの戦いが、遂に始まろうとしていた。
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