第161話 約束された答え合わせ

「・・・・・・・・・・・・・」 

 この世界のどこか。辺りが暗闇に包まれた場所。石の玉座に掛け、両目を閉じた1人の女がいた。長い白髪に西洋風の喪服を纏ったその女の顔は凍ったように美しかった。 

(・・・・・・・ロンドンで5つ目のカケラを吸収して2週間。何か感じるものが出てきたな。今はまだ漠然としか分からないが、おそらくこれは・・・・・・・残りのカケラの気配)

 レイゼロールがスッとそのアイスブルーの目を開けた。レイゼロールの見えない知覚には、大きな闇の気配が感知されている。ただ大きすぎてこの世界のどこにあるのかはまだ分からない。

(ふむ・・・・・・半数のカケラを吸収した事によって、知覚にも変化が生じたと考えるのが普通だな。カケラは元々我の力、それが結晶化したもの。ゆえにその存在を感じ取れる事は不思議ではないが、要因はそれだけではない気もする。あの忌々しい老神が、カケラに掛けた隠蔽の力も弱まっているかもしれん)

 過去に自分の力の大半をカケラとして結晶化させ、それを10のカケラに砕いた神――長老と呼ばれる神はカケラに隠蔽の力を掛けていた。そのため、レイゼロールは最近に至るまでカケラを見つける事が出来なかった。

 しかし、ここ最近になってカケラを見つけ出せるようになって来たのは、その力が弱まっている可能性が高い。でなければ、最近のカケラの集まり具合に説明がつかないからだ。

(・・・・・・・・もう少し時を置けばこの闇の気配の元の場所を特定できる気がする。それまでは、今まで通りエネルギー収集だけに焦点を絞るか。響斬からもたらされたカケラに関する噂の情報もあと数件は残っているが・・・・・・・・それはまだ様子見に止める)

 もしも、この気配が自分が思っている通りカケラの気配でそれを回収出来たのならば、もう響斬の活動も意味を成さなくなる。その時は響斬をここに戻すか、レイゼロールがそんな事を考えている時だった。

 レイゼロールの正面――その地面に周囲の暗闇と同化するように闇が生じ、突如としてそこからスッと1人の少女が飛び出るようにその姿を現した。

「こんにちは、と言っておくべきかしらね。レイゼロール」

「っ・・・・・・シェルディアか」

 その少女の姿をしたモノの急に過ぎる出現に、レイゼロールは少しだけ驚いた。

「・・・・・・・・何の用だ。それとも何かの気まぐれにでも戻ったか?」

「どっちも、って所かしら。ああ、一応あなたに会ったから言っておくわ。5個目のカケラが見つかってよかったわね。おめでとう」

 訝しむようにシェルディアにそう問うたレイゼロール。シェルディアはその問いかけに、軽く笑みを浮かべながらそう言った。

「・・・・・前に言ったはずだ。貴様からの祝福は恐怖でしかないとな。それよりも、はぐらかすなシェルディア。お前が我の前に姿を現した理由は何だ?」

「まあそう急かないでよ。まずは世間話でもしましょう。そうだ。新しく帰って来た子はいる?」

 少し声を厳しいものにしながら再びそう質問したレイゼロールだったが、シェルディアはまた悠然と微笑むだけだった。そんなシェルディアを見たレイゼロールは、仕方なくそのペースに付き合う事にした。

「・・・・・・・・・お前が知らない間で言うと、ゾルダートとダークレイが帰って来た。これで残るは、実質ゼノだけだ。フェリートはゼノを捜しに行っただけだからな」

「へえ、あの子たち帰ってきているの。後で顔でも見ましょうかね」

 ゾルダートとダークレイの帰還を聞かされたシェルディアは少し驚いたような表情を見せた。この期間の間に2人も帰って来ているとは、シェルディアも思っていなかったからだ。

「元光導姫で今は闇人のあの子は色々と気難しいけれど、挨拶くらいは受けてくれると思いたいわね」

「・・・・・・・・・・」

「分かったわよ。話してあげるから、そんなに睨まないでちょうだいな。全く、せっかちね」

 無言で自分を見つめてくるレイゼロールに軽く肩をすくめたシェルディアは、レイゼロールに自分の用件を告げた。

「今夜、私はキベリアを使って罠を仕掛けるわ。スプリガンを誘き寄せるための罠をね。だから、手出しはしないで。今日はそれを言いに来たのよ」

「ッ!? キベリアを使った罠だと・・・・・? なるほど、キベリアを囮にする気か・・・・・・・」

 その言葉に、レイゼロールが衝撃を受けた顔になる。スプリガンが現れる場所は決まっている。それは光導姫や守護者、闇奴や闇人が戦う戦場だ。

「ええ。じゃ、そういう事だから。くれぐれもお願いね。用は済んだし、後はあの子たちに挨拶でも――」

「どういうつもりだ、シェルディア。今まで仕掛けなかったお前が、なぜこのタイミングで仕掛ける? それに、わざわざ我に予告をしていくのも引っかかる。お前らしくない。・・・・・・我にはそう思えるがな」

 自分の前から去ろうと背を向けたシェルディアに、レイゼロールはそう語りかけた。

「・・・・・・・・あら、あなたもそう言うのね。キベリアにも言われたけど、そんなにかしら」

 シェルディアはクスリと笑うと、再びレイゼロールの方に振り向いた。

「なら、私が変わったのでしょう。私がキベリアを囮にスプリガンを誘き寄せようと思ったのは、最初は焦りや戸惑いからだったけど、今は違うわ。これは私が変わったという1つの区切り。そのための行動よ」

 そして、シェルディアは暖かな、どこか吹っ切れたような笑みを浮かべ、レイゼロールにそう言葉を放った。

「・・・・・どういう・・・・・ことだ・・・・・・・・?」

 レイゼロールが珍しく、本当に珍しく呆然とした顔になる。それくらい、シェルディアがいま言った言葉は衝撃的で理解の範疇を超えたものだったからだ。

「ふふふっ、あなたのそんな顔を見るのは初めてかもね、レイゼロール。そんなに驚いてもらえるのなら、言った甲斐があったというものね」

 シェルディアはレイゼロールを見ておかしそうに笑うと、こう言葉を続けた。

「まあ、あなたの驚きは分からないでもないわ。あなたとの付き合いも随分長い。私がこんな事を言うなんて想像もしていなかったでしょう。一応言っておくと、私も驚いてるのよ? 私自身がこんな事を言っている事にね」

 シェルディアは首を傾げながら自分を指差した。その仕草は、小さな少女が分からないと感じているジェスチャーに似ていた。

「何があった・・・・・? お前が東京にいる間にいったい何が・・・・・・・・・・」

 レイゼロールがその変化の理由を、そのきっかけをシェルディアに問いかける。その顔は未だに驚きと疑問が混じったままだ。

「そうね・・・・・一言で言えば、ある人間との出会いかしら。その人間の近くで色々と関わり生活していたら、今の日常が楽しくて愛しくなってしまった。気がつけば、以前まで感じていたようなどうしようもない、虚無に近かった退屈感はほとんど消えていたわ。・・・・・・・・こういうの、経験があるんじゃないレイゼロール?」

「っ・・・・・・・・」

 シェルディアはそう答え、意味深にレイゼロールを見つめて笑った。レイゼロールはそのシェルディアの言葉の意味を理解し、その顔を少しだけ歪ませた。

 シェルディアはレイゼロールの過去を知る1人だ。ゆえに、シェルディアはあの人間の事を知っている。レイゼロールが唯一心を許したあの人間の事を。

「まあ、私はあなたと共にいた人間の事を伝聞で聞いただけだから、詳しい事までは分からないけど。あなたがその人間に並々ならない感情を抱いていた事は知ってるわ。なにせ、あなたは禁忌を犯してまでその人間を蘇らせようとしたのだから。ある意味でも、あなたはその人間によって変わった。そして、私もある人間によって変わった。過去のあなたと同じよ」

 そこまで言うと、シェルディアは少しだけ戯けたような口調になりこう話を締め括った。

「だから、スプリガンと直接邂逅するのは私の区切りなのよ。今までの退屈に支配されていた私と、退屈だと思っていた変わり映えしない日常を愛しく思っている今の私との区切り。あ、でも勘違いはしないで。私は別に面白いものや興味を惹かれるものは依然好きだし、スプリガンもやっぱりとても気になるから。今回はそこにいま言ったような理由を足しただけよ」 

 どこまでも楽しそうに、自由に笑うシェルディア。レイゼロールはシェルディアがこのように笑う姿を初めて見た。

「そう・・・・・・か。確かにお前は変わったようだな。少なくとも、少し前までのお前ならそんな事は絶対に言わなかっただろうし、そんな風には笑わなかった。ふっ、まさかお前が人間を原因として変わるとはな」

「私も思ってもいなかったわよ。全く、生きていると何が起きるか分からないものね」

 少しだけ口角を上げたレイゼロールに、シェルディアはやれやれといった感じで首を横に振った。

「・・・・・取り敢えず、お前の話は分かった。キベリアを囮とした罠に手は出さない。だが、やるのならば、戦うのならば、しっかりと奴を殺せ。・・・・・・・・まあ、お前は気まぐれ。更には『十闇』というカテゴリーに属しているも、お前は特別で我と対等だ。我の命令を聞くかはお前次第だが、一応言っておく」

 レイゼロールはシェルディアに手は出さない事を約束しつつも、そう釘を刺した。レイゼロールの理想はシェルディアが自分の邪魔者であるスプリガンを殺す事。そうなれば、レイゼロールの懸念の種は1つは消える。

「気が向いたらね。彼の方から仕掛けてきたり、彼が不快極まるような人物であれば、殺しちゃうかもしれないけど。今のところは分からないわ。そもそも、戦うかどうかも分からないしね」

 レイゼロールの言葉に曖昧な答えを返しながら、シェルディアは暗闇の中へと消えて行った。

「・・・・・・・・せいぜい、今は輝いている日々を大切にしろ。その日々は、いつかは必ず別れが来るものなのだからな・・・・・・・・」

 シェルディアが消え去った暗闇を見つめながら、レイゼロールは小さな声でそう呟いた。その呟きには、どうしようもないほどに実感が込められていた。














 ――そして、時は夜を迎えた。9月21日金曜日、午後8時過ぎ。東京郊外、山の近くの開けた土地。辺りには目立った建造物の姿は見えない。そんな場所に1人の女性が立っていた。

「はー・・・・・・・面倒くさい。何で私がこんな事を・・・・」

 短い赤髪にスレンダーな見た目の、魔女のような服装をした女だ。その女――魔法によって姿を変えたキベリアは大きくため息を吐いた。

 キベリアはいま力を解放して光導姫や守護者、そしてスプリガンを待っている。キベリアが力を解放して3分ほど。おそらくもう少しすれば、光導姫や守護者がやって来るだろう。

(シェルディア様は光導姫や守護者が現れたら、時間を稼ぎつつ違う場所に移動しろって言ってたけど・・・・・・完全にスプリガンが現れる前提で、楽しむつもりね。万が一にでも邪魔が入らないように。全く、嫌になるわ。でもまあ、怖いから従うんだけどね・・・・・・・・)

 キベリアが視線を周囲に向ける。周囲にはキベリア以外誰もいないように見えるが、実は違う。この近くには、もう既に。キベリアはその事を知っていた。

「・・・・・・・・来たか」

 それから2分ほど。キベリアが箒に座りながら待っていると、複数の足音が聞こえ3人の男女がキベリアの前に姿を現した。

「やあ、。久しぶりだね」

「・・・・・口の聞き方には気をつけなさい。じゃなきゃ、今度はないわよ。クソガキ」

 その内の1人――エメラルドグリーンのフードを被り、右手に壮麗な剣を持った光導姫がキベリアに向かってそう言ってきた。その光導姫は、以前キベリアと戦った光導姫の内の1人だ。

「ふむ、初手から挑発とは彼女は中々好戦的だね。いいね、闘志を感じるよ」

「光導姫アカツキは頼りになる方ですよ、『芸術家』。僕は彼女とは、前にこのキベリアを敵として共闘していますから、彼女の実力をよく知っています」

 アカツキの言葉に続くように、頭にベレー帽を被り黒い腰エプロンを掛けた光導姫――光導姫ランキング7位『芸術家』ロゼ・ピュルセと、白を基調としたどこかの王子然とした格好の守護者――守護者ランキング10位『騎士』の香乃宮光司がそんな言葉を述べる。

「そっちのあなたも前に戦った子ね。だけど、1人は違うのわね。あなたと会うのは初めてかしら。水色の髪の子」

こんばんはボンソワール、魔女よ。お初目にかかる。私はしがない芸術家。今宵、君の本質を描き出す予定の者だよ」

 キベリアがその視線をロゼと光司の方に向ける。キベリアの言葉を受けたロゼはそんな言葉をキベリアに返した。

「私の本質を描き出す・・・・・? 言っている意味はよく分からないけど、いいわ。3人まとめてかかって来なさいよ」

 キベリアは目を細めてそう促した。戦いが始まらなければ、シェルディアの命令は果たせない。

「言われなくてもやってやるよ。さあ、やってやろうぜ『芸術家』、『騎士』。あのオバさんに吠え面かかせてやろう」

「了解したよ、アカツキくん。じゃ、私は事前に言っておいた通り下がらせてもらう。私の能力はさっきも言ったようにかなり特殊だからね。――来たまえ、私のキャンバストワール

 ロゼはそう言って、アカツキと光司の後ろに下がった。そして何事か言葉を呟くと、虚空から現れたキャンバスを左手で掴んだ。

「では光導姫アカツキ。僕は全力で光導姫『芸術家』を守ります。『芸術家』の絵が完成するまで、僕たちで頑張りましょう。・・・・・・それと、もし間違っていたらすみませんが、気が立っているようなら、今は少し抑えた方が賢明かと。でなければ、危険ですから」

「っ・・・・・忠告ありがとう。ごめんよ、ちょっとプライベートで最近気が立っててさ。全く、何であいつは・・・・・・・・っと、しまった。悪い、今度こそ切り替えるよ。僕もまだ死にたくないしね」

 ロゼを守るように並んだ『騎士』とアカツキ。光司の忠告にそう言葉を返した暁理は、頭の中にいた前髪の長い少年の事を頭から消しながら、意識を切り替えた。

「6の鋼、全てを圧する御手みてと化す。・・・・・・・はあ、やるか」

 キベリアは魔法を使い、虚空から巨大な鋼の手を召喚した。そして、ボソリとそう呟くと、その手を光司や暁理の方へと襲わせた。

 それが、偽りの戦いの合図となった。














(・・・・今のところは問題ないな)

 キベリアとロゼたちの戦いが開始して10分ほど。その戦いを、姿観察していた影人は内心でそう呟いた。

 ソレイユから東京郊外に最上位闇人が出現したとか聞かされた影人は、いつも通り万が一のためにと影から見守る事を頼まれた。そして、影人はソレイユの転移によってこの場所にやって来たのだが、いかんせんこの場所は影人が身を隠せるような場所が近くになかった。ゆえに影人は、少し離れた場所から姿を透明にして、戦いを観察する事にしたのだった。

(しかし・・・・・キベリアがこのタイミングで出現した理由はいったい何だ? また前みたいに俺を釣る事か? だが前回あいつは俺・・・・っていうかお前がボコボコにしたしな、イヴ?)

『ああ、だいぶ虐めてやったぜ。あん時はスッキリしたな。だが、あいつがまた現れた理由なんか俺も知らねえよ。前はレイゼロールが足止めのために、あの山に連れて来たみたいだが、今回はレイゼロールの奴の姿も見えねえしな』

 キベリアの出現の意図を疑問に思った影人が、スプリガンの力の意思たるイヴにそう語りかける。だが当然の事ながら、イヴもその疑問の答えは知らない。ちなみに、キベリアが釜臥山に現れたのはシェルディアが原因だが、イヴはその事を知らないのでそう誤解していた。

(まあ、そうだよな。なら、他に考えられる可能性は・・・・・・・)

 影人が戦いを見守りながら、キベリアが出現した意図について更に考えようとすると、戦いに動きがあった。キベリアが大幅に後方へと後退し始めたのだ。近距離戦が主体であろうエメラルドグリーンのフードを被った光導姫と光司は、後退するキベリアと距離を詰めようと、キベリアに向かって走る。2人の後方でキャンバスに筆で何かを描いていたロゼも、離れすぎるのは自分にとって良くないのか移動を開始した。

(っ・・・・・キベリアの奴が後退した事で、戦場の位置が少し変わっちまったな。さすがにこれだけ離れてたらいざという時ヤバいし、俺もちょっと移動するか)

 今の影人のいる場所と、キベリアたちのいる戦場の距離はおよそ200メートルほどだろうか。キベリアはなおも箒に乗りながら、かなりのスピードで移動しているので、影人との距離は更に離れつつある。別に、スプリガンの視力ならばここからでも戦いを観察する事は可能だが、離れ過ぎはデメリットの方が大きい。ゆえに、影人はキベリアたちにもう少し近づこうと、透明のまま一歩を踏み出した。

 音は消していなかった。遠く離れ戦っているキベリアやロゼたちが、この小さな音に気がつくはずがない。慢心でも何でもなく、ごく普通にそう思いながら影人は一歩を地面に刻んだ。

 下は砂だったので、小さなザッという音が一瞬世界に響いた。その小さな音を聞いている者は、足音を出した影人以外には誰もいない。――そのはずだった。本来ならば。


「――ああ、そこにいたの。見つけたわ」


「ッ!?」

 しかしこの場にはもう1人、影人同様この世界から姿を消していたモノが潜んでいた。

(なん・・・・・・・・で・・・・だって・・・・・今の・・・・今の声は・・・・・・・・・・・)

 突如として聞こえてきた女の声。聞き覚えのあるその声に、影人が呆けたように驚いていると、

「『世界』顕現。『星舞う真紅の夜』」

 突如として、世界はその姿を変えた。夜空には、つい先ほどまで全くなかったのに、星々が空を埋め尽くさんばかりに輝いている。更に奇妙な事に、真紅の満月も空に鎮座していた。

「っ・・・・・!? 何だ・・・・・・いったいこれは何だっていうんだ・・・・・・」

 一瞬にして変わった世界に、影人は驚いたようにそんな言葉を漏らす。影人には本当に意味が分からなかった。こんな事は今まで経験した事がない。影人はその世界の変化に気を取られて、自分の透明化が解除されている事に、まだ気づいていなかった。

「『世界』の展開は、『世界』に引き込まれた者の姿を強制的にその『世界』に現す。まあ、これは『世界』顕現の副次的効果だけど、今回はそれも役に立ったわね」

 少女の声が影人の正面から聞こえて来る。聞き知った少女の声が。突如として変化した世界、その少女の声、全てに戸惑いながら、影人はその視線をゆっくりと正面に向けた。

(ああ、やっぱり・・・・・・・何で、いったい何で・・・・・)

 目に入って来るのは、美しい人形のような外見。豪奢なゴシック服に身を纏ったその少女は、ブロンドの髪を緩いツインテールにしていた。その面は、精巧極まる人形のようであった。

「何で、君が・・・・・・・・・・」 

 影人は無意識にそう言葉を呟いていた。嬢ちゃん、と続く言葉を言わなかったのは、影人の無意識のストッパーが働いた影響か。壊れた人形のように、今の影人はまだ呆けたような表情を浮かべていた。

 影人はその少女の事をよく知っている。なぜならば、その少女は影人の家の隣の部屋に住む隣人だからだ。

「初めまして、スプリガン。こうして直接あなたと会う事が出来て嬉しいわ。私はシェルディア。今は『十闇』第4の闇、『真祖』とも呼ばれている者よ」

 歩いて影人の正面に立ち止まったシェルディアは、笑みを浮かべて影人にそう挨拶をした。


 ――星舞い真紅に輝く満月座す『世界』の下、いつからか、約束されていた答え合わせは為された。

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