第153話 今、全ての真実を(1)
「レイゼロールの正体が神・・・・・・・・通りでクソ強いはずだぜ。何せ神だもんな」
ソレイユからレイゼロールの正体を告げられた影人の第一声はそんなものだった。
「それに友と来たか。お前とレイゼロールが友達だった・・・・・そいつは確かに意外だな」
続けて影人はそんな感想を漏らす。レイゼロールとソレイユ、それに守護者の神のラルバも友だったというのは、衝撃の事実であった。
「そう・・・・・・・でしょうね。私とレイゼロールが友だったと言われれば、光導姫たちは驚くでしょう。あなたはそんなに驚いてはいないようですけど」
「アホか。これでもかなり驚いてる。ただ、俺はクールだからな。表情には出さないように、自分の中でその事実を消化してんのさ」
影人は少し格好をつけたようにフッと笑ってみせた。相変わらず気色の悪い笑みである。何がクールだ前髪。全世界の本当にクールな人たちに全力で謝れ。お前はフールだ。
「ふふっ、そうですか。こんな話を聞いても、あなたは本当にブレませんね」
ソレイユはいつも通りの影人の反応に、思わず笑みをこぼした。こんな話を聞いて、そんな言葉を返してくるのはおそらくこの少年だけだろう。
「さて、レイゼロールの正体については今述べましたが、レイゼロールの目的とカケラなどの事についてはまだでしたね。話を続けましょう」
ソレイユは再び真剣な表情に戻ると、話を再開さした。
「人間たちから1人隠れ暮らしていたレイゼロールですが、彼女は人間には復讐しませんでした。まだ幼体であり十分に力が振るえなかった事、人間たちが神殺しの武器を持っていた事、そして・・・・・・人間たちを恐れていた事、などが推測の原因として挙げられはしますが、本当のところはわかりません。私はその事を彼女に聞く勇気はありませんでしたから。ですが、結果としてレイゼロールは人間たちに危害を加えなかった。それは事実です」
妹の神の事をレイゼロールと呼び変えながら、ソレイユは言葉を紡いでいく。影人はまた冷えた緑茶を飲みながら、話に耳を傾けた。
「・・・・・・・それでも当時の彼女は人間に絶望していました。『兄さんがいったい人間たちに何をした。兄さんは人間たちを愛していたのに』、レイゼロールのその言葉が今でも印象に残っています。あの時の彼女の顔は・・・・・忘れられません」
当時の事を思い出しながら話しているためか、ソレイユの顔は沈痛な表情になっていた。
「地上で暮らすレイゼロールに、私とラルバは時折り地上に降り神界に来ないかと誘いました。しかし、レイゼロールはそれを拒否しました。当時の彼女は、同族である神すらも信用していませんでした」
悲しみの色を含んだソレイユの声。だが、その声音は次の言葉から少し明るくなった。
「しかし、そんな彼女の前に1人の不思議な人間の男性が現れます。レイゼロールとその男性がいつ出会ったのかは私には分かりません。ですが、私は何度かその男性と会ったことがあります。おそらくあなたと同じくらいの歳でした。そして影人、その男性はあなたにとてもよく似ていました。その言動もその姿も。彼もあなたと同じように、前髪が長すぎて顔の上半分が見えませんでしたから。初めてあなたと会った時には、それは驚きましたよ。あの時の人間が生き返ったのかと思ってしまったほどです」
「俺と似ていた・・・・・・? ああ、そういやお前俺の姿見た時なんかやたら驚いてたな。理由はそれか」
思わず影人はそう聞き返していた。過去のレイゼロールの前に現れた不思議な人間。その人物が自分にとてもよく似ていたと言われて、影人は少し反応に困った。自分と姿だけでなく言動も似ていた人間が、まさか過去にもいたとは。
そして、ソレイユと初めて会った時の事を思い出した影人は納得もしていた。あの時のソレイユは確かにとても驚いていたが、その理由が今わかったからだ。
「ええ。そして、どういう成り行きがあったかは知りませんが、レイゼロールはその人間と暮らし始めました。人間を憎み恐れ、絶望していたレイゼロールがです。その事を知った時の私の驚きといったらなかったですよ」
「そりゃ・・・・・そうだろうな。俺もあのレイゼロールが人間と暮らしてたなんて、想像できないぜ」
氷のように無表情で仏頂面。闇統べるラスボス。そんなレイゼロールが、人間と暮らしていたなんて、レイゼロールの事を少しでも知っているなら、信じられないレベルの情報だ。現に、影人もそのイメージがどうしても思い浮かべる事が出来ない。
「あの時のレイゼロールは決して認めませんでしたが、その人間には心を許しているように私には思えました。少なくとも、あの時のレイゼロールは感情が豊かでしたし。私はその人間に期待しました。もしかしたら、この人間がレイゼロールを悲しみと絶望の底から救ってくれるかもしれないと。私はこっそりとその人間にお願いしました。『レールをどうかお願いします。あなたなら、あの子にまた笑顔を取り戻す事も出来るはずだ』と。その人間は渋々といった感じではありましたが、私の願いに頷いてくれました」
「レール・・・・・・レイゼロールの愛称か」
影人がポツリとそんな言葉を挟んだ。ソレイユの口からレイゼロールの愛称を聞いたのは初めてだったので、無意識的にそう呟いてしまったのだろう。あのレイゼロールにも愛称で呼ばれる時代があったのだ。
「ええ、そうです。今ではその愛称を知る者は、私とラルバくらいしかいませんが・・・・・・・ですが、残念な事に、彼がその約束を果たす事はありませんでした」
ソレイユの声音と表情が暗いものへと変わる。いや、戻るという方が正しいか。
「なぜなら、その人間が・・・・・・・レイゼロールを殺そうとしていた人間たちに、殺されてしまったからです。・・・・・・その時、私やラルバは地上にいなかったので、詳しい事情は分かりません。そして、その事が原因で、レイゼロールはまた絶望の底に叩き戻されました」
ソレイユが両目を閉じる。その仕草はまるで、当時のレイゼロールの悲しみに共感し、堪えているようだった。
「・・・・・雨の日の事でした。私とラルバが地上のレイゼロールの隠れ家に行くと、レイゼロールは外に出て雨に濡れながら、血のついた服を握りしめ天を仰いでいました。・・・・・・・・・レイゼロールのあの姿は、未だに鮮明に私の記憶に残っています」
ソレイユは瞳を再び見開くと、すっかり冷めた紅茶を一口啜った。
「その人間と暮らしていた時期。おそらく、それがレイゼロールが最後に幸せであった時でしょう。レイゼロールが、この世でその心を許したのは2人。1人は、レイゼロールの兄の神。そしてもう1人は、その人間。後にも先にも、その2人以外レイゼロールが心を許した者はいません。・・・・・・・そして、その時からレイゼロールは変わりました」
「それは・・・・・・俺たちが知ってる今のレイゼロールになったって事か?」
レイゼロールの変化。それが示すものが、今のあのレイゼロールなのか。影人はソレイユにそう質問した。
「ええ、2人目の親しい者の死から、レイゼロールは今のようになりました。そしてそこから、レイゼロールはある目的のために行動を開始する事になります。その目的は・・・・・・・・・・・・死者の蘇生です」
「死者の蘇生だ・・・・・・・・・?」
レイゼロールの目的。それをソレイユから聞かされた影人は、どこか呆けたようにその言葉を鸚鵡返しに呟いた。
「・・・・・・レイゼロールは『暖かさ』を求めていました。兄の神と1人の人間によって触れた暖かさを。それは今でも変わりません。レイゼロールは今も、自分の凍ってしまった感情を再び溶かしてくれる暖かさを求めています。そして、その暖かさを取り戻す手段こそ、死者の蘇生です」
「・・・・・・・・・・・つまり、レイゼロールは兄の神とその人間を復活させようとしてるって事か?」
影人が推測の言葉を挟み、ソレイユにそう確認した。影人のその確認に、ソレイユは首を立てに振ったがこう言葉を付け加える。
「はい。ですが、現在レイゼロールが復活させようとしているのは、兄の神だけです。人間の方は、レイゼロールが遥か昔に蘇生を試み・・・・・・失敗していますから」
「失敗した・・・・・?」
「ええ。レイゼロールが人間を失ってから、およそ100年。レイゼロールはその間、1人で僻地に篭り自身の力を成長させました。その頃のレイゼロールは、ほとんど成体で神としての力も十分な時期になっていました。そこで、レイゼロールはある儀式を試そうとします。それこそが、『死者復活の儀』。レイゼロールは、かつて人間と住んでいた地に戻り、その人間と関わりのある物――その人間が着用していた服の切れ端を持って、その儀を行いました」
「・・・・・・・・・・・・」
ソレイユが言っている服の切れ端とは、先ほどレイゼロールが言っていた血のついた服の切れ端の事だろう。100年という時間を持って、自分を成長させたレイゼロール。そして、100年間レイゼロールはその人間の形見と言える物を大事に所持していた。どれだけレイゼロールがその人間の事を想っていたかが、影人にもよく分かった。
「・・・・・・結果は先に言いましたが、儀式は失敗に終わります。『死者復活の儀』は禁忌の儀式ですが、普通は遺物と神の力があれば、人間1人程度の復活ならば、ほとんど確実に成功するはずでした。しかも、レイゼロールは『終焉』の権能を持ち、地上で唯一力を振るう事が出来る特別な神。失敗する方が、普通はおかしいのです。ですが、結果はそうでした」
「そうなのか・・・・・・つーか、『死者復活の儀』か。そんなものがこの世にマジであったんだな・・・・・で、流石の神様でもその儀式は禁止だと」
「神といえど、絶対最低限のラインはありますからね。『死者復活の儀』は、古来よりずっと禁忌とされています」
影人が漏らした感想に、ソレイユは頷いた。影人には神の事はよくわからないが、神にも倫理という概念はあるようだ。
「儀式が失敗したレイゼロールは絶望しました。絶対に成功させる確信があったから、その絶望はかなり深かったでしょう。ですが、レイゼロールはそれだけでは止まりませんでした。今度は、兄の神を復活させようとしたのです。しかし、『死者復活の儀』は禁忌。禁忌を犯したレイゼロールを、神界にいる神々は許しはしませんでした。・・・・・私とラルバは、レイゼロールの絶望をよく知っていたので反対したのですけどね」
ソレイユはフッと自嘲気味の笑みを浮かべた。おそらく、当時の自分の無力さを思い出しているのだろう。影人はまだソレイユと関わってそれほど時間は経っていないが、それくらいはわかる。ソレイユとは、そういう神だ。
「私たち神の最上位に、『長老』と呼ばれる男神がいます。長老は私やラルバを含めた他の神々と違い、特別な権能をいくつか所持しています。その1つが、地上にいる神の神界への強制送還。レイゼロールは強制的に神界へと移動させられました」
ソレイユは言葉を続けた。
「長老からレイゼロールに告げられたのは、罰でした。『死者復活の儀』を行ったレイゼロールは、その『終焉』の権能と神としての力を半分剥奪する。それが長老がレイゼロールに下した罰。むろん、レイゼロールはその罰を受け入れようとはせず、長老と他の神々とレイゼロールは争いました」
「・・・・・・・・・その結果は?」
影人は静かにそう聞いた。
「いくら『終焉』の力を有していたレイゼロールといえども、神界で満足に力を振るえる神々が相手では勝てはしません。レイゼロールの『終焉』の力は神すらも死に誘う権能ですが、長老が何とかその力を防ぎ、レイゼロールは敗北しました。そして長老は、レイゼロールに罰を与えました。レイゼロールの『終焉』の権能と神としての大半の力を、結晶化させ、それをおよそ10のカケラに砕き、地上へと散りばめさせたのです」
「・・・・・・それが、あの黒いカケラの正体か」
話が繋がった。あのカケラに関するバックボーンを、影人は今ようやく理解した。最初に結論として述べていたように、あのカケラは元々のレイゼロールの力そのものだったのだ。
「そうです。長老はそのカケラに隠蔽の力を込めましたが、現在になってその力は効力を失い始めた。この前長老に聞いた時、『流石に数千年もすれば、ワシの力も弱まる』と確認しましたから。現在になってレイゼロールがカケラを見つけ始めたのは、それが原因でしょう」
ソレイユはここ最近にレイゼロールがカケラを一気に回収し始めた理由を影人に伝えると、残っていた紅茶を飲み干した。
「・・・・・先ほども言いましたが、レイゼロールは兄の神に『死者復活の儀』を施そうとして、罰を受けました。その結果、レイゼロールは『終焉』の権能を失い、神としての大半の力も失った。ですが、レイゼロールはそれでもなお、『死者復活の儀』を諦めていませんでした。ですが、今度の『死者復活の儀』には問題が2つありました。1つは、復活させる対象が人間でなく神であるという点。人間を復活させるのと、神を復活させるのではわけが違います。神の復活には尋常ならざるエネルギー量が必要になるのです。それだけのエネルギー量は、神であるレイゼロールを以てしても持ち得ない。罰を受けた後の身ならば、なおさらです。2つ目の問題は、関わりの欠如。『死者復活の儀』には復活させる死者と関わりのあるものが必要です。人間を復活させようとした時には、レイゼロールは人間が身につけていた服の切れ端を遺物としましたが、兄の神との関わりのあるものは、もう失った後でした」
「ッ! そういう事か・・・・・」
ソレイユの長い説明を聞き、最後にソレイユが言った「もう失った後」という意味を理解した影人は、こう呟いた。
「レイゼロールはその関わりのあるものとして、『終焉』の力を使う気だったんだな・・・・・」
「ご明察です。儀式に必要なものは、決して物質でなくても構いません。その点でいえば、『終焉』の力は兄の神とレイゼロールしか有していない力。関わりがあるものとしては、最適だったといえます」
影人の言葉を正解とし、ソレイユは頷いた。
「レイゼロールはこの2つの問題をクリアするために、目標を定めました。まず1つは、自身のカケラの回収。全てのカケラを回収しない事には、儀式に必要な関わりである『終焉』の力も使えませんし、神としての力も半減しています。神としての力の半減は、そもそも儀式の失敗にも繋がります。ゆえに、レイゼロールはカケラを全て回収することを目標としました」
「・・・・・・・・それが今の目標でもあるわけだな」
「ええ。そして目標はまだあります。問題は2つ。レイゼロールが設定した目標も2つでなければ、解決できませんからね。残り1つの問題は、兄の神を復活させる莫大なエネルギーをどうするか。その答えとしてレイゼロールは、人の心のエネルギーに注目しました」
「心のエネルギー? どういう事だ?」
影人は首を傾げた。具体的に、心のエネルギーとは何ぞやと思ったからだ。
「人が強力な感情を抱く時などに発せられるエネルギーの事です。例えば光導姫は、強い正の感情を抱けば光の力が大なり小なりパワーアップします。それは人の心のエネルギーが生じるからです」
「ああ、それの事か」
影人は納得がいった。影人の場合は本質が闇なので、スプリガン時に強い負の感情を抱けば力が増大する。それは過去に何度かあった。
「レイゼロールはその本質が闇である、闇の女神です。レイゼロールの兄の神もその本質は闇でした。ゆえに、エネルギーとするなら正のエネルギーよりも負のエネルギーの方が都合がいい。そちらの方が親和性があるからです。そして、レイゼロールは思いつきます。人の負のエネルギーを収集する方法を。それこそが、人間の眷属落とし。つまり、人間の心の闇を暴走させ人が闇に堕ちる際の負のエネルギーを収集する。その結果、生まれるのが闇奴です」
そして、ソレイユはこう言葉を纏めた。
「レイゼロールは人を闇奴に変える際のエネルギーを貯蓄して、それを『死者復活の儀』のエネルギーにしようとしています。それが、レイゼロールが闇奴を生み出す理由です」
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