第154話 今、全ての真実を(2)

「・・・・・・はっ、なるほどな。レイゼロールが闇奴を生み出す理由が、まさかそんな理由だったとはな。予想もつかなかったな」

 ソレイユから闇奴が生み出される理由を聞いた影人は、イスに体重を掛けながら軽く息を吐いた。

「逆に予想していたら怖いですよ。さて、以上が私が隠していた事の全てです。簡潔に纏めると、レイゼロールの目的は、カケラの回収と、闇奴を生み出して儀式に必要なエネルギーを貯める事。その最終目標は、兄の神の復活です。質問があるならどうぞ、影人」

 ふぅと大きく息を吐き、ソレイユは影人にそう言って来た。

「んじゃ、何個か質問だ。1つ、なぜ長老はわざわざレイゼロールの力をカケラにして、地上に散らばせたのか。それならいつかレイゼロールがカケラを全部回収しちまう。他の方法は何かなかったのか? 2つ、なぜ兄の神の復活が世界を危険に晒すのか? 最初にお前はレイゼロールの目的は、世界を危険に晒すといった。確かに死者の復活は色々問題があるんだろうが、要はレイゼロールは兄貴に会いたいだけだろ? それが何で世界の危機になるのか、イマイチ分からねえ。3つ、エネルギー回収はまだ終わってないのか? これは単純な疑問だ。そして4つ、これが最後だ。お前と光導姫たちの最終目的、レイゼロールの浄化ってのは結局のところ何なんだ? 俺的には、レイゼロールを斃す手段だと思ってたが、お前の話を聞く限り何か違う気がするんだよな」

 影人は右の指を4つ立てながら、そう質問した。

「なるほど、確かにその辺りは説明していませんでしたね。すみません、私のミスです。では、説明しましょう」

 ソレイユは影人に軽く頭を下げてそう謝罪すると、影人の質問に答えるべく説明を始めた。

「まず第1の質問、『長老はなぜレイゼロールの力を結晶化させ、地上に散りばめたか』について、お答えしましょう。これに関してはあなたが言ったように、他に方法がなかったからです。いくら長老といえど、当時のレイゼロールの力を削ぐにはその方法が限界だったからです。だから長老は、せめてもと散りゆくカケラに隠蔽の力を施しました。これが第1の質問の答えです」

 ソレイユは右の人差し指を立てた。

「第2の問い、『兄の神の復活がなぜ世界の危機に繋がるのか』。これはその儀式に危険があるといった方が正しいです。そもそも、先ほども言いましたが神の復活には莫大なエネルギーが必要になります。そして、兄に関わるものは『終焉』の力です。当然ですが、儀式には失敗のリスクもあります。復活の対象が人間の場合、レイゼロールほどの力があれば普通の人間ならまず成功します。確率で言うなら殆ど100パーセントです。ですが、その対象が神となると成功の確率は急激に下がります。儀式の準備が万全に整っていると仮定して、最大限の期待をしても、成功の確率は30パーセントくらいでしょう。そしてこの場合、儀式が失敗すれば、

「は・・・・・・・・? って事は70パーの確率で世界が滅亡するって事かよ・・・・!?」

 その衝撃の事実を聞かされた影人は、驚愕したようにソレイユにそう聞き返した。

「そうなります。儀式が失敗すれば、供物がわりの『終焉』の力と、儀式に使われている膨大なエネルギーが暴走します。暴走した力は『終焉』の力を乗せ、世界へと駆け巡る。『終焉』の力は全ての生命を終わりに、つまり死へと還しますから、結果的にレイゼロール以外の全ての生命は死滅。地球は死の星へと変わるでしょう。そして、レイゼロールはそうなっても気にはしない。彼女からすれば、兄の神とあの人間がいない世界など、滅びても構わないからです」

「無茶苦茶だなおい・・・・・・そんな理由で世界を滅ぼされてたまるかよ」

 ソレイユは右の人差し指に続き、中指を立てた。影人はため息を吐きながら、大多数の人間の意見を代弁するかのようにそんな感想を漏らした。

「第3の問い、『エネルギー回収はまだ終わっていないのか』についてですが、これはおそらくまだ終わっていないと思われます。人を1人闇に堕とす際に得られるエネルギーの量自体はたかが知れています。その方法で神を復活させるならば、必要なエネルギーを貯めるには、何千年という月日が掛かります。しかし、エネルギーが全て貯まる日はそう遠くないでしょう。レイゼロールは今日まで毎日ずっと、闇奴を生み出しエネルギーを少しづつ回収してきましたから・・・・・」

 ソレイユは右の薬指を立てた。これで3本目だ。

「つまり闇奴が出現しなくなった時が、もうエネルギーが全部溜まったって事になるのか・・・・・・・・しっかし、こう言っちゃなんだが、あいつ凄げえな。何千年も地道にエネルギーを溜め続けて、カケラを探し続けて来たって・・・・・尋常じゃない思いの強さだ。少なくとも、俺なら途中で絶望して折れてるぜ」

 影人はどこか畏怖するようにそう呟いた。鋼のような精神力、という言葉ですら生ぬるい。絶対の精神、とでも言うべきか。

「ええ・・・・・・・・あの子は、ずっとずっと孤独なんです。ですが、今のところ誰にもレイゼロールを孤独からは救えない。あの子の過去を知っている身としては、あの子に同情します。ですが・・・・・だからといって、世界を危険に晒すわけにはいきません」

 ソレイユは悲しげな表情を浮かべるも、そう言い切った。

「・・・・・・・・第4の問い、『レイゼロールの浄化とはいったい何なんのか』について説明しましょう。あなたが言うように、浄化はレイゼロールを斃すという事ではありません。そもそも、神であるレイゼロールは不老不死です。斃す手段に関しては、神殺しの武器を用いるなどの手段でしか斃す事は出来ません」

 ソレイユはそこで一旦言葉を区切ると、こう説明を続けた。

「浄化とは光の力を以て闇を晴らす事。暴走させられた心の闇を浄化する事で、闇奴や闇人はレイゼロールの眷属という状態から、人間へと戻るのです。・・・・・・レイゼロールは元々その本質が闇。闇奴や闇人のように光の本質から闇の本質に変容した存在ではありません。ゆえに、闇を晴らしたところで元の存在に戻るという事ははない。ですが、レイゼロールにも

「・・・・・・なるほどな」

 ソレイユが言わんとしている事を察した影人は、ついそう言葉を漏らしていた。


「レイゼロールにおける浄化。それは・・・・・。・・・・・・・・・・・お前は、レイゼロールを救いたいんだな、ソレイユ」


 そして、影人はソレイユに代わりその答えを呟いた。影人はソレイユの代わりに、4本目となる右の小指を立てた。

「・・・・・・・・・はい。それが私の、私とラルバの目的です。レイゼロールの心の闇を浄化すれば、レイゼロールは私たちの言葉に耳を傾けてくれる。レイゼロールの心の闇を浄化できる程の人間の思いに触れれば、レイゼロールは変わるかもしれない。・・・・・あなたの言う通り、私はあの子を、レールを救いたい・・・・・・!」

 ソレイユの顔が様々な感情に歪む。そこには、友を救いたいと望む1人の神の姿があった。影人が初めて見るソレイユの姿だ。

「軽蔑するでしょう・・・・・? 私は、友を救いたいという身勝手に過ぎる理由から、光導姫たちを戦わせている。彼女たちに死のリスクを背負わせ、戦わせている。自分は何もせずにですよ? 私が神界にいても、私はレールに対して直接何も出来ない。地上に降りても、神としての力を振るう事の出来ない私は何の役にも立たない。神なんて言っても、私はこんなに無力なんですよ。何が神でしょう。私はただのクズ野郎です・・・・・・・・!」

 自虐的な笑みを浮かべながら、ソレイユは自身をなじった。だが、自分を責める言葉はまだ止まらない。

「今まで何人もの、それこそ何百人もの光導姫たちが命を落として来ました。全て私の甘いエゴのせいです。今日あなたが見たシオンは、そんな私のエゴによって友を失った。そして、私のエゴの一端をレイゼロールから聞かされたシオンは、絶望して闇に堕ちたのです。私は神。基本的に死ぬ事はありませんが、死ねば確実に地獄へと行く罪人です。当たり前ですよね、なにせ私のエゴが今まで全ての光導姫たちを殺して来たのですから・・・・・・・」

 ソレイユは影人に全てを告白した。ソレイユがこの事を誰かに話したのは、影人が初めてだ。ソレイユはきっと影人は軽蔑し容赦のない言葉を述べるだろうと思っていた。この少年は忖度せずにハッキリと自分の意見を述べるだろう。帰城影人とはそういう少年だ。

「・・・・・・非難の言葉を与えれば、お前は満足するのか? お前は許しが欲しいのか、ソレイユ?」

「え・・・・・・・・・・?」

 だが、影人はただ問いかけるようにそう言っただけだった。そこに非難するような声音は一切ない。それは、ただ純粋な問いかけの声音だった。

「正直、今の話でお前を軽蔑するかと言われたら否だな。まあ、甘いとは思うぜ。世界を危険に晒す可能性のある奴を排除するんじゃなくて、救おうとしてるんだからな。たぶん、俺みたいに冷めた考え方してる奴はそう思う。だがまあ、それはレイゼロールの事をよく知らない他人の感想だ。レイゼロールの友達だったお前の思いや気持ちは、俺とは違う」 

 影人は呆けたような顔を浮かべているソレイユに、自身の考えを述べる。

「てめえのその考えは、別に普通だ。友達だったんだろ。なら、排除するよりは救いたい。それは当たり前だ」

 けっと笑い飛ばすかのように、影人はソレイユを肯定した。別に優しさからとかではない。影人はただ自分が思った事を言っているだけだ。

「つーか、お前が自分をそう思ってること自体が、お前が優し過ぎる証拠なんだよ。本来なら、光導姫が死んだからって別にお前が背負い込む必要はねえんだよ。その動機が何であれ、自分で死ぬかもしれないって事を了承してあいつら光導姫は戦ってるんだ。てめえが光導姫たちの死に引け目を感じる理由はねえじゃねえか。少なくとも、俺なら何も感じない」

「なっ・・・・・・・・!?」

 ソレイユは、影人のあまりにも冷た過ぎる言葉に絶句した。

「本気で言っているんですか影人!? そんな、そんな事を本気で!」

 椅子から立ち上がりバンッとテーブルを両手で叩きながら、ソレイユは叫んだ。ソレイユが無意識にテーブルを叩いてしまったために、テーブルの上に置かれていた物が揺れる。影人の冷えた緑茶が入った湯飲みもその水面が揺れた。

「ああ、本気だぜ。俺は別に申し訳ないとかは思わない。いま言ったみたいに戦って死ぬリスクを飲み込んでんのはあいつらだ。それを決めたのは自分。そこに他人が感じる責任の余地なんか一切ない。全部死んだ自分の責任だ」

 影人は冷めた口調で首を縦に振った。影人の言葉を聞いたソレイユは、影人のその考えにゾッとした。いや、影人の言うことが間違っているというわけではない。ただ、その考え方はあまりにも冷た過ぎた。

「私には、あなたが時々分からなくなりますよ・・・・・・・・・・」

「そりゃそうだろ。ある人物を全部理解するってのは、ほとんど不可能な事だからな」

 ソレイユが不安げに漏らした言葉に影人はそう言葉を返すと、残っていた冷たい緑茶を飲み干し軽く息を吐いた。

「・・・・・・勘違いはするなよ。これはあくまで俺の意見であって、お前の考えを否定するものじゃない。俺の答えは最初に言ったものと変わらねえよ。俺はお前を非難しない。お前のその考えは、レイゼロールと親しかった奴としては当たり前だ。・・・・・ソレイユ、お前は死んでいった者たちの事を忘れてないだろ?」

「当たり前です! 彼女たちの事を1日たりとも忘れた事はありません!」

「なら、それでいいじゃねえか。優しいお前はそいつらの死を忘れずに、自分の業として背負ってる。そいつを理解してるなら、それだけでいい」

「え?」

「だから、それだけでいいんだよ。自分を必要以上に責めるな。自覚しているなら、なおさらだ」

 驚いた表情のソレイユ。全く神のくせに自分の気持ちの整理の仕方が下手な奴だなと、影人はソレイユの顔を見て思った。

「非難の言葉は言わねえが、厳しめの言葉は言ってやるよ。たぶん、俺しか言う奴がいねえからな。必要以上に故人たちに罪の気持ちを抱くな。それはある意味じゃ、死んだ者たちへの侮辱だ。『私の目的のために死んでごめんなさい』って言ってるのとあんま変わらねえぜ。舐めるなよ、戦ってる奴らはそんな事のために死んだわけじゃねえんだよ」

 影人はその前髪の下の両目を少し細め、ジッとソレイユを見つめた。

「信念のために、仕事のために、誰かのために、そいつらは死んだんだ。そこにあるのは、そいつだけの意志。誰も彼も、その意志にケチをつける権利はない。そいつの死はそいつだけのもんだ。覚悟を以て戦い死んだ者に、憐れみはいらない」

 それは戦う者としての言葉だった。影人も今は少なからず命のやり取りをする者になった。この考えが、影人の先ほどの「戦って死んだ者に対して何も思わない」という言葉に繋がっているわけだが、影人は別にソレイユにその事を言うつもりはなかった。これはあくまで影人の考えだからだ。

「そんな奴らに対して、お前がしてやれる事は、自分の目的を達成する事くらいだ。『レイゼロールを救う』っていう、甘くてクソほど困難な目的をな。それが唯一、死者への手向けになる」

 影人はただ真摯に言葉を述べ続ける。

「だから、お前は何が何でも自分の目的を達成しろ。その覚悟を今一度持てよ。折れるなんて許されねえ。世界とレイゼロールを天秤にかけて、世界を選択する事をしたら論外だ。過去のお前がそう決めたのなら、今のお前はその気持ちを曲げるな。最後の最後までてめえの思いを貫き通せ」

「っ・・・・・・・」

 目の前の前髪の長い少年からそう言われたソレイユは、雷に打たれたようにその眼を見開いていく。

「もちろんそいつは容易な事じゃねえ。過去の自分がそう決断しても、いつだってやるのは今の自分だからな。更にお前の場合は、背負ってるもんが重過ぎる。・・・・・だから、俺がお前を支えてやるよ」

「え・・・・・・・?」

 影人は笑みを浮かべ、イスにもたれ掛かりながらソレイユに右の人差し指を向けた。影人に指を向けられたソレイユは、またしても驚いた顔を浮かべていた。

「お前が折れないように俺が支えてやる。レイゼロールを救うっていうお前の目的を手伝ってやる。前も言ったろ。俺はお前の剣だ。お前は俺を好きに使えばいい」

「な、なんで・・・・・・・・何であなたはそこまでしてくれるんですか? あなたは、ほとんど無理矢理スプリガンになった。私がしてしまった。恨まれて当然なのに、どうしてあなたは・・・・・・・・!」

 ソレイユは泣きそうになりながら、影人にそう問いかけた。どうしてこの少年はこんな言葉を自分に投げかけられるのだろう。このままでは甘えてしまうではないか。泣いてしまうではないか。

「仕事だからな。結局、スプリガンになるって最後に決めたのは俺だ。それが過去の俺の決断。なら、今の俺はそれを全うする。お前に偉そうに言った俺がそれを出来てなかったどうしようもねえだろ?」

 指を下ろした影人は仕方ないだろといった感じで、笑みを浮かべる。影人の答えを聞いたソレイユはその瞳から涙を流しながら、つい笑ってしまった。

「何ですかそれ・・・・・・あなた精神力強すぎますよ。思わず笑っちゃったじゃないですか」

「はっ、俺の精神力を舐めるなよ。俺は孤独と友達な男だぜ?」

「その返しは全く面白くないですけど・・・・」

「ふざけんな。雰囲気ぶち壊しじゃねえか」

 涙を拭いながらそう言ったソレイユにマジトーンでツッコミを入れる影人。そこは笑っておけばいいところだ。

「ふふっ・・・・・・ありがとうございます影人。こんな私に真摯な言葉を掛けてくれて、こんな私を支えると言ってくれて。あなたのような人間と出会えた。私は本当に幸せ者です」

 ソレイユは晴れた顔で笑みを浮かべた。ようやくいつも通りに戻ったか。影人は内心でやれやれと首を横に振った。

「では影人。あなたの言葉に甘え、お願いします。・・・・・・・・・・・私と一緒に、レイゼロールを救ってくれますか?」

 ソレイユがそう言って、右手を影人の方へと差し出して来た。その顔は変わらず笑顔だ。いい表情してやがる。影人はそう思いながら、自身も笑みを浮かべた。

「おうよ。仕方ねえな」

 そして、影人はソレイユの右手を自身の右手で握った。

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