第152話 とある女神の昔話

「・・・・・・・・・・・やべえ。橋直すの忘れてた」

 颯爽と橋を去り、近くの路地裏に入った影人は自分が崩落させた橋の事を思い出すと、やってしまったという感じで片手で顔を覆った。まずい。このままでは、不法侵入した上にロンドン名所の橋を壊した重犯罪者になってしまう。

「おい、ソレイユ。ちょっとこっそり橋に戻っていいか? 流石に直しとかないと、イギリス国民に呪われちまう気がする」

 影人は念話でソレイユに向かってそう語りかけた。こういう所はどこか小心者の影人である。

『それなら心配いりませんよ。各国の政府には、こういった闇奴・闇人絡みの戦闘などで、建造物などに甚大な被害を受けた時に、建造物を修繕できるアイテムを配っていますから。おそらく、今回は英国政府はそれを使用するでしょう』

 だが、ソレイユからは影人が思ってもいなかった答えが返ってきた。

「は・・・・・? マジかよ。でも、前にレイゼロールと日本で戦った時は、翌日に修理の工事やってたぞ? テレビで見て、心の中で謝った記憶あるし」

 ソレイユの返答を聞いた影人は、少し考え込むようにそう呟いた。レイゼロールが結界を展開して、影人を誘き寄せた最初の戦い。その時のフィールドは大通りの道路で、影人は近くの建物や道路のアスファルトを色々と破壊してしまった。いや、正確に言えばあの時の影人はイヴに体を乗っ取られていたので、影人の意志で破壊したわけではないのだが、結果的にはそうなってしまったのだ。

『それはおそらく、短時間の修理工事で直せる範囲だったからでしょう。一応、そのアイテムは神の力を秘めた超常のアイテムですから、使うのに色々と制約があるんです。例えば、光導姫や守護者、闇奴・闇人が絡む戦いで破損した建造物でないと使用できない、1日、2日で直せるような破損では使用できない、などです。まあ、その他にも色々と細かい制約はあるのですが、日本での場合はそのいずれかの制約に当てはまってしまったのでしょう』

 だが今回の橋の破損はかなりの規模なので、そのアイテムを使用する事は可能なはず。ソレイユはそう言葉を付け加えた。

「なるほどな・・・・・・まあ、わかった。それなら安心だ。じゃ、転移を頼むぜ」

 ソレイユの説明を聞いて疑問を解消された影人はホッと息を吐き、ソレイユにそう頼んだ。

『わかりました。では、転移を開始します』

 ソレイユの声が脳内に響くと、影人の体が光に包まれ始めた。そして数秒後、影人は光の粒子となってロンドンの路地裏から姿を消した。












「――影人、ご苦労様でした」

「気にすんな、仕事だからな」

 影人が転移すると、視界内に桜色の長髪の女性――ソレイユの姿が目に映った。影人はソレイユの労いの言葉にどうでも良さげに返事をした。

 影人が転移した先はソレイユがいる事から分かる通り、神界のソレイユのプライベートスペースだった。

「どうぞ掛けてください、影人。いつも通り、テーブルとイス、それにお茶は用意してあります。なにせ、これからする話は長くなる事が予想されますから」

「サンキュー。っと、まだ変身を解除してなかったな。解除キャンセル

 影人は自分がまだスプリガン形態である事に気づくと、変身を解くキーワードを呟いた。

 すると、スプリガンの服装は全て闇色の粒子となって消え、影人の前髪の長さも元に戻った。今まで露出していた顔が、長すぎる前髪に支配される。瞳の虹彩も金から黒へと戻る。

 そして、風洛の夏服姿に戻った影人の右手に黒い宝石のついたペンデュラムが出現し、変身解除の全ての工程は終わりを告げた。

「・・・・・やっぱ、こっちの前髪の長さの方が落ち着くな」

 スプリガンから帰城影人へと戻った少年は、自分の前髪に軽く触れながら、用意されていたイスへと腰掛けた。

「そうですか? 私だったらそんなに長い前髪は嫌ですけどね。長すぎて鬱陶しくありませんか?」

「別に鬱陶しくはない。もう慣れてるからな」

 影人と同じようにイスに腰掛けたソレイユがそんな事を言ってきたので、影人は何でもなさそうにそう言った。伸ばし始めた最初こそは鬱陶しく感じた事もあったが、今ではもうそんな事は気にならなくなっていた。

「まあ、そんな話は置いといてだ。本題に入ろうぜ。聞かせてもらおうじゃねえか。お前の話ってやつを」

「・・・・・・・・・そうですね。それではお話しましょう。これまで私が隠していた全ての事を」

 ソレイユは真剣な表情を浮かべそう宣言すると、テーブルに置いてあった紅茶を一口飲んで、息を吐いた。影人にはその所作が緊張しているように見えた。

「・・・・・まずはカケラの事についてお話します。影人、今日あなたが見てレイゼロールが手に入れ吸収した物、あれがカケラです。黒い、黒曜石のような見た目をしているあのカケラこそが、レイゼロールの目的物なのです」

 ソレイユはレイゼロールの目的物、黒いカケラの事を影人に教えた。

「・・・・・・・・やっぱり、あれがレイゼロールの目的物か。って事は、釜臥山の時もそのカケラがあったんだな。だが、分からねえ事がある。今日、レイゼロールがカケラを吸収した瞬間、俺は何度か感じた事のある気配を感じた。凄まじい闇の力がレイゼロールを中心として世界に奔るような、そんな感覚だ。あれはいったい何なんだ? いやまあ、そもそもカケラって何だって疑問もあるが、今はそっちの方が気になるな」

 影人はソレイユにそう質問した。影人が1番最初にその気配を感じたのは、冥と殺花戦の時だ。影人が陰から戦いを観察していると、凄まじい闇の力の気配を感じた。今思えば、あれはレイゼロールがカケラを初めて吸収した気配だったのだろう。影人にはまだ詳しく分からないが、レイゼロールがカケラを吸収する事とあの気配は連動している。それくらいは影人にも予想がついていた。

「あれはレイゼロールがカケラを吸収して力を取り戻した際の一種の現象のようなものです。あの力の波動を感じ取れる事が出来るのは、基本的には神と闇の力を扱う者だけです。あなたは闇の力を使いますし、イヴさんと契約して以降は力も拡張されたので感じ取れる事が出来るのでしょう」

「力を取り戻す・・・・・・? おい、その言い方だとまるで――」

「はい。あのカケラは元々レイゼロールのものです。いや、正確にはかつてのレイゼロールの力が結晶化したもの、という方が正しいですね」

 影人が述べようとした言葉を、ソレイユが引き継ぐようにそう言葉に放った。

「あのカケラがレイゼロールの物・・・・・・じゃあ何で、レイゼロールは自分のカケラを探してるんだ? その背景が俺には全く分からねえ」

「もちろんそうだと思います。そのためには、カケラの背景、それと・・・・・・・・レイゼロールが何者であるのか、という点についても説明しなければならないでしょう」

「レイゼロールが何者であるのか・・・・・・?」

 ソレイユの言葉を反芻するように影人はそう呟いた。確かに、影人はレイゼロールが何者であるのかを詳しく、いやほとんど知らない。影人がレイゼロールについて知っている事は、闇サイドのボス的存在。闇奴を生み出す者。そして、尋常ではない戦闘能力、全能に近い闇の力を有している事くらいだ。

「ええ、そうです。影人、1番最初にあなたがここに来た時、レイゼロールの事について私が陽華や明夜に言った事を覚えていますか? あの時、あなたはちょうどあの柱の裏にいて、私たちの話を聞いていましたよね」

 ソレイユがこの円形状の広場ような場所の端にある柱の1つを指さした。ソレイユの指の示す先を見た影人は頷きながらこう言った。

「ああ、だいたいな。確か闇奴を生み出す悪しき者。その名をレイゼロールという。彼女を光の力で浄化しない限り、世界には悲しみが広がり、世界は危険に晒される・・・・・的なやつだったか」

 影人は当時の事を思い出す。柱の裏からその説明を聞いていた時、まるで女児向けアニメみたいだなと思ったものだ。何というか、ありきたりなボスの設定というかそれに近いものだと。

「はい。それが私が光導姫たちに説明しているレイゼロールという人物です。そして、その説明は嘘ではありません。レイゼロールは闇奴を生み出し、それを放置すれば世界は混乱するでしょう。なにせ、闇奴は殺せませんからね。そして、レイゼロールの最終の目的は世界を危険に晒す・・・・・」

「・・・・・・・・」

 ソレイユの言葉を影人は黙って聞いた。その間に、影人はソレイユが用意してくれていた冷たい緑茶を一口飲む。ここで言葉は挟まない。今の影人はソレイユの話を聞く者。結局なにが言いたいと、話者を急かすようなマネはしない。

「・・・・・・・ですが、私はその情報以上にレイゼロールの事をよく知っています。私はあえて、その事を今まで誰にも話してきませんでした。私と同じ事を知っているのは、ラルバとその他の神々、そして・・・・シオンくらいです。シオンに関しては、一部ではありますが」

 告白するように、懺悔するかのように、ソレイユは重い声でそう呟いた。シオン、今日影人が出会った元光導姫にして現在は最上位闇人たる少女。別名、『闇導姫』ダークレイ。どうやらその少女も、今からソレイユが話す事の一部を知っているらしい。影人はダークレイの顔を思い浮かべながら、ソレイユの言葉の続きを待った。

「・・・・・とある女神の話をしましょう。今から数千年前、今より人と神が近かった時代、地上には2柱の神がいました。その神たちは兄と妹の兄妹でした」

 静かにソレイユは語り始めた。その声音は何かを懐かしむような、そんな声音に影人には聞こえた。

「その2柱の神の内、兄は成体で自身の権能を問題なく使え、コントロール出来ていました。妹の方はまだ幼体で、兄と同じ権能こそあるものの、まだコントロールは出来ていない状態でした。その神たちは特別で、他の神々とは違い地上でも神の力を扱える存在でした」

「・・・・・・悪い、言葉を挟んじまうが、成体と幼体っていうのは?」

「いえ、構いません。私の説明不足でしたね。成体というのは、私のような見た目の事です。人間の見た目で言えば20歳くらい。幼体というのは、人間の見た目で言えば6歳から10才くらいの見た目の事と想像してください。まあ、神なので実際の年齢はその数十倍ですが、ほとんど人間の大人と子供と変わりませんね」

 影人の申し訳なさげな言葉を聞いたソレイユは、軽く首を横に振りながら影人の質問にそう答えた。ソレイユの答えに、影人は「分かった。ありがとよ」と首を縦に振った。

「話を戻しますね。その神たちは地上で兄妹2人で仲良く暮らしていました。兄の方は誰にでも分け隔てなく優しく、多くの人間から敬われていました。妹の方は少々ぶっきらぼうでしたが、兄と同じく優しい心を秘めていた子でした。2人とも人間が好きな神でした」

 ソレイユは優しげな声でそう言った。しかし次の瞬間、ソレイユの声は180度変わった。

「・・・・・ですが、その穏やかな生活はある日を境に唐突に終わりを告げる事になります。2柱の内の1柱、兄の方が人間たちに殺されたからです。神殺し、それが行われた瞬間です」

 暗く重い声。ソレイユはその声音と同じ暗い表情を浮かべていた。

「兄が人間たちに殺された理由は兄の権能でした。そして兄と同じ権能を有していた妹の方も、人間たちの標的となり、人間たちは妹の方も殺そうとしました。ですが、妹の方は運良く生き延びる事が出来ました。そして、妹は兄を殺し自分を殺そうとした人間たちを恐れ憎み、ひっそりと隠れ暮らしました」

「・・・・・・その兄妹たちが持ってた権能ってのは、具体的には何なんだ?」

 兄の神が殺され、妹も殺されかけた理由は兄妹が持っていた権能だという。神の権能。おそらくソレイユもそれを有しているのだろうが、ソレイユはその兄妹は特別だと言った。ならば、それはソレイユや他の神々ですらも有していない権能も所持していたという事だろう。影人はソレイユにそう質問した。

「・・・・・兄妹の有していた権能は特別なものでした。その兄弟以外に有する者はいなかった。その権能、力の名は・・・・・・・・・・『終焉』。全ての命を終わらせる事の出来る力。基本的に不老不死である神すらも、命ある存在は全てその力の前では無力です。人間たちは、兄妹のその権能を知り、恐れたのです」

「『終焉』・・・・・・・そいつはまるで、あの黒フードが持っている大鎌みたいな力だな。あと、また質問で悪いんだが、人間たちはどうやってその兄の方を殺したんだ? 神ってのは基本的に不老不死なんだろ。それにその兄は『終焉』っていうチートな力を持ってた。だってのに、どうして・・・・・・・」

 ソレイユの答えを聞いた影人に新たな疑問が生じた。そもそも、神という不老不死の超常的存在を、『終焉』という人知の及ばぬ力を持つ存在は、なぜ人間に殺されたのか。影人にはどうしてもその事が気になって仕方なかった。

「・・・・・私もその現場を直接見たわけではないので、別の神伝いに聞いた話です。その話を聞くに、どうやら人間たちは、神殺しの武器を所持していたようです」

「神殺しの武器・・・・・・・・あいつが持ってた『フェルフィズの大鎌』か・・・・・!?」

 影人は思わずそう言葉を放った。神殺しの武器、それは影人も知っている。つい先ほどまで、自分はその武器を持っていた人物と同じ場所にいた。 

「いいえ、影人。確かにフェルフィズの大鎌も神殺しの忌み武器です。しかし、その神を殺した武器とは別物です。兄の神は、神殺しの剣によって殺されました」

 だが、ソレイユは影人の言葉を否定した。てっきり、神殺しの武器はフェルフィズの大鎌だけだと思っていた影人からしてみれば、ソレイユの言葉は意外なものだった。

「・・・・・・・・・・・ソレイユ、別に結論を急かしてるわけじゃない。だが、。お前がいったい、誰の過去を話しているのか」

 影人はそう前置きして、前髪の下からソレイユに真っ直ぐに視線を向ける。今、影人の頭にはある人物の姿が浮かんでいる。その人物は影人も知っている人物だ。

「そうでしょうね。勘のいいあなたなら、もう分かっているでしょう。いったい私が誰の話をしているのか」

 影人のその言葉に、ソレイユは淡く微笑んだ。この少年ならば、途中で気づくだろうとソレイユは元々思っていた。

 そして、ソレイユは言葉に出して告げる。この話の主役の名を。その者の正体を。


「・・・・・・・この話は人間によって兄の神を殺された妹の神の話。その妹の神の名は――といいます。レイゼロールの正体は、。そして、彼女は・・・・・・」 

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