第151話 堕ちたる光導姫

「なぜ貴様がここにいる・・・・・・?」

 ソレイユから現れた少女が元光導姫だと告げられ影人が内心驚いていると、レイゼロールも少し驚いたようにそんな声を漏らした。

「あんたは確か・・・・・・・」

「・・・・・・・何でてめえがいるんだよ」

 それはゾルダートと冥も同じだった。2人も少女の事は知っているようだったが、少女の出現に驚いているようだった。

「別にたまたまよ。私は元々ロンドンにいた。それからまあ色々とあって、あんたらの戦いを見てたってわけ。これでいいでしょ。これ以上は説明が面倒だし」

 少女は全く気負った様子もなく、レイゼロールたちの問いにそう答えた。そして驚いているメリーの横を横切り、レイゼロールとゾルダートの方へと向かっていく。

「ちょ、ちょっと待ってくださいな! あなたはいったい何者なんですの・・・・・・!?」

 メリーが呼び止めるように少女にそう問うた。先ほどメリーと言葉を交わした謎の少女。その少女がこの場に現れ、レイゼロールたちと知ったような間柄で話をしている。メリーには、少女がいったい何であるのか分からなかった。

「何者ね・・・・・・・・別に何者でもないわ。復讐者、と言いたいところだけど、私にそんな資格があるでもない。私はただ・・・・・闇に堕ちた者よ」 

「「!?」」

 少女はレイゼロールとゾルダートの近くで立ち止まり、メリーの問いに自虐するようにそう答えた。その答えに、影人とメリーは驚いたような表情を浮かべた。

 無理もないだろう。少女が述べた「闇に堕ちた者」、その事が示す答えは――

(闇人・・・・・・こいつの正体は闇人だっていうのか・・・・・・・・!?)

 そう。この場においてその事が示すのはそれしかない。光導姫やレイゼロール、闇人がいるこの場では。

 だが影人が真に驚いたのはその箇所ではない。いや、少女が闇人だという事にももちろん驚いたが、影人が真に驚いたのは、この少女が

『・・・・・・・・・・・・はい、そうです。彼女は元光導姫。そして今は・・・・・・最上位闇人の1人になってしまった者でもあります・・・・・』

 影人がその事に気づいた事を察知したのを悟ったのだろう。ソレイユが重苦しいような口調でそう言った。

「・・・・・・・お前がこの場に現れた理由は理解した。お前が未だに招集に応じず、この都市にいた小言はまた後で言うとしよう。そして、この場に現れたという事は・・・・・という事でいいんだな?」

「ええ、それでいいわ。正直、あそこまで戻るの面倒だから、ここに来たっていう側面もあるしね」

 レイゼロールが少女にそう確認し、少女もそれを了承した。ここでいう戻るとは、レイゼロールたちの本拠地に帰るという意味合いだ。

「それはそれとして・・・・・結局、あんたは何なのよ不審者男。同じ闇人かって疑ってたけど、見てた感じあんたはレイゼロールと敵対してる。でもあんたは守護者って感じじゃない。答えなさいよ、あんたはいったい何者?」

 途切れた橋の向こう側にいる少女が、影人に向かってそう問いかけてきた。どうやら、レイゼロールたちとはまだ情報を共有できていないようだ。でなければ、そんな質問はしてこないだろう。 

「・・・・・・・・・・俺の事はレイゼロールにでも聞いてみるといいぜ、失礼女。だが俺の名前だけは教えといてやる。・・・・・・スプリガン、それが俺の名だ」

 少女から質問を受けた影人は、少女の事を失礼女と呼びながらいつも通りにそう答えを返した。何だか久しぶりに名乗った気がする。

「スプリガンね・・・・・・ふん、似合わない気取った名前ね。で、レイゼロール。自分の事はあんたに聞けって言われたけど?」

「・・・・・・・我も教えてもらいたいくらいだがな。我が知っている事はお前とあまり大差ない。奴の名前、闇人でもない奴が我らと同じ闇の力を扱う事、それくらいだ。正体不明・目的不明の怪人・・・・・それが奴だ」

「はあ? 何よそれ。それじゃこいつ、本当に不審者じゃない」

 レイゼロールの言葉を聞いた少女が影人に対してそんな感想を漏らした。なぜだかその目は引いたような感じになっている。

(ふざけやがって。誰が本当に不審者だコラ。どっからどう見ても、誰とも群れない謎の一匹狼な男だろう・・・・・! チッ、これだから分かってない奴は・・・・・・・・)

 少女のその言葉と態度に、影人はシリアスな場面だというのに内心キレていた。今の自分はミステリアスな怪人だ。断じて不審者ではない。

『いや影人。こんな時にふざけないでくださいよ・・・・・』

 影人の怒りの言葉を聞いていたソレイユは、呆れたようにそう呟いた。この少年の事は本当に時たま分からなくなる。氷のような冷静さと針のような鋭さを見せる時もあれば、今のように超がつく緊張感漂う場だというのに、アホまっしぐらな一面も見せる事がある。おそらく、どちらも帰城影人という少年の偽らざる一面なのだろうが、ソレイユにはまだそういった面の理解が難しかった。

(ふざけてねえ。俺は本気で苛ついんだよ)

 影人がソレイユにそう返答していると、メリーが真剣な顔つきでこう言葉を放った。

「あなたが闇人だと言うのなら、あなたも見逃すわけにいきませんわ。私には光導姫としての誇りと責任がありますから」

「光導姫としての誇りと責任ね・・・・・ふふっ、よく言うわね。のかも知らないくせに。本当・・・・・・・滑稽だわ」

「っ・・・・・・・? あなたが何を言っているのか、私には正確には分かりませんが、光導姫の事をバカにしているのだけは分かりました。誇りを傷つけた責任は・・・・・・・・取ってもらいますわよ!」

 メリーが左手の銃口をレイゼロールたちの方向に向けた。そして、メリーは銃を連射した。

(っ!? 嘘だろ、あの光導姫この状況でマジで仕掛けやがった・・・・・・!)

 メリーが発砲したのを見た影人は、その予想外の行動に驚いた。いや、ビビったという方が正しいか。レイゼロールに最上位闇人が3人。普通この状況で光導姫1人だけで仕掛けないだろう。なにせ、勝てるわけがないからだ。例え彼女が実力者だったとしても。

「無駄だ」

 レイゼロールがポツリとそう呟く。するとレイゼロールたちの前に闇の障壁が展開され、メリーの銃撃は全て阻まれてしまった。

「本当に仕掛けてくるなんて・・・・・救いようのないアホね」

 レイゼロールの障壁に守られている少女が、心底呆れたようにそう呟く。まあ普通に考えれば、誰しもそう思うだろう。

(チッ、面倒くせえな!)

 メリーが動いたこの状況は影人も動かざるを得ない。でなければ、レイゼロールたちのヘイトが全てメリーに集まりかねない。そうなれば、メリーが死ぬ可能性が非常に大きくなるからだ。影人は『加速』を使い、向こう岸の橋へ移動しようとした。

「はっ、どこに行く気だよ!?」

 しかし、冥が正面に立ち塞がり影人の行手を塞ぐ。残念だが冥に構っている暇はない。ゆえに影人はかなり贅沢に、あるいは無駄にあの技を――幻影化を使用した。

 影人の体が陽炎のように揺らめき、冥の体を煙のようにすり抜ける。冥はその現象に「は・・・・!?」と驚いていたが、そんな反応はどうでもいい。影人は冥を抜け橋が崩落している空中で実体化すると、そのままレイゼロールたちへと攻撃を仕掛けた。

「喰らえよ・・・・・!」

 影人は宙に闇の板を1つ創造しその板を蹴りながら、虚空から闇色の鋲付きの鎖を複数放った。鋲の先には黒い炎が纏われている。いつもの鎖に少しアレンジを加えた形だが、そこに明確な意図はない。まあ当たれば刺し傷と火傷を負わせられる、それくらいの利点しかないだろう。

「おっとヤバイかこりゃ・・・・!」

「レイゼロール、何とかしなさいよ。私いま封印中だから何にもできない」

「分かっている。お前たち、腕を借りるぞ」

 障壁の裏側からの影人の攻撃に、ゾルダートや少女はそんな反応を示した。そして少女の言葉を聞き、影人の燃える鎖を見つめたレイゼロールは、ゾルダートと少女の腕を掴んだ。

 すると次の瞬間、レイゼロールとレイゼロールに腕を掴まれたゾルダートと少女の姿がその場から消えた。

(瞬間移動・・・・・・触れた対象も移動できるのか)

 対象を見失った鎖が橋に刺さる。影人はレイゼロールが立っていた場所に着地すると、向こう岸――冥と今まで自分がいた橋の方を見つめた。レイゼロールたちが現れる場所は予想がついていた。

「・・・・・光導姫が仕掛けたタイミングを機と捉えたのかは知らないが、残念だったなスプリガン」

「ふん・・・・・・」

 レイゼロールたちが現れた場所は案の定、影人の視線の先だった。これで向こう岸の橋には、レイゼロール、ゾルダート、冥、ソレイユがシオンと呼んだ少女の4人全ての闇サイドが存在する事になった。

「なっ、卑怯ですわよ! こっちに戻って私と戦いなさい!」

 一方、こちらの橋では影人の横まで移動してきた(レイゼロールが転移したと同時に闇の障壁は消えていた)メリーが、キィーとした感じの表情を浮かべながらそう憤っていた。本当に肝っ玉が座っているというか、ヒヤヒヤとさせられるような光導姫だなと影人は思った。陽華や真夏とはまた別の意味で元気な少女である。

「戻って来やがれスプリガン! お前が来ないって言うならまた俺が――!」

「やめろ、冥。先ほども言っただろう。我らがこの街に留まる理由はもうない。撤退する」

 向こう岸の橋では、冥がメリーと似たような事を口走っていたが、レイゼロールが冥の言葉に割り込み冥を制止させていた。そして、レイゼロールがそう言葉を言うのと同時に、レイゼロールたちの後方に大きな闇の穴のようなものが出現した。おそらく、転移用のものだろう。

「そういうこった。ここは素直にお言葉に従おうぜ冥。どうせまた、戦う機会はあるさ」

「・・・・・・・・クソが。分かったよ!」

 ゾルダートに肩を叩かれた冥は苛立ったようにそう言葉を吐くと、真っ暗な穴の中へと消えていった。冥に続くように、ゾルダートもやれやれと首を振りながら穴へと消えて行く。残りはもう、レイゼロールと少女だけだ。

「じゃあね、不審者男。今度もしまたあんたと会う事があれば、次は敵同士。殺し合いでもしましょ」

 少女は穴に入る間際に、影人に向かってそんな事を言ってきた。少女のその言葉に、影人は軽く息を吐きながらこう答える。

「・・・・・光の浄化以外で死なないお前たちと殺し合いなんか不毛だろう。なんせ俺には殺せないからな。・・・・・・・・最後に1つ聞いとくぜ。闇人、お前の名前は何だ? 俺も名前は教えてやったんだ。それくらいは教えろよ」

 正直に言えば、影人はもう少女の名前を、シオンという名前を知っている。だが、影人はなぜだかそう問いたくなった。なんだか、そう聞いた方がスマートというかカッコいいと思ったからだ。こんな時でもブレない厨二前髪野郎である。

「私の名前ね・・・・・・・・・いいわ、教えてあげる」

 影人から名を問われた少女は、自身の名をこう告げた。


「私の名前は――ダークレイ。『十闇』第3の闇、『闇導姫あんどうき』のダークレイよ」


「ダークレイ・・・・・闇の光か」

 少女が名乗った名前はソレイユが呟いた名前とは違っていた。おそらく人間時代の時の名前がシオンで、闇人としての名がそれなのだろう。つまり人としての名は捨てたという事か。

『っ・・・・・・「闇導姫」ダークレイ・・・・・それが、今のあなたの名なのですか、シオン・・・・・・』

 影人の聴覚を通してその名を聞いていたソレイユも、様々な感情を孕んだ声でそんな呟きを漏らした。元光導姫である彼女に、ソレイユは色々と思うところがあるのだろう。 

「そう、覚えておきなさい。私は闇の光よ」

 ダークレイは影人の呟きに頷くと、冥やゾルダートと同じように闇の穴の中へと消えて行った。

「・・・・・・・・・さらばだ」

 最後に残っていたレイゼロールも、影人たちの方に視線を向けそう言うと、闇の障壁に吸い込まれていく。

 そして、レイゼロールたちを飲み込んだ暗穴は、虚空へと収束し消滅した。

(完全に撤退したな。もう追う事は無理・・・・・・結果だけ見りゃ、今回の仕事も失敗か。ったく、情けねえぜ・・・・・・・・・)

 影人は片手で帽子を押さえながら内心でそう呟く。今回もあの大鎌の謎の人物が現れたり、といったイレギュラーはあったが、正直それは影人の仕事の失敗とはあまり関係がない。釜臥山の時の間に合わなかった時とも違う。今回はある程度の予測もついていたのに、レイゼロールは自身の目的を果たしてしまった。

 つまり、今回の仕事の失敗は純粋に影人の力不足や判断不足の要因が大きいというわけである。別に影人は完璧主義者ではないが、やはり自分の仕事が失敗に終われば、自身を情けないと思うくらいの責任感はある。

(悪いなソレイユ。そういう事で、ロンドンの仕事も失敗した。一応聞いとくが、もう他に仕事はないよな?)

『はい、もうありません。それと、影人。私が言えた義理でない事は重々承知しているつもりですが、あまりご自分を責めないでくださいね。あなたは本当によくやってくれました』

(別に責めちゃいねえよ。ただ情けないって思っただけだ。分かった。なら今回の仕事はこれで終わりだな。ああ後・・・・・・・ちゃんと俺は生き残ったから、お前が俺に隠してた話ってやつ聞かせてもらうぜ。くどいようだが、本当に俺に話していいんだな?)

 影人はソレイユにその事について、再度確認を取った。それはソレイユが先ほど影人に言った事。おそらく、それはソレイユの胸の奥底にずっと仕舞われていた話だろう。だから影人は再度そう聞いたのだ。本当に、自分に話していいのかと。

『・・・・・はい。今までは、別に知ろうとしなかったあなたの性格に甘えていました。ですが、レイゼロールが5つ目のカケラを吸収した事によって、流れは変わりリミットが来てしまいました。その話は、これからのあなたの活動に大きく関わってくる話です。だから、私はあなたに全てを話します。・・・・・・・いや、あなただから話すのです。ずっと、私たちを影から支えてくれている、あなただから』

(・・・・・はっ、分かったよ)

 ソレイユの言葉を聞いた影人は、もう何も言わずにただそう頷くとクルリと後ろを向いて歩き始めた。

「ッ、待ってくださいな!」

「・・・・・・・・何だ? 俺に何か用か、光導姫」

 橋を後にしようとした影人をメリーが呼び止めた。影人はメリーの呼び止めに立ち止まり、チラリとメリーの方に視線を向けそう言葉を返した。

「正式な挨拶がまだでしたわね。まずはご挨拶を。私は光導姫ランキング6位『貴人』、名をメリー・クアトルブと申しますわ」

 メリーは優雅に影人に挨拶をすると、こう言葉を続けた。

「スプリガンさん、単刀直入に申し上げましょう。私たちは、共に歩み寄れないでしょうか? 先ほどの様子を見る限り、あなたはやはりレイゼロールたちと敵対しているご様子。ならば、共に戦う事はできるはずですわ」

「・・・・・・・・・お前、俺が光導姫を攻撃したことと、『提督』や『巫女』に言った敵対宣言の事を知らないわけじゃないだろ。その事を知っててなお、お前は俺にそう言うのか?」

「ええ。先の光導会議と守護会議の意見をソレイユ様とラルバ様が協議した結果、私たちはあなたが攻撃してこない限りあなたを敵としないという事になりました。ですので、今ならば歩み寄れるはずですわ。それに、あなたは光導姫や守護者を攻撃したといいますけど、光導姫や守護者を助けてくれてもいます。だから、私はそんなあなたならば歩み寄れると思っていますわ」

 メリーが笑みを浮かべて、右手を前に差し出した。どうやら握手でもしようという事らしい。どんな者とでも分かり合おうとする精神。それは誰にでも持てる者ではない。影人は真っ直ぐに自分にそう言ってきたメリーの気高い精神を、素直に内心で認めていた。

「・・・・・・・・・ふん。俺は一匹狼だ。お前たちと群れる気は更々ない」

 だが、影人はスプリガン。そのような提案にはいと頷けるわけがない。影人はメリーにそう言うと、メリーに背を向けて再び歩き始めた。

「ッ、そうですか・・・・・・残念ですわ」

 メリーは影人の返事に言葉通り残念そうな表情を浮かべた。しかし、すぐにその表情を元の表情に切り替えると、去りゆく影人にこんな言葉を投げかけた。

「では、いずれ分かり合って共に戦える事を願いますわ!」

「・・・・・・・・・はっ、面倒な奴だぜ」

 後方から聞こえるメリーの声に、影人は小さな笑みを浮かべると、ポツリとそう言葉を漏らした。

 

 ――こうして、ロンドンでのカケラを巡る戦いは終息した。

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