第150話 カケラ争奪戦 イギリス(9)

「・・・・・・これで5つ目。ようやく半分、または半分近くか・・・・・・・・・」

 カケラを手に持ったレイゼロールはポツリとそう呟いた。レイゼロールには分かる。これは本物のカケラだ。なぜ時計の根元に埋まっていたのかはわからないが、今はそんな事はどうでもいい。大事なのはこれが本物のカケラであるという事だからだ。

「ッ! そいつがお前の目的物か・・・・・・悪いが――」

 レイゼロールが持った黒いカケラを見た影人は、それがレイゼロールの目的物だと察知した。影人はそれを奪取するために、レイゼロールに再び近づこうとするが――

「・・・・・・・無駄だ。もう遅い」

 レイゼロールはそう呟くと、右手に持っていたそのカケラを握って砕いた。砕かれたカケラは空中へと散らばる。

 次の瞬間、砕かれたカケラは闇となってレイゼロールに吸収された。すると、レイゼロールから闇の波動のようなものが発せられた。

「ッ!?」

 影人は思わずその場で静止した。なぜならば、その波動のようなものが発せられた瞬間に、影人をある感覚が襲ったからだ。

 それは凄まじい闇の力の揺らぎ。それが、世界に奔った感覚。影人が過去に何度か感じた事のある、あの感覚だった。

(やっぱりこの感覚は、レイゼロールが原因だったって事か・・・・・・・・!)

 レイゼロールと何か関連がある感覚だとは影人も予想はしていた。しかし、その感覚がレイゼロールと関連があるという確かな証拠は何もなかった。 

 だが、やはりレイゼロールと先ほどの感覚とは関連があったのだ。その関連の証拠を影人はいま目撃したのだから。

(あのカケラをレイゼロールが砕いた瞬間、砕かれたカケラが闇となってレイゼロールに吸収された。その次の瞬間にあの感覚。つまり、レイゼロールはあれと同じカケラを今まで何度か吸収してたって事か・・・・・)

 影人はレイゼロールをジッと見つめながらそう思考した。今まで分からなかった事に答えが与えられていく。レイゼロールの目的物はあの黒いカケラ。感覚との関連を考えるに、あのカケラは複数存在しており、少なくともレイゼロールはカケラを4個以上は吸収している。いや、夏休み最終日の感覚は他の感覚より大きかったので、もしかしたらもう少しカケラを吸収しているかもしれない。

「ふっ・・・・・力が戻って来る。なるほど、やはりこれでちょうど半分か。今ならその事が分かるぞ・・・・・・・・!」

 レイゼロールは珍しく笑みを浮かべそんな事を呟いた。そして、レイゼロールは高揚したようにこう呟きを続けた。

「半数でこれ程に変わるか。ふふっ、ようやくだ数千年かかったがようやく半分・・・・・! あと半分のカケラと、必要な闇のエネルギーさえ貯め終えれば・・・・・・・・!」

「っ・・・・・?」

 珍しく高揚しているレイゼロール。その呟きの意味も影人にはよくは分からないが、かなり重要なものだろう。だが、影人はそれよりもレイゼロールの右の瞳に疑問を覚えた。

 レイゼロールの瞳の色はアイスブルー。しかし見間違いでなければ、レイゼロールの右の瞳の色はいつの間にか変化していた。

 ――真っ黒な漆黒の瞳へと。

(なんだ? なんで急にレイゼロールの瞳の色が・・・・・・って、もう戻った・・・・・・?)

 影人が内心で不思議そうにそう呟いていた瞬間に、レイゼロールの右の瞳の色はもう元に戻っていた。レイゼロールの瞳の色がアイスブルーから漆黒へと変化していた時間は、およそ2、3秒ほどだった。

『――影人、影人!』

 影人がレイゼロールの瞳の事について考えていると、脳内に自分を呼ぶソレイユの声が響いた。 

(! ソレイユか。俺に話しかけて来たって事はもう闇奴の方は大丈夫って事か?)

『はい。そちらはもう問題ありません。闇奴は全て浄化済みです。最上位闇人の1体と交戦した『守護者』に関しては重体ですが、何とか一命は取り留めました。それよりも影人、今の感覚からするに・・・・・』

(・・・・・・・・悪い。そういう事だ。レイゼロールは目的物を回収し吸収した。仕事は・・・・・失敗しちまった)

 ソレイユの確認に影人は内心でそう謝罪の言葉を述べた。影人の報告を受けたソレイユは、『そうですか、やはり・・・・』と重苦しそうな言葉を漏らした。

『・・・・・・影人。この戦いが終わったら、あなたに伝えたい事があります。これからの事、それから・・・・・・・・・を、あなたに教えます。だから、いつも通り絶対に戻って来てくださいね』

 ソレイユは決然としたようにそう言った。ソレイユのその言葉に、影人は軽く笑ったようにこう言葉を返した。

(はっ、やめろよ。死亡フラグみてえじゃねえか。つーか、お前無理してねえか? 俺は別に、そういった情報をどうしても知りたがるような好奇心は持ち合わせちゃいないぜ?)

『いいえ、影人。あなたが前に私に言った、「来るべき時」が来たのです。レイゼロールが5つ目のカケラを吸収したこの時こそが・・・・・・リミットです』

(そうかい・・・・・・なら、今回も生き残ってお前から話を聞いてやるよ)

 内心でそう言って、影人はソレイユとの念話を切った。そして影人は目の前のレイゼロールにこう言葉をかけた。

「・・・・・随分とご機嫌だな、レイゼロール。てめえの笑う顔は初めて見たぜ」

「・・・・・・・・スプリガン。そうか、当然ではあるがまだ貴様がいたな。丁度いい、見せてやろう。今の我の力を・・・・・!」

 影人が掛けた言葉によって、再び影人に意識を向けたレイゼロールは影人を見てそう言葉を発した。

 そして、その言葉を発し終えると同時にレイゼロールの姿が消えた。

「ッ・・・・・・!?」

 いつもの超スピードではない。本当に忽然とレイゼロールは影人の目の前から姿を消したのだ。今の影人は眼を闇で強化している。レイゼロールが超スピードで動いていたならば、見失うはずがない。

(なんだいったい何が起こった!? 転移なら何か予兆が――)

「――今度は貴様が落ちろ」

 影人が混乱していると、影人の後ろからそんな声が聞こえた。

「なっ!?」

 背後から聞こえたレイゼロールの声に、影人は驚きながら振り向こうとするが、振り向こうとする前に影人は首を掴まれた。そして、そのまま地上へと急激に落下させられていく。

「ぐっ・・・・・!?」

「このまま地面にぶつけて貴様の肉体を壊してやろう。例え肉体を硬化させても、タダでは済むまい」

 影人の首を後ろから押さえながら地面へと落下するレイゼロールがそう言葉を放つ。どうやら、レイゼロールはこのまま影人を地面に叩きつける気らしい。確かに、これ程の落下速度で硬いコンクリートに叩きつけられれば、レイゼロールの言う通り、体を硬化させたとしてもかなりのダメージを受けるだろう。

「はっ、俺を舐めるな・・・・!」

 あと2秒ほどで地面に叩きつけられる。転移は間に合わない。だが、影人は強気にそう言葉を放つ。こういう時に便利な技が1つあるからだ。

 地面がすぐそこまで迫る。その時、影人はその技を使った。

「ッ、これは・・・・・・・」

 影人の体が陽炎のように揺らめく。そして、影人の体がそのように変化するのと同時に、レイゼロールが掴んでいた首の感触が煙のように消え去った。

 そのまま地上へと着地したレイゼロール。着地の寸前で黒翼を大きく羽ばたかせる事によって、レイゼロールはスッと着地した。

 一方、陽炎のように揺らめいた影人はそのまま煙のように揺蕩いながら、橋の上に移動した。その場に移動したと同時に、影人の体は実体を得る。

「幻影化・・・・・・ふん、やはり貴様はどこまでも未知数だな」 

「・・・・・その言葉、そっくりお前に返すぜ。超スピードでも転移による移動でもない・・・・・・ノーモーションで俺の背後に現れた、お前にな」

 幻影化。力を大きく消費するが、自分も使えるこの技よって影人は事なきを得た。だが、レイゼロールが背後に一瞬にして現れたあの技だけは、未だに影人にも分からなかった。

『――別に簡単な話だ。レイゼロールの奴は転移じゃなく瞬間移動したんだよ』

(瞬間移動・・・・・・・・? それ、どういう事だよイヴ)

 突如そう言って来たイヴに、影人は内心でついそう聞き返してしまった。

『言葉通りの意味だ。レイゼロールがノーモーションでお前の後ろに出現したのは、瞬間移動だって言ってんだよ。瞬間移動は転移とは違う。転移が数秒の時間を要して、短距離だろうが長距離だろうが移動できるのに対して、瞬間移動は移動する距離こそ短距離に限られるがほとんど0秒でその場に移動できる。まあその無茶なやり方上、転移よりもかなり力を消費するがな』

 イヴがいつも通り物知り博士のように影人にそう解説してくれた。瞬間移動。なるほどそういう意味か。

(サンキュー、イヴ。おかげで疑問が解消したぜ。やっぱお前は頼りなる)

『けっ、てめえになんか頼られたくねえぜ』

 影人がイヴとそんな会話を交わしていると、影人の後方からザッと派手な水音が聞こえた。

「ははっ、やってくれやがったなスプリガン! さっきの連撃は効いたぜ!」

 影人と影人と向かい合っていたレイゼロールが、水音がしてきた方向に視線を向けると、ずぶ濡れの冥が破損した橋上付近に立っていた。

「さあ続きと行こうぜ! まだまだ俺は――!」

 冥が身に纏った闇を激しく揺らめかせながら、そう言葉を続けようとした。だが、レイゼロールは何かに気がついたようにこう言葉を割り込ませた。 

「っ、待て冥。後ろを見ろ。あれは・・・・・」 

「ああ? 後ろ? いったい何だよ」

 冥は仕方なしに自分の後ろ――向こう岸の橋の方に視線を向けた。影人もレイゼロールと同じ方を向いていたので、レイゼロールが何を見たのかよく分かった。ちなみにではあるが、影人はちゃんと後方のレイゼロールの事を警戒している。レイゼロールが何かすればいつでも反応できるように。

「ゲホッゲホッ! よ、よう冥・・・・・・・て、てめえは変わらず元気そうだな・・・・」

「そういうてめえは今にもポックリ逝っちまいそうだな、ゾルダート。随分と派手にやられてんじゃねえか」

 向こう岸の橋の上に現れたのは、胸部にナイフが刺さっている男だった。気配と冥の言葉、あと血の色からするに、かなり弱っているが最上位闇人だろう。ゾルダートと呼ばれた最上位闇人は、胸部から黒い血を流し、咳き込むと同時に吐血していた。

「へっ、ま、まだ逝きやしねえよ・・・・・そ、それよかレイゼロール様ミストレス、か、回復をお願い出来ませんかね・・・・・・・・・?」

「回復の力は貴様にやったはずだが・・・・・・・まあいいだろう」

 苦しげに笑みを浮かべながらそう言ってきたゾルダートに、レイゼロールはそう言葉を返した。その次の瞬間、レイゼロールの気配が影人の後ろから消え、レイゼロールはゾルダートの横に移動した。先ほどイヴが教えてくれた瞬間移動だろう。

「まずはナイフを引き抜くぞ」

「お、お願いしますよ・・・・・がっ!?」

 レイゼロールがゾルダートの心臓に刺さっていたナイフを勢いよく引き抜く。ゾルダートがそのショックから両目を見開く。ナイフが抜かれた瞬間、凄まじい量の黒い血が体外へと流れ出た。

「・・・・・・・・・分かっていると思うが、血の量までは回復できないぞ」

 レイゼロールは右手をゾルダートの心臓付近にかざした。右手に闇が集まる。そしてその闇は、ゾルダートの傷口に流れていき、ゾルダートの傷口に纏わりついた。

 すると、ゾルダートの傷口とその体内の心臓は綺麗さっぱりに治癒された。

「・・・・・・・」

 影人はその光景をただジッと見つめていた。回復の妨害をする事も出来なくはなかったが、妨害の行動にはリスクが高かった。いくら影人といえど、冥とレイゼロールがこれほど近くにいる中で、迂闊には動けないからだ。

「・・・・・・・ふぅー。ありがとうございます。おかげさまで元通りだ。まあ、血はけっこう流しちまったんで、けっこう弱くなっちまってるでしょうが。それで・・・・・・あの黒衣の男が噂のスプリガンですかね? どうやら、俺が足止めしてる間に現れたみたいだ」

 レイゼロールから治癒を受けたゾルダートは、いつも通りの口調で礼の言葉を述べると、その視線を影人へと向けた。

「ああそうだ。それとカケラは回収した。もうこの都市に用はない。戻るぞ」

「おお、そいつは重畳。まあ、さっきの感覚で分かってはいましたけど。了解です。正直、噂のスプリガンにちょっかいは出したいですけど、今の弱ってる俺じゃ負けるのがオチでしょうしね」

「ああ? おいおいふざけんな! こっからだろうがよ! 俺は残るぜレイゼロール! 俺はまだ満足しちゃいねえんだ!」

 レイゼロールとゾルダートの会話を聞いていた冥が、不満げにそう叫んだ。戦闘狂の冥からしてみれば、せっかくスプリガンと戦っているのに撤退という選択肢は到底許容できないものだった。

 スプリガン、レイゼロール、冥、ゾルダート。ウェストミンスター橋の上に闇を扱う者たちが集結し始めた。そして、そこに新たに1人、光の力を扱う者が現れた。

「ッ! 追いつきましたわよクソ闇人! 今度こそ、この私がてめえの息の根を止めてやりますわ!」

 ゾルダートとレイゼロールの後ろに現れたのは、ゾルダートを追っていたメリーだった。メリーは右手のサーベルをゾルダートの方に向けながら、怒ったようにそう言葉を放った。

「! レイゼロール・・・・・! それに奥にいるのは、もう1人の闇人と・・・・・・・・まさか、彼があのスプリガンですの・・・・?」

 メリーはゾルダート以外の人物たちを見渡しながら、最後に影人の方に目を向けた。スプリガンの事はもう全世界の光導姫と守護者が知っている。もちろんその特徴もだ。メリーはその特徴から影人がスプリガンだと予測したのだろう。

「って、どどどどういう事ですの!? 我が英国が誇るウェストミンスター橋が壊されて・・・・・・!? どいつですの! この橋を破壊した奴は!?」

(すいません俺です・・・・・・・)

 メリーは橋の一部が崩落しているのを見て、動揺した。そんなメリーの言葉に、影人は内心謝罪した。英国民である彼女からしてみれば、自国の有名な橋が破壊されているというのは、かなりショックだろう。後でコッソリ直すので許してほしい。影人は内心でそう言葉を付け加えた。

「お前が足止めしていた光導姫か。お前と戦った割にはまだまだ元気そうだな」

「すいませんね。守護者がいなけりゃ殺せてたと思うんですが・・・・・・まあ、時間は稼いでたんで許していただきたい」

 メリーの出現にレイゼロールはそんな反応を示した。守護者の姿はないが、ゾルダートを追い詰めた光導姫はほとんど軽傷だった。つまりは、まだまだ戦えるという事だ。

「まあ、いいですわ。どうせレイゼロールかもう1人の闇人がやったに決まってる事ですの。スプリガンさんを除く、てめえら全員とっちめて浄化してその命で損害料を払わせてやりますわ」

 メリーはかなりキレているのか、かなり乱暴な口調だった。影人は内心で本当に平謝りした。残念だが、メリーのその決めつけは間違っている。

「・・・・・随分と威勢がいい。貴様1人で我らに勝つつもりか?」

「あら、威勢は大事でしてよ。やれると思わなければ、どんな事だって出来やしませんわ」

 レイゼロールとメリーとの間に見えない火花が爆ぜる。これはまた戦いが勃発するかと影人は密かに身構えたが、戦いが起こる事はなかった。


「――威勢がいい事と無謀は違うわよ。今の光導姫はそんな事も分からないのね」


「「「「「ッ!?」」」」」

 なぜならば、更なる乱入者がこの場に現れたからだ。その乱入者の出現に、橋の上にいた全員は驚いたような表情を浮かべた。橋の上にいた全員の視線は、その声が聞こえて来た方向――メリーの後方に向いた。

「ちょっと建物の陰から観察してたけど、中々面白そうな事になってるわね。久しぶりね、レイゼロール。それにあんたらも」

 コツコツと靴音を響かせて現れたのは、1人の少女だった。少女はレイゼロール、ゾルダート、冥の方を見渡しそう言葉を続けた。紫紺の色の髪に紫がかった黒の瞳のその少女に、影人は見覚えがあった。

(あいつ、レイゼロールを追ってる最中に俺とぶつかった女じゃねえか・・・・・・・)

 なぜあの少女がこの場にいるのか、影人には分からなかった。ただこの場に現れた事、今の発言などからするに明らかに一般人ではないという事はよく分かった。

『っ!? ・・・・・・・・・・』

 影人がそんな事を考えていた時、影人の脳内にソレイユの声が響いた。いや、声と言うよりかは呟きだ。その呟やいた声はどこか震えていた。 

(シオン・・・・・・? ソレイユ、お前あの女のこと知ってるのか?)

 先ほどの語りかけ以降、自分の視聴覚を共有していたであろうソレイユに、影人は内心でそう聞き返した。

『ええ、私は彼女の事を知っています。なぜなら彼女は・・・・・・・・・かつて、ですから・・・・・』

(光導姫だった少女・・・・・・?)

 ソレイユのその言葉を聞いた影人は、気がつけばおうむ返しにそう聞き返していた。


 ――ロンドンでの戦いは、もう終わりへと向かっていた。

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