第148話 カケラ争奪戦 イギリス(7)

(ったく、中々にカオスな状況だな・・・・・・・・)

 ゾルダートとメリーたちの戦いが終わる前、ウェストミンスター橋に現れた影人は、闇のモノたちを召喚しながら内心そう呟いた。

 正面にはこちらに殺意を向けて来る骸骨兵と、その主たるレイゼロール。橋の手前には冥。そして影人からかなり遠い位置にはなるが、釜臥山で影人に襲いかかって来たあの死神のような人物も、この場にはいる。正体不明の怪人が2人に、最上位闇人1人、それにその闇人を統べる親玉。この状況を混沌と呼ばずして何と呼ぶか。

「・・・・・貴様はいつだって我の邪魔をする。我と同じ闇の力を扱い、我と同レベルの力を持つ異端の怪人。更に未だに貴様の目的もわからないときたものだ。・・・・・・・・いい加減、目的も分からない者に邪魔をされ続けるという、気持ちの悪い状況は終わりにしたいものなのだがな・・・・・!」

 レイゼロールの召喚した骸骨兵と、影人の召喚した闇のモノたちが互いを攻撃し合う中、レイゼロールは影人に向かってそんな言葉を吐いて来た。珍しい事に、レイゼロールの表情には怒りや苛立ちといったような感情が表れていた。

「・・・・・・・・・どうした、今日はやけに感情的だな? いつもは人形みてえに無感情って感じのツラしてんのによ」

 影人は闇のモノたちがいる中心からレイゼロールを見つめ、バカにしたようにそう言った。影人の言葉を受けたレイゼロールは、「ふん」とつまらなさそうに鼻を鳴らした。

「・・・・・・我とて感情は有している。こうも邪魔をしてくれれば、貴様を不快に思う気持ちも強まるというものだ。この気持ちを鎮めるためには・・・・・・・・・貴様を排除する他あるまい・・・・・!」

 そうレイゼロールが呟いた瞬間、レイゼロールの姿が突如として消えた。しかし影人には分かっていた。レイゼロールは消えたわけではない。超高速で動いたに過ぎない。

「けっ・・・・・」

 影人が面白くなさそうにそう声を漏らした次の瞬間、影人もレイゼロールと同じようにその場から消えた。別段、種はない。いつもの闇による身体能力の強化(今回は単発的な強化)と闇による『加速』の力だ。

 レイゼロールと影人が消えた。だが2人は1秒後、今までお互いに対面していた位置の中央辺りに出現し、闇で創造した剣と剣を打ち合わせた。

「お前も芸がないな。また俺と不毛な近接戦をやるつもりか?」

「確かに、我とお前の近接戦は不毛だ。我らは互いに眼を闇で強化し、その反応速度を爆発的に上げられるからな」

 影人が剣を打ち合わせながら、レイゼロールにそう問いかける。レイゼロールは影人の言わんとしている事を察し、そう答えを述べる。

「だから今回は違う戦い方で貴様と戦うとしよう。スプリガン、貴様は・・・・・・?」

「あ・・・・・?」

 レイゼロールは影人にそんな事を聞いてくると、剣を引き影人から一歩距離を取った。

「言葉通りの意味だ。何せ、飛べなければ貴様は一方的に我から攻撃される事になるだろうからな」

 レイゼロールは自分に襲いかかって来た闇のモノたちを、見向きもせずにその剣で斬り捨てる。そしてその背中から黒い翼を生やし、レイゼロールは空中へと羽ばたいた。

「ちっ、鳥にでも・・・・・いや、さながらカラスか。それにでもなった気かよ」

 影人は自身に襲いかかって来た骸骨兵を適当に剣で刻みながら、浮かび上がったレイゼロールに視線を向けた。

(飛ぶね・・・・・・・・まあ、やった事はねえがたぶん出来るだろ)

 初めての事は基本的にはイヴにやってもらった方が楽だが、イヴはまだロンドンに来る前のやり取りのせいで機嫌が悪い。なので、素直に影人のお願いを聞いてくれる可能性はかなり低い。ならば、自分でやるしかない。

(レイゼロールみたく翼生やすだけじゃつまらねえ。いや黒翼っていうのは確かにカッコいいが・・・・・被るのはなんか嫌だ)

 こんな時だというのに、この頭がどうかしている前髪野郎はそんな事を思った。本当にバカなんじゃないかと思う。

(そうだな。せっかくならそのまま浮くか。身一つで浮くっていうのも、なんかいい感じだしな。んじゃ、イメージは重力からのある程度の解放って感じか)

 影人がそうイメージすると、影人の足元に薄い闇が纏わりついた。そしてその闇が足元に纏わりつくと、影人の体は徐々に空中へと浮いていった。

 そして、影人はレイゼロールと同じ高さまで上昇すると、そこで上昇することをやめた。

「・・・・・・・・これで満足か?」

「・・・・ふん。いいや、残念だ・・・・!」

 レイゼロールは翼をはためかせると、先ほど黒フードの人物にも放った千の闇色のナイフを創造した。

 そして、千のナイフは影人に向かって放たれた。

「空中戦か。いいぜ、俺の機動力を試してやる・・・・・!」

 影人は放たれたナイフを回避するため、一旦後方へと移動し距離を稼いだ。今の影人は空中を自在に動く事が可能だ。

 そして、影人は自分に向かってくるナイフの軌道を軽く見極めると、縦横無尽に宙を移動し千のナイフを躱し続けた。

「・・・・・・・・よく避ける。なら、こうしてやろう」

 その光景を見たレイゼロールが右の掌を正面にかざす。すると全てのナイフが影人の方を向き直し、影人を追尾してきた。

「ちっ、ホーミングか・・・・・!」

 影人は面倒くさそうにそう呟くと、移動する速度を上げた。

「無駄だ。どこまでも貴様を追い続けるぞ」

 レイゼロールは右手を動かしナイフの群れを操作すると、下を除く全方位からナイフで影人を囲んだ。

「切り刻まれろ」

 ナイフによる包囲を完成させたレイゼロールは、その右手をグッと握った。するとそれを合図とするように、影人を包囲したナイフが四方八方から発射された。

「残念だが・・・・・そいつは無理だ」

 追尾して来るナイフを面倒だと感じていた影人は、ここらでこのナイフを片付けようと両手に闇色の拳銃を創造した。

(――眼の強化。10、いや5秒でいいか)

 影人の金の瞳に闇が浮かぶ。途端、視界に映る全ての光景がスローモーションに見える。影人はそのスローモーションに映る世界の中で、両手の拳銃の引き金を引き続け、襲いかかって来る全てのナイフを迎撃していった。

 影人にとっては体感では十数秒。自分を包囲していた全ての千のナイフを迎撃した影人は、眼の強化を解除した。

 途端、影人の視界の光景が元に戻る。影人によって迎撃された千のナイフは、全て撃ち落とされ地上へと降っていった。

「・・・・・・3秒でよかったな」

「眼の強化か・・・・・・」

 上から落ちてくるナイフを避けながら、影人はそう言葉を漏らした。そして、影人が凄まじい反応速度でナイフを迎撃していく様を見ていたレイゼロールは、影人が何をしたのかを理解していた。

「まあな。・・・・・・・それじゃ、ナイフを貰った礼だ。俺からはこいつをくれてやるぜ」

 影人が冷たい笑みを浮かべると、影人の後ろの空間に、黒い炎、黒い氷、黒い雷が生じた。そして、それらはそれぞれ3体の竜へと姿を変えた。

「「「ギャアアアアアアアアアッ!」」」

「ッ!?」

 3体の竜が誕生の産声を上げる。その3体の竜に、レイゼロールは警戒したような表情を浮かべた。

「・・・・・さながら『三態の竜ヒドラ』ってところか・・・・・・・・・・行け」

 影人がその竜たちにそう命令すると、その竜たちは鳴き声を上げながらレイゼロールへと向かっていった。

「くっ・・・・・・!」

 レイゼロールは黒い翼をはためかせ、顎門を開けながら襲いかかって来る竜たちを回避した。その一瞬、レイゼロールの意識は影人から逸れた。

「はっ・・・・・・」

 その瞬間を影人は見逃さなかった。影人は酷薄な笑みを一瞬浮かべると、。狙い通りだ。

「ちっ、目障りな竜どもが・・・・・・・・!」

 レイゼロールは虚空から巨大な黒腕を複数呼び出し、3体の竜たちを一旦拘束した。そして、意識をスプリガンの方へと戻す。

 だが、そこにスプリガンはもういなかった。

「ッ!? 奴はどこに・・・・・!」

 レイゼロールがスプリガンの姿を探す。しかし、スプリガンの姿は空中にはどこにも確認出来ない。

「――そろそろ空中戦は飽きたぜ。地上に戻るか、レイゼロール」

「上か・・・・・!」

 上空の影に気がついたレイゼロールは上を向いた。すると、そこには闇の渦から出てきたスプリガンがいた。どうやら、レイゼロールの意識が竜たちに向いた一瞬の隙に転移したようだ。

「だから、まずは落ちなきゃな・・・・・・!」

 影人はレイゼロールにそう言うと、右足で思い切りレイゼロールを蹴り落とした。一応、蹴りは闇で強化した。無詠唱の方なので、詠唱有りよりかは威力が落ちるが。

「ぐっ・・・・・・・!」

 影人の蹴りを咄嗟に両腕を交差させて受け止めたレイゼロールは凄まじい速度で地上へと落下していく。この速度では翼をはためかせても意味はないだらう。

「・・・・・ついでだ、こいつも試してやる。おい、竜ども。力くれてやるから、そんな拘束どうにかしろ」

 影人は巨大な黒腕に拘束されている竜たちに力を流し込んだ。3体の竜は影人が生み出した存在だ。ゆえに力の経路自体は見えなくとも繋がっている。影人はその経路を通じて、竜たちに力を与えた。

「「「ギャオオオオオオオオオオオオッ!」」」

 影人に力を流し込まれた竜たちは、雄叫びを上げると黒腕を引きちぎり或いは噛みちぎった。そうして自由を得た竜たちは、主である影人の元へと戻って来る。

(確か・・・・こうだったな。まあ、水じゃくて氷だが大丈夫だろ)

 影人は落下しているレイゼロールを見下し狙いを定めると、3体の竜を融合させた。黒炎、黒氷、黒雷、融合したそれらの竜は、真黒な破滅の光へと姿を変えレイゼロールへと降り注いだ。

(ッ、キベリアの・・・・・・・! ちっ、これだけは受けてはまずい・・・・・!)

 上空から放たれた破滅の光を見たレイゼロールは、自身に幻影化の力を施した。転移では間に合わないと判断した結果だ。

 幻影化したレイゼロールは破滅の光に焼かれるも、陽炎のようにゆらめきその攻撃を無効化した。これで、レイゼロールの受けるダメージはゼロとなる。

 しかし、物質はそうはいかない。影人が放った破滅の光は、レイゼロールの直線上に位置していたウェストミンスター橋へと降り注ぐ。

 その結果、橋と橋の上にいた骸骨兵や闇のモノたちは、破滅の光に焼かれ塵と化した。もちろん、光の範囲内のだが。

(あ、ヤベェ・・・・・・・・・)

 地上を見下した影人は思わず内心そう呟いた。影人が放った破滅の光によって、ウェストミンスター橋の一部分が抉られ崩壊している。ちょうど、橋が途切れたような感じになってしまっているのだ。

(やっちまった・・・・・・ノリで撃って建造物のこと考えてなかった。アホか俺は・・・・・・・)

 損害賠償はいくらだ、と思わず庶民的な事を考えてしまう影人。しかし、影人はそんな事は今はどうでもいいと割り切り、橋の途切れている手前あたりに降り立った。まあ、スプリガンの力なら後で直せるだろう。

「・・・・・全く、やってくれるな」

「・・・・・・・・無傷のくせに何がだよ」

 陽炎のようにゆらめきながら、向こう岸の橋に現れ実体化したレイゼロールに影人は視線を向ける。黒翼はもう消えていた。あと、当然のように無傷なのは、なんだか少し腹が立つ影人であった。

(やっぱあの『幻影化』ってやつはチートだな。攻撃はできないが一種の無敵みたいなもんだし・・・・・だが、幻影化はその分バカに力を喰う技だ。レイゼロールの力の総量がどれくらいかは分からねえが、何十回も連発は出来ないはず。なら、ガス切れを狙うか?)

 影人はレイゼロールにどうダメージを与えるかを思考した。一応、影人の仕事はレイゼロールの妨害。又は釜臥山の時と同じならば、レイゼロールの目的物の奪取だ。つまり、レイゼロールを倒す必要も、ダメージを与える必要もない。

 だが、レイゼロールは手を抜ける相手では決してない。そういった相手に守りのスタンスや時間稼ぎのスタンスをするのは得策ではない(まあ場合によるが、今この時は違うという意味)攻めの姿勢を崩せば、レイゼロールはそれを見破り影人に更に積極的に攻撃してくるだろう。そうなれば、影人は後手に回らざるを得なくなる。最悪の場合は、回復や転移も間に合わずに一撃で殺される技なども放たれるかもしれない。

 一応、影人も幻影化は出来るので一撃必殺の攻撃を受けて死ぬという事はないが(影人は以前に仕事とは無関係に『幻影化』を試した。なので、幻影化の燃費の悪さも知っている)、燃費が悪すぎるので出来ればあまり使いたくはない。幻影化はそれくらいの奥の手なのだ。

 結局、影人が考えているのは自分の姿勢の問題だった。攻め続け、レイゼロールを倒すという姿勢。この姿勢を維持しなければ、影人の動きと思考には甘えが出て来る可能性があるからだ。甘えが出れば何をやらかすか分かったものではない。

「はっ・・・・・さあ、また地上戦と行こうぜ。さっきより足場は一部悪くなっちまったがな」

 影人がレイゼロールにそう言うと、まだ残っていた闇のモノたちが影人の周囲に集まって、対岸のレイゼロールに向かって威嚇し始めた。先ほどの影人の光による攻撃で骸骨兵や闇のモノたちは8割型は死滅したが、まだ残っているモノもいた。

「・・・・・抜かせ。言ったはずだ、貴様は邪魔だと。今の我に貴様と戦っている時間はない」

 レイゼロールが影人を忌々しげに睨みつける。そんなレイゼロールの周囲には骸骨兵が集まり始める。カタカタと骨と武器の音を鳴らしながら、影人の方にその虚な眼窩を向けてくる。

「――はっはははっ! やっぱ我慢出来ねえ! おい、レイゼロール! スプリガンの相手は俺が貰うぜェ! 代わりにあの黒フードはお前に任せる!」

「「ッ!?」」

 緊張が高まり、レイゼロールとスプリガンの次の攻防が始まると思われた時、突如としてそんな声が響き、ある人物がレイゼロールの後ろから飛んだ。冥だ。突然の冥の乱入に、影人とレイゼロールは一瞬驚いたような表情を浮かべる。

「そうら、スプリガン! こっからは俺とろうぜ! 嬉しいぜまたてめえと戦えるのはよ!」

 冥は崩壊した橋の箇所を跳躍しながら、心の底から嬉しそうなギラついた笑みを浮かべる。

「チッ、戦闘狂いが・・・・・!」

「ははっ、狂ってて悪いかよ!?」

 影人は注意を冥に向けバックステップで距離を取った。残っていた闇のモノたちが、冥を迎撃しようと攻撃体勢を取る。また遠距離の攻撃手段を有しているモノは、空中の冥に向かって触手や弓矢などで既に攻撃を開始した。

「雑魚どもが! 無駄なんだよ!」

 冥は硬化した体で弓矢や他の攻撃を全て弾き、自分に伸びてきた触手を逆に右手で掴むと、それを思い切り引き自身を加速させた。全力で引けば触手の本体の闇のモノが飛ぶので、あまり力は込めていない。固定させていなければ、加速はあまり生じないからだ。

 触手のおかげで影人のいる橋の方に近寄れた冥は、触手の本体の闇のモノを蹴り潰して着地した。その周りにいた闇のモノたちも、適当に殴り蹴り全滅させると、影人の方へと向かってきた。

「今度は俺が勝つぜ、スプリガン!」

闇纏体化あんてんたいげ。やるしかねえか・・・・・・・!」

 影人の体に闇が纏われる。先ほどの単発的な身体能力の強化の方ではなく、常態的な強化の方だ。冥レベルの闇人と近接戦をするなら、これは必須だ。

 スプリガンと冥の戦い。その第2戦目はロンドンの橋の上で始まった。

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