第147話 カケラ争奪戦 イギリス(6)

「ち・・・・・くしょう・・・・・」

 額に強力な浄化の力を宿した弾丸を受けたゾルダートは、そう言葉を漏らしドサリと仰向けに倒れた。額から黒い血を流しながら。その際、プロトもまだかろうじて意識があったのだろう。ゾルダートが倒れると同時に両腕で握っていたゾルダートの右腕を離した。

「プロトッ!」

 ゾルダートが倒れたのを確認したメリーは、両手に持っていた武器を手放しプロトに駆け寄った。

「ゲホッゲホッ・・・・・・し、信じていたよ・・・・クアトルブ嬢・・・・・き、君ならやってくれるってね・・・・・」

 プロトは弱りきったような声で、メリーに微笑みかけた。プロトはメリーを不安にさせないために笑みを浮かべているのだろうが、メリーからしてみればその薄弱とした笑みは、今際の際のもののように思えた。

「ええ、ええ。私はやる時はやる女ですわ。それよりも一刻も早くあなたを治療いたしませんと!」

 倒れたゾルダートに背を向けながら、メリーは血塗れのプロトを抱えた。その顔は焦りや不安といった感情が全面に押し出されていた。

「1番はソレイユ様が回復の力を扱える光導姫をこの場に派遣してくださる事ですが・・・・・」

 メリーは心配するような顔でそう呟いた。プロトはいま胸部にナイフが突き刺さった状態で、左腕と左脇腹にも刺し傷がある。脇腹の方は胸部と同じくらいの傷の深さだ。正直に言って、今のプロトはいつ死んでもおかしくはない。

「・・・・待っていられませんわね。プロト、安心してくださいまし。いま私が車を手配しますわ。それで病院に向けて爆走しま――」

 メリーがワンピースのポケットからスマホを取り出し、自分の家の者に電話しようとしたその時、


「――危ねえ危ねえ。あとほんのちょっとで逝くところだったぜ」


 後ろからそんな声が聞こえて来た。

「え・・・・・・・・・・?」

 聞こえるはずのない声を聞いたメリーは、呆然とした顔で反射的に後ろを振り返った。

 そしてメリーが振り返った瞬間、メリーの首を無骨な男の手が掴んだ。

「かはっ・・・・・!?」

 首を締め上げられたメリーは、苦悶の表情を浮かべ肺から全ての空気を強制的に排出させられた。

 メリーがその視線を何とか男の顔に向ける。すると案の定、その男は――

「よう、勝ったと思ったかよ?」

「あ、あなた・・・・・・・なぜ・・・・・・?」

 いま額を撃ち抜き浄化したはずの闇人、ゾルダートであった。額を撃ち抜いたはずなのに、なぜかゾルダートの額は何事もなかったかのように元通りになっていた。

「なーに、残しといた奥の手を使ったまでよ。俺は事前にレイゼロール様ミストレスに1つ能力をもらっててな。その能力が・・・・・回復の力だ」

「ッ!?」

 メリーの首を右手で締めながら、ゾルダートが額の傷がなくなった種明かしをした。その言葉を聞いたメリーは驚愕したようにその目を見開いた。

「っ・・・・・・・ク、クアトルブ嬢・・・・・!」

 ゾルダートに首を掴まれているメリーの姿を見たプロトは、痛みと苦しみが奔る体で何とか立ち上がろうとした。しかし、もう限界だったのだろう。プロトは立ち上がる事は出来なかった。

「てめえは後だ、守護者のガキ。よくもまあ、まだ意識があるもんだと感心しちまうが・・・・・・そこでこいつが死ぬのを見てるんだな」

「ぐっ・・・・・!?」

 ゾルダートは一瞬プロトの方を向いてそう言うと、メリーの首を絞める力を更に強めた。メリーは更に苦しそうにその顔を歪める。今のメリーは武器を持っていないので、反撃する事が出来ない。暴れる事は出来るが、ゾルダートはメリーが暴れても決してこの右手を離さないだろう。

「ああ、暴れんなよ? 暴れりゃ余計に苦しむだけだからな。まあ賢いあんたなら、暴れても意味ないって分かるだろうがよ」

 ゾルダートも一応メリーが暴れる可能性を考慮してそう釘を刺した。武器があれば話は違ったのだろうが、いくら光導姫の身体能力を持っているとはいえメリーがこの状態から自力で抜け出す事はほぼ不可能だ。

 なぜなら、身体能力で言えば未だに逆境状態であるゾルダートの方が上。更にメリーは女性で、ゾルダートは男性だ。以上の理由から、力はゾルダートの方が圧倒的に上だからだ。

「っと話が逸れちまったな。ええと、回復の力の話までだっけか。まあ、冥土の土産に聞いてけや」

 ゾルダートはメリーに冷たい目を向けると、一方的にこう話を続けた。

「俺はあんたに撃たれた瞬間、ストックしてた回復の力を使った。つっても即死級の一撃だ。傷を修復すんのに、残りのほとんどの力を使っちまったがな」

 そのため、今のゾルダートの闇の力はすっからかんの状態だ。ゾルダートはこれ以上、回復の力は使えない。そうでなくても、回復の力はただでさえ燃費が悪いのだ。

「まあ、以上が種明かしだ。やっぱ奥の手は最後の最後まで取っとくもんだな。一応あんたを喜ばせといてやると、本当に惜しかったんだぜ? 俺を浄化するのは。たぶん傷が癒てなくて血を流してた状態だったら、俺はあの銃撃で問答無用に浄化されてた。それこそ回復の力を使う間も無くな」

 そう。ゾルダートがまだ生きているのは、本当に紙一重、偶然と偶然が重なった奇跡のような出来事だ。傷が未だに塞がっていなければ、あと数滴血を流していればゾルダートは浄化されていた。黒い血は闇人の力の源。流せば流すだけ、闇人は弱体化する事を余儀なくされる。そして、弱体化していれば当然の事ながら浄化されやすくなる。  

 加えて、メリーの能力は傷を負わせれば更に弱体化させるというものだった。メリーにつけられた傷はもう塞がったため、ゾルダートはその能力の対象外となったが、やはり数ミリの傷でも残っていれば、ゾルダートは浄化されていただろう。

「あんたは、いやあんたらか。あんたらは強かったぜ。ここまでヤバいと思ったのは初めてだ。一応、俺なりの称賛だ。まあ、クズからの称賛だがないよりかはマシだろ。こいつと種明かしを土産にして、あの世に逝けよ」

 真面目な顔で最後にメリーにそんな言葉を送ったゾルダートは、メリーの首を最大限の力で絞めた。

「がっ・・・・・・・・ぁ・・・・ぁ・・・・・・・・」

 メリーはもう限界で、口から泡を吹き始め白目をむいた。視界が徐々に暗くなっていく。

 あと少しでメリーの命が尽きる。助けられる者は誰もいない。ここまでか。そう思われた時、

「か、彼女を・・・・・・離せッ・・・・!」

 瀕死の守護者が翡翠色の瞳をゾルダートに向けながら立ち上がった。その瞳には怒りの色が燃えていた。

「あ・・・・・・・・・・? おいおい嘘だろ・・・・? 何でまだ立ち上がれるんだよ! 不死身かてめえは!?」

 立ち上がったプロトを見たゾルダートは、呆然としたような顔でそう叫んだ。意味がわからない。いくら守護者といえども人間である事に変わりはない。だというのに、なぜその状態でまだ立ち上がりそんな目を向けてこられるのか。

「僕は・・・・・・・守護者だッ! な、何があっても・・・・・・光導姫を守る者だ・・・・!」

 プロトは気迫だけで立ち上がりそう叫ぶと、自分の胸部に突き刺さっていたナイフの持ち手を右手で握った。

「ぐっ・・・・・・・うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 そして、プロトは痛みに耐えながらナイフを自分の胸部から引き抜いた。栓の役割をしていたナイフが引き抜かれた事により、傷口からはまた派手に血が噴き出す。しかしプロトはそんな事などは気にせずに、右手のナイフを持ってゾルダートに突撃してきた。

「クソッ! いったい何なんだよてめえは!?」

 ゾルダートは仕方なくメリーの首から手を離した。ほとんど気を失いかけていたメリーは、ドサリと地面に倒れると「ゴホッゴホッ・・・・・!」と激しく咳き込み呼吸を開始した。メリーはまだ死んではいなかった。

「死に損ないがッ! いい加減に死ねよ!」

 突撃して来たプロトに向かって、ゾルダートは右拳を放った。今のプロトがゾルダートの拳を避けられる道理はない。

「ッ・・・・・!」

 事実、プロトはゾルダートの拳を左頬に受けた。だが、プロトはその拳を受けながらも突撃を止めなかった。

 そしてその結果、プロトはゾルダートの胸の中央辺りにナイフを突き刺したのだった。

「がっ・・・・・!?」

 油断したつもりはなかった。しかし、結果としてゾルダートはその心臓をナイフで貫かれた。

「こ、この・・・・ク・・・・クソ・・・・野郎・・・・が・・・・!」

 心臓をナイフで貫かれたゾルダートは、ヨロヨロと後退しながらプロトに憎しみを込めた視線を向けた。

「うっ・・・・・! ま、まだ・・・・・・む、向かって・・・・・来る・・・・と、言うなら・・・・・・・・・来いッ!」

 血に塗れながら、プロトは闘志尽きぬ目をゾルダートに向ける。ナイフを引き抜く力まではなかったので、ゾルダートの胸にはナイフが刺さったまま。つまり、今のプロトは武器が何もない状態だが、それでもプロトは戦おうとした。

「ゲホッ、ゴホッゴホッ! ふざけ・・・・・やがって・・・・・!」

 ゾルダートは口から黒い血を吐きながら、プロトにそう言った。どうやら、このイカれた精神力を持つ守護者はまだ戦う気らしい。

(ちくしょうが・・・・! この状況はマズい・・・・・・! もう回復は使えない。だってのに、また瀕死レベルのダメージだ! さすがの俺もこの状態じゃ戦えねえ・・・・・・・!)

 ゾルダートは闇人であるため、この状態でも死ぬという事はない。だが戦闘の続行は不可能だ。

(ちっ、撤退だ! 足止めはもう十分だろ。とりあえず、俺もレイゼロール様ミストレスの所に向かわねえと・・・・・・!)

 一刻も早くこの傷をどうにかしなければならない。闇人も痛みは感じる。ゾルダートは気を失いそうな激痛を感じながら、そう思考した。この傷を修復するには、レイゼロールに治してもらうしかない。

 それにこの場に留まるわけにはいかない。ゾルダートは光導姫を殺しきれなかった。今はまだ激しく咳き込み起き上がってこないが、じきに回復するだろう。そうなれば、ゾルダートは今度は間違いなく浄化される。

「ゴホッ・・・・・・! はあ、はあ・・・・・・!」

 以上のような理由から、ゾルダートはこの場から撤退しレイゼロールの目的地であるビックベンを目指す事にした。ナイフが胸に刺さったまま、逃げるように歩きながら。

「に・・・・・逃げたか・・・・・・・・よ、よかっ・・・・・」

 ゾルダートが撤退した事を確認したプロトは、そう呟こうとして気を失い地面にうつ伏せで倒れた。気を失った事により、プロトの変身は解除された。

「プ・・・・・プロト・・・・! ケホッケホッ!」

 うつ伏せに倒れ、地面に血の水溜りをつくっているプロト。ようやく意識がはっきりとしてきたメリーは、ヨロヨロと立ち上がりプロトに近づいた。

「本当に、本当にあなたには助けてもらってばかりですわ・・・・・・待ってください、いま助けを――!」

 メリーは気を失っているプロトにそう言うと、先ほどゾルダートに首を掴まれた際に落としたスマホを拾おうとした。だがそんな時、こんな声がメリーの耳に入ってきた。

「――こう言うのは癪だけど、大丈夫よ。は偽善者だもの。どうせもうすぐ助けをよこして来るわ」

「え・・・・・?」

 そう言って現れたのは、紫紺の髪をした少女だった。歳の頃はメリーとあまり変わらないように見える。その突然の謎の少女の出現に、メリーは驚いたような顔を浮かべた。

「・・・・・本当にバカね。こんなになるまで戦って。全くもって・・・・・・・・・憐れだわ」

 その少女は倒れているプロトを見て、そんな言葉を呟いた。その言葉を聞いたメリーは、ついカッとなってこう言葉を返した。

「彼への侮辱は許しません事よ! あなたが誰だか知りませんが、部外者が知ったような事を言わないでくださいまし!」

「部外者・・・・・・・ふん。確かにそうね。私はもう部外者。あなたたちに、とやかく言う義理はないわ」

 メリーからそう言われた少女は、フッと自虐的な笑みを浮かべる。そして、最後にメリーとプロトを一瞥するとこう言った。

「邪魔したわね。せいぜい、これからも戦い続けるといいわ。あの女神の、憐れな操り人形さん」

 そして、その謎の少女はゾルダートが退却していった方向へと歩いていき姿を消した。

「あ、あなたそっちは危険ですわよ!? って聞いていませんし・・・・・・・結局、あの少女はいったい・・・・・」

 あの少女の意味深な言動。それに、なぜ人避けの結界が展開されているはずなのに、あの少女はこの場にいたのか。あの少女に関する疑問は尽きない。

「――『貴人』! ソレイユ様のお指示により、駆け付けました! ッ・・・・!? この方は『守護者ガードナー』ですか!? ひどい傷・・・・・すぐに治療します!」 

 メリーがそんな事を呟いていると、後方からそんな声が聞こえて来た。見てみると、その少女は包帯が巻かれた杖のような持っていた。言動とその武器からするに、その少女は光導姫だと分かった。その光導姫は血塗れになって倒れているプロトの姿を確認すると、すぐにプロトに駆け寄った。

「ッ! お、お願い致しますわ!」

 メリーはプロトを治療するという光導姫に、慌てたようにそう言った。

「はい、任せてください! 癒せ、我が包杖ほうじょう!」

 光導姫がそう呟き、プロトを仰向けの体勢に変えた。すると光導姫が持っていた杖に巻きついていた包帯が剥がれていき、プロトに纏わりついていった。

 包帯はプロトの負傷した部位、胸部、左脇腹、左腕に重点的に巻かれていく。そして包帯がプロトの全身を巻き終わると、その包帯が暖かな光を宿し発光し始めた。

「プ、プロトは大丈夫ですの!?」

「しょ、正直に言うと分かりません・・・・・・『守護者』はいま死の淵にいます。もちろん治療は開始しましたから、傷は治ってくると思いますが・・・・・・・・ここから意識を取り戻すかどうかは・・・・・・・と、とにかくもう少し様子を見てみましょう!」

 心配するメリーに、その光導姫はそう言葉を返した。その光導姫にそう言われたメリーは、言われた通りしばらくプロトを見守った。

「う・・・・・・・・・・・・」

 それから10分ほどだろうか。光が宿った包帯に包まれたプロトからそんな声が聞こえて来た。

「ッ!? プ、プロト・・・・・・・ああ、本当によかったですわ・・・・!」

「よ、よかったです・・・・・・・まだ完全に意識が戻るまで時間はかかるでしょうが、驚くべきは『守護者』の耐久力と精神力ですね・・・・」

 メリーは胸をなでおろしそう呟いた。プロトを治療していた光導姫も大きく息を吐いた。

「それは当然でしょう。彼は守護者ランキング1位にして、『守護者』の名を与えられた人物ですわよ。――それより、申し訳ありませんがプロトの事を頼みますわ」

 メリーは取り敢えずプロトの無事を確認すると、プロトを治療している光導姫にそう言って、地面に転がっていた自分のサーベルと銃を手に取った。

「え? そ、それは分かりましたが・・・・・・き、『貴人』はどちらに・・・・・・?」

 メリーからそう頼まれた光導姫はコクリと頷きながらも、不思議そうな顔でそう尋ねてきた。その質問にメリーは真剣な表情でこう答えた。

「私は退却した闇人と、レイゼロールを追いますわ。私たちの任務は元々はレイゼロールを追う事。私たちが戦った闇人も、おそらくはレイゼロールの元に向かったでしょうし。特にあの闇人・・・・・・きっちりと詫び入れてやりますわ」

 最後の方だけメリーはドスの効いた声で冷たい笑みを浮かべていたが、それを見た光導姫は「ヒッ・・・・・!」と恐怖したように声を漏らした。

「では、お願いします。ええと、あなたは・・・・・・」

「トリート。それが私の光導姫名です」 

「トリートさん。本当にありがとうございましたわ。あなたに心からの感謝を。それでは、失礼します」

 メリーは光導姫トリートに優雅に頭を下げると、地面に垂れている黒い血を目印に走り始めた。おそらくプロトが最後にナイフを突き刺した時の傷から流れ出た血だ。ナイフが突き刺さった状態でも、あれだけ深く刺さっていれば、血は流れ出すだろう。

 この血痕が、メリーを次なる戦いの場へと導いてくれる。

「待っていなさい闇人、レイゼロール。この私、メリー・クアトルブがあなたたちを浄化してやりますわ・・・・・・!」

 こうして、メリーはゾルダートの跡を追ったのだった。

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