第146話 カケラ争奪戦 イギリス(5)
「はははっ! よく耐えるな! さっさとくたばっちまった方がきっと楽だぜ! 特に守護者サンよぉ!」
「余計なお世話だよ・・・・・・・!」
高笑いしながら拳銃を乱射するゾルダートに、名指しを受けたプロトは少し苦しげにそう言葉を返した。左腕と左脇腹の刺し傷からは未だに血が流れ続けている。それがプロトの苦しげな声の理由だった。
「プロト! 一旦あの車の裏に退避しますわよ! 少し共有したい情報もありますからッ!」
「ッ・・・・・分かった。たぶん、僕も同じ事を考えてるよ」
メリーが自分たちの後方にあった青い無人の中型車を指さす。銃弾から身を守るという事もあるのだろうが、本命は後者の情報を共有したいという箇所だろう。要は今の銃弾を忙しなく避けている状況では、話し合う事が出来ないのだ。
「ッ、そうですの。なら、話はすぐに終われそうですわねッ!」
プロトの返事を聞いたメリーは軽く笑いながら、ゾルダートに向かって何発か銃弾を発砲した。ゾルダートは「おっと」と戯けた感じで、その銃弾を全て回避した。その瞬間に、メリーとプロトは後ろの車の裏側に身を隠した。
「プロト、端的に言いますわ。私は、いえおそらく私たちですわね。私たちは――」
「――弱体化している、だね」
メリーの言葉を先読みしていたかのように、プロトはそんな言葉を発した。
「ええ、間違いないですわ。やはり気づいていましたか」
メリーはプロトの言葉に頷くと、早口でこう言葉を続けた。
「先ほどから私は動きや反応が少し低下しています。契機は私が足に傷を負った時でしょう。そして、そう考えればこの現象を私はよく知っていますわ」
「君の能力だね、クアトルブ嬢。君の能力は武器によってダメージを与えた相手を、そのダメージの度合いに応じて弱体化させるものだ。そして、君はあの闇人の銃弾によって傷を負わされ、僕はナイフによって結構なダメージを受けた。正直、身体能力とか反応速度とか、僕はかなり低下していると思うよ」
プロトはそう言葉を紡ぎながら、自身の体を見つめた。左腕はそれ程でもないが、左脇腹の刺し傷はかなりのダメージだ。自分たちにいま起きている現象が、メリーの能力と同じものだと仮定した場合、今のプロトは一般人より少し強い程度ではないだろうか。
「プロト。結論を急ぎますが、考えられるにあの闇人の能力は――」
メリーがプロトにそう言葉を述べようとすると、何かがカランと地面に落ちたような音が聞こえた。メリーとプロトがその音のした場所、車の下辺りを見ると、そこにはパイナップルに似た形の手の平サイズの何かがあった。
そう。その何かは手榴弾であった。
「「ッ!?」」
それを見たプロトとメリーは反射的に、車から離れるように転がった。
次の瞬間、バンッとした音が聞こえ車が爆発した。爆風と車のパーツが四方に飛んだ。
「クアトルブ嬢・・・・!?」
「大丈夫ですわ! あなたも・・・・大丈夫そうですわね。全く、間一髪でしたわ・・・・」
転がったプロトが心配するようにメリーを呼ぶ。メリーはプロトに視線を向けながら自分の無事を伝えた。メリーが言ったように、プロトも爆発によるダメージは奇跡的に受けていない。
「作戦会議か何かのとこ悪りぃな。もう大方傷も塞がって来たから、待ってやる義理もなくてよ」
爆破し燃え上がった車の残骸の向こうには、ニヤけた笑みを浮かべたゾルダートがいた。ゾルダートは右手に巻いていた包帯を外していくと、メリーとプロトに見せつけるように、右の
「闇人の再生能力・・・・・・・本当、腹立ちますわね。こっちが必死になって与えた傷も、致命傷クラスの傷でない限り5分くらいで治るのというのは・・・・」
立ち上がったメリーが忌々しげにそう呟く。闇人は完全な光の浄化によってしか斃す事は出来ない。それは一種の不死身だ。つまり、攻撃を与えても時間が経てば与えたダメージは自然に回復していく。
例え光導姫の浄化の力を宿した攻撃といえども、それは同じ。一気に浄化できる程の浄化力を伴った攻撃でないと、最上位闇人は斃せない。半端な攻撃は、メリーレベルの光導姫の攻撃でも治癒されてしまう。
「おう、闇人はいいぜ。歳も取らねえし基本は不死身だ。ま、色々と雑用はあるがな。どうだ、あんたも闇に堕ちてみねえか? 何なら、俺から
「お断りしますわ。私、闇に堕ちるほど弱くありませんので。淑女の嗜み国際条約第45条、淑女は死ぬまで気高くあれ。私は人のまま、気高く死ぬと決めていますのよ」
メリーはハッと笑い、ゾルダートの誘いを一笑に付した。
「そうかい、つまらねえ生き方だな。まあ、俺らみたいな意思をはっきりと持った闇人になるには、強い負の感情だったりが必要不可欠だから、あんたじゃそもそもなれないと思うがな」
ゾルダートはメリーの答えを聞き、バカにしたようにそう言った。その間に腰のポーチに入れていた弾倉を取り出し、拳銃の空の弾倉と交換した。
「さあ、初めに死ぬのはどっちかねぇ?」
ゾルダートが右手に拳銃を、左手に血のついたナイフを持ちながら冷たい視線を向けてくる。おそらく、メリーたちが隠れてる間にナイフを拾い直したのだろう。
「・・・・・・プロト。私が先ほど言いたかった事、あなたは理解していますわね?」
「・・・・・・・・・ああ。あの闇人の能力については、見当がついてるよ。あの闇のオーラのようなものは、たぶん身体能力を上げるものだと思う。そして、もう1つは・・・・・ぐっ!?」
プロトはゾルダートの能力について考察の言葉を述べようとした。だがその時、左脇腹に痛みが走った。プロトは思わず脇腹を左手で押さえた。
「っ、プロト! あなたやっぱり傷が・・・・・・!」
「無理もねえ。普通ならそこまで動ける傷じゃねからな。あんたが異常に我慢強いかタフなだけで、常人なら失神しててもおかしくねえぜ」
脇腹を押さえたプロトに、メリーとゾルダートがそれぞれ言葉を掛ける。そう。普通ならゾルダートが言うように常人ならば痛みで気を失ってもおかしくない傷なのだ。しかし、プロトはそんな傷を受けてなお戦い気丈に振る舞ってきた。本来ならば、それは異常だ。
「大丈夫・・・・! それより、クアトルブ嬢。結局のところ、警戒すべきは武器だけだ」
プロトはメリーに何とか微笑みながらそう言った。プロトの言葉を聞いたメリーは、プロトがその事を理解している、という事を確認した。
「んじゃ・・・・・可哀想だから地獄に送ってやるよ。守護者サン!」
痺れを切らしたかのように、ゾルダートが突撃してくる。どうやら、標的は弱っているプロトのようで、プロトに向かってゾルダートは発砲してきた。
「くっ・・・・!」
プロトは弱体化している体で何とか銃弾を回避した。今のプロトの身体能力と怪我の状態では銃弾を避ける事すら困難なはずだが、プロトは冷静に弾道を予測して紙一重で反応したのだ。この辺りの冷静さは、さすがは守護者ランキング1位と言うべきか。
「そんな体でよく避けるなぁおい! でも、いい加減に鬱陶しいんだよッ!」
ゾルダートは左手のナイフを逆手に持ちながら、それをプロトの喉元に向かって振るった。プロトはその一撃に反応し、右手の片手剣でナイフを防ごうとしたが、その前にメリーが割り込んで来て、サーベルでナイフを防いだ。
「私もいますのよ? 忘れっぽい闇人ですわね!」
「忘れてねえよ。ただ、あんたはまだ元気そうだから後にしようと思っただけだ!」
睨み合いながらサーベルとナイフを合わせたメリーとゾルダート。2人はサーベルとナイフを数撃交わし合う。
「はっ、反応がぁ・・・・さっきより遅いぜ!?」
しかし傷がほとんど回復したゾルダートは、もうほぼほぼメリーによる弱体化の影響を受けていない。対して、メリーはまだ弱体化したままだ。更に、ゾルダートは逆境状態。この最上位同士の戦いにおいて、その反応の差はかなり大きなアドバンテージとなる。
その結果、ゾルダートはメリーの反応より速く、前蹴りをメリーの腹部に浴びせた。吹き飛ばし、体勢を崩す事が目的だったので、隠しナイフのスイッチは押さなかった。
「ぐっ・・・・!?」
ゾルダートの前蹴りをまともに受けたメリーは、腹部に激しい鈍痛を覚えながら、後方へと吹き飛ばされる。メリーの後ろにいたプロトも、吹き飛んだメリーに巻き込まれるように後方へと飛ばされた。その際、メリーの後ろにいたプロトはメリーを庇うようにメリーを抱き留め、吹き飛ばしによるダメージを何とか軽減させようとしていた。
「す、すみませんプロト。また、カバーしていただいて・・・・・・・・」
「いや、気にしないで・・・・それより来るよ・・・・!」
地面に転がったメリーはプロトに謝罪の言葉を述べるが、プロトは首を横に振り正面を見ながらそう言った。メリーはその言葉通り、正面に注意を払った。
「
プロトとメリーが正面に視線を向けると、ゾルダートが右手にナイフを逆手に構えながら、足を踏み込もうとしていた。
そして次の瞬間、ゾルダートは凄まじいスピードでメリーとプロトの方にその殺意をぶつけて来た。体勢を崩し弱体化している敵に向かって、自身の利き手による最速の一撃。更には、先ほど右手に持っていた拳銃を自ら放棄した事により、ナイフ以外全ての武装がなくなったゾルダート自身のスピードも、これまでで1番速くなっていた。
明らかな止めの一撃。ゾルダートはこの一撃でメリーとプロトを殺し、勝負を決めるつもりだった。
「くっ、そっちがその気なら――!」
メリーがふらついた足取りでゾルダートを迎撃しようとサーベルと銃を構えると、隣のプロトがポンとメリーの肩に手を置いて来た。
「クアトルブ嬢。僕があの一撃を受け止める。だから、君はその瞬間に反撃してくれ。以上だ」
プロトは手早くそう言うと、メリーの前に立った。
「は!? あなたそんな体で何を言って――」
メリーはつい反射的にプロトに拒絶の言葉を述べようとした。今の負傷し弱体化しているプロトが、一体どのようにして止めの一撃を受け止めるというのか。メリーにはそんな事は到底不可能な事のように思えた。
だが、
「信じてくれ」
プロトはメリーに背を向けながら、ただ一言そう言った。
「ッ・・・・・・わかりましたわ!」
その背中に、守護者としての誇りと矜持を感じたメリーはプロトを信じそう言葉を返していた。
「はっ、くたばれよガキィ!」
前に出て来たプロトに殺意溢れる言葉を吐きながら、ゾルダートは右手のナイフを振るった。ナイフに付着した血が真っ赤なラインを描く。それは止めの一撃に相応しい、まさしく必殺の一撃だった。
「やってみせる・・・・・!」
プロトは予めナイフの軌道を予測して、自身の左半身に右手で剣を置いていた。ちょうど剣を下に向けるような形でだ。弱体化したプロトでは、ゾルダートの最速の一撃には反応できない。それは一種の賭けでもあった。
(はっ、バカが! 反応できないって言ってるようなもんだぜ! てめえがそうしてくるってなら、こっちはやり方を変えるだけだッ!)
どうやらこの守護者はゾルダートの一撃を剣で受け止めるつもりのようだが、ゾルダートは内心そう嘲ると振ったナイフの位置を調整した。
その結果、ナイフはプロトの剣のギリギリ手前を振り切る。そして、ゾルダートはそのままナイフの持ち手の尻の部分に左手を添え、プロトの心臓目掛けてナイフを突き刺そうとした。
「ッ!?」
「死ね!」
まさか、ゾルダートが突きに切り替えてくると思わなかったのか、プロトが驚愕したようにその翡翠色の目を見開く。ゾルダートは殺せる確信を以って、邪悪に笑った。数秒後にはこの少年は死ぬ。
だが、
「――やっぱりそう来るか」
プロトそう言って笑みを浮かべた。そして、左手でゾルダートの右手を掴み、右手に握っていた剣を手放しその右手でもゾルダートの右手を掴んだ。
「なっ!?」
初めてゾルダートの顔に驚愕の色が浮かんだ。今の言葉とこの動き。弱体化した体で反射でこれほど素早く動く事は出来ないはずだ。つまり、この守護者はゾルダートの思考を予測し――いや、違う。ゾルダートがナイフの軌道を変えたのは、守護者の剣の位置のせいだ。つまり、ゾルダートはこの守護者に思考を誘導されたのだ。
「だが関係ねえ! そのまま力づくでぶっ刺してやる!」
一瞬驚いてしまったゾルダートだったが、すぐさま思考を切り替えナイフに力を込める。プロトは弱体化している上に怪我人だ。力は当然ゾルダートに分がある。ならば、このままナイフを押し込んでしまえばいい。
「ふっ、大丈夫だよ。元から受けるつもりだからね・・・・・・!」
「あ・・・・・・?」
しかし、またしてもプロトはゾルダートの行動を予測したように笑ったのだった。ゾルダートはプロトが何を言っているのか理解出来なかった。
ナイフがプロトの体に向かって迫る。弱体化し怪我によって満足な力を出せないプロトに、その一撃を止める力は今はもうない。
だが、それでもほんの少しナイフの軌道を変えてやる事は出来る。プロトは両手に力を込めて、ゾルダートの右腕の軌道を、ほんの少しだけ変えさせた。
その結果、ナイフはプロトの心臓の位置から少しズレた右斜め下あたりの胸部に突き刺さった。
「ッ! てめえ・・・・・最初っからこうするつもりだったのか!?」
「ぐっ・・・・・!? ご、ご明察だよ・・・・・!」
苦悶の表情を浮かべ、更に血を流したプロトはそれでも何とか笑みを浮かべる。
急所を外して、ナイフを自分の体で受け止める。弱体化したプロトが、ゾルダートの一撃を受け止めるためにはこれしか方法がなかった。
「チッ、イカレ野郎が! さっさと俺の手を離しやがれッ!」
「そ、それは、聞けないな・・・・・・・・!」
ゾルダートはナイフをプロトから引き抜こうとするが、プロトは両腕でしっかりとゾルダートの右手を押さえているので、ゾルダートはその場から動けなかった。死に損ないで弱体化しているというのに、ゾルダートの腕を引く力は凄まじく強い。
「ク、クアトルブ嬢・・・・・・・すまない、後は・・・・・」
「――ええ、任せてくださいな」
プロト最後にそう言葉を絞り出すと、ガクリとその首を落とした。そして、その声に応えるように少女の声が響いた。
その少女、メリー・クアトルブは首を落としたプロトの後ろからその姿を覗かせ、左手の銃をゾルダートの顔に向けていた。
「見事ですわ、プロト。私が持てる全ての感謝と称賛をあなたに。そして責任を持って・・・・・・最後は私が決めますわッ!」
フリントロック式の古式な銃の銃口に、光が渦巻いていく。これから放つのは、メリーの通常形態での最大浄化技の1つだ。
「駆けろよ嵐、穿てよ弱み。我は狩る者なり。――
「クソがッ・・・・!」
ゾルダートは首を逸らしてなんとかその一撃を避けようとするが、その前にメリーは決然とした表情で引き金を引いていた。
そして次の瞬間、ゾルダートの額を1発の銃弾が貫いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます