第145話 カケラ争奪戦 イギリス(4)
「はっ、ダメージを受けりゃ問答無用で死ぬ鎌か。一撃もらえば闇人の俺でも終わり・・・・・・・いいねえ、燃えてくるぜ!」
冥が面白いといった感じでそう呟くと、それに呼応するかのように冥に闇が纏わりついた。その闇はオーラとなって揺らめいた。分かりにくいが、レイゼロールの常態的な身体能力の強化とは違う。いや、能力としてはそれと同じでもあるのだが、これは冥の闇の性質『闘争』。その性質に依るある状態だ。
「『逆境状態』・・・・・・・・確かに一撃でも受ければ死という状況は、それが発動する十分なトリガーとなるか。ここに来る前に、ゾルダートにもくれてやっていたな」
「まあな。一応くれてやった。あいつの闇の性質はかなり使い勝手いいが、パクった能力のストックがないと意味ねえからな。今ごろあいつも俺と同じ状態にでもなってんじゃねえか? つーか、それ言うならお前もゾルダートになんか1つ能力くれてやっただろ」
レイゼロールがチラリと自分の横の冥に視線を向ける。冥は言葉をかけてきたレイゼロールに、適当にそう言った。正直、今はゾルダートの事はどうでもいい。
「それよか目の前の獲物だぜ。レイゼロール、お前あいつと1回戦った事あんだよな。あいつ、鎌以外に何か能力あるか?」
「・・・・・・能力はない。身体能力は光導姫や守護者クラスだ。よって警戒するのは『フェルフィズの大鎌』のみ。・・・・・・・・だが、前に使わなかっただけで、他に能力がないとも限らない」
冥の質問に、レイゼロールはそう答えを返す。目の前に突如として現れた死神のような人物。レイゼロールはその人物について分かっている限りの情報を冥に伝えた。
「ふーん、なるほどな。分かったぜ。んじゃまあ、戦るか!」
冥はレイゼロールから伝えられた情報に頷くと、早速黒フードの人物に向かって突撃した。
「・・・・・・・!」
自分に向かって突撃してきた冥に、黒フードの人物はその全てを殺す鎌を構え、自身も冥に向かって走り出した。
「そりゃ来るよな。てめえはその鎌で俺にダメージを与えりゃ勝ちだ。近接戦こそがてめえの最強の範囲。・・・・・だがな」
冥と黒フードの人物の差が徐々に縮まっていく。そして、黒フードの人物はその必殺の大鎌の範囲内に冥を捉えると、容赦なくその大鎌を振るった。
「超近距離戦なら、てめえの大鎌は何にも怖くねえんだよ!」
冥は大鎌を避けながら黒フードの人物に肉薄すると、右拳を黒フードの人物の腹部に当てた。
「ッ・・・・・・!?」
黒フードの人物は冥の一撃によろけるが、反撃しようと再び鎌を振るおうとした。
だが、
「バカが。この距離で満足にそんな長物振るえるかよ」
冥に鎌の
「そらよッ!」
冥は右足で思いきり地面を踏みつけた。いわゆる震脚というやつだ。その衝撃で、コンクリートの地面が破砕される。
「
震脚によって得たエネルギーを、冥は右手に闇を集めた掌底への力へと変えた。冥のその一撃は、黒フードの人物の顔面へと放たれた。
「・・・・・!」
黒フードの人物はそれだけは食らってはまずいと悟ったのか、冥の掌底を首を逸らして全力で回避した。途端、空気が軋むような音が黒フードの人物の耳の近くで響いた。
「へえ、避けるか。反応速度はまあまあだな」
掌底を避けた黒フードにそう呟きつつも、冥は左足で隙ができた黒フードを蹴飛ばした。
「ぐっ・・・・・・・!?」
冥に蹴り飛ばされた黒フードは苦悶の声を漏らし、路地に面していた建物に激突した。低い声。ローブから覗いていた手などからも予想はついていたが、黒フードの人物はやはり男のようだ。
「・・・・・・・ふん」
黒フードが建物に激突したタイミングで、今まで静観していたレイゼロールが周囲に数百かそれ以上の闇色のナイフを創造した。その正確な数は、レイゼロールが適当に設定した1000本だ。
そして、その1000本のナイフは黒フードの人物に向かって放たれた。
「・・・・・!」
黒フードの人物はそのナイフの嵐が自身に向かって放たれたのを見ると、すぐさま立ち上がりその大鎌を両手で握りそれを縦に構えた。刃の腹をナイフに向けた形でだ。
黒フードの人物はおもむろに、その大鎌を両手で回し始めた。回転数は一気に増していき、黒フードの正面に旋風を起こす。
ナイフを弾く程の旋風ではないが、黒フードに向かって放たれたナイフは旋回している大鎌に弾かれた。
「おー、器用なもんだ」
その光景を見ていた冥は大道芸を見るような気安さでそう呟いた。どうやら、鎌の扱いは中々のものらしい。
「・・・・・・」
そして、全てのナイフを弾き終えた黒フードの人物は鎌の旋回を止め、再びレイゼロールと冥に向かって距離を詰めて来た。
「ははっ、そう来なくっちゃな! おいレイゼロール、お前は手出すな! 俺1人でやる! 手出したら殺すぞ!」
「・・・・・・・相変わらず勝手な奴だな、お前は」
冥は嬉々とした様子でそう言うと、黒フードの人物を迎撃すべくレイゼロールの前に立った。レイゼロールはそんな冥に少し呆れたような表情を浮かべた。冥が意図した形ではないが、それはレイゼロールを守るような立ち位置だ。
黒フードの人物が左逆袈裟から掬い上げるように大鎌を振るった。冥はその鎌の軌道を見極め、紙一重で避ける。
だが、黒フードの人物は冥が回避する事を予想していたのか、今度は右の前蹴りを冥に放ってきた。
「へえ蹴ってくるか。だけどまあ――甘いぜ」
一瞬、少しだけ驚いたような表情を冥は浮かべた。武器を持った人物は基本的にはその武器しか使わない。それが当たれば一撃で相手を殺せるような強力な武器なら尚更そうだ。しかし、黒フードは先ほどの攻防から学習したのか蹴りを入れて来た。冥はそこは評価した。
黒フードの蹴りは確かに速い。おそらく身体能力から来るものだろう。しかし、冥は格闘戦の達人だ。一目でその蹴りがただの速いだけの蹴りと見抜くと、右手でその蹴りを弾いた。
「ッ・・・・・」
「蹴りに武を感じねえ。そんな温い蹴りじゃ俺には通用しないぜ」
冥にそう言われた黒フードの人物は上段から鎌を振るうが、それも冥に紙一重で避けられてしまった。それから黒フードの人物は2度3度とその大鎌を振るったが、結果は変わらなかった。
(鎌の扱いは達人級とまでは言えねえが上級レベル。体捌きは戦い慣れてる事が分かる。身体能力はまあレイゼロールも言ってたが、光導姫と守護者クラスだな。後は当たれば死ぬこの反則級の大鎌。・・・・・普通に言えばこいつは強い。だがまあ・・・・・・・・・そんだけだ)
当たれば必死の攻撃を捌きながら冥は内心そう呟く。黒フードの人物の強さの最も大きな要因は、この大鎌。つまり外因的なものだ。
(別にそれが本当の強さじゃねえとは言わねえ。どんなものでも、強さは強さだ)
冥は黒フードの人物の強さを肯定する。黒フードの人物は、どんな人物でも殺せる力を持っている。それは格上でも格下だろうと全員だ。それは明確な強み。全ての者に平等に訪れる脅威。それは冥や後ろにいるレイゼロールとて例外ではない。
「だが・・・・・・てめえじゃ俺には勝てねえよ」
冥は冷静に黒フードの人物に向かってそう言うと、右の拳を縦に構え――いわゆる縦拳――黒フードの人物の右腿を打ち抜いた。
「ッ・・・・・・!?」
右腿を冥の拳に打ち抜かれた黒フードの人物は、その痛みと衝撃によって一瞬右腿が麻痺した。その一瞬の間に冥は黒フードの人物の背後に回り込む。
「おい、レイゼロール。避けろよ」
「・・・・・誰に言っている」
冥が右手を再び掌底の形にしながら、レイゼロールに向かってそう忠告した。レイゼロールは冥の忠告にそう言葉を返すと、一歩左に自分の立ち位置をずらした。
「へっ、もちろんてめえにだよ」
「・・・・・!」
冥が軽く笑みを浮かべそう言っている間に、黒フードの人物は反転してその勢いをつけたまま、冥に大鎌を振るってきた。右斜めからの一撃だ。
「今度は外さねえ。――
しかし、冥はその一撃よりも速く黒フードの人物の懐に潜り込むと、黒フードの人物の胴体の中心――ちょうど胸部と腹部の間あたり――に闇を纏わせた右手を当てた。
そして次の瞬間、冥は思い切りその右手を押し込んだ。
「がっ・・・・!?」
冥の渾身の掌底を受けた黒フードの人物は、自分の肋骨の折れる音を聞きながら、数十メートルほど吹っ飛んだ。
「あー、レイゼロール。お前さっさとあの時計塔行って探し物があるか確認してこい。さっきも言ったがこの黒フードは俺1人でやる。つーか、俺1人で十分だ」
右手を軽く振りながら、冥はレイゼロールにそう言葉を述べた。冥のその言葉は単なる気まぐれだ。理由をつけようとすると、黒フードが時計塔のある位置とは真逆の位置に吹き飛んだ事、単純にレイゼロールに邪魔されたくない事などが起因に挙げられるくらいか。
「・・・・・・・・そうだな。今の戦いを見ていた限り、お前を心配する必要はなさそうだ」
冥が黒フードの人物を圧倒していた光景を見ていたレイゼロールは、冥のその提案に頷いた。
「はっ、てめえが俺を心配? いらねえよ、気持ち悪りぃ」
「・・・・・あくまで戦力としての心配だバカ者が。お前のような最上位闇人を、今ここで失うわけにはいかないというだけだ」
ケッと言葉を吐き捨てた冥に、レイゼロールはそう言葉を付け加えた。言葉だけ聞くと何だかツンデレっぽいが、レイゼロールはツンデレではないので(おそらくは)きっと言葉通りの意味だろう。
「ならば、我は時計塔を目指すとしよう。しくじるなよ、冥。1度でもしくじれば死ぬぞ」
「アホか。それが戦いだろうが」
「・・・・・・・・確かにそうだな」
当たり前といった感じのニュアンスの冥の反応に、レイゼロールはそう言葉を呟くとビックベンを目指すべく走った。現在は身体能力を闇で常態的に強化しているので、その速度は凄まじい。
レイゼロールはその凄まじい速度のまま、ビックベンの袂のウェストミンスター橋に足を踏み入れた。ビックベンがあるのはウェストミンスター橋の袂なので、ビックベンまでは本当にあと少しだ。
しかし、レイゼロールがそのままビックベンに辿り着く事はなかった。
「ッ・・・・・・!?」
レイゼロールが橋に足を踏み入れたその時、橋のちょうど中央に闇の渦のようなものが出現した。レイゼロールは思わず立ち止まる。
そして、その渦の中から1人の男が現れた。
「・・・・・・・・ロンドン観光にでも来たか、レイゼロール?」
「・・・・・・意外だな、貴様が軽口を叩けるとは。やはり現れたか・・・・スプリガン」
渦の中から現れた黒衣の男――スプリガンの言葉に、レイゼロールは忌々しげにそのアイスブルーの瞳を細めた。
「ん? ありゃあ・・・・・・・ははっ、はははははははははははははははっ! スプリガンじゃねえか! 野郎来やがったか!」
吹き飛ばした黒フードの人物に意識を向けていた冥だったが、冥は橋の上にスプリガンが出現していた事に気がついた。冥は橋の方に体を向けると嬉しそうに笑った。
「・・・・・!」
冥の強烈な一撃をもらい吹き飛ばされていた黒フードの人物も、冥の声によってスプリガンが出現した事に気がついた。黒フードの人物は激しく痛む体を左手で押さえながら、鎌を杖代わりにして何とか立ち上がると、そのフードの下の目を遠く離れた橋の上にいるスプリガンに向けた。
「・・・・・・・・どけ、スプリガン。貴様は邪魔だ」
「・・・・・拒否するぜ。俺は俺の目的を果たすだけだ」
レイゼロールが殺意を滲ませながらスプリガンにそう言った。しかし、スプリガンは拒絶の言葉を返した。
「ああ、そうだろうな。貴様はそう言うと思っていた。ならば・・・・・・・・・押し通る」
レイゼロールの言葉に呼応するかのように、地面から闇色の骸骨兵が複数体出現した。カタカタと歯を鳴らしながら、骸骨兵たちはスプリガンに各々の武器を向ける。
「・・・・・押し通ってみろよ」
スプリガンは左手で帽子を軽く押さえながら、そう呟いた。そして、そのスプリガンの呟きに呼応するかのように、地面から、虚空から、闇色のモノたちが出現した。それは例えば、剣を携えた闇の騎士であったり、闇色の鳥、異形の怪物であったりと様々だ。それらの闇のモノたちは、鳴き声や武器の音を世界に響かせた。
美しいウェストミンスター橋に、怪物や化け物たちがひしめく。その怪物や化け物の中心にいるのは、その怪物や化け物以上の力を持つ人型の者たち。
「・・・・・・・行け」
「・・・・・・・やれ」
レイゼロールが骸骨兵たちに命令を下す。スプリガンはも自分が召喚した闇のモノたちに命令した。
そして、それぞれの主人から命令された骸骨兵と闇のモノたちは突撃を開始した。
「くそっ、あの男速すぎなのよ。結局、どこに行ったか見失っちゃったし・・・・・・・」
スプリガンがウェストミンスター橋に現れた時と同じくして、ロンドンの路地にそんな声が響いた。紫紺の髪の紫がかった黒い瞳の少女だ。スプリガンとぶつかって以来、コソコソとスプリガンの跡をつけていた少女だったが、どうやらそのスプリガンを見失っていたようだった。
「どうするか・・・・・・・このままあの男を捜す? このロンドン中を? 正直、現実的じゃないわ。それか・・・・・・」
少女が言葉に出しながら思考を整理する。その間も、謎の少女はロンドンの街を当てもなく歩き回った。
「ん・・・・・? なにこの音・・・・・・・?」
5分くらいだろうか。少女が思考しながら街を歩き回っていると、どこからか激しい音が聞こえて来た。
「物騒な音・・・・・・こっちからね」
少女は聞こえて来た音にそう感想を漏らすと、音のする方に向かって歩き始めた。
「――ははははははっ! そらそらそらッ!」
「ちっ、バカスカバカスカと! プロト! あいつの弾が切れたら突っ込みますわよ!」
「了解したよ、クアトルブ嬢・・・・・!」
少女が建物の陰から顔を覗かせると、ロンドンの路地の中央で拳銃を撃っている1人の男と、その銃弾を回避している少女と少年の姿が見えた。少女は右手にサーベルと左手に古式な銃を持っている。少年の方は右手に片手剣を携えている事から、その場にいる3人が全員ただの一般人でないという事が容易にわかる。どうやら、少女が聞いたのはこの3人が戦う戦闘音だったようだ。
「ああ・・・・・・・・・なるほど。そういう事ね。あの2人、光導姫と守護者か。で、あの男は・・・・・・・・って、あいつ何か見覚えがあるわね。ええと確かどっかで・・・・・」
少女はその光景の意味を、彼・彼女らが何者であるのかを知っていた。そして拳銃を撃っている男を見て、何かを思い出そうとした。
「あ、思い出した。あいつの名前、確かゾルダートだったわね。胸糞悪いクズ野郎の闇人・・・・・」
そして、その少女はゾルダートの事を思い出し、ポツリとそう呟いたのだった。
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