第143話 カケラ争奪戦 イギリス(2)

「ッ・・・・・! 離してッ・・・・!」

 路地の角でぶつかりそうになり、影人に抱き止められた少女はそう言って影人の体を押した。

「・・・・・・・・わざわざ受け止めてやったってのに、失礼な奴だな。別に、俺も好きであんたを受け止めたんじゃないんだが・・・・・・」

 少女からそんな反応を受けた影人は、一歩だけ少女から離れながらそう言葉を返した。

「ふん、私も別にあなたに受け止めてなんて頼んでないわ。見ず知らずの、あなたみたいにいかにも不審者ですって男に抱き止められれば、気持ち悪いのは当然の事でしょ」

 少女は不機嫌そうな顔を浮かべる。紫紺の髪に紫がかった黒い瞳をした少女だ。髪の長さは大体肩を少し過ぎた辺り。顔こそ今は不機嫌に歪んでいるが、おそらく笑えば可愛らしい顔になるだろう。

 服装は黒のシャツに紫のスカート。スカートには黒色のベルトが巻かれている。影人は女子のファッションの事はよく分からないが、普通の10代の女子のファッションといった感じか。

「誰が不審者だ・・・・・・女、お前みたいな奴はいけ好かないが、一応助言しといてやる。この辺りから離れろ。じゃなきゃ・・・・・・死ぬかもだぜ」

 少女に久しぶりに不審者呼ばわりされた影人は、少しムッとしたような顔を浮かべるも、少女にそんな言葉を述べた。少女とぶつかった時は、この少女がいったい何者であるか疑ったが、格好などからするにもおそらく普通の一般人だろう。なぜ、この少女だけが人避けの結界の影響を受けていないのかは分からないが、そういう事もあるのだろうと影人は勝手に納得した。

「はあ? 何よ偉そうに。私がどこにいようが私の勝手でしょ。あんたの助言なんていらないわ、不審者」

 だが、影人の助言を聞いた少女は更に不機嫌そうになると、影人を横切ってどこかへと歩いて行った。

「偉そうなのはてめえだろう・・・・・ったく、何だったんだあの女。ああいう奴は本当、苦手だぜ」

 少女の背中を見つめながら、思わず影人はそう言葉を漏らした。よくもまあ、初対面の人間に対してあれだけ偉そうになれるものだ。

「っと、立ち止まってる場合じゃねえ。先を急がないとな・・・・・・・」

 自分は今レイゼロールを追っている途中だ。こんな所で油を売っている暇はない。

 影人は正面を向くと、再び風のようなスピードでロンドンの街を走り始めた。

「・・・・・・・・・・」

 だから影人は気がつかなかった。先ほどぶつかった謎の少女が立ち止まり、影人の方を見つめていた事に。

「あの男・・・・・何者? あのスピードはただの人間じゃない・・・・・・・・普通なら・・・・・いや、でもそういう感じじゃない・・・・? もしかして、私が知らない間に?」

 少女はぶつぶつとよく分からない言葉を呟く。そして数瞬の間なにか考える素振りをすると、今はもう見えないほど遠くにある影人の後ろ姿に目を細めながら、こう言葉を続けた。

「・・・・・・・・・・・何にせよ、あの男は色々怪しいわ。ちょっと跡をつけてみるか」

 そして少女はこっそりと影人の跡を追い始めた。









 



「そらッ!」

 ゾルダートはバックステップで距離を取りながら、腰のポーチから左手である物を取り出した。そして口でその物体のピンを抜くと、それを自分を追撃してこようとするメリーとプロトに投げた。

「なっ、手榴弾ですの!?」

「クアトルブ嬢、下がって!」

 ゾルダートが投げた物体の正体を悟ったメリーがそう叫ぶ。その隣にいたプロトは、メリーを庇うようにメリーの前に立つ。そしてプロトは右手に持っていた片手剣を振るった。

 プロトは片手剣を隼のような速度で振るい、ピンの取れた手榴弾を、片手剣の腹で上空へと弾き上げた。

 それから1秒後、手榴弾は爆発した。先ほどの位置で爆発していたら、間違いなくメリーとプロトは大怪我をしていただろう。

「ありがとうございますわ、プロト」

「お礼の言葉はいらないよ。僕は守護者。守る者だからね」

 メリーはプロトに感謝の言葉を述べた。プロトはそんなメリーに首を横に振り、軽い笑みを浮かべた。

「おおー、やるねえ。あの一瞬であの判断に、それを可能にする剣の技術力。あんたも色々と修羅場を潜ってるみたいだ」

 ゾルダートは手榴弾に見事に対処したプロトにニヤニヤとした笑みを浮かべた。そしてゾルダートは左手をジャケットの内側に入れると、黒い拳銃を取り出す。右手にはナイフを持っているので、いわゆる銃と剣ガンアンドブレードの形態だ。

「あなた、最上位闇人のくせに戦い方は人間そのものですわね・・・・・・体術も武器の扱いも一流なのは戦って分かりましたけど、闇人としてはそれ程でもないようですわね?」

 メリーは馬鹿にしたような顔で、ゾルダートを挑発した。この闇人は強い。それは間違いない。メリーとプロトが2人で攻撃しても、この闇人には未だに傷一つつける事が出来ていない。とにかく戦いという行為自体が上手い。そんな感じだ。

(問題は、この闇人の能力が未だに何か分からないという事ですわ。早くこの闇人の能力を知らなければ、戦いが不利になる。この挑発に乗って、能力を使用してくれれば万々歳なのですけれど・・・・・・)

 メリーが挑発した目的はそれだった。このままゾルダートが能力を秘匿すれば、メリーたちは常に分からない能力に警戒を強いられる事になる。そうなれば、色々と面倒な事になる。ゆえにメリーは、その面倒な事をなくすためゾルダートを挑発したのだ。

「くくっ、煽ってくれるじゃねえかお嬢さん。見た目の割にはけっこう口が達者だ。そういうあんたこそ、光導姫の割に今のところ能力を発動してねえが、あんた・・・・・・・・本当に光導姫か? もしかして、ただの生意気なガキだったりしてなぁ?」

 しかし、ゾルダートは利口だった。ゾルダートはメリーの挑発に笑みを浮かべ、逆にメリーを煽って来た。

「はああ!? 誰が生意気なガキですの!? 私は一流の淑女でしてよッ! 失礼極まりない舌ですわね! その無礼な舌、風穴空けて斬り飛ばしてやりますわよ!?」

 そしてメリーはゾルダートに挑発され、死ぬほど簡単に怒り狂った。煽り耐性ゼロである。

「ク、クアトルブ嬢落ち着いて。さすがに貴族でもあり名門クアトルブ家の御令嬢である君が、その言葉遣いはまずいよ・・・・・・」

 今にもゾルダートに突撃して行きそうなメリーをプロトが宥める。プロトに自分がいったいどのような存在であるのか自覚させられたメリーは、ハッとした顔を浮かべた。

「そうですわ、私は名門貴族クアトルブ家の令嬢・・・・・・・・冷静さを欠くのはあるべき姿ではありませんわ。淑女の国際条約第25条。淑女は戦いの中でこそ冷静に。頭がカチ冷えましたわ」

 メリーはふぅーと大きく息を吐くと、自身も剣と銃ガンアンドブレードを構え、ゾルダートにこう宣言した。

「『淑女の舞いレディー・ザ・ブレイク』。見せてあげますわ、私の高貴なる能力、そして私の実力を」

「おう見せてくれよ。俺の闇の性質はまあまあ地味でな。あんたが見せてくれなきゃ、動きようがないんだよ」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 お互いに刃物と銃を構えた光導姫と闇人の間に一瞬の静寂が訪れる。プロトは静かにメリーを見守る。彼女は宣言した。『淑女の舞い』を踊ると。ならば自分はしばらくは手出しはしない。メリーが危険に陥るまでは。でなければ、自分がメリーの邪魔になってしまう事をプロトは知っているからだ。

(存分に、クアトルブ嬢)

 プロトが内心でそう呟いた瞬間、

「シッ・・・・・・・・!」

「ハッ・・・・・・・・!」

 2つの迅雷が奔った。

 まず仕掛けたのはメリーだった。メリーはゾルダートに接近しながら左手に持っていたフリントロック式の拳銃の引き金を引いた。それから続けて2回。メリーの持つフリントロック式の銃は、光導姫の武器だ。通常の銃とは違い、そこから発射される弾丸には浄化の力が宿り、弾数も光導姫の力を消費して作り出されていく形なので、光導姫の力が尽きない限りはその弾数は実質無限だ。 

 一方のゾルダートも、メリーの発砲に対して左手の拳銃の引き金を引いた。ゾルダートは1発だ。ゾルダートの拳銃は普通の実物の銃なのでしっかりと弾数がある。

 ゾルダートはメリーの発射した3発の銃弾を最小限の動作で避けた。メリーはゾルダートの放った銃弾を右手のサーベルで弾いた。

 接近した2人。刃物のリーチが長いメリーがゾルダートより先にサーベルを右袈裟に振るった。ゾルダートは右手のナイフでサーベルを弾き、軌道を変えさせた。

 ゾルダートが右の前蹴りを放つ。メリーは華麗にその前蹴りをヒラリと避けると、左手の銃をゾルダート目掛けて放とうとする。

「甘いッ・・・・・・!」

 だが、ゾルダートはメリーに銃を撃たせようとはしなかった。ゾルダートは拳銃を持った左手を、メリーの銃に向かって突き出しメリーの銃口を逸らさせる。

 次の瞬間に響くは雷号のような銃声。しかし2人の剣と銃を使った戦いはまだまだ終わらない。

 今度はゾルダートが至近距離からメリーに拳銃を発砲しようとした。しかしそれはブラフだ。ゾルダートは左の拳銃を発砲するふりをして、右手のナイフをメリーの右目に突き刺そうとした。

「その程度!」

 メリーは強気な笑みを浮かべ、ゾルダートのナイフによる突きを顔を逸らして避ける。最小限の動作であったため、頬からは少量の血が流れていた。

「ハッ! その綺麗な顔、傷ものになっちまったなあ! お嬢さんよ!」

「こんな傷唾つけとけば治りますわ! それに、戦いで傷付くのは当然でしょう!?」

 ゾルダートの言葉にメリーは少し乱暴に笑うと、右の肘鉄を放った。ゾルダートは仕方なくその肘鉄を避けた。

(危ねえ・・・・・! つーか何なんだよこの光導姫。この俺と対等に近接でやり合えるだと? たかだかこんな女のガキが?)

 ゾルダートは現役の傭兵。いわば戦闘のプロだ。近接戦で光導姫を圧倒出来ないというのは普通はおかしい。

 光導姫は普通の人間とは違い、特殊な能力や凄まじい身体能力を持っているが、その殆どはただのガキだ。戦いというものをまるで知らなかったただの子供。だというのに、目の前の光導姫はゾルダートと同等の戦闘センスを持っている。明らかに普通の子供以上に箱入りという感じであるのにだ。 

「オラっ!」

「うおっ!?」

 ゾルダートをしても抱かずにはいられなかった一瞬の疑問。いや、ゾルダート程の戦いのプロだからこそ余計に意識に引っかかたその疑問。そこに生まれた一瞬の隙をメリーが悟ったのかは分からないが、メリーは唐突に自分の左足でゾルダートの右足に足払いを掛けた。そして、ゾルダートはその足払いによってバランスを崩された。

「隙ありですわッ!」 

 バランスを崩したゾルダートにメリーが左の銃を向ける。ゾルダートはそれだけは食らうまいと、右手に持っていたナイフをメリーに向かって投擲した。髪を螺旋状に巻いた光導姫は、回避の行動を取らざるを得なくなったが、ゾルダートはバランスを崩した上に無茶な体勢からナイフを投擲した。ゾルダートの動きは今は完全に硬直している。今ならば攻撃が当たる。

「無茶も・・・・・・・・淑女の嗜みですわ!」

 メリーはナイフを回避すると同時に、右手のサーベルをギリギリまで伸ばし、ゾルダートの右の脛めがけてサーベルを振るった。本当は銃弾を当てたかったが、サーベルの方でも相手に傷をつけさえすれば、メリーの光導姫としての能力は。とにかく、攻撃を当てなければメリーの能力は発動しないのだ。

 そしてメリーのサーベルは、ゾルダートの右の脛を浅くではあるが切り裂いた。

「チッ・・・・・!」

 ゾルダートのズボンが裂け、そこから少量の黒い血が流れる。闇人は光の浄化以外では死にはしないが、傷を受け黒い血を流し続ければ弱体化する。ゆえに、闇人は出来るなら傷を負いたくはないのだ。

 ゾルダートは一旦崩された体勢を整えるため、後方に左足で飛んだ。

「逃しませんわよッ! 私に傷をつけられた以上、!」

 メリーは銃を発砲しながらゾルダートに向かって駆けた。ゾルダートは右手をジャケットの内に突っ込むと拳銃をもう一丁手に取った。

「ふざけろガキッ! 狩るのは俺の方だ!」

 ゾルダートは両手の拳銃を掃射した。その掃射でメリーの銃弾を弾いていく。

「いいえッ! 狩るのは私――狩られるのはあなたですわ闇人!」

 メリーはゾルダートの掃射を避けながら自分に当たりそうな銃弾だけサーベルで弾いていった。そして再びサーベルを上段からゾルダートに振るう。

(もう1本のナイフで受け止めるか? いや、回避した方が速いな)

 ゾルダートは咄嗟にそう判断し、サーベルを避けようとした。普通の人間の身体能力ならば避けるのは難しいだろうが、ゾルダートは力を解放した闇人。これくらいなら避けるのは容易い。

 そのはずだった。

「ッ!?」

 ゾルダートは自身の体に違和感を覚えた。自分の反応速度が少し遅くなった。そんな気がしたからだ。

 そしてその違和感のせいで、ゾルダートはサーベルを避ける事が出来なくなった。

「チッ!」

 ゾルダートは仕方なく両手の銃を交差させて、銃と銃の間で剣を受け止めた。少し無茶ではあったが、何とか剣を受け止める事が出来た。

(ッ、重い・・・・・・!?)

 しかし、またしてもゾルダートは違和感を覚える事になる。メリーの剣がなぜか重く感じたからだ。ゾルダートはメリーの剣をこの戦いで何度か受け止めていたが、この一撃はそれよりも重く感じられた。

(血を流した事による弱体化か? いや、この程度の出血量なら弱体化はほとんど誤差の範囲のはずだ。いったいどうなってやがる・・・・・・・・?)

 反応速度の低下に力量の低下。おそらくこれが違和感の正体だとゾルダートは予想した。それは自分が弱体化している事を表している。ゆえにゾルダートはそう考えたのだが、それでは説明がつかない気がした。

「ふふっ、戸惑っているようですわね。あなた、自分の体に違和感を覚えているのでしょう?」

「ッ! ハッ、なるほどな・・・・・・こいつがあんたの能力ってわけかい・・・・・!」

 笑みを浮かべるメリーの言葉を聞いたゾルダートは、自身が弱体化した理由を悟った。十中八九、メリーがゾルダートに何かしたのだ。

「ご明察・・・・・・ですわ!」

「ぐっ・・・・・・!?」

 メリーはそう答えると、サーベルを引き左足で蹴りを放った。ゾルダートはメリーのその蹴撃しゅうげきにまたも反応が一瞬遅れ、その蹴りを腹部にくらい後方へと吹き飛ばされた。

「――私の武器によって傷を負った者は弱体化する。傷の深度により弱体化の効果は大きく、また傷を負うごとにその効果は重複する。それが私の光導姫としての能力ですわ」

 メリーは得意げな顔で吹き飛んだゾルダートに自身の能力を明かした。メリーの言葉を聞いたゾルダートは、立ち上がりながら笑みを浮かべる。

「なるほど、そういうカラクリかい・・・・・地味な能力だが、厄介極まりねえ能力だな」

 ゾルダートは自身の右の脛に視線を落とす。メリーのサーベルによってゾルダートはこのダメージを負った。傷は浅いが、ゾルダートは確実に弱体化しているのだ。

「くくっ・・・・・・・はははははははははっ! 強いじゃねえかあんた! 正直ナメてたぜ! いいねえいいねえ! やっぱり戦いは面白れぇ!」

 普通に考えれば窮地。だが、ゾルダートは腹の底からの哄笑を上げた。これだ。この感覚がゾルダートに生を実感させる。

「ふん、戦闘中毒者ですの・・・・・・実りのない」

「ああ、全くさ! だが、それがいい! くくっ、あんたが能力を見せてくれた礼だ。ようやく、俺もあんたに見せてやれるよ。俺の闇の性質をなぁ!」

 ギラついた目でゾルダートはメリーにそう言った。その言葉を聞いたメリーが警戒したような目になる。

「プロト、すみませんがここからはまた頼みますわ。私と一緒に戦ってくださいな」

「了解したよ、クアトルブ嬢。さっさと先に進みたい所だけど、焦って勝てる相手じゃない。冷静に確実にやっていこう」

 メリーの隣に今まで見守っていたプロトが再び肩を並べる。そう。まだゾルダートは闇人としての能力を発現させていない。戦いは、まだ終わりはしない。

 ――ロンドンでの戦いは、まだ始まったばかりだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る