第142話 カケラ争奪戦 イギリス(1)

「ふむ、次の場所はイギリス・・・・・・ロンドンか。パリと同じくまた厄介な場所だな・・・・・・・・」

 時間は少し遡り、まだレイゼロールがロンドンに出現する前。シェルディア経由で響斬から渡された、カケラに関する噂が書かれた手紙を見ていたレイゼロールは、石の玉座に座りながらそう呟いた。

(あの都市は退魔の都市の一面を有している。ゆえに、我が足を踏み入れた時点で気配隠蔽は解除される。日本のあの山といいパリといい、噂は面倒な場所にあるものだ・・・・・・)

 しかし、レイゼロールに確かめないという選択肢はない。拙い不確かな情報であろうと、レイゼロールは今はそれに縋るしかない。

(一応、冥とゾルダートを連れて行くか。どうせソレイユとラルバにバレると分かっているならば、足止め係がいた方がいい。シェルディアたちは・・・・・おそらく今回は来ないだろうな。いくらあの化け物でも、東京にいてイギリスの戦いの気配を感じる事は不可能だ)

 レイゼロールは思考を巡らせる。よしんばシェルディアがその超長距離感の気配を感知できたとしても、シェルディアがロンドンに現れる確率は極めて低い。シェルディアの現在の興味の対象はスプリガン。シェルディアは今のところスプリガンが東京、又は日本にしか出現しないと考えているはずだ。

 実際は昨日スプリガンはパリに現れたので、ロンドンに出現する確率も大いにある。だが、シェルディアはその事を知らない。ゆえに、シェルディアがロンドンに現れる確率は限りなく低い。

「・・・・・・行くか」

 レイゼロールはポツリとそう呟くと、数十分後ゾルダートと冥を伴ってロンドンへと降り立った。












「・・・・・・・・これくらいでいいだろう」

「――!」

 ロンドン時間、午前9時過ぎ。レイゼロールは目の前で奇怪な鳴き声をあげる闇奴を見つめると、そう呟いた。闇奴は元の人間の闇が深かったのか、ヌメリとした皮膚の異形型として誕生した。

「これで4体目・・・・・・・これだけ闇奴を放てば多少はソレイユとラルバも混乱するだろう。撹乱の罠は張った。行くぞ冥、ゾルダート」

 レイゼロールは自分に付き従っている2人の闇人――「十闇」第6の闇『狂拳』の冥と、「十闇」第5の闇『強欲』のゾルダートにそう言った。

「俺に命令するんじゃねえよ。ったく、面倒な仕事押し付けやがって・・・・・これで雑魚い光導姫と守護者しか来なかった承知しねえぞ?」

「くくっ、安心しろよ冥。向こうさんもバカじゃねえんだ。俺、お前、レイゼロール様ミストレス・・・・・・俺たちの気配を見て戦力を送る向こうが、わざわざ雑魚の敵なんか送ってきたりしねえよ。今までもそうだっただろ?」

 機嫌が悪そうな冥に、ゾルダートはニヤけながらそんな言葉を送った。レイゼロールと冥の服装はいつもと変わらないが、ゾルダートだけは少し違っていた。

 黒いジャッケットと錆色の赤いズボン。腰には少し大きめのポーチ。それになんの変哲もない靴。一見すると普通の服装だ。しかし、よく見てみると腰にはナイフが2本装備されている。つまり、ゾルダートは武装していた。まあ、その他にもジャケットの内側や腰のポーチの中にも武器を隠しているのだが。

「にしても、光導姫と守護者とるのは久しぶりだなぁ。ああ、ゾクゾクするぜ・・・・・!」

 ゾルダートは邪悪な笑みを浮かべながらそう呟いた。闇人として力を解放して戦うのは大体100年ぶりだ。力を十全に解放しての戦い。考えるだけで興奮で震えてくる。

「で、レイゼロール。俺らは実際、今からどこへ向かうんだよ? 響斬からの情報にはロンドンのどこにお前の探し物、それがあるかもしれないって書かれてたんだ?」

 冥がレイゼロールにそんな質問を投げかける。ロンドンのどの場所にカケラが存在する可能性があるのか。具体的な場所が分からなければ、探し用がない。ロンドンは3人で探すには広大な都市だ。

「響斬からのカケラに関する噂が書かれた手紙にはこうあった。いわく、『ロンドンの時計台、その時計の1つの針の根元に黒い石が埋め込まれている』・・・・・ロンドンの時計台といえば、1つしかあるまい」

 そして、レイゼロールは口にした。自分たちが目指すべきその場所の名を。

「我らが向かうのはクロックタワー・・・・・・・通称、ビックベンだ」













「――ここがロンドンか。すげえな・・・・・パリの時も思ったが、ゲームとか映画みたいな街だぜ」

 レイゼロールたちがビックベンを目指し始めた中、ロンドンの路地に1人の少年の姿が見えた。半袖の白シャツに黒のズボン――日本では一般的に学生の夏服として知られる――格好をした異様に前髪の長い少年である。その少年、帰城影人は少し感動したような声でそう呟いた。これで晴れて不法入国2回目の前髪野郎である。

『影人、すみませんが今はロンドンの街に見とれている場合では・・・・・・』

「分かってるよ。観光で来たわけじゃねえしな。で、状況は今のところどうなってんだ?」

 影人は細い路地の壁にもたれ掛かりながら、ソレイユに現在の状況を聞いた。東京からロンドンという超長距離の転移の準備に、ソレイユが5分ほど時間を要したため、影人にはその間の状況が分からない。

『はい、では現在のロンドンの状況をお伝えしますね。まずロンドン各地の闇奴4体ですが、これはロンドンにいた光導姫と守護者たちに相手をしてもらっています。幸い、闇奴のレベルはそれほど高くはないですが、1体だけ少しレベルが高い闇奴がいます。そこだけ光導姫と守護者が苦戦気味ですが、先に他の闇奴を浄化させた光導姫たちを向かわせる予定ですので、問題はないです』

「了解だ。なら、そっちは俺が行かなくても良さそうだな」

 影人はソレイユの言葉に頷いた。いざとなれば自分が闇奴の元に行く必要もあるかと考えていたが、いま聞いた状況なら大丈夫だろう。

『そして肝心のレイゼロールと闇人2人についてですが、こちらは現在ロンドンを移動中だと思われますが、正確な目的地は分かりません。おそらく、今回も何かを探しているとは思われますが・・・・・』

「山にパリに今度はロンドンでなに探してやがるんだかな・・・・・・・・分かった。俺は今回もレイゼロールの行動の阻害をすればいいんだな?」

 影人はソレイユにそう確認を取った。影人の言葉を受けたソレイユは「はい」と言ってその言葉を肯定する。

『お願いします。あなたはこれからレイゼロールを追ってください。あと、レイゼロールを追うのはあなただけではありません。光導姫ランキング第6位「貴人」、それと守護者ランキング1位「守護者ガードーナー」もレイゼロールを追っています。分かっていると思いますが、2人にはまだ攻撃しないでくださいよ』

「それは分かってる。つーか、守護者ランキング1位ね・・・・・・・遂に守護者の1位とご対面ってところか。さて、どんなツラしてやがるのかね」

 守護者ランキング1位、その言葉を聞いた影人は少しだけ興味をそそられた。守護者にして『守護者』の名を与えられた男。果たしてどのような人物なのか。

 影人は制服のズボンのポケットから黒い宝石のついたペンデュラムを取り出した。そしてそれを右手に持ちながらこう言葉を呟いた。

変身チェンジ

 黒い輝きがペンデュラムについた黒い宝石から発せられる。そして黒い光が収まり、右手にあったペンデュラムが消失すると影人の姿は変化していた。黒衣纏う金の瞳の怪人、スプリガンへと。

『影人、レイゼロールの位置までへのガイドは――』

「ああ、それは多分いらねえ。イヴと契約してから、俺もそっち系の感度は上がってると思うからな。たぶん意識を集中すりゃ・・・・・・」

 影人は目を閉じながら自分の意識、その感度を広げるようなイメージをした。意識を集中しながら数秒そうしていると、影人は自身と同じ闇の気配を複数補足する事に成功した。散らばっている弱めの闇の気配はおそらく闇奴だろう。ちょうど4つ感じられる。

「・・・・・あった、これだな。こっから北の辺りに強い闇の気配2つと、それ以上に強い闇の気配を感じるぜ」

 影人は残りの強い闇の気配を察知しそう呟く。ほぼ間違いなく、最上位闇人2体とレイゼロールの気配だろう。

『ッ、影人レイゼロールたちの気配を感じ取れるのですか?』

「ああ。出来るかなと思ったら出来た。そういう訳だからガイドはいらないぜ。お前は闇奴とかの方にしばらく注力してろよ。俺の方は心配しないでいい」

 影人はソレイユにそう言った。影人の言葉を聞いたソレイユはこう言葉を返してきた。

『分かりました。ではしばらく私はそちらの方に意識を向けます。影人、ご無事に』

「自惚れるつもりはねえが・・・・・・・・誰に言ってんだよ。俺はまだまだ死ぬつもりはないからな」

 自分の身を案じるソレイユにニヤリとした笑みを浮かべた影人は、そう宣言するとロンドンの街を駆け出した。













「――見つけましたわよ、レイゼロール。それに、最上位闇人たち」

 影人がレイゼロールを追い始めた頃、ロンドンの街にそんな少女の声が響いた。金色の髪を螺旋状に巻いたどこか気品を感じさせる少女だ。美しい刺繍の入ったワンピースのような服装をしている。それだけを見るなら、少女は普通の可愛らしい少女だ。しかし、少女の腰のベルトには古臭いフリントロック式の銃とサーベルが装着されていた。それだけで、少女のイメージはガラリと変わる。

「悪いけど、この街は君たちを歓迎しないよ。早々にご退場願えるかな?」

 少女の言葉に続くように、少女の隣にいた少年が軽い笑みを浮かべながらそう言った。ブロンドの髪に翡翠色の瞳をした少年だ。黒色のフロックコートに薄い灰のベスト、白のシャツに少年の瞳の色と同じ翡翠色のネクタイ、黒のズボンを履いたその少年の出立ちはまさしく紳士だ。まあ、普通の紳士は右手に片手剣などは持っていないだろうが。

「・・・・・・光導姫と守護者か。ソレイユとラルバの犬どもめ。我の邪魔をするな」

 人がいないロンドンの大きな路地の真ん中で対峙した光導姫と守護者に向かって、レイゼロールは忌々しそうにそう言葉を吐いた。ビックベンを目指していた自分たちを追いかけて来たこの光導姫と守護者は、相応の実力を兼ね備えた厄介な者たちだろうという事が容易に想像できたからだ。

「ああ? 別に歓迎なんかいらねえんだよ、貧弱そうな紳士気取りの守護者野郎。てめえをこの世から退場させてやろうか?」 

「上品そうなお嬢様に英国紳士サマ・・・・・・いかにもイギリスって感じの光導姫と守護者だなぁ。さあて、あんたらは楽しめる相手なのかねぇ」

 レイゼロールの近くにいた2体の最上位闇人である冥とゾルダートも、現れた光導姫と守護者にそれぞれの反応を示した。冥とゾルダートの反応を見た光導姫の少女は、汚らわしい物を見るようにその顔を歪ませた。

「粗野で下品な闇人どもですわね。ああ、嫌ですわ。品位がカケラも感じられない輩というものは」

「同意するよ、クアトルブ嬢。さて、始めようか。君は死んでも僕が守り抜いてみせるよ」

「その気概、確かに受け取りましたわプロト。さあ行きますわよ、動きは私に合わせてくださいな」

 そんなやり取りを最後に、髪を螺旋状に巻いた少女――光導姫ランキング6位『貴人』のメリー・クアトルブは、腰のベルトからサーベルと銃を抜き、右手にサーベルを左手に銃を持ち、それらを構えた。そして英国紳士風の少年――守護者ランキング1位『守護者』のプロト・ガード・アルセルトも右手に持っていた片手剣を前方に構える。

「・・・・・我は先を急ぐ。足止めを頼んだぞ、冥、ゾルダート」

「チッ、分かっ――」

 レイゼロールからそう頼まれた冥は、仕方ないといった感じで了承の言葉を述べようしたが、冥が言葉を言い切る前に、ゾルダートがこう言葉を挟んできた。

「ここは俺だけに任せちゃくれませんかね、レイゼロール様ミストレス。この2人を足止めするっていう仕事はキッチリ果たしますので」

 ゾルダートは一歩前に出ると、不敵な笑みを浮かべた。ゾルダートの言葉を聞いた冥は、少し不機嫌そうにその表情を変化させた。

「あ? てめえ何のつもりだゾルダート?」

「言葉通りだぜ冥。この獲物、俺に譲ってくれよ。100年ぶりなんだよ。なあ、わかるだろ?」

 ゾルダートは静かに興奮したように、冥にそう言った。その顔は邪悪に歪んでおり、もう我慢が限界といった感じだ。

「それに、お前はレイゼロール様にまだついてた方がいい。まだ他に光導姫や守護者が妨害してこないとは限らねえしな。だから・・・・・・・・な?」

「はっ・・・・・・・俺が言うのも何だが、やっぱお前は戦いに狂ってんな。分かったよ、そこまで言うなら譲ってやる。それでいいだろ、レイゼロール?」

 続けて理性的な理由を述べたゾルダートに、冥は軽く笑った。冥にはゾルダートの気持ちがよく分かってしまうからだ。

「・・・・・・・そこまで言うのなら、この場はお前に任せるゾルダート。但し、しっかりと足止めしろ」

 冥からそう確認されたレイゼロールは、その確認を容認したようにゾルダートにそう声を掛けた。

「御意に」

「行くぞ冥。我らは先へ向かう」

「へっ、せいぜい楽しめよ」

 レイゼロールと冥はゾルダートをその場に残し、ビックベンを目指し駆け出した。

「ッ! 待ちなさいレイゼロール!」

「逃がすわけにはいかないな・・・・・!」

 逃走したレイゼロールに向かって、メリーとプロトはそう言いながらレイゼロールの後を追おうとした。メリーがソレイユに言い渡された仕事は、レイゼロールの行動の阻害だ。それは隣にいるプロトも同じだ。とにかく、ここでレイゼロールを逃がすわけにはいかない。

「おおっと、あんたらの相手は俺だぜ? この先を通りたかったら、まずは俺と遊んでくれよ」

 だが、2人の前にはゾルダートが立ち塞がった。邪悪な笑みを浮かべる闇人に行手を塞がれた2人は、仕方なく戦う事を余儀なくされる。

「ッ、このクソ闇人・・・・・! そこまで浄化されたいなら仕方がないですわ。一瞬で決めてレイゼロールを追いますわよプロト!」

「言葉が少し乱暴になっているよ、クアトルブ嬢。了解した・・・・・・・!」

「はははははっ! さあ、戦いの始まりだ!」

 ゾルダートは哄笑すると、腰から2つのナイフを抜いた。そして向かって来たメリーとプロトに、その2つ凶刃を振るう。

 こうして、ロンドンでまた1つ新たな戦いが開始された。












「・・・・・にしても、本当に人の姿が見えないな。光導姫の結界だけで、こんなに人がいなくなるもんなのか?」

 レイゼロールを追うためロンドンの街中を掛けていた影人は、思わずそんな事を呟いた。先ほどからロンドンの路地を走っているが、人の姿は1度も見かけていない。単純に考えるなら光導姫の人避けの結界の効果だろうが、それにしてもといった感じだ。ソレイユは闇奴の方に集中しているので、影人の呟きに対する反応もなかった。

 今のところ影人が知る由もないが、一応これだけ人の姿が見れないのには理由がある。もちろん、光導姫の人避けの結界の効果もあるしその要因が1番大きい。

 だが、理由はもう1つある。それは闇奴が2体以上出現した時点で、ソレイユがイギリス政府に指示を送ったからだ。出来るだけ人をロンドン中心から遠ざけるようにと。ソレイユから指示を受けたイギリス政府は、自国の国民をいたずらに犠牲にしないためにもソレイユの指示を承諾。急ピッチで、「危険なガスが発生したから、ロンドン中心から離れるように」と最もらしい理由で市民をロンドン中心から遠ざけた。

「・・・・・・まあ、いいか。人がいないならそれに越した事はねえしな」

 しかし、影人はそんな疑問はどうでもいいという事に気づくと、その疑問を自分の中から消し去った。いま重要なのは結果だ。

(レイゼロールは・・・・・・・・また移動したか。一瞬立ち止まって、闇人の気配が1つ止まってるって事は、光導姫と守護者が足止めでもされてるって感じか)

 影人はレイゼロールと闇人の気配を確認し、現在の状況を分析した。おそらく間違ってはいないはずだ。

(今回は転移も使える感じだし、普通にその戦いは避けられるな。まあ、今は力を温存しとかなきゃだから走ってるが――ッ!?)

 影人がそんな事を思いながら路地を右に曲がろうとすると、突如影人の前に人が現れた。


「ッ!?」

「チッ・・・・・!」


 突如現れた人――パッと見たところ10代半ば辺りの少女も、ぶつかりそうになった影人に驚いたような表情を浮かべた。このままだと1秒後にはぶつかるが、今の影人はスプリガンだ。ぶつかりそうになった少女を咄嗟に優しく抱き止めた。

(人・・・・・・・? 一般人か? 光導姫の人避けの結界で一般人はこの辺りには近づかないはずじゃ・・・・・・・いったい何者なんだ、こいつ・・・・・?)

 今まで人の姿は見えなかったのに、突如として現れた謎の少女に影人は疑問を覚えた。

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