第141話 芸術家ボンジュール(3)
(何で昨日パリにいたこの変態が日本にいるんだよ・・・・・・!?)
ロゼの姿を視認した影人は内心そう叫んだ。なぜ、昨日の夜まで確かにパリにいたはずのこの少女が日本にいるのか。訳がわからない。
「ッ、・・・・・あなたはもしかして、あのロゼ・ピュルセさんですか? 有名な芸術家の・・・・・」
「おや、私の事を知ってくれているのかい? それは光栄だね。だが、私は別に有名という程でもないよ。ただのしがない芸術家、それが私さ」
驚いたようにそう聞いた光司に、ロゼは流暢な日本語でそう答えた。先ほどの独り言を聞いた時にも感じていたが、どうやらロゼは日本語を話せるようだ。
「え、ロゼ・ピュルセってあのテレビのニュースとかで見るあのロゼ・ピュルセさん!? うわあ、有名人だ・・・・・!」
「まさかまさかね・・・・・・文化祭の買い出しに出たら天才美人芸術家に出会った件。なんかこれでお話が1本書けそうね」
陽華と明夜も、突然の有名人との邂逅に驚愕したような反応を示した。明夜に関しては言葉こそふざけている感じだが、表情はしっかりと驚いている。まあ、それが月下明夜という少女のデフォルトみたいな感じである。
「君、中々面白い感性をしているね。うん、しかし君たちの学生服はいい。美しいデザインだ。私の通っていた
ロゼは明夜にそう言うと、影人たち4人の制服に興味深そうな視線を向けた。芸術家という奴はよく分からない。ロゼの発言を聞いた影人は心の底からそう思った。
「あなた程の有名芸術家がなぜこんな場所に・・・・・? あ、もしかしてプライベートでしたか? ならすみません。不躾な事を聞いてしまって」
「その心遣いには感謝するよ、ムッシュ。確かに君の言う通り、私はプライベートでこの東京に来ている。詳しく言えないが、ある人物を追って来てね。しかし、その手がかりもないから今は軽く東京中を回っているところなんだ」
ロゼは光司の事を敬称で呼び、自分がこの場にいる理由をそう説明した。ロゼのその説明を聞いた影人は、ある箇所で引っ掛かりのようなものを覚えた。
(ある人物を追って来た・・・・・・・・? なんか死ぬほど嫌な予感がするが、まさか俺の事じゃないよな?)
昨日のロゼの様子を思い出す影人。スプリガンに変身した自分にロゼは並々ならぬ興味のようなものを示していた。もしかすると、ロゼがこの場にいるのは自分が原因なのか。スプリガンが出現するのはその特性上、比較的東京が多い。それくらいの事は光導姫であるロゼも知っているはずだ。
「それにしても・・・・・・・君たちは美しくも興味深い本質を持っているね」
ロゼは唐突にそう言うと、まずは陽華をジッと見てこんな感想を述べた。
「君は太陽のように明るい、全てを元気づける優しさを持っている少女のようだ。自分を顧みず他者を助けられる人間。キラキラと輝く美しい光が君の中には見れるよ」
「え? あ、ありがとうございます!」
ロゼにそう言われた陽華は、何が何だか分からなさそうな顔を浮かべながらもお礼の言葉を口にした。
「君は月のように沁みる優しさを持った少女。君の優しさは一見すると分かりにくいかもしれないが、君のその優しさに救われている人々は大勢いるだろう。君の中にも、彼女と同じキラキラとした光が見て取れる」
「恐悦至極、ですぜ」
陽華に続き、ロゼにそんな人物評価を下された明夜は笑みを浮かべそう言葉を返した。相変わらず表情と言葉が一致していない。
「さて、お次は君だムッシュ。君は真っ直ぐとした芯のある人間だね。自分が正しくあろうと努力しているタイプかな。しかし、少し失礼な事を言わせてもらうといささか真っ直ぐすぎる。君の心は強いが弱くもある。だが、それも人間という生物の魅力の1つだと私は思うよ」
「・・・・・・・ご忠言、ありがとうございます」
明夜から光司に視線を移したロゼは、光司にはそんな言葉を送った。陽華と明夜とは違い、少々毛色の違う事を言われた光司は、少し反応に困りながらもそう呟いた。
「そして最後は君だ、前髪が素敵な少年。君の本質は・・・・・・・・中々見えないな。薄い霧のようなものがかかっていて見えにくい。俗に言うミステリアスな人物だね君は。いやはや、私の観察眼もまだまだだね。もっと鍛えたないと。正直この中だと外見の事も踏まえて1番君に興味が惹かれるよ」
「・・・・・・・俺にはあなたが言っている事はよく分かりません。ですが、これだけは言えます。俺はあなたのような人が興味を抱く人間ではないですよ」
ジロジロと好奇心を隠さない目で自分を見てくるロゼに、影人は冷めたような言葉を送った。ロゼからこの目を向けられるのは2回目だが、影人はロゼのその目が嫌いだった。自分に興味を抱き知りたがる目。ズケズケと影人の中を見ようとするその目は正直言ってしまえば不快だ。
「・・・・・・ではすいません。俺はこれで失礼します。学校に戻らないといけないので。著名な芸術家の方と会えて良かったです。それじゃあ良い旅を」
影人は最後にロゼにそう言葉を告げると、その場から歩き始めた。そんな影人にロゼは、「
「あ、帰城くん・・・・・そうだね。僕たちも人を待たせている身だ。これ以上時間を掛けるのはいけないかな。僕たちもこれで失礼します、ピュルセさん。・・・・・・・・有名な芸術家であり、光導十姫の1人『芸術家』であるあなたと会えて光栄でした」
「「え・・・・・!?」」
「おや、その事を知っているという事は君は守護者か。そちらの2人の反応からするに、君たちも光導姫か。これはまた偶然だね」
光司の言葉を聞いた陽華と明夜はロゼと出会った時とは違う意味で驚愕した。2人はロゼが光導姫だとは知らなかったのだ。そして、光司にそう呼ばれたロゼは面白そうな顔を浮かべた。
「しかし、あの少年が離れた時にそう言って来るという事は、あの少年だけは守護者などではなくただの一般人か」
「はい、帰城くんは違います。僕たちが守るべき力ない一般の人々です」
少し先を歩く影人の後ろ姿を見ながらロゼと光司はそんな言葉を交わす。あの前髪野朗が守られるべき力ない人々というのは、首を90度以上傾げる所だが光司は何も知らないので、そういった意味では正しい認識だ。
「ふむ、そうかい。では
「あ、こちらこそです! 私、ロゼさんが光導姫だとは知りませんでしたけど、出会えて本当によかったです! 私たち、いつかロゼさんたちがいる場所まで辿り着いてみせます!」
「私たち、ランキング1位目指してますので。じゃあ、また出会える日を願ってます」
別れの言葉を口にしたロゼに、陽華と明夜もそう言葉を返す。こうして光司、陽華、明夜の3人も影人の後を追った。
「まさか、あのロゼ・ピュルセさんが東京に来てるなんてね。今日はラッキーな日かな、帰城くん?」
「知らねえよ。平然とまた俺の隣を歩くんじゃねえ。・・・・・あと、俺は有名人と会ったからって嬉しいとかそういう性格じゃねえんだよ」
このまま光司たちを振り切れるかと思っていた影人の隣に、素早く現れた光司が影人にそう語りかけてくる。影人はそんな光司に辟易とした。
そもそも、どちらかと言えば影人は有名人とは出会いたくはない派だ。それはファレルナやソニアといった有名人と出会い、基本的に面倒事に巻き込まれる経験が多かったゆえの考えだ。まあそれ以前に、影人は有名人というやつにあまり興味はないのだが。
「そうかい。まあ、確かにそれは人によるね。でも、僕はラッキーだと感じたよ」
「私も! やっぱり、有名人と会うと何か嬉しくなっちゃうよね!」
「私たちも所詮ミーハーの高校生。それをよくよく実感するわね」
「けっ・・・・・・・どうでもいいぜ」
はしゃぐ3人の言葉に悪態をつきながら、影人たちは風洛高校へと戻った。
「・・・・・・じゃあ、俺はこれで失礼します。お先に」
午後5時過ぎ。本日の小道具製作を終えた影人は、帰る準備をして自分が所属する小道具係のグループにそう声をかけた。
「お、お疲れ帰城くん。今日は買い出しに行ってくれてありがとう。おかげで助かったよ」
影人が声を掛けると、自分に買い出しを頼んできた男子生徒がグループを代表したように労いの言葉を返して来た。まだ多少笑顔がぎこちないが、この言葉は心からのものだった。
「・・・・・・・・別にお礼を言われる程のことじゃないですよ」
影人は男子生徒にそう言葉を返し教室を出た。
「・・・・今日は無駄に疲れたな。本当、自分の運の悪さを呪うぜ・・・・・・」
夕日が照らす廊下を歩みながら、影人はそんな言葉を漏らした。光司、陽華、明夜との行動に、ロゼとの再びの邂逅。全く以て、影人の運の悪さは折り紙つきである。
『くくっ、お前はいつでも面白い奴だな影人。見てて飽きないぜ』
(・・・・・・・どうせ昼間の時も俺を笑ってやがったんだろ、イヴ。俺は見せ物じゃねえぞコラ)
未だに生徒たちが多い校舎内を歩いていると、影人の脳内に人を食ったような女の声が響いた。影人の制服のズボンの右ポケットに入っている、黒い宝石のついたペンデュラムに宿るイヴの声だ。イヴは暇な時は影人にちょっかいをかけてくる癖がある。
『てめえほど愉快な見せ物を俺は他に知らねえな。まあ、基本的にお前以外の世界を俺が知らねえだけとも言えるがな』
「やめろ、そう言われると何か悲しく聞こえるじゃねえか・・・・・・分かったよ、いつか父さんがお前に楽しい世界を教えてやるから、待ってなさい」
イヴの事を少し哀れに思ってしまった影人は、イヴを慰めるような少し優しめの声音でそう呟いた。普段ならば、影人の独り言を聞いた可哀想な生徒が内心で盛大なツッコミを入れ影人にドン引きするような場面であるが、今は文化祭の準備中。校舎全体がガヤガヤとしているので、影人の中々にヤバい独り言は喧騒の中へと掻き消えていった。
『おいこらてめえ。口に気をつけろよ、何度も言うが俺はてめえの娘じゃねえ。2度とその単語を口にすんな。気持ち悪いんだよ!』
影人にそう言われたイヴはキレ気味だった。やっぱり怒ったと影人は内心笑いながらこう言った。
「まあそう怒るなって。父さん悲しくなっちまうよ」
『確信犯だろお前! 死ね!』
イヴは今度こそキレると、拗ねたのかダンマリとしてしまった。可愛いもんだと思いながら、影人が靴を履き替えて外に出ると――
「ん?」
「ッ・・・・・」
ちょうど自分と同じように帰ろうとしている影人の数少ない友人、早川暁理の姿があった。影人と暁理はお互いの姿に気がつく。
「よう暁理、お前も帰りか?」
「・・・・・・・・誰かな君は。悪いけど、僕の知り合いに君みたいな最低野朗はいないんだけど」
影人が暁理に声を掛けると、暁理はツーンとした表情と口調で影人にそう反応した。
「今回は本当に長いなお前・・・・・・まあ、そろそろ機嫌なおせよ。帰りにコンビニで何か買ってやるからさ。美味いもん食えば、機嫌も直るだろ」
「はあ? 本気で言ってるのかい? 本気で言ってるんだとしたら、1回死んだ方がいいよ。それくらいに救えない奴だからさ」
暁理にそう提案した影人だったが、暁理はなぜか更に機嫌が悪くなった。
「お前どんだけキレてんだよ・・・・・つーか、俺言ってただろ。どっかに行くのはあくまで気分が向いたらってよ。流石にそこまでキレられる筋合いはねえぞ?」
影人は呆れたように顔を浮かべた。暁理が怒っている原因は前にファミレスで暁理と会った時に、影人が暁理と夏休みの間に2人でどこかに行くという計画を拒否したからである。しかし、その事については影人は予めそう断っていたはずだ。
「でも約束しただろ! 全く、君は分かってないよ! 僕がどれだけ楽しみにしてたか・・・・・! ふんッ! しばらくは絶対に許してやらないんだからな!」
「あ、おい! ったく、本当に分からねえ奴だぜ・・・・・・・」
暁理は感情的にそう吐き捨てると、足早に校門へと駆けて行った。影人は無理に暁理を追う事もせず、ガリガリと頭を掻きながらため息を吐いた。あんなに怒っている暁理はかなり珍しい。
「・・・・・まあ、面倒いからまだしばらく放っておくか。物で釣れないとなると、俺には他に解決方法も思いつかないしな」
影人はそう結論づけると、自身も歩いて風洛高校の校門を潜った。帰りにコンビニで何か買って食おう。前髪野朗はそう考えた。よくもまあ、あんな事があったのにこんな呑気な事を考えられるものである。しかも救えない事に、この前髪の頭から暁理の事はもう締め出されていた。クズ野朗である。本当に1回死んだ方がいい。
「何食おう。唐揚げ棒もいいし、フランクフルトもいい。普通にチキンとか焼き鳥も捨てがたい。いや、肉まんっていうのも・・・・・・・・」
影人がぶつぶつとそんな事を呟いていると、影人の脳内にイヴとは違う女性の声が響いた。
『影人! いきなりではありますが、行けますか!?』
「本当にいきなりだなおい・・・・・・・だがまあ行けるぜ。その焦り具合からするに、またレイゼロールか?」
焦っているようなソレイユの声を聞いた影人は、近くに人がいないことを確認しながらソレイユにそう言葉を返した。
『はい、そうです! ですが、おそらくレイゼロールだけではありません。感度を最大限にすると、その近くに2つの巨大な闇の気配が感じられます。このクラスの気配は間違いなく・・・・・』
「最上位闇人か・・・・・・・釜臥山の時と同じ、足止め係用ってところか? クソ面倒くさいな・・・・・」
ソレイユの言葉の続きを予想した影人が、言葉通り面倒くさそうにそう呟いた。何度も最上位闇人と戦った影人はよく知っている。奴らがどれだけ強く面倒な存在であるかを。何せ、その中の1人には1度殺されかけている。
「今回もレイゼロールの奴は何か探してんのかね。最上位闇人2体連れてるって事は、そういう事――」
影人がそう言葉を続けようとすると、ソレイユが驚いたように影人にまたこんな情報を伝えて来た。
『ッ!? 待ってください影人! 新たな闇の気配が更に4つ出現しました! この気配は闇奴です!』
「はあ!? いったいどうなってんだよ・・・・・! とりあえず分かった。ソレイユ、俺をその場所へ送れ。レイゼロールの奴は今度はどこに現れやがった?」
レイゼロール、最上位闇人2体、更に闇奴4体、その情報に少し混乱しながらも、影人はソレイユにそう聞いた。そして、その問いかけにソレイユはこう答えた。
「はい。レイゼロールたちが現れた場所は、イギリスの首都――ロンドンです!」
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